タリス王に俺はなる   作:翔々

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25.聖者が村にやってくる

アカネイア暦540年 モスティン 11歳(i)

 

 なんでこいつは美形に拍車がかかってるんですかね?

 

「見違えましたね。男子三日あわざれば、とでもいいましょうか。貫禄がついていますよ」

 

 お前は一段と美少年になってるよ。ふたり並んで歩いたら、明らかに道行く人達の視線が集まる。俺みたいな漁師なんて珍しくもないが、ロレンスは本物の貴公子であり貴種だ。この街でもVIPの待遇を受けてもおかしくない。それがこんな赤褐色にこんがり焼けたガキと連れ立って歩くもんだから、目立つことこの上ない。俺なんて荷物持ちの従者か奴隷扱いがいいところだろう。それぐらい人種が違う。

 

 聞けばこの二年、アカネイアで回れる都市という都市を観光してきたらしい。マケドニアでは大金を払って飛竜にも騎乗したというから、どんだけ見聞を広げたんだろうか。まだ調教の技術が確立できていないので実用化には程遠いそうだが、運よく人懐っこいのがいたとかで、なかばゴリ押しで乗せてもらったのだと。美形は運まで味方につけるのか。

 

 いや、本当におかしいんだよこいつは。それだけ活発に動き回るってことは、しょっちゅう日に焼けて当然、でなきゃ何かが間違っている。にもかかわらず色白美形。お前は吸血鬼か何かか。皮膚レベルで紫外線カットの細胞が宿っているのか。あるならミナに移植してやってくれ。あの子が望むならだけど。

 

 お互いの近況を伝えながら、ワーレンの街並みを観察する。露店の質、客層、さらには空気の緊張具合。すぐにわかった。

 

「活気が増したな」

「あなたのおかげですよ」

「俺の?」

 

 ロレンスが一角を指さした。牢屋へと連行される捕虜が数珠つなぎになっている。

 

「北の港を破壊した後、ペラティ海賊でも頭角を現したバーンズ率いる一派が壊滅しました。頭目のバーンズは片腕を失いながら海に落ちて行方不明。100人いた部下は70人が殺され、30人が命からがら帰還したものの、その内の10人が恐怖で使い物にならなくなったそうですよ。よほど怖い目に遭ったのか、夜になると鬼の雄たけびが聞こえるんだとか」

 

 ……なんだろう。改めて第三者に聞かされると、つくづく無茶のし通しだったなと実感してしまう。村と集落うんぬん以前に、自分が生きてワーレンを歩いているのが奇跡としか思えない。もう一度同じことをやれといわれたら無理である。モノノケか何かが憑いていたのではなかろうか。

 

「実力だけはあったバーンズが消えて、80人という戦力を失ったペラティ海賊はこれまでになく鎮静化しました。このあたりの海は平穏そのものですよ。安心して船が行き来できるのですから」

「確かに、一度も海賊の船を見なかったな」

「この状況が続けばいいのですがね。ともあれ、トワイスも商いに精を出しています。あなたを歓待するのだと張り切っていますから、遠慮なく楽しんでください。親しい者達も集まっていますよ」

 

 すっ、と声を落とす。

 

「……肉親の死は悲しいものです。それでも、生きてこそ得られるものがある。亡くなった人々の分まで、あなたの生を謳歌してください。それが彼らへの供養になるのですから」

 

 そういって、ロレンスは元の調子に戻るのだった。この御曹司、気遣いまで完璧である。ありがたい友人を持ったもんだ、とつくづく思う。

 

 俺のために集まってくれるのは、トワイスにロレンス、リフ、それにブラックリーだという。リフは見習いから正式な修道士として昇格し、ブラックリーはいまも変わらずに郊外で研究に励んでいるそうな。みんな元気そうで何より。

 

 ――――さて。いまの俺は、ブラックリーのお眼鏡に叶うかな?

 


 

 港に降り立つモスティンを迎えた瞬間、ロレンスはため息を洩らした。

 

(この少年は、私を何度驚かせば気が済むんだろう)

 

 最後に会った半年前には、父親である村長の使いとして、いたって事務的に雑務をこなして帰っていった。2年前の自由奔放さとは似ても似つかない生真面目ぶりに驚いたものだが、今回は一味も二味も違った。

 

 覇気が段違いなのだ。

 

 わずか11歳。体格こそ立派だが、顔つきや身のこなしには子供らしい”甘さ”が残っていた。海千山千の大人達がつけこむ隙を残していたために、祖父がフォローについて回る必要があった。

 

 それがどうだ。わずか半年の間に、少年からは完全に甘さが抜け落ちていた。世の中の辛酸を舐め、苦境を味わい、鉄火場をくぐり抜けた戦士の風貌である。自分だけではない、多くの命を背負う責任を十二分に自覚した、おそるべきリーダーの資質が開花している。誇り高きグルニア貴族であるロレンスから見ても、少年の変貌は明らかだった。

 

 お互いの無事を祝い、商会への道行きで近況を語り合う。そしてロレンスは知った。少年の味わった命のやり取りと、育んできた努力が水泡に帰する無力感。親のひさしを失いながら、ふたつの部族の運命を背負わされた重圧。そこから逃げることなく、状況改善のために一手、また一手と打ち続ける克己心。

 

 逆境というのなら、彼の置かれた環境はまさしく当てはまる。ペラティ海賊には村の所在が明らかとなり、立ち退いた南の集落にも、このままではよからぬ輩が住み着く。村の内部も古株達がいなくなり、村を牽引してきた実力者達が全滅した。異なる文化で生きてきた者達との共生まで世話しなくてはならない。状況は限りなく劣勢である。

 

 すべてが少年の糧になる。

 

 目の前の障害が多ければ多いほど、モスティンは強くなる。壁をひとつ破るたびに少年の魂は輝きを増していき、彼を頼りにすがる人々の心を掴むのだ。聞けば、併合した集落の者達からも高い信頼を得ているという。当然だろう。目の前で50人からなる襲撃者を撃退した上に、落ち延びる先の村まで守り切ったのだから。

 

 それに比べて、自分はどうか。

 

(置いていかれた)

 

 遊んでいたつもりはない。トワイスの船に乗り、アカネイア大陸の都市を巡ることで見聞を広げていった。その土地の文化を知り、兵の練度を頭に叩き込み、多様な兵種(ユニット)の存在に思いを馳せた。同い年に限らず、グルニア貴族としても頭一つ抜けた英才であると自他ともに認める。

 

 目の前の現実はどうだ。

 

(認めよう。私は、一歩遅れた。先をいかれたのだ)

 

 心が熱くなる。柄にもないと自嘲するには、自分はまだ若過ぎた。嫉妬も羨望も味わい尽くしてやろう。彼と対等たらんと誓った2年前の自分を裏切らないために。

 

 動くときが来たのだ。ロレンスははっきりと自覚した。

 


 

アカネイア暦540年 モスティン 11歳(j)

 

 宴の前。俺をひと目みたブラックリーは居ずまいを正し、しばらくの無言のあと、顔をほころばせて柔らかなハグをしてきた。背中に回された手がポン、ポン、と二度叩く。

 

「合格よ」

「いいのか?」

「二言は無いわ。あなたの背負った村と集落、その先に至るまで。ワーレン都市研究家・ブラックリーが面倒を見ましょう。やるとは思っていたけど、想像以上に早かったわね」

「それだけの経験をしたからな」

 

 事情はロレンスから聞いていたのだろう。ブラックリーはそれ以上を聞かず、親指を立てて席へと戻っていった。スマートな人である。

 

 歓迎会は親しい者達だけの交流ということもあり、終始なごやかなムードのままにお開きとなった。山海の珍味に新メニューの試作品が乗った食器を片づけて、元の清潔なテーブルに戻したところで俺達の本題が始まる。

 

 村の総責任者としての俺。

 商会の代表であるトワイス。

 第三者としてアドバイザーを買って出たロレンス。

 区画担当のブラックリー。

 

 この四人が集まる以上、村の今後も話し合おうということになっていた。

 

 そこでひとつのイレギュラーが発生する。

 

「私も同席して構いませんか?」

 

 歓談中、ワインではなく白湯をたしなみつつ健啖家ぶりをアピールしていたリフ修道士が、商談への参加を表明したのである。てっきりこのまま帰路につくものだと思っていたので面食らってしまう。理由をたずねたら、これまた度肝を抜かれる答えが返された。

 

「あなたの村で教えを広めたいのです」

 

 マジか。

 

 いや、本気なのか。どぎまぎしていると、さらに詳しく話してくれた。

 

「大勢の方が天に召されたと聞きました。人は過酷な環境に身を置かれたとき、死者の魂を慰める習慣がおろそかになるもの。誰かが代わって弔わなくてはなりません。私に任せてはいただけませんか」

 

 ……この人は、本物の聖職者なのだなぁと感心してしまう。ワーレンにいれば、いくらでも栄達が望めるだろうに。

 

「あなたのそばにいれば、新メニューの開発にいち早く立ち会えるのではないかとも思いまして」

 

 感動した後でオチをつけるのはやめていただきたい。

 


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