神は言っている──課金せよ、と。
──果たして、そこは如何なる異世界か。
地平線の彼方まで真っ白に覆われた世界。森、山、川といった原初の地球環境は勿論のこと、人が開いた文明の残滓さえ、その惑星には存在しなかった。
その惑星の名を──地球。
時代は人類が興隆を誇った二十一世紀の時代。
本来であれば高度な情報通信網の確立に伴う、各国間の盛んな交流、研究、開発によって苛烈な技術競争が行われ、それにより様々な利器が世に知れ渡る、正に日進月歩の進化が行われていただろう時代である。
しかし進化の影は一切無い。
在るのはただ色を無くした無人の荒野。
これが2017年12月31日のその日を以て、凍結した今の世界の姿である。
そんな無人に広がる停止した世界を──。
──白紙の海を、黒い船が征く。
一見した第一印象は装甲車。
四角形の鈍重な車両は白紙化した世界を堂々と走っている。
行き場を失った放浪者か、或いは慎ましやかに生ける残された人類か。
恐らく最後の文明の残滓だろうそれは、しかし放浪者でも取り残された人類でもない。
彼らこそ、最後の希望。
凍結した世界で否を唱える最後の勇者たち。
海を征く船の名を、虚数潜航艇シャドウ・ボーダー。
果て無き航海者たちの名をカルデア。
敗北した汎人類史の人間にして、終末に抗う
「──いよいよ、だね」
「はい」
緊張を発破するように少年が声をあげる。
応じる声は少女。
十代、だろうか。
希望と言うには余りにも年若い二人の少年少女の名は藤丸立香とマシュ・キリエライト。白紙化された汎人類史の人間であり、嘗て世界を救った人類最後のマスターとその従者である。
「大西洋……今まで戦ってきた異聞帯でも最大の領土を誇る異聞帯」
「そして恐らくはクリプターたちの首魁……キリシュタリアさんが取り持つ異聞帯です」
言葉が指すのは彼らが目的地の名である。
インドの異聞帯を切除した彼らは一時、魔術協会でも取り分け閉鎖的な場所にして、白紙化された世界で尚、世界の狭間を揺蕩う『彷徨海』に聞かんし、万全の体制を整えた。
これより始まるはこれまでの戦いが比では無い、過酷の戦い。協力者、シオンに曰く神代のエーテルに満ち満ちた神の世界の海洋──ロストベルトNo.5。
地球上で観測できる八つの異聞帯の中でも異端である海に築かれた異聞帯。
「大変な戦いになるだろうね」
「神代……神々がまだ地球上に存在した時代の異聞帯ですから。恐らくは嘗て修復した特異点、バビロニア世界に匹敵するものだと考えられます」
「うん……」
マシュの言葉に立香は両手を握り込む。
これまで魔術王の人理焼却事件を筆頭に彼は人類史の存亡に関わる多くの危機に立ち上がり、戦い、前に進み、そして成し遂げてきた。
今回の濾過異聞史現象……異聞帯による地球侵略にも彼は挑み、そして今までに四つの異聞帯を見事、勝ち取って見せた。
皆、須く困難を極め、また行き止まりの人類史とはいえ、そこに生きる生命を汎人類史を生かすために切り捨ててきた。
もう──負けられない。
最大の異聞帯に挑むということもあるだろうが、彼の肩にのし掛かるのは余りに重すぎる人々の願い、祈り、託され、背負った希望と絶望の重さ。
それは凡人には、余りにも重いモノだった。
そう、負けられない。それはただ死にたくないからだとか、自分たちの世界を守りたいからというだけの話では無い。
託された。ただ征けと。切り捨てた世界に背中を押された。
ならばこそ、敗北は許されない。
これまで切り捨ててきた世界ためにも……必ずや自分たちは成し遂げなければならないのだ。
「──先輩」
ふと肩に手が添えられる。
ハッとして目を向ければそこには柔らかく微笑むマシュが。
「余り一人で気負わないでください。先輩は、先輩だけではありません。ダ・ヴィンチちゃんやホームズさん、ゴルドルフ所長に旧カルデアの皆さん……確かにマスターとして立つことが出来るのは先輩だけですが、それでも先輩は一人で戦っているわけじゃありません」
──英霊を従える存在、マスター。
それを担えるのは確かに藤丸立香ただ一人である。
しかし人理焼却事件から始まる今までの困難は何も一人で乗り越えてきたわけではない。英雄だけじゃ無い、共に戦う仲間が、支えてくれた皆がいた。
何より──。
「そして、私も。私は先輩の
彼女なりの精一杯の鼓舞。
笑いかける彼女の手は少しだけ震えていた。
……そうだ、緊張しているのは何も自分だけでは無い。
目の前のマシュも、そして態度には見せないがダ・ヴィンチちゃんや所長、カルデアの皆、ホームズもまたこの危機を前に決して心穏やかでは居られないはずだ。
それでいて彼らは態度に一切それを明かさずただただ彼を、立香のバックアップを全力でしてくれている。
自分に出来ることは何なのか、その迷いはいつもある。
だけど自分には信じられる彼らがいる。
自分を信じる事が出来なくとも信じてくれる仲間たちとなら……。
「──うん、そうだね。そうだった。あはは、神代の海って聞いて前評判に踊らされすぎたみたいだ。ありがとうマシュ。お陰で少し緊張が解れたよ」
「はい、それでこそいつもの先輩です」
そう言って二人、笑う。
未来はあやふやで、今も皆目見えないけれど。
それでも明日に希望を想う。それは当たり前で居て、同時に難しいこと。
だが、彼らはそうしてきた。
楽観的と思われようとも、一歩ずつ、少しずつ、前へ前へと。
出来ることを埋めていって歩いてきた。
それが彼ら、ただの人が持つ唯一にして最大の強さである。
「フォウ!」
「わわ、フォウさん!」
と、笑い合う二人の間に闖入者が飛び込む。
真っ白な毛皮に覆われたリス大の小生物。
名を、フォウという。
「フォウフォウ、フォウ!」
「ふぉ、フォウさん?」
「あははは、多分さっきマシュがダ・ヴィンチちゃんたち頼れる人の中にフォウ君を入れてなかったからそれに抗議しているんじゃないかな?」
「フォウ!」
てしてしとマシュの肩を抗議するよう叩くフォウを見て立香は苦笑しながらそう言った。肯定するようにフォウは一鳴きする。
「すいません、決して仲間はずれにしたわけでは……! フォウさんも頼れる仲間です!」
「うん、そうだね。フォウ君にはいつも助けられているよ」
「キュ、フォーウ!」
二人の言葉に心なしかフォウは胸を張るようにして鳴く。
その様が可笑しくて立香とマシュは顔を見合わせて再び笑った。
「──それにしても、こうして俺たちだけ休ませて貰ってちょっと悪いな。ダ・ヴィンチちゃんたちは異聞帯突入に向けた機体の調整があるとかで今も準備中なんだし、俺も手伝った方が……」
今回の異聞帯。大西洋は海の中である。
今までの地上……文明の花が咲いた土地に誕生していた異聞帯と異なり、海中という特異的な場所に五番目の異聞帯はある。
そのため、突入には様々な手間を要した、先のインド異聞帯の切除も、異聞帯を全て切除することが前提だとしても、彼の地を優先したのは最大の異聞帯である大西洋の異聞帯に突入するためであった。
そういった回り道に加え、シオンやダ・ヴィンチちゃんによるシャドウボーダーの綿密な調整もあってようやく目処が付いた大西洋異聞帯突入。
過去に無い異例の場所の異聞帯を前に立香をバックアップしてくれているメンバーは今も突入地点に向かいながらも作業の真っ只中に居る。
「所長には居たところで返って邪魔だとか言って追い出されちゃったけど、多分、アレは気を遣われちゃってるよね……」
「はい、恐らくこれから戦いに挑む先輩を休ませてやりたいという所長なりの心遣いでは無いかと」
「うん、それは分かるんだけどね。それでも何というか申し訳なくて……」
素直では無いこのボーダーを取り仕切る人物にして、現カルデアの新所長の顔を脳裏に思い浮かべながら立香は頬を掻きながら顔を伏せる。
しかし──申し訳なさげにしていた立香は不意に顔を上げた。
「そうだ……マシュ、ちょっと良いかな?」
「? はい、何でしょうか?」
「せっかくだから今のうちに気になっていたことを聞こうと思っててね。クリプターたちの事なんだけれど……大丈夫かな?」
立香が聞くとマシュの顔に僅かに陰りが生じる。
クリプター、それは今回の濾過異聞史現象を起こしたとされる主犯たちであり、本来、人理焼却事件に挑むはずだったAチーム……旧カルデアの面々。
マシュも在籍したチームメンバーたちである。
「無理にとは言わないんだ。だから……」
「大丈夫です」
一言では言い表せない複雑な感情をマシュは彼らに持っているはずだ。
それでもマシュは確と、何ら躊躇いや迷いも見せず答える。
「今でも彼らに思うところがあるのは確かです。オフェリアさんの事もありますし、インドで出会ったペペロンチーノさんも。彼らと話して、今でも話せば分かってくれるのでは無いか、事情を話してくれるのでは無いかと思うこともあります」
そういってマシュは心情を吐露する。
「ですが、それでも……迷いを抱いたままでも彼らと戦う覚悟は出来ましたから。ペペロンチーノさんが、Aチームの皆さんが選択したように。私は先輩のサーヴァントとして戦うと」
「マシュ……」
その気丈な決意に立香は僅かばかり心を痛める。
誰だって友人だった相手と命を懸けた戦いなんてしたくないだろうに。
特に彼女の場合、輪に懸けて他人に優しすぎる嫌いがある。
そんな彼女が、それでも、と言ったのだ。
それが心苦しかった。
彼女の決意に思うべきで無いと分かっているが感情だけは如何ともし難い。
だから立香はそれ以上何も言わなかった。
言葉に出来ずともせめて思うぐらいはと内心に憂いを留め、言葉を紡ぐ。
「その、聞きたいことなんだけど……クリプターの七人。恐らくは大西洋を統べているっていうキリシュタリアや今まで戦ってきたクリプターについてはもう知っているし、まだあったこと無いクリプターたちについても何となく聞いてる」
クリプター、異聞帯を統べる魔術師は全八人。
彼らのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムを筆頭に。
カドック・ゼムルプス。
オフェリア・ファムルソローネ。
芥ヒナコ。
スカンジナビア・ペペロンチーノ。
ベリル・ガット。
デイビット・ゼム・ヴォイド──と続く。
だがあと一人、話を聞いていないクリプターが居た。
そう、極東・日本の東京という他と比べて極小の場所に誕生した異聞帯を統べる八人目の魔術師──。
「『魔人』加藤光影。彼について教えて欲しいんだ」
カドックに曰く、キリシュタリアと対等の存在。
オフェリアに曰く、底知れない恐ろしい男。
ペペロンチーノに曰く、光に見せられた奴隷。
旧カルデア前所長、マリスビリー・アニムスフィアが直々に招聘した人物であり、嘗ての人理焼却事件に際し、一般枠からの公募を唱えていた人物。
言ってしまえば、ただの一般人である藤丸立香が数奇な運命に絡め取られた理由の一人でもある男。
魔人と、余りにも大仰な通り名を冠する人物について、立香はマシュに問いかけた────。
☆
「ふう、これでようやく一段落だよ」
言って伸びをする小柄な少女。
可憐な見た目に反して、このシャドウボーダーの全機能を取り仕切る彼女はレオナルド・ダ・ヴィンチ──嘗てそう呼ばれた英雄が託した残滓である。
ダ・ヴィンチちゃん、と親しまれる彼女は、同じ体勢で固まった全身を解しながら隣席している両肘を付いて何事かを考え込む男に問う。
「で、私が最終調整をしている傍らずぅっと考え込んでいる君は何を考えているのかなホームズ。できれば話してくれると助かるんだけれど」
「────」
「…………」
無言。男は何も言葉を返さない。
「………………おーい、ホームズ?」
「────」
やはり無言だった。
ダ・ヴィンチはむっと顔をしかめて声を張る。
「ホームズ!」
「──ん、ああ。すまない、少し考え事をしていた」
ホームズと呼ばれた男──カルデアに常在する英霊であり、彼らカルデアの頭脳と言える存在、シャーロック・ホームズは全く悪びれずそういった。
相変わらずマイペースな男にダ・ヴィンチは口を尖らせた。
「そんなことは見れば分かるよ。そして君が考え込むと周りが見えなくなるのもね。それで? 君の憂いは何だって言うのさホームズ。できれば隠さず教えて欲しいな」
「何、大したことではないよ。ただ少し気になったことがあってね」
「気になったこと?」
「ああ。極東の……東京の異聞帯についてだ」
「日本に誕生した一番小さな異聞帯のこと? アレならシオンとも話して目下、脅威では無いと結論付けたじゃんか。安定こそ、他の異聞帯と比べて尋常じゃ無い位しているけど、規模の小ささ……他の異聞帯と比べ一国ほどの領土を持たないことも考慮してまずは大西洋の異聞帯を攻略してからでも問題は無いって」
異聞帯──それは切り捨てられた人類史。
汎人類史と言われるいわゆる並行世界論において基準となる世界からある地点を以てして乖離した世界であり、並行世界論が切り捨てた人類史。
IFである並行世界とは異なり、文字通り、可能性として切り捨てられた人類史であるそれは本来ならば滅びが確定した世界線であるものの、何かがまかり間違って途絶えるはずが現在まで存続している、一種の異世界、これを異聞帯と呼ぶ。
特異点のようなテクスチャ上に発生する
それこそが異聞帯。彼ら汎人類史が挑む異なる世界線だ。
異聞帯は領土を拡大し、それを以て世界を制する。
そのため、領土が大きい、或いは異聞帯として安定している異聞帯ほど危険かつ目下の脅威となり得る。
特に今回挑む大西洋など八つある異聞帯の中でも群を抜いている。
だからこそ最優先目標として遠回りしながらも此処までこぎ着けたのだ。
攻略する異聞帯については見識あるダ・ヴィンチやホームズ、彷徨海を借り受ける少女、シオン・エルトナム・ソカリス、カルデア所長・ゴルドルフ・ムジークなどと話し合い決定したはずだ。
「そうだぞぅ。今更、何を考え込むことがあるのだ、経営顧問。他の異聞帯に比べれば極東の異聞帯など脅威にならんと結論しただろうに」
「あ、居たんだ。君」
「居たんだとは失敬な! 先ほどから共にこの場所で最終調整を手伝っていただろうに!」
「手伝ったっていうか、調整を期にあれこれ文句付けていたように見えてたッスけどね。やれ椅子の座り心地がどうとか、もう少し虚数潜行についてどうにかならんのかとか……」
「文句じゃ無いよ君ィ! 私はただ乗員のストレスが少しでも緩和されるようにと皆のことを考えての発言をしていたのだよ。分かったかねムール貝くん!?」
「ムニエルッスよ! 何回間違えるんッスか!」
「あー、二人は放っておいて、本題は何なのさホームズ。何がそんなに気になるんだい?」
ギャーギャーと騒ぎ二人をBGMにダ・ヴィンチはホームズを問いただす。
今更、考察を重ねた決定にどんな異論があるのかと。
「いや……極東の異聞帯について異論はない。ただ少し、その異聞帯の王について思い出していたのさ……もしかしたら我々はとんでもないミスを犯したのでは無いか、とね」
「うん? あそこの異聞帯の王っていうと確か……」
「八人目のクリプター、『魔人』加藤光影」
その名、魔術師を、いや魔術
最優先封印指定……数ある封印指定の中でも現代魔術社会の総本山。魔術協会『時計塔』が専門の狩人たちを設立してまで追っている存在。
いや魔術協会だけではない。神秘社会を二分するもう一つのキョウカイ、聖堂教会ですらも『
最優先封印指定、永久不朽、第一魔法に最も近き者、第三魔法の証明者、朱き怨霊……。
魔人・加藤光影。
数百年の時を生きるという生ける伝説である。
「彼は確か旧カルデア前所長マリスビリー・アニムスフィアが直接、声を掛けて招聘した魔術師……か。単にマスターとしてだけではなく、カルデア運営にも幾らか声を出していたとか、マスターの一般公募なんかはその最たるもので……って、うん?」
と、そこまで口に出しダ・ヴィンチは黙り混む。
そして目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「……………………いや、いやいやいや、ちょっと待ってくれよ」
加藤光影……『魔人』とまで言われた伝説の存在は魔術世界に生きるモノならば誰もが知っている、それこそ田舎の素人魔術師すらも。
何故なら表の歴史にすら名を連ねた最悪の魔術師であるから。
彼が最優先封印指定となった大事件……何らかの魔術実験によって起こされた日本の歴史においては自然的に起きた大事変「関東大震災」。
魔術の隠匿を是とする魔術師でありながら事実上、表の歴史に魔術というモノを知らしめかねない大事件を引き起こした主犯こそ魔人・加藤その人である。
そう、誰もが知っている。彼の怪物振りと現代魔術師というには余りにも度外れた超人について……知っているはずなのに。
「
数秒前まで自分の言葉、考えに疑問すら覚えてなかったダ・ヴィンチは戦慄する。
他と比べ小さい異聞帯? 都市規模に過ぎないから?
……馬鹿な、統べる王の脅威を考えれば寧ろ優先して然るべきはずだ。
「おい、ホームズ。君の懸念は」
「……ああ、私も
これだけ現代においてやらかしている危険な魔術師を今の今まで脅威と捉えていなかった。統べる異聞帯が小さいからと、気にもしていなかった。
……仮にも世界一高名な探偵であるシャーロック・ホームズと万能の天才たるレオナルド・ダ・ヴィンチが残した置き土産である二人が。
二人だけでは無い、先ほどの所長の言動、そして会議時に異論を唱えなかったシオンもまた彼を知りながら彼を脅威と認識していなかった。それはつまり……。
「超高度な……暗示? それでも世界規模で認識を塗り替える」
「……前例が無いわけではないだろう。以前触れたトライヘルメスで知った話だが、現代魔術師には
鋭く目を細めながらホームズは言う。
そう、理論上は出来ても可笑しくないと。
「私としたことが、いや、問題は英霊にすら通じる暗示の方か……一体どういう意図で、存在を伏せた? 隠れたかった? 時間を稼ぎたかった? ならば何故? その理由は一体何処にあるという……」
「って考え込んでいる場合じゃないだろうホームズ! 今更、大西洋異聞帯から引き返すこと何て出来ないけど、話通りならば今向かっている大西洋異聞帯並に日本の異聞帯も危険な可能性がある。今は取りあえずシオンとも話して──」
二人が彼を『認識』し、『認知』、その危険を『認め』た
─────瞬間、だった。
『────捉えたぞ』
それは歓喜、愉悦、憐れみ、怒り。
喜怒哀楽を集合した感情の奔流であると同時に機械的な無機質な言葉。
既存の感情を形容する言葉では表せない混沌だった。
次いで、極限の怪異がシャドウボーダーを襲った。
「なぁ……ハアアアアアアアアアアッ!?」
叫びを上げたのはシャドウボーダーを操縦しながらゴルドルフと戯れていたムニエル。突如として地の感覚が消え、目の前の景色が無としか表せない無謬の宙に置き換わったことに驚愕の声を張り上げた。
「な、な、な、何事かねッ!!?」
落下か、浮遊か、遭難か。
地無き宙、果て無き虚空に放り出されたシャドウボーダーは一瞬にして身動きを封じられた。
「これは……外部の手による強制的な虚数潜行!? クッソ私が居る前で
「此方の意識を軸に感知干渉をしたのか! 暗示はどうやら彼自身の危険性を隠す以外にも彼の危険性を知った人物を特定する意味も持っていたようだ」
ダ・ヴィンチは直ちにシャドウボーダーの制御に取りかかり、ホームズはこの非常事態に対し、冷静に思考と考察を重ねる。
「ともかく今はシャドウボーダーを守ることだ。敵は遙か離れた地から魔術的干渉を可能とした怪物的な魔術師、ともすればキャスタークラスに匹敵する脅威だ。向こうの目的はともかく、今は此処を守ることを最優先に動くんだ」
「何事ですか!?」
「ダ・ヴィンチちゃん! ホームズさん! これは一体……!?」
ホームズが指示を出すのと同時、管制室に藤丸立香とマシュ・キリエライトの二人が飛び込んでくる。
何せ、つい数瞬まで何事も無く運行していたシャドウボーダーが大きく揺らいだのだ。何らかの異常が起きたのだとすぐに気づく。
「藤丸くんか……どうやら今、このシャドウボーダーは敵からの──」
攻撃を受けているようだ……と最後まで言い切る前に。
脅威は最悪の形で彼らを襲う。
「なっ!?」
「先輩ッ……ぐ……」
「二人とも!?」
「なんだとおおおおおおおお!!?」
──手が現れた。
そうとしか呼べない怪現象。
突如としてシャドウボーダーの管制室に発生した『手』は人丈を優に超す巨大。手袋をしたその『手』の甲には
魔術、なのだろうか。
考えられない怪異は不意を打って立香とマシュを掴み取る、そして──。
──対象補足。
──参加者二名。
──認証:マスター階梯、序列第七位。
──サーヴァント:クラスシールダー。
──令呪
──対象者に令呪を確認、内部術式変更による処置開始。
──■■の寄る辺に従い、資格在りし二名を召喚。
『掛けまくも畏き■■大神、この神籬に
「馬鹿な!? 外部干渉による強制的なレイシフトだと!?」
どんな事態にも殆ど冷静を保ってきたホームズをして声を荒げる。
それはカルデアのように技術の粋によるものではなく個人の技量のみを寄る辺とした規格外の召喚術。紛れもない、魔法に踏み入った領外の奇跡である。
「う、うわああああああああああああああああ!?」
「くぁあ……!! せん、ぱいっ!」
そして引き込まれる。身体が形を失っていく。
「藤丸くん! マシュ!」
ダ・ヴィンチが声をあげ、ホームズが何事かを成そうと行動を起こすがしかし全てが遅きに帰した。
藤丸立香とマシュ・キリエライト。
二人は虚空の中へと飲み込まれた。
そして、そして、そして…………。
…………………………。
……────。