DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Gemini Dream 2

 翌日、朝の六時。

 大破したバーで、大勢の警官が見分をしていた。

 

 六メートルほど離れた位置には、店を囲むよう等間隔にポールが並べられ、それらをバリケードテープで繋いで立ち入りを規制する。

 およそ制服を着た警官しか入れない。

 

 

 だがその区域の中に堂々と入り込む、堅気ではない雰囲気を醸し出す二人の人物。

 バラライカと、彼女の側近でもある、顔の大きな傷が特徴の「ボリス」だ。

 

 

 割れたガラス、砕けた看板、吹き飛んだ扉。

 店内はもっと酷く、今も血の匂いが漂っていた。

 そんな惨状を前に顔を顰める、ワトサップの方へ近寄る。

 

 

「よぉ、ご苦労さん」

 

「あぁ」

 

 

 気の抜けた彼への挨拶を簡単に済まし、バラライカは単刀直入に情報を聞き出す。

 

 

「情報はあるのか?」

 

「生き残りが三人いた。一人は給仕、こっちからは既に色々聞けた。もう一人はあんたん所の人間だが、重傷だ。口は利けねぇな」

 

「もう一人は誰だ」

 

 

 ワトサップは頭を掻き、なぜか苦笑いを浮かべていた。

 

 

「……まず、事実確認をするが……あんた、入店四回分は奢ってやるって約束をしたんだよな?」

 

「………………」

 

 

 その質問で全てを察したバラライカは、辺りを見渡す。

 

 

 

 すると、見つけた。

 離れた所に設置された椅子に座り、怪我の手当てをされている見知った人物を。

 

 

「……大尉殿。もう自分は驚くまいと踏んでおりましたが……彼は一体、なんなのですか?」

 

「……こんな状況なのに笑えるよ。とんでもない遭遇率だ」

 

 

 二人はワトサップを引き連れ、その人物へと歩み寄る。

 

 

 タバコを吹かし、貰った消毒薬とガーゼで応急処置をする男。

 薬が傷に沁みて顔を上げた時に、バラライカらに気付いた。

 

 気付いた途端に、失笑を見せる。

 

 

「……おたくが俺に、イカれた殺し屋を差し向けたのかと疑ってたところだぜ」

 

 

 そのまま足元に置いていた、ウィスキーのビンを取ってラッパ飲み。

 

 

 

 

「……ッかぁあぁ〜。うぅ〜、これもおたくの奢りで良いよなぁ?……店主も伝票も、めちゃくちゃになっちまったが」

 

 

 その男とは言わずもがな、ジョン・マクレーンだった。

 思わずワトサップはビンを引ったくり、彼を咎める。

 

 

「おいおい。もう飲むんじゃねぇ。酔っちまったら聴取できねぇよ」

 

「知ってるかぁ。アル中一歩前まで来れば、なかなか酔えねぇんだ。これ、覚えとけ」

 

「知りたかねぇ、飲兵衛が……あぁ、バラライカ。こいつの事情を話すとな」

 

 

 なぜその場にマクレーンがいたのかを代弁する。

 薄々気付いてはいたが、バラライカはそのまま静聴を決め込んだ。

 

 

「あんたがこの男に、ここ『カリビアン・バー』での飲み放題を約束していたんだよな。んでこの男、昨夜の八時から──」

 

「違う違う。開店と同時だから、六時だ」

 

「……六時だそうだ。それから、あー……なんだてめぇ、十時間も飲んでたのかぁ?」

 

「最後の飲み放題だからなぁ。人生最高の十時間だったぜ」

 

 

 タバコを一服してから、マクレーンは昨夜からつい二時間前の出来事を想起する。

 

 

「……十時間後、まではな。今でも信じらんねぇよ、ありゃ。おたくでもたまげるぜ」

 

 

 彼は自分の身に起きた事と、その「十時間後の地獄」について語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 18:01

 

 

 マクレーンは我が物顔で、入店する。

 彼を認識した瞬間、店主は一気に不機嫌そうな表情となる。

 

 

「なんだ、あんたか。集金係に伝票見せたら驚かれたぞ! 加減ってもん知らねぇのかぁ?」

 

「あんたがビクビク従ってる〜……バラバララだったか?」

 

「バラライカだ!」

 

「そうそう。そいつが良いって言ってんだ。言われたからには有り難く使わな失礼ってもんだろ」

 

「クソッタレ……まぁ、あんたの噂が広がったせいで、一目見ようとウチに来る客がいる。良い看板にはなっているがね」

 

「お互いwin-winの関係だ。ほら、今日はラストだから朝まで飲むぞぉ」

 

 

 店主は「マジかよ」と呆れ果てながら、スコッチをロックで淹れてやる。

 

 

 

 

 

PM 20:19

 

 

 彼の座るカウンターの横に、来店した客がやって来た。

 その頃のマクレーンは、カクテル片手に頭をクラクラさせている。

 

 

「おい! あんたジョン・マクレーンだろ!? マニサレラ・カルテルを吹っ飛ばした男ってな!」

 

「あんな奴ら、大した事ねぇよ! 麻薬売って、ちょっと銃が撃てるだけのボケどもだった! はっはっはー!」

 

「イカれてるぜあんた! なんかの縁だ、奢らせてくれよぉ」

 

「いやぁ、良い。今飲んでるこの酒は、ホテル・モスクワ持ちなんだ」

 

「マジかよ!? つまり、あのバラライカに奢られてるって訳か!? ヤベーぜあんた!」

 

 

 飲み仲間が出来たところで、更に酒が進む。

 彼の噂を聞いた者が入れ替わり立ち替わりでカウンター席に座る。

 

 

 

 

 

PM 21:38

 

 

「飲んでるか野郎どもおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 いよいよ増えた飲み仲間たちと、パーティー状態だった。

 酒をストレートで飲む勝負をしたり、下手な歌を歌ったりと楽しんでいた。

 

 カウンター席に寝そべり、その状態で口にウィスキーを注がれたりもした。

 フラフラ踊って、クラクラ飲んで、気付けばマクレーンは眠っていた。

 

 

 

 

AM 00:40

 

 

 日付けが変わり、酔い過ぎてギブアップした客が減っていく中で、マクレーンは気絶に近い眠りから覚めた。

 覚めたと同時に、グラスを店主に出す。

 

 

「あんた、やめた方がいいぞ。アル中の介護はごめんだぜ」

 

「まぁあだ、飲めるっての。俺を誰だと思ってんだあ? あの、ジョン・マクレーン様だぞぉお!!」

 

「全く……なにが『あの』だ。ただの飲んだくれじゃねぇか」

 

 

 バカルディを注いでやった。

 マクレーンはそれを、一気に飲み干す。

 

 

 

 

 

AM 02:22

 

 

 すっかり彼と飲んでいた者たちは帰宅し、店内には数人の客と店主、マクレーンしかいなかった。

 

 

「ホリぃい……俺を……ゆるしてくれよぉお……」

 

 

 あと少しだけ残った酒を飲み下し、マクレーンは二度目の睡眠……もとい、気絶に移る。

 

 

「……俺が、ふがいなかったんだ……だからなぁ……ルーシーとジャックに、もういっ回だけ、あわせてぇえくれよぉ〜…………」

 

 

 微睡みから、瞳を閉じた。

 

 

「……もう一回、家族でクリスマスパーティーをすんだ……こんな、クソみてぇな酒場じゃなくてな……実家で、あの馬鹿でかいクリスマスツリーを飾って……」

 

 

 それからざっと、二時間ほど眠りこける。

 悲しい気分を忘れるかのように、夢の中へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM 04:08

 

 

 マクレーンはほぼ、ショックを与えられたかのように目を覚ました。

 あまりに派手な起き方の為、店主も身を縮こめる。

 

 

「なんだなんだ? 悪夢でも見たか?」

 

 

 脂汗を流し、荒い呼吸だ。

 心配になった店主が、手拭き用のタオルを手渡してやる。

 

 

「おい、どうしたんだ? とうとう急性アルコール中毒か?」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

 

 汗を拭い、カウンター上を見やる。

 

 

「……グラスがねぇぞ」

 

「まだ飲むのか……あと三十分でラストオーダーだぞ」

 

「……あぁ。なんでも良い。ギリギリまで飲ませてくれや」

 

 

 バーボンを淹れてもらい、次は物思いに耽るかのように、ちびちびと飲む。

 

 

「……クソッ。また見ちまった……」

 

 

 また彼は、「救えなかった瞬間」を夢で再生させてしまった。

 それを忘れたいが為に、もう一度酔い直そうと二杯飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず彼が、閉店間際まで飲んでいた事は分かった。

 別の警官に渡された、ペットボトルの水を飲み干しながら、手渡された頭痛薬を眺める。

 

 

「おぉ〜、アスピリンかぁ。これには世話になったなぁ」

 

「それは二日酔いにって事か? おめぇ、どんだけ飲んだくれてんだ」

 

「それもだが。まぁ、世話になったってのは、二重の意味でだ」

 

「アスピリンジャンキーだったのか?」

 

「うるせぇ、殴るぞ」

 

 

 三錠ほど水と共に飲み込み、目をパチクリさせる。

 話を聞くだけに徹していたバラライカだが、やっと彼に話しかけた。

 

 さっきまでと違い落ち着いた、御誂え向きの口調だ。

 

 

「……それで、店と私の仲間を襲った連中と言うのは?」

 

「連中は……あぁ、二人組だ」

 

「人種は? イタリアン、アフリカン、ラテン、アジアン……ロシアン?」

 

「ありゃ、感じ……そうそう、イタリアンかロシアンが近い。アメリカンって言うか、おたくらと同じ感じの白人。あーでも、ロシアンっぽくねぇ訛りだった」

 

 

 チラリと、彼女はワトサップを見やる。

 こちらを快く思っていないマクレーンの証言だ。嘘ではないかと聞きたいのだろう。

 

 

「概ね、生き残った給仕と同じ証言だ。信憑性あるぜ」

 

「性別と年齢は分かるかしら?」

 

「なんだおたく、そこのボケ署長よりも警察向いてるなぁ」

 

 

 彼女の後ろで、ワトサップが舌打ちをする。

 その様を愉悦に思いながら、マクレーンはポケットを探った。

 

 

「……ほらよ」

 

 

 彼がバラライカに投げ渡した物は、小さな女の子の人形。

 ストラップにして吊るせるような物。

 

 

「……これが?」

 

「それが、襲撃者の私物だった」

 

「まるで子どもだわ」

 

 

 マクレーンはフツフツと笑いながら、タバコを吸う。

 

 

「どうしたの?」

 

「まるで子ども……くっはっはっは……証言者がいるから、隠し立ても騙したりもしねぇけどよ」

 

 

 疲れた瞳で、バラライカと視線を交える。

 

 

「……まるで子どもじゃねぇ、『子ども』だったんだ」

 

 

 マクレーンは、「最後の三十分」の話に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM 04:21

 

 

 また酔いが回って来た頃。

 ラストオーダー直前だと言うのに、店に入る人物がいた。

 

 店主は客が来たのかと見やったが、すぐ怪訝な表情になる。

 

 

「おい。ガキの来る所じゃねぇ。迷子なら警察署に行きやがれ」

 

 

 フラフラと飲んでいたマクレーンは、店主のその言葉を聞き、入店者の方へ顔を向けた。

 

 

 入店者は名刺を取り出し、店主に渡す。

 

 

「ブーゲンビリア貿易……なんだ? バラライカの名刺じゃねえか。なんでこんなガキ……」

 

 

 酔った頭を回転させ、カウンター前に立つ小さな来訪者を認識するマクレーン。

 一瞬だけ、目を疑った。

 

 

 変わった黒い洋服を着た、そっくりの顔立ちの子どもがいたからだ。

 

 

「私たち、バラライカさんの所で『お客』を取ってるの。今夜はここでお客を取っていいって。聞いてない?」

 

 

 布で覆った、身長よりも大きな細長い何かを抱きかかえるドレスの少女。

 

 およそ吸血鬼ドラキュラが着ているような、改造したタキシードの少年。

 

 およそこんな店に似つかわしくない、可愛らしい双子がチョコンと立っていた。

 

 

「……奥に行きな」

 

「……ええ、ありがとうおじさん」

 

 

 疑わしく思いながらも、店主は二人を客席の方へ促す。

 それを聞くと、双子はニッコリ笑ってお礼を言う。

 

 

 マクレーンの後ろを通った。

 

 

 

 

「待った待った」

 

 

 つい、彼は二人を呼び止める。

 ピタリと、同時に足を止め、同じく同時にマクレーンへ顔を向けた。

 

 目をパッチリさせ、微笑み気味。

 可愛らしいが、同じ顔が同じ表情で並んで見ている点だけがどうにも、不気味だった。

 

 

「どうしたの、おじさん?」

 

 

 少年の方がマクレーンに話しかける。

 飲み過ぎで頭痛が出てきたのか、頭を押さえながら彼は続けた。

 

 

「あー……なんだ? 客を取るとか何とか、聞こえたようなぁ……」

 

 

 店主は慌てて、話を遮る。

 

 

「そ、その二人は親戚の子なんだ! 朝方、預かる予定だった!」

 

「あ? でもおたくさっき、ガキは来るな〜とか」

 

「酔って聞き間違えたんじゃねぇかあ?」

 

 

 店主は話を合わせるように、二人へ目配せする。

 双子はまたキョトンとした後に顔を見合わせ、意図に気付いたのかお互いに笑い合う。

 

 

「えぇ! お父さんが朝に帰ってくるから、お迎えするの」

 

「いつもこのバーで少しだけ飲むんだってさ。だから、ここで待ち合わせしているんだよ」

 

 

 酔っている為か、店主と双子の話が若干、噛み合っていないと気付かなかった。

 マクレーンはただ、「お父さんを待つ子ども」と知って、つい微笑んだ。

 

 

「……そうか」

 

「もういいかな、おじさん?」

 

「あぁいや、待った待った」

 

 

 マクレーンは隣の席を叩く。

 

 

「どうせ待つんなら、ここに座れば良いさ。入り口に近いからすぐに来た事分かるだろうしなぁ。ほら、俺がジュース奢ってやる」

 

「おいおい、あんた……!」

 

「まぁまぁ、良いじゃねぇかよお。ジュースの分は俺が出すからなぁ?」

 

 

 椅子を引き、二人を促す。

 少しだけ驚いたような表情をしていたが、すぐにニッコリ笑ってそっちへ行く。

 

 

「いいの? おじさん」

 

「奢ってくれるんだ!」

 

「構わねぇ。飲み仲間がいなくなって、寂しくしてたところだ」

 

 

 居心地の悪そうな店主を傍目に、二人はマクレーンの両脇に座る。

 向かって左手に少年、右手に少女。

 

 

「ありがとう、おじさん!」

 

「何にすんだ? コーラか?」

 

「僕、炭酸が苦手なんだ。オレンジジュースが良いなぁ」

 

「オレンジジュースか、良いぞぉ。おーい店主! カシスオレンジ用のがあるだろー?」

 

 

 マクレーンに注文され、観念したように天を仰いだ後、オレンジジュースをグラスに注ぎ始めた。

 

 次に少女の方を見る。

 持っていた荷物を傍らに立て掛けた。

 くっ付いていたクマのストラップが、ユラユラ揺れる。

 

 

「……あー、なんだこりゃ?」

 

「釣竿よ。お父さんの仕事終わりに、魚釣りへ行く約束なの」

 

「……やけに重そうだな」

 

「見た目ほどは重くないわよ、おじさん? あ、私はグレープフルーツジュースが飲みたい!」

 

「最近の子は炭酸嫌いなのか? まぁ、構わねぇが……おーい。酔い覚め用に置いてんのは知ってんだぞー!」

 

 

 不機嫌そうに、グレープフルーツジュースを注ぐ。

 注ぎ終えるとストローを添え、二人の前に出される。

 

 双子は幸せそうに、ジュースを飲み始めた。

 

 

「んー! 美味しい! 喉カラカラだったの!」

 

「バーのカウンターでドリンクを飲んでみるのが夢だったんだ。へぇー、こんな感じねぇ。大人になった気分!」

 

「俺から言っておくが、バーのカウンターで飲むような大人にならねぇ方が良い」

 

 

 残った酒を少しずつ飲みながら、マクレーンは苦笑いを溢す。

 そんな彼の横顔を、少年は不思議そうに見つめていた。

 

 

「そうなの? どうして?」

 

「よぉし。二人とも、社会勉強だ。ここでぼんやーりと酒を飲む俺をどう思う?」

 

 

 両方からジーッとマクレーンを観察し、クスクスと笑い合う。

 

 

「ちょっと、情け無いかな? どう、姉様?」

 

「えぇ、兄様! 怒られた子犬みたい!」

 

「ひでぇ例えすんだな……待て待て。姉様? 兄様? どっちが先に生まれた方だ?」

 

 

 少女が彼の質問に答えた。

 

 

「さぁ、分からないわ。でも弟とか妹って、どちらかを下にしたくないじゃない?」

 

「そうそう。僕らは同じお母さんから生まれた。それで十分さ」

 

 

 マクレーンは少し、飲んだ酒を吹き出しかける。

 やけに達観した二人に驚いたからだ。

 

 

「やけに大人びてんだな。手がかからなそうで羨ましいな、君らの親は……」

 

「おじさん、子どもがいるの?」

 

 

 少年が興味津々に聞いて来る。

 マクレーンは心に蟠りを抱えたまま、少しの間を置いて話す。

 

 

「……あぁ。二人な。姉と弟だ」

 

「男と女? じゃあ、僕らと同じだね!」

 

「双子じゃなかったがな。名前はルーシーとジャックで……そういや、二人の名前は?」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、二人はそれぞれ口々に名乗る。

 

 

 

 

「僕は『ヘンゼル』」

 

「私は『グレーテル』」

 

「ヘンゼルとグレーテル? あの童話のか? ちょっとそりゃ、メルヘン過ぎる。センス疑っちまうよぉ」

 

「あら、そうかしら? 私は気に入っているわ?」

 

「うん! 二人はずっと一緒で仲良しだし、ピッタリだよ!」

 

「んまぁ……気に入ってんなら良いんだが……」

 

 

 オレンジジュースを一口飲んでから、また少年こと、ヘンゼルは質問する。

 

 

「それで、おじさんの子どもはどんな感じなの?」

 

「ルーシーはおませさんだったが、まだ聞き分け良かった。ただジャックは誰に似たのか、とんだ悪ガキだ。何回、留置所へ迎えに行ったか……一度、街の半分焼いちまう事件起こしてな」

 

「わぁ。それはとんでもない。僕でもやったこと無いよ」

 

「これからもやんじゃねぇぞ。あの時は保釈金の為に家を抵当に入れて……思えばその時からホリーとの仲が悪くなったな」

 

「そのホリーって人が奥さんかしら?」

 

「…………あぁ。二度も命張って守った、大事な妻だぞぉ?」

 

 

 今度はグレーテルが目を輝かせて話しかける。

 

 

「守ったって? 何が起きたの?」

 

「一回目は悪い奴にこう、人質に取られてたんだ」

 

 

 隣にいたヘンゼルを抱き寄せ、指で作った拳銃を突き付ける。

 

 彼は楽しげに、ふざけて「助けてー!」と可愛い悲鳴をあげた。

 

 マクレーンは手で促し、グレーテルに両手で拳銃を作らせ、向けさせた。

 

 

「俺には二発しか弾がなかった! しかし悪い奴は二人……だが俺はなんと! それぞれ一発ずつ当ててやっつけたんだ!」

 

「奥さんには当てなかったの?」

 

「当てる訳がねぇ! 一瞬で狙いを定めて、悪い奴だけを……ほれ、撃て!」

 

「ばずーんっ!」

 

「うわー!」

 

 

 マクレーンはやられた振りをして、ヘンゼルを解放。

 その様を見て二人はケタケタと笑い、マクレーンも釣られて笑った。

 

 

「こんな感じに助けたんだ」

 

「凄いや! カッコいい!」

 

「どうせ大人になんならヘンゼル。そんな男になった方が良いぞぉ? グレーテルもそんな男とデートしてみたいよな?」

 

「そうね……確かにデートするなら、優しくて強い人が良いわ」

 

「姉様姉様、僕はどう?」

 

「うーん。ちょっと頼りないかしら?」

 

「はっはっはっはっ! まだまだだなぁ!」

 

 

 拗ねたように口を尖らせる彼の頭を撫でながら、マクレーンは笑い声をあげる。

 

 

「………………」

 

 

 突然、押し黙るヘンゼル。

 さすがに馴れ馴れし過ぎたかと、すぐに手を離す。

 

 

「おっとと……あー、嫌だったか? いやぁ、悪かった。酔っちまっててなぁ」

 

「……ううん。何でもないよ」

 

「それでおじさん。二度目は?」

 

「二度目か? 二度目はちょっとだけ話すのが難しいが──お? おい、来たんじゃねぇか?」

 

 

 

 

 

AM 04:36

 

 

 ホリーを助けた話をしようとした時、また誰かが入って来る。

 もうラストオーダーは過ぎた。

 やっと二人の父親が来たかと視線を向けたが、入店したのは二人の男。

 

 

「景気はどうだ?」

 

「あぁ。そう良くはねぇな……まぁ、例のあいつのお陰で、最近は繁盛したがね」

 

 

 二人の男は店主が促した先の、マクレーンを見やる。

 もう四度もここで飲んでいた為に、見知った顔だった。

 

 

「なんだ、集金か……親父さん、ちと遅いな? もう外が青いぞ」

 

 

 

 

 突然、グレーテルはクマのストラップにキスをし、椅子から降りた。

 まだジュースは、半分残っている。

 

 

「あ? おいおい、トイレか?」

 

「ごめんね、おじさん」

 

 

 彼女は釣竿を手に取り、集金人たちの方へ近付く。

 クマのストラップの紐を、指でかけながら。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、私たちと遊ばない?」

 

 

 

 

 集金人に話しかけ始めた、グレーテル。

 その声は年不相応に、艶やかだ。

 

 

 

「ねぇおじさん。遊びましょ?」

 

 

 釣竿を向ける。

 

 

 

 集金人の男の表情が、鬼気迫るものに変貌した。

 

 

 

「サハロフッ!! こいつらだッ!!」

 

 

 懐に手を入れる。

 

 その行動の意味を理解したマクレーンは、腰のホルスターに手をかけた。

 

 

「なんだオイッ!? やるってのかッ!?」

 

 

 彼よりも早く、ベレッタを抜くマクレーン。

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、凄いや。ホントに一瞬で狙いを定めてる」

 

 

 背後から無邪気な、ヘンゼルの声。

 

 ピッと、クマを引っ張って布を取り払うグレーテル。

 

 

 

 

「奥さんも、そうやって助けたんだね」

 

 

 

 彼女が持っていた物は、釣竿なんかではない。

 

 

 

 

 ブローニング・オートマッチ・ライフル。通称「BAR」。

 

 巨大な、銃だ。銃口に女の子の人形が吊り下がっている。

 

 レプリカではない。本物の。

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 背後から、冷たい感覚。

 横目で見る。

 

 

 

 

 

「おじさん、とっても楽しかった」

 

 

 

 

 

 カウンターに乗り出し、両手で斧を構えたヘンゼルの姿。

 刃先は、マクレーンの首に向けられている。

 

 

 

 

「本当にありがとう──お休みなさい」

 

 

 

 

 次の瞬間に響いたのは重厚な銃声と、男の悲鳴だった。




ネバー・ダイ・ハード

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