SPRIGGANーシャドーモセス事件ー   作:ニラ

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02

 

 

 北の冷たい海。

 流氷が漂い、一部氷山が現れる海域。

 そこを今、一隻の船が高速で進行していた。

 

 白く巨大な船体。

 一見すると大型クルーザーの様にも見えるのだが、実際は最新技術の粋を集めて造られた特殊船舶である。

 名前は――

 

「どうだ? 俺の『ロシナンテ』の乗り心地は?」

 

 船内の窓から、外を眺めていた達樹に声を掛ける人物がいる。

 大きな身体に革ジャン、頭にはバンダナを被り、口元には立派なヒゲを蓄えた人物だ。

 達樹は突然声を掛けられたことに一瞬驚きの表情を見せたが、直ぐにそれをなおした。

 

 『失礼が有ってはならない相手――』と、そう認識している人物だからだ。

 

「フォスター特別顧問? ……そうですね、思ってた以上に――」

「船長だ。俺のことはそう呼べ」

「は、はぁ? 船長ですか?」

 

 達樹なりに気を使って返事をしようとしたのだが、それは声を掛けてきた張本人。

 スティーブ・H・フォスター本人に遮られてしまった。

 複合企業体アーカム財団の初代会長の友人。

 アーカム財団海洋開発部特別最高顧問。

 それが彼の肩書きだ。

 

 だが

 

「硬っ苦しい呼び方は好きじゃないんでな」

 

 どうやら達樹が思っていたよりも、ずっと柔らかな人物らしい。

 口元を釣り上げて笑顔を見せるフォスターの姿は、達樹に好感を持たせるのだった。

 

「――でだ。良い乗り心地だろ、この船は」

 

 『どうだ』と言わんばかりに胸を張って言うフォスターに、達樹は少しばかり吹き出してしまいそうになる。

 だが、流石にそれは堪える事にし、「そうですね――」と口を開いた。

 

「俺が思ってたよりもずっと過しやすいですよ。『最新技術の塊だ――』なんて聴いていたから、どんな過剰装飾してるのかと思ってましたから」

「ハハハッそうか、そうか。 だがな、過しやすいってのは大切な事だぞ。船に限らず、車だって飛行機だってそうだが、それを動かすのも乗るのも人間だからな。乗ってて嫌になる物は、乗り物としちゃ最悪だろう?」

「それは確かに」

 

 何か一点を求めて造ったものでないのなら、

 少なくとも乗る人間が快適に乗れるようにするべき……と言うことだ。

 達樹は『戦闘機に詰め込まれて行くのは勘弁だしな』と思いながら、フォスターに頷いて返した。

 

「そう言えば、お前はスプリガンになったばかりなんだって?」

「えぇ。今回の仕事が昇進してから初仕事になります」

 

 言いながら、達樹は『自分はどんな顔をしてるだろうか?』と考えていた。

 なろうと決めたスプリガン。

 とうとうそれになった自分だったが、果たして今の自分にそれが務まるのだろうか?

 周りの者達は、今までの達樹の功績を考えれば当然だ……と言う。

 だが当の本人である達樹自身は、いつの間にか大きくなる事態にただガムシャラに向かっていっただけなのである。

 その結果としてグラハム・プルートンの野望を防ぎ、月の遺跡を封印したに過ぎない。

 

 そのため達樹は「お前は今日からスプリガンだ」と言われても、今一つ実感を持つことが出来ないでいたのだ。

 もしかしたらもっと単純に、スプリガン昇進試験でもあれば少しは違うのかも知れないが……。

 

 フォスターはそんな達樹の反応を感じ取り、「スプリガンと言えどもまだ子供か……」と内心では思うのだった。

 

「……とはいえだ小僧。スプリガンになっても、実際お前のやることは今までと変わらんぞ?」

「え?」

 

 同じように外を見つめながら言うフォスターに、達樹は驚いたような声を上げた。

 とは言え、それは直ぐに気恥ずかしい物に変わってしまう。

 自分の内心を悟られたように思えたからだ。

 

「お前がアーカムに入った理由は『識っている』。そして自分の能力を活かす仕事を――と考えて、エージェントに成ったことも理解している。……資料を読んだからな」

 

 フォスターの言葉に、達樹は「うっ……」と小さく唸る。

 アーカムと言う組織に属している以上、自分の個人情報を知っている者が居ても不思議ではない。

 その事は理解しているものの、知られずに済めば……と思っていたのだ。

 

 フォスターはそんな達樹の頭にポンっと手を乗せると

 

「だがな、A級エージェントだからとかS級エージェントだからとか……そんなモンは関係ねーんだ。大切なのは、お前が何のために今の路を目指したか? そして、お前は今、何をする為に居るのか? ってことだ」

 

 達樹はフォスターの言葉が頭の中に入り込み、奇妙な安心感を与えていることを感じた。

 そして

 

「すいません。何だか、余計な心配を掛けちゃったみたいで」

 

 と、苦笑を浮かべて言うのだった。

 

「いいさ。若いうちは色々と有るだろうからな。そんな事よりブリッジに戻れ、優の奴と山本が待ってるぞ」

 

 フォスターは言うと、踵を返して歩いて行った。

 達樹は少しだけ後ろ姿を眺めながら――

 

「年の功ってやつか?」

 

 なんて事を口にするのだった。

 

 

 

 

 第02話 ウラナスカ

 

 

 

 

 フォスターに言われ、後に続くようにブリッジにやって来た達樹。

 そこにはフォスターの言うとおり御神苗と山本が既に来ていた。

 達樹は「遅くなりました」と言うと、御神苗の横に並ぶようにして立つ。

 

「――まぁ良いさ。ウラナスカに到着するまで、まだ少し時間があるからな」

 

 山本はそう言うと、小さく笑みを浮かべた。

 どうやら、達樹が妙にナーバスになっている事を山本も知っていたらしい。

 

 達樹は少しだけ先程のように気恥ずかしい気分になるが、なるべくそれを隠すようにして「ところで、一体どうしたんですか?」と尋ねるように聞いた。

 

「現地に着いてからのお前の行動と、それから先日話していた新装備の説明をしておこうと思ってな」

 

 山本はそう言うと懐から丸められた資料を取り出して視線を這わせた。

 「私は技術屋じゃないから、説明は苦手なんだがな」と前置きをすると、資料に書かれている文面を説明し始めた。

 

「今回お前たちに支給されるレーダーは、元々アメリカ軍で開発していた物をアーカムの情報部が盗み出して実用化したものらしいな」

「アメリカ軍が? アーカムが回収しそこねたオーパーツでも流用したのか?」

 

 御神苗が若干呆れたように言う。

 とは言え、アーカム財団がどれだけ力を持った組織だとは言っても限界がある。

 世界中に存在する数多くの遺跡、その全てを守り切ることは事実上不可能なのだ。

 その為、御神苗の言うように何らかの組織や国家に先手を取られる……と言うことは、それ程珍しいことではない。

 もっとも、御神苗が呆れた表情を浮かべたのはもっと別の意味がある。

 

「南極の時のゴタゴタで、アーカムも手が回らない事が多かったからな」

「……南極って、前会長の時のですか?」

「あぁ」

 

 尋ねるように聞く達樹に、御神苗は頷いて答える。

 

 ほんの1~2年前、当時のアーカム会長であった『ヘンリー・ガーナム』は、

 世界の軍事バランスをその手に収めて、アーカムという組織で世界を動かそうと画策したことがあったのだ。

 結果としてみるならば、その企みは御神苗優を初めとするスプリガン数人と、そして反会長派となった者達の働きで未然に防ぐ事に成功した。

 

 だが内乱とも言えるその事件の後処理、そのゴタゴタに併せて封印していた遺跡の幾つかが他所へと流出したのだ。

 御神苗が先程言っていた『アーカムが回収しそこねた』と言うのは、この時に流出したオーパーツの事を指して言っていたのである。

 

「最初はアーカムでもその線を調べたらしいが、今回の装備は真っさらだ。なにせ、MITの現役学生が開発したものらしいからな」

「MIT(マサチューセッツ工科大学)の……学生がっ!?」

「開発者は中国系アメリカ人で、名前はメイ・リン。学業の傍らでNRO(国家偵察局)や、ENPIC(国際写真解析センター)からの仕事までこなしているらしい」

「国家偵察局に国際写真解析センター……つまりは、稀に見る才女って奴ですか?」

「世の中には、天才って人種が結構居るもんだな」

 

 山本の説明に、御神苗は誰かを思い出したのかそう言うのだった。

 とは言え、その相手が誰なのか達樹には解らなかったのだが。

 

「まぁ、人類の知恵も日々進歩しているという事なのだろう。 アーカム研究所のメイゼル博士も、このレーダーのことを聞いたら驚いていたからな」

「へぇ、それ程の物なんですか?」

 

 『アーカムの研究所が驚くほどの性能』

 達樹はその言葉に興味が惹かれたらしく、子供のような笑みを浮かべて山本に尋ねた。

 

「なんでも人工衛星から発せられた特殊な電波の反射を受信し、データ解析をしてマップ状況を表すことが出来る……という物らしい。狭い範囲ならば地図の替わりにもなるらしいな」

「技術自体は良く聞くような話だな……大掛かりな超音波診断装置みたいなものか?」

「だが、性能は桁違いらしいぞ。例えばアーカム本社の地下金庫、あそこでの使用も確認したらしい」

「地下金庫で!? そりゃ凄いじゃないですか!」

 

 アーカムの地下金庫は言わば一つの要塞。

 例え『核戦争が起きたとしても、中の物は大丈夫』なように設計がされている。

 それでなくとも金庫は、地上から遥か地下に造られているのだ。

 

 そんな所のマッピングとレーダーとしての能力を発揮するシステム。

 それだけでも十分に大した技術と言える――のだが、

 

「とは言え、弱点が無いわけでもない。電波妨害や音響共鳴の強い空間では、あまり役には立たないとのことだ」

 

 やはり普通のレーダー機器と同様の弱点を抱えているらしい。

 やおら喜んでみせた達樹と御神苗はそんなオチの付いたシステムに一言――

 

「「……使えねぇ」」

 

 と、同時に感想を口にした。

 どんな所でも現在地の場所が瞬時に分かると言うのならまだしも、

 二人は使用不可能になる場合がある最新装置には興味が余り無いらしい。

 

「まぁ、研究所の方でも実戦データを取りたいって所なんじゃないか?」

「それを俺達にやらせないでくれよ。山本さん」

「何を言う。お前たちSPRIGGANだからこそ、こんな話が来るんだろうが」

 

 御神苗は時折、アーカムの上層部はスプリガンを魔法使いか何かとでも思ってるのではないか? と思うのだった。

 人間、出来ることと出来ないことはハッキリしてると思うのだが……。

 だがそれと同時に

 

(……まぁ、今の会長をやってるティアなんかは、確かに魔法使いだけどよ)

 

 なんて、どうしようもないことも考えていた。

 

「まぁ良いじゃないですか。『ちょっとカーナビを持たされた――』位に思っていれば」

「……お前、妙に神経質かと思えばそんな……。変な奴だな」

「し、神経質って」

 

 一応はちょっとした会話――フォローのつもりで言った達樹だったが、

 それに対する御神苗の返事は若干辛辣だった。

 とは言え、潜入任務で常にレーダーを眺めていることなど出来るわけがない。

 ならばそんな物よりも、現地の正確な地図でも回してもらったほうが遥かに役に立つ。

 御神苗はそう思っているのだろう。

 

「そう言うな優。実際、使う使わないは現場の判断だからな。必ずしも有効利用しろという訳ではないさ」

「解ってるよ」

 

 山本はそんな返答を返す御神苗に苦笑すると、

 タイミングを見計らったように一人の男が手に二つの小型液晶を持ってきた。

 そして一言、

 

「どうぞ」

 

 と言うと、それらを御神苗と達樹に手渡していく。

 サイズ的にはかなり小さく、縦が10cmに横が5~6cmと言ったところだ。

 

「コイツが受信機か? 随分と小さいもんだな」

「少なくとも、かさ張って大変って事はなさそうですね」

 

 クルクルと手の中で弄りまわしながら、御神苗と達樹の二人は言うのだった。

 

「で、山本さん。確か俺達に渡される装備ってのは二つ有るんだったよな? もう一つの装備ってのはなんなんだよ?」

「あ、俺も気になります。実際このレーダーも凄いけど、今回の俺達の任務では余り使えそうにないし」

「……お前ら、間違ってもその台詞を研究員の前で言うなよ」

 

 二人の言葉に山本は「はぁ……」と、溜息を吐きながらそう言った。

 そして手元の資料に再び目を戻し、研究所から支給されたもう一つの装備についての説明を始めるのだった。

 

「もう一つは、アーカム研究所で作った通信機だな。今回の作戦に合わせて、大槻はAMスーツのヘッド部分に内蔵されている。優の場合は体内にインプラントさせるって案も出たが、取り敢えず却下された」

「当たり前だろ……」

 

 インプラント――詰まりは体内への埋め込みをすると言うことだ。

 研究所の誰がそんな事を言い出したのかは知らないが、御神苗は『後でそんな提案をした奴をシメる』と思うのだった。

 

「コイツはオリハルコンを使った新型で、周波数の切り替えをお前達の脳波で行うことが出来るらしい。流石にジャンの居るシアトルまで繋げるのは無理だが、ロシナンテを中継基地にしてアンカレッジとシャドーモセスを繋ぐ位は訳ない代物だ」

 

 と説明をする山本だが、御神苗と達樹の二人はその言葉にいまいち反応が悪い。

 

 山本の言葉が正しければ『ハンズフリーの高性能無線機』と言うことなのだが、その事の実感が上手く湧かないのだろう。

 

「まぁ、後で其々試してみますよ。ぶっつけ本番ってのが、少し気になるけど……」

「そう言えば、俺が始めてAMスーツを使った時もぶっつけだったな」

「本当ですか、それ?」

「本当だって。その他にも――」

 

 二人とも――いや、御神苗は元からだったが、どうやら今回の任務に対する気負いは無くなったらしい。

 今では互いに、『前の任務でこんな事があった』や『こんなテストをさせられた』なんて話を始めている。

 

 山本はそんな二人を見ながら、

 

「……任務をシッカリと果たしてくれれば、それで良いんだがね」

 

 と、少しだけ気疲れしたように呟くのだった。

 

 

 

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