アカネイア暦538年 モスティン9歳(l)
ブラックリーに断られた俺達だったが、やるべきことは確認できたし、いまできることを果たそうと気持ちを切り替えた。ついてきた村人4名も総出で輸送船に物資を詰め込んでいき、着々と準備を整える。
今回村へと持ち帰る品目は以下。
・村にはない食料(アリティア・オレルアン・グルニア産の小麦など)
・武器(消費した矢、新しい剣・槍・斧)
・書物(アカネイアの文字手習い本)
・工具(建築・船)
・衣類(アカネイアの一般流通品)
・海図(トワイス提供。村―ペラティーワーレンの航路)
・嗜好品(酒)
もっと詰め込みたかったが、今回は断念。むしろ物資よりも人員で収穫があった。
トワイスに村の本格的な船着き場の建設を相談したところ、引退して間もない職人がいるとのことで、大急ぎで紹介してもらう。短く刈り込んだ白髪にハチマキを締めたいぶし銀の初老男性だったのだが、なんとフィットマンの師匠だと聞かされてお互いに驚いてしまった。
「三年間みっちり仕込んで北の港に送ってやったってのに、海賊に占拠されたっていうじゃねぇか。柄にもなく心配してたんだが、まさか下っ端にされてあんたらに助けられたとはなぁ。ま、いいだろ。あいつの顔を見るついでに、住みやすければそのまま移住させてくれや」
さすがは腕一本で生きてきた職人というべきか、フットワークが凄まじく軽い。向かう途中で海賊に襲われる危険もあるのに、そんときゃそんときよ、で笑い飛ばされてしまった。見習いたい、このクソ度胸。
次に、これは父にも頼み込んで許可してもらった人材で、村の護衛と稽古をつけてくれる教官役。こないだの海戦ではっきりと思い知らされたが、俺達には戦う力が圧倒的に足りない。毎日のように鉄火場を生き抜く海賊相手に、いまの村の戦力だけでは勝てないことを痛感した。どんなに漁が忙しくても、一日の中で武器を手に取って稽古する時間がほしい。それには信頼できる教官が絶対に必要だった。
航海前から伝えていたおかげで、こちらは早々に確保できた。かつてワーレンの闘技場で新米を鍛え上げてきたベテランで、魔道以外の武器をあらかた使いこなせるプロだという。なぜそんな人がド辺境に来てくれるのか疑問なのだが、本人いわく
「飽きた」
の一言で済まされた。十五の歳から剣闘士デビューして三十歳で引退、それから二十年を教官として生活してきたが、いい加減ワーレンから離れたくなったそうな。自分を必要とする危険な村があるならぜひ行きたい、とまでいってくれたので、俺も爺様も喜んで承諾。彼も村に移住となった。
村へと戻るための船は二隻。どちらもトワイス商会の船である。北の港での失敗を教訓に、選りすぐりの船員達を選抜したという。物凄くありがたい。一流の船員がどうやって船を操るのか、じっくりと勉強させてもらおう。
物資も揃い、人員も集まった。治安についても、ワーレン東の海には依然としてペラティ海賊の船は少ないと報告があった。やはり北の港付近に集結しているのだろう。無事に帰るなら、いまが絶好のタイミングである。
期待と不安に包まれながら村を出たのが二十日前。ワーレンでの生活は八日間で終わりとなった。大量の船がひしめく船着き場の一角に集合した俺達は、見送りにきてくれたロレンスとトワイス、リフ、ブラックリーに別れを告げる。
「あなたと過ごした時間は面白かったですよ。新しい商品開発も進みましたし、次回もよろしくお願いしますね」
「おい、目が怪しくなってる」
「おっと失礼」
……もしかして、ロレンスがおかしくなったのは俺の影響なんだろうか? 初対面のときはもう少し猫を被っていたというか、貴族のお坊ちゃんをやっていたはずなのだが。いくらなんでもここまで酷くはなかったような気がする。
「冗談です」
本当か?
「これでも感謝しているんですよ。あなたと会ってから、肩の荷が下りたように動きやすくなった。もう少し自由にやります。ですから、生きてまたこの港町に来てください。村のためにも、私のためにも。何より、あなた自身のためにね」
突き出された拳に、俺の拳を合わせる。お坊ちゃんにはありえない拳骨が音を鳴らした。
「青春ですね。美しきかな」
「素朴な田舎少年と貴族の美少年の取り合わせ……いいわ! ステキよ、あなた達! 有名になったら本にしてあげる!!」
「その暁には出版しましょうか。版元も兼ねますので」
リフ修道士、そこのふたりを止めてくれ、はやく。得体のしれない寒気がするんだが。
なんとも締まらない別れになってしまったが、これで俺達のワーレン滞在は終了となり、村への航海が始まった。次の定期便はおよそ三カ月後になる。
果たしてそのとき、村はどうなっているのだろう?
モスティン達が帰りの航海に発ってから三日後。
ワーレン商会議は全会一致で北の港の奪還作戦を可決し、多数の傭兵を軍船で派遣。ペラティ西の入り口を封鎖していた海賊船が慌てて北の港へ逃げるのを、すべての船が一糸乱れぬ操船で追撃する。
相手はガルダ海賊とペラティ海賊の混成。普段から縄張り争いで衝突する両者にチームワークはいっさい存在しないが、勝ち馬に乗ったときの勢いは恐ろしい。伏兵による再包囲を警戒しつつ北の港へと向かったのだが、事態は思わぬ方向に転がっていた。
「船多数、海に出てくるぞ! ……いや、違う?」
「どいつもこいつも、船首がバラバラに向いてるじゃないか。まるで連携がとれてないな」
海戦に慣れたワーレン傭兵が呆れるほど、眼前の海賊達は慌てふためいていた。目の前に幾つもの軍船が迫っているにもかかわらず、戦闘態勢に入っていない。本拠のガルダ海・ペラティ海に撤退するのはいいとして、逃げ場のないサムスーフ側へ走らせる船もあれば、あろうことか一隻で船団に突っ込んでくる船まであった。さては囮か、と警戒するも、先頭の軍船に軽くひと当たりされただけで降伏してくる軟弱さである。
「どういうわけだ、こりゃ? 襲うものがなくなって、仲間割れでもしたのか?」
「……ああ、そういうことですか」
困惑する傭兵の隣で、見学がてら参戦したロレンスが北の港を指さす。船着き場からルートを辿るように西へなぞり、天高くそびえる山脈で止まった。
「サムシアンですよ。この港は、彼らの縄張りでもあったのですね。収入源を台無しにされたのだから、報復に動くのは当然です」
サムシアン。
サムスーフ山を根城に活動し、山脈の隅々までネットワークを張り巡らす一大山賊組織である。ガルダ海賊やペラティ海賊が海を荒らすように、サムシアンは山を縄張りとする。陸路の商人を襲い、鎮圧にきたアカネイア軍にもゲリラ戦を仕掛けて返り討ちにするほどの猛者集団。陸に足をつけた海賊が勝てる相手ではない。
ロレンスの推測は正しかった。サムシアンは彼ら独自の情報収集によってワーレンの出動を知り、完璧にタイミングを合わせる形で北の港の西側出口を急襲。我が世の春を謳歌していた海賊達を片っ端から排除していった。三週間もだらけきったバーンズ達に、険しい山で毎日を死に物狂いで生き抜くハンターの群れと戦う力はない。あっという間に港の支配は崩壊し、我先にと船に飛び乗って逃げ出す始末だった。
「山猿どもがぁ! 同じ賊だろうが、俺達を敵に回すってのか、ああ!?」
ひと暴れもできない内に敗者となったバーンズが船上から罵倒するが、サムシアンは鼻で笑って答えない。お返しとばかりに鳥羽根の矢を飛ばし、バーンズの頬を皮一枚かすらせてみせる。
バーンズはおろか、ロレンスの指摘も彼らには的外れだった。そもそもサムスーフ山脈に生きる彼らを山賊として認識するのは、アカネイアの枠組みに属する人間の都合でしかない。もともと彼らはサムスーフ土着の先住民であり、あとから支配者として乗り込んできたアカネイアは敵以外の何者でもなかった。ろくに恩恵も与えずに山賊扱いしてくるアカネイア貴族のサムスーフ候ベント家に従ういわれは当然なく、かれこれ数十年に渡るゲリラ戦を続けている。
彼らにとっても北の港は重要な収入源のひとつだった。縄張りに侵入されれば襲うし、敵対商家を誘拐して身代金を要求することもあるが、彼らも市場には欠かせない客であり、同時に商売人でもあった。木彫りの民芸品や動物の剥製、船用の木材を売るかわりに、良質な塩をはじめとした海の幸を購入する。彼らなりの持ちつ持たれつの関係を築いていたのである。
バーンズは、その関係を根本から消滅させた。ブレンダが怒り狂ったのは、山賊という言葉では簡単にくくれないサムシアンの存在を重視していたからに他ならない。サムスーフ山脈はガルダ港のすぐ左である。大急ぎでバーンズを切り捨てて、ガルダ海賊を代表してサムシアンと交渉しなくてはならなかった。
「クッソがぁ……撤退だ! ペラティ海に走れ!」
「ガルダには戻らねぇんですかい!?」
「俺にあのアマの下につけっていいてぇのか!? とっとといけや、能無しがぁ!!」
自分が集めた仲間達を囮にして、ワーレン北部を機能停止に追い込んだバーンズの船が離脱する。大混乱になった海上の制圧にワーレン傭兵が手一杯になってしまい、船は追撃されることなくペラティへとたどり着く。男の悪運はいまだに尽きる様子を見せなかった。
五日間ほどパソコンから離れた生活になるので、その間更新ができません。しばしお待ちください。