DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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There Is a Light That Never Goes Out 2

 マクレーンは拳銃を向けたまま、両手を上げて無抵抗を示すロックに問う。

 

 

「なんで俺がここにいるって知ってんだぁ?」

 

「そりゃ、あれだけ噂になったら……ここの主人、口が軽い事で有名ですし」

 

「あの、ブタ野郎が……それで、何しに来やがった?」

 

「とりあえず、銃を降ろしてくださいよ……あの、この間の件も含めて、お話しますから」

 

 

 ベレッタは構えたまま、ロックの身体検査をする。

 銃や凶器の類が無い事を確認すると、やっとホルスターにしまった。

 

 

「で、なんだ?」

 

「と言うかマクレーンさん、その怪我……」

 

「俺は何を話しに来たんだ、と聞きてぇんだ」

 

「あぁ、すみません。ちょっと廊下では話しにくい内容ですんで……あの、中に入っても?」

 

「いいや駄目だ、ここで話せ」

 

「今日、ブラン・ストリートのカリビアン・バーで襲撃事件があったのはご存知で?」

 

 

 つい、腕時計を確認する。

 時刻は既に、十時前。噂が広がるには良い頃合いだろうか。

 ロックからその件を、巻き込まれた自分に持ち込んで来たのは偶然じゃないハズだ。

 

 マクレーンは少しだけ躊躇した後に、諦めたように顔を顰め、彼を室内に招き入れた。

 

 

 テーブルの上に置いてある吸い殻が山積みの灰皿と、指紋採取キットを見て、彼はまず目を丸くする。

 

 

「おー……ドラマで見る奴だ」

 

「アイアンサイドか、ホミサイドとか見るのか?」

 

「あー、先輩から勧められたなぁ……僕はもっぱら、日本のばっかですけど……ダメ元で聞きますけど、警視庁鑑識班と、はみだし刑事情熱系って」

 

「は? ああ?」

 

「じゃ、じゃあ、ブラック・レイン」

 

「あのイカれた日本人がいたやつ? 名前なんて言ったか」

 

「名優、松田優作の遺作です!」

 

「そんな名前だったか」

 

「……って、映画やドラマの話じゃなくて……これ、どうしたんですか?」

 

 

 マクレーンは何も言わず、腕を組んでロックの前に立つ。

 彼からの質問には答えない姿勢のようだ。

 

 

「はぁ……まぁ、そうですよね。えぇと……ここ四週間で、マフィアの人間が六人殺されてるって知っていますか?」

 

「……!」

 

 

 頭を横に振る。

 話自体は初耳だが、すぐに誰の仕業かが頭によぎった。

 

 

「いいや……初耳だ」

 

「かく言う僕も、今朝レヴィに聞いたのが初めてなんですけど」

 

「それがどうした?」

 

「実は一昨日から賞金が出ているって知ってました? その犯人を仕留めたら、五万。しかもバーツじゃなくてドル」

 

「なに? 五万ドルだぁ!? ウチの懸賞金でも出ねぇ額だぞ」

 

「でも金額のインパクトに引き寄せられた殺し屋は多いみたいで。街の住人は勿論ですけど、世界各地の有名な殺し屋がロアナプラに集結しているって。バオが言っていました」

 

 

 マクレーンは頭を抱えた。

 

 

 間違いない。六人を殺した人間とは、あの双子だ。

 つまりヘンゼルとグレーテルの首には、五万ドルが懸けられている事になる。

 

 

「クソッタレ、知らなかった……車種とナンバー言ってなくて正解だったな」

 

「え?」

 

「そいよか、オカジマ」

 

 

 彼に「オカジマ」と呼ばれ、ロックは居心地悪そうに苦笑いをする。

 

 

「出来るならロックって呼んで欲しいんですけど〜……」

 

「あ? なんでロックなんだ?」

 

「名前が『緑郎』で、そこからロックって街の人には言われているんです」

 

「知ったこっちゃねぇ。ロックじゃ、ヴァン・ヘイレンとかラシャモア山の話をした時にややこしい」

 

「言って限定的じゃないですか……」

 

「いいや。ロックンロール(Rock)だか(Rock)にせよ、その話をした時に俺がてめぇを思い出して、それこそ元暗殺者のメイドとカルテル吹っ飛ばした夜をいちいち思い出すのが嫌なんだ」

 

「もう好きに呼んでくださーい……」

 

 

 マクレーンの変わった拘りに根負けし、彼には「捨てた名前」を呼ぶ事を認可してしまった。

 その上でまたオカジマの名を呼び、改めて質問する。

 

 

「なんでそれを、俺に? あの夜で俺ぁてめぇらのやってる事を知ったんだ。会おうなんてよく思ったな」

 

「僕らも向こうに騙されて……」

 

「騙されていなかったら、子どもを言う通り売っていた訳か?」

 

「……えぇ。それについては何も言いませんよ。それが、僕らの仕事ですから。ただガルシア君の件は、『結果的に僕らのおかげ』で解決した事も知っているハズですよ」

 

 

 開き直りにも似た彼の発言に、マクレーンはほとほと呆れて問いただす気にもなれなかった。

 

 それが刑事としての正しい反応だ。

 説教でどうにかなるなら、出所後のマフィアがボスの元に戻るハズがない。それが出来ないからこそ、「再犯」の言葉が世界中で蔓延っている。

 

 

 

 ロックはそこまで言ってから、「あっ」と口元を押さえた。

 

 

「……すみません。訪ねて来たのはこっちなのに」

 

 

 その彼の反応を、マクレーンは注目した。

 

 

「……この稼業に手を出したのは、割と最近だな? 初犯の奴みてぇな青さがある。ロックって呼ばせてんのも、関係あんのか?」

 

「……ははは。やっぱ、一人で十二人のテロリストをやっつけた人は違いますね。とても鋭いです」

 

「好きでやったんじゃねぇよ、ありゃ」

 

「僕の事は、今は話せませんよ。代わりに、質問の答えを言いますね」

 

 

 マクレーンがマルボロを吸い始めたと同時に、喫煙可能と知ったロックもマイルドセブンを口に咥え火をつける。

 

 

「図々しい奴め」

 

「このタバコを売ってる店探すの、大変でしたよ」

 

「それより早く言え」

 

「分かってます、分かってますって……」

 

 

 煙を吸い込み、ふうっと吐き出してから話し始めた。

 

 

「……僕は全然、五万ドルの懸かったパニッシャーを撃ち殺そうなんて興味はないですよ。まず僕、この街に来てフレア弾しか撃ってないですし。無理ですよ」

 

「………………」

 

「でも何者なのかって言うのは凄い、興味があるんです。レヴィにイエロー・フラッグで聞いたけど、『何かを憎んでいるクセに、何を憎んでいるのか結局分かってない馬鹿に違いない』って言ってて、本当にそんな人間がいるのかって思いましてね」

 

「好奇心か?」

 

 

 簡単に言えばそうだろう。

 ロックは気恥ずかしそうに、はにかんだ。

 

 

「今日は預かっている荷物の受け渡しぐらいしかなくて、僕らはお休みになったんですよ。だったら興味の行くままに、私立探偵スペンサーみたいな事をしたいと思いましてね」

 

「マイアミバイスに視聴者吸われてた方じゃねぇか」

 

「ひょうきん族に吸われた、八時だよ全員集合みたいな?」

 

「何言ってんだ?」

 

「分かりっこないか……」

 

 

 ロックは煙を吐きながら、困ったような顔で笑う。

 

 

 やけに余裕を持っている。

 最初に出会った時は銃撃戦の中で泣き喚いていたような男だったが、たった一ヶ月でここまで変われたのか。

 

 

 いや、変われた訳ではない。

 世間一般に言う変われた人と言うのは、結局は本人の本性だと言う事をマクレーンは知っている。

 

 

 もしかしたら日本、それよりも法律と言う縛りのある場所よりも、こう言った掟や暗黙の了解だのの世界が彼に似合っていたのかもしれない。

 適材適所、言うなれば「解放」と言うものか。

 

 

「おいオカジマ。好奇心だの暇潰しだので、俺と組んで探偵ごっこなんざ悪趣味過ぎる。ふざけてんのか?」

 

「停職中で権利もないのに、指紋採取までして通り魔を追っているマクレーンさんも、趣味になりません?」

 

「クソッタレ……中に入れてやるんじゃなかった……おい待て。停職中ってのは誰から聞いた!?」

 

「バラライカさんから。キメたとか何とかですよね?」

 

「濡れ衣だッ!」

 

「あと、数日前にレヴィと一緒にムショ入れられましてね。色々、警官の人から聞かされましたよ。勝手に犯罪者捕まえて、嫌がらせで留置所パンクさせてるとか?」

 

 

 一番知られてはならない者に、知られてしまった感じがする。

 マクレーンは燃え尽きてポッキリ折れたタバコの先を気にする事なく、ぽかんとしていた。

 

 次にはそっぽを向き、歯を締めたまま笑う。

 

 

「……まぁ、おたくが俺を訪ねた理由は分かった。この街でまず金だの殺しだのに興味はなく、その犯人をとりあえず捕まえたいだけの変人はと言ったら、俺しかいねぇもんな」

 

「話したら乗ってくださるかなって思っていたら、まさかもう乗っていたってのは予想外でした」

 

「俺かててめぇが乗ってくるなんざ予想外だ」

 

 

 即興だが、この街で一番ホットな話題に乗り合わせるコンビが結成された。

 澄ました顔の日本人と、ややアルコール中毒気味のアメリカ人と言う、感じも生まれた国もちょうど真逆。

 

 ただこの二人の共通点は、まだまだロアナプラに染まりきっていない事だろうか。

 

 

 

 ロックは採取した指紋を並べた、黒カーボン紙を指差す。

 

 

「その指紋が、例の通り魔のですか?」

 

「あぁ。まぁ、店主のも混じっているとは思うが、照合にかけたら一発だ」

 

「警察には知り合いがいるんです。僕から言ってみましょうか?」

 

「いいや、駄目だ。奴らはバラライカらと繋がっている。指紋の照合をしたいだの頼んだら、俺だろうがおめぇだろうが、怪しんですぐ報告しやがるぜ」

 

「金で黙らせられ……あぁ、駄目だ。チンケな賄賂より、懸賞金の方が良いよな……」

 

「その通りだ。だから、怪しまれずに市警に忍び込む方法を…………」

 

 

 そこまで言った辺りで、マクレーンは口を止めた。

 タバコを指に挟んだまま、ロックの顔を凝視する。

 

 

「……え? な、なんですか?」

 

「……忍び込む必要はねぇ。堂々と入っちまえば良いんだ」

 

「で、でも、多分鑑識課は奥の方で、人目を避けて向かうのは難しいんじゃ……」

 

「だからその必要はねぇっての。良い方法がある」

 

 

 マクレーンはタバコを灰皿に捨て、鬼気迫る表情でロックの眼前に立つ。

 何をするのかと困惑する彼のネクタイを、突然ほどき始めた。

 

 

「え? え!? なに!? なんですか!?」

 

「そういやオカジマ。おめぇ、日本人だよなぁ」

 

「そ、そうですけど、それが?」

 

 

 ほどいたネクタイを眺めつつ、ピッと張って強度を確かめるマクレーン。

 

 

「日本の企業は、家族持ちの女は煙たがられるって聞いたが、そうなのか?」

 

 

 ネクタイをほどく意味は何なのかを考える前に、ロックはおずおずと彼の質問に答えた。

 

 

「えー、あー……まぁ、そうですね。ウチの部署でも、出産した女性社員さんが露骨に切られていましたし……そう言うところはあるかもですね〜……」

 

「あー、そうなのか」

 

「えーーっとぉ……それとこれとは関係は?」

 

「いや、無い」

 

 

 ネクタイからロックへ視線を変え、ニヤリと笑う。

 

 

 

 

「十二年来の疑問が解けた」

 

 

 ロックの肩をガシッと掴み、クルッと振り向かせた。

 あっと口を開け、咥えたタバコが床に落ちた頃に、やっと彼の意図を察せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も来たぜぇーーッ! 給料泥棒どもーーッ!!」

 

「なんでこんな目に……」

 

 

 数分後、マクレーンは宣言通り、堂々と警察署のドアを開け放って入って来た。

 隣には、ネクタイを手錠代わりに手首を縛られたロックが連行されている。

 

 

 彼らを見た警官たちの反応は、冷ややかで疎ましげだ。

 

 

「おおーい。ワトサップの野郎はいねぇか?」

 

 

 近くにいた巡査を適当に呼び止める。

 

 

「まだ帰って来ていませんよ。通り魔事件の調査で、出払っています」

 

 

 マクレーンとロックはチラリと、目配せし合った。

 無気力な警察署にしては精力的。やはりロアナプラ市警も、懸賞金を狙っているようだ。

 

 

「あぁ、そりゃ良いこった。やっと俺に触発されたって訳だなぁ?」

 

「それとは違うでしょうけど……てか、どうしたんすか、そいつ?」

 

 

 彼の言い付け通り、表情を暗くして犯行を後悔するようにしているが、どう説明するのかは聞かされていない。

 マクレーンはニタリと笑った。

 

 

「婦女暴行! 南米から来た家政婦を怪我させたんだ。あぁ、あと、子どもの誘拐」

 

「それはよしてくださいよ……!?」

 

「こんな見た目で凶悪犯だ! 手錠が無かったから、こいつのネクタイ使って捕まえてやったが、縛るまで苦労したぜ。見ろ、この傷をよぉ〜。公務執行妨害にもなるよなぁ」

 

 

 カリビアン・バーで受けた顔の傷を、ロックのせいにする。

 あまりにも擦り付けが酷過ぎて、思わず笑ってしまう。

 

 

「……停職食らっている身で、公務執行妨害は無理でしょ」

 

「じゃあ暴行罪だ」

 

「……はぁ。分かりましたよ。留置所にぶち込んで、調書取れば良いんですか?」

 

「牢屋までは俺が連行してやるよ。この間みてぇに。調書はおたくらが取れ」

 

 

 至極面倒くさそうな表情を浮かべてから、巡査は牢屋までの道を指で示した。

 マクレーンは笑顔で感謝し、執拗に傷を痛がるような仕草を取りながら、ロックを連行する。

 

 

 

 

「……よし。留置所の途中に鑑識課がある。まずお前をぶち込んでから、そこに忍び込む」

 

 

 ジャケットの内側に、指紋を貼ったカーボン紙が隠されていた。

 

 

「あのぉ……僕の罪状、あんまり過ぎません?」

 

「事実だろ」

 

「四週間前の一件は、正当防衛ですよ!?」

 

「何だって良いだろぉ、どうせ証拠不十分でさっさと釈放だ。問題ない」

 

「うぅ……訪ねるんじゃなかった……」

 

 

 留置所まで誰かを運ぶ彼の姿自体は、もはや風物詩になりつつあった。

 通りかかる警官らは誰も、マクレーンの姿を疑問に思っていない。

 注目こそはされたが、「またあいつか」と言った冷ややかで、一過性なものばかり。

 

 

 侵入は成功だ。

 目的の鑑識課前に来ると、近くにいた警官を呼び止めた。

 

 

「おーい。こいつを留置所にぶち込んどいてくれ」

 

「え"ッ!?」

 

 

 愕然とするロックを傍目に、マクレーンは腹を押さえて苦悶の表情を作る。

 便意を催したと、演技だ。

 

 こう言う生理的なものは、割と万人に共感されやすい。

 警官は同情するような目を彼に向け、ロックを引き取った。

 

 

「そんじゃ、頼んだ」

 

「ちょ、ちょちょ!? え!?」

 

「あー、気を付けろー。そいつ、子どもを売り飛ばすようなクソ野郎だからな。気を付けろ」

 

「なんてグチグチ引っ張る人なんだ……」

 

 

 トイレに行く振りをしつつロックと警官を見送ってから、マクレーンはサッと鑑識課に忍び込む。

 

 腕時計を確認する。時刻は十一時過ぎ、そろそろ昼休みだ。

 狙い通り、鑑識課には三人ぐらいしか人がいない。

 

 

 タイ語で談笑する彼らを、こっそりとやり過ごしながら、マクレーンは指紋照合システムの前に到達した。

 パソコンと、ライブスキャナー。機材だけは最新鋭だ。

 

 

「マフィアに情報を流す為だけに使われてんじゃ、宝の持ち腐れだよなぁ、ったく」

 

 

 辺りを憚りながら、スキャナーに持って来たカーボン紙を挟み込み、パソコンを起こす。

 アナログ世代の彼は少しだけ四苦八苦したものの、何とかシステムの起動までこじ付けた。

 

 

「さぁ、さっさとしろよ」

 

 

 採取した三人の指紋が読み取られる。

 その内、ヒットした一件の事件と、データベースにある人物のプロフィールを見た。

 

 

「なんだ。これはあの店主じゃねぇか……万引きだぁ? チンケな事してたんだなぁオイ」

 

 

 これは違うと、次に別の指紋を探らせた。

 

 

 

 プロフィールは無かった。

 しかし、ある未解決事件の現場で採取されたものと一致した。

 事件簿を見て、マクレーンは目を丸くする。外国語だったからだ。

 

 

「あ? こりゃ……イタリアか?」

 

 

 言語は理解出来ないが、単語のニュアンスからそう判断する。

 即座に彼は資料を印刷し、スキャナーの中の指紋と一緒に丸めて懐に隠した。

 

 

「……よし」

 

 

 してやったり顔を浮かべ、マクレーンは鑑識課を出る。

 次は今頃留置所でわんわん喚いている、ロックの元へ向かう予定だ。

 

 

 

 

 

 留置所に着くと、彼は取り調べ室の前で二人組の男と会話をしていた。

 束縛に使われていたネクタイは解かれ、ヨレヨレの状態で首にまた下げられている。

 

 マクレーンはその二人組を知っていたようで、興味深そうな顔になる。

 

 

「おい」

 

「あ、マクレーンさん」

 

 

 二人組がマクレーンを確認すると、愕然とした表情になる。

 その表情になったのは、二人組の内の一人だけだが。

 

 

「ウソだろぉ!? あんた捕まえたの、この悪徳警官かよぉ!?」

 

 

 昨日、マクレーンがひっ捕らえた、清掃屋を自称するオランダ人兄弟だ。

 相変わらず弟は無表情で、兄はお喋り。

 

 

「誰が悪徳警官だ。なんだてめぇら、釈放か?」

 

「証拠不十分だすってさ。残念だすたなぁ!」

 

「ちったぁ、英語の精度を上げやがれ。ロック、こいつらとどうした?」

 

「手続きしている時に、話しかけられちゃいまして」

 

 

 苦笑いするロックを無視し、兄のヤーコブが立ち上がった。

 かなり背が高い。オランダ人は世界的に見ても、身長の平均値が高い事で有名だ。

 

 

「あんたのせいで、こちとら大損だぁ! 仕事を抱えていたってのに! 世界でビッグになる夢がおしまいだーよ!」

 

「あ? ビッグだぁ?」

 

 

 ロックが説明してくれた。

 

 

「この人たちの故郷は、オランダのぉー……スケベニンゲン?」

 

「スケフェ()ニンゲンだーよ、日本人(ヤパンナー)! ドイツ人と日本人は、スケフェニンゲンの発音がおかしいんだ! ちな、ドイツ人はシュ()ケフェニンゲンって呼ぶ。あのゴッホも絵画に残した、最高の街だーよ!」

 

「……だ、そうです。親父さんが、ホテルを経営しているとか?」

 

「そうそう! ヤパンナーは説明上手くて良いな! ホテルを継ぐのが嫌だから、弟連れて出て来たんだーよ! 結果、こうなんだすけど……」

 

 

 マクレーンは呆れた顔をして、座ったままのロックを立たせる。

 この中じゃ一番背が低い為、少し窮屈そうだ。

 

 

「終わったぞ、オカジマ。んじゃ、これで」

 

「待ってくれよ、ヤパンナー! さっきの合言葉を思い出せ!」

 

「え?……えーと、『ワットゥ・ヘヴュールドゥ・イズ、イズ・へヴュールドゥ』?」

 

 

 満足げにヤーコブは頷いた。

 

 

Wat gebeurd is, is gebeurd(起こった事は、起こった事だ)! 困ったら、教えた番号の電話で言ってくれだーよ! すぐ助けに行けるよぉー。お金、厳しいから助けるつもりで、よろしくだーよ!」

 

「は、ははは……ええと、考えておきます……」

 

「おい、行くぞ」

 

 

 両手を振るヤーコブと、小さくヒラヒラ振るエフェリンに返しながら、困り顔のロックと来た道を戻る。

 

 

「んで、あの番号と合言葉ってのは?」

 

 

 ロックは首を振りながら、苦笑いをこぼす。

 

 

「ニュアンス的に……死体処理ですね」

 

「クソッタレ! やっぱりあいつら、そうじゃねぇか!」

 

「と言っても、既にロアナプラには腕利きの掃除屋がいるみたいで、お金がピンチみたいですけど」

 

「ビッグになるだとかで、こんな事しやがって。ホテル経営してるだとかの親父さんは泣いているぞ」

 

「………………」

 

 

 その話を聞いた瞬間、曇った表情に変わる。

 マクレーンは表情の変化に気付き、尋ねた。

 

 

「……どうした?」

 

「……いえ。なんでも」

 

 

 妙に重い空気を漂わせながら、エントランスに着く。

 偶然、休憩を終えたセーンサックと鉢合わせた。

 

 

「あぁ!? てめぇ、マクレーンじゃねぇか!? まぁた、適当にひっ捕らえて来やがったのかぁ!?」

 

「間違いだった。まぁ、許してくれ」

 

「そもそもてめぇにその権限はねぇからなぁ!? てかコイツ、レヴィん所のか?」

 

「お久しぶりですね……たはは」

 

 

 面倒臭い奴に当たったと、マクレーンは溜め息を吐いてからさっさと引き上げようとする。

 

 

「悪いなぁ。これから、お詫びに奢るつもりなんだ」

 

「真昼間から飲みやがって。羨ましいぜ、ったくよぉ」

 

「俺からしたら仕事してる振りして、年中プラプラしてるおめぇが羨ましいぜ」

 

「口開けば腐った戯言しか言わねぇオヤジだな。さっさと行きやがれ」

 

「言われなくてもそうするつもりだったっての。お前が呼び止めたんだろ?」

 

「早く出て行きやがれ!」

 

 

 不機嫌な彼にケタケタと笑い声を響かせ、マクレーンは出て行く。

 ロックも彼の後をおずおずと付いて行く。残ったセーンサックは、怪訝な表情のまま呟いた。

 

 

「……クソ野郎が。まじに自分をダーティーハリーと思い込んでんな」

 

 

 悪態を吐いた後に、また自分の個室に戻る。

 彼が指紋の照合を完了し、役目を終えた事も知らずに。




指紋照合の機械は、映画『処刑人』でスメッカー捜査官が使っていた物を想像しております。
若干の映画的脚色ですが、ご理解いただけるようお願いいたします。

スメッカー捜査官役ウィレム・デフォーの割と似合っている女装姿が拝める、唯一の作品ですよ。オススメです

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