タリス王に俺はなる   作:翔々

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09.貸し借りは無しだ

アカネイア暦538年 モスティン 9歳(e)

 

「10人。降伏した捕虜の人数です」

 

「商会は彼らをワーレンまで連行した後、牢屋につなぎます。それが義務ですからね。しかし、不正や脱獄によって彼らが元の海賊に戻る可能性は否定できない。そうなれば、この村の所在が明らかになってしまう」

 

「海賊船を逃さないために頭目を殺したあなたなら、なんとしても避けたいはずです。可能であれば、あの海戦でひとり残さず殺してしまいたかった。そうではありませんか?」

 

「それを踏まえた上で、私から提案があります」

 

「あなたは村を守りたい。私は借りを返したい。悪い話ではないでしょう」

 

「どうです、モスティン? 私の手をとりますか?」

 

 ちょっと何言ってるかわからないです。

 

 

 

 俺が丹精込めてこさえたバッカラ(タラの塩漬け干物)と海藻サラダを夕飯に済ませた後、改めて開かれた商談の一幕である。父も爺様も初耳らしく、目が点になって……いや違うわ、ドン引きしてるんだわ。俺もとっさに言葉が出てこない。だから、アレと同類を見るような目でこっちを見ないでくれ。

 

 最初はごく普通のビジネストークだった。昼間に参加できなかった俺のための復習がてら、海戦までのお互いの成り行き、村の活躍を加味した真珠の割り増し取引、村の滞在費用と船の修理用木材の経費請求。さらにはワーレンおよび北の港が置かれた情報共有、今後を見据えた定期的な交流計画。

 

 さすがは大陸一の貿易都市でしのぎを削る商家というべきか。語り口から具体的な数字の並べ方まで、いっさい無駄がない。人生で初めて味わったであろう異文化の知識量にオーバーヒートを起こした父が即脱落し、俺もついていくのがやっとだった。事前に爺様からアカネイアの通貨単位と相場を習っていなかったら、話のさわりも理解できなかっただろう。爺様にしたところで何十年も昔の相場である。顔を真っ赤にして脳内アップデートに励んでいた。

 

 どうにか商談らしい形を整えて、今後も真珠を基本にした取引をやっていきましょう、とにこやかに締められた矢先である。ロレンスが捕虜について切り出したのだ。

 

 俺も爺様も、ややうっかり気味な父でさえも降伏した海賊達については危惧していた。いまでこそ大将が一撃で殺されたショックでおとなしいが、恐怖が薄れたら即座に元の海賊に戻る。断言してもいい、確実に知り合いのグループに加わってこの村を襲いに来る。それが海賊という生き物なのだ。

 

 だから。

 

 正直にいうと。

 

 ほんの少し。

 

(面倒だから全員やっちゃってよくない?)

 

 心のどこかでそう思ったのは否定しない。だって間違いなく復讐に来るもん。さっき連中を押し込めた蔵を覗いたら、俺のことをめっちゃ睨んできたし。あれはやるよ、絶対にやる。

 

 たとえわかりきった未来だとしても、一応は捕虜だから殺害はどうなのかと躊躇していたのだ。爺様達が賛成するかも怪しいし。やるなら俺ひとりで全員殺せ、なんて事態もおそろしい。いざとなったらやるけどさ。でもなぁ、うーん。

 

 そんな葛藤を抱いている時に、商談相手から

 

「降伏してきた連中をこの世からオサラバさせるけどどう?」

 

 とかいわれたわけで。俺は思わず二度見した。向こうはニヤニヤ笑ってやがる。やってほしいんだろ? って顔してる。ちくせう。その通りだよ、誰かにいってほしかっただけだよ。

 

 だが、答える前に。

 

 俺の望む案を示してきた相手に、これだけは聞かなくてはならない。

 

「どうしてそんなに俺を買ってるんだ?」

 

 これは商談とは関係ないはずだった。本来なら、村から商会へ持ちかけるべき案件である。今後の村の障害を取り除くために、10人の捕虜を始末する。自分ではなく、相手の手を汚させる。正式の依頼なら多額の金銭が動くだろう。それをタダでこなすという。裏があるとしか思えない。

 

 正直に疑問をぶつけると、ロレンスは少しだけ目を伏せた後、俺を真っすぐに見つめて口を開いた。

 

「あなたとは、貸し借りを作りたくないんですよ。対等でありたい。生まれや身分も関係なしに、ただのロレンスとモスティンとして向き合いたいんです」

 

 ずい、と突き出された手は、いま思うとカリスマ少年なりの照れ隠しだったのかもしれない。あの時は有無をいわせぬ迫力に呑まれて、無意識に握手してしまった。ちょっと早まったかもしれない。

 

 トワイスを連れて颯爽と出ていく後ろ姿を見送りながら、俺は爺様に問いかけた。

 

「あいつはいったい、なんだって俺を過大評価してるんだろう?」

 

 何かを言いかけた爺様が、諦めたように首を振ってから、深々とため息を吐いた。なんだその思わせぶりな仕草は。

 

「……わしも長いこと生きとるが、お前のように斜め上へ突き抜けた輩が世の中にもうひとりいるとは思わんかったわ。下手をすると、お前の腐れ縁になるかもしれんぞ」

 

 おそろしいことをいうなよ、お爺ちゃん。

 

 

 

 男達の悲鳴が聞こえたりしながら夜も更けていった、翌日。

 

「ぎゃあああ! 死にたくない! 死にたくなーい!!」

 

 朝一番、めっちゃやかましいのを連れたロレンスが村長宅にやって来た。遊びに来ていたマックスが何事かと部屋から覗いている。

 

「おはようございます、モスティン」

「うん、おはよう。なにそれ」

「フィットマンという名の捕虜で、少々変わった経歴なので連れてきました。ワーレン北の港で船大工をやっていたところを襲撃に遭い、雑用に使われたそうです。本人いわく、あの海戦が初陣で盗みも殺しもやっていないとか」

「ホントだよぉ! 信じてくれよぉ!」

「聞いたところ、あの二隻の整備も手掛けたといっています。この村に専門の船大工がいないなら、必要になるのではありませんか? 処遇はお任せします」

 

 俺に生殺与奪の権利が移った瞬間、フィットマンと呼ばれた青年が見事な土下座をかましながら俺の足にしがみついた。動きが早すぎてまったく反応できない。よほど怖い目に遭ったのだろうか。

 

「た、頼む! お願いだからここに置いてくれ! いや置いてください! もうやだよぉ、海賊なんてやりたくないし、戻ったら牢屋行きとか地獄じゃないか! しかも断ったら殺すって! あいつらみたいに殺すって!!」

 

 フィットマンが断れないように、目の前で残りの9人を始末したらしい。ひどい。手並みが鮮やか過ぎていよいよ俺もドン引きだよ。商談のあらましを聞かされたマックスが事情を察知したのか、奥でガタガタ震えている。足元のフィットマンも生まれたての小鹿のようだ。ロレンスはさも良い仕事をしたといわんばかりの微笑み。まともなのは俺だけか。

 

「……とりあえず、飯でも食ってく?」

「喜んで」

 

 マックスは逃げ出した。

 

 超絶美形のおでましに狂喜した母とお手伝いさんの給仕を受けながら、ロレンスは見事なテーブルマナーで完食し、俺の手作りのトコロテン(木苺を添えて)に舌鼓を打ちつつ帰っていった。

 

 ……トワイス達にも食べさせてやりたいというので、作り置きのトコロテンも全部持っていかれたんだが。都会ではああいうのが好みなんだろうか? 真珠のほかにグルメ路線もありかもしれない。

 


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