彩る葦   作:粗茶Returnees

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2話

 

 和月が言う『基本』は、動作の基本である。銃剣は銃の方がメインだ。近づかれても対処できるように、銃先に刃がついてるだけ。あくまで補助。今から教えることは、銃の撃ち方である。

 もちろん近接戦の技術も上げなければならない。遠くで敵を倒せればそれで済むのだが、防人たちは壁の外に出る。無数の星屑たちが敵だ。接近されない方がおかしい。

 そのために盾を扱う者が8人いるわけだが、反撃は銃剣を持つ者の役割。

 そして、狙撃で敵の数を減らせば、それだけ全員の危険度は低下する。

 遠距離武器というものは、遠距離で戦えるからこそ強いのだ。

 

「そんなわけで狙撃の練習だ。幸いにもお前たちの銃なら星屑たちを倒せる。一人につき1体は屠れ」

 

 24人が銃剣を使用するため、狙撃で24体の星屑を倒せる。理論上の話。実戦では状況次第で変わる。だが、命がかかっている以上、訓練では理想を追い求め続ける。可能性を高めていくことが重要だ。

 

「教官もするのね」

「従いたくなければ無視していい。俺より銃剣の心得があるならな」

 

 挑発的な言葉だった。芽吹はそれには乗らなかった。赤嶺家のことは多少なりとも知識があったから。

 『赤嶺家は戦闘能力が高い』──少し調べればすぐにそんな情報が手に入る。この平和なご時世で、いったい何の話だと思うが、手に入る情報のほとんどがそればかりだ。それ以外は謎に包まれていると言ってもいい。その不自然さが不気味なものとなり、一般的に赤嶺家の謎はお蔵入りになる。

 そんな赤嶺家の人間が、訓練で教官をするというのだ。淡々としている和月の言葉からしても、銃剣の扱いを心得ていることが分かった。

 

「教官。銃剣使ったことあるんすか!」

「誰が教官だ。銃剣以外にも、人類が作り出した武器なら一通り使える」

「化物か何か?」

「人間だ」

 

 防人の中にもお調子者はいるらしい。そのおかげで和月の能力の片鱗が知られ、多少はノリがいい事もわかったわけだが、重要なことかといえばそうでもない。

 和月は防人たちが持つ銃剣と、同じ構造をした一般の銃剣を肩に担いだ。基本説明を始め、狙撃する際の心得を口頭で伝える。銃の持ち方、狙い方、引き金を引く際の注意点。口にしたことを実演し、的の真ん中を撃ち抜いてみせる。

 

「いいか、変に力むなよ。焦りとか論外だ。あいつらは気味が悪い見た目してるし、目の当たりしたら怖いだろうが、撃たなきゃどうにもならん。逆に言えば、狙撃できれば勝てるんだ。恐怖に立ち向かう勇気を示せ」

 

 当たり前のことを言い、そして普通に考えて良い事も言った。そのはずなのだが、残念なことに防人たちの心にはどうにも響かなかった。初対面ということもあるだろう。それ以上に、和月がそう言うことにどうにも違和を感じるのだ。

 実感を持てない。言葉がどうにも軽く感じる。

 それは仕方ないことかもしれない。

 

 和月は一度も恐怖を感じたことがない(・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

 忘れやすいという和月の体質は、感情面にも影響を及ぼしている。それでも、和月の口からそんな言葉が出るのは、それをやってのけた人物を目の当たりにしたから。この場の誰もそれを知るわけないが、和月はその人物に敬意を払っている。

 

「時間は限られている。可及的速やかにお前たちは戦えるようにならないといけない。自分の命を守るためにもな」

 

 響かない和月の言葉だが、死生に関しては重みが出る。意図的にそこを強調しているのと、防人たちも死にたくないと強く思っているから。

 一人一人撃たせる、などという悠長なことはできない。和月は24人全員同時に狙撃訓練を行わせ、一回の狙撃毎に指摘を繰り返した。防人たちの名前は覚えていないため、並んだ順に番号をつけることでそれを可能とする。

 上達には個人差が出る。芽吹きのように集中力が高いものや狙撃を得意とするものは当然早い。反対に、狙撃のセンスがないものは上達が遅れる。

 20回撃たせたところで和月は人を分けた。和月が指摘しなくても自覚できているものと、そうでないものに。

 

「センスないんですかね……」

「そうなんだろうな。だが、それなりのラインには上げられる」

 

 和月が集中的に教え込むことになったのは9人。その中には、できていないことに自覚しながらも、改善する手段を見出せていない者も含まれた。予想していたよりも少ないことに、少し安堵する。

 誰かに何かを教える経験などない。正直に言えばこれも面倒に思う内容だ。それでも、任せれた仕事に手を抜くことは和月の信条に反する。

 

「銃を撃つこと自体に躊躇ってる人もいるけど、それならなんで来た?」

「なんでって、大赦に呼ばれたからだけど……」

「建前だろ? 強制ではなかった。ぶっちゃけたら、この32人である必要もない。お前たちは選択肢を与えられた奴らで、それを受け入れた。そうだろ?」

「それは……」

 

 和月の言っていることは当たっていた。大赦は現勇者を除いた上で勇者適性の高い32人に招集をかけた。強制連行ではない。「絶対に来い」とも言われていない。

 それでも断れないのがここにいる少女たちだ。役目を果たそうと意気込んだ者もいる。別の目的を担いで来た者もいる。そして、大赦からの招集であるために、断ってはいけないと思った者たちもいる。

 赤嶺家の一員である和月には、一般人との感覚の違いが分からない。

 

「今降りてもいい。防人は集団戦じゃないと生き残れないから、降りた人の代わりに誰かがここに呼ばれるがな。どうする?」

 

 嫌らしい問いかけだった。世界の真実を知らされ、人類の敵を見せつけられ、役目を与えられた少女が、「怖いから他の人に任せる」と言えるわけがない。実戦の後は折れるかもしれないが、少なくとも現時点でその選択肢を取る者はいない。

 

「……やります」

「やれるだけの事をしないで帰るのもね」

「早々に逃げるのは違うかなー」

「よし。それじゃ訓練再開な。自分で何ができてないか分かる奴は、他の奴を観察しながら狙撃してみろ。極力自分で考えて行動する癖をつけるんだ。指示待ちじゃ手遅れになることもあるからな」

 

 9人全員が、他の防人たちの狙撃の仕方を観察し、分析を始めた。一人で考える者、隣にいる人と確認し合う者。形はそれぞれ。そこに口出しする理由もなく、和月は一旦その場を離れる。

 銃剣を扱う者は24人だ。盾を扱う者が8人いる。そちらの指導もしなければならない。と言っても、悲しいことに銃剣とは違って盾の訓練は一人でやる方が効率が悪くなる。

 

「盾を使うに当たって、こうやるんだろうって想像できてる奴いるか?」

「正面で防ぐ以外思いつかないよ! 超怖いよ!」

 

 挙手しながら嘆くように声を発したのは、世界の真実を知らされた時に帰ろうとした加賀城雀。神官が声で制していたが、それがなければ本当にゴールドタワーから出ていただろう。そして、逃げたことに後悔して戻ってきただろう。ただの臆病者であれば、勇者適性はもっと低く、ここに呼ばれていないのだから。

 雀の言葉に他のメンバーも首を縦に振る。盾はそれ以外にやる事ないだろ、とかも思っている。

 

「基本的にそれで正解だ。んで、盾は基本がほぼ全てだ」

「ちなみに、足りていない部分は?」

「攻撃を反らすこと。これに関しては後日な。今日は正面で防ぐ訓練な」

「ほっ」

「はっはっは、安心したお前からやろうか」

「チュン!? 絶対死にかけるやつだぁぁ!!」

 

 指の関節をゴキゴキ鳴らしながら和月が雀をターゲットに指名する。和月の反応からして、自分のイメージ以上に厳しい訓練になる事を悟った雀は、他の防人に助けを求めようと横を向く。それに合わせて一斉に全員が目を逸らす。銃剣隊にも視線を向ける。怪しいまでに的しか見ていなかった。

 涙目になり、やっぱり帰ればよかったと少し後悔。そのくせして盾を握る手に少し力が入る。臆病なのに、逃げることにも臆病になることが自分でも嫌だった。

 

「星屑に関しては、一直線に突っ込んでくるだけだ。それに合わせて盾を構えればいい。8人で残りの24人を守らないといけないが、その辺も銃剣隊が基礎を習得してからだな」

「えっと、私はこれから何をさせられるのでしょうか~……」

「俺が今から攻撃するから、それを盾で防ぎ続けろ」

 

 言うや否や、和月の雰囲気が変わる。切り替えの素早さにも驚くが、意識を切り替えた和月の様子に恐怖すら感じる。それもそうだろう。なにせ、和月が今向けているのは、明確な殺意(・・)だ。普通に生きて、勇者に選ばれなかったことでその普通の日々が続いていた彼女たちが、死を感じる恐怖など味わうことはない。

 事故で死にかける、という経験はあるかもしれない。だが、殺意を向けられて感じる死の恐怖は別だ。

 

「盾を正面に構えろ。正面から仕掛けるだけだから、それに10回耐えてみろ」

「うぅぅ……なんでこんな目に……」

 

 泣き言を言いつつ、それでも雀は盾を正面に構えた。ただ構えるだけでなく、止めきってみせようと足を前後にし、腰を落としている。

 

「始めるぞ」

 

 距離を詰めるために走る。

 勢いを拳に載せる。

 盾の真ん中を精確に殴りつける。

 手が壊れたんじゃないかと疑われるほどに低音が訓練場に響いた。狙撃していた銃剣隊もその音に驚いて皆が振り向く。

 和月の手は壊れていない。雀も僅かに揺らいだだけで防いでみせた。

 

(おかしいおかしい! 人間だよね!? 私たちと変わらない年齢だよね!?)

 

 盾の裏では激しく動揺していた。

 それを尻目に、芽吹は自分の訓練に戻る。その発砲音につられ、他の者たちも訓練に戻った。

 

「んじゃ、あと9回な」

 

 距離が詰まった状態で、和月は腕を低く。今度は手の形が拳じゃない。掌が盾に向けられていた。掌底で衝撃を与えていくらしい。

 盾との衝突音が少し変わる。

 音の大きさも変わる。

 大きな音へと。

 

(だからなんで!? 今目の前から殴ってるだけだよね!?)

 

 これには実際に受けている雀だけでなく、雀を見守っている残りの防人たちも顔を引き攣らせていた。「これがこの後待っているのか」と。

 雀の動揺は力の綻びに繋がった。続けざまに叩き込まれた3発目を受けとめきれず、盾が浮いてしまう。4発目で完全に弾かれ、それで終わる。

 誰もがそう思った。

 雀は浮いた盾を手で戻しては間に合わないと本能で察し、肩を盾の内側に押し当て、巻き込むように盾を床に戻す。そのまま体全体で衝撃を受け止める形になったが、それは先程よりも強固なものになる。

 そのまま10回の攻撃を防ぎ切ることに成功する。

 

「……お前案外凄いのな」

「はぁはぁ……え? 終わったの?」

「10回全部防いでた。お疲れさん」

「…………」

 

 雀はその場に座り込み、ぽかんと口を開けながら天井を見上げた。

 思っていなかったことを達成でき、その実感が追いつかないのだろう。

 全員がドン引きするほどの衝撃を耐え抜いたのだ。その疲れが一気に押し寄せたのかもしれない。

 

「あ、こいつ魂抜けてやがる」

 

 そうではなかった。実感が湧かないとかなんとかではなく、恐怖から解放されたことの安堵が圧倒的に大きいようだ。

 和月は雀を避ける形で、残りの7人に同様の訓練を施した。雀のように防ぎ切った者は一人もいなかったが、初めに雀の姿を見ていたからか、すぐに体勢を崩す者は一人もいなかった。

 一通り済ませた頃には、雀も意識を戻した。盾を扱う者は、もちろんフィジカルを鍛える必要があるが、それ以上に体幹を鍛える必要がある。体をブレないようにする事は、任務における生存率の向上に直結するのだから。

 

「そういうわけで、お前たちは基本的に体を鍛えることになる。一朝一夕でどうにかなるもんでもないから、任務が始まっても怠らないように」

「ちなみにあの地獄の10回は?」

「続けるが何か?」

「ですよねー! ごめんなさい何でもないです!」

 

 呆気らかんと答える和月に、護盾隊はげっそりした。露骨には示さなかったが、何人かは顔に出ていた。特に雀は。

 

「ある程度慣れたら足も使うから」

「うわぁぁぁん!! 鬼だよ! 鬼教官だよ!」

「人間だっての」

 

 足は腕の3倍以上の力があると言われている。星屑だろうと人間より強いのだ。それくらい耐えられずにどうする、というのが和月の考えだ。変身すれば防人たちは今以上の力を発揮できるが、それに頼っていては慢心に繋がる。そして慢心は死に。変身頼みは戒めておくべきだろう。

 和月は体幹トレーニングを指示してから、もう一度銃剣隊の方に戻った。24人ほぼ全員が滞りなく訓練を続けられており、この短時間でも上達している者もいた。その中でも悲しいまでに狙撃ができていない人を見つけ、そちらへと足を運ぶ。

 

「調子悪そうだな」

「すみません……」

「なんで謝るんだよ。一回撃ってみろ」

「は、はい」

 

 和月はその少女に撃たせてみる。見られて緊張するタイプでもないようで、自然体で彼女は引き金を引き、見事に的を外した。

 

「絶望的センス」

「あはは……」

「まぁでも、癖がつく前でよかったな。修正はできるぞ」

「えっ!?」

「まずは直立して深呼吸」

 

 和月の指示に従う。それが終わればもう一度銃剣を構えさせ、そこで停止させる。

 

「まず、手はそんな前じゃなくていい。もう少し下げろ」

「この辺ですか?」

「そうだな。銃身を支えるために腕を伸ばすな。肘が曲がる程度でいいんだ」

 

 その位置を覚えさせ、今度は狙いをつけさせる。引き金を引く前にまた停止させた。

 

「姿勢が丸くなり過ぎ。狙いをつけるために多少はそうなるが、それにしてもやり過ぎ。それじゃあ引き金が引きにくくなって、撃った瞬間にブレかねない。さっきもそうだったし」

「私全部駄目だったみたいですね」

「そうだな」

「うぅ……」

「姿勢はこれで分かったろ。他の奴に置いていかれるとか思って焦る必要はない。個人差が出るのは当たり前だからな。それで変な癖がついて壊滅的な腕になったら目も当てられん」

 

 はっきりと言っていく和月に、少女はありがたいなと思っていた。指摘するだけでなく、改善点を事細かに教えていることもある。それとは別に、真摯に向き合っているからだ。

 先程和月は自分で大赦の考えを言っていた。

 「変えはあるのだ」と。

 つまり、この少女がどうなっても関係ないのだ。大赦の人間である和月からしても、本来ならばこうやって一対一で教える必要もない。それなのに和月はそうしなかった。必要のないことをしている。それが嬉しかった。

 

「集中を乱すなよ」

「あ、すみません!」

「構えはそのままで。狙いをつけて、力を抜いて引き金を引け。ただ引くだけでいい。弾丸は真っ直ぐ飛んでくれる」

「……はい!」

「だから力むなって。ゆっくり呼吸しろ。肩の力を抜け」

 

 深呼吸を数回繰り返し、それでようやく力んでいたことに気づく。それから引き金を引くと、弾丸は狙いを撃ち抜いた。

 少女の顔がパッと明るくなり、顔全体で喜びを顕にしていた。

 

「よかったな」

「はい! ありがとうございます!」

「今の感覚忘れるなよ」

「分かりました!」

 

 深々と頭を下げる少女に、和月は居心地悪そうにして他の防人たちの様子を見て回ることにした。こうして誰かに教える経験などない。人に感謝されるようなこともなかった。慣れないことをしているのは和月も同じであり、戸惑いがあったりするのだ。照れ隠しとも言う。

 和月がここまでするのは理由がある。手を抜かないという信条とは別に、教えながら思い出したことがあるのだ。

 この仕事を上司に言い渡された時の会話。

 和月が敬意を払う人物の一人。

 その人からの頼まれ事を、和月は可能な限り叶えようと決めた。防人のように戦うことはできないため、この訓練期間でしかその可能性を上げられない。だからこそ、一人一人の能力を徹底的に底上げする。

 

『誰も死なせないようにできる?』

 

(今考えても、無茶な注文だな)

 

 和月が引き受けた頼みは、奇しくも芽吹が掲げ、防人全員の目標となるものと同じだった。

 





 和月の戦闘能力は生身であれば夏凜とか芽吹よりほんの少し上です。気を抜いたら負けます。
 ・人外パンチができるのは、力を貯める時間があるから。夏凜みたいなスピードある相手だとできません。
 ・盾を殴って無事なのは、常人より丈夫な上に鍛錬で鍛えたから。元からではないです。赤嶺家で修行してる頃は普通に怪我してます。
 ・すぐに忘れるけど、思い出すこともある。

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