タリス王に俺はなる   作:翔々

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06.初陣海戦・前

アカネイア暦538年 モスティン 9歳(a)

 

 それは唐突にやって来た。

 

 日の出よりも早くから漁に精を出していた俺達は、いつも以上の収穫に手間取っていた。網にかかった魚の量が尋常ではないのだ。まるで群れ全体が生存圏を脅かされて逃げてきたように。

 

 大量だ、と無邪気に喜ぶ村人達をよそに、俺と爺様は震えていた。はっきりとはわからないし、断言もできない。確信だけがあった。

 

 時が来たのだと。

 

「村長、今すぐ指示を出せぃ」

「父さん? なにを――――」

「はようせんか! 男どもを全員集めるんじゃ!!」

 

 先代村長の一喝に、村人達が慌ただしく動きだした。釣竿を片手に笑うだけの姿しか知らない子供達が目を丸くしている。俺もビックリだよ、顔には出さないけど。

 

 ついさっきまで漁に使っていた舟を大急ぎで点検し、ありったけの装備を積み込む。普段倉庫にしまわれている手槍に弓矢、伐採用の斧、心得のある者は剣まで持ち出した事で、村人達も事態を把握し始めた。

 

 戦いが迫っている。

 

「相手はどこですか、父さん? ガルダ海賊が戻ってきたと?」

「最悪はな。断言はできんが」

「ではどこが?」

「それをはっきりさせるために向かうんじゃろうが! しっかりせんか村長!」

 

 ……なんとなく察していたが、村長、もとい俺の親父はどうにも動きが鈍い。おっとりして優しいのは美徳だが、争いになった途端に右往左往して決断が鈍いのだ。平時ならともかく、これでは不味いかもしれない。

 

 少々不安を覚えながら、俺も手製の銛と武器をたっぷりと積んでいく。稽古ならここ数年欠かさずやってきたし、何なら実戦でも試してきた。俺もいっぱしの戦士になっている。

 

 俺と同船になる予定のマックスはというと、肉厚の斧と弓をたずさえ、武者震いで顔に赤みがさしていた。こちらも9歳にして実戦経験は重ねている。並の大人より上手く立ち回るから、俺も頼りにできる戦友だ。

 

「やっぱり戦いになるかな、モスティン?」

「俺と爺様はそうなると思ってるよ」

「……あの魚の群れか?」

 

 やっぱりこいつは頭が良い。それだけで察するんだから。

 

「おかしいと思ったんだ。明らかに来ないはずの群れがこっちに来た。原因っていったら、潮の流れが変わったか、船と船の戦いから逃げてきたってくらいしかない。潮に変化はないから、残りは戦い。もしかして、海賊船がこっちに来るのか? そうなんだな、モスティン?」

「お前は本当に頼りになるよ、マックス。百点満点だ」

「ひゃくてんまんてん……?」

「大正解って意味だよ」

 

 爺様にどやされながら、村長の号令がかかる。村で一番目のいい漁師の舟を先頭にして、四つの小舟が漕ぎ出していく。俺達もその群れへと加わった。

 


 

 戦況は芳しくない。忙しく指示を出しながら、ロレンスの思考は冷静に分析していた。自身はかすり傷ひとつないが、周囲はそうもいかない。包囲された際にひとりが海へ落下したまま戻らず、追い打ちで三人が命を落とした。

 

 船員が減るということは、減った分だけ残された者達の仕事が増えるのとイコールになる。操船の抜けた穴を塞ぐために防衛戦力から回す、あるいはその逆。どちらにしても効率は落ちる。ロレンスも負傷者の手当に奔走していた。

 

「ぐっ……すみません、ロレンス様」

「無理をしてはいけません、トワイス。肩を射抜かれたのですから」

 

 左肩が固定されたトワイスをいたわる。出血は少ないものの、感染症が不安だった。化膿が酷ければ死ぬ可能性もある。

 

「わ、私が甘かった……北の港が落とされるとは、なんという」

 

 右手で顔を覆ったトワイスが、信じられないとばかりに首を振った。

 

 今回の航路はロレンスの希望したルートだった。ワーレンを北上して左に舵をとり、レフカンディの山脈を背にした港で交易。サムスーフ山の動物の剥製や加工品を仕入れて、来た道を戻りながらワーレンの北に位置する港で補給する。ワーレンではよく知られた航路であり、トワイスも慣れたものだった。

 

 帰りの航海で変化に気付いた。寄港しようと近づいた北の港が黒煙をあげ、船着き場が海賊船に占拠されていたのだ。これはまずいと引き返した時にはすでに遅く、ワーレンに通じる南側の入り口が塞がれ、北へと逃げるしかなかった。

 

「一刻も早く戻らなくてはなりません! 全商会が総出であたらなくては、ワーレンという都市そのものが危うい!」

 

 北の港という位置が曲者だった。ワーレンの船が北上するのを抑えつけられ、北部ルートが塞がってしまう。サムスーフとの交易が消失すれば、ワーレンは多大な損益を被る。大量の商人が失業しかねない事態だった。

 

「ワーレンへの入り口は封鎖され、この船だけでは突破不可能。となれば、ペラティを右回りに迂回するしかない……しかし、このままでは船が保たない。どこかで補給しなくては」

「……あの北の港を除けば、港はありません。探せば村ならあるでしょうが、それまでに海賊から逃げられるかどうか」

 

 船員の悲鳴が響き渡る。指差された方角を見て、ロレンスは眉をしかめた。追手は二隻。ひとつは逃げてきた南から、もうひとつは東側を塞ぐように蛇行してくる。

 

「さらに北へ行けと。こちらの窮状はお見通しのようだ」

 


 

アカネイア暦538年 モスティン 9歳(b)

 

 五つの小舟が中央を避け、岸に沿うように南下していった。途中、向かいから幾つもの魚群が逃げていくのが見える。こんな時でさえなければ網を仕掛けるのだが、それどころではない。村の存亡、ひいては俺の人生に関わるかもしれない事件が起きている。

 

 先頭の舟に乗った斥候役が片手を挙げた。そのまま左回しにグルグルと肩を動かす。左へ行け、の合図だ。ちょうど岩礁になっており、舟ごと隠れるにはうってつけの場所だった。何かを発見したのだろう。

 

 全員の舟が集まってから、斥候役が報告する。

 

「商船が一隻、海賊船二隻から逃げとる。このままだと村まで見つかるもしれねぇ」

 

 来た。

 

 ついに来たのだ。

 

 物心ついてから待ち続けた悲願の時が、目の前にやって来たのだ!

 

「村に戻るか? 村長達がなんていうか……」

「いかん、近いぞ! 戻る時間がねぇ!」

「このままじゃ俺達まで発見されっぞ!」

 

 慌てふためく大人達。はぐれた海賊と戦闘した経験はあっても、今回のような集団戦は知らないのだ。誰かが指示を出してくれるのを期待しても、まとめ役の父や爺様が不在ではどうにもならない。つまり、ここにリーダーはいない。

 

 好機だ。

 

「舟を出す前に、爺様からいわれた」

 

 場が静まり返った。全員の目が俺に向けられる。

 

「村を守れ、だ。舟に武器を積ませたのはこの時のためだ。みんな、考えてもみろ。あの商船がやられた後で、海賊がそのまま帰らなかったら? 周囲を警戒して、ここが発見されたらどうする。俺達だけで勝てるのか、あいつらに?」

 

 一番近くの村人に問いかける。首をブンブン横に振っている。

 

「俺達が見つけたって事は、向こうからも俺達が見つかった可能性だってある。今すぐ村に戻るのは危険だ。俺達を追って村が襲撃されるかもしれない。そうなったら終わりだ」

「あっ……!」

 

 斥候役の村人が呻いた。戦闘を目視した瞬間、何か確認したのかもしれない。相手にも見られたのか。

 

 状況は説明した。

 

 他の選択肢は潰した。

 

 残った道はひとつだけだ。

 

「決まりだな。俺達にできるのは、味方がいる内に敵を倒す、それだけだ。幸い、この岩場なら舟も隠せるし、まず見つからない。奇襲にはうってつけだ」

「……本気か、モスティン? 本当に、俺達だけで?」

 

 マックスが聞いてくる。舟縁を掴む腕に血管が浮き上がり、日に焼けた褐色が赤く染まっていた。恐怖だけではない。闘志がふつふつと湧いているようだった。

 

 幼馴染を見る。

 俺と毎日漁に出てくれた男を見る。

 弓の使い方を教えてくれた男を見る。

 人を殺す事を実践してくれた男を見る。

 

 俺の村に暮らす男達を前にして、

 

「やられる前にやれ、だ」

 

 笑ってみせる。腹の底から震えが止まらなかった。

 


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