訓練は急ピッチで行われた。星屑たちに対抗できる力を身に着けさせ、1日でも早く任務に就かせるためだ。
訓練が進んでいくと、指揮官役を担う者たちを選ぶ段階に到達する。現場で部隊を動かすための司令塔。つまり、隊の命を預かる役だ。これは立候補者にテストを実施し、その総合得点で8人選ばれることになっている。
狙撃力、剣術、基礎体力といった戦闘能力はもちろん、この役割に欠かせない指揮管理能力、臨機応変な判断力もテストされる。
その立候補者の中には芽吹もいた。それまでの訓練段階でも分かっていたが、芽吹は総合的に能力が高い。全ての分野において、誰よりも訓練していた。
芽吹と対峙するように和月が立つ。他の者は距離を取って二人を見守っている。
「あなたが試験監督かしら?」
「俺の評価も影響するだろうが、あんま関係ないな。お前たちの能力を図るための対戦相手ってとこだ」
「……相変わらずね」
「何が?」
「何でもないわ」
頭を振った芽吹が和月を睨みつける。芽吹にとって和月は、つくづく癇に障る相手のようだ。
道具という考えを受け入れていることはもちろん、和月が
「下手したら死ぬわよ?」
「下手しないから気にするな。生憎と今の四国で、生身の俺に勝てる奴を二人しか知らない」
もっとも、その二人も
防人であれば、能力の底上げの恩恵が勇者よりは少ない。それでも十分常人の域を超える能力になるのだが、戦いには駆け引きも関係する。バーテックス相手ではその駆け引きの面が薄れる。だが今回は人対人である。対抗できる能力がある場合、駆け引きこそ勝敗を分けることになる。その経験は、芽吹にはなく和月には多く積まれているものだ。戦いが成立する。
「何も構えないのはどういう事?」
「必要ないと思ったからだが?」
「っ、取るに足らないとでも言いたいのかしら!」
「そういうことではないんだが……。どうしますか?」
和月は芽吹から視線を外し、最終的に判断を下す神官へと視線を向けた。今回はデータを取れればそれで十分だ。そしてそれをするのは神官の仕事。それならば、神官に決めてもらうほうが合理的だ。
「あなたに委ねます」
そうだというのに神官は和月に丸投げした。どういう手段であれ、芽吹の動きが分かればいいのだから、好きにしてもらっていいという考えである。
「なら、ナイフでいいか」
手品のようにナイフを1本取り出す。
あらゆる武器を使い、最も手に馴染むと思った武器がナイフだ。バイオレンスな任務に就くことなど現代にはない。だが、そんな日が来ることがあればと選ぶことになり、和月はナイフを選んだ。
手の中でナイフを回す和月に、芽吹は眉間に皺を寄せる。
銃剣を使う人間を相手に、ナイフを持ち出したのだから。
「ふざけているの?」
「いたって真面目だぞ。一番使えるやつを選んでるからな」
「……そう」
和月の言葉に偽りはない。何事にも生真面目に取り組む芽吹にとって、何事にもどこか浮いたような印象を与える言動をする和月は煩わしかった。そこをとやかく言っても仕方がないため、芽吹は銃剣を構えて臨戦態勢に入る。
「始め」
カウントダウンもなく始められる。
芽吹は離れている利点を使って、和月に向かって狙撃を始める。和月はそれを避けながら接近。芽吹が最後の一発として引き金を引こうとしたタイミングでさらに加速。
それは芽吹の誘いで、和月の加速に合わせて芽吹も一足跳びで前に出て突きを放つ。
「いい狙いだな」
「つっ」
銃剣の刃にナイフを当て、軌道を逸して自分の首の横を通過させる。見ている周りの防人たちから小さく悲鳴が上がった。
和月は狙撃の時もそうだった。芽吹の狙いを誘導し、それを僅かな動きでギリギリ躱す。その動きの小ささは、戦闘がからっきしの亜弥の目からすればマジックに見えていた。弾が和月をすり抜けている。亜弥の目にはそんな風に映っていた。
神官は亜弥と同じように戦闘をしたことがないが、和月のことをある程度知っているため、避けているのだろうと憶測をつけられた。
「判断も悪くないな」
和月は銃剣の間合いの内側に入り、芽吹の動きを封じるつもりだった。芽吹は避けられると判断すると後側の足に力を入れ、弾かれるように後方へ跳びながら牽制として銃剣を横に振るう。銃剣を振る動きは小さく、すぐさま構え直して和月の足を狙って狙撃。和月がしゃがんで横振りを避けると読んでのことだ。軸足を狙ったその狙撃により、和月は避けるために強引に体を捻ることになる。
倒れたコマのような横回転。それで芽吹の狙撃を躱し、着地した瞬間に斜め前へと跳び出す。着地後の硬直がなく、そのタイミングを狙撃しようという芽吹の目論見は外された。
「バーテックス相手なら当てられてるだろうな」
「たらればを論じる気はないのよ……!」
「ストイックだな」
再度和月が距離を詰めていく。突きを放てばカウンターが飛んでくることは先程思い知った。ならば、芽吹が銃剣で取れる行動はなぎ払いとなる。素早く動く和月に合わせ、間合いを読んでいると和月が持っているナイフを投擲した。芽吹の顔目掛けて飛んでいく。ちゃっかり持ち手の部分を正面にして飛ばしているのは、和月なりの思いやり。
芽吹は首を動かしつつ銃剣でそれを弾く。
「そこまで」
「くっ……!」
「動きも判断力も悪くない。あとは、虚をつかれた時にも思考を働かせられるようになれば、お前はもっと強くなる。それができるだろうし、そういう奴は指揮官向いてる」
「……ッ」
「そんな睨むなら、もっと強くなるんだな。ここにいる間ならいつでも相手できるからな」
和月が芽吹の拘束を解いて離れる。芽吹は悔しさに歯を食いしばり、訓練場から一人出ていった。それを心配した亜弥が追いかけるも、誰も亜弥を引き止める者はいなかった。亜弥はこのゴールドタワー唯一の清涼剤だ。亜弥なら芽吹も八つ当たりすることなく、正直に気持ちを話して、真っ直ぐにその言葉を聞くだろう。ちなみに本来なら和月の仕事である。
芽吹の敗因はただ一つ。予想外の展開に持ち込まれ、そのまま和月に主導権を握られたこと。訓練だからそれは敗北という記録だけで済む。バーテックス相手ならそうはいかない。たとえ虚をつかれようと、的確な判断による指揮がなければ隊員の命が危ぶまれる。芽吹の悔しさは、そこを理解しているからこそ大きなものとなっていた。
「さて、次は誰が来る?」
「私が参りますわ!」
「威勢のいいやつ。……誰だか覚えてないが」
「くっ! 仕方ありませんわね。そういう事情のようですし。であるならば、私の名前を貴方の魂に刻んでやりますわ!」
「死んでも忘れないとか嫌だわ」
「ふんっ。私は弥勒夕海子。よーく覚えておきなさい!」
「夜には忘れる」
夕海子が変身し、和月が回収したナイフを手のひらでクルクル回す。神官の合図で戦闘が始まった。
夕海子は狙撃を片手で行った。狙撃訓練の時にも何度かそうしている姿を見ていたため、和月が虚をつかれることはない。それでも、和月が夕海子に驚かされることになる。
「取りましたわ!」
「っ、妙に精密なとこ撃ってくるな」
芽吹は当初和月の胸を狙って撃っていた。それは当然の狙い場所。体の中心が避けづらいのは真理なのだから。だが夕海子はそこを狙わなかった。当然のことをして、その上をいかれるのであれば、リターンの大きい賭けを仕掛ければいいと考えているのだ。
夕海子が狙うのは和月の脚。より体の中心に近い太腿だ。少しでも避けづらく、少しでも効率的に。勢いが勝っているところは否めないが、その行動力は評価に値する。ナイフを扱う和月は、近づかなければ何もできない。ナイフの投擲もある程度距離を詰めねば、苦し紛れの足掻きとなるだけだ。だから、機動力の源である脚を狙うのは悪くない判断となる。
「それでも、もっと腕を磨かないと脅威にはならん」
和月は夕海子の弾を容易く避けていく。狙いは銃口を見れば分かる。撃つタイミングは指を見逃さなければ分かる。緩急をつけて惑わせば、夕海子が引っ掛けられて撃たされる。何よりも、夕海子の狙撃が精確なものではないことが、回避の成功率を確実なものとさせていた。片手で撃っているせいだ。
「避けられることは承知の上ですわ!」
だから夕海子は最後の一撃は両手で撃った。それは和月の回避を読んだ上での狙撃。回避しなくても、脚を掠めるように狙っている。片手撃ちはフェイク。脚を狙うのも、和月の予想から少しでも外れるため。その二つの行動は、この一撃を当てるためのもの。
「もはや執念だな」
それでも和月には通用しなかった。和月は夕海子が両手で銃剣を持った段階で狙いに気づき、狙撃に合わせてナイフの刀身を盾代わりにした。元からズラされているおかげで、弾丸を僅かにスライドさせるだけで回避が成立する。ナイフの刀身がそれによって粉砕されるも、和月はすぐさま2本目のナイフを取り出して距離を詰めていく。
そんな和月に対し、夕海子はタックルを繰り出した。横振りと見せかけたショルダータックル。それは確かに和月の想像を超えたものだったが、和月が経験したことのない展開ではなかった。夕海子自信、僅かに迷いが生まれたのもいけなかった。夕海子はタックルをいなされた上に足を引っ掛けられて盛大に転ぶ。さらにその眼前の床に和月のナイフが突き刺さった。
「っ!!」
「行動力は悪くない。だが突っ走り過ぎだ。それが必要な時はあるだろうが、空回りして周りに被害を出したら目も当てられないぞ。見捨てられるか、お前を助けようとするやつまで命を落とすかの2択だ」
「……それは……」
「そこを踏まえての指揮を繰り出す奴がいたら話は別だがな」
芽吹がそういうタイプの人間だ。自分がコントロールしやすいように統制するのではなく、隊員の能力や性格を踏まえて指揮を出す。それが判明するのは、任務が始まってからなのだが。
「……お前はあれだな。この模擬戦の理由が一つじゃないな」
「……」
「指揮官になるのとは別に、俺との戦いに理由を持ち込んでた。どうでもいいが、理由が一つのほうが人間動けるものだぞ」
「……どうでもはよくありませんわ」
「ん?」
床から立ち上がり、床に刺さっていたナイフを和月に返しながら反論する。ハッキリとした口調で、そこに明確な意志を込めて。
「貴方が赤嶺家で、私が弥勒家なのですから」
「さっぱり分からんな」
「……弥勒家は今でこそ没落していますが、かつて赤嶺家と共に戦った名家ですわ。没落した理由ははっきりとはしてませんが……」
「悪いな。それならなおさら俺相手に張り切るのは的外れだ。俺は赤嶺家に名を置いてるだけで、養子だからな。元々孤児だし」
「なっ!」
夕海子だけでなく、周囲の防人たちもどよめいた。名家が養子を取ることは珍しいのだが、それでもありえない話ではない。二年前の勇者である鷲尾須美は、勇者の素質を示した少女が鷲尾家に養子として迎え入れられたのだから。しかし、この例を見て分かる通り、勇者という特殊な事例でない限り、名家が養子を取る理由がない。それこそ、和月のような孤児でもなければ。
ただ、防人たちが驚いたのは、赤嶺家に引き取られたことではない。この時代で、孤児という存在があまりにも珍しいからだ。事件が起こることはなく、事故件数も少ない。歴史上類を見ないほどに、平和な時代が現代なのだ。
「だからまぁ、俺を赤嶺家の人間として考えるのはやめとけ。引き取ってくれたことに感謝こそしているが、家を継ぐのとかは実子に任せてる。赤嶺の名を使う使用人みたいなもんだと思ってくれていい」
「……すみません、知らなかったとはいえ……」
「謝ることじゃない。俺だって基本的に記憶が飛ぶからな。失礼なことをしまくってる人間だ」
「それでお相子とはなりませんわ。私が失礼なことをしたのは事実。謝罪しなければなりませんから」
「頑固なやつ」
綺麗な姿勢で頭を下げる夕海子に、和月は調子を崩されたようで頭を掻いた。妙な雰囲気が流れるも、和月は何か引っかかるようでブツブツと呟き始める。そんな和月に夕海子は首を傾げた。声をかけようとすると、その前に和月は合点がいって夕海子の方へと視線を向けた。急に向けられたから夕海子はビクッと反応してしまう。
「思い出した」
「な、何をですの?」
「赤嶺家は弥勒家を下には見ていないって話」
「は……?」
「親父に何度も言われてな。『赤嶺家の人間ならそれを忘れるな』って。盟友、だったかな。そんな風に教わった。なんか、代々の教えらしいぞ」
夕海子は目を見開いた。赤嶺家がそんな風に思っていただなんて知らない。赤嶺家がその思いを伝え続けていたなんて知らない。だって、名家の人間たちに弥勒と名乗ると「あー、あの」と、少し蔑まされるような反応が返ってくることが多いのだから。それでも、肝心の赤嶺家だけはそうじゃないのだと言う。盟友なのだと、今でも対等に思っていると言うのだ。これ程嬉しく、心強いものはない。これ程夕海子の夢を支える事実は他にない。
「それに、弥勒はあの時人として正しい選択をした」
「え、何か言いました?」
「……ん? いや、何でもない」
小さく呟かれたことは聞き取れなかった。しっかりと耳を傾けていたら聞き取れただろうが、赤嶺家の伝承に驚いていたせいでそれは叶わなかった。和月自信、呼吸のように自然と漏れ出た言葉のせいか、自分が何を言ったのかすぐに忘れた。
「それより、時間を使い過ぎた。他にもテストする奴はいるんだ。早く向こう行け」
「そうですわね。それではこの後も他の方をよろしくお願いしますわ」
夕海子が離れ、他の防人たちのテストを開始する。希望者全員と戦った後でも、和月は体力が余っていてすぐに神官とその場を後にした。その様子に防人たちはげっそりしたという。
神官との審議の結果、指揮官たちが決定された。全体のリーダーとしては、和月と神官の両方の意見が一致し、楠芽吹が選ばれた。この事に反対意見は一つも出なかった。
ちなみに夕海子は指揮官にはなれなかった。