タリス王に俺はなる   作:翔々

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幼年期 3歳~9歳
01.目覚めた先はド辺境


アカネイア暦532年 モスティン 3歳

 

 物心ついて最初の感想は、つまらない、だった。

 

 前世の記憶なんてものはない。ただ、世の中にはもっとたくさんの娯楽があった気がする。手を伸ばしたら適当な道具があって、それで暇を潰す日々。そんな日常があったはずなのだ。

 

 今はもうない。

 

 村長の息子として生まれて、名前はモスティン。家族は親と祖父、お手伝いさんがひとり。これといった特徴のない漁村で、住民は100人がいいところ。南には栄えた港町や国があるらしい。こんな漁村に売るものといったら塩と魚しかないが。

 

 とにかく娯楽がなかった。外界との交流がほとんどなく、せいぜいが近くの山の集落と定期的に物々交換するくらいだから、目新しいものがいっさい入ってこない。木彫りの玩具もちゃちで、3歳の自分でも作れてしまう。

 

 本? 誰も文字なんて使いません。

 

 遊び? 追いかけっこするぐらい。

 

 食事もレパートリーが少ない。顔を真っ赤にしながら石臼ゴリゴリやって不味いパンをこさえるか、漁でとってきた魚を料理したものばかり。俺の家は仮にも村長宅なのでひもじさはそこまで感じないが、それにしたって飽きた。

 

 自然はある。

 

 それしかない。

 

 もう退屈でたまらないので、自由に動けるようになったら走りまわってやりたい。同じくらいに生まれたのが何人かいるので、そいつらと遊ぶネタを考えて時間を潰そう。ああ、今日も磯の香りが鼻をさす……。

 


 

アカネイア暦533年 モスティン 4歳

 

【悲報】 村から出られない。

 

 別に呪いとか封印されているわけではない。この村から離れるほど危険に遭いやすいのだそうだ。凶暴化した野生の獣なんて珍しくもなく、首狩り族じみた集落があったり、複数の海賊組織に人身売買などで誘拐されるとか。なにそれこわい。

 

「大人でも危険なんじゃ、間違っても子供だけで出てはならん。さらわれても助けに行けんからな」

 

 日がな一日釣りをしながらフガフガ笑う先代村長の爺様が、珍しく真顔で諭す姿にはなんともいえない凄みがある。俺を含むがきんちょ一同は黙って頷くしかなかった。

 

 良い機会だからと爺様に頼み、島の文化について教えてもらったところ、やっぱりここは俺の知る世界ではないと判明。

 

 だってみんな髪がカラフルなんだもん。赤とか緑とか青とか、どこのヴィジュアル系バンドか。黒髪の俺が無個性過ぎて悲しくなるわ。みんな気にしないけど。

 

 ここから南西へと海を越えた先に、アカネイア王国の都パレスがある。アカネイアとはこの大陸の支配者であり、幾つもの国を従えて君臨する『とてつもなく偉い人たち』だそうな。

 

 このアカネイア王国、元々はアカネイア聖王国という名前だった。それが40年ほど前、大陸の南西にあるドルーアに暮らしていたメディウスという竜人族によって王族皆殺しの末に滅亡。唯一生き残ったアルテミス王女と臣下のカルタス伯が婚姻してアカネイア王国となった。

 

 りゅうじんぞく。

 

 何か凄い単語が出てきたので確認したら、間違いではなかった。やっぱりこの世界ってば普通じゃないわ。竜もいるしペガサスもいる。何なら魔法だって存在する。そりゃそんなのとやりあったら滅亡するよ。どうしてそうなった?

 

 竜人族はもともと竜だったのが、知性の劣化による絶滅を回避するために選んだ形態なのだそうだ。竜としての力を『竜石』に込めて人の身になった種を竜人族というのだが、覇権国家になったアカネイアの人々は彼らをマムクートと呼んで奴隷扱いした。

 

 はるか昔、この世界は竜が支配する社会だったという。彼らの築いた高度文明は凄まじく、人間など蟻も同然のちっぽけな存在に過ぎなかった。その頃に抱いた竜への恐怖や劣等感がそうさせたのかもしれない。

 

 だとしてもアカネイアの自業自得である。聞いている内に呆れてしまい、

 

(アカネイアって馬鹿じゃないの?)

 

 そう思った俺は悪くないはずだ。身の程も知らずに増長して、竜の逆鱗に触れる方が間違いだろう。売られた喧嘩なら話は別だが。

 

 ともあれ、アカネイアは復興した。メディウスとの戦争で功績を挙げた勇者達はそれぞれが国を興し、王都パレスを守るように配置される。

 

 北にオレルアン。

 西にグルニアとアリティア。

 南西にマケドニア。

 

 東が放置されてね? と疑問なのだが、パレスの東には難攻不落のディール要塞と『いずれの勢力にも加担しない』と掲げる自由港湾都市ワーレンが存在する。パレスの脅威になるような国家は生まれないわけだ。

 

 で、俺の生まれた島はどこかというと、ワーレンの港から北上した先に広がるガルダ海、その入口の右にある。

 

 島の面積はかなり広い。原住民からなる集落と、アカネイアから流刑地に送られる途中で漂流した罪人達が祖先の部族、海賊がそのまま巣食ったようなアジト、あからさまに怪しげな宗教組織の拠点……大小数えたら40超の部族が生活しているとか。

 

 それぞれの部族について話す爺様の前で、俺はワーレンへの興味が止まらなかった。聞けばアカネイアのどんな都市よりも栄えていて、他の大陸とも貿易が行われているという。それだけの町なら、ここにはない娯楽や食事があるだろう。

 

 期待に胸をふくらませる俺を見た爺様が、

 

「ほっほっ。やはりお前もかい」

 

 わかっているぞ、と言いたげな顔になった。村人の誰もが俺と同じような夢を抱くらしい。そして、この島からワーレンに行くのは不可能だと理解させられるそうな。

 

 まず、ガルダ海からワーレンまで渡るための船が造れない。漁に出るための小舟では水も食料も足りず、波によってはバラバラに砕けてしまう。そもそもワーレンの船を狙う海賊がうろつくエリアなのだから、小舟ではあっさり捕まる。

 

 航路もまずい。ワーレンへの航海中、必ずペラティ海を通るのだが、この海を統べるペラティ王国が問題だった。ここはアカネイア大陸の流刑地であり、大陸中の荒くれ者が生活する最悪の環境である。当然ながら海賊もいる。個人がどうこうできる相手ではない。

 

 つまり、まともにワーレンへ行く手段はないのだ。奴隷になるのを前提に身売りするぐらいだろうが、当然そんな真似はしたくない。善良なワーレンの商家が通りがかったところに頼み込んで連れていってもらう? 宝くじの特等を引くより低確率だ。

 

 すっかり気落ちしてしまった俺だが、それでも久々に面白い話を聞いて楽しかった。やっぱり娯楽がないよ、この島は。生きるか死ぬかの生活だから当然とはいえ、限度ってものがある。なんとかしたいなぁ。

 

 とりあえず、海賊に襲われても戦えるようになりたいです。奴隷とかノーセンキュー。

 


 

アカネイア暦534年 モスティン 5歳

 

 どうしてこの村が貧乏なのか、原因がわかってきた。外からの刺激が無いせいだ。

 

 何世代も定住してきたおかげで漁もするし、塩もとれる。でも、それで止まってしまった。発展がない。外部との交流が少なすぎて技術の改良もされず、食材も変わり映えのしようがない。どこの集落も似たようなものだろう。

 

 一番の問題は、それが当然だと村人が思考停止して疑問を持っていないことだ。だってどうしようもないじゃないか。何もできないなら、今まで通りに生きるしかない。父や祖父や曽祖父がやってきたように自分も生きて何が悪いのか。さあ、今日も海の恵みに感謝を捧げよう―――――。

 

 いや、死ぬわ。

 

 知ってるからな。『緩やかな死』ってやつじゃんそれ。なに? 俺もそうやって生きて、お見合いとかで嫁さんもらって、生まれた子供にこの退屈極まりない生活を強要しなきゃならんの?

 

 ダメだろ。

 

 それはダメだろう。少なくとも俺は嫌だ。今ですらギブアップしたくなる退屈さだというのに、これを一生とか気が狂ってしまう。

 

 かといって、村を出るかといわれたらノーだ。村長のひとり息子として生まれた以上は離れようとは思わんし、なついてくる子供達がのたれ死ぬような末路にはしたくない。暇すぎる村だが、それでも自分から捨てるには惜しいのだ。

 

 つまり、次期村長としての俺の仕事は、この村を納得がいくまで改善することになる。正直何からやればいいのか、どうしたものかも浮かばない。思いついた手を片っ端から試すしかないだろう。

 

 

 

 とりあえず真っ先にやったのは、トイレスペースに炭をぶち込んでの消臭だった。臭いのは嫌なんじゃ!

 

 坊ちゃんがイタズラした、とか最初は叱られたが、実際に汚臭が消えたのでみんな真似するようになった。真っ先に爺様が

 

「ワシが教えた」

 

 と言い張ったのは見て見ぬふりをする。

 

 なんだかんだで爺様の話は面白いのだ。若い頃はパレスに住んでいたが、身に覚えのない窃盗の罪でペラティ行きの船に乗せられたのが難破して漂流、運良く部族の娘に救助されてそのまま居着いたのだという。

 

 本当かどうかはともかく、釣りをしながらそんな話をしてくれる古老の存在は子供達の暇つぶしに助かっている。これからもよろしく、お爺ちゃん。

 


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