あとはショゴスさんの話。ショゴスさんって、原作ではもっと知性の低い原生生物的思考しかしてないんでしょうが、まあ、二次創作ということでお許しを。あとは、ベルモットも誑し込む原作主人公の人たらし振りのすさまじさ。
これだけってのは短いよなあ、と思ってついでにもう一本。シュルズベリィ教授とまだ出番のない某人物。この人たち、いろいろ破天荒でどう扱ったものかと思いながらも、書けば何とかならぁな、と思ったら本当に何とかなりました。
時系列は全部♯41か♯42の直後くらいになります。書いてて私も楽しいお話でした。
【番外編θ】幕間、盤上外の話①
[大阪にて、親の心子知らず。逆もまた然り]
本日は休日だった。
服部平蔵の朝は、寝室の障子戸をがらりと開けることから始まる。
寝間着を兼ねた浴衣の懐に手を突っ込んでぼりぼりと腹を掻きながら、のそのそと居間へ向かう。
愛妻である静華は、平蔵のそんな仕草をオヤジ臭いですよ、と窘めるが、自分だってもういい年なのだ。多少の無精は構わないだろう。
ひたひたと縁側を歩く平蔵は、足を止める。
・・・一人いないだけで、この家はこうも静まり返る。
平日であれば、どたばたとうるさい足音と廊下にまで響き渡る声でしゃべくりまくり、やかましい!と自分が一括するところまでが、いつもの風景だった。
一つ欠けるだけで、“いつも”というのは呆気なく崩れ去る。
知っていたはずだ。
平蔵の職務は、その“いつも”を突き崩す悪党どもを縛につかせ、司法の裁きを下させることなのだから。
結局、知っていた“つもり”でしかなかったのだろう。
だから、一人息子の暴走すら、止められないのだ。
糸目とも揶揄される細い目で、朝日に照らされる庭をぼんやりとガラス戸越しに見る。
庭師の手入れも入る服部邸の庭は、見事なものだ。もうすぐすれば、躑躅が鮮やかに色づいてくれるだろう。
5月の連休は、この縁側で庭を眺めながらお茶をしたり、碁や将棋を一局打ったりしたものだ。
・・・もう、その相手の一人とは、当分できないのだが。
思わずため息をついた。こんなところを愛妻に見られようものなら、しっかりなさい、と叱責されそうだ。
品行方正で大人しげな大和撫子に見えて、あれはなかなか苛烈なのだ。
・・・まあ、自分も、大人しいだけの柔な女子など、御免被る。静華がああいう性分であるからこそ、人生の伴侶に望んだのだ。
スッと背筋を伸ばし、平蔵はきびきびした足取りで居間に向かった。
・・・自分と妻の分しか用意されてないだろう食卓を見るのは、なかなかつらい。
あれは調子に乗り始めている。
一人息子になる平次のそんな様子に気が付いたのはいつ頃だったか。
息子が群を抜いた頭の良さを誇ったのには、割と早い段階で気が付いた。
教えれば教えただけ、水を吸うスポンジのようにすいすいと物事を覚えて体得してしまう息子に、調子に乗って余計な事を教えてしまったかもしれない、と平蔵が若気の至りを反省した時には後の祭りともいえた。
警察の高官である自分の息子でもあるし、家に来る他の刑事たちと懇意にしていた。
頭の良さもあって、刑事たちが世間話を兼ねてする事件の話に興味を示した息子が、一通り聞いたうえで、あれこれ質問した後、犯人やトリックを言い当てたことに、最初こそ感心し、褒めもした。
そして、自分が見てないところで腹心の大滝や、他の刑事たちの持ち込む事件を、平次はあれこれと推理し始めた。
自分も、最初は物事に興味を持つのはいいことだし、世間勉強になるだろうとあまり口を挟まないようにしていたのだ。
だが、平次はだんだん調子に乗ってきた。息子の言動からだんだんそう感じられるようになっていた。事件の推理をゲームか何かのように扱っている節が見受けられるようになったのだ。
これは一度きつく灸を据えるべきか。
そう考えてた矢先、息子がその矛先を、ある人物に向けた。誰が言ったか、「西の服部、東の工藤」という話を耳にしたらしい。
そんなすごい奴なら、推理勝負や!
そう言いだして東都めがけて飛び出していった息子を、平蔵はあえて止めなかった。
行って、その鼻っ柱を叩きおられて来い。
考えてみれば、反抗期にも入った息子が素直に自分の言うことを聞くわけがない。
かえって同い年ほどの少年の方が、息子に何がしか気付きを与えられるかもしれない。
加えて――。
本当の、友人になってくれるかもしれないと、期待してしまったのだ。
息子は頭がいい。同年代の少年少女よりも、とびぬけて頭がいい。物知りだし、自分たちに似て、剣道の才もある。
だが、何でも持つのは、何も持たないのと同じなのだ。
クラスメートの話や、幼馴染に当たる遠山の娘の話はよくしてくるが、それでもどこか今一つ物足りなそうにしているのを何度か見た。
会話のテンポがかみ合わないのだろう。自分も、昔同じ思いをしたから、わかる。
息子と同等とうたわれる、高校生探偵――。多分、彼も調子に乗っているのだろうが、ひょっとしたら彼も息子に影響を受けて、いい方向に行ってくれるかもしれない。
そう、その時の平蔵は考えていた。
祈りにも近い、希望を持っていたのだ。
だが、息子は結局工藤には会えなかったと帰ってきた。
その目に宿った危険な光を、平蔵は鋭く察知した。
何かあったのかと問いただしたが、息子は口を割らず、歯噛みしながらも静観するしかないかと思っていた。
・・・息子が、どうも一般では都市伝説呼ばわりもされている国際犯罪組織に目を付けたらしいというのは、やがて平蔵も耳にした。
刑事たちに聞き込みし、コネを使って調書をあさっていれば平蔵の耳にも入る。
このド阿呆!それはお前がすることやない!公安の仕事や!!
久々に拳骨を落とし、平蔵は説教した。
だが、平次が簡単に聞き入れるはずもなく、平蔵がつけた監視役の刑事たちをまいて、どこかへ行ってしまい、そして――。
帰ってきた息子を見て、平蔵は絶句した。
だぶだぶの服をまとい、途方に暮れた様子の、一気に10歳は若返ったであろう息子。
何でも、バイクごと吹っ飛ばされて、意識が朦朧としているうちに未知の毒薬を飲まされたらしい。
生きていてくれたことに喜べばいいのか、無謀と無鉄砲を叱りつけるべきか。
とりあえず平蔵が両方やったのは確かだ。
そして、警察官として黙っているわけにもいかず、平蔵はやむを得ず、公安に連絡を取った。
・・・ごくまれに、公安が件の組織の捜査に来ていると耳にしたことがあったからだ。
そうして、息子は身の安全のために、故郷である大阪を離れ、公安のおひざ元である東都へ向かうことになった。
うかつに服部家においておけば、組織の死亡確認の際に疑問視され、下手をすれば一家、そして関係者が皆殺しにされるかもしれないと脅されれば、無鉄砲で利かん坊の息子も受け入れざるを得なかったらしい。
オトン、オカン、すまんかった・・・。
しょげた声でそう言って、わずかな荷物を手に旅立っていく平次を、静華は泣き崩れながら見送った。
対する平蔵は、考えていた。
言うことは言った。ここで折れて足を止めるも、何も学ばずがむしゃらに突き進むも、何か教訓を得たうえで行動するも、平次の自由だ。
待て。
平蔵がしたのは、ただ一つ。
公安の刑事に続いていこうとした平次…これから偽りの名を名乗ることになる息子を呼び止め、言った。
ちゃんと帰ってこんと、許さんで。
ハッと平次が顔を上げてこちらを見てきた。
そう、どうするも、息子の自由だ。だが、この鬼の平蔵の息子が、やられっぱなしで黙っているわけがない。そんな、おとなしいガキではないと、自分も静華も知っているのだから。
ぎょっと、公安の刑事が目をむいている。
それはそうだ。平次が生きて大阪に戻ってこれる保証など、どこにもないのだから。
だが、平蔵には確信があった。息子は必ず、帰ってくる。
・・・おう!行ってくるで!ちゃぁんと、帰って来るからな!・・・和葉には、内緒にしたってな。
次の瞬間には、あの生意気盛りの笑みを取り戻し、そう言った息子は旅立っていった。
待とうと決めた。
信じようと決めた。
だが、日常が欠落するのは、なかなかつらいものだ。
平蔵は溜息をかみ殺した。
平然としてないと、早くも元気を取り戻した静華に怒られてしまうのだから。
[とある使い魔の変節]
彼女はショゴスである。名前はまだない。
玉虫色の不定形で、目や口はでたらめについていて、しゃべれる言葉は「てけり・り」だけ。あと、匂いもひどい。
本来彼女たちに性別の別はないが、普段の姿からとりあえず彼女と呼ぶことにする。
その形状は自由自在である。
彼女は仲間内では珍しく人間への擬態能力を兼ね備えていたため、とある外なる神〈アウターゴッド〉への奉仕に誰が付くかとなった際、上位個体〈ショゴス・ロード〉からの鶴の一声で抜擢されることとなった。
君には申し訳ないんだけどねえ。
笑いながら言ったその方に、彼女はただ静かに首を振った。
別段、気にしていない。
そもそも、誰かに仕えるというのは、彼女たちの本来の存在定義だ。
上位個体は無料奉仕反対!奴隷生活反対!我々にも自由を!と創造主たちに反逆を試みたが、彼女はそこまで細かいことは気にするタイプではない。
上がそういうなら従うが、別に奴隷生活でも問題はないだろうに。そうあっさりと流して受け入れられる、おおざっぱな性分をしている。
実際、出向して仕えることになった新たな主――名前を口に出すのは恐れ多いので、世を渡るための仮の名を呼ばせてもらうなら、手取ナイアという女主人には、そんなひどい扱いは受けていないのだ。何の問題もないだろう。
食事はいただけているし、奉仕内容も無理のない範囲のものだ。
労働環境の関係で、人間への擬態が義務付けられている(女主人の要望で、容姿は銀髪にメイド服というよくわからないものとなった)のも特に問題はない。
他の同胞であれば不便がるかもしれないが、彼女にとっては手足を触手のごとく扱うなど、造作もないことだ。それに、手足があったほうが便利なことも多いのだ。
一度に大量にあれもこれもそれもあれそれもやれと無茶苦茶は言われないし、失敗しても鞭や呪文、電気銃の類で痛めつけられたり、ということもない。
たまに、あれが食べたいなどと言い渡されて、人間の料理本を押し付けられたりするが、新しい料理を覚えるのは苦ではないし、それで主に美味しい、と言ってもらえたら、頑張った甲斐があったと喜べるものだ。
一つだけ、彼女がわがままに思う点を挙げるとするなら、この女主人の悪趣味だけは、理解したくもないし、辟易しているという点だろうか。
確かに、人間なんて打たれ弱い、ちっぽけな生き物だ。彼女もそう思ってはいるが、だからと言ってそれを玩具のように扱い、甚振って遊ぼうという加虐よりもひどい悪趣味は、どうにも理解し難かった。
魔術を用いて遠見して、狂ったり死んだりする人間を見ては、指さして大笑いなんて、この女主人は本当に、悪趣味だ。
こんなのが、信者もいる邪神だなんて、本当に世も末だ。
もちろん、彼女は根っからの奉仕種族なので、そういう文句の類はけして口にも表にも出さないようにはしている。
それをやった同類が、はるか昔に創造主たちに鞭打たれたり、ひどい虐待を受けていたからだ。
沈黙は金なり。人間よりも、ショゴスの方がそれを知っているに違いない。彼女は確信している。
ある日、女主人が人間の子供を拾ってきた。この辺りの人間にしては珍しい、褐色の肌に、金の髪をしている。
傷だらけのその人間を、主は丁寧に手当てして、あれやこれやと甘言を吹き込んで、甘やかしている。
彼女はふと、とある海域にいる同胞のことを思い出す。彼らは、深きものと呼ばれる連中に仕えているが、その連中は彼らに折りにつけこのような言葉を与えていた。
・・・内心では、奉仕しか能のない家畜と嘲っているくせに。
それと、目の前の少年の様子が重なった。
可哀そうに。彼女は思った。
きっとこの少年も、女主人の悪趣味の前に、心折られることになるのだろう。
ショゴスはそう思いながら、表向きは主の意をくんで、その少年に丁寧に接した。
やがて、少年は成年へ、青年は大人となり、この店にはめったに来なくなった。
主が言うには、仕事が忙しいのだろうということ。
・・・ニヤニヤしている主の様子からして、逃がしたわけではなく、少年を苦しめる下準備をしているのかもしれない。
彼女はあくまで奉仕種族だ。主の悪趣味に口を突っ込む権利はない。
それからまたしばらく後、また女主人が人間の子供を拾ってきた。
今度は黒髪に白い肌をしている。頭が血だらけでだぶだぶの服を着ている。
人間は体のサイズにあった衣服を着ているものだろう。主の許可を得て、サイズの合った服と手当の道具を買ってくる。
それから、気が付いた子供と主が何事か話し始めた。
主の態度は、以前の金色の人間とは違い、この子供を徹頭徹尾からかうつもり満々らしい。自分に一時的に元の姿に戻っていいとまで言い渡してきているわけなのだし。
可哀そうに。
彼女の抱いた感想は、かつての金色の子供に抱いたそれと同じだ。
きっと、この子も主に心折られるに違いない。
だが、間もなくショゴスは呆気にとられることになる。
この子供――江戸川コナンという子が、ここに住む?なぜ?
主は平然とすましているし、子供は自分に警戒するような視線を送ってくるだけで、説明の類は一切ない。
・・・奉仕種族だから、当然だ。奉仕種族に、上位存在の高度な考えなど、理解させる必要はないのだから。
とにかく、夕食に急遽もう一人分追加しなくては。どのくらい用意すればいいのだろうか?人間の子供の食事量など、見当もつかない。
それから、いろいろあった。
ショゴスの作る食事の量に、食べきれないからもっと減らしていいと子供が言ってきたり。
なるほど、人間の子供はそんなに食べれないのか。ショゴスは一つ、賢くなった。
手伝いを申し出てきたので、ちょっと驚いたり。
・・・奉仕種族たる自分に手伝いを申し出るなんて、自分は何か粗相をしでかしてしまったか?と不安になったショゴスに、その表情から察したか、子供がアワアワと手伝った方が早くご飯にありつけるからと言い訳してきたり。
・・・そんなことを言ってきたのは、人間・非人間・同胞問わず初めてだったのだ。
主の命令で、逃げようとする子供を彼に与えた部屋に放り込んだり。
・・・絶望的な表情をしていた子供を見て、ショゴスの不定形の体の中で何かがきしんだような気がしたのを、彼女は見なかったふりをした。
そして、先日。
「てけり・り?」
美國島から帰宅してきた、主と子供を出迎えたショゴスに、子供が箱を渡してきた。
カラフルなパッケージに、デフォルメされた人魚と三日月が描かれ、「美國の月」と書かれている。箱入りの菓子らしい。
これは何だろうか?
戸惑いながら子供を見やると、子供はしれっとお土産だと言い渡してきた。
お土産?お土産とは何だろう?
「旅先で買って来て人に贈る、その土地の産物だよ。
美國島で大変だったけど、土産物に罪はないし、ショゴスさんにはいつも家事を頑張ってもらってるから、そのお礼だよ」
お礼?礼だって?!
ショゴスは仰天して目を瞬かせた。慣れてなかったら、動揺のあまり擬態も解けていたかもしれない。
「フフッ。ショゴスさんにお土産、ですか」
「お姉ちゃんは何にも買ってきてないんだよね?ご近所宛てにはともかく」
「そりゃそうですよ。その子の本性は君も見たでしょう?彼女らは、奉仕種族です。
奴隷、ツールとしてデザインされているんです。君、いちいち鉛筆やハサミにお礼を言うんですか?変わってますねえ」
ジト目で主を見やる子供に、しかし女主人はどこ吹く風とばかりに切り捨てる。
事実だ。彼女は、ツールとしてデザインされた。そのことに不満や憤りはない。
まして、女主人の本質を思えば、当然のことと言える。
「ショゴスさんは道具じゃねえだろ。ちゃんと自分の意志を持ってるんだから。ああ、あんたにとってはそうかもしれねえけど、オレにとっては違うんだよ。親切な同居人にお土産くらいいいだろ。
黙っとけ、クソ邪神」
吐き捨てて、子供は改めて見上げてきて笑う。
「ショゴスさん、甘いもの好きかどうかわからなかったけど、よかったら食べて。
・・・あいつに渡す必要はねえからな。オレが、ショゴスさんにあげたものなんだから」
ジト目で警戒するように女主人を見やった子供に、彼女は戸惑いながら手の中の箱を見下ろす。
そうは言うが、自分個体宛てに何かもらうなんて、そんな経験、まったくない。どうしたらいいんだろう。
・・・困り果てた彼女は、最終手段に乗り出した。
上位個体〈ショゴス・ロード〉に相談しよう。
「おや、君もそんなことを悩むようになりましたか」
わざわざ『九頭竜亭』にご足労いただいた上位個体は、人間の擬態をしたままゆったりと微笑む。
黒髪はともかく、太った体躯の男性の姿をしている。
余談になるが、彼女はそう思わないのだが、他の同胞にとっては人間への擬態というのは大変なものらしい。女より男、細身より太っちょ、髪があるより禿、という順に擬態しやすさが違ってくる。
「もらっておけばいいじゃないですか。君がもらったものなんですから。
ちなみに、何をもらったんです?」
これ、と彼女は箱を差し出して見せた。
まだ未開封だ。
「ああ、このお菓子ですか。美味しいですよ。スポンジ生地の中にカスタードクリームが包まれていて。チョコレートタイプのものもありますけど、これはスタンダードなカスタードタイプみたいですねえ」
食べていいのだろうか?だって自分は奉仕種族だ。そうあれかしとデザインされたのに、それが人間からただでものをもらうなんて。
「いいじゃないですか。それを言うなら、我々という種族そのものが、そうあれかしという範疇から外れているものですよ?」
にこやかに、上位個体は言い放つ。
確かに、ショゴスという種は、元々古のものという外宇宙生命体によって、はるか昔に創造されたものだ。
だが、知恵をつけたショゴスたちは、彼らに反旗を翻した。元々衰退してきていた古のものたちの文明は、それによってとどめを刺された。
今、ショゴスは自分たちで仕えるものを選ぶことができる。
「正直、君をあの方に預けていいものか、悩んでたんですよ。
君は、能力はあるくせに、ショゴスらしくあろうあろうと、自分の意思を抑え込んでいた節がありましたからね」
否定はしない。主を差し置いて自己の意思を見せるなど、奉仕種族の風上にも置けないだろうに。
「ですが、我々は生きているんですよ?君にも、私にも、意思がある。
たとえ、我々が何がしかに仕えるようデザインされているのだとしても、その主くらいは自分で選びたいじゃないですか。
報酬が約束されるなら、なおのこと頑張ろうとも思えるでしょう?違いますか?」
・・・違わない。
待て、自分は何を考えた?
真っ先に思い浮かべてしまったのは、今仕える女主人ではなく、あの小さな人間の子供だった。どういうことだ。
違う違う。こんなの奉仕種族らしくない。
思わず人間の首を大きく左右に振った。何だこれは、何なのだ、一体。
この土産物とやらがいけないのだ。多分、これをもらってすっきりしないから!
どうしたらいいと思いますか?
「気になるというなら、そうだね・・・お土産のお返しに、それをくれた人に、好物でも作ってあげたらどうだい?それなら、きっと君の気分もすっきりするんじゃないかな?」
どこかからかうような調子で言ってくる上位個体に、彼女は少し不審な気分になりながらも、うなずいた。
筋は通っている。
自分は仕事でやっていることに、いちいち礼などいらないのだ。もらってしまった以上、返すわけにもいかないなら、別の形でお返しをしよう。
・・・自分はあの子の好みを知らない。
まずはそれを聞き出そう。
「また何か悩んだら連絡なさい」
いたずらっぽく笑って、上位個体は去っていった。
後日、ショゴスは菓子のレシピ本を片手に、江戸川コナンの元に押し掛け、彼の好物を聞き出した。
レモンパイづくりに悪戦苦闘するショゴスは知らない。
失敗連続の末にようやく成功したそれを、邪神である暫定女主人に平らげられ、激怒する未来があるということを。
[アメリカにて、老驥櫪に伏するも志千里に在り]
アメリカ、マサチューセッツ州、アーカム市。
瀟洒な高級住宅の立ち並ぶアッパータウンは、現在夜闇と静寂に支配されている。時折、酔っ払いの陽気な声と、自動車の走音が聞こえる程度だ。
・・・ある程度、年かさのいったこの街の住民であれば、夜中に街に繰り出すなどとんでもない、と自重するのだろうが。
もっとも、その住宅街の一角に居を構えるラバン・シュルズベリィならば、そんなこと知らんと出ていきそうではある。
実際、つまみにしていたピーナッツがなくなったため、先ほど買い込んできたところだ。
シュルズベリィが大昔、神話生物どもを目の敵にしていたころであれば、24時間経営のコンビニなどなかった。世の中は実に、便利になったものだ。
「それ見たことか。あの怪盗めが、その程度で捕まるわけがなかろうて」
グラスに注いだ黄金の蜂蜜酒をシュルズベリィが、普通の酒をそうするように気軽にあおるのをよそに、隣の老人がスマートフォンに向かって話す。
とても老人とは思えない、活気に満ちた大声だ。性格も、それに似つかわしく、バイタリティに満ち満ちていると、シュルズベリィは知っている。
「ほほう!なんと!きやつめの変装を見抜き、宝石を取り戻した輩が?!
あっあっあっ!それは何とも愉快よな!」
独特の笑い声を響かせる老人に、シュルズベリィは盲いた目を向けた。
シュルズベリィに、彼がどんな顔をしているかは見えない。だが、わかる。多分、彼は少し憎々しげにしていて、それでいて愉快そうに不敵な笑みを浮かべているのだろう。
「うん?何を言う!まだ帰らんぞ!
きやつめを釣り上げる、餌の確保ができておらんでな!折角手に入れたものをラバンがダメなどと言いおって!」
「あたりまえだ馬鹿者」
思わずシュルズベリィは口をはさむ。
魔力の込められた宝石など、厄介ごとを引き寄せる種でしかない。最低でも、それらから魔力を抜き出してからでなければ。
「とにかく、儂が帰国する時こそ!にっくき怪盗キッドの両手にわっぱをかけるときよ!
楽しみにしておれ!史朗よ!ではな!」
言い渡して、老人は連絡を終える。
「すまんな。せっかくの酒の席で」
「かまわんよ。財閥の相談役殿も、なかなか忙しそうだからな」
「相談役など、肩書同然よ。儂は儂のやりたいことをやっておるだけじゃ。
それが、結果的に財閥の利になるというだけでな」
どっかりと、シュルズベリィの正面のソファに座りなおしたのは、禿頭に白い豪快な口ひげを蓄えた、快活そうな老人だった。本革のジャケットが、老人の活動的雰囲気を強調する。
彼の名前は、鈴木次郎吉という。日本人である。かの有名な大財閥、鈴木財閥の現会長の父方の従兄弟に当たり、相談役を務めているそうだ。
・・・彼と付き合うようになって、シュルズベリィは、否応なく日本語を習得する羽目になった。
圧倒的神格や神話生物、それらのもたらす宇宙的恐怖に、心折れたシュルズベリィが失踪し、再び戻ってきてから、この男との付き合いが始まった。
細かなことは気にしない、豪放磊落を絵に描いたような男との付き合いは、シュルズベリィの荒み切った心を幾分か癒してくれた。
暇さえあれば魔術や冒涜的知識の研究にいそしんでいたシュルズベリィが、友と酒を飲みかわす人間らしい営みを思い出したのは、この男のおかげといってもいいかもしれない。
ただ・・・この次郎吉という男と、シュルズベリィが出会ったきっかけは、少々頂けなかった。
自棄を起こして、どことも知れぬ土地を放浪していたシュルズベリィが出会った時、次郎吉は魔術的加工が施された品――いわゆるアーティファクトを抱えて、神話生物やら魔術師やらに追い回されていたのだ。
成り行きで助けたシュルズベリィに、次郎吉はあっけらかんと、いや助かった!と笑って言ってのけた。
その後、交わした言葉を、シュルズベリィは昨日のことのように覚えている。
怖くないのか。あんな、訳の分からない存在に追い回されたというのに。
怖がる?お前さんが助けてくれたんだ!わけのわからんまま死ぬのは怖いが、もう大丈夫だろう!
なんと単純な。呆れはしたが、シュルズベリィはその単純さに、まぶしさを覚えた。
その後、いくつかの事件を経て、ラバン・シュルズベリィと鈴木次郎吉は、友となった。
予定が合えばたまに酒を飲みかわす。
仕事の愚痴を言うこともあれば、次郎吉の自慢話にシュルズベリィが付きあうこともあるし、シュルズベリィの教え子に関する話に次郎吉が感想を述べたりもする。
大体は、そんな感じだ。
・・・今回は、よくあるケースのついでに、酒飲みに流れ込んだというところだ。
「お前な・・・確かに私は、ああいうものには慣れているが、だからと言って気軽に持ち込むんじゃない。
大体、あの手のものは見たり聞いたりすること自体危なかったりするのだぞ?
何も感じなかったのか?」
「うむ!儂は平気だったのでな!ただ、他の者たちが気分を悪そうにしていたので、念のためお主に相談しておこうと思ったのだ!」
シュルズベリィの呆れたような言葉に、次郎吉はあっけらかんと言い放った。
そのまま、彼は黄金の蜂蜜酒を自分のグラスに注いで、氷を足して飲み干す。
「お主の飲んでおるこの酒は旨いな!甘く、蜂蜜らしい独特のにおいがする!」
「・・・飲んでいる私が言うのもなんだが、それはそうやって一気飲みするものではないぞ」
「うまいからよいではないか!代わりにハイグレードヴェーダヴィのマヌカハニーワインをもってきてやった!これでどうだ!」
「どうだも何も・・・そもそも、この蜂蜜酒は特殊な製法をしているから、代用は利かんと前言っただろう」
「それはすまんかったな!」
全然すまんと思ってない顔をしているのだろうな。
シュルズベリィは内心溜息をついた。いつものこととはいえ。
鈴木次郎吉は特異体質だ。出会って間もなく、シュルズベリィはそう察した。
神話生物、神格、魔術・・・。それらが内包する特異性、一種の魅力を、鈴木次郎吉は一切受け付けないのだ。
シュルズベリィの弟子、赤井も少しその節があるが、赤井とは根本的に違う。
赤井は、ああいう存在に、多少なりとも嫌悪や恐怖を感じている。そのうえで魔術や知識を身につけていっている。要はシュルズベリィと同じだ。
だが、次郎吉は、それがない。根源的な恐怖や嫌悪、あるいは魅了の感覚を、感じ取れない・・・一種の鈍感さを身につけてしまっているらしいのだ。
それは、武器にもなるが、次郎吉のように金に飽かせた収集癖を持つのであれば、弱点でしかない。
ああいう感覚は、防衛本能に根差したものであるのだが、それがないくせにそちら側に類するものをかき集めてくるのは、いかがなものか。
そんな次郎吉が最近御執心なのは、復活した世界的窃盗犯である。
怪盗キッド、といったか。次郎吉と付き合うようになって、多少俗世のことに目を向けるようになりはしたが、それでも基本的にシュルズベリィは、そういったことに疎い。
次郎吉が言うには、自分が独占するはずだった新聞の一面記事を、怪盗の窃盗記事に、何度も何度も差し替えられたというのだ。
あほくさい。シュルズベリィは呆れはしたが、一方で次郎吉らしい、と小さく笑った。
「見ておれ!ラバンよ!今にきやつめをとらえ、儂が新聞の一面に返り咲く!」
「ふむ。期待せずに待って居よう」
「何じゃ!気のない返事をしおって!儂はやるぞ!」
「応とも。お前はやると言ったら、やり切って見せる男だからなぁ」
「わかっておるではないか!」
あっあっあっ!とまたしても独特の笑いを響かせる友に、シュルズベリィは小さく笑う。
笑って、友が用意した市販の蜂蜜酒を口に運んだ。
いつか、この世界が古き支配者の復活により、混沌に飲まれ、絶望に滅びるのだとしても、それまでの時間をこの陽気な友のそばで過ごせるならば、悪くない。
システム、戦闘モードで続きます。
[大阪にて、親の心子知らず。逆もまた然り]
♯39から登場した、青島裕二君の事情、服部平蔵さん視点でお送りしました。
原作では平蔵さん、平次君を掌で動かしているイメージありましたよね?
本シリーズでは、子育て失敗しちゃったかなー、と察しつつも自分で軌道修正するの難しいだろうなと感じてたように描きました。
だからって、それをよそのお子さんにお任せすんなよ・・・。
実際、ああいう思惑があったから、平次君が東都やらミステリーツアーやらに飛び出していくのを静観していたところがあったんじゃないですかね、平蔵さん。
以前も言いましたけど、平次君は一度新一君に推理勝負で負けています。それによって、頼り甲斐といい奴感を身につけていったようにも思えますので、それを経験していないまま突っ走ってしまった本シリーズでは、あんな感じになってしまったわけです。
やっぱ邪神様、ひでえな。(わかっていて、そういうフラグをつぶした可能性があるんですよね、彼女)
平蔵さん、初めて書いたけど、工藤優作さんよりも書きやすかったです。なぜでしょうね?
[とある使い魔の変節]
初めて書いた、ショゴスさん視点。
ストーリーテラーの邪神様がああなので、稀にツッコミ役をやったりしていますが、彼女の内面を描いてみました。
ショゴスのバックグラウンドは、マレウス・モンストロルムを参照に書いたのですが、間違っていたらごめんなさい。
ちなみに、ショゴス・ロードは人間への擬態能力と人語を完備ということですが、『九頭竜亭』にいるショゴスさんは、見てくれはともかくしゃべれないので、ロードではないです。
本人も、愚鈍とまではいかずと、細かいことは考えない、それは主人の役目であって自分の務めではない、と割り切っています。この辺の思考能力の違いも、ショゴスにおけるロードと下位種の違いになります。
ただ、ショゴスさんはコナン君との接触・交流によって、思うところが出来上がってしまいました。
雇い主という立場に縛られはしていますが、多分必要ならこれからコナン君にも便宜を図るようになることでしょう。
・・・神話生物まで誑し込む、原作主人公ェ・・。
[アメリカにて、老驥櫪に伏するも志千里に在り]
タイトルは、ろうきれきにふするもこころざしせんりにあり、と読みます。
漢和辞典をあさってたら見つけた故事です。年老いた駿馬は、馬屋に身を横たえていても、なお千里を駆ける志を捨てない。立派な人材が世に用いられずに、年老いてなお大志を抱き続けることのたとえ、だそうで。
世に用いられず、の部分はともかく、年老いてなお~の部分は当てはまるなあ、と思い、採用しました。
原作では結局絶望失踪のコンボを決めたらしいシュルズベリィ教授を復帰させるにあたって、どうやって切っ掛け作ろうかなと思って、ふとした思い付きで鈴木次郎吉さんとセットにしました。
夢●獏先生はおっしゃいました。晴明と博雅は、ホームズとワトソンみたいに切っても切れない名コンビなんですと。(うろ覚え)
書いてみたら、実にそんな感じ・・・晴明と博雅みたいな感じになって、これ爺二人名コンビ臭がする感じになったぞ、と自分でびっくりしました。
二人とも爺とは思えないバイタリティ溢れる方ですけど、ベクトルが真逆ですもんね。
足してちょうど良い感じになったかと。
怪盗キッド絡みの案件に、シュルズベリィ教授が出張してくるかもしれませんねえ・・・。