タリス王に俺はなる   作:翔々

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07.初陣海戦・後

 

「向きは変えなくていい! ひたすら漕ぎ続けろ!」

「動けるものは責務を果たせ!」

「負傷者はできることをやるんだ! 敵は私が引き受ける!」

 

 目の前の馬面を真っ二つに断ち割りながら、矢継ぎ早に指示を出す。心は熱くなりながら、思考はどこまでも冷静に。ロレンスの脳はフル回転で働いていた。

 

 船はひとりでは動かない。漕ぎ手まで戦闘に駆り出された時点で、海戦の勝敗は決している。ワーレンを出港した時から半分にまで減ってしまった。

 

 無傷の船員はいない。誰もが血を流し、応急手当で傷を塞いでいる。動かなくなった腕や足を固定して、各々の役割を必死に果たし続ける。

 

 絶体絶命の状況にありながら、誰も降伏を選ばない。追手のガルダ海賊も、なぜさっさと白旗をあげないのか、と焦れている。否。理由はとっくに知れていた。

 

 ロレンスがいるからだ。

 

 撤退が始まって以来、銀髪の少年は先頭に立ち続けている。初めは盾で船員達を庇っていたが、船長の戦死後は戦闘を一手に引き受けた。射掛けられた矢を払い、乗り込んできた海賊を真っ向から叩き切りながら、戦場の流れを把握する。縦横無尽の活躍だった。

 

 ロレンスがいなければ、商船はとっくに海賊の手に落ちている。ガルダ海賊も鬼神のような奮闘を見せる少年さえ排除すればと狙うも、これ以上の犠牲を出せないと判断し、遠くから矢を射掛けるしかない。この場においては最善手だった。

 

 嫌がらせにも等しい努力が、ようやく実りつつあった。ロレンスとて無敵ではない。疲労が蓄積され、動きが鉛のように重い。愛槍はとっくに折れ曲がり、相手が落としたなまくらでしのいでいる。それすら限界が近かった。

 

 なにより、船員達が保たない。自分から降伏を選ぶような真似はしないが、昨日から休みなしに続く撤退戦が船員達の心を着実に蝕みつつある。もって一時間、それすらも危ういか。

 

 もはや船の行き先すら曖昧だった。漕ぎ手まで戦闘要員に回した影響で、潮の流れのままに北上するしかない。ワーレンどころか北の港からも遠く離れ、未開の島へと近づきつつある。このままでは逃げ切ったとしても、ガルダ海を漂流しかねなかった。

 

(……ここまでか?)

 

 船首側に梯子が掛けられる。ロレンスから意図的に離された位置。向かおうにも、そうはさせじと矢が飛んでくる。さんざん手こずらされた当てつけのつもりか、対峙する船の頭目が嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「お前ら、やっちまえ! 三倍は取り返さなきゃ割に合わねぇぞ!!」

 

 男達が雄たけびをあげて乗り込んでくる。海賊達にしてみれば、思いがけない商船の抵抗で甚大な被害を受けてしまい、引くに引けない状況だった。このまま撤退しては大損である。なんとしても商船を分捕らなければ、減った船員の補充もままならない。

 

 乗り込まれた直近の船員が力押しに負け、船外へ落ちかかる。最後の気力を振り絞って袖口を掴み、もろともに海へ消えていった。その姿に負傷した者達が奮起し、新手の敵が怒り狂う。

 

 総力戦だった。どちらも瀬戸際であり、決着を急いでいる。一対二からここまで持ち込んだとはいえ、不利なのは変わらない。戦場を変えるきっかけがない限りは。

 

 そんなものがどこにある?

 

(故郷から遠く離れた、異国の海賊の手にかかる。これが私の最期なのか?)

 

 ロレンスの心まで折れかけた瞬間、思わぬ方角から歓声が響き渡った。

 


 

アカネイア暦538年 モスティン 9歳(c)

 

「さぁ、行くぞ!」

 

 目的の商船は南の一隻にぴったりと張り付かれ、西の一隻が挟み撃ちのためか北へ回りつつあった。岩礁を警戒する人間はいない。斥候役の勘違いで済んだらしい。運は自分達に味方している。

 

 小舟は五つ。俺とマックスの舟を含んだ三艘が西側にまわり、あとの二艘が南の注意を引き付ける。 潮の流れは北から西へと変わりつつある。岩礁地帯からは追い風となる。天もまた俺達の後押しをしてくれたようだ。

 

「ど、どこのどいつだ、てめぇら!?」

「カシラ!? お、俺達はどうしたら!?」

 

 完璧な奇襲が決まった。海賊達が慌てて振り向くも、次の動作が決まらない。どうすればいいかの指示が出せない。

 

 その硬直の間に、決定打をくれてやる。

 

「マックス、漕ぐのは俺だけでいい! 弓を構えろ!」

「わかった!」

「みんな、やれぇ!!」

 

 横っ腹をさらけ出した西側の海賊船に、三艘から飛び道具の雨を叩き込む。マックスの矢、錆び付いた手斧、手槍がわりに鋭くとがらせた木製の銛。村のありったけの武器を積み込んだ全てを、ここで使い切る!

 

 大半はあたらない。船に届かないどころか、明後日の方向に飛んでしまう。それでも構わない。『自分達が奇襲された』と連中に意識させる。そのために揃えた、なけなしの飛び道具だ。

 

 先に立ち直った海賊のひとりが、ギロリと俺を睨みつけた。目にもとまらぬ早さで弓を構え、弦が引かれる。次の瞬間、櫂を持つ俺の左手がじわりと熱を訴えた。皮一枚かすっていったらしい。

 

「あ、あっぶな……!」

 

 思わず冷や汗が流れる。ほんの少し逸れていたら、心臓を射抜かれていた。今日はとにかく悪運が強い。

 

「舐めんなぁ!」

 

 怒声とともに、俺の後ろからひょう、と風を切る音が響く。追い風に乗った矢じりがみるみる間に距離を詰め、次の矢を構えかけた狙撃手の胸を貫いた。のけぞった勢いのまま船から落ちていく。

 

 やがて水没音が聞こえ、村人達が歓声をあげた。

 

「お手柄だ、マックス!」

「コツは掴んだ! もっと射つ!」

 

 スナイプを成功させたことでハイになったマックスが、立て続けにひとつ、ふたつ、みっつと射掛ける。

 

 漕ぎ手の腕をかする。

 マストにかかる綱を裂く。

 弓を拾おうとかがんだ男の首を貫き、血しぶきが飛んだ。

 

「よっしゃあ! 見たかモスティン!」

「お前はすごいやつだよ。むしろ凄すぎて引くよ」

「なんで!?」

 

 9歳児が実戦でツーキルスナイプかますとか頭おかしいからだよ。外した二射も船の妨害に貢献してるし。改めて確信したが、やっぱり天才だわこいつ。こんなへんぴな村にいていい人材じゃないだろう。色んな意味でありがたいけどさ。

 

 俺も負けてはいられない。漁生活で鍛え上げた操船で、小舟をすいすいと近づける。狙うは船上のすべてを射線におさめるポジション。あっさりと到達した。

 

 ここからは俺も参戦だ。櫂を離し、銛に持ち替える。この日のために投擲を練習してきたのだ。足場をしっかりと踏みしめ、十分に力の伝導を意識しながら、全力で投げる。

 

 一投目は外れ。

 二投目で商船に渡りかけていた男の尻に命中して落下。

 三投目が船長らしき男の太股に突き刺さり、絶叫が響いた。

 

「ダメだ、俺の負け」

「やったぜ! お、また当たった」

「お前ほんとに凄いな!?」

 

 次期村長としての立場がございません。俺のかわりに村長でも目指さない? 前にそういったら怒られたけど。案外いけると思うんだがなぁ、マックス村長。

 

 俺とマックスに負けじと他の舟からも飛び道具が放たれる。西側の海賊船は押される一方だった。南の海賊船に回った二艘は抵抗されながらも矢を射かけている。商船も奮起したのか、南と西の二手に分かれて反撃を開始した。

 

「てめぇらぁ! よくも邪魔をしやがったな!!」

 

 西の船から罵声がとどろく。俺の銛で太腿を血まみれにした船長が、髭面を真っ赤にしてこちらを指さしている。

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

 怒りと激痛で完全に切れている。突き刺さった銛もそのままに、腰に提げた斧を構えて突進した。船べりから俺達の舟に飛び乗ってくるつもりか。

 

 だったら受けて立つ。新しい銛を握ると、横のマックスも弓から手斧に替えていた。考えることは同じのようだ。どちらからともなしに頷く。

 

 頭上を見上げた。髭面の大男が、斧を振りかぶりながら跳躍し、こちらへと落ちてくる。脳天から叩き切ってやる、といわんばかりの下卑た笑みだ。

 

「マックス!」

「おお!」

 

 投げるタイミングは同時。

 

 俺の銛が心臓を。

 

 マックスの手斧が顔面に。

 

 血に染まった大斧が、俺達の足元にめりこんだ。

 

「クソ、ガ、キィ―――……!」

 

 断末魔をあげながら、西の海賊船長が海中へと沈んでいった。

 

 ……さすがに怖かった。冷や汗が流れているのに気づき、腕で拭う。マックスが舟の半ばまで両断しかけた斧におっかなびっくり触れていたが、顔を青くして離れてしまった。子供の力では外せないらしい。どんだけブチ切れてたんだ、あの船長。

 

「ふ、副頭がやられちま、ギャアッ!」

「俺達もやるぞ! ガキが全部やりましたなんて事になったら、カカアに殺されちまわぁ!」

 

 剣を使う村人が船上に上がり、手当たり次第に斬りかかった。相手は何時間も追い続けて疲労困憊のうえに、矢の雨で被害を出している。人数で押し返す間もなく、他の村人にも乗り込まれて混乱の真っただ中だ。

 

 俺達も続く。残りの銛と手斧を抱え、小舟で乱戦の反対側に移動し、垂れたロープを登っていく。何の妨害もなく甲板に足をつけた。

 

「げえっ!」

「あ、あのガキ達が来ちまった!」

 

 海賊達が悪魔を見たような顔で後ずさっていく。失礼な。

 

 残るは五人。あ、後ろから斬られて落下した。これで残り四人。三舟の村人全員が上がったので、こちらは八人。全員が手ごろな斧や弓を拾って武装し、切っ先を突きつけている。

 

 商船からも梯子をつたって乗り込んでくるのを見て、四人がいっせいに膝をついた。手持ちの武器を投げ捨てて、諸手を頭上に挙げる。降参、の意思表示。

 

 村人達の顔が歓喜に染まる。が、声は出せない。戦闘はいまだに続いているのだ。降伏からのだまし討ちを防ぐために、全員を縛り上げる。加勢に来た商船側の半数がそれを手伝い、もう半分が戻っていく。

 

 残る一隻は!?

 

 南の船を見た。こちらの船が降伏したことで、撤退を決意したらしい。商船から慌ただしく海賊船が離れていき、取り残された男達が置いていくなと宙に飛び出す。その背中めがけて、大量の矢が射かけられる。

 

 この場の勝敗は決した。損切りに踏み切った海賊達が、商船も積荷もあきらめて逃走する。あちらに配置した二艘は……一艘がふたりとも負傷し、残りの一艘が駆けつけて手当している。その一艘もひとりが肩を貫かれ、舟縁にもたれかかっていた。追撃は期待できない。

 

「――――まだだ」

 

 足りない。

 

 逃がしてしまっては、何の意味もない!

 

「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!!」

「モスティン!?」

「あの船を逃がしたらまずい! 商船だけじゃない、俺達のことまで知られる! ここでやるしかない!!」

 

 歓喜に沸いていた村人達が総毛立つ。考えれば当然の話で、海賊がたった二隻のはずがない。港に戻れば仲間もいるだろう。商売敵の海賊グループだっているはずだ。そいつらに情報を共有されてしまう。もしそうなれば、ろくに戦力のない俺達の村はあっけなく滅ぼされる。

 

「あの船を止めろ!」

 

 弓と銛を持った村人達が商船に移ろうとするが、無理だった。人が密集しすぎている。逃げる海賊船を攻撃する者だけではない。取り残されて降伏を試みるもの、それを取り巻く味方、転がった負傷者。あまりにも多すぎて、これ以上のスペースがない。

 

「俺がやる!」

 

 子供の俺ならギリギリ入り込める。無理でもやるしかない。邪魔者を踏み台にしてでも飛び越えてやる。村が生きるか死ぬかだ、どう思われようと知ったことか。

 

 リーダーの目星はついている。船で一番目立つ男。血に染めたバンダナ、牙とヒスイをくり抜いた悪趣味な首飾り。必ず復讐しに戻るからな、といわんばかりの顔でこちらを睨みつけてきた。

 

 何を勘違いしてやがる。

 

 お前の死に場所はここだ。

 

 たった一本だけ残った銛を掴む。制圧した船上を走り、商船に一番近い船縁から跳躍。梯子からは遠すぎる。最短距離はこれしかない。運良く血溜まりを避けて着地できた。勢いを殺さずに駆ける。

 

「――――……!」

 

 銀髪の少年が何かを呟いた。聞こえない。構わない。生きて帰れたら、あとでいくらでも話せる。いまはどうでもいい。一秒だって惜しい!

 

 どよめく船員達の中央を突っ切る。

 

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 

 助走には十分な距離。それでも足りない!

 

 商船の縁に踵をつけて、勢いよく飛ぶ。自分の身長よりも高く飛んだところで、投擲の構えに移る。足から腰、腹部、胸から肩へ、全ての力を刃先に込めて。

 

「当、た、れぇ―――――!!!」

 

 銛が手から離れた瞬間、ビキッ、という音が聞こえた。身体のどこかが負荷に耐えられずに断裂したのだ。構わない。腕一本は覚悟の上だ。

 

 投擲した銛が船に届くより先に、目の前が青一色に染まった。

 


 

「やりやがった! 本当にやっちまいやがった、こいつ!!」

 

 海面に浮かぶ幼馴染を救助しながら、マックスは興奮を隠せなかった。船二隻を使った助走からの投擲。鮮やかにやってのけたばかりか、敵の大将首を貫く大戦果まであげてしまった。

 

 一心にひた走り、翔ぶ。その場にいる誰よりも小さな少年が、ひときわ雄々しく映った。弓で鍛えられたマックスの瞳は、驚愕にゆがむ頭目の額へと吸い込まれるように飛んでいく銛をはっきりと見た。後頭部を貫いた刃先が操舵輪に突き刺さり、人体を磔のオブジェに変える瞬間までも。

 

 それが海賊達の心をへし折った。自分達を暴力で従えていたボスが、たった一撃で物言わぬ屍に変えられてしまった。恐怖で変わり果てた死に顔がトドメだったのだろう。残された全員が降伏した。

 

 肩に背負った幼馴染の顔を見る。水は飲んでいない。気絶した後にもかかわらず、無意識に体が仰向けを選んだのだ。骨の髄まで漁師の習性が染み付いていた。

 

 やっぱりだ。

 

 こいつは、いつだって俺の誇りだ。

 

 商船の奮闘あっての戦果だろうと関係ない。村の小舟とは桁違いに立派な海賊船を二隻に、強そうな船長をふたりも仕留めた。王都の兵隊だって不可能だろう。それをたかだか9歳の小僧がやってのけた。子供達のヒーローは、ついに村の英雄になったのだ。

 

 背中から、ぐっ、と声が洩れる。怪我をしたのか、意識を失った友の顔が苦痛に歪んでいた。

 

(村に帰ろう、モスティン)

 

 潮の流れに負けじと泳ぐ。どうやって自分達の舟に戻ろうかと考えていると、頭上からロープが垂れさがった。商船で奮闘していた銀髪の少年と、部下らしき男が笑っている。そばには村人の姿まであった。

 

「捕まってください! 君達を引き上げます!」

「驚いたぜ! このガキども、大金星まで挙げちまいやがった!」

「モスティン、マックス! お前らなんて無茶しやがる! いま助けてやるからな!!」

 

 全員が傷だらけだった。痛々しく血に染まった痕を残しながら、それでも笑っていた。どこの誰とも知らない人間と、長年を過ごした友人のように打ち解けながら。

 

(ああ―――終わったんだ)

 

 彼らの笑顔を見て、マックスの張りつめていた神経がぷつりと切れた。船上に引き上げられると同時に、モスティンごと甲板に倒れこんで意識を失ったのだと、翌日になって村の自宅で知らされた。

 


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