タリス王に俺はなる   作:翔々

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13.パスタ・ラ・ビスタ

アカネイア暦538年 モスティン9歳(j)

 

 北の港を占拠されてから、約二週間。ワーレンの商家達が連日参加しての会議は、トワイスの予想通り難航していた。否、させられていた、というべきか。

 

「進行を遅らせる者が複数います。偵察の報告を改竄する情報係と、ヤジを飛ばして混乱させる聴衆、さらには彼らを放置する議長役。良識派の商家達が告発の準備を整えてくれたので、今晩には動けるでしょう」

 

 同じワーレンに生きる商人であっても勢力争いは発生する。ガルダ海賊と組むことで勢力を増そうと企むグループもあれば、トワイスのように良しとしないグループもある。ほとんどはどっちつかずの日和見であり、その場の勢いで流れてしまう。昨日までは声の大きい妨害側が優勢だった。それを一気に崩そうと、水面下でトワイス陣営は動いていたのだ。

 

「派閥ってやつか」

「難しい言葉を使いますね。似たような経験が?」

「村でもあるからな」

 

 『三人集まれば派閥ができる』はその通りだと思う。うちの家の四人にしたって爺様と俺の改革派、父の保守派、母の消極的保守派で三つに分かれてしまっているのだ。村全体の意見をまとめたらどうなるやら。

 

「いずれにせよ、ワーレンの軍が動くにはまだ数日かかります。それまでに契約の物資を揃えるのが商会の仕事であり、あなたの関心でもある。手を抜くことはありませんので、ご安心を」

「そこは心配してない……で、だ」

 

 

「俺はいまめっちゃ気合入れて粉こねてんだけど、手伝おうとは思わんのか?」

 

 

 小難しい話を持ち込まれてげんなりしてるモスティンです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 

 ワーレン滞在四日目、ようやく腕の痛みから解放された俺は、前からやりたかったパスタ製作にチャレンジしていた。村では揃えられなかった材料がここにある。元手? もらったよ、ロレンスからな!

 

「私の懐から出たものがどうなるか、見届けるのも責任では?」

 

 そうですね。

 

 ワーレンには既にパスタが存在した。ただしラザニアに使うラザーニャのような、板状の平たい麺が主流である。もしくはラザーニャを数等分して捻じりを加えたニョッキみたいなショートパスタ。基本的にはこれしかなく、ロングパスタがない。

 

 違うんだ。

 

 ワーレンのシェフの腕前は高水準だった。不味かったら客が寄り付かないので当然とはいえ、村の貧乏舌に染まった俺にはすべてが絶品だった。なにしろ牛も馬も羊も村にはいないからな! 乳製品がどれだけ食事の選択肢を広げるのか、身をもって理解した。口の中でとろけるチーズの芳醇な味わいは罪そのものだよ。トマトの酸味もあわさったラザーニャの触感は絶品だった。それは認める。

 

 でも違うんだ。

 

 俺が食べたいのはこれじゃない、もっと別の形をしていた、と味覚が訴えてくる。中途半端に見た目が近いせいで、前世の記憶が刺激されたのかもしれない。そんなことを本能にいわれても困るのだが、とうとう身体が勝手に動いた。気がついたらロレンスに、

 

「新しいパスタを作るから、研究開発の資金をくれ」

「ほう」

 

 舌が勝手に話したと思ったら承諾されていた。いよいよおかしい。ロレンスも笑ってるんじゃないよ。またおかしなことを始めた、とかいってないで止めてくれ。いまの俺は明らかにおかしいだろ。でも止まらない。身体が市場へ向かって走り出している。

 

 渡された財布を握り、駆け足で店という店を吟味する。小麦粉は産地によって分類されているが、どれがどれだかわからない。俺がほしいのは柔らかく、それでいて地面に落としたら頭まで弾むやつだ。店員に聞いたら苦笑されて、そこまで弾まないけど近いのがある、とアリティア産の小麦粉を渡された。そうかアリティアか、覚えておこう。

 

 続いて新鮮な鶏の卵と、オリーブから抽出したオイル。卵は虫や菌が怖いのだが、見つけた店は生卵専門として長年ワーレンで商売する老舗だと紹介された。それを信じて買う。食中毒で死んだら怨霊として呪ってくれるわ。オリーブオイルは調味料店で難なく買えた。トマトと香草は途中の露店で済ますか。

 

 物は揃った、あとは作るのみ。だが、

 

(本当にいいのか?)

 

 キッチンナイフを握りながら考える。躊躇してしまう。

 

 ロレンスの金も有限だ。そう何度も協力してくれるはずもない。できればこの一度で成功させてしまいたい。それにはもっと考えるべきではないか? 忘れ去った前世の記憶が鮮明になるまで待つべきでは?

 

 悩む。手が動かない。木製のボウルにぶちまけた小麦粉の表面に顔が浮かび、はよやれ、と煽ってくる。うるさい黙れ、俺は前世の魂をパスタで取り戻すんだ。

 

 パスタ。そう、パスタだ。名前はもうわかっている。舌から転がり落ちるようにスムーズな発音ができる。なのにイメージが浮かばない。あと少しなのだ。なぜそれが出てこない。ああ――――――!

 

「悩む必要はありません」

 

 声がした。

 

「私はあなたを(おかしなやつだと)信じています」

 

「失敗こそが成功の道筋になるのです(失敗作も別の商品開発に使います)」

 

「資金ならご心配なく。その程度の蓄えなら、尽きることはありません(経費で落とします)」

 

「本能は時として理性を凌駕する。あの海戦で、あの島の争いで、それは十分に理解したでしょう。あなたはただ、あなたの手の動くままに従えばいい(無駄に考えてないでさっさと手を動かしなさい)」

 

「さぁ、やってくださいモスティン! あなたの作るパスタが、アカネイアに新しい食をもたらすと信じて!」

「おおおおおお!!」

 

 よくわからない情熱と興奮が麻薬と化して脳を支配する。無駄に気合いの入った叫び声をあげながら卵をかち割り、塩と一緒に小麦粉へ投入。骨も砕けよと両手を突き刺し、親の敵とばかりに揉んで揉んで揉まれて間違った自分の指だこれ揉んで揉んで揉みしだき――――。

 

「俺はなにをやってるんだ」

「揉んでるだけですね」

 

 ひたすら生地をこねるだけなので熱も冷めた。いま思うと、ロレンスも明らかにおかしかった。目が金貨のマークになってたような気がするのだが、さすがは名門貴族のお坊ちゃんらしく立ち直りが早い。自分だけ何事もなかったかのように振る舞っているが、あいにく俺は覚えてるからな?

 

 わりとあっさり思い出してしまった。苦労することもなく、生地に指先を突っ込んだ瞬間にイメージがすべて浮かんだ。初めて漁に出たときと一緒で、習慣に染みついた記憶は死んでも忘れないのかもしれない。タコワサもすぐに出てきたしな。

 

 こねるのはおしまい。寝かせるのにかかる2時間でロレンスとの商談を終わらせ、トマトソースもこさえてしまう。ここからが本番、丸めた生地を薄く伸ばしたら、いよいよナイフを手に取る。ラザーニャなら長方形だが、俺がしたいのはスパゲッティだ。危なげなく棒状にカットしていく。

 

「確かに、これは見たことがない。ロングパスタとでもいいますか。麺そのものが主役になれるのですね」

「ラザーニャもいいけど、こっちもいけると思うんだよ」

 

 切ってしまえばあとは流れである。オリーブオイルと一緒に茹でて、ざるで湯を切り、トマトソースと和えたらハーブを散りばめて完成。辛味が欲しかったらスパイスを買って足せばいい。男の素人飯としては上出来だろう。

 

「完成ですか」

「美味そうじゃな」

「鼻をくすぐりますね」

 

 食卓まで運んでいったら、明らかにそれまでいなかった顔がふたつ増えている。爺様はまだいいが、なぜあんたがいるんだリフ修道士。

 

「ミサの帰りに通りがかったところ、モスティン君の料理する姿が見えたので。こちらの方に事情を聞いたところ、お誘いをいただきました」

「腕を治してくださったそうではないか! 失礼をしちゃいかんぞ、モスティン。お前の作るメシは美味い。この方にも味わってもらえ」

「リフ殿の噂は存じています。これを機会に、私も教会に足を運ぼうかと」

「教会か……いつか村にも建てたいのぅ。いろいろと問題が山積みじゃが」

 

 勝手に盛り上がる三人を前に、俺は盆に乗せたトマトパスタの分量を見て、盛大に肩を落とした。

 

 四人分はないだろ、これ。

 


 

 集団にはトップの性質が色濃く反映される。

 

 規律を重んじるなら軍隊のように整然となり、自由を求めるなら風紀が乱れやすく緩やかな組織になる。自分達のボスが求める色に染まろうと、部下が空気を読むためである。つまるところ、集団とは率いる者の内面が具現化された結果に過ぎず、上に立つ者の顔を見れば行き着く先はおのずと知れる。

 

 では、無駄に力だけはある脳筋が率いればどうなるか?

 

 バーンズ率いるガルダ海賊は、リーダーの意のままに北の港を破壊し尽くした。何十年もかけて整備された船着場はドクロの旗を掲げた大量の海賊船に占拠され、すべての商船は停泊の邪魔になるからと徹底的に破壊された。市場の店という店は略奪され、町のいたるところで黒煙が上がっている。すべての人間は突然やってきた暴虐王の所有物となった。気まぐれに殺されるか、犯されるか、奴隷にされるか。そこに本人の意思は存在しない。

 

 住民は逃げることもできなかった。逃げようにも行き先がない。彼らの暮らす土地は三方を海に囲まれ、唯一残された西方には長く険しい山脈がそびえ立っている。魔獣に喰い殺されるか、海賊の気まぐれに怯えながら生きるかの二択しかないのだ。

 

 たった二週間で町の火は消えた。道は汚物と死体が転がるままに放置され、掃除する者もいない。悲鳴と嬌声と破壊音がこだまする中、元凶はアルコール片手に酒場の席を設けていた。

 

「この北の港は、サムスーフの山の恵みを海路でワーレンに送り届ける中継地だ。陸路なら数倍の時間と労力をかける道のりが、ここの有無で大きく変わる。戦略的な価値はもちろん、商売の点でも欠かせない。もちろん、あたしらにとっても大事な金づるさ」

「ふうん」

 

 話などお構いなしに、手元の瓶からワインをがぶ飲みする。オレルアン産のブドウというが、個人的には美味ければどこでもいい。今日の酒は口に合った、それで十分じゃねぇか、と心中で呟く。

 

「――――そんな重要な拠点を、商人すべて皆殺しにしたうえに、何もかも台無しにして飲む酒は美味いかい? ええ、バーンズさんよ」

「最高だな。いうことがねぇや」

 

 げふ、と酒臭い息を吐きつける。浴びせられた相手が眉を寄せるや、握り締めていた乗馬鞭をひび割れたテーブルに叩きつけた。

 

「ふざけんじゃないよ! これのどこが最高だい!? ここが金を生んだのは、貿易の途中に寄った商家がたんまり金を落とすからだ! それをあんたは港ごとぶち壊しやがった! ここがまた金を落とすようになるまで、あんたはどうやって食ってくつもりだ!?」

「小難しいこと抜かしてんじゃねぇよ、クソアマがぁ!」

 

 お互いを隔てていたテーブルを蹴倒す。空になった瓶を叩き割り、刃先を突きつけた。

 

「俺達は海賊だろうが! 気に入らねぇやつをぶっ殺して! とびきり良い女を抱いて! 浴びるほど酒を飲んで! 自分の思うままに生きて死ぬ! それが海賊の生き様だろうが! 都の貴族みてぇな能書き垂れてぇならよそでやれ! 俺のやり方に文句があるってんなら、てめぇだろうと容赦はしねぇぞ、ブレンダ!!」

「……そうかい。付き合ってられないね」

 

 愛想が尽きた、といわんばかりに冷笑し、ブレンダが背を向けた。破砕した瓶と家具の散らばる店内を、艶のあるブーツが進んでいく。

 

「どこへ行く気だ?」

「帰るのさ。あたしらの家にね」

「命令だ、許さねぇ。ここの頭は俺だ。俺に従え!」

「あんた、いま自分でいったことも忘れたのかい?」

 

 ランタンの灯に照らされた鞭が、海色に澄んだ青髪豊かな頭を指した。

 

「気に入らねぇやつはぶっ殺す。あんたは昔から気に食わなかったが、どうやら潮時が来たらしい。次に会ったら殺し合いだ。せいぜい、自分だけしかいない猿山で生きるんだね」

「待っ……!」

 

 男の声に耳を貸すことなく、緋色に染め上げたマントを翻して女海賊ブレンダが店を後にする。海賊の身を隠して訪れた店は、そのことごとくが破壊されていた。次に訪れるときがあったとしても、同じ店には戻るまい。あの上等なラムをくれたバーテンは、店の二階で無惨に横たわっている。

 

 ブレンダの指示で街中に散っていた部下達がひとり、またひとりと列に加わる。見た目こそ海賊だが、いずれも軍人じみた風格さえ漂わせる。明らかに他の海賊達とは練度が違っていた。

 

 女傑を先頭にした一団がとうとう船着場に到着する。道を遮る海賊達を片っ端から殴り飛ばし、抱え上げては海に投げ込んでいく。罵声も悲鳴も意に介さず、全員が一隻の船に乗り込むと、ひときわ大きな海賊旗が風に揺られた。

 

 武装船ガルディア。

 

 ガルダの名を冠したこの船こそが開拓都市ガルダの公用船であり、ブレンダの城だった。

 

「婆様の()使()()は終わった! ガルダに帰るよ、お前達!!」

「了解! お嬢のお帰りだ、全力で飛ばせ!」

 

 有象無象の群れを散らすように、ただ一隻の船が北へ進む。目的地はガルダ港。モスティンの村とは反対の、西方に位置する開拓港である。

 


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