DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Sequence 1・Fear, and Loathing In Roanapra
Fools Rush In 1


 最初はデカいタワーで、一人でテロリストどもをやっつけた。

 

 その一年後には空港で、軍人御一行様を丸ごと吹っ飛ばした。

 

 つい五年前はニューヨーク走り回ってクソどもをぶっ殺した。

 

 

 

 

 俺はもう三回も事件に巻き込まれて、その都度なんとか生き残ってこれた。

 

 刑事として、誰よりも貢献している。

 

 だが得られるのは、ちょっとの間の人気と、ちょっとした奴らからの称賛だけ。

 

 

 給料は上がらない。

 

 警部補から出世できない。

 

 離婚の危機は避けられない。

 

 酒とタバコはやめられない。

 

 

 そんなもんだ。

 

 

 不休で仕事したって、

 

 テロリストを殺したって、

 

 国を救ったって、

 

……妻を守れたって、

 

 

 結局は俺。

 

 そうだ、俺が俺のまんまじゃ、何も変わらない。

 

 

 

 戦場で敵兵数百人をやっつけた大英雄が、

 

 退役後はとんだロクデナシになった話は腐るほどある。

 

 

 俺は確かに、何か起きても生き残れる技量はあるかもだが、

 

 人間として大事な、世間様に順応する頭がなかっただけだ。

 

 

 

 最高にツイてないのは、事件に出くわすからだけじゃない。

 

 それ以外の全てに、徹底的に見放されているところも含めてだ。

 

 つまりは運も生き方も、自分次第ってこった。

 

 

 

 

 

 つまり俺は、どっちにしても持っちゃいないのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイ、バンコク北部、ドンムアン空港に到着。

 時差ボケから生じる眠気と虚脱感に悩まされながら、男はターミナルを出る。

 

 

 ポケットを弄り、タバコの箱の中を覗いた後で、売店に寄った。

 

 

「えー、あー……」

 

「英語で結構ですよ」

 

 

 店員は英語で話しかけて来た。

 安心して懐から抜き取りかけた、タイ語入門書をしまう。

 

 

「おたく、英語話せるの?」

 

「えぇ。僕はタイの南部出身でして」

 

「それがなんで?」

 

「南部はマレーシアやシンガポールに近く、外国人の流入が多くて。母国語より、英語を話せた方が都合良かったんです」

 

「そりゃ殊勝なこった……あー、マルボロは?」

 

「もちろん」

 

 

 カウンター後部にあるシャッターを開くと、タバコ陳列棚が現れた。

 棚からマルボロを取り出し、彼の前に置く。

 

 表紙には歯が抜け落ちて、洞穴のようになった人間の口内写真がプリントされていた。

 

 

「趣味わりぃなぁ、おい。なんじゃこりゃ? タイじゃこれがグッドデザイン賞ものなのか?」

 

「タイはタバコに厳しいですから。喫煙抑制の一環で、癌患者の皮膚やボロボロの歯とか、喫煙で起こりうる症状を写真にして貼り付けているんです」

 

 

 陳列棚に置いてあるタバコは全て、同じような表紙ばかり。

 思えばシャッターで陳列棚を隠していた事も、喫煙抑制の一環なのだろう。

 

 

「どうします? 一応、マシなデザインのタバコもありますが」

 

「いやぁ、いい。これでいい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 空港でドルから換金したバーツ紙幣を出し、代金を支払う。

 すぐに一本取り出し、吸おうとしたところを止められた。

 

 

「路上喫煙は罰金刑ですよ」

 

「本気かぁ? ニューヨークより厳しいんだなタイってのは」

 

「ニューヨーク……じゃあお客さん、アメリカから?」

 

「あぁ」

 

「旅行……と言う感じではなさそうですが」

 

「仕事だよ。向こう一年半も滞在だ。俗に言う、単身赴任って奴だ」

 

 

 そう言ってから彼は、「いや」と訂正した。

 

 

「……ただの赴任だった」

 

 

 左手の薬指を見やる。

 何も嵌っても欠損してもいない、変哲もない指だ。

 しかし彼からすればポッカリと抜き取られたような虚無感があった。

 

 

「離婚されて?」

 

 

 図星だったようで、彼は乾いた声で笑い出した。

 

 

「よく分かったなぁ」

 

「意味もなく何もない薬指を見る人はいませんよ、普通」

 

「ははは……俺が単純過ぎるだけか」

 

 

 取り出していたタバコを紙箱に戻してから踵を返す。

 男は売店から立ち去ろうとする。

 

 

「ありがとよ」

 

「しかしアメリカからタイに赴任と言うのは珍しい。お仕事は何を?」

 

 

 店員からの最後の質問に、彼は横顔だけ向けて答えた。

 

 

「……おまわりさん」

 

 

 ぽかんとする店員を無視し、売店から離れる。

 そのままロータリーに出て、タクシーを捕まえた。

 

 さすがにタクシーの運転手まで英語を熟知してはいないだろうと、無駄なお喋りは避けて、行き先だけを告げた。

 

 

「えーっと? パトゥ、ムワン区、のぉ……ラーマ、一世通り……って読むのか?」

 

 

 通じたようで、運転手は二、三度頷いてから車を走らせる。

 

 

 車道にしたり、建物にしたり、人種にしたり、空の色にしたり、全てが違う異国の地。

 目的地まで、彼は虚ろな目で窓からのその景色を眺めていた。

 

 

「……とうとう俺も、島流しってか。クソッタレ」

 

 

 財布を出そうとして、不用心でパスポートを落としてしまう。

 

 

 彼の名前は、「ジョン・マクレーン」。

 

 パスポートを拾い上げ、相変わらず無愛想な表情をしている顔写真を、憎々しげに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次世界大戦以降、欧州勢力から離れたタイにとって、アメリカは大事な外交相手だ。

 

 五十年代にタイの軍政をサポートしたり、冷戦期にも東南アジアで重要な国として位置付けていたりと、アメリカもタイを友好的な目で見ていた。

 と言うのも四十年代の終わりに成立した中華人民共和国による、東南アジアの共産化を恐れたアメリカ及び西側諸国が、大急ぎでタイを抱き込んだ次第でもある。

 

 

 しかし現在は、タイが軍事政権下にあるミャンマーとの外交を継続した事により、アメリカとタイの両国関係は冷え込みつつある。

 

 

 そんなさなかに飛び出した、「海外視察」の話。

 タイ地方警察の様子や装備、形式や事件解決能力をニューヨーク市警が視察する件だ。

 

 ここのところニューヨークは、世界各国の主要都市と友好関係を結ぶ事に前向きだ。

 九十年代だけでもローマ、ブダペスト、エルサレムとも姉妹都市提携を締結している。

 

 

 タイ警察への視察も、その一環だ。

 前述の米泰関係の冷え込みもあって、せめてニューヨークとの関係だけはと焦ったのだろう。

 連日、市警には要請と催促の電話が来ていたようだ。

 

 

 

 問題は、誰が行きたがるのか。

 タイのあちこちを巡るため、視察期間は一年半になる予定だった。

 

 腹が空けばタイムズスクエアに行けば良いだけの場所から、パン屋さえあるのか分からない異国に、しかも一年半も滞在したがる刑事はいなかった。

 特別手当が付いても同様だ。

 誰しも何やかんだ言いつつ、自分の国が一番快適だ。

 

 

 視察員の選出に低迷した挙句、署長がついポロっと名前を出してしまった男がいた。

 

 それが彼、ジョン・マクレーン警部補だった。

 

 

 

 

 彼は停職どころか、免職の危機にさえ陥っていた。

 燻っていた妻との関係が更に拗れ、一年前にとうとう離婚。

 その件でかなりやさぐれ、飲酒運転やら同僚を殴ったりなど問題行動が目立っていた。

 

 

 

 免職か、バンコクか。

 

 半ば脅迫のような形で、マクレーンは渋々視察員となってしまった訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクシーが目的地に停車する。

 パトゥムワン区のラーマ一世(いっせい)通りとは、タイ王国国家警察庁本庁の所在地だ。

 

 安いマンションみたいな建物を想像していたが、意外と大きく綺麗だ。

 

 

「んまぁ、田舎のホテルぐらいか」

 

 

 門番をしていた警官にニューヨーク市警の警察手帳を見せると、既に視察の話は通っていたようで、巡査部長のいる客室へ案内された。

 警察とは言うが、胸に付けられた勲章や灰色の制服からして、どうにも軍人にしか見えない。

 

 

「あのー、あー」

 

「英語で結構ですとも! ようこそ、遥々ニューヨークから!」

 

 

 巡査部長からの手厚い歓迎を受け、つい苦笑いをこぼしてしまう。

 

 

「お会いできて光栄です、マクレーン刑事!」

 

「えぇ、えぇ。私も光栄ですよ」

 

「あなたの話は伺っております! 何でも、金塊泥棒を一網打尽にしたとか!」

 

 

 不良刑事ではあるものの、経歴だけは折り紙付きだった為に、署長のお眼鏡に叶ってしまった事も選出理由だった。

 

 

「もう五年も前の事です」

 

「栄光に年代は関係ありませんとも! ささ! 早速、我がタイ王国国家警察庁を案内します!」

 

「……えぇ。関係ありませんとも……ってか」

 

 

 見慣れたニューヨーク市警の光景とは何もかもが違う。

 全員が制服を着て、またタイ国王の写真が立て掛けられていたりもした。

 一番マクレーンを驚かせたものは、警官制服やバッチがグッズとして売られていた事だ。

 

 

「売れるんです?」

 

「意外と、売れ行きはいいんですよ。ニューヨークでは問題ですかね?」

 

「いかがわしい店で売られるよりは健全じゃないですか? 寧ろこりゃ、ニューヨークでも導入するべきだ」

 

「なかなか楽しい刑事さんだ! どのようなアドバイスをいただけるか、楽しみですよ!」

 

 

 食堂や射撃場を見て回った後、また客室に戻り、視察の計画を伝える。

 

 

「視察と言っても、そんな小難しい事はしませんよ。あー、ただ、交通違反の指導方法とか、他支部との連携のアレコレを見なきゃなりませんもので」

 

 

 渡された資料にある、ズラリと並んだチェックリストを見て頭痛がする思いだ。

 マクレーンの説明を受けながら、巡査部長は納得したように頷く。

 

 

「警官のモラルも、士気に繋がります! 良き警察官とは何かをぜひ、向こう一年半まで教示してもらえたらなと!」

 

 

 ついマクレーンは笑ってしまった。

 それを自分が指導するのかと、ついついおかしくなってしまう。

 

 

「視察は首都圏だけですか?」

 

「いや。地方へも、プラスアルファってやつで。あと特別に、『治安の悪い場所』の警察署も見なきゃならないもんでしてね。余計なお世話だって、俺は言ったんですが」

 

「治安の悪い場所……ふーむ」

 

「どこかありますかね? ないなら私も、仕事が減るんでいいんですが」

 

 

 巡査部長は言おうか止めるべきか、迷ったように首をひねる。

 その内、別に話したって構わないかと考え直し、「治安の悪い場所」について語り始めた。

 

 

「タイ南部にある港町で、『ロアナプラ』と言う街があるんですよ」

 

「ロアナプラ? そりゃどんな街で?」

 

「タイ随一の犯罪率で、とうとうワースト一位ですよ! 噂によると、世界中の悪人の見本市みたいな場所だとか!」

 

「つまりスラム街?」

 

「スラム街の方がマシとも言わんばかりです。あまりに悪が集まり過ぎて、現地の警官も疲弊しているとか何とか」

 

 

 そこに行くハメになるのかと、マクレーンは頭を掻いた。

 どんどんと薄毛が進行しており、そろそろ丸刈りにしようかと考え始めていた頭だ。

 

 

「まずバンコク内の視察が済めば、軽く見に行きますよ」

 

 

 きっちりとこの仕事だけはしなければ、待ち受けるものは免職だ。

 面倒に思いながらも、忠実にこなさなければと肩を竦める。

 

 

「今日は時差ボケを何とか治さんといけませんでね」

 

「では、また明日からですね! どこに滞在なさるのですか?」

 

「市内のアパートです……ああ、そうだそうだ。銃とかは支給されないもんで?」

 

「もちろん、支給いたします。一応はウチの管轄下になりますから、手錠と臨時の警察手帳もお渡しします」

 

「なら大丈夫だ。銃と警察手帳があれば十分です」

 

「視察終了時には、お土産にお渡ししますとも!」

 

 

 立ち上がりながらマクレーンはにんまりと笑う。

 

 

「えぇ。自宅に飾って、タイを思い出しながらシンハービール、でしたっけ? それを飲むのが楽しみです」

 

 

「俺はとっととニューヨークに帰りたいんだ」と皮肉を込めた言い方だった。

 巡査部長は彼の皮肉に気付く様子はなく、人懐っこい笑みで笑うだけだった。

 

 

「上司に銃と手帳の手配をお願いしておきます。もしかしたら、書類とか書くかもしれませんが」

 

「ありがとう。では、また明日」

 

「ええ! また明日!」

 

 

 握手を交わし、本庁から出た彼の顔付きはすっかり疲れ切っていた。

 

 

「……楽しい一年半が始まるぜぇ、ボケぇ」

 

 

 悪態を付きながら、本庁前で堂々とタバコを吸い始める。

 

 

 

   DIE HARD 3.5   

Fools rush in where angels fear to tread.




時代設定は2000年。
「ダイ・ハード3」から五年後の世界観です。


正式名称は「Fools Rush In(Where Angels Fear To Tread)」
作詞「ジョニー・マーサー」、作曲「ルーベ・ブルーム」による楽曲。
1940年発表のスタンダード・ナンバー。
その後、「リッキー・ネルソン」や「エルヴィス・プレスリー」がロックスタイルでカバーしている。


「バカは天使さえ踏み入らない所に堂々と突っ込む」
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