「久しぶりですね」
「お?」
第二鉱山を歩き続けてようやく抜けられる、と気を抜いていた時に高圧的な感じの声に呼び止められた。振り返ってみると、くるくるした白い髪の生意気な目つきをした男の子がいた。男の子の視線はハクに向けられているため、どうやらハクの知り合いのようだ。
「ビートや!ほら、マリィの前に誘った子おる言うたやん?」
「あぁ、あのハッサムにコテンパンにされたっていう」
「明らかにレベル差があるであろうハッサムを、あと一歩のところまで追いつめたビートです」
ほんとかな、とハッサムを見てみると思いきりビートを睨みつけていた。どうやら嘘らしい。このハッサムは信じられないほど強いからどうせ嘘だと思ってたけど。
ハッサムに睨まれたビートはまったく堪えた様子もなく、むしろハッサムを睨み返した後不敵に笑い、ハクを指で指し、その高圧的な声を第二鉱山に響かせた。
「あの時の屈辱、ここで返させてもらいますよ!ぼくとポケモンバトルです!」
「ハッサム」
「ハッサムはなしで!」
「ダサ」
ダサいが、賢いとも言える。ジムチャレンジ途中のトレーナーが勝てるポケモンではないのだ。その実力差を理解して挑まないというのは賢い。プライドで挑んでも負けては意味がない。執着心が強いタイプでプライド人間かと思っていたが、案外そうでもないようだ。
ハッサムはなしと言われて素直にハッサムを後ろに下げたハクは、少し悩んだ後足下のコソクムシに目を向けた。
「えっと、私ハッサム抜くとポケモン二体しかおらんのやけど、何対何?」
「もちろんフルバトル、といきたいところですが、あなたのレベルに合わせてぼくも二体でいきましょう」
「わ、合わせてくれるんや!ええ人やなぁ」
「純粋がすぎる……」
最初にハッサムを抜きにしてあげたのはハクなのに、『合わせてくれる』ってどこまで純粋なんだろう。むしポケモンと触れ合っていればそうなるのだろうか。それなら全世界をむしポケモンであふれさせれば犯罪はなくなるということになるが、全員ハクみたいになったら経済も何もかも回らなくなりそうなので没。
ええ人やなぁ、と言われたビートは「そうでしょう?」と髪をかき上げて調子に乗り、ボールを手に取る。案外ハクと相性がいいのかもしれない。高圧的な人に対して『いい人』って言える人は中々いないし。
「さ、始めましょう。行きますよ、ゴチム!」
「ちむっ!」
「わ、可愛い!ならこっちはコソクムシ!」
「コソッ」
ビートが繰り出したのはエスパータイプのゴチム。ハクの使うむしタイプとは相性が悪いタイプだ。ちなみに私の使うあくタイプはエスパー技がまったく効かない。私たち二人はビートを倒すために生まれてきたのだろうか?
「コソクムシ、アクアジェット!」
「ゴチム、がんせきふうじ!」
コソクムシとゴチムの二体がトレーナーの指示通りに動き出す。コソクムシはその小さな体に水を纏い、普段のちょこちょこした動きからは想像できないような速度でゴチムに向かって突進した。対するゴチムはエスパータイプらしくねんりきで岩を持ち上げ、コソクムシの周りに岩を飛ばす。
「ぼくがむしタイプ対策もせず勝負を挑むと思いましたか!?」
「岩ごとぶっ飛ばせ!」
「は?」
「コソォッ!!」
得意気に語るビートを無視して、ハクがとんでもない指示を飛ばす。むしタイプはいわタイプが効果抜群であり、向かってくる岩を弾き飛ばして攻撃なんて無茶にもほどがある。ただ、コソクムシはやる気に満ち溢れており、逃げ回るのが普通なポケモンとは思えないほど勇敢な目で突進し、岩を弾き飛ばした。
「ゴチム!サイケこうせん!」
予想外の行動に一瞬驚いたビートはすぐに気を取り直して新たに指示を飛ばした。苦手なタイプを打ち破って、しかもコソクムシが。そんな状況ですぐ立て直せるのは素直にすごいと思う。元々の実力が高いのだろう。
「ジャンプしてむしのていこう!」
しかしハクのコソクムシはサイケこうせんすら避けて、上からむしのていこうを放つ。むしタイプの技だからゴチムには効果抜群で、しかもむしのていこうはとくこうを下げる効果があったはずだ。特殊攻撃が主体のゴチムにはとくこうが下がるのは厳しいだろう。
そんな私の考えとは裏腹に、ビートはにやりと笑った。
「コソクムシがむしのていこうを使うのは知っています!計算通りだ!ゴチム、サイコショック!」
むしのていこうを受けてひるんでいたゴチムがコソクムシを睨みつけると、コソクムシの周りに薄紫色のオーラのようなものが浮かび上がった。
「チムゥ!」
そしてそのオーラはゴチムの声とともにコソクムシへ襲い掛かる。コソクムシは今空中にいるから避けようがない。
「コソクムシ、まるくなる!」
「コソッ」
襲い掛かる攻撃にまったく慌てた様子もなくハクは冷静に指示を出し、コソクムシは縮こまって丸くなった。丸くなることで自分のぼうぎょを上げる技。……これでサイコショックが相手のとくぼうではなくぼうぎょを参照する技だって知っててまるくなるを指示したんだったら、いつもとは違ってバトルではものすごく冴える子なのかもしれない。
「大丈夫?」
「コソッ!」
空中でサイコショックに弾かれたコソクムシはちょうどハクの前に着地した。様子を見るに、まだまだいけそうだ。数本ある足をわしゃわしゃさせ、ビートのゴチムを威嚇している。
「ふふ、とくこうが上がったゴチムの攻撃を耐えるとは、やりますね!」
「上がった……?」
「ゴチムのとくせいはかちき!勉強不足ですよ」
かちき……確か、能力のランクが下げられたらとくこうが二段階上がるとくせいだったか。まさかコソクムシのむしのていこうはわざと受けたとか?だとしたらバトルがものすごくうまい。コソクムシのむしのていこうは普通なら効果抜群でもあまりダメージは通らないだろうし……ハクのコソクムシは普通とは思えないけど。
「このまま押し切りますよ!ゴチム、サイケこうせん!」
「コソクムシ、アクアジェット!」
「また強引に突破する気ですか!」
「いーや」
ゴチムがサイケこうせんを放つと同時、コソクムシはサイケこうせんをアクアジェットで避け、
「なっ」
「名付けてアクアジェット・カット!カッコええやろ?」
途中でカクッ、と急激に曲がってゴチムに向かって突進する。急な攻撃に対応しきれなかったビートのゴチムはそのままアクアジェットが直撃して、ボールのように弾き飛ばされた。ゴチムはそのまま地面にたたきつけられて、戦闘不能。
「コソクムシの動きやなか……」
「ええでぇコソクムシ!」
「コソッ!」
多くのコソクムシが自信のなさそうな目をしているのに対し、ハクのコソクムシは自信満々な目でふんぞり返っている。ハクの下には特殊な個体のポケモンが集まるのだろうか。
「くっ、お疲れ様ですゴチム。……少しはやるようですね。ですが、今のバトルであなたの実力は見極めました!既にぼくの勝利は決まっています!」
「なら一緒に覆そ!コソクムシ!」
「コソッ!」
「行きますよ、ミブリム!」
「ミィ!」
続けてビートが繰り出したのはまたもエスパータイプのポケモン。私やハクと同じくタイプ統一するトレーナーなのだろう。エスパーって何か見た目通りだし。どう見ても格闘タイプは使わなさそうだ。
「ミブリム、チャームボイス!」
「ミッミィ!」
チャームボイス。その名の通り可愛らしい鳴き声で精神的に攻撃する技。なぜかハッサムに効いているそれを、コソクムシはあっさりと聞き流して、
「コソクムシ、アクアジェット!」
「コソォッ!」
再びアクアジェット。あんな可愛いミブリムのチャームボイスを無視できるコソクムシは悪魔か何かなのだろう。それか、性別が一緒で単にむかついた、とか。こういう技って性別が同じだと効きにくそうだし。
「ミブリム、サイケこうせん!」
「コソクムシ、カット!」
チャームボイスに怯まず突っ込んできたコソクムシに慌てつつ撃ったサイケこうせんは、いっそ美しくも思えるコソクムシの
「ミィッ!」
「ミブリム!」
「アクアジェットで畳みかけ……って戦闘不能やん」
そのまま避けることもできずアクアジェットが直撃したミブリムは、その一撃で戦闘不能になってしまった。コソクムシはそんなにこうげきが高くないはずなのに、やはりあのコソクムシはおかしい。コソクムシがおかしければアブリボンもハッサムもおかしい。
「くっ、お疲れ様です。ミブリム」
「よーやったコソクムシ!ナイスガッツ!」
「コソッ!」
「お疲れ様」
抱き合って勝利を喜ぶハクとコソクムシを労う。ハク相手には立ち止まっていたらすぐにやられてしまうと学べたいいバトルだった。生贄となってしまったビートには感謝しておこう。
「……ふっ、今のであなたの実力はわかりました。次やり合えばぼくが勝つでしょう」
「うん!またやろな!」
「……」
うんうん。わかるわかる。ちょっとスレてる子がハクみたいな見た目は可愛い女の子に純粋さを見せつけられるとクるものがあるよね。私は同性だからまだましだけど、異性のビートからすればその威力は絶大だろう。照れているビートの肩に手を置いてうんうんと頷いていると、手を振り払われて「なんです?あなた」と睨まれた。こいつ。
「ハクに負けたくせに」
「今のバトルは実力を見るためのもので、本気でやり合っていればぼくが勝っていましたよ」
「ハッサムは?」
「……」
目を逸らされた。どうやら強がりでもハッサムに勝てるとは言えないらしい。
「ま、ぼくはもう少しここにいるのであなたたちはエンジンシティに行ったらどうです?長くいると暗くなりますし」
「ビートは一緒に行かんの?」
「……やることがあるんです」
「へー、忙しいんやなぁ」
こういう時、ハクがクソダサコーデでよかったと思う。これで可愛い恰好をしていたら男が寄り付いて仕方なかっただろう。騙しやすそうだし。
「ほな行こ!マリィ」
「ん。じゃあね、ビート」
「またバトルしよな!」
「あなたがどうしてもと言うなら」
余計なことを言ったビートはハッサムに睨まれてビビり倒していた。ほら、あの歳の男の子は素直になれないから許してあげて。
ビートと別れ、向かうはエンジンシティ。ここのジムチャレンジで挫折する人も多いみたいだから、気を引き締めないと。
「うわ、マリィの手やわこいなぁ」
私の手をにぎにぎしているハクがだるだるなので、余計に引き締めないと。