邪神様が見ているin米花町   作:亜希羅

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 ちょうどこれ書いたころ、そろそろ『緋色の弾丸』が公開だ~!とひそかにwktkしてました。コロナで公開延期になったと知って、(´・ω・`)ってなりました。
 おのれコロナ。
 でも、ちょうど金曜ロードショーで『純黒の悪夢』やってて、やっぱ純黒いいなあ!とテンション上がって書き上げました。
 にもかかわらず、この出来栄えです。
 違うんです。たまにはほんわかした話を書こうって・・・。クトゥルフとほんわかって混ぜると、ろくな化学反応にならない?知ってます。
 何のことかわからない方は、ニコ動で検索してみてください。ほんわか卓っていう、動画を視聴したら謎が解けると思います。ほんわかって何でしょうね(遠い目)

 あ、前話から分けているのは、劇場版絡みの話になるからですが、あんまり気にしないでください。


【番外編ζ】探索者たちの日常②

[恋するサッカーボール]

 

 

 早朝の公園の一角である。

 

 ぽんぽんと、コナンがサッカーボールを弾ませる。

 

 足の腹、ひざ、ヘディングを数回して、胸でトラップしてから、もう一度足元へ。

 

 

 

 

 

 新一である頃も、屋外での考え事の時にこうしてボールを弾ませていた。

 

 サッカーは探偵に必要な体力づくりのためにやっていたが、単純にボールを追い回す体力や技術のみならず、敵味方、双方のチーム全体を俯瞰する視野の広さが求められる。

 

 これはこれで、頭の運動が求められる。

 

 新一がそれに気が付いた時には、サッカーはもはや完全に彼の血肉となっていた。

 

 

 

 

 

 そして、幼児化してなお、高校在学中であるというのにプロリーグからスカウトを受けたほどの技量は健在だ。

 

 「うわー!コナン君、上手!」

 

 「まあ、小学生のころからやってるからな」

 

 「え?」

 

 目をキラキラさせるクラスメートに、コナンが笑って見せると、彼は怪訝そうな顔をした。

 

 すぐさまコナンは気が付く。

 

 自分は今、小学1年生だ!

 

 「あ、いや、言い間違いだ!はは・・・!」

 

 「変なの~。じゃあ、今度は僕の番ね!」

 

 少々ひきつった顔でごまかし笑いをするコナンに、クラスメートの少年は特に気にした様子もなく、コナンが渡してきたボールを受け取って、リフティングをする。

 

 コナンほどなめらかではないものの、なかなか様になっている。

 

 「う、わ!」

 

 「落ち着け。強く蹴らず、軽く!高く上げるな!」

 

 「うん!」

 

 コナンのアドバイスを受けて、どうにかリフティングをつなげる。

 

 そんな少年たちの様子を、にこにこしながら見つめる大人が二人、少し離れたベンチに腰かけている。

 

 片方は、相も変わらず黒いワンピースにポニーテールの清楚系女装姿の浅井成実。

 

 もう片方は、癖のある髪を束ねた、浅黒い肌の青年である。中岡一雅というその男は、将来をサッカー選手に嘱望されながらも、事故で夢を絶たざるを得なかったのだ。

 

 「にしても、すごい偶然ですね」

 

 中岡の言葉に、成実は「そうね」と頷く。

 

 「知史と、浅井さんの友人の親戚が、同じクラスメートだったなんて」

 

 「私も今日、初めて知りましたけどね」

 

 そう。実は、そこで遊んでいる二人は、同じ帝丹小学校1年B組の生徒である。

 

 心臓が悪く体力もなくて学校も休みがちで、クラスメートとはあまり接点が持てない少年、本浦知史と、先日起こった某事件のせいで腫物扱いを受けるコナンが、サッカーという共通の趣味をきっかけに、仲良くなったのはついさっきのことだ。

 

 たまたま早く目が覚めたからと朝練習に出たコナンと、中岡が付き添って練習に出ていた知史は、今日が実質初対面であるにもかかわらず、旧知の仲であるかのように仲良くなった。

 

 

 

 

 

 「よし!行くぜ!」

 

 「うん!」

 

 二人がボールのパス練習をしている。

 

 おそらく、コナンの方がある程度技量を抑えているのだろうが、はた目にはいい勝負に見える。

 

 

 

 

 

 中岡は、隣に座る浅井をちらっと見降ろした。(浅井の方が若干小柄なのだ)

 

 今日は仕事は休みで、朝の散歩なの、と笑って言った浅井は、中岡が初めて彼女と会った時と変わらない。

 

 視線をボールを転がす二人に向け、中岡は思い返す。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 中岡がバイク事故によって夢を絶たれ、腐りきっていたところを知史の無邪気とひたむきさに救われたのは、記憶に新しいところだ。

 

 サッカー選手になれなくても、サッカーそのものをあきらめなくていいのだ。

 

 あの広いフィールドで、ボールをひたすら追いかける、あの時間。自分の息遣いと、チームの息遣い、敵チームの息遣い、すべてが唱和する、あの興奮。

 

 それは、きっと、どこででも、感じられる。

 

 サッカーをしていたころの、ひたすら研ぎ澄まされたあの気持ちが、鮮やかによみがえってきた。

 

 いつしか日課となった、二人きりの早朝練習を終え、にこやかに会話を弾ませていた時だった。

 

 急に知史が顔色を青くして、呼吸を崩して胸を押さえてうずくまったのだ。

 

 

 

 

 

 知史は、前述の通り、心臓が悪い。医者からも激しい運動は控えるように言われている。

 

 けれど、それでも。サッカーが、大好きだ。

 

 だから、気を付けて練習をしていた。けれど、その日は何がいけなかったか、突然発作が起こってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 「と、知史?!」

 

 「あ・・・はっ・・・だ、だいじょ・・・」

 

 「大丈夫なわけないだろう!」

 

 そう怒鳴る中岡だが、内実はパニック状態だった。

 

 ここには知史以外は彼一人しかいない。

 

 どうすればいい?心臓の悪い子供の発作の急な対処方?心臓マッサージと人工呼吸?確かテレビでやって、いや違うまずは救急車を、

 

 「君!しっかり!」

 

 ほとんど頭が真っ白に近く、うろたえるしかできなかった中岡をハッとさせたのは、凛としたその声だった。

 

 いつ来たのだろうか、軽く息を切らせた、黒衣の女性が、知史のそばに跪いていたのだ。

 

 「救急車を!場所と患者の子供について!持病について知ってるならそれも伝えて!」

 

 「あ、ああ!」

 

 てきぱきした指示に、中岡はがくがくと頷いて、取り出したスマホでしどろもどろながらもどうにか連絡し終えた。

 

 一方の女性は、素早く知史の脈と呼吸を見るや、「応急処置をするよ!がんばれ!すぐに救急車が来るからね!」と言って、知史の衣服を緩め、横にさせる。

 

 やがて到着した救急車に、知史は乗せられる。もちろん、中岡と女性も付き添いで乗り合わせることになった。

 

 

 

 

 

 こうして、知史はどうにか助かり、中岡は浅井成実という女性(中岡はそう判断していた)と知り合った。

 

 知史がどうにか回復してからも、中岡との付き合いは続いた。

 

 一人のところで発作が起こり、てっきり中岡との練習に難色が示されると思いきや、知史のご両親は、中岡がいなければもっと大変なことになっていたかもしれないと、むしろ命の恩人として付き合いを許してくれたのだ。

 

 そして、そこに成実も加わった。

 

 朝の散歩を時々するという彼女は、不定期ながら、知史と中岡の朝練に、時々付き合うようになった。とはいえ、彼女はサッカーは不得手で、もっぱら見学のみだが。

 

 彼女は医師免許を持つうえ、幼少体が弱かったのだと、朗らかに笑いながら語る。

 

 「だから、医者になるって言った時、みんなから無理だって言われたの。

 

 医者って、結構体力を使うお仕事だからね」

 

 「けど、あんたはなれた」

 

 「いろいろあって、やめちゃったけどね」

 

 ぺろりと舌を出していたずらっぽく笑う彼女に、知史はボールを抱えたまま不安そうな、それでいて期待に満ちた眼差しを向ける。

 

 「僕も、体が弱くて、サッカー選手なんて無理だって言われてるけど・・・なれるかな?」

 

 「うーん・・・難しいね」

 

 成実は、嘘でもなれるとは言わなかった。だが、なれないとも言わなかった。

 

 「君はまだ小さい子供だからね。大きくなって体力が付けば、できるようになるかもしれない。

 

 私はサッカーには詳しくないけど、体力がなくても、他の面でカバーできる部分だってあるかもしれないし。

 

 聞きかじりだけど、走るのが遅いって言われた選手が、他の技術を磨いてゴールを決めたって話もあるらしいね」

 

 「中田だよね?!うん!聞いたことある!」

 

 「アハハ。さすがに知ってるかあ」

 

 苦笑する成実に、中岡は胸が熱くなるのを感じた。

 

 

 ああ。プロを挫折せざるを得なくなった自分に、どいつもこいつも可哀そうなものを見る目を向けてきた。

 

 選手は無理でも、他にサッカーにかかわる形はあると、誰かが、何か言ってくれてたら・・・。

 

 いや、今からでも遅くはないかもしれない。

 

 だって、自分にはまだ、二本の足があるじゃないか。立って走ってボールを蹴れる。それなら、コートに立つことは、十分できる。

 

 

 

 

 

 「でも、だからって無理はだめだよ。

 

 体力をつけるのは大事だけど、大きくなるためにはまず生きなくちゃ。

 

 君の体は、ヒビがあちこち入った小さなコップと同じなんだ。無理をさせすぎると、すぐに割れちゃうんだ。ヒビを直してコップが大きくなるには、時間がかかるんだよ?

 

 生きてこそ、サッカーもできるんだからね?」

 

 「は~い」

 

 医者らしくキリッとした顔でそう言った成実に、知史がふにゃっと笑う。

 

 成実の言葉を、あの子がどう受け止めたか、中岡には分らない。

 

 ただ、その辺の無責任な大人や、からかい交じりの子供たちの、気軽な一言を聞いた後よりは、あどけない表情をしているように思えた。

 

 

 

 

 

 それから間もなく、中岡は南米にボランティア参加のために旅立つことを決意した。

 

 知史は、あんな体でも必死に未来に向かっていき、夢に向かって努力をしようとしている。

 

 病弱だったという逆境にもめげずに医師になった成実とも、友達になったのだ。

 

 少しばかり足を悪くした自分が、いつまでも腐って足踏みなんて、情けない。

 

 次に日本の地を踏むとき、自分はこの二人に恥じないようになって、帰ってこよう。

 

 

 

 

 

 帰国後、中岡は肝を冷やした。

 

 中岡が南米にいた真夏、自宅でサッカーの試合を見ていた知史が、以前以上に重い発作を起こしていたというのだ。

 

 さらに、諸事情から救急車の到着も遅れ、まさしく絶体絶命であったという。

 

 だが、そんな彼を救ったのは、またしても成実だった。

 

 その日は、成実は知史にねだられ(一緒に試合を見よう!と誘いを受けたらしい)、彼の家にお邪魔していたのだ。

 

 そして、救急車が来られないと悟るや、彼女は応急処置をご両親に代わり、彼らと知史を車に乗せて救急病院に担ぎ込んだらしい。

 

 かなり乱暴ではあったが、あと少しでも遅れれば、手遅れになっていたかもしれない、と言い渡されたそうだ。

 

 それを聞いた知史の両親は、涙ぐみながら、息子の無事を感謝したそうだ。

 

 もちろん、あとから聞いた中岡も。

 

 

 

 

 

 なお、救急車が遅れたのは、とあるビッグジュエル専門の怪盗が、何をトチ狂ったかとある野球選手のホームランボールを獲物に選び、スタジアムとその周辺が警備と野次馬、本来の観客で満員超過で大混雑、救急車のコースがそのスタジアムの周辺で、野次馬に差し止められたから、というのが原因である。

 

 のちに、中岡が聞きかじり、その怪盗に一方的殺意を抱くようになったきっかけである。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 こうして、知史は九死に一生を得た。

 

 そして今、知史はコナンと一緒にボールを追いかけている。

 

 それを中岡は穏やかな顔で見やる。

 

 南米で出会った子供たちも、さまざまな苦難に負けず、そして知史と同じまぶしい笑顔を見せてくれた。

 

 かつての恩師に送ったメッセージでも記したように、やはり中岡はサッカーをやめられない。やめたくない。

 

 まだ手探りなところはある。どういった形で、これからサッカーにかかわっていくべきか、そのためには何が必要で、何を学ぶべきか、中岡は考えている最中だ。

 

 けれど、きっと、未来は明るい。

 

 だって、中岡には、一緒に歩む輩がいるのだから。

 

 

 

 

 

 後日、成実から中岡の話を聞いた松井が遠い目をしながら、「・・・傷が浅く済むといいな」とぽつりとつぶやいたのに、成実は不思議そうに首をかしげる。

 

 そしてそれを、映画に誘おうとこっそり計画を立てている中岡が知る由もない。

 

 ひそやかな彼の恋が、儚く散るか、道ならぬものであきらめず突き進むものとなるかは、彼次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[純黒の悪夢は、真白の夢空に昇華されるか]

 

 

 竜條寺アイルは、今でこそまっとうな国家公務員の一員であるが、少し前には犯罪組織の一員をしていた。

 

 好き好んでしていたわけではない。

 

 諸事情あったし、気が付いたら因縁がクモの糸のごとく雁字搦めにしてきて、身動きできなくされていたのだ。

 

 選択肢はただ二つ。おとなしく幹部を続けるか、すべてをかなぐり捨てて逃げ出すか。

 

 竜條寺は後者を選び、左目左手を代償に自由をつかみ取った。

 

 せっかく転生したのだ。ただ物語に沿って、おとなしく死ぬなんて勘弁してもらいたい。

 

 

 

 

 

 その日、竜條寺はデパートの子供用玩具のコーナーに立ち寄っていた。

 

 強面でガタイのいい竜條寺がそこに立ち入ると、不審者のように見える。実際、店員からも怪訝そうな視線を向けられている。

 

 声をかけてこないのは、“我が子へのプレゼントを選ぶお父さん”の可能性があるからだろうか。

 

 残念ながら竜條寺は独身である。(彼女はいるが。)

 

 

 

 

 

 では、なぜこんなところに単身立ち入っているか。

 

 別に、入院中の元同僚に、差し入れくらいはいいだろう。

 

 誰にともなく言い訳をして、竜條寺はふわふわのテディベアを持ち上げる。青い瞳に、クリーム色の毛並みに、首に巻かれた白いリボン。

 

 そういえば、彼女も、それらしい色をしていた。

 

 組織の中では、自分の色を持たない透明とあざけられ、それ故にRUMが自分の色に染めてやろうとこき使っていた。

 

 右腕、あるいは腹心の部下と呼称されそうなものだったが、竜條寺からしてみれば、あれはいいようにこき使われていただけだ。

 

 ・・・現状が、彼女にとって、幸せな状態かは、はなはだ疑問であるが。

 

 何も考えずに組織に使いつぶされるか、あるいは幸せな夢を見続けるか。どちらがいいか、竜條寺が明言することは、できない。

 

 ともあれ、これにしようと竜條寺はぬいぐるみをレジに持っていく。

 

 買い上げたぬいぐるみをプレゼント用の包装をしてもらってから、小脇に抱える。

 

 繰り返すようだが、竜條寺は強面でガタイのいい外人男だ。

 

 これでぬいぐるみを小脇に抱えるなど、シュールで目立つ、ひどい絵面の完成となる。

 

 コソコソするとかえって不審だ。ゆえにこそ、竜條寺は堂々と、デパートを後にした。

 

 

 

 

 

 MSOの息がかかった精神病院の玄関前で、竜條寺は足を止め、片手を上げる。

 

 「よう」

 

 「あ、竜條寺君」

 

 ナップサックを肩に、右手に小さな包みを持った徳本敦子――竜條寺の恋人でもあり、一緒に事件を乗り越えた女性がにっこり微笑む。

 

 「締め切りは大丈夫か?潮路大先生」

 

 「大丈夫!ダークサーチャー、リーシュも無事事件を乗り切れたから!」

 

 にっこりと笑うダークファンタジー作家(『ダークサーチャー』は彼女が連載中のタイトルで、リーシュはその主人公の名前である)に、竜條寺はそうかと短く頷く。

 

 「・・・まだ、入院されてるんだね」

 

 「・・・ああ」

 

 笑みを消して言った敦子に、竜條寺は視線を軽く伏せて頷いた。

 

 

 

 

 

 面会手続きを経て、目的の部屋へ。奥の個室だ。

 

 部屋の番号の下には入院患者名が書かれている。

 

 板倉奏子〈いたくらそうこ〉と患者名は表示されている。ただ、その名前より、竜條寺としては別の名前の方がなじみ深い。大体、この名前は本名でないのだ。竜條寺は、彼女の本名を知らない。

 

 とんとんとノックすると、中から「は~い!」と元気な声が聞こえてきた。

 

 「こんにちは!奏子ちゃん!敦子よ!りゅ、アイル君と一緒に会いに来たの!入っていい?」

 

 「敦子ちゃん?!うん!入って入って!」

 

 弾んだ声に、二人は視線を交わしてから、引き戸を開けた。

 

 内装は、病室らしく白系統で統一されている。

 

 ベッドの他は、ぬいぐるみやおもちゃが転がり、どちらかといえば子供部屋の様相である。

 

 そして、おもちゃの転がるマットの上で、にこにこと笑う女性が一人。体つきは成人女性のそれだ。髪はウェーブのかかった銀髪。左目は青で、右目は白に近い透明な瞳をしている。

 

 本来であれば独特の鋭い雰囲気の持ち主なのだが、今纏う雰囲気は幼子のそれだ。

 

 「ここには慣れた?」

 

 「うん!ひとみお姉さん、髪を編んでくれたの!

 

 ミドリおばさんもね、キュアプリの話してくれるの!」

 

 「へえー。よかったじゃねえか。その髪型、よく似合ってるぜ」

 

 「えへへ~」

 

 嬉しそうにあどけなく笑う女性――板倉奏子と今は名付けられている女性に、かつての面影――黒の組織の幹部キュラソーとして、非道に手を染めていた面影は、ない。

 

 

 

 

 

 事の起こりは、ひと月前。

 

 郊外にある閉鎖された工場の調査(工員が錯乱して入院したという曰く付き)に、竜條寺はMSOの仕事の一環でほかのメンバー数名と赴いた。

 

 ・・・そこに取材旅行に行ったはいいが、道に迷った挙句迷い込んできた敦子も同行する羽目になり、工場の調査を共に行うこととなる。

 

 だが、そこには一人の先客がいた。

 

 竜條寺は知らなかったのだが、この工場は黒の組織傘下のものであったらしい。

 

 データの回収に、キュラソーが赴いていたのだ。

 

 キュラソーは、竜條寺たちを発見するなり、口封じに乗り出してきた。いくら竜條寺が打たれ強く、体術に優れていようと、他の面子をかばいながらでは、粗も出る。

 

 面識がなかったのが幸いしてか、正体こそ見抜かれなかったものの、このままでは危うい。

 

 そんな危機的状況に、工場閉鎖の原因となった神話生物、“喰らうもの”が乱入。

 

 実態を持たない“喰らうもの”によって、他調査員のうち1名が犠牲になり、さらに一度は敦子がかばったものの、逃げそびれたキュラソーも餌食にされた。

 

 辛うじて、工場にあった爆薬と起爆装置(組織傘下の工場だ。当然ある)を起動させ、どうにか神話生物を爆破で仕留め、生き残ることには成功した。

 

 だが、脳を吸われたキュラソーのダメージは大きく、気を失っていた彼女が次に目を開けた時、彼女はそれまでの記憶のすべてを失い、幼児のようなありさまとなっていたのだ。

 

 それまで持っていた、超記憶能力や、カラーカードを用いた記憶術さえも、すべてを失って。

 

 それは間違いない。何しろ、竜條寺が、その場で5色のカラーカードをかざして見せたというのに、キュラソーはキョトンと眼をしばたかせただけで終わらせたのだから。

 

 

 

 

 

 余談となるが、“喰らうもの”がそこに現れたのは、その工場で研究されていた新型の攪乱電波発生器の作用で、低周波が発生。その周波数が“喰らうもの”が仲間を呼ぶ際の波長と一致したためだった。

 

 なんという、人騒がせ!勘弁してくれと、真相を知った竜條寺がいつもの口癖をぼやいても無理はないだろう。

 

 その攪乱電波発生器は現物は破壊されている上、設計図も消去済みである。キュラソーの頭の中にバックアップがあるにはあるが・・・それももはや、失われたも同然であろう。

 

 

 

 

 

 竜條寺は、原作を知っている。

 

 キュラソーが、本来ならばどのような末路を辿るかということも。

 

 事故で記憶を失い、空っぽのところで少年探偵団の無邪気さと温かさに触れた彼女は、本来の真白の色を取り戻し、最後は子供たちや大勢の人を救うために、その命を投げ出すのだ。

 

 観覧車の鉄骨に、クレーン車の操縦席を押しつぶされながらも、きっと、彼女に悔いはなかっただろう。

 

 

 

 

 

 どのみち、利用価値がなくなった今、彼女は組織にとっては厄介者でしかないだろう。そこで、竜條寺は工場の爆破を事故として処分し、攪乱電波発生器の生態メモリー同然のキュラソーの保護と監視の必要(それに伴う死亡偽装と、新規戸籍獲得の必要性)を上層部に申請。問題なく申請は受理された。

 

 億が一にも、キュラソーが記憶を回復させて、攪乱電波発生器復元の目処をつけられたら困るのだ。(再び“喰らうもの”がやってこられたら事だ。かといってキュラソーを殺すわけにもいかない)

 

 今頃、組織ではキュラソーは死んだことになっているだろう。・・・そうあってほしい。

 

 保護したキュラソーは、新たに戸籍を用意して“板倉奏子”という名前で、療養させている。

 

 “喰らうもの”によって、さらに脳に損傷を受けた彼女が(もともと先天性障害があったというのに)、日常生活に復帰するのはかなり難しいらしい。

 

 記憶できる範囲に波があるのだ。どうでもいいことはミリ単位で覚えられたと思ったら、認知症のように先ほど行ったばかりのことを忘れてしまうのだ。

 

 今でこそ、竜條寺たちと普通に会話できているが、それも波があるようで、ひどいときには「誰?」と首を傾げられたりもするのだ。

 

 とはいえ、すべてをすべて、忘れ切ったというわけではないらしい。助けられたことを覚えているのか、キュラソーは敦子と竜條寺には心を開いている。「誰?」と首をかしげても、「あ!」とすぐに思い出すのだ。

 

 心根の奥底まで、黒の染められていたわけではないのだ。彼女もまた、あの組織の被害者であり、元の色は透明にも見える、白でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 「わー!クマさん!アイル君、いいの?!」

 

 「おお。いい子にできてえらいからな。俺からのご褒美だ。大事にしろよ」

 

 「私からは、これ!せっかくきれいな髪をしてるからね!」

 

 にこにこ笑うキュラソー――奏子に、竜條寺と敦子は複雑な思いを噛み殺しながらも笑みを返す。

 

 「わー!かわいいリボン!ありがとう!敦子ちゃん!」

 

 「じっとしててね。つけてあげるね」

 

 「うん!」

 

 にっこり笑う奏子に、敦子は笑みを返して奏子の白銀の髪を結い上げ、水色のリボンを模したバレッタで留める。

 

 「鏡で見てみる?」

 

 「うん!」

 

 大きく頷いて、奏子は壁に設置されている洗面台の鏡に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 実に、奇妙なものだ。

 

 殺しにかかってきた女性が、神話生物の手にかかって幼児のようなありさまとなって入院して、今や自分たちとこうして仲良くおしゃべりしているのだから。

 

 もっとも、これでよかったのかもしれない。

 

 竜條寺は思う。原作を知る、数少ない観点の持ち主として、思わざるを得ない。

 

 これでもう、彼女は警察庁に侵入できない。

 

 これでもう、彼女はNOCリストを盗めない。

 

 これでもう、彼女は記憶を失って、少年探偵団と出会うこともない。

 

 これでもう・・・観覧車を止めるために、その身を犠牲にすることもないのだ。

 

 

 

 

 

 因果なもんだ。

 

 はたで見れば、和やかな光景にも見える様子を眺めながら、竜條寺は一人、複雑な思いをかみ殺した。

 

 

 

 

 

続く・・・?課金な・・・?

 




【恋するサッカーボール】
 話の元ネタは劇場版『11人目のストライカー』から。
 割とこの犯人さんも、逆恨みと勘違いの挙句の不幸のピタゴラスイッチしてました。
 本シリーズでは、
 邪神様の入れ知恵で、月影島の惨劇発生
 ↓
 島を調査に訪れたMSOのメンバーに協力する形で、復讐の必要を失った成実さんが、そのままMSOに加入
 ↓
 成実さんが原作コナン舞台となる米花町を動き回ることで、悲劇の元凶となった知史君や中岡さんと知り合い、知史君の死を回避させる
 という、ピタゴラスイッチが珍しくいい方向に作用しています。
 なお、本文中にも記してますが、知史君はコナン君のクラスメートということにしました。
 知史君の年齢がどうだったかはまたしても作者の脳みそがあいまいですが、本シリーズではそのようにお願いします。まあ、原作映画で、コナン君の姿を錯乱中の犯人さんが知史君に幻視するくらいには、同じくらいの年なのでしょう。(知史君が亡くなったのも3か月前だそうですし)
 少年探偵団をオミットしたので、もうちょっとおとなしくて扱いやすそうな子供が欲しいと、彼を抜擢した裏事情があったりします。
 ・・・でないと哀ちゃんが!
 ちなみに、原作映画で救急車が遅れたのは毛利探偵が筆頭になった勘違い(人命救助が絡んでたとはいえ)が原因でしたが、本シリーズではこうなりました。元ネタがわからない方は『まじっく快斗』をご覧になってください。
 なお、一番最後の文章から察せられるとおり、成実さんは女装姿から、悪気なく男性に誤解を食らったり告白されたりしています。
 一番割を食っているのは仕事上のバディの松井さんです。恋人か?!と誤解を食らったり、嫉妬されたりと。松井さんは成実さんが男性であることを知ってますし、蓮希ちゃんという恋人もいるはずなのですが、ああいうセリフが出るあたり、どのくらい苦労しているかお察しください。

【純黒の悪夢は、真白の夢空に昇華されるか】
 元ネタはもちろん、劇場版『純黒の悪夢』から。
 キュラソーの出現から始まったこのストーリーは、彼女の死亡をもって締めくくられることとなります。
 ぶっちゃけた話、彼女はどうあっても生き残るすべはなかったと思うんです。NOCリストを盗んだ時点で、(そして脳そのものが記憶媒体という時点で)存在自体が詰みでしかなかったと思うんで。
 そして哀ちゃんの幼児化を見抜いてしまった時点で、完全に死亡フラグが固まった感じでしょうか。
 竜條寺=アイリッシュさんも、同じ劇場版で、同じように誰かをかばって死んだ幹部として、こっそり親近感を持っていたでしょうね。
 だからこそ、発狂して幼児退行したキュラソーさんの入院手続きをしてあげたり、死亡偽装をしてあげたのかと思います。
 もちろん、件の攪乱電波発生器のデータが拡散防止のためでもあったのでしょうが。あれが拡散して量産されたら“喰らうもの”が大量出現することになりかねませんので。

 少年探偵団の助けもなしにキュラソーさんを組織から離脱させるんだったら、それこそ不幸な事故にでも遭わせないと無理だな。
 ↓
 でも、映画でもろ人間やめてたキュラソーさんやぞ?事故なんぞ事故の方から回避してまうやろ。
 ↓
 だったら、回避しきれない事故という名の神話生物だったらええんでない?ちょうどこの前動画で見たヤツとかよさげじゃね?
 ↓
 あれだったら、キュラソーさんの利点もつぶせるしな!あの記憶能力がないなら、組織もキュラソーさんから手ぇ引くじゃろ!

 となって、ああなりました。
 幼児退行状態が幸せとは定義しきれないとは思いますが。
 まあ、こんな感じで、竜條寺さんと敦子さんは時々キュラソー、改め板倉奏子さんのお見舞いに行っている、という設定です。
 ちなみに、敦子さんはキュラソーの特殊能力や、彼女がヤベエもん記憶しちゃって、うっかり思い出したらヤベエことは知りません。単純に、竜條寺さんの元の職場(マフィアとか暴力団とか)の同僚、くらいに思っています。
 少なくとも、これで死亡フラグ建設となる一連の事件はつぶれたので、この世界線で『純黒の悪夢』に相当する出来事は起こりません。
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