邪神様が見ているin米花町   作:亜希羅

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 前々から温めていたネタですが、いざ文章に直すと難しい難しい。というより、一番最初に書いた分が詰まらな過ぎたので、いったん書き直しました。大分マシになったと思います。話の元ネタは、原作5巻『山荘包帯男殺人事件』です。
 pixiv連載の『星流騎士~』シリーズでも救済した某女性を主人公に据えた外伝です。
 おまけで竜條寺さん&理央ちゃん。
 あ、劇中に入れ損ねましたが、2年前のセッションのモデルにしてるのは『Salt&Sanctuary』という、2D版ダクソのようなアクションゲームです。
 『Salt&Sanctuary』はいいぞぉ、ジョォジィ~。
 虫も平気なら『Hollow Night』もいいぞぉ、ジョォジィ~。
 ・・・アクションド下手ちゃんなので、プレイ動画見ただけですがね。
 どのくらい下手クソかというと、初代『Devil May Cry』のファントムで二桁死んで心が折れます。イージーでようやくクリアするという、クソ雑魚ナメクジですが何か。
 初代『風のクロノア』も数えきれないほど死んで死にまくって、それでもクリアはしました。隠しステージで折られましたが。

 本編更新の前に番外編。
 ♯30で新規加入する探索者の紹介を兼ねてやっていきます。


【番外編η】空色の国は塩の孤島に塗りつぶされる 前編

 徳本敦子。職業は小説家。

 

 デビューして2年の、作家としてはまだまだ新米だが、すでに連載も抱えていて、作家生活は順風満帆である。

 

 薄手のパジャマに蘇芳色の半纏を羽織り、のそのそと寝室兼仕事場の部屋から抜け出るのが、彼女の朝の始まりである。

 

 短い髪は、寝ぐせでボサボサ。ついでに夜更かしと朝寝坊の常習犯なので、肌の状態もあまりよくない。

 

 大あくびをかみ殺しながらケトルに火を入れ、インスタントのコーヒーをマグに入れる。

 

 朝のニュースを読み上げるアナウンサーの声をBGMに、そのままキッチンの椅子でポアッとマグを片手に呆ける。

 

 はっきり言って、敦子は寝起きが悪い。思考回路がろくに働いておらず、現在ハードディスク起動中、という状態なのだ。

 

 「おはよう、敦子さん。また夜更かししたのね」

 

 自室として与えられている部屋のドアを押し開け、呆れた声を出す湯川理央(すでに服も着て身だしなみも完ぺき)に、敦子はぼーっとした視線を向け、ややあってようやく「おあよー・・・りおりゃん・・・」とろくに舌が回ってないだろう挨拶を向けた。

 

 この女主人が、ダメ人間の部類に入るというのを、理央は早々に学習した。

 

 筆が乗ったら、寝食忘れて執筆に没頭する。活字中毒のきらいがあって、ジャンル問わずに本を買ってきて、部屋の一つが部屋じゃなくて書庫になっている、ブツブツ独り言を言って人目はばからずに長時間考え込むなどなど・・・挙げるときりがない。

 

 いいところもあるにはある。身元が知れない理央に向けてくれた屈託のない笑顔。あれこれと心配して見せ、遠慮しがちな理央にニコニコと様々な世話を焼いてくれた。

 

 まるで、お姉さんのように。

 

 そう考えて、理央は知らず眉を寄せる。

 

 理央――宮野志保の姉は、今も昔も、ただ一人だ。それを別の誰かにとってかわらせるなんて、冗談じゃない。

 

 それも、こんなダメ人間なんかに。

 

 マグを抱えながら、そのままうとうと寝こけそうな敦子は、それでも起きようと頑張っているらしく、時折大きく首を振る。

 

 ため息交じりに、理央は動いた。朝の女主人は常にこの調子なので、自然と朝食づくりは理央の役目になった。

 

 家にいることが多い敦子はともかく、小学校で動き回ることが確定している(徒歩通学に、体育の授業だってある)理央は、朝食を食べねばならないのだ。

 

 トーストを焼き上げ、インスタントのスープを入れ、簡易ながらサラダと、ベーコンエッグを作る。

 

 組織にいたころ、姉がたまに作ってくれた朝食だ。

 

 いまだにウトウトとハッとするのを繰り返す敦子の前にそれらを並べ、理央はその向かいにかけると、自分の分を食べ始める。

 

 アイリッシュ〈竜條寺〉は、この女のこういう部分も知っているのだろうか?

 

 さっさと自分の分を食べ終えた理央は、食器を流しにおいて、通学の準備をする。

 

 「・・・行ってきます」

 

 「行ってらっしゃ~い。気を付けてね~」

 

 ぽつりと言った理央に、だいぶ目が覚めたらしい敦子が、ぼんやりしながらも幾分かしっかりしたらしい声をかけてくる。

 

 理央はいまだに、行ってらっしゃいの言葉になれない。

 

 

 

 

 

 

 理央が出かけたところで、ようやく完全に目が覚めた敦子は動いた。

 

 のそのそと最低限の身支度を整え、家を出る。

 

 敦子らが住んでいるこのマンションは、集合キータイプのオートロックだ。少し前はもっと安くて狭いところに住んでいたが、防犯を考えてこちらに引っ越したのだ。

 

 一人暮らしにはいささか広いが、理央も暮らすことになった今は、ちょうどよいくらいだ。

 

 そして、敦子は一階にある集合郵便ポストから郵便物を受け取った。

 

 エレベーターで自宅に戻りながら、ざっと内容を確認する。大半がダイレクトメールだ。

 

 

 そして。最近、彼女を悩ませる郵便物も、そこにあった。

 

 ありふれた、茶色の封筒。ワープロシール張りされてる宛名――もちろん敦子宛だ。消印はこの近所の郵便局。差出人の名はない。

 

 家に戻り、念のため、バスルームで手袋越しにペーパーナイフでそれを開ける。剃刀や毒などの異物が入っていたことはないが、そうされてもおかしくないと、敦子は思っている。

 

 死ね。印税泥棒。

 

 書き殴ったような、デカデカした字体で、便せんにそう一言書かれている。剃刀などの異物はないが、毎朝これでは気が滅入る。見なければいいかもしれないが、万が一があっても困る。だから見てしまう。

 

 敦子の小説家としての名前、潮路敦紀としての手紙はこの家には届かない。ファンレターなどは尽く編集部に届くようになっているのだ。

 

 2週間ほど前から、この手紙が届くようになったのだ。大体内容は一言二言の罵倒で済んでいるが、この手紙が届いてから、敦子は一人で人目のなさそうな場所を歩くようなことは極力控えている。

 

 正確には、この手紙が初めて届いたその日に、編集部からの帰りで夜道で公園を近道に使おうとしたら、つけられていると気が付いてしまったのだ。(幸い、襲われたりということはなかったのだが)

 

 それから、気を付けているのだ。

 

 また、大体は理央がいない平日の昼間を狙ってか、無言電話もあるのだ。気持ち悪くなってすぐに切るが、またかかってくる。大体4~5回繰り返して、ようやくかかってこなくなる。相手はどうやら非通知にしているようで、こちらからは一切番号がわからない。

 

 そして、時々猛烈に見られているような気がするのだ。

 

 最近になって敦子はようやく思い至る。これはいわゆるストーカーだろうか、と。

 

 「そろそろ何とかしないと・・・」

 

 理央に見られるわけにはいかないと、今までの手紙は証拠として、仕事場の方に厳重に保管している。

 

 敦子は手に持ったままだったそれを、新たな証拠として、仕事場へ持っていった。

 

 

 

 

 

 なお、敦子は理央に対して、仕事場には絶対に入ってこないように、と言い渡している。

 

 ・・・かつて処女作を盗作されたというトラウマは大きい。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「・・・何でもっと早く相談に来なかったの」

 

 「ごめんなさい・・・すぐに飽きて終わると思って・・・」

 

 「典型的ストーカーでしょ!何かあってからじゃ遅いのよ!」

 

 槍田探偵事務所の応接室には、寺原麻里の怒声が響き渡っていた。

 

 まったくもって彼女の言うとおり、と鋭い目を向ける槍田郁美は、敦子が持参した証拠の手紙を手にしている。

 

 一人申し訳なさそうに縮こまる敦子に、槍田は溜息をついた。

 

 どうも彼女は自己評価が低くていけない。

 

 あと、一番怒っているのは寺原ではない。槍田はそちらには目を向けない。

 

 ただでさえもガタイがよくて強面な男が、眉をしかめて恋人を睨みつけていたら、なかなか怖い。何より、剣呑な雰囲気をまき散らしている。

 

 「・・・何で何も言わなかった」

 

 「・・・ご、ごめんなさい」

 

 「謝罪じゃなくて理由を聞いている」

 

 「・・・心配させたくなかったの」

 

 唸るような調子で尋ねる竜條寺に、うつむいて敦子は言った。

 

 

 

 

 

 竜條寺が今日、槍田探偵事務所にいたのは、敦子にとっては予想外だったのだ。

 

 今日の彼は、普通に仕事だと思っていたのに。

 

 否、仕事の一環でここにいるのか。

 

 

 

 

 

 対する竜條寺は、深々とため息をついて、のっそりとソファから立ち上がった。

 

 「・・・相談もしてもらえないのか俺は」

 

 ぽつりと言ってそのまま出て言った竜條寺に、「あ・・・」と敦子はうめくが、無情にもバタンと扉は閉ざされる。

 

 「見てるところでされる無茶も怖いけど、見てないところで危ない目に遭うってのも怖いわよね。恋人だとなおさら」

 

 遠回しに非難する寺原に、返す言葉もないと敦子は肩を落とす。

 

 「・・・とにかく、こっちでもできるだけ調べるわ。

 

 あと、当面はできるだけ一人にならないこと。どこかに出かけるなら、竜條寺君や他の誰かに付き合ってもらいなさい。

 

 それから、いやなことを聞くようだけど、あなた、本当に心当たりはないの?」

 

 「と言われても・・・」

 

 槍田に言われて、うーん、と敦子は口元に手を当てて考え込む。

 

 逆恨み、という言葉もあるし、あるいは敦子に理解できない理由でそういう行動に乗り出されている可能性だってある。

 

 「ごめんなさい。わからない」

 

 フルフルと首を振った敦子に、槍田はうなずいた。

 

 ダメもとで聞いたのだ。真っ先に答えが戻ってくるとは思わなかった。

 

 「とにかく、できるだけ調査してみるわ。そうね・・・できれば1週間待って頂戴」

 

 「はい。お願いします」

 

 ペコリッと頭を下げて、敦子は荷物をもって立ち上がる。

 

 「それでは、失礼します!」

 

 ぱたぱたと敦子は出ていく。竜條寺君に謝らないと!

 

 「わっ」

 

 事務所の扉を出てすぐの壁にもたれ、竜條寺は煙草をふかしていた。まさかそんなところにいると思ってなかった敦子は、思わず声を上げてしまう。

 

 「あ、あの、ごめんね。もっと早く竜條寺君に相談すればよかった。竜條寺君、ただでさえも忙しいのに、これ以上面倒を持っていきたくなくて。本当にごめん」

 

 「・・・本当にな。

 

 お前が人間不信気味なのは知ってたが、ちょっとショックだったぞ」

 

 頭を下げて懸命に謝る敦子に、竜條寺は煙草を携帯灰皿に押し付けながら言った。

 

 「ま、手遅れになる前にわかってよかった、ということにしておく。

 

 ・・・今回きりにしろ。いいな?」

 

 「うん!ありがとう、竜條寺君!

 

 ・・・あれ?でもストーカーってことは、竜條寺君も危なくなる?」

 

 「バァカ。俺がそこらの奴に負けないってのはお前が一番よく知ってるだろうが」

 

 青ざめた敦子に、竜條寺は余裕たっぷりに肩をすくめる。

 

 「あと、理央にも話しとけ。知らないってのが一番怖い。お前にちょっかい出せなくなった奴が、次に狙うのはあいつの可能性もある」

 

 「・・・うん。そうする」

 

 真剣な声音で言った竜條寺に、敦子は少し気が重くなったが、竜條寺の言うとおりだ、と大きく頷いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「あれ?綾子さんからだ」

 

 それから3日後、いつものように郵便物をチェックしていた敦子は、ストーカーからのものではないらしい見慣れない白い封筒に目をしばたかせた。

 

 それは、かつての友人からの同窓会の開催案内だった。身内、というかかつての大学の映研仲間間で行うらしい。

 

 執筆で忙しいだろうが、よかったら敦子も来てほしいと書かれている。(言外に、敦子の現状も知られているらしい)

 

 「誰?」

 

 「大学時代の友人、って言っていいのかな?私が一方的に絶交しちゃったから、あれっきり付き合いはなかったんだけど」

 

 休日ということで学校のない理央が食後のコーヒーをすすりながら問いかけると、敦子は苦笑しながら答える。

 

 「綾子さん、まだ友達だって思ってくれてるのかな?優しいな・・・」

 

 ぽつりとつぶやいた敦子に、理央は溜息をついた。

 

 「・・・ねえ、何で絶交したはずの人が、今更あなたに招待状を送ってくるわけ?その人なんじゃないの?ストーカー」

 

 「それはないと思うな。綾子さん、繊細なところがあったから、ストーカーとかできるほど無神経じゃないし。

 

 私のこと分かったのは、ご実家のおかげじゃないかな?」

 

 「ご実家?」

 

 「綾子さん、名字が鈴木なの。鈴木財閥のご息女、って言ったらわかるかしら。

 

 財閥のネットワークを使えば、音信不通の私の居所なんて、筒抜けだと思うから」

 

 苦笑する敦子に、理央は深々とため息をついた。

 

 竜條寺のこともそうだが、ますますこの女主人の交友関係がわからなくなった。

 

 「・・・それ、断れそう?」

 

 「難しい、かな」

 

 理央の言葉に、敦子も困ったように返す。

 

 鈴木綾子がどういうつもりで手紙を出してきたかは定かではない。だが、鈴木というブランドが絡んでいる可能性がある以上、一介の小説家が独断で断るのは得策ではない。

 

 下手に機嫌を損ねれば、出版社ごと作家生命をつぶされる可能性だってある。

 

 だが、ストーキングされている現状でのんきにパーティーに参加、というのもいかがなものか。

 

 「まずは、竜條寺君に相談、かな?」

 

 ぽつりと言って、敦子はスマホを手に取った。

 

 

 

 

 

 『大学の映研仲間からの同窓会の案内だぁ?!

 

 お前、それ!』

 

 「アハハ・・・大丈夫」

 

 『大丈夫なわけねえだろうが!断れ!』

 

 「駄目だよ。変に断って、鈴木財閥を敵にするわけにはいかないから。

 

 綾子さん本人は大丈夫でも、周りがショックを受けた綾子さんのことをどう判断するか、私には見当がつかないもの」

 

 『これだから、セレブ連中は・・・いや待て』

 

 ぼそっと愚痴った竜條寺は、しばし黙考してから口を開く。

 

 『・・・今思ったんだが、ストーカー、2年前のあれ絡みなんじゃないか?』

 

 「え?で、でも2年も経つんだよ?今更?」

 

 『今だからだ。鈴木財閥がお前の居所を探り当てた。ストーカーはそれに便乗して、いやがらせしてきた、という可能性もあるだろう。

 

 そして、縁も所縁もない鈴木財閥の手足より、2年前の関係者の方が、動機はあるんじゃないか?』

 

 「それは・・・」

 

 『ま、考えても仕方ないとは言え、参加するなら俺も一緒に行こう。

 

 先方には、槍田に連絡するよう伝えておく』

 

 「槍田さんに?」

 

 『ストーカー調査の一環でアポを取って、お前の護身のためとでも伝えさせる。

 

 ダメなら不参加。周囲の安全のためにもってな』

 

 「うん。竜條寺君、ありがとう」

 

 『このくらい、当たり前だ』

 

 

 

 

 

 通話を終え、敦子は一つ頷いた。

 

 そうだ。自分はもう、2年前の自分じゃない。

 

 何もかもに絶望して、誰も彼も信じられなくて、死に逃げようとした頃の自分じゃない。

 

 お父さん、お母さん、竜條寺や、槍田探偵事務所のメンバー・・・信じられる人たちに、恵まれているのだ。

 

 敦子は招待状に参加の返信を書き込むことにした。

 

 ストーカー云々の事情はともかく、敦子は個人的にも会うべきだと感じている人物が一人いる。

 

 彼には、本当にひどいことを言ってしまった。

 

 もう少し自分が強ければ、彼にあんなことを言うことも、そもそも自殺しようとさえ、しなかったのに。

 

 ・・・けれど、と敦子は思う。

 

 人生万事、塞翁が馬。あの自殺未遂があったから、今がある。そう思ったら、あれも決して無駄ではない。

 

 そう思いながら、敦子は左手首にはめた黒いリストバンドをさすっていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「・・・ねえ、道、あってるの?」

 

 「そのはずだ」

 

 なかなか険しい山中道を歩きながら尋ねる理央に、その前をスマホで地図を見ながら歩く竜條寺が、淡々と答えた。

 

 宿泊用の荷物を担ぎ、あまり天気の良くない空の下を、3人は歩く。

 

 招待を受けた、鈴木財閥の別荘へ向かって。

 

 「ごめんね、理央ちゃん。たくさん歩かせちゃって」

 

 「別に、大したことじゃないわ」

 

 理央の隣を歩く敦子がほほ笑むと、少女はプイッとそっぽを向く。

 

 さすがに、保護者不在の幼女を一人留守番させるわけにもいかないと、先方の了解を取って、理央も同行させることにしたのだ。

 

 「この辺り、別荘が結構多いって話だから。時期になったら森林浴とかでリフレッシュできそうだね」

 

 「そうか?ホッケーマスクに斧持った殺人鬼が追いかけてきそうだ」

 

 「あら。あなたともあろう男が、ホラー映画が怖いの?」

 

 「まさか。祝い事に来てるってのに面倒は勘弁してくれ、ってだけだ」

 

 鼻で笑うような理央に、竜條寺はうんざりした調子で言った。

 

 

 

 

 

 ・・・なお、竜條寺本人しかあずかり知らぬことではある。

 

 ホッケーマスクはかぶってなくても、斧持った殺人鬼は、確かにここに存在しているのだ。もっとも、現時点では殺人鬼ではないのだが。

 

 

 

 

 

 「斧?チェーンソーじゃなくて?」

 

 「ありゃ別の映画だ。公開時期が被ったから混同されてるだけだ。

 

 ジェ●ソンは斧だ」

 

 首をかしげる敦子に、竜條寺はしれっと答える。

 

 「ってか、何で知らないんだ、元映研」

 

 「綾子さんがダメだったの、ホラー映画。それに・・・現実の方が、ホラーより怖いって竜條寺君なら知ってるでしょ?」

 

 遠い目をした敦子に、それもそうか、と竜條寺も遠い目をする。

 

 

 

 

 

 冒涜的経験は、確実に二人の正気を蝕んでいる。

 

 

 

 

 

 「今更だが、本当に大丈夫か?」

 

 「・・・いい機会だから。いつまでも逃げてられないよ。

 

 いい加減、はっきりさせなくちゃ」

 

 「・・・ねえ」

 

 気遣うような竜條寺の言葉に、苦笑しながら敦子が答えると、理央が口をはさむ。

 

 「何があったの?まるで会いたくなさそうだけど」

 

 「あー・・・お前は知らないんだったな・・・。

 

 けどなあ・・・」

 

 どうしたものかと言いたげに、振り向いて口元をモゴつかせる竜條寺に、敦子がほほ笑んで言った。

 

 「いいよ、竜條寺君。ちゃんと自分の口で話すから」

 

 ここで一息ついて、敦子は軽く袖をまくり、常に肌身離さずつけているリストバンドを左手首から引き抜いた。

 

 「2年前・・・大学に在籍してた頃ね。私、自殺したの。未遂に終わったけどね。

 

 睡眠薬を大量に飲んで、カッターで手首を切って、湯船につけて、失血死しようとしたの」

 

 そこにあったのは、大きな傷跡だった。

 

 白くほっそりした手首に走る、何度も切りつけたらしい、幾重もの切創。

 

 言葉をなくして、敦子を見上げる理央に、彼女は寂しげに笑って手首をさすった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 当時の私は、大学の映画研究会に入って、雑用の片手間、小説を書いてたの。

 

 いつか、自分だけのオリジナルの話を書きあげて、小説家になりたいって。

 

 だからってわけじゃないけど、映画用の脚本とか、時々予備の分をもらって、自分なりに台詞や演出にアレンジを入れて練習させてもらってたわ。

 

 夢を応援してくれる友人・・・ううん、好きな人もいたし、恵まれてたわ。

 

 で、ようやく完成したのが、処女作に当たる『空色の国』。

 

 今の私の作風からは想像つかないと思うけど、純粋な青春恋愛ストーリーだったの。オカルトとかダークファンタジー的な要素は一切なし。

 

 

 

 

 

 書きあがったそれを彼にも見てもらって、これならいける!って自信をつけた矢先だったの。

 

 ・・・渾身の処女作が盗作されて、しかもそれで賞を取られたなんて。

 

 信じられなかった。タイトルは『青の王国』なんて変えられてたし、登場人物とか、地名は多少アレンジされてたけど、内容が完全に同じだったの。

 

 どこで漏れたか、さっぱりわからなかった。

 

 もちろん、知佳子・・・盗作した人に、文句をつけたわ。私の作品を盗作するなんて、どういうつもり?!って。

 

 ・・・彼女、何て言ったと思う?

 

 『盗作ぅ?証拠はぁ?賞をもらったのは私。映画化されて脚本家デビューしたのも私。

 

 言いがかりはやめてくれる?そんなに悔しいなら、みんなに言ってみれば?

 

 あんたのへたくそな落書き、評価されたらいいわね!

 

 パクリはどっちだって言われたりして!ばぁーか!』

 

 ですって。ショックが過ぎて、今でも一字一句、まごうことなく思い出せるわ。

 

 それ聞いた瞬間、頭が真っ白になっちゃって。

 

 気が付いたら、カッターで手首を切り裂いてたのよ。

 

 ああ、ちょっと違うかな。死んでやるって決めた時、いっそ当てつけに映研の部室で首でも吊ってやろうかなって思ったの。

 

 でも、辞めたわ。

 

 以前も言ったけど、映研には綾子さん・・・鈴木財閥のご息女が所属してたもの。下手に自殺騒動起こしたって、どうせもみ消されるだろうなって思ったから。

 

 当てつけもできないなら、ひっそり消えてやるって。

 

 まあ、死ねなかったんだけどね。

 

 私からの連絡がないって気が付いた両親が様子見に来てくれて、それで発見されちゃって、そのまま病院に担ぎ込まれて、一命をとりとめたの。

 

 

 

 

 

 竜條寺君と会ったのはその頃かな。

 

 竜條寺君、自棄になってた私を、励ましてくれたの。

 

 『そのクソ女、人様の作品パクるような奴だろ?

 

 “私は独力で作品を書けない貧困な発想力の持ち主です”って全力宣言したようなもんじゃねえか。ほっとけほっとけ。

 

 それに、その作品、処女作だったんだろ?だったら、もっとすごい作品書いて見返せばいい。

 

 それとも、もうネタ切れか?』

 

 簡単に言ってくれるわ。

 

 けど、そのあとで書き上げた『塩の孤島』が見事に書籍化して、大賞を射止めちゃったんだから、世の中ってわからないわよね。

 

 ・・・退院したと同時に、大学を辞めたわ。連絡先も全部変えた。実質、絶交ね。あそこの人たちには・・・盗作犯と、それを歓迎するような人たちとは、もう二度と会いたくなかったから。

 

 両親は私のことを信じてくれたから、反対せずに協力してくれた。

 

 今では、竜條寺君だけじゃなくて、同じくらい信じられる友人もできたしね。

 

 

 

 

 

 敦子は話さなかったが、実は彼女が自殺未遂を起こして意識不明だったころ、竜條寺も組織からの離脱で半死半生の目に遭い、同様に意識不明だったのだ。

 

 そんな二人の意識を某邪神が絡めとり、ひと騒動あったのだが、それは本筋にはかかわらないので、詳細は省く。

 

 はっきりしているのは、敦子が書き上げた『塩の孤島』が、その騒動のノベライズであるということだろう。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 「もう済んだことよ。

 

 気まずいかもしれないけど、そろそろ時効にしようかなって」

 

 寂しそうに笑ってリストバンドをつけなおす敦子に、理央は溜息とともに呟く。

 

 「・・・自殺しようとしたくらいなのに、もう許すの。

 

 お人よしね」

 

 どうかな。

 

 声にも出さずに竜條寺は思う。

 

 これでも、竜條寺は敦子とは、恋人関係を抜きにしても生死を共にした仲だ。

 

 そのうえではっきりと断言する。出会った当初はともかく、現在の彼女は、そこらに転がる砂糖菓子のような女ではない。

 

 ・・・時効とは言ったが、許すとは一言も言ってないだろうに。

 

 そのあたり、シェリーはまだまだものの見方が甘い、と竜條寺は思う。

 

 そこまで考えたところで、彼は足を止めた。つられて後ろ二人も足を止める。

 

 「おいおい・・・」

 

 「竜條寺君?」

 

 どこか呆れたような声を出した竜條寺の背中から顔を覗かせた敦子は、視線を前に向ける。

 

 ものの見事な断崖絶壁にかけられたボロッちい吊り橋。そして、向こう側のたもとに、男がいる。

 

 よく見えないが、全身黒ずくめ。マントにチューリップハットを深々とかぶっている。かろうじて見える顔も、包帯をぐるぐる巻きにしていて、容貌不明ときている。

 

 不審人物を絵にかいたようなありさまである。

 

 「この辺りにいる人かな?」

 

 「・・・さてな」

 

 肩をすくめる竜條寺に、黒ずくめはこちらを見るなりぎくりと肩を動かしたようにも見えた。

 

 そうして、そのまま踵を返して森の奥へ姿を消してしまった。

 

 「ねえ・・・」

 

 「ま、何とかなるだろ」

 

 本当に大丈夫なのかというジト目を向ける理央に、竜條寺は荷物を担ぎなおした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 たどり着いた別荘にて、出迎えてくれた女主人に、敦子はニコリと微笑む。

 

 「敦子!久しぶりね!来てくれてありがとう!」

 

 「綾子さんも元気でよかった」

 

 「ありがとう。そういうあなたも、すっかり元気になったみたいね。あれっきり連絡も取れなくて、みんな心配してたのよ」

 

 困ったように柳眉を寄せる鈴木綾子に、と敦子は笑みを消した。何かをこらえるように大きく深呼吸してから、再び彼女は笑みを浮かべて続ける。

 

 「・・・ごめんなさいね。でも、大学もやめたかったし、一人でいろいろ考えたかったの」

 

 「・・・何があったかわからないけど、本当に元気にしててよかったわ。

 

 それだけは、本当だからね」

 

 敦子のどこか冷ややかな言葉に、綾子は何か察したか悲しそうに目を伏せたが、気を取り直したように寂しげに笑う。

 

 会話が一息ついたところで、綾子は敦子の隣の二人に視線を移す。

 

 「そちらが、話に聞いてた?」

 

 「ええ。竜條寺アイル君と、湯川理央ちゃん。

 

 大所帯でごめんね」

 

 「気にしないで、部屋なら余ってるわ」

 

 敦子の紹介に合わせて、頭を下げる二人に、綾子は笑って言った。

 

 

 

 

 

 敦子と理央は部屋割りの関係で同室、竜條寺はその隣に部屋を取る。

 

 ・・・もちろん、敦子は部屋の在室状況の確認のために、ちゃんとノックをした。問答無用でドアを開けるなんてことはしていない。

 

 

 

 

 

 「う゛~ん・・・」

 

 「また悩んでるの、敦子さん」

 

 夕食に改めて集まろうということで、現在二人は部屋で休んでいる状況である。

 

 買い与えられたスマホをいじっていた理央に対し、敦子はノートタブレットとタッチペンを手に、唸り声をあげていた。

 

 「リーシュのライバルのイメージが固まらなくて・・・」

 

 リーシュというのは、敦子が現在連載中の『ダークサーチャー』シリーズの主人公である。

 

 黒いコートにダークブロンドの大男と小説内では描いている。どこかの誰かをほうふつとさせそうな容貌である。そもそも名前がIrish〈アイリッシュ〉のアナグラムであるあたり、お察しである。

 

 「ああー・・・プロットは大雑把に決まってるんだけど、ライバルのイメージ部分だけ空白でえ・・・そろそろ書き始めないと、締め切り間に合わないのにぃ・・・。

 

 名前も決まらないしぃ・・・」

 

 困り切った涙声でうめくや、彼女はノートタブレットに表示させていた文章作成アプリを閉じた。

 

 「しょうがない!あとにしよう!」

 

 「・・・それ、家にいた時も言ってたわよ?」

 

 「だってぇ~!」

 

 つくづく、ダメ人間だ。何で賞取れるような話を書きあげれたんだ、この人。

 

 理央は溜息をついた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、夕食時である。

 

 食堂に集まった一同を前に、改めて自己紹介をする。敦子は小説家であるということは言わず、物書きをしている、とだけ言った。

 

 ・・・敦子にとって、まだ彼らへの不信はささくれのように残ったままだ。馬鹿正直に現職を明らかにしてしまえば、また盗作されるかもしれないと思っているのだ。

 

 開催者の綾子は知っていた。敦子のそんな内情までは察していなかったが、ストーカーのことがあるのかもしれないと何も言わなかった。

 

 なお、自己紹介の理由は、メンバーがいまいちわかってない、竜條寺、理央の二人に加え、綾子の妹である園子(現在花の女子高生)と、その親友のクラスメートが参加ということで、彼らのためにである。

 

 茶髪をボブにしてカチューシャで留めた天真爛漫な鈴木園子(綾子の妹)と、長い黒髪をなびかせ困ったような笑みで恐縮する毛利蘭に、ひそかに竜條寺は天井を仰いだ。

 

 そういえば、この事件には彼女らが同席していたな、と。

 

 というか、名探偵〈原作主人公〉はどうした。

 

 考えかけて、竜條寺は自らの思考にセルフツッコミを入れる。

 

 

 

 

 

 コナンは現在、邪神宅に居候の身であり、毛利蘭との接点が大幅に削がれている。当然、女子高生二人が本来ならほとんど接点のない同窓会に招かれるのに、同伴する動機など、ありはしない。

 

 原作主人公が不在であるというのに、容赦なく死神は鎌を振り上げるらしい。

 

 

 

 

 

 竜條寺は、道中で見かけた不審人物を思い返し、重い溜息をついた。

 

 悲しいかな。誰かさん(犯人の犯沢さんのごとき黒シルエットの謎人物)は、殺る気満々のようだ。

 

 そんな竜條寺の軽い現実逃避をよそに、園子は女子高生ならではのキャピキャピパワーを炸裂させ、竜條寺と敦子の二人の関係を目を輝かせて尋ねてきたのだ。

 

 腰が引けてる敦子(おとなしい気性の彼女には、相性最悪である)をよそに、やんわりと止めるしかできない綾子。自分も興味があるのか、一緒に聞いてくる毛利蘭と、からかい交じりの視線を向けてくる他のメンバーに、竜條寺は早々に当てにできないと判断を下した。

 

 「他人の恋愛根掘り葉掘りしてんじゃねえよ。そんなだからモテねえんだよ。小学生かてめえは」

 

 ボソッと悪態をついた竜條寺に、ぎょっとする綾子と、あーあ言っちゃったよこの人と言わんばかりに視線を向ける理央。

 

 「竜條寺君!言いすぎ!

 

 ・・・でも、ありがとう」

 

 最後だけ頬を赤らめてぽそっと付け加える敦子に、竜條寺は「正論言っただけだろ」としれっと肩をすくめる。

 

 「敦子、今日は本当に来てくれてありがとう」

 

 そんな空気をほぐそうというかのように改まった様子で口を開いたのは、綾子だ。

 

 「あなたにとっては辛かったかもしれないけど、本当に、来てくれてうれしいわ」

 

 「そーそー。いきなりあれだぜ?度肝抜かれたっての。

 

 っつーか、お前、きれいになったな?今度どうだ?」

 

 「×××毟ってカラスの餌にするぞ、クソロン毛」

 

 映研時代は主役を担当していた太田がウィンクしながら不敵に笑うが、間髪入れずに竜條寺がスラング交じりの悪態をついた。

 

 なお、ただでさえも強面の彼が凄むと、その迫力は半端ではない。ひょっとしたら前職〈アイリッシュ〉が顔を出していたかもしれない。もとい、少し出ていたのだろう。青ざめた理央が、距離を取るように少し椅子をずらしたほどだ。

 

 否、理央どころか、全員が凍り付いたほどである。

 

 「竜條寺君!ご、ごめんなさい、彼、ちょっと口が悪くて・・・。

 

 悪い人じゃないの!本当!

 

 私が立ち直れたのも、竜條寺君のおかげだから・・・」

 

 ワタワタと一生懸命にフォローする敦子に、凍り付いていた園子が復帰したらしい。

 

 「立ち直ったって何ですか?!それって、お二人のなれそめ」

 

 ウキウキした質問を遮ったのは、椅子が大きく揺れた音だった。

 

 「やめてよ!折角の同窓会に!忘れたの?!あれが原因で、映研は活動停止になって解散になったんだから!

 

 私、もう部屋に帰るわ!」

 

 椅子を蹴るように立ち上がったのは、知佳子だった。

 

 不機嫌そのものという様子の彼女は、敦子を睨みつけるや、そのまま踵を返し、引き留めようとする角谷を振り切って、部屋に戻ってしまった。

 

 やはり、最大の被害者が生きている程度では、完全にフラグが折れることにはならないらしい。

 

 ほんの一瞬放たれた殺気を、現役バリバリの怪事件専門捜査官が見逃すはずもなく、竜條寺は「勘弁してくれ」といつもの口癖を内心で独り言ちた。

 

 再び気まずくなった食堂は、食事が終わったというのもあって、そのまま解散となってしまった。




ソンナツヅキニ、ワタシハナリタイ

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