Fate/Catastrophe   作:アグナ

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楊貴妃に会いたいだけの人生でした……。


ACTー4 序列第二位

「世界の危機に動ける人間は得てして限られる」

 

 ──絶景だった。

 退廃の道を辿り、もはや役目を果たしていない電波塔。

 魔都を広く見渡せる発展の象徴でもある場所。

 

 名を東京タワー。

 高さ333メートルの巨塔から魔都を睥睨する。

 崩れ去った嘗ての名残は無惨であるが美しい。

 

 芸術など魔術以上の興味を持たない彼だが、この光景には感じ入るものがある。

 退廃的なものは耽美だ。

 時が流るる事への儚さ、過去を思わせる追憶。

 

 例えこれが地獄から生まれ出でた産物であると知っていても、或いは知っているからこそ余人に理解できない感性で彼は今尚続く地獄の戦場を美しいと思う。

 だからこそ、か。

 ふと彼は沈黙する傍らの従者に言葉を発していた。

 

「いや世界の危機に限った話では無い。私たちで語るならば魔術。彼ら、真実を知らぬ無辜の民に親しい概念ならば政治や商いか──。社会や世界といった人々の衆、そういったモノを動かすルールは総じて伏せられる」

 

 例えば国の舵取り。

 例えば大企業の戦略。

 例えば魔術世界の存在。

 

 規模に限らず、無辜の民が真実を知ることは極めて少ない。

 名も無き人々が社会を支えている、というのは当たり前の常識なのに肝心要の社会を動かすのは常に限られた人間の、限られた知識と見識だ。

 

「現状に合わせて例を取るならば──カルデア。人理保証機関を名乗る彼らは僅か数人のスタッフとたった一人のマスターで世界を救おうと奔走している。まあ、彼らの場合は味方すべき人類が、難題が立ち塞がったときに不在だということもあるのだろうがね。ともかく、社会を、世界を動かすような大きな事件、大きな選択を迫られたとき、居合わせるのは常に限られた人間だけだ」

 

 物語でも現実でも。

 大事な場面や事を知るのは常に限られたものたち。

 いわゆる主役主演と呼ばれる存在である。

 

 彼らは余人には持ち得ぬ力を、知識を、財産を有し、運命の中心に立っている。

 70億の人類が居るのにも関わらず、十億の民が暮らす国があるにも関わらず、十万人の社員がいる会社であるにも関わらず、大多数の人間を纏め、導き、助けるのは舞台に挙がった僅か十数名ばかりの役者だ。

 

 そこには大逸れた背景(ドラマ)を持たぬ、役者など一人も居ない。

 主役に有りがちな巻き込まれたという事実さえ、演者たる資格を得たという前には消え失せる。カルデアに残った最後のマスターのように。

 

「それを悲しいと私は思う。悔しいと、私は思うのだ」

 

 だって、それでは余りにも意味が無い。

 世界にはこれだけの人々がいるのに。

 実際に動かすのはいつだって極少数の主役主演だ。

 

 まるで巨大な機械を動かすために必要なのは動力と入力装置だけと言わんばかり。機械を構成する歯車など要らぬと言っているようなものだ。

 

 確かに限られた者たちの輝きは美しい。

 愛、友情、信念、決意……それら尊ぶべき善の輝き。

 彼が愛する光の強さは、おおなんと眩しく美しいことか!

 

 好きなのだ、そういうのが、感涙に噎ぶほどに。

 しかしそういったものを見せてくれるのは常に限られた役者達。

 何故か……彼らが選ばれた者だからだ。

 

 恋人に捧げる愛。

 学友と交わす友情。

 心根に抱いた信念。

 何かを貫くため決意。

 

 それは誰もが当たり前に持っている輝きなのに。

 輝きを見る機会は驚くほどに少ない。

 彼は知っている。

 

 愛が日の目を見ずに枯れていく恋人たちの話を。

 夕日に交わした友情が薄れゆく友人たちの話を。

 

 描いた理想と信念が日常に押しつぶされた話を。

 決意する機会に会うことなく一生を終える話を。

 

 この平和な日常。

 淡々と過ぎる時間に輝きは簡単に掠れる。

 そして気づけば、心に退廃の風が吹くのだ。

 

 嘗て輝いていた人間が灰色に染まる様は悲しすぎる。

 

「どれほどの熱意を持っていても機会が無ければ意味が無い。舞台役者を選ぶ運命が認めなければ、輝きを発揮することは無い」

 

 “世界”を動かすのは常に限られた人間だ。

 だからこそ、機会を与えられた彼らしか輝けない。

 輝きたくても舞台を見上げるだけの余人では機会が無いから。

 

「間が悪かった……そんな言葉で納得出来るほど、人間の感情は安くない。言葉の本質が諦めである以上、私はその言葉に否を唱えよう。間が悪かったなどという言葉で済ませて良いほど人々の輝きは安くないのだと」

 

 故に我が望みは光輝の明星、聖光世界(ニライカナイ)

 主役も端役も傍観者も、誰もが輝ける理想の世界。

 

「誰もが当事者(しゅじんこう)であって欲しいと私は願っているよ」

 

 だからこそ、さあ、ようやく運命は到来したぞ?

 遙か眼先に見えるは運命の主演達(カルデア)

 再び世界を救うため、世界を滅ぼすものたち。

 

 奴らを敗北すれば世界は滅ぶ。

 奴らに敗北すれば未来は潰える。

 

 世界が選ぶ正しきは『汎人類史』

 異聞帯(彼ら)の間違った歴史は破棄される。

 

 だが、間違っているから?

 空想の歴史だから?

 正しさのために死ねと、それで納得しろと?

 

「昨日まで善良に暮らしていた傍観者(きみたち)は思うはずだ。巫山戯るなと理不尽であると」

 

 しかし運命に恵まれなかった彼らはそれを知る事すら無かった。

 滅びの使者を、滅びの使者と認識することさえ出来なかった。

 抗う権利さえ、傍観者達には存在しなかったのだ。

 

 「だから与えた、剣と権利を。故に後を選ぶは各々の自由。

  ──さあ、お前達の物語(かがやき)を見せてくれ」

 

 爛々と、彼──加藤光影は見下ろす。

 先んじては『七大天使』。

 この地で大勢力を築いたマスターとの遭遇か。

 

序列第二位(ケルビム)のセイバーか。まあ、カルデアがこの世界を知るには相応しい配役と言えるだろうな、オマエはどう思う? アヴェンジャー」

 

 熱のこもった独白から、ようやく問いへ。

 視界の主役達から視線を切り、従者に目を向ける。

 恍惚とした愉悦混じりの視線に従者は──。

 

「──南……無……──………────」

 

 亡霊のように、吐息を漏らした。

 

 

 

 

「セイバー、邪魔者を払いなさい」

 

「──Yes(了解)your(我が) majesty(女王)

 

 現れただけで場を支配した鮮烈な女性が命を下す。

 命令に答えるは騎士然とした一人の従者。

 

 美形である。

 整えられた金髪も、白皙の肌も、蒼鋼(メタルブルー)の両眼も……。

 纏う衣装は貴人のもの、立ち振る舞いは騎士。

 

 さぞ誉れあるだろう従者は、透徹した声で主の命令を執行すべく、白銀の長剣を悠然と構えた。

 そして瞬間……圧倒的な重圧が場に落ちてくる。

 

「「「ッ……」」」

 

 立香とマシュが。

 セイバーとそのマスターが。

 アーチャーとそのマスターが。

 

 歴史に名高き英雄とその主が背に戦慄を奔らせる。

 ただ構えただけ……構えただけなのに……なんと言うことか。

 

(間合いに飛び込んだから……首が飛ぶ──!)

 

 数多の困難をくぐり抜けてきた立香をして確信する。

 あの剣士……今まで見てきた中でも選りすぐりだ。

 宮本武蔵や佐々木小次郎……李書文やスカサハ……。

 

 技量において頭一つ抜けたサーヴァント達を想起するほど圧倒的な圧。

 あれは間違いなくトップサーヴァントと呼ばれる領域の達人だ。

 

 誰もが怯み、硬直した。

 なまじ理性と直感が正常に機能しているが故に。

 ──だからこそ真っ先に動いたのは理性無き獣であった。

 

「おお……オオオォォッ!! 月が! 女神が見えるッ!!!」

 

「な、待てバーサーカー! 無闇に──ッ!!」

 

 地を蹴り、飛び出すはバーサーカー。

 月女神に狂された憐れな皇帝。

 主の静止も聞かぬまま、力任せの徒手空拳で挑む。

 

「オオオオォォォオオオォオォォ!!!」

 

「……来るか。それも良いだろう」

 

 力任せとはいえ、その膂力をしてA+。

 英霊での上位に位置する力はただ叩きつけるだけで凡百のサーヴァントを薙ぎ払うだろう。にも拘わらず騎士は悠然とした態度を崩さない。

 剣を構え、眼前にしかと狂戦士を認め、油断なく隙無く構えている。

 

 

 

 刹那────紗蘭(しゃらん)と音が響いた。

 

 

 

 耳触りの良い音色。

 ともすればよく出来た音楽家が奏でる弦楽器のようなそれは──。

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!?」

 

 狂戦士の悲鳴に正体を現す。

 それは剣閃……ブレなく歪み無く、余りにも美しい剣閃が奏でる音色だった。

 聞き入るような剣閃を受けた狂戦士は一瞬にして振りかぶった右手ごと右腕を切り下ろされていた。

 

「なっ、そんな馬鹿な!!」

 

 戦慄するバーサーカーのマスター。

 狂戦士は確かに暴れるだけの能なしだが保有する能力は桁違いだ。

 高ランクに纏まった基礎ステータス。

 それはただ殴る蹴るだけで他を圧倒するほどのもの。

 

 例えどれほどずば抜けたサーヴァントが相手でもこんなにも容易く五体を切り落とされるなどあり得ないはずである。

 しかしあり得るはずが無いことが現実となっている。

 

 ならばもはや疑うまい。

 敵手はステータス頼みでは一蹴されるほど強力なサーヴァントであるのだと。

 だが暴れるだけのサーヴァントと魔術の使えぬ一般人(・・・)

 出来ることなど……。

 

「クソ!! 宝具だ! 宝具を使えバーサーカーッ!! こんなところで死んで堪るかぁぁぁぁ────!!!」

 

 怒声とともに右手首を掲げる。

 そこにあるのは四枚羽の天使のような紋様。

 サーヴァントへの三回切りの絶対命令権──令呪である。

 

 使い方によってはサーヴァントを強化する魔術(ブースター)となり得るそれをバーサーカーのマスターは躊躇無く切り……。

 

「否──遅い」

 

 紗蘭──と発動する間もなく狂戦士の首が飛んだ。

 一歩遅く、発動した令呪は真紅の輝きを放つ。

 そしてアッサリと痕跡ごと消え失せる。

 

 同時に青白い燐光をばら撒きながら霧散していくバーサーカー。

 人類史に名を残したはずの英雄は呆気なく瞬殺された。

 

「強い……!」

 

 思わず再三の戦慄が口から漏れ出る。

 あの剣士、見覚えも正体も一切分からぬが桁外れに強いサーヴァントであることは幾度も英霊と出会ってきた立香をして疑うべくもない。

 

 その傍ら、立香が剣士のサーヴァントの強さを目の当たりして慄くのとは別に、剣士のサーヴァントのマスターにこそ戦慄していたアーチャーのマスターが口を開く。

 

「ど、どうして貴女が態々、こんな所に、こんな場所に! 玲瓏館の領域(セクター)は此処じゃないはずでしょう!?」

 

「あら? 何度も同じ言葉を言ってあげなければ理解もできない屑なのかしら、貴女は。既に理由は宣したはずよ? 勝利する、と。なら他のマスターの排除に乗り出るのは当然でしょう?」

 

 嘲るように冷笑する玲瓏館美沙夜と名乗った女主人。

 アーチャーのマスターはその返しに歯がみをする。

 

「──玲瓏館」

 

 黙り混んだアーチャーのマスターの傍ら。

 今度はセイバーのマスターが美沙夜の前に進み出る。

 

「此処は序列第七位(アルヒャイ)領域(セクター)だ。此処に攻め入るというのがどういう事か分かっているのか?」

 

「ええ、『七大天使』がそれぞれ有する領域(セクター)に攻め入れば各『七大天使』が庇護するマスターたちも敵になる──それがどうかしたのかしら?」

 

「どうかしたのか……だと? 貴様、分かっているのか! 如何に杯に選ばれた英霊を連れていようともそれは一、二段の霊器差違でしかない! 英霊と神霊という様に隔絶した性能差が無い以上、結ばさせれた(・・・・・・)俺たちのサーヴァントでも徒党を組めば……」

 

「知っているかしら? 幾ら数を揃えても枯れ木は薔薇の美しさには叶わない。まず徒党を組めば私を倒せると考えている時点で話にならないわ。一人じゃ敵わない、なんて自分で言う負け犬たちに私が遅れを取るとでも? ふふ、程度を知りなさい──駄犬」

 

 嘲りを通り越した侮蔑。

 興が冷めるとばかりに高圧的な態度で美沙夜は挑発する。

 いや、挑発では無かったのだろう。

 

 単に彼女の感性に反する相手だった。

 だから結果的に挑発するような態度になったと言うだけ。

 その侮りに男は怒りを爆発させる。

 

「ッ! 思い上がるな女狐! ──殺せ! セイバーッ!!」

 

「無慈悲に切り捨てなさい、セイバー」

 

「へい了解、っと!」

 

「御身の望むままに我が主(マイ・マスター)

 

 黒腕の騎士と女王騎士がともに主の命を聞いて駆け出す。

 剣士クラス対剣士クラス。

 通常の聖杯戦争では起こりえない戦闘が此処に勃発する。

 

「アーチャー、私たちも戦うわ! あのムカつく女を此処で殺すわ! 領域(セクター)を有する『七大天使』の一人を殺せば私たちの生存率も上がる!」

 

「了解だ、マスター……んじゃ、いっちょ仕事を始めるとするか」

 

 セイバーのマスターの行動に合わせ、アーチャーのマスターも行動を起こす。

 両者は共闘関係にあるのだろう。

 美沙夜を討てとの命を受けたアーチャーは開戦した二人のセイバー……ではなく美沙夜を視界に収め、片手に装備する翠色の弓で何の躊躇いもなく英霊ではなく、そのマスター……美沙夜に向けて矢を放った。が……。

 

「合理的だけれど野蛮ね、弓兵(アーチャー)。英雄としての誇りは無いのかしら」

 

 バチン! と美沙夜に直撃する寸前、何かに弾かれた。

 強力な自動防御──現代魔術師の仕事では無い。

 恐らくは彼女が同盟、ないし庇護するマスターのサーヴァントによるもの。

 

「チッ──ノコノコとただ戦場に出てきたってわけじゃあ当然ねえか」

 

「自分よりも弱い敵を見つけたら叩く、自分よりも強い敵を見つけたら逃げるか仲間を呼んで徒党を組む……そんな偶発的な戦闘ばかりを繰り返す貴方のマスターと一緒にしないで頂戴。強きも弱きも、どうあれ刃向かう敵は容赦なく加減なく叩き潰す、当然でしょう」

 

「……そうかい、俺としちゃあ油断してアッサリ死んでくれると嬉しいんだが」

 

「そう、それは叶わないわね。だってあっさり死ぬとしたら貴方よ」

 

「──我が主に無粋は止せ、弓兵の英雄よ」

 

「ッッ!! ──く、おお!?」

 

 剣閃の音色が鳴り響く。

 美沙夜と言葉を交わしていたアーチャーが咄嗟に身を翻して引くと僅か数瞬の差で視認できないほどの速度で脅威の剣閃がアーチャーの居た場所を抉る。

 アーチャーの身代わりに粉砕される地面。

 だが、威力と速度に反して破壊痕は小さい。

 

 恐らく周囲に巻かれる衝撃が微細だからだろう、力が一点に絞られている。

 全く安心できない要素だった。

 何故ならそれは使い手が僅かな無駄な力の流出も許さないほど剣を振るう腕から剣先まで隙無く制御下にある卓越した達人という証明であるから。

 しかもこの男、こちらのセイバーとやりやってたはずだ。 

 

「悪いな、同盟者(アーチャー)! やっぱり一人じゃキツイわ!」

 

 頬に冷汗を浮かべながら同盟者のセイバーが詫びる。

 このセイバーとて決して弱い英霊では無い。

 にも関わらずこうもあっさり抜いて来るとはなど、桁違いだ。

 

「剣士に弓兵、お前達の相手はこの俺だ」

 

 白銀の剣を払いながら騎士は静かに宣す。

 この卓越した剣士を相手に(マスター)狙いなど不可能か。

 

「面倒だが仕方ねえ! 前はオタクに任せるぜセイバー!」

 

「粘るが援護してくれよ! 流石に一人じゃ勝てそうに無いぜマジで……!」

 

 翠の弓兵の援護を受けて黒腕の剣士が切り込む。

 対するは圧倒的な技量を有する白銀の騎士。

 

 絶大な力を有する両英雄が真正面から激突する。

 

「……どうすれば」

 

 過熱化していく戦闘を傍目に蚊帳の外である藤丸立香は思考する。

 サーヴァントを有する複数のマスター。

 今尚破壊され、崩壊していく東京の街。

 聖杯戦争……七大天使……姿見せぬクリプター。

 

 斃すべき敵が居る異聞帯であるには違いないが、現状が余りにも分からなすぎる。

 加えてこういう時に頼れるカルデアの所長やダ・ヴィンチ、ホームズたちと連絡が取れないから自分でこの状況を理解するしか無い。

 だが、この混沌とした状況を自分一人で理解し、切り抜けるには何もかもが足りなさすぎる……!

 

「せん……ぱい……」

 

「……マシュ!」

 

 立香の危機がすぐ眼前で繰り広げられているためだろう。

 今にも倒れそうなマシュはそれでも必死に意識を繋ぐ。

 唯一の立香のサーヴァントである現状、己が倒れれば立香は一巻の終わりだ。

 だからこそ耐える、初手で受けた毒に耐えながら。

 

 そんな献身的な後輩にして、サーヴァントの姿に。

 混乱する立香の思考は一気に冷える。

 

(そうだ、分からないことが多すぎるけど、今は……!)

 

 まずは切り抜け、生き残る。

 その後にこの異聞帯について知るべきだ。

 今やるべき事は二転三転する状況に戸惑うことじゃない。

 

 グッと拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐く。

 落ち着け、冷静になれ。

 己にそう命じながら立香は、マシュに小さく顔を寄せ、悟られぬよう囁く。

 

「事情は分からないけど、今は此処を離れよう、マシュ。今なら襲ってきたサーヴァントも後から出てきたサーヴァントもお互い戦闘に夢中だ。今のうちに此処を切り抜けるよ。合図したら礼装で……」

 

「その必要は無いわ」

 

 ハッと立香は顔を上げる。

 数十メートル挟んだ向こう。

 己のセイバーの推移を見守りながら堂々と立っていた美沙夜がいつの間にか此方を興味深げに眺めていた。

 

「でもその前に確認よ、貴方はカルデアのマスター。人理焼却を乗り越え、世界を救ったカルデア唯一のマスターで間違いないかしら?」

 

「そう、……ですけど……」

 

「ふうん……あの男が言ってた通り、本当にただの人間ね。覇気も王気も魔力も異能も感じない。それに人畜無害を絵に描いたような冴えない顔。ハッキリ言って貴方が世界を救ったなんてとても信じられないわ」

 

「う……」

 

 斬りつけるような罵倒。

 自然体であるのを見るに普段から毒舌気味なのだろう。

 言葉に容赦は無く、立香は一瞬緊張を忘れて胸の痛みを覚える。

 

「でもまあ、あちらの野蛮人よりはマシね。無法者と無害な兎、どちらも興味ないのは確かだけれど、兎さん(あなた)の事情には興味あるの──取引よ、此処は私が助けてあげる。そちらの苦しそうなサーヴァント共々ね。代わりに貴方は貴方が持つ情報を私に語る……さあ、どうするの? カルデアのマスターさん」

 

 真紅に塗れた瞳を細め、美沙夜は問う。

 どうやらこの女性、割り込んできた時から立香に興味を持っていたようだが、目的は情報だったらしい。

 だが、異聞帯の、それもサーヴァントを引き連れるマスターだ。

 果たして自分たちと自分たちの目的を簡単に語って良い相手なのか。

 

「………」

 

 刹那の思考、ふと……立香は傍らの少女に目を向ける。

 青息吐息の様子で今も己を守らんとしている少女。

 ……考える暇までも無かった。

 

「分かった……でも俺も情報を教える代わりにもう一つ。この世界についてどうか教えて欲しい。知りたいんだ、此処が何なのかを」

 

「貴方に条件を提示する資格なんて無いのだけれど……いいわ。それぐらいはしてあげる。じゃあ──交渉成立ね」

 

 さっぱりとした様子で言う美沙夜。

 交渉を終えたことで用は済んだのか。

 彼女は視界から立香を外して戦場へ目を向ける。

 

「この場を収めて館に帰還するわ。セイバー」

 

 セイバーを援護するように美沙夜は何気ない動作で魔術を行使、己のサーヴァントを強化する。そして二体のサーヴァントとマスターを見据え、

 

「悲鳴を聞く必要は無いわ。あっさりと殺しなさい」

 

「────我が主の望むままに」

 

「「ッ──!」」

 

 何処までも自然体で戦場に立つ主従。

 敵の本格的な攻勢に身構える二騎の英雄。

 

 

 

 

 

 半刻後──奮戦虚しく、美沙夜の宣した通りに女王と騎士の主従は異邦人二人を引き連れて、己の館に撤退した。


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