そして宿屋で起こる定番のイベント……
みんな大好きモブ視点から始まります。
リ・エスティーゼ王国で最も人の行き交う都市、エ・ランテル。
バハルス帝国とスレイン法国の領土にも面している城塞都市であり、三国にとって貿易の要所となる場所である。
「良さげな仕事もなかったし、どうすっかな……」
この街では冒険者御用達とも言える宿屋が複数存在する。自分が拠点として長年利用している宿もその内の一つだ。
組合で初めて冒険者登録をした場合、その時点で冒険の準備が整っている者は少ない。
そして必要な道具や知識、パーティを組む仲間など、足りない物を数え出したらキリがない。
「とりあえず戻って酒でも飲むか。どうせアイツらも居るだろ」
宿屋とはそんな不足を補う事が出来る場所――冒険者にとっては社交場とも言える場所だった。
「おう、親父。いつもの頼むわ」
「お前もこんな早くから飲んだくれやがって…… ほらよ」
ここはエ・ランテルの冒険者組合が新人によく紹介している宿の一つ――最低ランクの安宿である。建物の二階と三階が宿屋として使われ、一階は利用者の受付を兼ねた酒場となっていた。
外観や中身はお世辞にも立派とは言えないが、そんな事を気にする利用者はいない。最低限の宿としての機能があればそれで良いのだ。
「相変わらずここの酒は薄いな。偶には良いやつ頼んでみるか?」
昼と言うには少し遅く、夕方と言うにはやや早い時間。
酒を持って飲み仲間――――もとい、冒険者仲間の座るテーブルへと向かう。
小汚いが意外と広い酒場では、現在自分も含めて十人程の冒険者達がたむろしていた。
依頼について仲間と情報共有していたり、仕事先で出会ったモンスターについて話したり――単なる愚痴をこぼしたり。
「味の違いなんかお前に分かりゃしねぇだろ。俺らはこれで十分だよ」
「そうだぜ。それにそんだけ飲んでりゃ薄くても一緒だろ。おっ、誰か来たぜ」
酒を片手に話す内容は人それぞれだ。
自分が二人の酔っ払いといつもの様に安酒を飲んでいると、店の扉を開く音が聞こえた。
入り口に取り付けられたウエスタンドアを押し開け、入って来たのは身長差のある奇妙な二人組。
「紹介された宿はここだな」
「うん。ここで冒険の道具が揃えられるって、受付のお姉さんが言ってたよね」
その二人の首元に光るのは、真新しい
この宿で今まで見かけなかった事を考えると、冒険者になりたての新人で間違いないだろう。
しかし、本当に新人の冒険者か疑いたくなる姿だった。
一人は金の模様が入った漆黒の
おまけにやたらと目立つ真紅のマントを身につけ、重厚なグレートソードを二本も背負っている。本当にそれを自在に振り回せるとしたら、とんでもない剛力の持ち主だろう。
「なんだあの装備、スゲーな……」
「俺らには無理だよ。羨ましいこった」
周りからは羨望の篭った視線が集まり、嫉妬混じりの声もチラホラと聞こえてくる。
鎧も剣も恐らく超が付くような一級品。まるで物語に出てくる英雄を具現化したような見た目だ。
自身の量産品の装備と比べてしまい、無意識に相手の実力が装備に相応しくない理由を探してしまう。
(ちっ、良い装備してやがんな、あの戦士。どっかのボンボンか?)
とてもではないが、銅級の冒険者が買えるような代物ではないはずだ。
金持ちの親か何かに買ってもらった物だろう。
もしかしたら遺跡等で偶然に見つけた物か、先祖代々引き継がれている武具という線もある。
あいつ自身は大したことないに違いない。
「おい、見ろ…… あれ、どう思う?」
「分からん。それより――」
酒場の騒がしさは変わっていないが、この二人組が入ってきた時点で少しだけ雰囲気が変わった。周りの同業者も値踏みするように彼らを観察している。
隅に座った一人の冒険者だけは尊敬の目を向けていたが、きっと装備に目が眩んでいるだけだろう。
二人を完全に気にしていないのは手元のポーションをうっとりと眺め、そちらに意識を奪われている女冒険者くらいのものだ。
(それにしても……もう一人は何の冗談だ?)
ある意味全身鎧の人物より更に異質だった。
なにせどこからどう見ても――その首元のプレートを除けば――普通の少女だ。
ワンピースタイプの服を着ており、その裾の下には短めのズボンが見え隠れしている。
「武器を持った人がいっぱいだ…… 凄いね、モモン」
「ここは冒険者向けの宿だからな。私達からすれば皆先輩と言ったところか」
少女は酒場に入ってから、物珍しそうに辺りをずっとキョロキョロと見渡していた。
若くとも十五、六歳ならば成人とみなせるが、それも程遠い。幼い顔つきからして精々十才程度だろう。
戦士の方が大柄な事もあって、横に並ぶと少女はより一層小さく感じられた。
どう考えても冒険者には見えず、外で遊ぶのが好きそうな子供としか思えない。
二人を親子と思えばまだ納得出来る部分もあるが、その考えも子供の首にあるプレートが邪魔をしてくる。
「……子供を連れて泊まるには向かないぞ?」
「いや、泊まる気はない。冒険者をするための最低限の道具が欲しい。ここで準備してもらえると、先ほど組合で聞いたんだが」
店主は二人を一瞥するなり、帰れと言いたげな表情を作っている。それを知ってか知らずか、表情の見えない戦士は怯むことなく淡々と返した。
体格から予想はついていたが、その低い声からしても全身鎧の戦士は男性だろう。
「……冒険者は何があっても自己責任。お前さんはともかく、そっちの嬢ちゃんは分かってんのか?」
「ネムなら問題ないさ。それにこう見えて優秀な魔獣使いだ」
「私の相棒のハムスケは凄いんだよ。それにモモンはもっとすっごく強いから大丈夫だよ、おじさん」
渋い顔をした店主とは真逆に、少女は冒険者をやる事に何の気負いもないようだった。
「はぁ、そうかい…… 自分で決めたんなら、まぁ俺がどうこう言う事でもねぇがな。命は大事にしろよ。道具は夕方までには準備しといてやる」
それにしても中々見ない光景だ。強面の店主が珍しく客に気を使っている。
それとも子供の冒険者にどう接したら良いか分からないが正解だろうか。
意外と面倒見が良いのは知っていたが、流石に子供相手だといつものように強くも言えないらしい。
「だが嬢ちゃんのサイズだと、マントとかこっちじゃ用意出来ない物もある。その辺は自分で何とかしな」
「ああ、分かった。ではネムよ、後回しにしていた魔獣登録の方を先に済ませに行こうか」
「うん。ハムスケも待ってるもんね」
予想はしていたが、店主との会話から新人である事は確定だ。
ならば、ここらで俺が必殺の「おいおい、痛ぇじゃねぇか」をかましてやろう。
新人の冒険者には必ず何かしらの洗礼が行われる。相手の対応能力などを見る一種のテストのようなものだ。
同じ仕事を請け負えば、お互いに背中を預け合う可能性がゼロとは言えない。チームに欠員が出た者ならば、新しい仲間の候補を探すのに役立つ。
理由は様々だが、新参者の能力を測るためにもこれは必要な事なのだ。
(こちとら伊達に万年
スキンヘッドに刺青――元から厳つい顔つきも合わせると、自分の容姿は人を十分に威圧出来る自信がある。それに冒険者として鍛えているから筋肉だってそれなりにある。
自分より相手が多少デカかろうが、鎧を着ただけの新人をビビらす程度は簡単だ。
ついでに子供の方にも冒険者の怖さを教えてやろう。夢見る少女にこの仕事を諦めさせるには良い機会だ。
(よし……そうだ。そのままこっちに歩いてこい…… まだだ、まだ――今だっ!!)
相手の歩く速度を観察しながら、完璧なタイミングを見計らう。
こちらに歩いてくる戦士の進路を塞ぐように、さっと足を突き出し――
「――あてっ」
――少女の方が引っかかった。
(……何でだよ!? さっきは後ろにいたじゃねぇか!!)
前を歩く戦士に足をぶつけさせて難癖をつけるつもりだったが、突然少女の方が前に飛び出してきた。
その結果、自分が出した足に引っかかり、戦士ではなく少女がそのまま転けてしまった。
「えへへ、転けちゃった」
倒れた少女は床に手をつき、少し恥ずかしそうにしながら顔を上げた。
自分もどうしていいか分からず、何も言えずに固まってしまう。
この状況で「おいおい、痛ぇじゃねぇか」なんて言ったらただの馬鹿だ。
(おいおい、なんでガキの方が引っかかるんだよ…… ふざけんなよ、何でこのタイミングで……)
子供は稀に突拍子もない事をするから、行動が本当に読めない。
数秒経って一旦冷静さを取り戻すと、少女に対して苛々とした感情が湧いてきた。
きっと飛び出した理由も前を歩く戦士に何か話しかけようとしたとか、多分くだらない事だろう。
「ちっ!!」
自身の作戦を邪魔されたことで、思わず大きな舌打ちが出る。
これでは洗礼が台無しだ。いや、今からでも適当に責任を取れとか言って、戦士の方に難癖をつけるべきか。
自分は子供ではなく、こっちのデカイ方の実力を――
「――貴様……今、ワザと足を出したな?」
この瞬間、今まで沈黙していた戦士から、建物全体を押し潰すような濃密な殺気が放たれた。
――おいおい、やべぇじゃねぇか。
寒気がする程の恐ろしい圧が自身を襲い、気温が急激に下がったように感じる。
頭の中で考えていた少女への文句も、迫り来る全身鎧のせいで何もかも吹っ飛んでしまった。
「どうした、何故答えない?」
「あ、か……」
今の自分は竜に睨まれたゴブリンだ。
突然声が枯れたように喉がひりつき、口の中がカラカラに乾く。
恐怖のあまり指先一つ満足に動かせず、言葉も上手く出てこない。
(なんだコイツ!? 声が、出せねぇ……)
先程まで見世物の如くこの状況を楽しんでいた者――彼らを値踏みしていた周りの者達の表情すら固まっている。
洗礼を肴に酒を飲んでいた冒険者達が一斉に押し黙り、酒場の中は一気に静まり返っていた。
「こういった歓迎も予想はしていた。まぁ私を狙うのならば、それも笑って流してやったんだがな……」
怒鳴り散らしているわけではない。
むしろ呆れている様にも、笑っている様にも聞こえる程の落ち着いたトーンだ。
だが、その声には獰猛で挑戦的な意思が滲み出ていた。
「私達の力が知りたいのなら、ちょっと模擬戦でもしてみないか――セ・ン・パ・イ?」
(おいおい、死んだわ俺)
これが圧倒的な強者の覇気というものか。
隔絶した格の違いを見せつけられ、現実逃避した思考はどこか他人事な考えに陥っていた。
こんな怖い「先輩」の言い方は聞いた事がない。顔から嫌な汗が吹き出し、頬を伝って流れ落ちていく。
この絶体絶命のピンチを切り抜けるべく、出来るだけ慌てず周囲の冒険者に救援を求める視線を向けた――
(――おいおいおいおい、なんで誰も俺と目を合わせねぇんだ。目線を逸らすな、下を向くな。反対向いて酒飲んでんじゃねぇ!?)
――だが、誰一人として自分と目を合わせやしない。
一緒に飲んでいた二人の仲間も、お尻が椅子に固定されたかのようだ。戦士の放つ目に見えないオーラの前に全く動けないでいる。
「せめて謝罪くらいはして欲しいものだな…… ずっと黙っているが、喉に何か詰まったのか?」
(――やめて怖い、籠手が迫ってきてる。どうなっちゃうの俺? えっ、死んだ? マジで死ぬの? 足引っ掛けただけで? おいおい、頼むから俺を見捨てないで――)
こちらにゆっくりと伸びてくる戦士の腕。
解決策は浮かばないくせに、無駄に加速し続ける自分の思考。
――冒険者は何があっても自己責任。
店主の言葉は正にその通りだった。
しかし――
「大丈夫だよ、モモン。私も今日から冒険者だもん。これくらいへっちゃらだよ」
――
「ネムが大丈夫ならいいが…… ネムも周りをもっとよく見ないと、これから大変だぞ? 冒険では一瞬の油断が命取りだからな」
「うん、気をつけるね」
少女が戦士に声をかけると、首元まで迫っていた死の気配は霧散した。
膝をはたきながら立ち上がった少女が思わず女神に見える。いや、間違いなく自分にとっては救いの女神だったのだろう。
「わ、悪かったな、お嬢ちゃん……」
「怪我もしてないから大丈夫です」
何事もなかったかのように笑顔を見せる少女に、何とか謝罪の言葉を絞り出した。
どうやら自分は助かったらしい。
だが精神的には三度は死んだ気がする。そして周りからの視線が妙に生温い。
――やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。
周りに対しても、無邪気に笑う目の前の少女に対してもそう叫びたい気分だった。
「ハムスケの登録が済んだら軽く街を見て回るか。その後で道具を受け取って今日は一度家に帰るぞ」
「えー、お仕事しないの?」
「仕事をするには微妙な時間帯だからな。それに事前の準備はしっかりするべきだ」
「はーい……」
「そう残念がるな。仕事はまた次回のお楽しみだ」
「うん!! じゃあハムスケのとこ行こ」
彼らは自分の事など既に気にも止めていない。あまりにも和やかな会話だ。
戦士が少女を気にかける様子からは、あれ程の殺気を放った男と同一人物とは思えない。
そのまま二人が宿屋を後にすると、宿全体が安堵の雰囲気に包まれていく。
そして、静まり返っていた宿屋に段々と喧騒が戻ってきた。
「――ぷっはぁ…… なんだあの殺気。見てたこっちまで死ぬかと思ったぜ」
「見かけ倒しじゃねぇな。あんな全身鎧とデカブツ二本も装備しておきながら、全く体がぶれてなかったぞ」
「あのガキも中々ヤバいんじゃないか? 仲間とは言え、あの殺気だぞ。あんな空気の中で平然としてられるって、どんな神経してんだ」
「子供だと侮っていたが、ありゃ只者じゃないぞ」
「親子かと思ったが、呼び方からしてそれも変だな。どっかの孤児か?」
「魔獣使いって言ってたな。出任せかと思ったが、案外マジなんじゃ……」
「あり得るな。冒険者としては新人だが、二人とも相当な修羅場を潜ってそうだ……」
「また俺らを簡単に飛び越していきそうな奴が出て来たな。しかも今度は子供連れかよ」
周囲からは先ほどの二人組に対して、あれやこれやと感想や意見が飛び交っている。
かなり好き放題に言われているが、そのほとんどが賞賛や畏怖に溢れるものだ。
「あー、お前も災難だったな。ありゃ予想外だよ」
「そうだぜ、ありゃビビっても仕方ねぇ。俺もマジでビビっちまったよ。ほら、酒でも飲めよ」
「ああ、ありがとよ……」
一緒に飲んでいた冒険者仲間が慰めの言葉とともに、酒の入ったジョッキを渡してくれた。
(このやり方、もうやめようかな……)
長年愛用していた「おいおい、痛ぇじゃねぇか」はもう潮時かもしれない。
洗礼の慣習は残したいが、あのやり方は不味い。何が不味いって、今回相手の力量を読み間違えた自分が一番不味い。新しい方法は追々考えよう。
そんな事を思いながら、先の恐怖を振り払うように再び酒に口を付けた。
「ここの酒は、やっぱり薄いな……」
先程までと変わらない安い味。
その味は日常を感じさせ、自分がちゃんと生きていると安心させてくれた。
「おい、ブリタ。どうした、顔色が悪いぞ。さっきの圧にやられたか?」
「……おやっさん、どうしよう」
「なんだ?」
「ポーション、飲んじゃった……」
「……しらん」
ちなみに先程の凄まじい殺気に耐えかね、思わず買ったばかりのポーションを飲んでしまった女冒険者がいたとか。
倹約に倹約を重ねて買ったらしい、金貨一枚と銀貨十枚の治癒のポーション。
決して安くない値段が一瞬にして消えた事実に、女冒険者はしばらく立ち直れなかったそうだ。
◆
冒険者としての登録、それからハムスケを連れて歩くための魔獣登録というのも済ませた。
モモンガは自分で使わなそうな――睡眠も飲食も不要の骨だから――冒険者の初心者セットを何故かノリノリで買っていた。
さぁ、これから冒険だ――そう意気込んでいたが、残念ながら今日は時間切れ。
お金がもったいないから、私は冒険に必要な道具は出来るだけ家にある物で代用しようと思っている。だから残念と思いつつも、今日は仕事を受けなくて丁度良かったのかもしれない。
街を出て人目につかない所まで移動し、その後は行きと同じモモンガの魔法でカルネ村の入り口まで帰ってきた。
「さて、今日はもう解散だな。初仕事は……そうだな、明後日にでも受けに行くとしよう」
「なら某は一度森に帰るでござる。それではネム殿、モモンガ殿、さよならでござる」
「バイバイ、ハムスケ」
森に向かって走り去るハムスケを見送り、私も後は自分の家に帰るだけだ。
しかし、どうにも気が高ぶっている。今夜は中々寝付けないかもしれない。
「楽しみなのは分かるが、今日はちゃんと寝て明後日の準備をしておくんだぞ」
「うん、道具の確認もしておくね」
私が浮かれているのが分かったのだろう。
モモンガは優しく笑いながらも、少し真剣な雰囲気を出した。
「ネム、改めて聞いてくれ。私は冒険者をやるにあたって、君に必要以上の手助けはしない。今日のようにすぐに手を貸さない時もあるだろう……」
モモンガは悩ましげに言ってるけど、結構すぐに助けてくれた気もする。
あの宿で会った冒険者のおじさんは、いきなりモモンガに詰め寄られて死にそうな顔になっていた。
モモンガの行動は一つ一つがカッコいい。でも、周りの人たちは本気でびっくりしてたけど、あれは怒っているフリだったんじゃないだろうか。
(モモンガって人間になりきるの上手いし、ごっこ遊びとか得意そうだもんね)
モモンガの低い声って本当に凄い。言葉だけで相手を圧倒できるのだ。
私も冒険者をやっていれば、いつかあんな風に出来るようになるのだろうか。
「ネムの装備だってその気になればいくらでも用意出来るが、それでは面白くないからな」
「約束は覚えてるよ。自分の力で集めるのも冒険の醍醐味なんだよね」
「ああ、その通りだ。私も戦士としては完全に初心者。お互いに初めて同士、一から頑張ろう」
これは冒険者をやると決めた時、モモンガと一緒に考えて決めた事だ。
モモンガが魔法を使えば何でも出来る。でもそれでは意味がないから、あくまで戦士『モモン』として冒険する。
そして私は出来るだけモモンガの力を借りずに、自分の力で出来る事を増やしていく。
私達が一緒に成長するための約束だ。
「もちろん相談はしてくれて構わないからな」
「分かってるよ、私達は対等な冒険者仲間になるんだもんね。私もモモンガが困ったら助けるよ」
「その時は是非とも助けてくれ。さて、正式に冒険者になったお祝いだ。ネムにこれをあげよう。ちょっとした武器と、もしもの時のお守りだ」
モモンガが差し出してきたのは、Y字型の棒にゴムがついた道具――パチンコだろうか。
それともう一つは指輪だ。指輪は羊を模したデザインで、とても可愛らしい。
でも嬉しいけど、受け取るのは少し迷う。
「いきなりルール破ってない?」
「そんな事はない。ほら、冒険者『モモン』ではなく、これは友達の『モモンガ』からの贈り物だ」
そう言ってモモンガは両腕を広げ、着ている地味なローブをアピールしてみせた。
街にいた時に着ていた鎧――実は魔法で作ってる――はもう着ていない。村に帰ってくる時にわざわざ解除していた。
ちなみに鎧姿ではモモンと呼ぶ事になっているが、この姿になったらモモン呼びは終わりだ。
「もー、今回だけだよ。でもありがとう、モモンガ」
「どういたしまして。それは魔法のスリングショットでな、大抵の物を弾として使用する事が出来る。まあ、ネムからすればただのパチンコと思えばいい」
「へぇー、凄い…… 魔法の武器なんだ」
「だが、敵を倒す程の力は無い。それはあくまで牽制用にしかならないレベルの物だ」
「そうなの?」
「敵を倒す事だけが全てじゃないからな。それに、いきなり強い武器を押し付けるのも、ちょっとな…… 将来的に戦いたいなら、どんな武器を使うかはネムが自分で考えて探していくと良い」
これでモンスターなどを倒すのは無理らしい。でも、自分がいきなり武器を持って戦えるとも思っていないから、問題はないかもしれない。
やっぱりモモンガは親切だ。私の事をいろいろ考えてくれている。
それにこのパチンコは初めて持ったのにとっても手に馴染む気がする。ハムスケに乗りながら使うのも良さそうだ。
「指輪も着けてみるといい」
「こう? ――凄い!! この指輪、私にピッタリだ!!」
「保険は大事だからな。武器は使わなくても構わないが、その指輪だけは外さないでくれ」
「うん、ずっと大切にするね!!」
着ける前はサイズが大きいと思ってたけど、指に嵌めたらピッタリだった。
よく分かんないけど不思議な指輪だ。
モモンガと村の前で別れた後、貰ったパチンコを握りしめ、自分の指に嵌ったキラキラとした指輪を眺めながら家に戻った。
「ただいまー」
「ネム!? もう帰ってきたのか……」
家に戻ると家族は凄くビックリしていた。
ちゃんと晩御飯までに戻って来れたはずなのに、みんな何を驚いているんだろうか。
「どうしたの? 今日は冒険者登録してきただけだよ。ほら、このプレート見てよ」
首のプレートを掲げて見せると、お父さんはそれを見つめながら怪訝な顔をした。
「いや、登録だけって…… エ・ランテルと村を往復したら結構な距離だぞ? 一泊してくるか、それかもっと遅いものだと……」
「モモンガの魔法ならすぐだよ?」
そう言えばお父さんはモモンガの魔法を見た事がないのかもしれない。
私も初めて体験した時は驚いたけど、闇を潜るだけで遠い距離を移動出来るのだ。
もちろんハムスケもすっごく驚いていた。
でもモモンガは魔法を使う度に鎧を脱いだり着たりを繰り返していたから、色々と制約はあるのかもしれない。
「送迎完備ってそういう意味だったのか……」
モモンガの凄さに今更気づいたのだろうか。お父さんは苦笑いしていた。
「でもこの魔法の事は周りには秘密だってさ。それに村との移動に使うだけで、冒険中はちゃんと自力で移動するって言ってたよ」
色々と説明してあげると、お父さんは額に手を当てて天を仰いだ。
「……ネム。仕事の時は宿泊してきて構わないから、モモンガさんにあまり迷惑をかけてはいけないよ……」
それを見たお母さんは、隣で口を隠して可笑しそうに笑っている。
お姉ちゃんは、前に見た顔――理解を諦めた顔だ。
なんだかよく分からないけど、これは門限――冒険の時間制限が解除されたと、前向きに考えるべきだろう。
「うん、分かった。冒険者のお仕事頑張るね!!」
これで出来る仕事の幅も広がるはずだ。
でも明日は冒険にも行かないし、家のお手伝いもいっぱいしておこう。道具の準備もパチンコの練習もしなくちゃいけない。
村はまだまだ大変な状態だ。みんな忙しく働き続けている。
冒険をしたらお金をいっぱい稼いで驚かせよう。
それなら私でもきっと家族の役に立てる――役に立ったと胸を張れる。
(私だって、やれば出来る!!)
今はまだ迷惑をかけてばかりだけど――その時はちゃんと褒めてもらえるよね。
◆
待ちに待った冒険の日。
前日はしっかりと寝たので体調は万全。必要な持ち物も事前に確認して、既に用意しているので準備も完璧だ。
「いってきまーす!!」
朝ご飯を素早く食べ終えると、用意しておいた小さなリュックを背負う。
服のポケットにはモモンガから貰ったパチンコが、すぐ取り出せるように入れてある。
そして茶色のマント――村に住む
私は家族に元気よく挨拶をすると、駆け出すように家を出た。
「二人ともおはよう!!」
「ネム殿、おはようでござる」
村の外で待ち合わせしていたモモンガとハムスケに合流し、その後はちょっとだけモモンガの魔法の出番だ。
「おはよう、ネム。忘れ物はないか? 街の近くまで〈
「うん、大丈夫」
モモンガは少しだけテンションの高い声で魔法を唱え、宙に浮かぶ闇を生み出した。
一昨日街に行った時も使ったが、これを潜れば一瞬で移動できるのだ。
「本当に便利だよね。これが使えたら朝の水汲みが楽になりそう」
「某も魔法は少々使えるでござるが、殿には全く敵わないでござる」
モモンガのこの魔法はかなり凄いものらしい。ハムスケも魔法は少し使えるそうだけど、こんな便利な魔法は知らないようだった。
「第十位階の魔法を使ってやる事が水汲みとは…… ネムは中々大物だな」
「井戸を往復するのって結構大変だよ? お姉ちゃんも腕が太くなったらどうしようって言ってた」
素直に思った事を言っただけだったが、モモンガはどこか感心したような、驚いたような雰囲気を見せた。
自分では大きな瓶を持ち運べないため、水汲みのお手伝いをする事は少ない。それでも姉の姿を見ていれば大変さは分かる。
「あくまでも家族と仕事のためか…… ネムらしい、優しい使い方だ」
色んな魔法が使えるモモンガにとっては不思議な理由だったのだろうか。
確かにモモンガならわざわざ井戸を往復しなくても、直接水を生み出したりも出来るのかもしれない。
モモンガの顔は今は仮面で隠れているけど、何故か自分のことを優しげな目で見ている気がした。
「どうしたの? 行かないの?」
「いや、何でもない。さぁ、行こうか!!」
「うん、しゅっぱーつ!!」
「出発でござる!!」
みんなで元気よく声を出して、闇の中へ足を踏み入れた。
こうしてお喋りしているのも楽しいけど、何はともあれ出発だ。
――どんな仕事があるんだろう。今日一日だとどれくらい稼げるんだろう。どんな物が見られるんだろう。
今日から私、冒険者ネム・エモット、相棒のハムスケ、そして冒険者モモンの本格的な活動開始だ――
◆
意気揚々とカルネ村から街までやって来た二人と一匹。
出発時の笑顔はどこへ消えたのか、ネムは眉を八の字にしながらモモンガと共に唸っている。
「これが依頼書か。ふむ、どうしたものか……」
「むむむ…… どうしよう?」
辿り着いたエ・ランテルの冒険者ギルドで、ネムとモモンガは早速壁にぶつかっていた。
魔法で作った鎧に身を包んだモモンガは顎に手を当て、掲示板の前でどうしたものかと考え込んでいる。
「読めん…… ネムは文字が読めるか?」
「読めない…… モモンも?」
「ああ、私の故郷とはまるで違う文字だ。言葉は翻訳されるのに、文字は違うとか不便だな……」
冒険者登録をした時に、何故気付かなかったのか不思議なくらいの初歩的な問題。
モモンガとネムは張り出された依頼書の文字が読めなかったのだ。
モモンガは異世界の言葉故に。ネムは単純に読み書きを習っていないからだ。
屋外に待たせているハムスケに聞いてみるという手もあったが、あの微妙に賢くない魔獣に文字が読めるとも思えなかった。
そして、観念して二人で受付に依頼を見繕ってもらおうとしたが、そこで待ち受けていたのは新たな問題だった。
「申し訳ございません。現在は緊急時でして、銅級の方に紹介できる仕事はございません」
「……え?」
返ってきたのは事務的な台詞。
二人してポカンとしていたが、受付の女性はそんな事も知らないのかと言いたげな表情だった。
「昨夜より共同墓地からアンデッドが溢れ出し、その対応に追われているのです。そのため、他の依頼は一部停止させて頂いております」
「えぇ……」
ネムとモモンガは二人揃ってガックリと肩を落とした。
現在多くの冒険者はアンデッド退治や街の防衛の仕事を請け負っているが、それは一度も仕事をしたことがない新人に回せるようなものではなかった。
厳密には荷物運びの仕事などはあるのだが、この緊急時に何も知らない奇妙な二人組に任せるのは良くないだろうと、受付嬢はあえて言わなかった。
「モモン、どうしよう?」
「選択肢は三つ……いや、この場合一つか。ネム、今日は訓練をしないか?」
ネムはモモンガの提案を聞いて若干気分が落ち込んだ。
本当はお仕事がしたい。お金をちゃんと稼ぎたい。せめて街に入る時の通行料分くらいは取り戻したい。でも、仕事がないのだから仕方がない。
「ネムはまだモンスターとちゃんと戦ったことはないだろう?」
「うん……」
諭すようなモモンガの言葉に、ネムは小さく返事を返す。
頭で分かっていても、ネムが気持ち的に納得出来るかは別問題だ。
「ハムスケと私を含めた連携を確認する必要もある。手ごろなモンスターを探して戦ってみよう」
「うん……」
ネムもチームワークは大切だと思う。
冒険者は基本的にチームで動き、お互いをカバーするのだと聞いた事がある。練習する必要性も理解している。
ただ、今日も何の成果もなく家に戻るのは嫌だ――
「ゴブリンとかを狩れば報奨金が出るぞ」
「――やる!! モモンに昨日の練習の成果を見せてあげるね!!」
「おっ、もう自分で練習をしてたのか。偉いぞ。よし、じゃあ気を取り直して街の外に行くか!!」
「いくぞー!!」
――ゴブリン死すべし。
ネムは二重の意味でやる気を漲らせた。
◆
エ・ランテル近郊の平野で、ネムとの実戦的な連携の訓練を始める事にした。
お互いに出来ることを確認しながら、時折見つけたモンスターとも戦っている。
その相手はもっぱら弱いゴブリンで、安全を考慮して群れからはぐれた個体を狙って狩っていた。
「ねぇモモン、ハムスケと新しい技を考えたの!!」
「某とネム殿の合体技でござる!!」
訓練を始めてから数十分。ネムがゴブリンとの戦いの中で何かを閃いたようだ。
何をするのか少しワクワクしながら見ていると、ハムスケが尻尾の先をネムに絡めた。
いったい何をするつもりなのか。そのままネムの体を固定すると、空に向かって尻尾を垂直に伸ばしていく。
「私が上からパチンコで攻撃して」
「某がその隙をついて地上で攻撃するでござる」
「天才か」
ハムスケの尻尾は堅い鱗に覆われているが、伸縮自在で伸ばせば少なくとも二十メートルはある。普段は鞭の様に敵に叩きつけて使っており、かなり自在に操れるらしい。
それをそのまま武器として使うのではなく、ネムを空中に固定する道具にするとは中々面白い。
「ふむ、考えたな。これなら周囲の偵察にも使えそうだ」
「でしょでしょ!! でも、これまだ未完成なんだ……」
「何が足りないんだ?」
制空権などネムは知らないはずだが、敵の頭上を取れれば有利だろうし、高い位置にいる分視野も広くなる。
何より敵が飛び道具を持っていなければ、ネムが一方的に攻撃出来ることになる。
尻尾から降りて来たネムは未完成だと言ったが、この世界のレベルを考えれば十分使える作戦だと思う。目立って的になりやすい事を気にしているのだろうか。
「尻尾を真っ直ぐに伸ばし続けるのは、某が少々疲れるでござる」
「ポンコツか」
疲労のないアンデッドである自分には、ハムスケの苦労は分からない。
だが、そこは頑張れと言いたい。
「あと、高すぎて怖いです……」
「盲点だった…… いや、あの高さだから当たり前か。むしろ良くさっきは我慢出来たな?」
空中での恐怖を思い出したのか、ネムが怯えた表情を見せた。
確かにあの高さは普通の人間には怖いだろう。自分は恐怖などの感覚も麻痺しているため、本当の意味では共感出来ないが。
「止まってる時はまだ良いけど、ハムスケが移動したら尻尾も揺れるから、すっごく怖いの……」
「尻尾でしっかりと体を掴んでいるゆえ、決してネム殿を落としはしないでござるが…… 極力揺らさないとなると、某は一歩も動けないでござる」
「まさかの移動不可……」
「爪くらいは振れるでござるよ?」
尻尾はネムのために使っているので、必然的にハムスケの残りの武器は爪となる。
超近距離武器しかなく、移動出来ない戦士――駄目かもしれない。
「面白い作戦だが、改良が必要だな」
「うん。あと高い所から撃つと難しかったから、もっと練習しなきゃ!!」
「某も特訓に付き合うでござるよ!!」
「よし、私も後衛をカバー出来る立ち回りの練習だ!!」
その後もゴブリンを数匹狩り、色んな動きを試してこの日の訓練は切り上げた。
見つけた中で一匹だけ攻撃が当たらず倒せなかったゴブリンがおり、見事に逃げられたことでネムはすごく悔しそうにしていた。
そんな風に時には上手くいかない事もある。それもネムにはいい経験だろう。
(たかがゴブリン。雑魚モンスターだ……)
今日戦ったモンスターは非常に弱く、戦士の真似事をしている自分でも一太刀で斬り殺せる。やろうと思えば戦術など皆無の力押しで、何千匹でも倒せる雑魚だ。
自分一人どころか、ハムスケだけでも余裕で倒せる程度の相手でしかなかっただろう。
報酬金にしたって銀貨で数枚程度。ユグドラシル金貨に換算すれば、一枚にも満たない僅かな額だ。
しかし――
(でも、楽しかったな……)
――楽しかった。
ユグドラシルでは強敵に挑んで負ける度に、試行錯誤を繰り返した。
難しいクエストにチャレンジする時は、みんなで知恵を出し合った。
強い戦術や面白い技などを編み出しては、仲間内で披露しあった。
(ああ、そうだ。俺はただ、こんな風にみんなと遊んでいたかったんだ……)
かつての仲間と過ごしたあの頃を思い出し、自分としては今日の訓練は大満足だった。
もし叶うなら、もし彼らがこの世界に来ているのなら、彼らともまた一緒にこんな風に遊びたい。
「ねぇモモンガ、今度はいつ行くの?」
「うーん、どうするか。あまりネムを連れ出し過ぎるのも、家族に悪いしなぁ」
ネムをカルネ村に送り届け、別れる直前。
次の冒険の予定を聞かれた。そう、ネムとはまだ次があるのだ。
「私はいつでも準備万端だよ!! 次はちゃんとお仕事をこなして、今度はみんなにお土産を買って帰りたいな」
「ふふふっ……了解だ。じゃあ次は――」
自身に向けられた真っ直ぐな瞳を見て、思わず笑いがこぼれた。
かつての仲間に会いたい気持ちは、自身の中に当然の様にある。
張りぼてでも、支配者としてナザリックを絶対に守り抜いてみせる。
自身の精神が変質している自覚はある。だが、たとえ何年、何十年経とうが、アンデッドとなったこの身が消える時まで、この想いは決して無くならないだろう。
だけど今は――
(少しくらい、新しい友人との約束を楽しんでも、構わないですよね。皆さん――)
――ネムとの冒険を楽しんでも、罰は当たらないだろう。
名声とか興味ないので、モモンガは共同墓地の事件を放置です。
問題が起きればきっとデミウルゴスが何とかしてくれるはず……
――色んなフラグを折った結果――
シャルティアは洗脳されない(そもそも外に出てない)。
漆黒の剣はどこかでモンスターを狩ってる。
ンフィーレアは叡者の額冠を装備中。
カジっちゃんはアンデッド化に成功。
クレマンティーヌは無事に逃走。