Fate/Catastrophe   作:アグナ

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呼ぶ符でもアストルフォきゅんが来ない件。
……何故だッ!

作者、怒りの投稿。 


ACTー3 灰の魔都

 そして──まず鼻腔を燻ったのは硝煙とむせるような死の匂い。

 次いで体感として感じ取れる重苦しい重圧だった。

 

 視界……一面に広がるは所々に砕け、崩落し、壊滅した灰の街。

 天に届けとばかりに乱立する灰の巨塔。

 人界の知恵の限りを尽くして築き上げられた現代のバベル。

 

 ならばこそ、いや、或いはそれこそが罪。

 今や打ち砕かれた魔都こそ、人類に下された裁きか。

 宙を統べんと勇む繁栄の都は天上のモノにとって正しくソドムとゴモラの所業だったのだろう。

 

 身を弁えぬモノたちの都はこの通り見るも無惨。

 限界に挑んだ兵たちのなれの果てこそ、この灰と退廃の街だった。

 

「ここは……」

 

 マシュは警戒しながらも口を開く。

 墜とされた魔都はマシュにとって初めて見る現代の街並み。

 嘗てカルデアにしか存在を許されなかった少女が知識上でのみ知る二十一世紀の標準的な先進国の街並みであった。

 

 ある特異点でハワイや冬木と現代の街並みについてマシュは体感済みであったが、この魔都は何というか、そういった特異点で見かけた街並みより遙かに『らしい』。何というか今を生きる人間が築き上げたモノだという息づかいが感じられるのだ。

 

 何処か感嘆とした風に街を見渡すマシュとは対照的に一方の立香は驚愕と戦慄、そして懐かしき望郷の念を抱いていた。

 そう、彼は知っている。

 

 乱立する灰の巨塔(ビルディング)

 利便性を追求した街並み。

 遠くに見えるいっそ高き赤き尖塔。

 

 やや彼が知るものと異なっているが間違いない。

 此処は、この街は──。

 

「……東京?」

 

 呆然と、彼は自らの故郷が首都の名を口にした。

 

 突然の事態、既知外の事象。

 特異点や異聞帯を経て大抵の事態には容易く適応できた藤丸立香をして流石に平静を保てず絶句する。

 まるで爆撃を受けたかのような惨状だが、紛れもなく此処は彼が知る東京のそれだ。

 埒外のモノには馴れていたが、だからこそこの事態は読めなかった。

 

 記憶が遠い既知感を思い出させる。

 そうだ、自分は此処で生まれ、此処で育ち生きてきたのだと……。

 魂が懐かしき故郷の空気を呼び覚まし、

 

「──マスター!」

 

 鋭く響いた従者(マシュ)の声が彼を現実に引き戻す。

 

「オオ……オオオオオオォォォオォォォ!!!」

 

「ッ!」

 

 絶叫。

 

 嘆くような狂乱するような声が響くと同時、アスファルトに凝り固められた地面が爆発を起こした。

 立香のすぐ眼前で起こった爆発は、土煙と瓦礫破片をまき散らし、周囲に大きな被害を齎す。

 危うく巻き込まれかけた立香だが、間一髪、頼れる後輩が身丈を超える大きな十時盾を構え、立香を庇うように前に出てくれたお陰でやり過ごせた。

 

「すまない! ありがとう、マシュ!」

 

「いえ! それよりも先輩、アレを!」

 

 見慣れた白衣の姿から一瞬にして紫の鎧と大盾を携えた戦士に換装したマシュに礼の言葉を投げる。

 それに対しマシュは眼前の脅威(・・)に警戒と臨戦態勢を取りつつ、己が主に持ったの脅威を指さした。

 

 眼前──そこでは二体の人外による戦闘が繰り広げられていた。

 

「捧げよ……捧げよ……その命ッ!!」

 

 吼えるは狂奔する一匹の獣。

 人型、徒手空拳という身なりにも関わらず拳の一つ一つがアスファルトの地面を砕き、破壊し、灰塵と化していく。

 

「くっ……三月兎の狂乱!!」

 

 もう一方はまだ年端もいかぬ少年。

 何処か童話染みた村子供が身に纏いそうなやつれた衣服に先の尖った緑色のニット帽のようなものを被っている。

 少年が言葉と共に手を翳すと今にも少年を粉砕せんと迫った拳を凍える息吹が妨害してみせる。そして勢いを失った拳を少年は回避した。

 

「いい加減、消えて!」

 

 声変わりをする前の少女染みた中性的な声で以て目前の脅威を嫌がるように少年が叫び、次いで局地的な暴風を吹かせた。

 少年が行使する神秘の具現……それは紛れもなく魔術。

 しかし同時に一工程(シングルアクション)で行われながらも、それに見合わない神秘を吹かせる魔術の冴えは断じて年端のいかぬ少年の技ではない。

 

 いや、そもそも破壊と狂乱をまき散らす獣を相手に、獣に及ばぬも人外的な身体能力と魔術行使を行うその姿は断じて人の領域に留まるものではない。

 

 それに気配、何処か存在そのものが神秘染みて感じられるそれは……。

 

「サーヴァント!?」

 

 嘗て存在した偉大なる者たちの残影。

 或いは境界記録帯(ゴーストライナー)と呼ばれる最上級の使いまである。

 

 二体のサーヴァント。

 恐らく行使する戦闘技法からして狂戦士(バーサーカー)魔術師(キャスター)。しかも件の狂戦士についてはその見た目から立香には覚えがあった。

 

「そんな……カリギュラ!?」

 

 古代ローマの第三皇帝。

 立香が戦い抜いた人理焼却事件では第二特異点セプテムで共闘した古代ローマ第五皇帝、ネロ・クラウディウスの叔父であり、実際に敵対したこともある人物。

 後のカルデアでは協力者として共闘したこともあるサーヴァントだ。

 

 敵として戦い、味方としても戦った存在。

 それがどうしてか、この壊れた東京に存在し、あまつさえ戦っている。

 その現実に立香は名状しがたい感覚を覚える。

 

「そちらも無視できませんが……! それよりもマスター、あの少年が庇っているのは……!」

 

 そんな立香にマシュは共感しつつも、バーサーカー・カリギュラと戦う少年のサーヴァント……厳密には少年のサーヴァントが背後に庇う存在を指摘し、何処か焦ったように声を張る。

 

 視線の先……少年のサーヴァントが庇う背後には人影があった。

 少年のサーヴァントと同じぐらいの体躯……即ち子供。

 

 二体の人外とは異なる正真正銘ただの子供が目尻に涙を浮かべつつ、身を縮ませて震えながら悲鳴を叫ぶ。

 

「嫌だぁぁ! 嫌だよ、助けてよ、パパぁ! ママぁ!!」

 

「……大丈夫、大丈夫だからね。きっと守るから!!」

 

 その姿、無垢にして無力な子供はやはりただの子供。

 文字通り巻き込まれただけの無辜の民草だった。

 

 今も狂乱する獣に怯え、縮こまる子供を庇いつつ、少年のサーヴァントはあやすように微笑みを浮かべて見せるも、笑顔はどこか強張っている。

 内情をある程度知る者ならば少年のサーヴァントが内面に押しとどめる苦渋の感覚を察せられるだろう。

 

 無力な子供を背に、魔術師(キャスター)のサーヴァントが狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントに立ち向かう。

 

 どう考えても絶対的に不利だった。

 キャスターはクラス上、とても正面戦闘には向いていない。

 本来、謀略と陣地作成による場所の優位と事前の準備を以て、敵を迎え撃つか、或いは謀殺することを得手とするのがキャスターというサーヴァント。

 

 だが、この戦闘は明らかにキャスターが得手とするそれらから逸脱している。不意の遭遇戦、敵は暴れるだけで敵を(ころ)せるバーサーカー。

 しかも背後に護衛対象がいるとあれば、状況は最悪も最悪だった。

 

 そんなキャスターの心情を知ってか知らずか、嘲弄と憐れみの乗った声がキャスターに降りかかった。

 

「いやあ、悪いね。おじさんとしてはただの子供を殺めるのは気が引けるんだけど、何分、これは戦争(・・)だろう。せっかく浮いた駒は摘み取らないとねぇ。子供のマスター(・・・・・・・)は東京ドームか東京病院を仕切る『七大天使(セブン・クラン)』が保護していると聞いていたが……運が良い」

 

 バーサーカーの背後、ビルの物陰から現れたのは一人の男。

 何の変哲も無いジャケットにズボン、革のブーツと黒いグローブと、これといって特徴のない、言うなれば街で見かける一般的な男性像。

 見てくれから歳ほどか三十代から四十代という中年だ。

 

 苦戦するキャスターと怯える子供を見ながら男は苦笑するように続ける。

 

「ま、取りあえず逃がす気は無いから諦めてくれ。おじさんもこんな戦いに巻き込まれるのは不本意だが、こっちも生き残りたいし、ついでに報酬の何でも叶える資格っていうのにも興味がある。ていうことで死んでくれ」

 

 何気なく続けられる死刑宣告。

 それは徹底的に利己的な、言うなれば俗物的な言葉。

 弱い敵から刈り取るという人でなしな発言だった。

 

「嫌な、大人……(ワタシ)は貴方みたいな人に負けない!」

 

「言ってろ、言ってろ、キャスターのサーヴァント。だが、長引かせると他の連中も噛みついてくるからな……悪いが決めさせて貰うぞ」

 

 言って、男はもう一度だけ憐れむように首を振り、

 

「やれ、バーサーカー」

 

 無慈悲にそう告げた。

 

「ぐ、おお、オオオオ、ネロォ! 我が娘……捧げよ、月、オオオォォォオオ!!」

 

 男の言葉にバーサーカーが暴走列車染みた突撃を敢行。

 それに対し、キャスターは何処からか使い魔を召喚し対応する。

 

 トランプに手足が生えた、まるで童話のような使い魔たち。

 文字通り、トランプの戦士たちがバーサーカーの狂奔を止めようと剣や槍を携えて健気に遅いか掛かる。

 

 しかし纏わり付くトランプの兵隊たちをバーサーカーは技など欠片もない純然たるパンチやキック、ただそれだけで鎧袖一触する。

 暴れるだけで破壊をもたらすバーサーカーならでは派手な破壊。

 虚飾を持たない暴力があっという間にトランプの兵隊を捻じ伏せる。

 

「くっ、この!」

 

 圧倒的な暴力で距離を詰めるバーサーカーにキャスターは魔術攻撃で応戦するものの、それさえ僅かにバーサーカーの速度を削ぐに留まる。

 もはや絶体絶命。バーサーカーの拳がキャスターごと背後の子供を叩き潰さんと迫る……見てられるのはそこまでだった。

 

「マシュ!!」

 

「はい!」

 

 激突──バーサーカーの拳をマシュの盾が弾き飛ばした。

 

「え──」

 

 呆然とするキャスターのサーヴァント。

 想定外の援軍にキャスターは目を見張り……。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 バーサーカーを押しのけながら純粋に心配の言葉をかけるマシュ。

 その善意に、一瞬、キャスターは返す言葉を失う。

 

「うん? ……あー、もう食い付いてきたのか」

 

 早いねェ……と大して中年の男はぼやくように呟く。

 予想外に対する驚愕はない。やっぱりこうなったかというある種確信めいた苦笑すら浮かべて余裕だという表情だ。

 

「貴方は……何なんですか!? こんな、年端もいかない子供を狙って!」

 

「可笑しな事を言うねえ。可憐な少女のサーヴァントちゃん、事は戦争だ。だったら斃しやすい駒から狙うのは当然の合理性だろう?」

 

 マシュの言葉に何を今更と肩を竦めて言う。

 そこには力なき幼子を殺す事への躊躇いなどは一切無かった。

 

「っ……先輩」

 

「……どうして、この子を狙うんだ」

 

 男の態度にマシュは思わず顔を顰め、傍に立つ立香に目を向けた。

 立香はマシュに庇われながら、なるべく平静を保ちつつ疑問を慎重に問うた。

 

 ──そもそも立香もマシュも事態が把握できていない。

 突如として東京らしい場所に召喚された上、目の前ではサーヴァントが交戦していた。

 しかも状況を見るに、キャスターが庇う子供は本当にただの子供でありながら、サーヴァントを引き連れており、またそれを狙う目の前の男もバーサーカーを率いているのは明らか。

 

 もしや彼らは自分と同じ──と半ば確信しつつも情報を引き出すため敢えて立香は無知を装い問いを投げた。

 それが功を成したのか、男は目を見開き、次いで呆れたようにため息を付く。

 

「おいおい、何だその愚問は。何故、そいつを狙うかって? 知れたことを、そいつがキャスターのマスターだからだよ。これは聖杯戦争(・・・・)だぞ? 他のサーヴァントを潰すのは当然の処置だろうに」

 

「聖杯、戦争……?」

 

 男が口にした単語に思わず立香は復唱してしまう。

 聖杯──それは魔術世界に伝わる万能の杯、あらゆる願いを叶えるという代物。

 取り分け、聖杯を巡る戦い聖杯戦争においての聖杯と言えば、ある魔術一族が極点を目指して設計した超級の魔術儀式において使われる器を差す。

 

 これまで藤丸立香が人類最後のマスターとして特異点を旅した際には超級の魔力炉心としての聖杯を幾つも蒐集してきた。そのため聖杯という言葉はある意味では馴染み深く、同時に因縁のある代物だ。

 

「聖杯戦争……確かそれは冬木で行われる……?」

 

「フユキ? 何言ってんだ? 東京の聖杯といやぁ、聖堂教会が持ち込んだ模造聖杯の事だろう? 最も今回の主催者は聖堂教会じゃなくて奴だが……ていうか、だ。そんな基礎中の基礎はクリプターとか言う奴が一番初めに説明していたことだろうが。お前さんらは一体、何を聞いていたんだ?」

 

 男の言葉にマシュと立香は驚愕する。

 ……クリプター、あの『魔人』加藤光影がこの事態を引き起こしたというのか?

 

「ふむ……妙な奴らだな。この状況で益もねぇ人助けをする連中なんて『七大天使』の連中ぐらいかと思ったが……」

 

 訝しむ男。

 それに対してマシュが言葉を返す。

 

「私たちはカルデアという組織です。貴方こそ一体何者なのですか? 見たようではバーサーカーのマスターの要ですが、それにクリプターを知っているということは貴方は異星の……」

 

 サーヴァントのマスターであり、クリプターを知る男。

 状況は分からないが目の前の男が立香たち以上にこの世界を知るのは間違いないだろう。

 マシュは立香にアイコンタクトで同意を得つつ、敢えてその名を口にした。

 

 汎人類史の代表として、彼らに抗う自分たちの名を。

 

 瞬間──男が驚愕の表情を浮かべる。

 ……次いで、

 

「……はは」

 

 目を限界まで見開き、身体を震わせ、

 

「はは、ははは、ははははははは!! ……カルデア! カルデアと来たかお前たちが! ははは! そうかお前たちが……お前たちが俺らの世界をめちゃくちゃにしやがった『世界の敵(・・・・)』かッ!!!」

 

 ──赫怒の咆吼を轟かせた。

 それは狂喜であり、度しがたいほどの怒り。

 矛先を向けられた立香とマシュが思わず竦むほど途方もない。

 

「ハッ! そういうことなら話は早い……バーサーカー! そいつらを殺せェ!!」

 

「オオ、オオオオォォォォォォ!!」

 

「な、くっ……マシュ!」

 

「はい、敵サーヴァント・カリギュラ、戦闘を開始します!!」

 

 男の言葉に応じるよう、沈黙していたバーサーカーが再び飛びかかる。

 今度は子供ではなく、立香とマシュへと。

 その明確な敵対行為に立香たちはやむを得ず戦闘へと移行する。

 

「オオオッ! 捧げよ! 捧げよッ!!」

 

「ハアアアアアアッ!!」

 

 先攻はやはりバーサーカー。武器も持たぬ徒手空拳のまま、マシュへとその拳を振り下ろす。

 無骨な力を込めただけの一撃。

 しかしその膂力、威力の程は先ほどの観戦から、また過去の戦闘記憶から二人は重々承知だった。

 

 振るわれる一撃に対してマシュは真正面から受けず、僅かに盾を傾けて受けることにより衝突威力を引き下げる。──だが、その上で。

 

「ぐうぅぅぅ!」

 

 土煙を上げながらマシュは地を擦り、押し下げられる。

 完全にとまでは言えないものの、敵を知った上での万全の対応。

 それでもバーサーカーの一撃は強烈だった。

 

「オオオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

 バーサーカーが雄叫びを上げて殴り、殴り、蹴り飛ばす。

 戦闘する上での武術的な色合いは皆無であり、ただただ純粋な暴力が振るわれるのみ。

 その暴力のみで優れた盾兵であるマシュをバーサーカーは圧倒する。

 

「ハッ、お前さんのサーヴァントが何のサーヴァントかは知らねえが、大したもんだな。真正面からバーサーカーの一撃を守ってみせるなんて。流石は『世界の敵』」

 

「『世界の敵』? それはどういう意味で──」

 

「そのまんまの意味さ。クリプターから聞いてるぜ、汎人類史。テメエらの目的が俺たちの世界を消すことにあるってなァ!」

 

「それは……!」

 

 男の言葉に思わず立香は唇を嚙む。

 自分たちの歴史──汎人類史を守る戦い、それは確かに自分たちの世界を救うための戦いであるものの、同時にそれは他の歴史を切り捨てる行為でもある。

 

 時代を白紙化させた異聞帯、それを切除し、消すということはそこに住まう人々を、そこまで続いてきた歴史を自分たちの世界のためとはいえ、切り捨てる。言わば一つの世界を殺すに等しい。

 今までの異聞帯に纏わる戦い……そこでも立香はその事実に苦悶し、今も迷い続けている、果たして自分は正しいのかと。その迷いの根源を、切り捨てられる人間にとっての現実を今突きつけられた。

 

「……そうだ、俺たちはただ普通に暮らしていただけなのに。クリプターだの、空想樹だの、聖杯戦争だの……全部、全部お前たちのせいなんだろう!? お前たちが俺たちを殺そうとしてきたからッ!」

 

「違う、俺たちは……ッ!」

 

 俺たちは……何なのだろうか。

 果たして如何なる切り捨てる側の如何なる発言が切り捨てられる側の者を納得させるというのか。

 

「俺は、俺たちは死にたくない!! 死にたくないから殺す! そうだ、そのためのサーヴァント、そのための聖杯だ! 俺は生きる、生きるんだ……バーサーカーッ!!」

 

「オオオオォォォオォォォオオオオ!!」

 

「ぐっ……ぁ!」

 

 バーサーカーが吼える。怒れる主と同調するかの如く、一撃一撃の威力を格段に跳ね上げながら。

 マシュは何とか防ぎ続けるのものの、めまぐるしく変わる事態にキチンとした戦闘態勢が、心構えが十分に取れていない。それにマシュだけではなく限らず立香も同じだ。

 

 状況は不明瞭、事態は不明瞭、この世界が何なのかもまだ分からない。

 文字通り、今の彼らは嵐に振り回される遭難船のようで……。

 

 

「そこ、射なさい。アーチャー」

 

「あいよ、姐さん」

 

 そして──事態は更なる混迷を極めた。

 マシュとバーサーカーが交錯する……その刹那に二人の足下が爆発する。

 立ち上る紫色の硝煙。突然の事態に双方は同時に飛び退き……。

 

「く、ぁ……こ、これは……毒……?」

 

「グオオオォォォォオォォォ!?」

 

 マシュは苦しげに首を押さえつつ、思わず膝をつく。

 ……マシュだけではない、バーサーカーも苦悶の声をあげた。

 それは第三者による不意の攻撃……戦う二人の隙を狙った容赦の無い不意打ちだった。

 

「ありゃ? 避けられたか。でもま、一応喰らったは喰らったみたいだし、上々って感じか」

 

「タイミング的には完璧だったはずだけれど……それだけサーヴァントという存在が常識では測れないということかしら? でもまあ、私たちの役目は果たせたから良いでしょう」

 

「貴女たちは……」

 

「ロビンフット!?」

 

 不意打ちを放った第三者。その姿を見て二人はまたも驚く。

 敵対する男や庇う子供と同じく、第三者の片割れは何の変哲も無い女性だった。

 

 如何にも仕事が出来るOL然とした女性だ。

 男と同じく、紛れもなくただの一般人にしか見えない。

 しかし女に侍るのはやはりというべきか、サーヴァントだった。

 

 それもその顔には見覚えがある。

 嘗て第五特異点で志を同じくする戦友として戦い、これまたカルデアに召喚された経験もあるクラス・アーチャーのサーヴァント……英国で語り継がれるシャーウッドの森の義賊、ロビンフット。

 

 見えたその日と変わらぬ姿で彼は女性のサーヴァントとして在った。

 

「……俺の名前を一目見て当てやがっただと? こりゃまた……姐さん」

 

 立香との記憶が無いのだろう。

 それ即ちカルデアに召喚された記録のない彼ということだが、背景を知る立香たちと違い、初見に等しい状態で自身の真名を当てられたことにロビンフット、アーチャーは警戒の色を見せる。

 そしてそれはマスターの方も同じだった。

 

「どうやらただ者ではないようね……佐竹先輩」

 

「ああ──最優先で討伐する。潰せ、セイバー。盾のサーヴァントとあの少年を」

 

 と──女が呼びかけるとまたも知らぬ第三者が声をあげる。

 女の片割れに現れたのはスーツ姿の男だ。

 佐竹と呼ばれたその男は例によって魔術師でも何でも無いただの人。

 傍目から連想できる関係としては女の仕事仲間と言ったところか。

 

 だが、只人であるはずの仕事仲間もまた、サーヴァントを引き連れていた。

 

「おう! 任せとけや」

 

 景気よく言って現れたのは一人の老兵。

 明らかに見た目は還暦を超えているだろうに、何処か子供染みた稚気の笑みを浮かべつつ、歴戦と戦士たる証と言わんばかりにその両腕は、黒い義手だった。

 

 カルデアや過去の記憶からは出会ったことのない人物であるものの、ただあるだけで現実を圧すその威容、それは紛れもなくサーヴァント……。

 

「一体どうなっているんだ……」

 

 呆然と、立香はうわごとのように言った。

 此処に揃う人物たち。

 それは紛れもなく魔術師でもない、ただの一般人のはずなのに誰一人例外もなく、本来は資格なしに率いることが出来ないサーヴァントたちを率いている。

 

 即ち──全員がマスター。

 

 卒倒してしまいそうな現実がそこにあった。

 

「……マス、ター」

 

「ぁ……マシュ! 大丈夫か!?」

 

 苦悶の表情を浮かべながらも気づけば立香を庇うように再びマシュが立ち構える。

 その有様は明らかに満身創痍であった。

 立香はハッとしてマシュを気遣い、同時に自身が着纏う魔術礼装に干渉する。

 

 元一般人である立香は通常の魔術師のよう魔術を容易く扱えたりはしない。

 しかし、彼が纏うこの衣服……魔術が使えない者のため調整されたコレは魔力を通すだけで魔術を行使することを可能とする特殊な礼装なのである。

 

 一方的な召喚だったため本来の礼装ではなく、カルデアで支給される一般制服だが、これでも簡易的な回復魔術程度ならば十分に行使することが出来る。

 

「今、治療を!」

 

「いえ、それよりも戦闘のバックアップを……。まずはこの状況を切り抜けなくては」

 

 言ってマシュはやんわりと魔術を行使しようとする立香を抑え、臨戦態勢を取る。

 

 ──状況は間違いなく最悪だった。

 バーサーカーを引き連れた男に加え、新たにアーチャー、セイバーの参戦。

 未だ事態は掴めぬまま敵に囲まれ混迷の一途を辿っている。

 

 しかも、相手は此方を明確に敵視している。後の二人は不明だが、少なくともバーサーカーのマスターは明確な怒りと殺意を此方に向けた、『世界の敵』、と。

 

『どうする? どうすれば良い……!』

 

 立香は拳を握りしめ必死に思考を回す。

 状況を掴むためにもまずは此処を切り抜けなくては話にならない。

 しかしマシュは先の毒で既に満身創痍、それに対し敵は複数。

 毒の巻き添えを受けたバーサーカーはともかく、アーチャーとセイバーは未だ無傷で健在。

 

 正しく──絶体絶命。そんな言葉が脳裏を過ったその時だった。

 

 

「一人の敵を複数で袋だたき、随分と品のないマネをするのね貴方たちは」

 

 

 コツ、とヒールの音を立てて少女の声が響いた。

 歩は一歩一歩、コツコツと音を立てながら迫る。

 声一つ、にも関わらず不思議と空気が緊張に満ち、知らず身体が威圧される。

 

「合理性を追求するなら正しい行為なのでしょうけど、それは強者が相手の場合の話。虫も殺せなさそうな弱い人を態々、囲んで潰すのは自らの品位を下げるわよ。こうでもしなきゃ戦えない、なんて思われるわ」

 

 優雅に毒を吐きながら、一人の少女が物陰から現れた。

 風に靡く漆黒の黒髪、朱色で、目を引く宝石のような瞳。

 女王様然とした口調と衣服のように纏う王気は紛れもなく、貴種のそれ。

 

 場に集う一人……アーチャーのマスターが戦慄するよう思わず叫ぶ。

 

「そんな、何で貴女がこんな所に……」

 

「愚問ね。私は聖杯戦争の参加者よ。だから此処に居るのよ、勝利するために」

 

 黒髪の少女はフンと鼻を鳴らしながら何処か女を威圧するように言う。

 そして女から視線をふと、立香の方へと動かした。

 

「それに──気になる気配も感じましたしね」

 

「………」

 

「まあ、それは取りあえず置いておきましょう。貴方には少し聞きたいことがあるの。だから付いてきてくれないかしら? そうね、協力の前報酬としてまずは貴方たちを助けてあげるわ」

 

 黙したまま困惑して少女の視線を受け止める立香に満足したのか、少女は微笑を浮かべて一方的に言い放った。複数の敵に囲まれたこの不利な状況、援軍一人、それでも覆らない数的不利にあって少女は堂々と、女王が如く己が家臣へと命じた。

 

「セイバー、邪魔者を払いなさい」

 

「──Yes(了解)your(我が) majesty(女王)

 

 少女が命じると音もなくサーヴァントは家臣の礼を払いながら悠然と剣を構える。

 威風堂々──漆黒の髪をかき上げながら少女、玲瓏館美沙夜は態度で以て宣戦布告を下した。


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