「キャンプを!します!」
「ブリィ!」
嬉しそうなハクとアブリボンをよそに、私とモルペコ、そしてハッサムまでもがため息を吐いた。
ここは5番道路。ハクがむしポケモンを探し続け、結果一匹もついてきてくれることなく時間だけが経っていき、綺麗な夕日が辺りを照らす夕方になってしまっていた。私とモルペコは野生のポケモンと、時にはトレーナーとバトルして時間を潰していたが、ハクはポケモンを探すのみ。バトルを挑まれても「アブリボン、ハッサム!適当にやっといて!」と丸投げする始末。それで勝ってしまうのだから挑んできたトレーナーもやりきれない。
「ターフタウンに戻らんと?」
「キャンプしたくてなぁ。それに慣れとかなあかんし、あんまり危険じゃないときにやっといた方がええやろ?」
言いながら少し大きめのテントを引っ張り出し、慣れた手つきで設営していく。ハッサムもそんな大きなハサミをどう使っているのかと不思議になるくらい器用に設営を手伝っており、恐らく子どものころにキャンプ慣れしていたんだろうな、と思いながら設営を手伝う。開会式に行く前一応キャンプについては教わったので、なんとか役に立てるはずだ。
「ハッサム!ペグ打ち!」
「……」
ハッサムが自慢のハサミでペグを打ち込み、テントの固定が完了。何か文句を言うかと思ったが、ずっとペグ打ち役をしていたのだろう。あんなすごいバトルをするハッサムをペグ打ちに使うのはどうかと思うが、平和的でいいんじゃないかな、と思うことにした。
そんなこんなで完成したテントは4~5人なら楽に入れそうなテント。どうせポケモンと一緒に寝たいからこのサイズなんだろうな、と決めつけて何も聞かないでいると、「ポケモンと一緒に寝たくてなぁ」と言ってきた。聞いとらん。
「ハッサムは辛口でー、アブリボンは何が好き?甘い辛い苦い渋いすっぱい」
「なにそれ?」
早速料理や!とハクが取り出したのはピンク色と赤色と黒色と緑色と黄色の5つのボトル瓶。私の疑問にハクはピンク色のビンを私の前に持ってきて、栓を抜いた。
「わ、あまい」
「やろ?これはポケモンの好みの味がわかる不思議な粉!せっかくやから好きなもん食べさせたいやん?」
「ブリィ!ブリィ!」
「アブリボンは甘口が好きなん?オッケー!」
ちら、と瓶の中身を見ると中にはピンク色の粉が入っていた。なんでも、きのみ等を潰して粉末状にしたもの、らしい。普通の味のカレーを作った後にポケモンの好みの味つけになるよう粉を混ぜるのだとか。
「せやから、ちょーっと水っぽいカレー作んねん。ほんまにちょっとな!」
「モルペコは甘いのが好きなんだっけ?」
「うらら!」
「せやったらハッサムに我慢してもらうのもええかもせんなぁ」
「……!」
気にしてないぜ、という風にそっぽを向いているが、よく見てみると目を見開いてショックを受けている。「冗談やでー」と言われてほっとしたようだが、いじっぱりならいじっぱりを貫き通してほしい。
「マリィは火加減頼むでー。ぱたぱたーって」
「強すぎたら言ってよ?」
「……その恰好でしゃがむと視覚的刺激が」
バカなことを言うハクにモルペコをけしかけ、制裁。モルペコとはしゃぎ回るハクに代わってカレーをかき混ぜるハッサムは流石としか言いようがない。
「もー、冗談やん?いや冗談でもないんやけど」
「モルペコ」
「わーまってまって!」
モルペコを抱きかかえながら戻ってきたハクになぜか苛ついたのででんきショックを与えようとしたが、必死に謝ってくるので許してやることにした。まったく、ハクはむしポケモンだけ可愛がればいいんだ。
「ハッサムありがとうなー。お礼に愛情たっぷり込めたるわ!」
「ゲェ」
「ハッサムが出したらあかん声出してまで嫌がるなや」
あとでキスしたろ、とハクがハッサムに更なる嫌がらせを心に決めたところでカレーが完成。何も特別なことはしていないので普通にカレーって感じだ。
「よーし、盛るで!」
「なにそのお皿」
ハクが取り出したのは黄緑色で色々なむしポケモンが描かれているお皿。人によっては食欲を失いそうなお皿だ。
「かわええやろ?」
「う、うーん」
テーブルクロスもむしポケモンが描かれているものだったから驚きはしないけど、いくらなんでも好きすぎじゃないかと思う。むしポケモンが好きすぎて結婚できなさそう。
いや、むしポケモンと結婚しそう。それこそハッサムとか。
「じゃあ食べよか!」
「ハッサムがスプーン持ってる……」
ハッサムが礼儀正しく背筋伸ばして座って、ハサミでスプーンを持っている。育ちがよさそう。よく見るとハクも髪綺麗だし、可愛いし、どこかのお嬢様だと言われても納得できる。もしかしていいとこの子で、ハッサムは付き人、付きポケモンみたいな感じ?
「ゲロ礼儀正しいやろ?カッコいいやろ!?」
そんなわけないか。お嬢様はゲロなんて言わない。しかも食事前に。
「ほな冷める前に!いただきまーす!」
「ます」
人の食欲をそいでおきながら、ハクはおいしそうにカレーを食べ始めた。時々アブリボンの方を気にしているのは先ほど密かに作っていたアブリボン専用スプーンの出来を気にしているからだろうか。ハッサムと同じく変なところ器用だ。
「アブリボン、おいしい?」
「ぶりっ!」
「そかそか!モルペコは?」
「うら!」
「うん!マリィは?」
「ポケモンに聞くのと一緒のテンションなんが疑問やけど……おいしいよ」
あとハッサムにも聞いてあげてほしい。聞いてほしそうにうずうずしてるから。
そんなハッサムの願いもむなしく、ハクはまたカレーを食べ始めた。いや、ほら。聞かなくてもわかる信頼というか、そういう風に捉えればいいんじゃない?かな?
「そういえば、なんで私と一緒にジムチャレンジしようなんて言ってきたの?」
ハッサムがかわいそうなので、一刻も早く忘れられるようハクに話を振る。このまま沈黙してしまうとハッサムがみじめになるだけだ。
私の言葉にハクは小さく首を傾げて「んー」と悩むと、「かわいかったのもそやけど」と切り出した。
「実はマリィ誘う前に誘った子おるんやけど、断られてもうてなぁ」
「……へー」
「や、怒らんとってや!名前がむしに似てたってだけやし、本気で誘ったわけちゃうから。『男と女で旅なんてありえません!』なんておカタいこと言われたし」
私もありえないと思う。今こうしてキャンプをしている状況からみてもそうだ。ハクは男女の違いを気にしていなさそうだが、きっとハクに誘われた子はバリバリ意識するタイプだったんだろう。マセガキ。
「で、ポケモンバトル誘われて妙にやる気やったハッサムがボコボコにして、どうしよかなってー他の人探してたらマリィ見つけて、ビビッ!ときてん」
「そもそも、なんで他の人とジムチャレンジしようなんて思うたと?」
「えー、だって一人って寂しない?おかーさんも『女の子の一人旅はダメよ!』ってわけのわからんこと言うし。心配ないのになー。なぁ?ハッサム」
「……」
こいつマジか、という目でハッサムに見られたハクは「そやんなぁ」と頷いていた。意思の疎通ができていない。
女の子の一人旅がダメだ、というよりハクの一人旅がダメな気がする。あっちへふらふらこっちへふらふら。挙句の果てには悪い大人に騙されて一文無しになるなんてことになりかねない。ハクのお母さんはハクのことが心配で仕方ないのだろう。
「だってハッサムおるし」
「ゼァ」
ハッサムがこの調子だし。ハッサムがもっとしっかりしてくれればハクのお母さんも安心だっただろうに。いじっぱりでチョロいから心配されるんだ。こうなれば私がしっかりしなければ。
「ごちそーさま!片づけて遊んで寝よ!」
……キャンプの手際に関してはハクの方がしっかりしているからそっちの方は任せるとして、他の方面でしっかりしよう。
しかし、ハッサムに手際で負けた時は流石に堪えた。いや、慣れがあるんだろうけど……だろうけど!
「やっぱりマリィ髪ほどいたら美人やねぇ」
「……」
「照れとる」
「照れとらん」
片付けをした後、はしゃぎ回った私たちはテントの中にいた。いつも可愛い可愛いと言ってくれるのでそれには慣れているが、髪をほどいた時に言ってくる美人にはまだ慣れない。第一なぜこうもストレートに褒めてくるのだろうか。いつも一緒に寝るとき嬉しそうに抱き着いてくるのも照れ臭いし。私を恨めしそうに見てくるハッサムは何か怖いし。きっと私と寝る前はハッサムが抱き着かれていたのだろう。
そんなハッサムは今見張りよろしくテントの入り口前で座っている。こういうときはものすごく頼もしいのに。
「なんで女の子って無条件でええ匂いするんやろなぁ?」
「ハクも女の子でしょ」
「自分の匂いってわからんし」
言いながら匂いを嗅いでくるハクが気持ち悪かったので押しのけると、「いやん」と気色の悪い声。どうしてくれようか。
「もー、ケチ。ちょっとくらいええやんか」
「ダメ」
「え、かわい……私オスになるかも」
「ハッサム」
「あ!なんで私とマリィの間に入ってくるん!っていうかなんでマリィの言うこと聞くん!?」
これ以上セクハラされてはたまったものではないのでハッサムを間に置いてガード。ハッサムは自分が得する命令なら聞くはずだと思ったがその通りだったようだ。「でかした」っていう目してるし。
「むー。まぁえっか。今日は久しぶりにハッサムと寝よー」
「……」
娘との久しぶりの交流を噛みしめるお父さんみたいな顔をしている。悪いことしてたんだなぁ、私。
「ほな、おやすみ。マリィ」
「……ん、おやすみ」
ただ、ハクが離れるとどことなく寂しくなってしまっている私はとてつもない猛毒に侵されているに違いない。ハクのセクハラを忘れようと既に眠ってしまっているモルペコを抱きつつ、私は眠りについた。