DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
「待て待て待て、おい」
ワトサップがマクレーンの話を遮る。
眉間を押さえ、理解に時間をかけている様子だ。
「斧を持って、後ろから襲われた? 泥酔中に?」
「あぁ。完全に不意を突かれた」
「そうじゃねぇ。何があって、そっから生き残れたんだおめぇは。ホラ話は興味ねぇぞ」
「ホラじゃねぇよ。マジだ。完全に運が良かったんだ」
どう思う、と言いたげにバラライカとボリスを見やる。
ボリスの方は些か、半信半疑な様子だったが、バラライカは顔色一つ変えずに聞き込んでいた。
二人とも、犯人がまだ十代前半の子どもだと言う点を怪訝に思っているようだ。
「子どもだってのは本当だ。給仕も言っていたからな。夜勤の休憩中で、最初の襲撃を逃れられたんだ。今聞きたいのは双子の手口と、どう生き延びたのかだ」
「……本当に、自分でも驚くほど運が良かった。言っちゃなんだが、一歩違っていれば死んでいたな」
マクレーンは最後の証言に移る。
その目はいつもの彼以上に、どんよりと濁っていた。
AM 04:38
ヘンゼルが構えた斧が、マクレーンの背中を掻っ切ろうとする。
完全に不意を突かれた彼は、対応が遅れてしまった。
このままならば肩甲骨から刃が入り、腰へ抜けて背骨が外気を浴びていただろう。
しかしそうはならなかった。
一瞬早くBARを構えたグレーテルが、拳銃を構えたメニショフの右肩を撃ち抜く。
「があッ……!?」
「うっ……!?」
その痛みと反応により、彼は拳銃の引き金を引いた。
照準はグレーテルから外れていた。だが銃弾は彼女の後ろの、マクレーンとヘンゼルの方へ向かって行く。
「おっと! 危ないよぉ!」
「うおぉ危ねぇッ!?」
ヘンゼルは斬りかかりを中断し、カウンター側へ横飛び。
マクレーンも弾丸を回避すべく、通路側へ転げていた。
一方、肩を狙撃された彼。
かなりの威力なのか、撃ち抜かれた右肩の骨をも粉砕する。
「ぐぅ……クソッ!! 肩が……ッ!!」
「メニショフ伍長ッ!?」
「サハロフッ!! 逃げろッ!!」
「……ッ!!」
床に落ちた、メニショフの拳銃が足元にある。
一瞬躊躇したものの、それを取って応戦しようとするサハロフ。
「な、なんてこった……!」
カウンターでは怯えた店主が、裏手にいる応援を呼ぼうと走り出す。
「まぁ。おじさんの真似はしないものね。外しちゃったわ!」
銃口が真っ直ぐ、拳銃を持ち上げたサハロフらへ向けられる。
「おじさん、運が良かったね。幸福の天使が見守っているみたいだ」
斧を掲げ、店主へ飛びかかる。
それらを眼前で確認した、マクレーン。
もう間に合わない。
「よせッ!? 逃げろッ!?」
忠告は、遅かった。
「ッガ──」
次の瞬間、サハロフはグレーテルの銃弾を受け、胸と腹に風穴を開けて絶命した。
「ぁッ──」
次の瞬間、店主はヘンゼルの斧で顔面を裂かれ、脳を撒き散らして息絶えた。
たった一瞬で、二人の人間が、双子に殺されてしまった。
「クソッタレ……! 殺しやがった……ッ!!」
即座にベレッタを構える。
狙いはすぐ目の前にいるグレーテルだが、店主を殺害したヘンゼルが血塗れの斧を振り回し、こちらへ跳躍する。
返り血を着けた姿もあいまって、その姿は吸血鬼だ。
「うぅ!? 嘘だろぉい!?」
人間離れした動きに、引き金を引く暇さえなかった。
横へ転がり、何とか回避。
顔のすぐ真横に、二つの斧が床にダンッと降ろされた。
「駄目だよおじさーん!」
すぐに引き抜き、無様に転がっているマクレーンへ刃先を向けた。
「ジュースのお礼だよっ! 楽に天国へ送ってあげるね!」
「ふざけんなッ!!」
床を這うように逃げ、追撃から逃げる。
無様な格好だが、今は生き抜く事が重要だった。
「すばしっこいなあ! 待て待てーっ!」
「やめろやめろやめろクソォォーッ!!」
逃げた先、逃げた先に斧を振り下ろすヘンゼル。
何とか縦横無尽に転がり、回避を繰り返す。
「どうしちまったんだ……ッ!!」
次にマクレーンが顔を上げると、そこにはライフルを持ち上げるグレーテルの姿。
その照準は、倒れた状態で睨み付ける、メニショフの頭部を狙っている。
彼の足が撃たれていた。恐らく、サハロフへの流れ弾を食らったのだろう。
後ろへ這うが、カウンター裏まで間に合わない。
「クソガキがぁ……よくもサハロフを……ッ!!」
「あぁ、駄目よ。動いたら駄目」
引き金にかかった指に力がこもる。
マクレーンはヘンゼルの斧をまた避けてから、追撃を受ける覚悟でBARの方へ飛ぶ。
「動けクソッタレぇえッ!!!!」
彼は銃身にぶら下がっていた、人形を掴む。
グンっと引き、照準を狂わせてやった。
「キャっ!!」
引き金が引かれたのは同時だった。
銃弾はメニショフを外れ、死んだサハロフに三発ほど当たる。
「どう言うつもりだ!? なんなんだ二人ともッ!?」
BARの銃身を脇に抱えて照準を阻害し、ベレッタをグレーテルへ向けた。
だが、もう一人の刺客を思い出す。
ヘンゼルが手斧を持って、迫っていた。
「うひぃッ!?」
咄嗟に銃身の下へ潜り、盾代わりとして斧を止めた。
この機転にはさすがのヘンゼルも驚いたのか、目を丸くしている。
その隙にマクレーンはBARを押さえつけつつ、ヘンゼルの片腕を掴む。
彼もまた銃身に乗っかかるような姿勢だった。
「おじさんったら、もう酔いが覚めちゃったのかしら?」
「あっちへピョンピョン、こっちへピョンピョン。ネズミのようにすばしっこいや」
「おい、なんだお前たち!? 一体……」
グレーテルが頬を膨らませ、連射しながらBARを振り回す。
合わせてヘンゼルも、彼女に合わせて楽しげに動かし始める。
「うおおおおやめろぉおーーッ!?」
「ははははははは!! まるでメリーゴーランドだね!」
「あはははははは!! 振り落とされないように気をつける事ね!」
何とか取り上げようとするものの、振動と間近で鼓膜を揺らす銃声のせいで力が入りにくい。何よりもヘンゼルの存在が強いプレッシャーだ。
マクレーンはBARにしがみ付いてあっちこっちへ振り回される。
「頑張ってねおじさん。離れたら撃たれちゃうわ」
「クソッタレえぇーーッ!!」
発射された弾丸が、床、天井、陳列棚、酒瓶にテーブルと縦横無尽に破壊。
何とか奪い取ってやろうとマクレーンも抵抗し、構えを狂わせてはいた。
三人はクルクルと回り、断続的で重厚な銃声を鳴らし続ける。
「う……ッ!?」
カウンター上の、オレンジとグレープフルーツジュースの入ったグラスが銃身と当たって床に落ちる。
途端、しがみ付いていたヘンゼルが、真下にあった椅子に立って姿勢を正し、再び手斧を構えていた。
「もう無理だ……!」
マクレーンは奪取を諦め、身を引いた。
ライフルから身体を離し、後ろに倒れ込む。
「いてぇッ……! 買ったばかりのシャツだぞッ!!」
左胸の皮膚を掠めた。
血が流れ、シャツを赤く染める。
「あーあ、惜しかった」
「それじゃあ、私の出番ね」
「よぉく狙って、姉様」
「えぇ、任せて兄様」
銃口が、マクレーンへ向けられる。
「あぁ、なにが幸福の天使が見守ってるだクソッ……!!」
即座に立ち上がり、店の奥へと逃げた。
発砲されたのはその直後だ。
姿勢を低くし、必死に走る彼のすぐ背中を銃弾の雨が抜けて行く。
「こいつら人じゃねぇよぉおーーッ!?」
壁を粉砕し、煙が上がる。
破片と粉末を浴びながら、死に物狂いでマクレーンは裏口を目指し走り続けた。
裏口の方から、数人の男たちが現れる。
裏カジノに興じていた連中だろう。
「なんだ!? 襲撃か!?」
こちらへ駆けて来るマクレーンと、巨大なライフルを撃ちまくるグレーテルを視認し、一斉に拳銃を抜く。
「なんで今出て来るんだクソッタレッ!?」
意を決して振り返り、拳銃を構えた。
また引き金が引けない。
すぐそこに、斧を振り上げたヘンゼルが迫っていた。グレーテルは彼を避けて撃っている。
「インディアンかよ……!」
射撃準備を取りやめ、後ろへ飛んだ。
「伏せろぉおおおおおッ!!!!」
マクレーンへ振られた斧は彼に当たる事はなかった。
だが振り切る前にヘンゼルは手を離す。
投げられた手斧が、拳銃を構えた男の胸に直撃。
突き刺さったそれによる苦痛で、彼は膝から崩れ落ちた。
「あは、ダーツで言うキャッチってやつだね」
ヘンゼルは追撃せず、横へ跳ねた。
「ナイスキャッチ。それなら私は、オーバーキルを狙おうかしら?」
いつの間にか弾倉を交換していた。
照準が、男たちを捉える。
仲間の凄惨な死が動揺となり、一瞬の差を生んだ。
どうやっても現状、彼女より先に撃つ事は出来ない。
「あぁ、やめてくれ……!」
四つん這いで逃げ、そのまま前に跳ぶ。
カチャリと、トリガーの音。
ドンッ、ドンッ、ドドドドドッと空気を揺さぶる射撃音。
バタバタバタと次々と倒れて行く、男たち。
血と硝煙と数多の銃弾、そして銃声と悲鳴が降り注ぐ、地獄が広がっていた。
男たちは何とか拳銃で応戦するものの、弾丸は全てあさっての方向へ。
後ろに吹っ飛び、血を吐き、指から拳銃が抜けて宙を舞う。
グレーテルのBARは圧倒的な破壊力を以て、敵を粉砕して行く。
「クソッ、なんてこった……!」
マクレーンはカウンターの角まで逃げ果せ、途切れなく撃ち放たれる銃弾を回避していた。
「なにやってんだマクレーンッ!! 一発も撃ってねぇぞッ!?」
自問自答で責め立てる。
しかしそれも仕方がない。ヘンゼルの存在が、発砲を許してくれない。
ヘンゼルに注目すれば、グレーテルに射抜かれる。
グレーテルに注目すれば、ヘンゼルに寸断される。
それを人間一人が対応出来る訳がない。
二人はこれらを最高のコンビネーションで実行していた。
マクレーンが相手をしているのは、これまでのテロリストたちとは訳も違う怪物だ。
「
あまりにも分が悪い。
マクレーンはもう一度裏口に入り、逃走するべく、隙を窺う為に息を潜めた。
銃声が止む。
二人の声が聞こえた。
「優しくて強いおじさんはどうなったかしら?」
「生きていてくれたら良いな」
「それはどうして兄様?」
再び斧を持ち上げ、カウンター上に立つヘンゼル。
峰の部分を撫で上げ、死体の山となった店の奥へ一歩一歩寄る。
キャットウォークを歩くように、しなやかで妖艶だ。
「次のお仕事まで一緒に遊ぶんだ」
灰皿を蹴飛ばし、道を開ける。
「まずは足の指を一本一本」
並べられた酒瓶を蹴飛ばし、道を開ける。
「次は手の指を一本一本」
乾かしている最中のコップを蹴飛ばす。
「次は右腕。その次は左腕」
皿を蹴飛ばす。
「左足」
メニューを。
「右足」
吹き飛んだ血肉を。
「そうやっておじさんを『軽く』したら、お人形さんみたいに抱っこしたり、着せ替えたりしてから」
カウンターの最後まで到達した。
「家族の所に送り届けてあげる」
角を覗き込んだ。
「楽しそうでしょ? 姉様?」
そこには、誰もいない。
裏口の扉の裏に隠れながら、マクレーンは戦慄していた。
「そんな形で再会したかねぇよぉ……!」
ぽつりと呟いてから、マクレーンはこっそりと逃げる。
壁はグレーテルの攻撃によって、弾痕による穴だらけだ。
存在を悟られないよう、穴を器用に避けて進む。
通路には、壁抜けで撃たれて死亡した者もいた。
その死体の中で、蹲って震えている生存者を発見する。
「おい」
「ひぃッ!?」
「しっ! 静かにしろ、敵じゃねぇ!」
休憩をしていた給仕だ。マクレーンとは、彼が酒を飲んでいた時に知り合っていた。
運良く、あの銃弾の雨をやり過ごせていた。
「運の良い奴だな」
「と、扉の隙間から見ていたよ……! なんだよあの双子は……!?」
「俺にも分からん。とりあえず、裏から一緒に逃げるぞ」
二人の様子を確認するべく、穴から覗く。
辺りを見渡すヘンゼルと、銃の点検をしながら待つグレーテルの姿がバッチリ見えた。
「じきに裏口も探って来やがる。逃げるなら今しか…………」
グレーテルの後ろで、何かがゆっくりと倒れた。
「……ッ!」
彼女に撃たれ、重傷を負っていたメニショフだ。
微かに動いており、まだ生きているものの、やけに弱体化している。
動脈から出血してしまったのか。
「撤回だ」
息を大きく吸い込み、なぜか構えていたベレッタをホルスターにしまう。
「え?」
「お前だけ逃げて警察を呼べ」
「なにを……あんたまさか……!?」
引き攣った笑い顔を見せつけるマクレーン。
「ジョン・マクレーン主演で、フロム・ダスク・ティル・ドーンだ」
覚悟を決め、彼は一思いに再び店内へ駆け込んだ。
マクレーンの姿を確認したヘンゼルは、嬉しそうな満面の笑み。
「あははっ!! 凄い凄いっ!! 全然綺麗だっ!!」
持っていた一本の手斧を持ち上げ、彼へ斬りかかろうとするヘンゼル。
マクレーンは死体に突き刺さっていた、ヘンゼルが投げた方の手斧を抜き取ると、それを掲げて対峙する。
「やってやるぅうううウオオオオオォおおッッ!!!!」
斧を使って襲い来た為、ヘンゼルは攻撃から防御に移る。
マクレーンが振り下ろした刃を、ヘンゼルは斧の側面で受け止めた。
「まだまだだよ、おじさん。腰が入っていな──」
懐から何かを取り出し、ヘンゼルの左手首につける。
「──へ?」
手錠だ。
暇潰しの検挙に使っていた代物。
唖然としている内にマクレーンはそれを思いっきり引く。
ヘンゼルを倒してやり、足元に倒れていた死体の手首に反対側の手錠をかけてやる。
「悪趣味な手枷の完成だクソッタレ」
身体の力が抜け切った死体は、言わずもがな重いものだ。
これでヘンゼルの動きを一時的に止めてやる。
マクレーンは斧を捨て、グレーテルの方へ走る。
「キャーっ! 映画のワンシーンみたい! とっても素敵よ!」
彼の敗北を確認した彼女は、満面の笑顔で即座にBARの銃口を向けようとする。
しかし彼女が銃口を向けるよりも、マクレーンが拳銃を抜く方が早い。
ヘンゼルを避けて照準を合わせる前に、ベレッタの照門と照星が一直線にグレーテルに向く。
「これが大人だぁぁーーッ!!」
そのまま彼は引き金を引き、グレーテル目掛けて撃ちまくる。
危険だと判断した彼女は、BARを抱えたままカウンター上に乗り、向こう側へ隠れた。
それでもマクレーンは威嚇射撃を続け、メニショフの方へひた走る。
カウンター越しに、グレーテルはBARを構え、発砲する。
銃弾はカバーを通過し、ちょうど横を走るマクレーンへ襲いかかった。
「鉛を入れとけよぉおーーッ!? イエロー・フラッグみてぇにッ!!」
マクレーンは前へ、覚悟を決めて飛んだ。
グレーテルの視界が遮蔽物によって塞がれていた事が功を奏した。
デタラメに飛び交う銃弾を、命からがらすり抜ける。
全てがゆっくりになった感覚だ。
木屑と、硝煙を浴びながら、メニショフの隣に倒れ込む。
「逃げるぞッ!! しっかりしとけッ!!」
彼の脇から腕を入れ、出入口まで引き摺る。
グレーテルらを牽制する為に、ベレッタは撃ち続けた。
店を出た瞬間、カウンターから顔を出したグレーテルが銃口を向ける。
「うおお、やべぇッ!?」
メニショフを両腕で引き摺り、急いで離脱する。
彼女の追撃をかわすべく、店から斜め方向に逃げ、向かいの歩道まで退避。
銃弾が、店の扉やガラス、看板を破壊した。
「あぁ、どうするマクレーン!?」
二人の前に、車が停まる。
無事に脱出した給仕が運転していた。
「ほら、早く乗って乗って!!」
「ありがてぇッ!!」
後部座席に、重体のメニショフだけを乗せる。
傷口は上着で縛り、一応の応急処置だけは施す。
「あんたは!?」
「良いから行けッ!! すぐそこの病院にだぞ!?」
グレーテルが店から出て来た頃に、給仕は恐怖からアクセルを踏んで逃走を図った。
BARを向ける。
しかし、グレーテルは引き金を引かなかった。
「残念、弾切れなの」
この隙に二人を乗せた車は、一目散に逃げて行ってしまった。
車道を見渡す。誰もいない。
車が盾になっていたせいで、マクレーンが乗っていなかった事に気付いていない。
彼は路肩に停められていた誰かの車の後ろに、身を潜めていた。
「……逃げちゃったわ、兄様」
店内から斧を持ったヘンゼルが出て来る。
切断した死体の手首をぶら下げ、血塗れの姿だ。
「おじさんの話、本当みたいだね。悪い奴らをやっつけて、奥さん助けたって」
「この街に来て初めて。私たちから逃げられた人は」
「おじさんには神様が味方しているのかな?」
「良い人だからよ。私たちにジュースをくれたから、神様が味方したのだわ」
「あはは、羨ましいなぁ」
マクレーンはこっそり、二人を確認する。
次に、見なきゃ良かったと後悔した。
AM 04:53
破壊されたカリビアン・バーの前に佇む、妖艶な笑みを浮かべる双子。
ヘンゼルの片手にぶら下がった死体の手首と、血だらけの斧。
グレーテルの両手に抱えられているのは、巨大なライフル銃。
マクレーンでさえも目を疑うほど、光景の全てが狂っている。
コキュートスを覗いた気分だ。戦慄から思わず彼は息を飲む。
「また会いたいな。お仕事が終わったらどこまでも追っかけようよ、姉様」
「ええ、兄様。絶対にまた会いましょ」
「心臓を見てみたい」
「どんな脳をしているのかしら」
「筋肉はあるのかな」
「アソコはどうかしら」
「綺麗な目をしていたね」
「お鼻もくっきりしていたわ」
二人は店の近くに停めていた、車に乗り込む。
マクレーンはしゃがみ込み、隠れている車の下からナンバープレートを覗く。
「今度は名前も聞かないと!」
「えぇ! あぁ、楽しみだわ!」
車は走り去って行く。
マクレーンには気付かなかったようだ、ホッと胸を撫でおろす。
安全を確認し、遠くからサイレンが聞こえた頃に、彼は立ち上がってバーの前に立つ。
中の惨状を、改めて確認する。
あんな子ども二人がやったなんて、信じられない。
「……一体、なんなんだ、ありゃ……どうしてこんな事、出来るんだ……」
マクレーンは足元に落ちていた、壊れて時間を止めたデジタル時計を見下ろしていた。
AM 04:54