タリス王に俺はなる   作:翔々

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14.上下にきらりと光るたま

アカネイア暦538年 モスティン9歳(k)

 

「ダメよ。話の前提が整ってないもの」

「駄目かぁ」

「駄目もだめ。ダメダメよ」

「……」

 

 突然のダメ出し三連発で撃沈したモスティンです。俺はまだいいが、隣の爺様は意気消沈を通り越して沈痛に至っている。もっと早くからやっておけば、という後悔の呟きもセットだ。

 

 トワイス商会との真珠取引は滞りなく行われ、村に必要な物資がある程度は揃ってきた。消臭炭や食材の新メニュー、子供用玩具などの売上の一部をロイヤリティとして受け取る契約など、真珠に頼らない収入源も着実に増えつつある。ワーレンで売れれば売れるほど村も儲かるのだから、俺も爺様もウハウハである。だからって毎日毎晩カンヅメにされるのは困るが。

 

 物はひと段落がついたので、次は人を雇わなくてはならない。トワイスにアドバイスを求めたところ、まずはと紹介状をひとつ渡された。名前はブラックリー。五十歳にさしかかった細身の男で、ワーレン郊外の一軒家で悠々自適のひとり暮らしを楽しんでいるとか。

 

 元々は建築技師で、ワーレン中のあらゆる商売の建物に関わっていたが、途中から町そのものの機能性に興味を持った。住宅と店が乱雑に並ぶ通りと、市場と家とを分けた通り、どちらが町として機能的かを徹底的に調べたのだという。自腹で区画整理と行政の研究をしたわけだから、凄いというほかない。天才はどこにでもいるんだなぁ、としみじみ思った。

 

 新しいものに目がないと聞いたので、俺特製の寒天(ブルーベリー仕立て)を土産に持っていくと、こころよく出迎えてくれた――――までは良かった。

 

「あらあら、いらっしゃい! トワイスさんから聞いてるわよ、ずいぶん苦労してるんですって? お爺様も上がって上がって、ステキなお土産をみんなで食べましょう!」

 

 オカマさんだ。

 

 なるほど細身である。後ろから見たら女と間違えてもおかしくない線の細さ。服も装飾品も、そこらの男達とはセンスがケタ外れに違う。本物の審美眼をもった知識人なのだ。

 

 でもオカマさんだ。

 

 雑多な人の往来を避けて郊外に暮らすのは、自分の感性に集中するため。壁という壁、あらゆるスペースに木炭で描いた建築のデッサンが貼られ、机には驚くほど立体的に描かれた建物をずらりと並ばせた一枚絵があった。ここは彼のアトリエなのだ。これほど繊細な感性を発揮するには、場所が限られるのも頷ける。それを可能にするだけの資産と人望も兼ね備えた、当世一流の職人といえるだろう。

 

 つまり、最高のオカマさんだ。

 

 俺が妙に納得してしまったのをよそに、横の爺様は完全に機能停止してしまった。数十年の村暮らしどころか、人生でも会ったことのない人種に遭遇したためだと思われる。何度か肘でこづいたら復帰した。

 

「ありがと、美味しかったわ! 口寂しい、でも太りたくないって乙女の願いをかなえてくれるステキなお菓子ね。あんまり栄養はなさそうだけど、美容食品としてとびっきりの需要がありそう! いいわいいわ、あたしからも宣伝してあげる!」

 

 気に入ってもらえたら何よりです、本当に。この人に認められたら本物だろう。俺も鼻が高くなる。

 

 掴みは上々。最高の滑り出しから本題に入っていき、村の置かれた状況、俺と爺様の目標、そのためにトワイス商会と結んだ契約について説明する。興味深そうに頷いていたのだが、村そのものについての話題にさしかかったところで突然目を覆ってしまった。

 

「……モスティン君、それはダメよ。いけないわ」

「ブラックリーさん?」

「村を変えたいと夢を持つ。ステキなことよ。こんな辛い時代に生まれて、海賊とも戦って、遠い島からここまで無事に渡ってきた。誰にだってできることじゃない。もし仕事を受けるなら、私も張り合いがあるってものよ……でもね? あなたも、お爺様も、肝心なことを置き去りにしてしまっているわ」

 

 柔和な笑みを一瞬で消し去り、職人として生きた男の顔が俺と爺様の心を殴りつけた。

 

「村のみんなはどう思ってるの?」

 

 痛いところを突かれた。気づいてはいたが、触れてこなかった致命傷を見事に貫かれた。

 

「町も村も、ひとつの共同体なの。長が道を示すのは義務であり役目よ。けれど、長の下で生きる人々にだって意思があるの。それもひとつだけじゃないわ。一人ひとりが、嘘みたいに複雑な心をもっているのよ。長は彼ら全員に心を砕かなくちゃいけない。たとえ良かれと思った行動でも、全員が望むものとは限らないから。あなたの村に100人いるのなら、100個の思いが返ってくるはずよ。まずはそのことを確認して。村に住む人達が、本当は何を考えているのか、何を望んでいるのか。それも知らないで、適当な仕事はできないわ」

 

 言葉がない。何も出てこない。言い訳ならいくらでもあるのに、口に出すのも情けない。その瞬間、俺は自分の甘ったれな心から目を背けることになる。

 

 放置していたつもりはなかった。状況があまりにも急展開に過ぎたせいだ。トワイス商会の商船員達の介抱に捕虜の始末、ワーレン行きの選抜と村を守る人員の指名、自分達がいない間の打ち合わせ。とてもではないが、村全体で話し合うような余裕はなかった。それでも。

 

 その時間を無理にでも作っていたら、目の前の逸材をスカウトできたかもしれないのだ。

 

 ちらりと横を見る。爺様は目をつむっていた。テーブルに隠された拳が震えている。ブラックリーの言葉への怒りではない。この状況を招いた自分への怒りだろうか。

 

 いま、爺様の脳内では村の改革に反対する顔ぶれがありありと浮かんでいるに違いない。筆頭は現村長、爺様の息子であり俺の父。中高年層には父の支持者が多数いる。一家の大黒柱に無条件で従う妻子も含めれば、おそらくは村全体の三分の一か、多ければ半数が父につく。

 

 彼らとぶつかるときが来たのだろうか。もはや避けては通れそうにない。どんな結果になるにせよ、俺は村を二分する覚悟を決めなくてはならない。でなければ、村の改革そのものが頓挫しかねなくなった。

 

 意気消沈した俺達に、ブラックリーは紅茶で唇を潤してから、にっこりと笑った。

 

「次よ」

「?」

「またワーレンに来るんでしょう? そのときまでに、村の意見をまとめるの。もちろん反対する人もいるでしょうけど、賛成する人だって大勢いるはずよ。そうしたら、お互いに話し合うの。何をやっていいか、何をしたらダメか」

 

 指折り数えていく。

 

「たとえば……もう決めたかもしれないけど、商船の停泊する船着き場は作るのか、とか。これは誰も反対しないでしょう。次に、海賊と戦う兵隊は何人まで雇うのかも必要ね。そして、新しい仕事をどの村人が担当するのか。これが一番揉めるんじゃないかしら。ただでさえ毎日大変なのに、これ以上できるか、なんてね。そういう面倒なことも、ぜ~んぶ話し合うの。そうやって、ひとつずつ解決していくのよ。石を積み上げるように」

 

 片目をつむり、人差し指を一本だけ立ててみせた。

 

「村をひとつにしなさい。その時こそ、あなたのステキな夢をこの私、ブラックリーが支えてあげる」

 

 

 

「フラれたなぁ、爺様」

 

 とぼとぼと宿場への帰り道を歩きながら、ため息をつく。トワイスの人選は的確だった。ブラックリーは自分の仕事にプライドを持った、ワーレンでも一、二を争う職人に違いない。

 

 二流三流の相手なら、目先の金に飛びついたはずだ。しかしブラックリーは違った。丁寧に断りながら、俺達への助言も、仕事を受ける条件も提示してくれた。要求をクリアすれば受ける、とまで宣言したのだ。破格の対応といっても過言ではない。

 

 ともかく、言質はとれた。村を変えていくために必要な頭脳とのコネが作れた。今回はそれで良しとしよう。くよくよしても始まらない。次に向かって動かなくては、村の寿命が縮んでしまう。

 

「……爺様?」

 

 俺に返事をするのも忘れて、爺様は黙り込んでいた。思えばブラックリーとの商談の途中から様子がおかしかった。沈痛な面持ちのまま、何かを必死に案じているような。

 

 覗き込む俺に気づいて、爺様が立ち止まった。

 

「む? どうした、モスティン?」

「どうしたじゃないよ、爺様。さっきからずっと黙ったままじゃないか」

「……そりゃあ、の。年甲斐もなく手抜かりを残してしもうたわ。情けなくてな」

 

 あごの白髭をいじりながら、爺様が首を二度、三度と振る。

 

「ま、仕方がなかろう。今日のところは帰るぞ、モスティン。こうなったら海賊船二隻を停める船着き場だけでもこさえにゃならん。それだけは村の全員が賛成するじゃろう。いや、意地でもそうさせる。反対するものを説得して回らんとな」

 

 自分に言い聞かせるように話しながら、爺様が再び歩き出す。ブラックリーの家を後にするときよりも早足だった。慌てて俺も追いかけながら、離れていく背中を見る。

 

 ほんの少し、爺様が小さくなってしまったような気がした。

 


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