DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
マクレーンの証言が終わる。
前に会った時よりやけに口数の少ないバラライカだったが、やっと彼女から纏まった話がされた。
「本当にあなたは凄いわ。噂通りの男ね」
「クソッタレ。おたくに貰った優待券が、地獄への切符とは思わなかった。てっきり飲み過ぎて金庫の中が寒くなったから、俺の保険金で賄いに来たんじゃねぇかと思っちまったぜ」
「三回で二千七百ドル使ったとしても、全体の十分の一も減らないわ。それこそ、あなたが今まで払って来た保険金よりまだまだ潤沢よ」
「嘘だろバラライカ? つまりこいつに、一回九百ドルも奢ったのか!?」
「集金額より払うハメになったと、伍長がごねていたよ」
ワトサップは少し羨ましげにマクレーンを睨む。
優越感に浸った表情で、本人はまた水を飲む。
背後に連絡を取っていたボリスが、電話を切ってバラライカの元に戻る。
「メニショフの手術が終わったようです。まだ意識は戻っていませんが、容態は安定傾向との事です」
バラライカの表情は冷たいままだ。
だが気のせいか、ホオッと、安堵の息を溢したような。
「……マクレーン警部補、あなたに感謝しないといけないようね」
「助かってよかったな……まぁ、そいつと給仕しか無理だったが」
「十分よ。あなたは死んでいるハズだった命を救った。事が落着したら、別の店でまた奢るわ」
「良いねぇ」
その上でもう一度、質問をする。
「それで、車のナンバープレートは見たの?」
「………………」
マクレーンは少しだけ考え込む仕草を見せた後に、首を振った。
「……見えなかったぜ。残念だ」
「それなら、車種は?」
「あー……車に詳しくなくてなぁ」
「刑事なのに? 追跡車両の車種が言えなきゃ問題でしょ?」
「そりゃ、ゼネラルモーターやフォード、クライスラーは分かるさ。見慣れねぇ車だったってだけだよ。悪かったな」
「いや、良い。アメ車じゃないとは分かった」
「アメ車って言い方は気にくわねぇな……」
なら、とバラライカは続ける。
「独特な訛りと言っていたわね。どこかは分かるかしら?」
「……なぁ、おたく、もしかして──」
「質問が聞こえなかった?」
途端に彼女の声が、鋭利なものに変貌。
一瞬だけ、苛ついたような眼光がマクレーンを貫いた。
さすがのマクレーンと言えども、その目にはたじろいだ。
「……さぁ。覚えがねぇな」
しかし、全てを知っている訳ではない。
申し訳なさそうに眉を下げ、彼は頭を振る。
バラライカはいじらしさを堪えるように、目を瞑った。
「その双子に繋がるもんと言ったら、本当にそれしかねぇ。引っ張った時に切れて、なんかに使えねぇかとポケットに入れといた」
彼女はマクレーンから受け取った人形を、ワトサップに見せる。
「……あー、駄目だ。こんな下手くそな編みモン、ウチの家内でもそうそう作れねぇぜ。網目が乱雑で、しかも毛糸。『指紋』は取れるだろうが、断片過ぎて使いもんにならねぇだろな」
そうか、と呟いた後にバラライカは人形を、マクレーンに返す。
怪訝な表情で、おずおずと受け取った。
「何かそれで、奴らの正体が分かったなら教えて欲しいわ」
「俺がか?」
「五年前も、金塊強盗の本拠地を特定したのはあなただってのは知っている。その勘の良さを信じてよ」
「あれこそ本物の奇跡だったぜ……あんまり信用してくれるな」
人形をクルクル回しながら観察するが、何か分かる物でもない。
バラライカはもうこれ以上聞くのも野暮だと決めたのか、質問責めをやめた。
「その双子に今後も襲われる可能性があるわ。『連絡会』が終われば、すぐに護衛を拵えてあげる」
「連絡会?」
「面倒な馴れ合いよ」
「別に護衛はいらねぇ」
「いえ、付けさせてもらう。お礼とは別に」
踵を返し、現場を後にしようとするバラライカ。
特に呼び止める理由もなく、マクレーンはぼんやりと彼女とボリスの後ろ姿を眺めるだけに留めた。
「……それと、一つ」
不意に向こうから再度、話しかけられる。
「引き金を引く暇がなかったと言っていたけど、本当に?」
「え? あ、あぁ。あれはさすがに──」
「いいえ。あなたなら僅かな隙で撃てたでしょ?」
足を止め、流し目にこちらを見るバラライカ。
愕然とするマクレーンと視線が合う。
「やっと撃ったと思えば、逃げる為の牽制。それに車の影にいて、向こうは弾切れ。不意を打てる一番の好機を逃した……どうしてなのかしら?」
それだけ言い残し、バラライカは去ろうとする。
言われてばかりでは性に合わないのか、マクレーンも返してやった。
「おたくも同志の敵討ちってか? 護衛と言いつつ、俺を餌に監視するつもりだろ。意外と情に厚いんだなぁ、えぇ?」
彼女は一瞬だけ足を止め、また再び歩き出す。
ボリスが引き上げてやったテープの下をくぐり、去って行く。
その姿が消えるまで、視線を送り続けた。
「……クソッタレ。言われなくても自覚してたっつの」
マクレーンは、ベレッタの弾倉を確認する。
弾は、まだ数発残っていた。十分、まだ撃てたハズだ。
拳銃をしまってから、マクレーンはワトサップにぼやく。
「この街に来てから、もう三回もドンパチに巻き込まれた。その三回とも、バーで飲んでた時にだ。なんだ? この街じゃとりあえずバーを襲えと義務付けられてんのか?」
「イエロー・フラッグ以外じゃ珍しいな。ここまでハズレをピンポイントで引いてんのもスゲェが、ほぼ一人で逃げ切ってる方がもっとヤベェな。そんな奴、ロアナプラでもそうそういねぇぞ。本当に普通の刑事か?」
「ずっとツイてねぇ……ツイてねぇが、今日が本当にヤバかった」
「シャイニングの双子と、フロム・ダスク・ティル・ドーンのゲッコー兄弟が合体したような奴だもんなぁ。さすがに同情してやる」
「…………なんだ? あんたもあの映画みたのか? 酒場の下りから俺ぁ、なに観てんのか分かんなくなったぜ」
「古き良きクライムアクションかと思えば、いきなりヴァンパイアだもんな。まぁ、俺は結構好きだったがね」
そこまで話してから、特別話す事もなくなったので、ワトサップは見分に戻ろうかと離れた。
マクレーンは急いで彼を引き止める。
「おいおいおい、待った待った」
「なんだ?」
「酒返せ」
没収していたウィスキーのビンの事を思い出し、ワトサップは彼に投げ渡して返してやった。
受け取った途端、すぐにフタを開けてラッパ飲み。
「……気になったんだが、そのウィスキー、店の物か?」
「んぐっ、んぐっ……ぁあ〜……あぁ、そうだが?」
「なら双子から逃げ切った後、また店内に入ったって事になるだろ? 何か、探し物でもあったのか?」
両手を広げ、片眉を上げてすっとぼける。
マクレーンの酔って眠たげな目を見て、ワトサップは追及する気分を無くす。
ただ、気がかりなのか、もう一言だけ話す。
マクレーンがグレーテルから取った、小さな女の子の人形についてだ。
「……しかしなんだ、その人形……」
「これか? おめーの子どものモンか? もしかして双子か?」
「俺の倅をイカれ野郎にすんじゃねぇ……うーん。見た事あるような、ないような……まぁ、似たようなのは幾らでもあるか」
「なんだ期待させやがって」
「それより、てめぇにタイ語の勉強だ」
「あ?」
ワトサップは意地の悪そうな笑みを浮かべ、視察当初のようにあるタイ語の格言を教えてやる。
「クラドゥー・ケング。『硬い骨』って言う」
「意味はなんだ?」
「てめぇの事だよ、
そう言って彼は背を向け、見分の様子を見に行った。
「…………よしっ!」
彼が現場に戻ったのを確認した途端、マクレーンは大急ぎで近くのパトカーへ走る。
警官の目を憚りながら、車内にある箱から三つの物をくすねた。
ハケ、アルミニウムパウダー、ゼラチン紙。
マクレーンはそれらをポケットに入れ、何食わぬ顔で現場を後にする。
下宿先に帰るなり、彼は部屋に鍵をかけ、足がすり減ってガタガタと安定しないテーブルに向かった。
「これをやんのは、久しぶりかなぁ〜」
マクレーンはティッシュを三枚手に取って手袋代わりにし、懐に隠していた物を取り出す。
二つのグラスだった。
双子に奢った時に使われた物。
割れずに残っていたそれを、マクレーンは双子が去った後に店内で見つけていた。
「店主に……それよりも、双子の指紋が取れるハズだ、が……」
ハケにパウダーを付け、そのままトントントンと、グラスの表面を叩く。
慣れない手付きだが、時間をかけてゆっくりと指紋を探す。
「……あー、クソッ。天気が悪いなオイ。そういや五時前まで小雨降ってたな」
部屋の中が暗くなる。
太陽を雲が隠したようだ、じきに雨が来る。
マクレーンは作業をやめて、電灯の明かりをつけた。
部屋に入る。
ブラインドカーテンで締め切られた、家具も何もない殺風景な部屋。
数人の男たちが中に恐る恐る入る。
服を取り替える、半裸の双子がいた。
「……おい。話は聞いたぞ。今度はバーを襲ったって? えぇ? こないだは中国人どもの売春宿、その次はラテンジャンキーどもの事務所。街でよろしくやりやがって。俺は最初、なんて命令した?」
惚けたように微笑む二人を前に、返答を待たずに男は続ける。
「……あの
黄金夜会とは、ロアナプラで力を持つマフィアたちを一括りにした通称だ。
ホテル・モスクワ、三合会、マニサレラ・カルテル、コーサ・ノストラ。主にこの四つのマフィアを指す。
昔は街の支配権を巡り、血で血を洗う抗争が毎日起きていたらしい。
しかしこう言うものは、戦争と同じだ。
長引けば長引くほどグズグズ引き摺って、最後は大赤字。
誰がロアナプラを手にするかよりも、本部に大目玉食らわされ粛清される方が先だ。
ならば支配権や資本を分散すれば良い。
四者の均衡を等しくさせれば良い。
利益は出る。本部にも顔が立つ。
それがマフィア同士の協定、黄金夜会の始まりだ。
──表面上は。
それは先に起きた、ホテル・モスクワとマニサレラ・カルテルの戦争が良い例だ。
隙を見せれば、一気に食われる。
協定だが、仲良しこよしな訳はない。
協力と言うより、三竦みならぬ四竦みだ。
水面下では、どう相手を出し抜くかの暗躍や思惑が巻き起こっている。
「この間も、どこの馬の骨か知らねぇ奴を、殺して持って来やがって。掃除屋も呼べねぇんだ。何も知らねぇ田舎の清掃屋を何とか騙して、処理させたんだぞ」
「あの時は本当にご苦労様。私も兄様も感謝しているわ」
「だったらとっとと、バラライカを殺せ。連絡会からボスが帰って来たら、下手すりゃ俺らが殺されんだぞ?」
男は、ヘンゼルが何かを後ろ手に持っている事に気付く。
アヒル座りの彼の膝元には、血の付いた手錠が落ちている。
「……おい。何持ってんだ」
「これ?」
切り取った、誰かの腕だ。
生乾きの血が、ポタポタと床に点々を付ける。
その場にいた男たちの、肝が冷える。
「……なんでンなもん、持ってんだ」
「ちょっとしたお土産。ほら見て。硬直しちゃって、彫刻みたいだよ?」
自身の顎下に、死体の手のひらを添えて頬擦り。
笑ってそれをやってのけたヘンゼルの狂気にたじろいだ。
「クソッ、病気だ……てめぇら、とっととケリを付けて街から出て行け……てめぇたちのお守りにゃもうウンザリだ……!」
逃げるように男たちは、部屋から出ようとする。
それを引き止める、ヘンゼル。
「ねぇ、待ってよ」
「あ?」
「白人のおじさんなんだ。ちょっと疲れた顔していて、銃を撃つのがとても上手い人。この手錠はその人の物だよ。この街の人っぽくなかったんだ……心当たりある?」
男たちは顔を見合わせる。
一体、誰の事を言ってんだと当惑した様子だ。
十秒ぐらい経って、「もしかしたら」と一人が答えた。
「……あいつじゃねぇか? 新参者で、一番ヤベェ奴って噂の。アメリカの刑事らしいぜ」
「マニサレラ・カルテルの奴らを、メイドと一緒に吹っ飛ばしたって話のか? 死体に車を運転させたとかの……」
興味ありげに視線を注ぐ二人。
一刻もその目から逃れたかった彼は、さっさと名前を教えてやる。
「ジョン・マクレーンか? そいつかは知らねぇぞ」
教えてすぐ、男たちはそそくさと部屋を出て行く。
入る前よりも幾分か、疲れた顔で廊下を歩く。
「またあの腕も、片付けなきゃなんねぇのかよ『モーリー』!」
一人がぼやく。
双子に命令を飛ばしていた男、モーリーは気怠げに呟く。
「あの清掃屋に任せりゃ良い……あぁ、気分悪ぃもん見ちまった」
「そういや、これから運び屋ん所に行かなきゃなんねぇんだろ?」
「ボスの帰りが恐ろしいってのに仕事か……いよいよ俺も、おかしくなりそうだ」
男たちは、建物を出て行った。
二人、残されたヘンゼルとグレーテル。
疲れ気味に床へ、絡み合うようにうつ伏せで横になった。
「ジョン・マクレーンだって、姉様」
「違うかもしれないわよ?」
「ううん、間違いないよ。死体に車を運転させたって言ってた……僕も、死体を使って動けなくさせられたし」
「あははっ! 死体を使うのが上手い訳ね!」
「ジョン・マクレーン、ジョン・マクレーン、ジョン・マクレーン……」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「また会いたいな」
「えぇ。必ずまた会いましょ」
「コース料理は、ボルシチ、マカロニ、ステーキ」
「前菜はマカロニね」
「ステーキの後にスープは、美味しくなさそうかな」
「じゃあ、メインはステーキ。食前のスープに、ボルシチはどう?」
「それが良いや。決まりだね、姉様」
「決まりね、兄様。楽しくなりそうだわ」
足を互いにパタパタと動かし、ひたいとひたいを当てて笑い合う。
「もう一度あそこには行く?」
「そうだね。お気に入りの場所だし、最後にもう一回行きたいな」
「また楽しみが増えたわね」
「うん。こんなに楽しいのは久しぶりだよ」
クリスマス・イヴに、サンタクロースを待ち望む子どものように、これからの事を楽しみに取っておく。
来たる殺戮に、望む結末に、焦がれるほどの再会に。
「………………」
ヘンゼルはぼんやりと、持っていた死体の腕を見る。
何を思ったのか、死体の手のひらを自分の頭に置いた。
「どうしたの? 兄様?」
「…………ううん。何でもない」
そう言って、死体の腕をポイッと捨てる。
「……冷たいや」
その頃のマクレーンは、鼻唄で「Wonderful Christmastime」を唄いながら、作業を終えた。
外は既に、雨が降りしきっている。
「……よし。採取完了ぅー」
ゼラチン紙で、グラスに浮き出させた指紋をセロハンテープのように取り、画材屋で買った黒いカーボン紙に貼る。
それなりに状態の良い指紋を、幾つか採取出来た。
「あんだけ暴れられんだ。何か、前にも起こした事件がある」
これからこの指紋を、どう照合にかけようかを思案する。
どこでやるかはもう決まっていた。
ロアナプラ市警の鑑識課なら設備が整っているハズだ。
問題は、どう怪しまれずに入り込むか。
マクレーンはどうしても、双子の正体を誰よりも先に知りたかった。
そしてこの情報を、警察に知らせたくない。
奴らはすぐに、バラライカらへ流すだろう。
そうなれば────
「……撃てるか?」
自問に、自答が出てこない。
正直、自分が何をしたいのかの結論が出せずにいる。
ただ先行して、「誰よりも先に」と言う強迫観念があるだけだ。
これを直感と受け止め、従うしかないと、彼は一旦開き直る。
マクレーンは黙ったまま、採取した指紋を前に考え込む。
その時、部屋のドアをノックする音が響く。
「あ? なんだ?」
すぐに拳銃を握り、ゆっくりとドアへ近付く。
こんな街だ。普通じゃない人間なのは明らかだろう。
「………………」
ゆっくり、ゆっくり、近付き、ドアノブに手をかけた。
一回だけ、深呼吸。
そのまま勢い良くドアノブを回し、また勢い良く開けた。
「誰だぁッ!?」
ベレッタを構えて、来訪者の姿を確認する。
次に彼は、唖然とした。
「わわわわ!? う、撃たないで!?」
「あ!? てめぇ、オカジマ!?」
「ろ、ロックって呼んでください!」
ロックだ。
ラグーン商会に入り、すっかり悪党稼業に身を染めた日本人だ。
「There Is a Light That Never Goes Out」
「ザ・スミス」の楽曲。
1986年発売「The Queen Is Dead」に収録されている。
たった五年の活動で、その後のUKオルタナティブロックの方向性を示したスーパーバンド。その代表曲で、どことなく漂う歌謡曲っぽさがクセになる。
そっけないフルート、寂しげなストリングス、ご機嫌なギターとベースが幻想的。
「二階建てバスに衝突されたって、君のそばで死ねるなら幸せだよ」の歌詞が有名。
メリークリスマス、リンゴン♪ リンゴン♪ リンゴン♪
ナカトミビルの惨劇から、31年目やぞ