邪神様が見ているin米花町   作:亜希羅

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 その日、私は買い物を終えて白いビニール袋をガサガサさせながら家路についていた。
 ご近所に、なんかその手の宗教系の寄り合いがあるのだが、時折鐘やら太鼓やらをドンツクドンツク鳴らしているのを聞いていたのだが、その日は違っていた。
 いあいあふたぐん!という叫びにも似た祈りの声と、いつにもまして激しい太鼓と鐘の音に、ビニール袋を取り落してしまう。・・・ほのかに磯の香りが鼻についたような気がしたような気もした。
 そのままマッハで家に飛び込んだ。その後のこと?考えたくもない。


【#12】原作スタートらしいです。味方?いらないでしょう?

 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 聞きました?!奥さん!ようやく待ちに待った『名探偵コナン』がスタートですってよ!

 

 遊園地に透君と偽装デートに行ったついでに、工藤新一君が殴られて毒薬飲まされて幼児化っていう一連のコンボを決められているところをばっちり出歯亀させてもらいました☆

 

 え?誰が奥さんだ?加えて他に言うことはないのかって?

 

 えー?ああ、さっさとその場からいなくなればいいのに、黒ずくめお二人がグズグズしてるから、ちょっとばかりペットの狩り立てる恐怖を呼んでケツを叩いてあげただけですよ?

 

 どうも、零君率いる公安が網張ってるのに気がついて、どうずらかろうかって悩んでたみたいです。取引相手さんは逮捕されちゃったみたいですし。

 

 ま、その公安も、うっかり狩り立てる恐怖を目撃しちゃって、阿鼻叫喚の地獄絵図になっちゃいましたがね。

 

 殺さないように狩り立てる恐怖には言いつけておきましたし、まあ、よくてSANチェックのダイスロール、悪くて締め付けられて複雑骨折程度で済んだんじゃないですかね。

 

 大丈夫!まだ生きてます!まだ心臓が動いて息して物事を認識できれば、それは十分生の範疇の入ります。そしてさらに苦しみ狂う余地があるのです!素晴らしいじゃないですか!存分に苦しみ狂いたまえよ、チミィ!

 

 

 

 え?お持ち帰りした幼児化工藤新一少年?

 

 ・・・さあて、どうしましょうねえ?あのまま放置しておいたら、確実に口封じされて『名探偵コナン』は開始前に終了という状態でしたからねえ。どうせならもっと苦しみのた打ち回ってから死んだ方がいいと思って、やってしまったんですが・・・。

 

 まさか皆さん!あそこで私が見捨てた方がよかったというつもりですか!鬼!悪魔!鬼畜がここにいます!え?お前にだけは言われたくない?何と冷たい・・・。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、呪文≪消滅≫は、使い手を煙のように消したり、あらかじめ帰還点に設定している護符の入った箱のそばに瞬時に移動するための呪文です。

 

 ま、私のような神様ともなれば、別に目印となる帰還点がなくとも自在に移動できるんですが、やっぱりあればやりやすいものでね。ウーン、わかりやすい感覚に直すと・・・真っ白な紙のど真ん中に鉛筆で点をつける際、紙の上にあらかじめ目印があるのとないのとでは難易度が違うでしょう?そんな感じです。

 

 『九頭竜亭』の奥にあるプライベートスペースに設置していた護符の箱のそばに姿を現した私は、「てけり・り」と言いながら出迎えてくれたメイドのショゴスさんに、幼児化新一君(気絶中)を見せながら子供服を買って来るように言いました。

 

 さすがにこのブカブカ服では動きづらいですし、ちょっとした予感(予定調和とも言います)がするので、彼には申し訳ありませんが勝手に着替えさせてもらいましょう。

 

 

 

 ・・・ショゴスさんを服に擬態させてもいいのですが、流石に児童ポルノに引っかかりそうなのはダメでしょう。

 

 それに、彼女の本性は臭いがきついんですよ。今は人間姿で臭いはないんですが、擬態させ直すとなると、一度本性たる不定形に戻らねばならず、その際に悪臭がねえ。曲がりなりにもお店です。不特定多数の人間が出入りする空間に悪臭が残るのは、NGです。

 

 前も、蘭君が暴れるのを取り押さえさせた際、悪臭が残ってしまい、あとからやってきた回覧板持ってきたおじいさんに鼻を押さえられながら、「何かあったんですか?」って聞かれましたからねえ。

 

 

 

 さすがは有能メイドのショゴスさんです。ご近所のし●むらから、適当に子供服と下着、靴と靴下を買ってきた彼女は、ついでとばかりに薬局で買ってくれた医療品(消毒液、ガーゼや包帯など)も渡してくれました。ありがとうございます。助かりますよ。

 

 そのままお夕飯の支度に行ってくれました。完璧です・・・さすがは、奉仕種族としてデザインされた、純従者のショゴスさんです。

 

 『・・・主よ、いつからショタに目覚めたのだ?』

 

 生意気な口を利くのはこの嘴ですか~?羽毟ってフライドチキンにしてから、ルルイエにいるクトゥルフ君に贈答品として送ってあげてもいいんですよ~?

 

 止まり木にいるシャンタク鳥が、真っ青になって(鳥面なのに!)『申し訳ない!』と謝るのをよそに、新一君の手当てに取り掛かります。まずは殴られたことによる傷の手当てをし、ブカブカの衣服を脱がせて、さっさと着替えさせます。

 

 思ってたより、傷が浅いですね。ショックロールが入ったにしては軽微です。・・・ひょっとしたら、例の毒薬の副作用的なもので傷が治ったのかもしれませんね。

 

 さて、あとはソファに寝かせて、気が付くまでテレビでも・・・おろろ、電話がかかってきましたね。このタイミングの電話・・・ふむ、おそらくは彼でしょう。

 

 ナイスタイミングなことに、新一君も気が付いたようですね。状況把握ができず、寝たふりを続けているようですが、バレバレですよ?

 

 まあ、いいでしょう。

 

 

 

 ああ、バーボン君。お仕事はうまくいきましたか?フフッ。取引に来ていたジン君とウォッカ君には逃げられましたか。残念でしたね。まあ、彼らのことです。案外どこかで詰めの甘さを披露しているかもしれませんよ?例えば、うっかり出てしまった目撃者の口封じをしたとか。探せば痕跡くらい見つかるのでは?

 

 おや。空飛ぶ巨大な蛇を見た?そんな幻覚を見た人がいたのですか。君は大丈夫なのですか?・・・そうですか。いえいえ、君なら大丈夫とわかってはいたんですが、やはり実際聞いておかないと安心できないもので。

 

 ええ。では、また。

 

 

 

 ま、こんなところでしょうか。受話器を置いてから、ソファで聞き耳を立てる少年に向き直ります。

 

 そろそろ起きたらどうです?工藤新一君。話は聞いていましたね?

 

 おやおや。狸寝入りが通用しないとわかったら、毛を逆立てた猫のように警戒モード全開で威嚇してきましたね。

 

 あんた何者だ。さっきのは何だ云々と。

 

 素直で結構。人間素直が一番ですが、それは時として寿命を縮める一因になりますよ?

 

 例えば、今のよう・・・?!

 

 いえ、なんだかお店の方で轟音が聞こえたような気がしまして。気のせいではありませんね。明らかに新一君が肩をびくつかせています。

 

 

 

 ちなみに、今の時間は夕方6時を過ぎてます。当『九頭竜亭』は少々早いですが、きっかり6時をもって店じまいとさせていただいてます。

 

 ・・・営業時間を過ぎてなおお店に殴り込みを駆けてくる奇特な輩なんて、いましたかねえ?以前、とある暴力団がお店にトラックを突っ込ませてくれましたが、彼らにはちゃんと落とし前をつけていただきましたし・・・はて?

 

 

 

 「神様神様ニャルラトホテプ様大変なんです助けてくださいああもう新一のバカは何でこんな時に連絡がつかないの神様お願いしますお父さんが大変なんです!!!」

 

 様子を見に行ってちょっととっさに声が出ませんでした。

 

 営業終了と、ガラスの引き戸引いて鍵かけて、看板かけておいたというのに、引き戸を破壊して蘭君が駆け込んでたんですから。

 

 しかも、開幕狂人トークを炸裂させてくれてます。どうするんですこれ・・・。

 

 ああ・・・折角雰囲気づくりにデザインした色ガラスのレトロなデザインの引き戸が、割れて折れてぐちゃんぐちゃんに・・・。

 

 ・・・毛利探偵事務所宛ての借金を追加いたしましょうか。

 

 「蘭?!おい、どういうことだよ?!」

 

 私の後を追ってきた新一君が私を見上げてくれていますが、すぐさま血相を変えている蘭君を前に、険しい表情で睨みあげてきます。

 

 いやあ、素晴らしいかな、混沌空間!

 

 ・・・収拾がつきませんね。話が進まないとも言います。

 

 「とりあえず、蘭君の事情から先に聞きましょうか。君の話はあとで。いいですね、ボク」

 

 「ボ・・・!」

 

 あからさまにむっとした様子になる新一君ですが、すぐさまその声が途切れました。

 

 視線を手繰れば、彼はお店の片隅に置いている姿見を見て絶句しています。ああ、ようやく自分が幼児化していると気が付いたんですね?

 

 鏡に向き直り、ぺたぺたと自分を触って信じられないものを見る目で鏡を凝視する新一君は放っておいて、とりあえず蘭君の話を聞きましょう。

 

 彼女は狂人ですのでね。下手に放置すると機嫌を損ねて、意味不明な理由で店内の破壊活動に出かねません。

 

 「あああああ神様神様大変なんですお父さんがお父さんが倒れちゃって今救急車で米花中央病院に運ばれちゃって変な電話もかかってきて×月×日までに○○万円用意できたかって訊いてくるんです丁寧な口調だったけどあれは脅迫の電話ですお父さん変な詐欺に引っかかって事務所も担保にしちゃったみたいでどうしましょう神様どうすればいいんでしょう助けてください何でもしますから」

 

 ん?今何でもするって言ったよね?

 

 いえいえ、冗談ですよ、もちろん。邪神ジョーク、ではありませんね。残念ながら。

 

 それはさておいて、蘭君、君、狂人トークを最愛の人に炸裂させてるってわかって・・・いるわけありませんねえ。

 

 チラッと新一君を見ると、蒼白な顔で彼は蘭君を見上げて絶句しています。

 

 ハハッ!さながら幻夢境〈ドリームランド〉にでも来たような心地でしょうねえ。気が付いたら知らない場所で、自分は縮んで、幼馴染は狂人丸出しトークをしているわけですからねえ!SANチェック入りますよねえ!

 

 でも残念ながら現実です。頬をつねっても痛いでしょう?

 

 「落ち着きましょう、蘭君。私に相談しに来てくれるのは嬉しいですが、その前に、他にこのことをご相談すべき人がいるのではないですか?

 

 新一君にも連絡が付かないなら、他の、保護者の方はいないんですか?」

 

 「あ・・・お母さん!」

 

 ホッとしたような顔をする蘭君ですが、話はそううまくいきますかねえ?

 

 

 

 蘭君は詐欺だと思っているようですが、それは列記とした消費者金融からの返済催促のお電話と思いますよ?加えて毛利探偵は、過労で倒れて入院と。可哀そうに。

 

 え?お前がこの狂人を野放しにしているのが原因だって?知りませんよ。狂人を野放しにしているのは私の責任ではなく、その保護者とご友人方です。

 

 ほぉら、私は悪くない!

 

 

 

 さっそく電話しなきゃとアワアワする蘭君に、店先の電話を貸してやり、ようやく少し落ち着いた様子の新一君とアイコンタクトを取ります。

 

 「ちょっと出先から預かっている子と話してきますね~」と言い残して、再び奥へ。

 

 正直、あの狂人から目を離すのはどうかと思いますが、彼女がいると進む話も進みませんのでね。

 

 「蘭・・・」

 

 いまだに信じられないものを見る目で、店先の方を振り返る新一君に、ソファを勧めます。

 

 おやショゴスさん、お夕飯前ということで緑茶にしてくれましたか。ありがとうございます。

 

 「では、改めまして、工藤新一君。

 

 私はこの古書店『九頭竜亭』の店主を務めております、手取ナイアと申します」

 

 にっこり笑って自己紹介。

 

 

 

 おやおや新一君。仮にも彼女の信奉する神に向かって、その態度はどうなんです?睨み付けて、いきなり人を胡散臭い教祖呼ばわりですか。

 

 どうも彼は、私が蘭君を洗脳して怪しい宗教団体に引きずり込んだ挙句、毛利探偵に借金をこさえさせるように仕向けたと思い込んでいるようですね。そして、電話先で言ったジン、ウォッカ、バーボンというのは、その宗教団体の一員だと考えているようです。

 

 実に、凡俗でつまらない発想です。確かに私は数多のカルトで教祖、というか主導する立場に立つこともありますが、今の化身はそういう立場にデザインしてはいないのですよ。やるなら徹底的に、がモットーですのでね。

 

 なので、毛利探偵事務所宛ての借金の事情を話してみたんですが、嘘だ蘭がそんなことするはずない、とまずは信じてくれません。

 

 加えて小さくなった自分を元に戻せと要求してくる始末です。・・・ずいぶん偉そうにしてくれるじゃないですか。まだ自分の立場を弁えてないようですねえ。

 

 

 

 おや。私がイライラしてきているですか?そりゃそうもなりますよ。私は頭のいい人間やスタンス(従属するか敵対するか)の違いこそあれ、対等であろうとする人間こそ好ましく思うんです。自分の立場も弁えずに悪戯に噛みついてくる人間は嫌いです。みなさんだってむやみやたらに吠えてくる馬鹿犬は嫌いでしょう?同じことですよ。

 

 

 

 なので、少々切り口を変えましょうか。

 

 彼を着替えさせる際に服から抜き取っておいたスマホを片手に、にっこり笑って「君はイマイチご自分の立場と私の立ち位置が分かってないようですねえ」と言って口を開いて言ってのけます。

 

 本来、これは私のキャラではないのですが、馬鹿には馬鹿でも理解できるように話を噛み砕かないと進む話も進みません。素晴らしいシナリオでも、KPのキーパリング次第では、クソゲーに早変わり、なんですよ?

 

 

 

 もし、私が君に毒薬を飲ませた連中の一員だったら、君は生存がばれるや即行殺されて、このスマホの中の電話帳の人間も全員消されることになってましたよ?いかに警察とのコネクションを持つとはいえ、所詮君は高校生、未成年です。それをためらいなく拳銃とか毒薬なんて選択肢が出てくるあたり、相当手慣れた連中という発想は浮かばないんですか?

 

 私は君を拾ってあげただけです。フフ、毒薬飲まされるのを見かけてしまって。ええ、蘭君はうちの店の常連、というより私個人と親交があったんですよ。あのおかしな言動については知りませんよ。私と知り合った時からあんな感じでしたが?

 

 ええ、嘘は言ってませんよ?(魔導書を読んだという)事実全てではありませんが。

 

 

 

 「・・・あんた、神様とかなんとか呼ばれてたけど、どういうことだよ?」

 

 「ほう?」

 

 「ニャルラトホテプとか・・・って・・・」

 

 尻すぼみになって口をもごつかせる新一君は青ざめた顔で私を見つめています。私ですか?ええ、笑顔はそのままですよ?

 

 ただ、人間の振りを少しばかりやめただけで。

 

 「君は実に、藪を突くのが好きなんですねえ・・・」

 

 ねっとりと、絡みつくように私は言いました。

 

 

 

 防衛本能、という言葉があります。

 

 我々のような存在は、通常の生物からしてみれば受け入れがたい。特に、人間のように確固たる理性を持ち、常識というものを縁〈よすが〉としている生き物であれば。

 

 だから、人間が我々の存在を知ってしまえば、メタな言葉でいうなら、SANチェックというものが発生してしまうんですよ。

 

 けれど、普通の人間は、それを避けようと動きます。いわゆる防衛本能というものが働いて。

 

 「これ以上係わったら危ない」「これは知ってはいけない」言葉に直せばそんな意識が働いて、通常の人間は神話生物やそれにまつわる事象には深く意識を突っ込まないんですよ。

 

 自分の理性と、縁〈よすが〉たる常識を守るために。

 

 それを破壊するのが私の一つの楽しみではあるんですが・・・人間の中にはごく稀にいるんですよ。そういう防衛本能を無視して、その先に突き進んでしまう、聡明なる愚か者が。それこそが、いわゆる“探索者”という奴なんですがね。

 

 どうやら、新一君は、こちらの才能も、持ち合わせてしまっているようですねえ。

 

 

 

 え?ああ、新一君ですか。うっかり宇宙的恐怖を体感したので、SANが削れました☆

 

 外なる神としての名前の紹介とともに表していた本性を、“手取ナイア”の美貌に戻して、緑茶をすすります。国外の方は青臭いなんて嫌う方が多いですが、私は好きですよ?

 

 青ざめた顔で、頭を抱えてブツブツ言う新一君をよそに、電話を終えたらしい蘭君が「神様どこですかー?!」なんて騒いでいます。

 

 やれやれ。あれほど私のことはナイアと呼んで神様扱いはしないようにと言ったはずなのですが・・・狂人はこれだから仕方がないですねー。

 

 はいはい何ですかー?

 

 店先の方へ顔を出すと、蘭君は壊れた引き戸を踏み荒らしながら、お母さんの妃弁護士と一緒に毛利探偵の入院している病院へ駆けこむようです。

 

 そのまま彼女は出ていきました。

 

 やれやれ。また借金を追加しましょうか。

 

 新一君は、回復するまではそっとしておきましょう。彼の身の振り方は彼が自分で決めることですし。

 

 

 

 ・・・おや?確か、攻略本では彼はその後、“江戸川コナン”という偽名で毛利探偵事務所に転がり込むはずですが・・・その毛利探偵は過労で入院で、とてもではないが探偵ができる状況ではありませんね。

 

 おやおやおや?これはいったいどういうことでしょう?

 

 え?お前のやらかしがまたピタゴラスイッチした結果だろうがって?

 

 ・・・ま、何とかなるでしょう。これはこれで面白いことになりそうですし。必要に応じてアナザールート構築もKPの仕事で・・・え?やり過ぎたら収拾つかなくなるって?そこまで責任取れませんよ。ええ。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 米花町の片隅で、おそらくこの世で一番性悪な邪神が、己の所業を他人事気味に処理していた、その頃。

 

 「はい、槍田探偵事務所で・・・誘拐ですか?!」

 

 ベリーショートにした栗色の髪の美女が、電話を片手にメモを取る。

 

 事務員兼補佐として、すっかりこの事務所に馴染んだ寺原麻里である。寺原は、メモを取った後、「少々お待ちください」と電話を置くと、所長デスクで最新の科学誌をめくっていた槍田郁美探偵に声を張り上げる。

 

 「所長!お電話です!誘拐ですよ誘拐!」

 

 「また物騒な単語が出てきたわね・・・吸血鬼だの、山奥で行方不明だのって、あっち方面じゃない分マシかしら」

 

 ため息をついて、槍田は寺原のデスクにある電話まで歩み寄って手に取り、話を聞く。

 

 どうも、有名な谷工業の社長令嬢が屋敷から堂々と誘拐されたらしい。警備体制ガバ過ぎやしないかと思わなかったでもないが、自分は探偵であり、仕事はその捜索だ。

 

 必要事項を手早く聞いて、メモに取り、槍田はすぐさま向かう旨を伝えて電話を切る。

 

 「さて、バイト君。仕事よ、仕事」

 

 「誘拐だぁ?警察はどうしたんだよ?」

 

 ソファに陣取って、バイク雑誌をまくっていた男は胡乱げな眼差しを向けてきたが、槍田は歯牙にもかけずに、身支度を整えながら言い放つ。

 

 「警察に伝えたら御嬢さんの命はないと脅迫されたというのが向こうの言い分だけど・・・どうも、それだけじゃない感じね。

 

 いずれにせよ、本当に誘拐だった場合は、女一人では危ないもの。バイト代は働いてもらうわよ」

 

 「ああー、クソ!せっかくの非番が!」

 

 「飲みまでの時間つぶしに来たのが間違いだったわね。うちを喫茶店扱いするからよ」

 

 やむなく立ち上がり、男は白髪をかき回す。脱色しているのだろう、癖のあるその根元はわずかに黒い。

 

 革のライダースジャケットに袖を通す男――松井に、フフッと笑う寺原は、いつも通り書類を片付ける手を止めない。

 

 彼女はこの依頼には同行せず、事務所で留守を預かるようだ。

 

 

 

 米花町からそこそこ離れた鳥矢町にある槍田探偵事務所は、元検視官の槍田郁美が所長を務めているだけあって、血生臭い案件もそこそこ持ち込まれて繁盛している。

 

 加えて、槍田は警察時代に何度か神話生物が絡む事件に首を突っ込み、MSOともかかわりを持つようになったため、そっち方面――いわゆるオカルト方面の案件も持ち込まれるようになってしまった。

 

 ・・・ゆえに、そちら方面の事件で知り合った人間が出入りすることもあり、松井は本日非番であったことをいいことに、槍田探偵事務所に遊びに来ていたのである。

 

 実に、元警察官とは思えない、いい加減な男である。

 

 

 

 

 さて、ここからは攻略本を持つ邪神の化身、手取ナイア程度しか知らぬこととなるのだが・・・この槍田探偵事務所に持ち込まれた、社長令嬢誘拐事件に関してである。

 

 本来、この事件は、江戸川コナンを名乗ることとなった工藤新一少年が、毛利蘭に引き取られて毛利探偵事務所に行った直後に発生する事件であり、毛利探偵事務所一行が、江戸川コナンの誘導の元解決することとなる。

 

 しかしながら、某邪神の所業によって、毛利探偵事務所は借金まみれ、毛利探偵はその返済に追われて過労となって入院してしまい、電話は事務所につながらず、結果として槍田探偵事務所に依頼が持ち込まれることになってしまったのである。

 

 詳細は省かせてもらうが、この誘拐騒動は、令嬢自らの自演と本当の誘拐犯の思惑が入り混じった複雑なものとなってしまった。

 

 それでも、数多の怪事件と対峙してきた元検視官の女探偵と、元爆発物処理班所属刑事の怪事件専門捜査官を相手にするには役不足な事件であり、誘拐犯の居場所はあっさり特定され、誘拐犯は松井の特殊警棒に嫌というほど殴られる羽目になった。

 

 

 

 ・・・後日、谷晶子令嬢は、谷社長と、無事旅行に行けた。もっとも、スケジュールの関係で、2か月ほど先のことになってしまったのだが。

 

 

 

 

 

大聖堂の右方、この話の次回を訪れたまえ

…それは神秘、きっと読了の力になる





【お持ち帰りした幼子には威嚇され、狂人女子高生に振り回されるナイアさん】
 前回から引き続いて、連れ帰ってきた名探偵の面倒を見る。
 彼女にしては珍しく、手当てして着替えも上げるというサービスぶり。なお、着替えを用意したのはメイドのショゴスさん。純粋なる奉仕種族としてデザインされたため、従者姿が板についている。
 かかってきた透君からの電話は、もちろん新一君が聞き耳立てているのを分かって、出ている。だから、わざと本名を出さずに、誤解を招くような言い回しを大量にした。
 ここで透君の素性がばれてすんなり協力体制形成とか面白くないじゃーん。ゆえに、絶対に透君の素性に係わるようなことを言わないし、むしろ敵対感情を煽るようなことしか言う気はない。
 駆け込んできた狂人女子高生に、閉店後の店を荒らされ、軽く頭痛を覚えた。毛利探偵事務所宛ての借金をさらに追加することにした。
 お母さんと連絡する蘭ちゃんをしり目に、幼児化新一君と内緒話。
 開口一番に、怪しい宗教の教祖呼ばわりされて、蘭ちゃんをたぶらかした挙句、毒薬飲ましてきた連中の親玉と壮絶に誤解を食らう。
 ・・・一応、彼女は一般人擬態用の化身としてデザインされているので、この化身でそういったカルト系の活動をする気はない。
 人間大好き!を自称するが、うるさく一方的に糾弾されるのは嫌い。ちなみに彼女の言う、頭のいい人間や、スタンスの違いがあれど対等であろうとする人間というのは、いわずもがな、零君、赤井さんやシュルズベリィ教授など。玩具扱いの下等生物でこそあれど、対等であろうとする者にはそれなりに敬意を表して接する。
 黙らすついでに新一君のSANを削る。一時発狂ついでにめでたくクトゥルフ神話技能を獲得してしまった原作主人公については、現在どうとも思ってない。
 ・・・なお、くどいようだが彼女の持っている攻略本の記載情報は偏っているため、この直後に起こる誘拐事件についての記載はなく、このためさしもの邪神もまたしてもピタゴラスイッチが起こっていることを知るわけがない。

【拾われた眼鏡美人がカルト教祖どころかトンデモクソ邪神で発狂しかけた幼児化新一君】
 気が付いたら見知らぬ場所で幼児化していた。これだけでクローズドサークル系CoCシナリオの冒頭らしくSANチェック入りそうなのに、やってきた幼馴染は頭のおかしい発言と常識ガン無視した行動やらかしてた。何でだよ?!
 気が付いた直後に聞いた女の電話から、自分に毒薬飲ませた連中のこと知ってそうだな→ジンとかウォッカとか、コードネームかな?組織とかなんとか言ってたし→蘭の発言が!神様なんてカルトの発想としか!となった結果の言動らしい。
 やっぱりこの女怪しいぞ!と自分を拾った怪しい女に詰問するが、予想を超えているどころかはるかかなたにぶっ飛んでいたその正体に、SANが削れてアバーっ?!となりかけた。
 クトゥルフ神話技能ももれなく獲得した。やったね新一君!SANの最大値が削れたよ!
 次回には正気に戻っているだろうが、彼は重箱の隅突きと藪を突いで蛇探しの天才なので、折につけSANをセルフカットしていくことになると思われる。

【誘拐捜査に乗り出した槍田探偵事務所御一行様】
 久々の出番。なお、事務所メンツとしては、所長の槍田郁美、事務員兼補佐の寺原麻里、非正規職員として松井陣矢、浅井成実、他数名(アルバイトやご意見番、面白半分で入りびたりの人間)がいる。
 文中でも言っている通り、所長の前歴もあって、そこそこ繁盛。さらに神話事件に発展する可能性のあるオカルト案件も持ち込まれることがある。
 今回、本来の歴史であれば毛利探偵事務所に持ち込まれるはずの誘拐事件を持ち込まれ、槍田さんと松井さんのお二人が出動。寺原さんはお留守番。
 なお、槍田さんは電話の時点で狂言ということまでは見抜いてないものの、事情があるんだろうなくらいには察している。
 誘拐犯は、松井さんの特殊警棒(神話生物を何度か撲殺済み)に殴り飛ばされた後、警察に引き渡されました。

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