彩る葦   作:粗茶Returnees

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4話

 

 防人たちの役割分担が決まると、訓練もまた1段階変わってくる。指揮官たちは状況に応じた判断をできるようにしないといけない。それに合わせて他の防人も集団行動が訓練の中に組み込まれてくる。

 こうなってくると和月の出番がなくなる……とはならない。個人戦はもちろんのことながら、対集団戦も心得がある。どう攻めればいいのか、どこを突かれたら相手の集団の痛手となるか、そういったことも和月は習得している。それを逆に利用すれば、そのままレベルの高い集団戦を教えられるということだ。

 

「──とは言っても結局のところ練度だよ。集団戦ってのは、纏まって動くから強い。役割が決まってるから、それぞれが自分の動きに集中すればいい。強い集団ってのは、集団が一つの個になってるんだよ」

「それって一人の乱れが全体に響くってことなんじゃ……」

「そういうこった。乱れた奴がまず死ぬ。その乱れが生んだ綻びで他も死ぬ」

 

 断言することで重たい空気が防人たちの中で広がる。特に雀は体全身を震えさせて顔が青くなっている。

 そんな中、それを物ともしないどころか、むしろ燃え上がった少女が一歩前に出た。防人たちのリーダーである芽吹だ。

 

「私は誰一人として死なせる気なんてない」

「だろうな。そこは俺も同感だ」

 

 和月の言葉にピクッと芽吹は眉を上げた。

 

「意志の強さはそいつの強さ。心が折れなきゃ人は強くなれるし、次に繋げられる。お前らに必要なのはそれを確固たる意志で持つことだ」

「……あなたがそう言うのは似合わないわね」

「うるせ。……俺はそういう意味で強い人間ってわけじゃないし、今のも最近学んだことの話だ」

「それも上司さんからかしら」

「いや。初めて俺を負かした奴だよ」

 

 負けたというわりには、和月はどこか楽しげだった。軽く笑う程度で、それも僅かな時間だったことで、ほぼ全員が見逃した。それを見逃さなかったのは、目の前で見ていた芽吹と、少し離れた位置から見守っていた亜弥くらいだろう。

 それを芽吹は面白くなさそうに強く握り拳を作った。

 

「その話はいいとして、さっさと訓練始めるぞ」

 

 

 そうして訓練を積んでいき、幾日か経過した頃。防人は初めての任務に着くことになった。壁の外へと進出し、土壌サンプルを持ち帰ってくること。派手さなど一切ない地味な任務。だが、大赦からすれば今後のためにも重要な任務だ。

 出発前には巫女である亜弥が全員に祈りを捧げ、それを離れた位置で和月が眺める。何やら言葉を交わしてから防人たちは出撃し、亜弥はその背が見えなくなっても見つめ続けていた。

 

「ここで待つ気か?」

 

 和月が亜弥に近づいて声をかける。亜弥は後ろにいる和月へと視線を移した。純粋無垢な少女で、防人の清涼剤となっている。

 

「駄目でしょうか?」

「駄目ってわけでもないが、ここよりかはゴールドタワーで待てばいいだろ」

「どうしてですか?」

「初陣だし、負傷者も出るだろう。手当は必要になる。で、その用意はゴールドタワー内だ」

「……皆さん無事に、とはいきませんか……」

「どうなるかは当人たちと楠の采配だろ」

 

 目に見えて暗くなる亜弥にやりにくさを感じつつ、励ますこともなく自分の見立てを話していく。

 

「楠の指示で隊が動く。あいつが死人を出さないと宣言してるからには、死人が出ないように指揮する。それが成功し続けるか、隊が応えられるか。その二つにかかってる。全部上手くいけば怪我人も出ないだろうな」

 

 和月のその見立てが少し意外で、亜弥はぽかんと小さく口を開けた。

 

「なんだよ」

「いえ、芽吹先輩への評価が高かったので。ちょっとびっくりしちゃいました」

「俺は真っ当に評価してるだけだ。一回もあいつを駄目だと思ったことはねぇよ」

 

 それを芽吹に言えばいいのにと思ったが、口にするのはやめておいた。今の二人の関係でそんな事を言っても、ちゃんと伝わる気がしない。芽吹が素直に受け取らなさそうだ。相手が和月ならなおさら。

 二人の関係が変わっていけば、防人全体も変わっていく気がする。きっと良い方向に進んでいく。そんな気がして亜弥はくすくすと笑った。

 

「戻るぞ」

「はい」

 

 亜弥が笑ったことには言及せず、ゴールドタワーへと戻っていく。先に背を向けて歩き出した和月を、亜弥はパタパタと追いかけた。

 

 

 

 

 結論から言えば、和月の予想通り負傷者は出た。一人は重症となり病院へ搬送。もう一人は軽傷で済み、ゴールドタワー内で治療を受ける。治療するのは基本的に和月だが、さすがに年頃の少女が相手だ。負傷箇所によっては別の防人に指示を出して治療させる。今回は和月が行い、亜弥は近くでそのやり方を必死に覚えていた。

 

 和月の仕事はこれで終わるわけでもない。初陣だった今回だからこそ、カウンセリングの仕事が発生する。カウンセラーとしての経験などない。本当にそれでいいのかと呆れるが、相談相手になればいいだけだと言われてるのもあってそれに取り組む。

 話の内容も予想ができていた。初陣だということは、初めてバーテックスを見たということになる。正確に言えば星屑を見て、星屑と戦ったというわけだ。映像でしか知らない相手。現実感のなかった壁の外の世界。初めての実戦。精神的に来るものは大きい。

 

「で、辞めたいと」

「……はい」

 

 和月の職場とも言えるカウンセラー室。名ばかりにならないように、ソファだったり観葉植物が置かれたりしている。防人たちは年頃の少女の集団。女子受けしやすい。落ち着ける空間という点を重視してこの部屋の内装は決まっている。内装を決めたのは巫女たちである。

 和月はお茶を出し、ソファに座らせて自分も向かい側に腰掛けている。彼女の空気は重く、視線は真下を向いていた。

 

「私には……その……」

 

 彼女が言い淀むのは無理もない。彼女たちを纏めるのはリーダーの芽吹で、組織図としてはその上に神官がいる。和月はその縦の関係にはいないが、立場としては神官と芽吹の中間だ。大赦から派遣されている身でもあり、任務に後ろ向きなことを言いづらくなるというもの。その点、常日頃から思いっきり弱音を吐けている雀はある意味凄かったり。

 

「辞めたらいいんじゃないか?」

「ぇ?」

 

 和月があっさりとそう言うのは、完全に彼女の意表をついていた。下がっていた視線も反射的に上がる。

 

「やりたくない奴を無理にやらせるほど鬼じゃない。上の考え方は知らんが、止められることはないぞ」

「……」

「楠のやつは誰も死なせないと言った。なら、意欲がなくなった奴を残すのは得策じゃない。死にたくないなら辞めればいい。変に残っても他の連中への危険性が増す」

「あの……私が辞めたら……」

「はっきり言うと、抜けた穴を埋めるだけだ。防人の数は、勇者に劣る能力を補うことと、任務を遂行しきれることを計算して決まってる。その数は保たないといけない」

 

 つまり、彼女が辞めれば彼女自身の命は安全が保証される。もう二度と死の危険に脅かされることはない。

 その代わり、彼女が知らない誰かがその役割を担うことになる。

 

 今の話でそれが分からないほど彼女は鈍くない。そして、神樹に選ばれる者は共通して『良い子』だ。この話を聞いて彼女が心を傷ませないわけがない。

 カウンセラーなど向いてない。和月は自分のことをハッキリと認識した。

 

「赤嶺さんは、怖いって思うことないんですか?」

 

 しばらくの沈黙の後、彼女はポツリと尋ねた。

 

「ないな」

 

 和月はクッキーを飲み込んでから断言する。ブレることなく、当然だとばかりに。

 

「バーテックスとか会ったことねぇし。壁の外行ったことねぇし」

「……そういうことではなく」

 

 少しズレた回答に彼女は呆気にとられつつツッコむ。バーテックスに限らず、今までで怖いと思ったことはないのかと。例えば、あらゆる武器を教えこまれた時など。

 

「そういうことか。あー、覚えてる限りではない」

「強い方ですね」

「どうだろうな」

 

 自嘲気味に笑う和月に、彼女は小首を傾げた。彼女の考えでは『強いから怖いと思うことがない』となり、和月は強い人となっている。

 だが和月は自分をそう評価しない。

 

「覚えられないから、そういうもんだって受け入れて生きてるだけ。言い換えれば、価値観を無くしてるってだけだ。失う怖さ、傷つく怖さ、そういうもんを感じる心ってやつをどっかに置いてきてる」

 

 会ったことがあっても、その人のことを忘れてしまう。

 どんな出来事でも、不意にその事を忘れてしまう。

 そういう繰り返しの中で、和月は一般的な『大切なもの』を持たなくなった。だからこそ、和月は自分を強い人間だと思わない。

 

「怖いものだと知って、危険なものだと知って、それでもなお挑める奴の方がよっぽど強いだろ」

 

 だから、防人に選ばれ任務を遂行した者たちが強い人だと和月は締め括った。

 彼女にとって実感の湧かない話。そういう捉え方もあるのかと漠然と思う。それでも、自然と彼女の中にあった暗い感情は薄れていた。

 

「たしか、赤嶺さんに勝ったことがある方がいるって話してましたよね」

「ん?」

「どのような方なんですか?」

 

 話は終わったと思ったのに、次の話題を提供される。向いていない仕事に時間をかけたくはないのだが、多少の延長は目を瞑るとしよう。そこまで長くなる話でもないのだから。

 

「平凡な奴だよ」

「平凡……ですか?」

「そっ。どこにでもいるような平均的な身体能力。飛び抜けた特技も才能もない。腕相撲とかさせても加賀城に負けるかもな」

「はい?」

 

 全く理解ができなかった。防人に選ばれたこともあり、鍛えているとはいえ雀に負けると予想される人物。ふざけているのかと疑いたくなるが、和月の口調はいたって真剣だ。

 

「ゲームでもされたのですか?」

 

 だから、身体能力での勝負じゃないとは判断できる。頭脳戦かゲームだと彼女は予想した。しかしそのどちらでもないと和月は言う。

 

「血を流す案件があって、俺はそこで負けた」

「あの、そろそろはぐらかすのをやめていただいてもいいですか?」

「……はぐらかすというか、答えはさっき言ってる」

「どういうことですか?」

「心の話だよ」

 

 その人物は和月に狙われてなお戦意も悪意も抱かなかった。殺されると理解していたはずなのに、一瞬たりとも戦おうとはしなかった。……いや、初めから戦いの内容は違った。ただ生き残ること。約束を守ることを目的とし、その手段に和月と戦うという選択肢すら用意しなかった。

 その姿に和月は感服した。

 初めて命を尊いものだと実感した瞬間だった。

 

「意志の強さってのを見せつけられてな。行動で教えられたよ」

 

 時間にして僅か数分の事だった。

 それでもその数分は和月にとって大きな出来事となった。学び、理解し、そして初めて記憶に焼き付いた。これは忘れないようにしようと心がけ、相手の名前も意識して覚えるようにしている。

 忘れようと思ったことなどない。

 

「で、結局どういうことですか?」

「単純な戦闘では勝てるやつだった。心の勝負で負けた」

「試合に勝って勝負に負けたってやつですね」

「そうなるな。まぁでも、あいつの心の強さは相当だと思うけどな」

「高い評価ですね」

 

 和月がそこまで評価する相手がいることが意外で、それを話す和月がなんだか楽しそうに見えて彼女は笑みを零した。和月にはその意図が分からず、微かに表情が固くなる。

 

「ありがとうございました。なんだか前を向けそうです」

「本当か? 何もしてないぞ? むしろカウンセラーってポジションで言えばマイナスだぞ?」

「そうかもしれないですけど、私はこれで気持ちが楽になりましたから」

 

 防人を辞めるかどうか、前向きに一晩考え直す。そう言って彼女は部屋を後にした。それを見送り、和月はお茶を飲んで思慮に耽る。もっとうまいやり方があったんだろうと。自分がやったのは、逃げ道を塞ぐようなやり方だ。

 辞めると言った相手には、話を聞くだけ聞いて「さようなら」とした方がお互いに楽だ。事務的で機械的なやり方。そうやって大赦という組織、ひいては自分という存在にヘイトを向けさせる。大赦のやり方に近いのはそれだと思っている。それなのに和月はそうできなかった。

 

 ちらりと上司のことが脳裏に蘇る。

 負けた相手とは違い、会話しただけで敵わないなと思った人。

 

「やっぱ俺には向いてねぇな」

 

 自分ができるのは兵士を作ることだと認識している。

 大赦は駒を用意するやり方だ。

 そして上司は、そのどちらでもないのだろう。強いて言えば、その考えに近い人物は──

 

「……合うかは別問題だな」

 

 その人物を思い浮かべ、性格面はどうだろうなと苦笑した。

 

 初任務による脱落者は一人。重傷により入院を余儀なくされた者だけだった。

 

 





 

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