タリス王に俺はなる   作:翔々

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19.火種ふたたび

アカネイア暦540年 モスティン 11歳(a)

 

 村の人口は120人に届こうとしている。2年でおよそ2割増し。横ばいだったこれまでに比べたら、驚きの右肩上がりだった。

 

 この2年で亡くなったのは老夫婦が寿命で2人、海賊の襲撃で若者と大人が1人ずつ。生まれた子供は9人、村の護衛役としてワーレンで雇った傭兵が10人、職人が2人移住した。21-4で17人が増えたことになる。

 

 村が変わりつつある中、俺はひたすらに交渉を続けていた。雨の日も風の日も、村人達と話し合いの場を作り、膝を突き合わせて唾を飛ばし、ときには拳まで飛んだ。自分の考えをまとめて、誰が聞いても理解できるように噛み砕いて、それが相手にどんな利益になるかを説明していった。たったひとつの、それこそどうでもいいような議題のために、何度でも席を囲んだ。喧嘩別れになった回数は数えきれない。お互いに嫌な顔をしながら、それでも途中で止めることだけはしなかった。

 

 一番しんどいのは古株達とのやり取りだった。はなから話す気がないんじゃないか、と思うくらい手応えがない。何をいってもはあ、ふうん、ほー、の繰り返し。正直キレそうになった。昔から世話になったとはいえ、手近にあった棒でぶっ叩きそうになったこともある。その前にマックスの方がキレて暴れだすのを必死になって止める羽目になるので、どうにか暴力沙汰にはならないでいる。自分より興奮してる奴がいると冷静になるって本当なんだな、と納得した。

 

 こんなことを2年もやれば、色々と察することもある。

 

 俺は試されているのだ。村を台無しにするような人間なのか。夢を現実に変えるためなら、気の遠くなるような忍耐を続けられる男なのか。求められるのは派手な活躍ではない。もっと地道で、泥臭くて、誰も興味を示さないような日陰の下積みなのだ。それをどんな相手にもできるか、誰が相手でも折れずに貫けるか。

 

 華なんてない。誰も望んでやるようなことではない。それでもやらなければならない。漁に出て、稽古に耐えて、疲れ切った体に鞭打つようにして頭を酷使する。何度も知恵熱を出した。心労で潰れかけた。海がなければ耐えられない2年間だった。潜水は7分を記録した。カニミソ美味しいです。

 

 そんな生活の中で、俺は父からひとつの試験を課された。毎年恒例の南の部族との交流会を、俺が代表として取り仕切るように、と。その裏で父が何をいわんとしているのか、すぐにわかった。

 

 これは最終テストなのだ。誰を村に残し、誰を向かわせるか。いつ出発し、あちらで何日滞在し、どんな段取りを踏むか。持っていく物品と、それとは別の食料の持ち出し分。あちらに渡す情報と、こちらに引き出させる情報。どこまでを知らせて、何を伏せるかの駆け引き。すべての要素を点検し、確認する。この手間こそが重要なのだ。

 

「今回連れて行くのは30人、この内15歳から35歳までの男手20人を中心にする。世話役として40歳までの大人も5人。ワーレン傭兵も護衛として5人を連れて行きたい」

「村の守り手を割く理由と、連れていく村人の人数の根拠は?」

「傭兵には万一のため、この村以外の地形を知ってもらいたい。若い村人だけの理由はふたつ。今回の交流が大人入りの試験であること、もうひとつは……まぁ、新しい血の入れ替えのためというか」

 

 ようは村同士のお見合いである。恋愛をすっ飛ばした妊活セミナーともいう。

 

 何十年、何百年も100人かそこらの人間だけで交配していると、血が濃くなりすぎる恐れがある。近親婚を避けるためには、どうしても外部の血を入れなくてはならない。閉鎖気味なコミュニティの生き残り方としては、ごく普通の儀式といえるだろう。

 

 なお、俺は村長試験のためか、ひとりだけお見合い禁止令が出された。辛い。とっても辛い。しかし我慢する。これくらい耐えられずに村が救えるか。マックスのやつがめっちゃ楽しみにしてるのが腹立つ。おのれイケメン。せいぜい妾も抱えて子沢山な家庭を築くがいい……!

 

「よろしい、理由も的確だ。人員の選定も問題ない。私も同じ面子にするだろう。準備は万端だね」

「ほっ」

 

 思わず安堵の息が漏れる。何日も前から、俺ひとりの判断で各工程の数字を割り出してきた。今回ばかりは爺様の手も借りられず、不安との戦いだったのだ。それも合格をもらえたことで、ようやく肩の荷が少し降りた。来年は絶対マックスにやらせるからな。首を洗って待つがよい。

 

「……もう気付いているかもしれないが、モスティン。今回の交流会は、2年間の君の成果が試される。お祖父さんがついていくのは、経過を見届けるためだ」

「ああ、わかってる」

「連れていく面子は、今後君が村長としてやっていくための原動力になる。彼らは君の手足であり、君は彼らの頭脳でもある。適材適所を心がけるんだ。しかるべき場所にしかるべき人材を配置する。それができれば、失敗はほとんどない」

「大丈夫、ちゃんと頼るよ。誰が何をできるのか、逆に何ができないか、俺の頭にしっかり入ってる」

「村に残る面々も心配ない。全員が君を認めている。信じられないかもしれないけど、あの老人達も君を応援してるんだよ。今回の試験を言い出したのも、一番厳しかったトム爺さんだからね」

 

 トム爺さんは村一番の豪傑である。若い頃は自己流で槍を振り回し、村を襲った海賊をなぎ払っては追い返した古強者だそうな。今では爺様とのんべえ生活にふける、怒ると怖いひねくれ爺さんだ。この人が俺の話を聞かない筆頭だったのだが、実は認めてくれていたのだろうか。

 

 俺が感慨にふけっていると、父が無言のまま、俺の背中に手を回してかき抱いた。思いがけない抱擁に戸惑っていると、情の深い声が漏れる。

 

「君はもう、私より大きくなったんだな」

 

 父にいわれてから、俺はようやく気づいた。俺の背は、いつのまにか父を越えていた。並んでしまえば肩幅が細身の父よりも広く、俺がすっぽりと隠してしまう。

 

 少し前から違和感があった。父が小さくなったのではないか、と。そうではなかった。俺が父よりも大きな図体になってしまっていたのだ。一緒に暮らしているにもかかわらず、なんでそんなことにも気づかなかったのだろう。俺の観察力は、まだ父に及ばないらしい。

 

「好きにやりなさい。君はもう、立派にやっていける」

 

 ほんの少しだけ赤くなった目の父がくれた、餞別の言葉だった。

 


 

アカネイア暦540年 モスティン 11歳(b)

 

 交流会は問題なく進行していた。

 

 若い男と女が大人数で揃ってしまえば、広場は盛大なパーティー会場と化す。なにせこちとら、ありがたくも色々とお世話になってしまう男どもである。そりゃもう奮発せにゃなるまいと、前もってワーレンで集めた異国の品々を惜しげもなく提供した。

 

 島ではお目にかかれないガラス細工の杯に、血のように赤く澄んだアルコールの上物を注ぐ。ガラスどころかワインすらも初めて目にした女性陣がどうしていいのかわからず、隣の男性陣に手ほどきを受けながら少しずつ嚥下する姿はなんとも可憐で愛らしく、男達を一発でKOさせた。テーブルの下でガッツポーズ。これで掴みは上々よ。

 

 最初のお膳立てさえ手伝ってやれば、お偉いさんはお邪魔虫でしかない。俺と爺様は早々に席を立ち、あちらの老集落長と孫の兄とでまとめにかかる。

 

「去年よりもさらに豪華になったな、モスティン。食い物から食器まで、見たことがないものばかりだ」

「みんなを驚かせたかったんだよ。おかげで盛り上がったろ?」

「いやいや、つくづく信じられん……まさかのぉ、あの坊主がここまでやってのけるとは。爺殿の鼻も高いの」

「それほどでも……ま、おひとつ」

「では、乾杯」

「こっちは果実酒の薄いやつにしよう」

「俺達まで酔っ払ったら収拾がつかないもんなぁ」

 

 歳の近い男達が2組ずつ、新月の夜の下で酒を酌み交わす。隣のテントはいよいよ盛り上がってきたのか、美声を披露する男と乗ってきた女のデュエットが聞こえてきた。

 

 まとめといっても簡単なもので、抜け出す口実が欲しかっただけである。というのも、お互いのコミュニティがそれぞれ転換期に直面したことを昼間に知ったためだ。

 

 俺の村は父が早すぎる引退を決意したので、来年からは俺が村長としてまとめることになる。うちはまだ穏便だから良いのだが、もう一方の南の集落は深刻な事態に陥っていた。

 

 今年に入ってからペラティ海賊の侵略が頻発しており、つい先日には集落の長を務めていたタームの両親が戦死してしまったというのだ。いまは先代の長だった祖父が代理を務めているが、すみやかにタームへと継がせるべく奔走しているのだとか。

 

 それを聞いたとき、俺はいよいよか、と胸中で呟いてしまった。ワーレンでもペラティ海賊の活性化は噂されていたからだ。なんでも2年前に取り逃したガルダ海賊の頭目が潜りこみ、一大勢力になりつつあるという話だった。はた迷惑なことである。どうせなら海賊同士で潰し合えばいいものを。

 

 というか、

 

「そういうことは事前に伝えろよ!」

 

 村長夫妻が海賊に殺されました、なんて知らなかったぞこっちは! 前もって知らせてくれたら、対応策でもなんでも協議できたじゃん! 持ってくるものだって武器なり傷薬なり吟味したのに!

 

 かなり強めに抗議したところ、親の死があまりに急だったのと、毎年欠かさなかったイベントが中止になるのを恐れたためだと説明された。ははぁ、そうですか。実に真っ当な理由ですね。

 

 ……この2年、人間観察を修行させられた俺は、裏の事情をなんとなく察した。

 

・ひとつ下の俺への嫉妬と対抗心。

・自分が村を背負うのだというプレッシャー。

・交流会という公の名目で、数日間だけでも足りない男手を確保できる打算。

 

 ターム本人も自覚していない心の動きと、先代族長の計算が入り混じった結果が報・連・相の欠落なのだろう。たて続けに不幸が起こったせいで、組織としてまともな判断が下せなくなっている。いや、わかるよ、そうしたくなる気持ちは。いまなら理解できるとも。でもさぁ、そんなことされたら今後の付き合いにも関わってくるでしょうが。中・長期的には信頼を無くす悪手だよ、それは。

 

 正直もにょる。が、もちろん表には出さない。それぐらいの顔芸は身に着けたつもりだ。不承不承ながら納得した、という顔を見せるに留めておこう。

 

 俺の方も手抜かりだったのだ。自分の村に手一杯で、隣の集落まで気にかける余裕がなくなっていた。この交流会が終わったら、改めてお互いの在り方を考え直さなくてはなるまい。もっと密に連絡を取り合わないと、両方共倒れになりかねん。

 

 ……どうなんだろうなぁ。俺の見たところ、伝えなかったのは祖父の判断だと思う。ターム自身が俺達の戦力を計算に入れたのは間違いないが、こいつは根っからの常識人である。卑怯な真似を嫌う性格上、こんな手は取れない。となると、後見人として補佐する祖父に押し切られたか。うちの爺様が相手をしてくれているが、ふたり揃ってちらちらと俺に視線を寄せてくる。むず痒いんですけど。

 

(こっちも大変だな)

 

 俺同様、タームも苦労するだろう。祖父に認められるまで何年かかるかもわからない上に、狭いコミュニティ内で肉親と対立する可能性だってある。俺は2年かかったが、こちらはどうなるやら。

 

 幸いなことに、タームは俺と違って集落の信頼を最初から得ている。11歳と12歳、一年の重みが違うからだとタームはいうが、単純に人徳の差だと思う。俺にそんなものはない。あったらこんな苦労をする必要はないだろう。羨ましくて涙が出そうだ。

 

 ともかく。若くして群れの頂点に立たざるを得なくなった共通点を通して、俺とタームは改めて協力していこうと握手した。もう相撲を嫌がって逃げ出していた内気な少年はいないんだなぁ、としんみりしてしまう。

 

 突如として悲鳴が響いた。

 

 果実酒で酔うほど弱くはない。互いに頷くと、自分達の祖父に隠れるよう伝えて走り出す。タームは宴中の護衛を買って出た集落の男達のもとへ向かい、俺は急いで会場に飛び込む。

 

「宴は中止だ! 全員武器を取れ!!」

「おう!!」

 

 空気はすっかり戦場のものに切り替わっていた。ワーレン教官の指導の賜物である。マックス主導で村の男達は既に戦闘態勢に切り替わり、世話役の大人達が集落の女達を守るように囲んでいた。

 

 鋭いものが風を切って進む音のあとから、幾つもの悲鳴があがった。

 

「二手に別れる! 世話役5人はここを守れ! 傭兵3人と男手10人は俺とタームの加勢に動く! 残りは全員マックスに従って周辺を遊撃! 行くぞ!!」

「了解!!」

 

 頼もしい声が返ってくる。2年前では到底叶わなかった動きができている。本職の兵隊とまではいかなくても、自衛なら十分に可能なはずだ。

 

 ワーレンの鍛冶屋特注の槍をしごきながら、俺の率いる隊はタームのもとへと駆けていった。

 


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