タリス王に俺はなる   作:翔々

20 / 26
20.ほろびのとき

アカネイア暦540年 モスティン 11歳(c)

 

 寄せ手が火矢を使うのは、相手の動揺を誘うのと同時に、守備側の手間を増やすのが目的だとロレンスから聞いたことがある。ただの矢なら盾なり壁なりで防げば済むのに対して、火矢は火の粉を撒き散らしていたるところに着火させる遅延用の兵器である。消火に人手を回さざるを得なくなり、その分だけ守り手の戦力が減ってしまうのだ。

 

 火を消すのが先か、反撃するのが先か。

 

 その場にふさわしい判断を下せるのが優秀な指揮官であり、間違っていても一貫した行動を取れるならマシなリーダーである。

 

 タームがどちらだったのかはわからない。惜しむらくは、経験を積む前に処理し切れないほどの敵を抱えたことだった。

 

 集落の男達がひとり、またひとりと倒れていく。火矢から森に燃え移った炎の消火作業。たび重なる襲撃で武具を消耗し、傷を負ったままの戦力。すべてが後手に回った状況の中、どっちつかずに右往左往するままに切り込まれ、矢に貫かれる。

 

 視界の奥で、断末魔をあげながら崩れ落ちる少年が映った。

 

「――――突撃!」

 

 無傷の新手、それも14人の集団が殴り込みをかけてきたことに相手は驚き、まったく反応できなかった。いまは火なんぞ捨てておく。斬って、突いて、払えばいい。あっという間に刃先が血と脂で染まる。全員が似たようなものだった。俺の隊はひとりの死者もなく、目についた賊を制圧する。

 

 無惨に横たわるタームの亡骸を拝む。できればこのままにしておきたくなかった。安らかに逝けるように整えてやりたい。だが、そんな時間はない。マックス達がどうなっているのか確認しなければならない。武器の点検後、俺達は再び来た道を駆け戻る。

 

 広場は激戦の真っ只中と化していた。方向からして、敵は南の海辺から上陸してきたらしい。ターム達が相手にしたのは別動隊か。侵入を防ごうとした狩人達の壁を強引に突破して、数を頼みに集落中へ散っていく。

 

 その横っ腹を、これ以上ないタイミングで戻ってきた俺とマックスの隊が挟撃した。

 

「タームの村を、好き放題にさせてたまるか!」

「女達を守れ! こいつらにやるのは死だけだ!」

 

 多対多の集団戦は、敵味方が入り乱れての乱戦になりやすい。どうしても個人の力量に左右されがちになり、敵が強ければ貴重な村の戦力をいたずらに失ってしまう。被害を防ぎつつ、効果をあげるにはどうすればいいか。

 

「訓練と同じだ! ふたりでかかれ!」

 

 ツーマンセルの徹底。これに尽きる。

 

 相手は暴力を振るうことにためらいのない力自慢であり、その時点で差がついている。おまけに日頃から海戦と略奪で無駄に経験豊富なせいで、強いやつはやたらと強い。が、こいつらに例外なく共通する弱点がひとつある。スタンドプレーにしか興味がなく、連携しようという意識がこれっぽっちも無いことだ。

 

 基本は群れで行動するくせに、手柄の横取りを恐れて独り占めしようと暴走する。よほど優秀な指揮官がいない限り、勢いに任せて自分の好きなように動くだけの獣がこいつらの本性である。

 

 必然、面は無数の点になり、あとは一点ずつ確実に潰していけば勢いを殺せる。

 

「畜生! 男らしくひとりで戦いやがれ、卑怯者が! それでもキ◯タマついてんのか!?」

 

 戦いに泣き言を吐くやつが卑怯とかいうなよ。目へのフェイントで上半身を硬直させつつ、全力で右太股を刺し貫く。動脈を斬ったらしい。血の海に沈む大男を蹴倒して次に向かう。

 

 撃退は間違いなく成功する。問題は、どこの誰が襲撃を計画したのかだ。ワーレンの噂通り、北の港を破壊した男によるものか? それとも別のグループなのか? 情報を仕入れなくては、集落の今後もおぼつかない。

 

 と思っていたら、マックスが投げ飛ばした海賊をワーレン傭兵にすぐさま捕縛させている姿を目撃した。お前ってやつは本当に……!

 

「もう駄目だ、逃げろ! 船に戻れ!!」

「俺達を置いてくなぁ!」

 

 ようやく海賊達の戦意が喪失し、我先にと南へ走っていく。全員で追撃したかったが、二連戦の疲労が響いている。元気な村人を数人ワーレン傭兵に付けて追わせるだけに留めて、俺は状況をまとめにかかった。

 

 

 

「おお、おおお……!」

 

 広場に横たえられた無数の屍。12歳で逝ったタームの亡骸にすがる祖父が、慟哭に震えていた。まだ幼い妹がその袖を握り、ポロポロと涙をこぼしている。

 

「何故じゃ! 老い先短いワシから、息子だけでなく孫まで奪うのか!!」

 

 残された者達も同様だった。家族なのだろう、横たわる男達に寄り添って泣くか、あるいは放心したように動かない。ショックの大きさに感情が追いつかないのだ。

 

 やりきれない気持ちを抑えながら、集落側の被害を数える。タームから聞いた話では、集落の人口は82人。たび重なる襲撃の中で、タームの両親を含めた戦士6人が亡くなった結果だという。

 

 今回の被害はそれどころでは済まない。これまでの襲撃で備蓄していた武具も底を尽き、捨て身で戦わざるを得なくなったせいだ。戦って死んだ男は17人、重傷で動けない男が11人。逃げられずに背中から斬られた老人が6人、抵抗むなしく殺された中年の女が4人。

 

 82人の集落から27人が亡くなり、頼れる男達も全滅した。残されたのは女子供と戦えなくなった重傷者、かろうじて働ける老人が数人だけ。

 

「……もう、しまいじゃ。何十代と続いてきたこの集落も、ワシらの代で途絶えるのか」

 

 絶望した古老の呟きは、全員の心を代弁するものだった。

 

 他人事ではない。この光景が俺達の村でも起こる可能性は、けして低くはないのだ。ワーレンの情報をまとめてもガルダ海賊の動向が掴めない現状、村は常に警戒を強いられている。その合間を縫っての交流会だった。

 

 俺達が滞在しなければ、集落は全滅しただろう。足手まといは殺され、女子供は散々なぶられてから奴隷として大陸に拉致される。目の前の惨劇すら生温い、この世の地獄に変わっていたのは間違いない。

 

 生き残ったのは幸運なのか、明日の見えない現実を見せつけられるのが不運なのか。彼らはどんな決断を下すのだろう。

 

(……もっと早くに知らせてくれれば、こっちも協力できたのに)

 

 頭に浮かんだ『たられば』を振り払う。いまは現実を見るときだ。雑に集められた海賊の死体置き場に向かい、逃げていった人数を足してみる。

 

 ここに転がる死体だけでも18人。森で見つからずに捨てられたままの屍も数人分はあるだろう。追撃から帰ってきた傭兵によると、岸に着くまでに抵抗してきた4人を殺し、置き去りにされて自暴自棄になった3人を返り討ちにしたと報告があった。島から離れていく二隻の船上には併せて20人ほどの姿があったとも。

 

 確認できただけでも死体が25人分、生き残りが20人以上。多く見積もって、50人からなる集団が攻撃してきた計算になる。

 

 尋常の数ではない。いままで生きてきて、これほど大規模な襲撃があったという話は聞いたことがなかった。ガルダ海賊からペラティ海賊へと鞍替えした頭目によるものか。組織の成り上がり者が、力を示すために群れをけしかけたのか。そもそも、

 

 これで終わりなのか?

 

 どうにも腑に落ちなかった。頭では納得するのに、喉に刺さった小骨のように気にかかる。それが何を指しているのか、言葉にできないもどかしさが強くなっていく。

 

 わからないのなら、聞けばいい。

 

 

 

 両腕を後ろ手に縛られた上に両足首まで繋がれた男が、ふてくされたような顔つきで地面から見上げてきた。マックスに投げ飛ばされて気絶した捕虜である。目が覚めたら自分以外の仲間がひとりもいない状況が信じられず、自棄になっているらしい。

 

「どうだ、マックス」

「駄目だ。いくら痛めつけても吐かない」

 

 棒切れで腹を小突きながら、友人が苛立ちを隠さない。マックスにとってもタームは親友だった。殺し合いの熱が冷めても、生き残った敵への憎しみだけが燃えている。

 

「いっそ、殺した方が面倒もなくならないか?」

 

 二年前の俺みたいな殺意を真顔で漏らすマックスに、まな板の上の鯉同然の男が憎たらしく笑った。

 

「はっ、さっさと殺したらいいだろうが! それともなんだ、腰ミノ巻いた原住民には殺す度胸もねぇのか!? 大人しくメシの種になりゃいいものを、無駄に抵抗しやがって! おかげでこっちは商売上がったりだ!」

 

 まったく元気なことである。マックスに股間を蹴られても、脂汗を流すだけでまた騒ぎ出す。正攻法では埒があかないと見た俺は、とうとう剣まで取り出したマックスと代わることにした。

 

 どうせこんなことになるだろうと、宴会場から持ってきた酒瓶のコルクを勢いよく抜き取る。瓶底に溜まった酒精をゆらゆらと振り起こして香り立たせ、何事かと硬直する男の鼻先に近づける。

 

「オレルアン産。赤の27年物」

 

 ごくり、と喉が鳴る。酒豪は時として、酒瓶一本を白金貨と交換しても惜しくないと言い切る。そんな馬鹿野郎達が、喉から手が出るほど求めてやまない年代物のひとつ。ペラティで奪うだけしかできない男の人生で、こいつを飲める機会はないだろう。憧れの香りを鼻腔に浴びせられた男が、俺と酒瓶を交互に見つめる。

 

「縄は解けないからな。我慢してくれ」

 

 筒先を口に当てた瞬間、バキュームのように食いつかれた。内心うわぁ、と思いながら傾ける。最初はこぼれないように気を使ったが、途中から男の方が器用に顔を動かして、酒瓶を垂直に立てて最後の一滴まで飲み干しやがった。

 

 もういいかな、と離そうとしたら、ぬらぬらした舌が半ばまで瓶に潜り込んで舐めとっていた。そこまでやるか。

 

 強引に引き離す。盛大なゲップを吐いた男の顔にはまだ余裕があった。しゃあねぇな、もう一本いくか。懐に入れていた小瓶を空ける。

 

「グルニア王家御用達の酒造、小ボードウィン15年」

 

 蒸留を重ねてアホみたいな度数にまで高めたアルコールである。ウォッカの亜種か何かか。ロレンスいわく、飲んだらバカになる。用途は自白剤とのこと。ああ、御用達ってそういう……。

 

 5分後。

 

「ウッヒャヒャヒャ! なんらぁ、あんちくしょうらよぉ! 新入りのくせして、俺らをあごで使いやがってぇ! バッカにすんじゃねぇっての、ヒック!」

 

 チャンポンが良い具合にキマッたらしい。自分が捕虜なのも忘れるほど前後不覚に陥ったのなら、とことんヨイショしてやろう。受けるがいい、これが二年間で鍛えられた俺の交渉術―――――!

 

「そうだよな、お前も苦労してるもんな」

「あぁ〜?」

「おかしいよな。なんであれだけやらかした能無しが偉い顔してのさばってんだ? 靴磨きでも肩揉みでも、何でもやって先輩に尽くすのが筋ってもんだろ。それが当然じゃねぇか?」

 

 これのミソは、具体的な名前をいっさい出していない点である。酔っ払って脳内処理が低下した人間なら、自分にとって都合の良い人間のことだと勝手に解釈するのだ。ありがとうジョンソン、お前の醜態は墓場まで持っていくからな。

 

 訳知り顔で適当なことをベラベラまくし立てる俺に、マックスが悪魔を見るような顔で距離をとった。やめろよ、傷つくじゃないか。大人になるってこういうことだぞ。

 

「そうらよぉ!!」

 

 めっちゃビクンビクンのたうち回りながら、男がボロボロ泣きだした。

 

「バーンズのあんにゃろう、なぁにが強いやつに従え、だ! 元はといったら、あいつが俺らを巻き添えにして北の港をめちゃめちゃにぶっ壊したのが悪いんだぁ! おかげで俺らまでとばっちり食らってお尋ね者になったんだぞ!? そぉれを、ムグッ、てめぇはなんにも悪くねぇなんて白々しいことほざきやがって、どの口がいってんだ!」

「そうそう。なんでこんなとこまで来ちまったんだろうなぁ、俺らは」

「ほんっとだよぉ! なんでわざわざ、こんなド田舎の、なんにもねぇ島に俺がこなきゃなんねぇんだ!? どうせうまくやったら副頭目なんて嘘ばっかりだ! なぁんもいいことがねぇ! どうせならあっちに回りゃ良かった!」

 

 カチッ、と俺の中で何かがはまった。知りたかった情報はこれだ、と確信する。

 

「……ああ、本当だな。それで? バーンズはそっちに回ったんだっけか?」

「ったりめぇだ! なんたって、ワーレンのでけぇ店が相当入れ込んでるって噂の本命よ! 部下100人、あっちとこっちに割っての大戦略だぁ! ちっくしょう、俺もそっちに行きたかっ、ダ!?」

 

 俺の足が首をへし折るのと同時に、マックスが心臓を貫く。人を騙す罪悪感よりも、圧倒的な焦燥が感情を上書きした。

 

 村が襲われる。これまでにない、大規模な集団によって。

 

 もはや一刻の猶予もなかった。吐き気をもよおす悪寒に襲われながら、ふたりで広場へと駆け戻る。俺達の村に残された人数はおよそ90人、戦力になるのは半分にも満たない。傭兵5人に教官1人、40代の大人が15人。これだけで50人以上の海賊と戦わなくてはならないのか。

 

 ―――――間に合うのか、俺達は?

 

 奥歯が軋むほど強く噛み締める。言葉にしてしまえば、最悪の仮定が現実になってしまうのではないか。そんな予感がした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。