DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Fools Rush In 2

 ロアナプラ警察署に届いた通達書を見て、男は眉間を押さえた。

 

 

「マジかよクソ」

 

 

 乱れた髪をかきあげながら、その通達書を持って署長室に行く。

 そこには怠そうに書類仕事をサボっている、小太りの男がサングラスを拭いている。

 

 

「ピンチだ、『ワトサップ大佐』」

 

 

 ワトサップと呼ばれた男はサングラスをかけ、どんよりとした目で男を睨む。

 

 

「なんだ『セーンサック中尉』。俺は今、楽しい楽しい書類作業中なんだ」

 

「そりゃ最高ですね、椅子に座ってコーラ飲むのが今どきの書類作業って訳で」

 

「機嫌が悪いな。どした?」

 

「書類どころじゃない、マジに。ほら、本庁からの速達です」

 

 

 セーンサックが通達書を机の上に置くと、ワトサップはすぐに目を通す。

 

 

 最初は机に置いたまま。

 

 次は紙を手に取って。

 

 そしてサングラスを外して裸眼で読む。

 

 最後はセーンサックもそうだったように、眉間を押さえた。

 

 

「……なんだこりゃ? ウチでフルメタル・ジャケットの再現しろってか?」

 

「いいっすね。最後はズドンだ」

 

「こんな、ほぼ内偵と同じじゃねぇか。拒否出来ないか?」

 

「タイとアメリカの偉大なる親善交流ですと。上の上からのお達しだ、拒否できませんぜ」

 

 

 通達書には、ニューヨークから来た刑事による視察の予告が記されていた。

 一週間以内に来る予定で、来訪の二日前に改めて決定通知が来るそうだ。

 

 

「何人だって? 刑事が一人か?」

 

「一人です」

 

「視察期間は三日。主な視察対象は交通指導、射撃、検挙率、モラルの教示……くそッ。小学校と間違えてやがるぜ」

 

「どーにもこーにもなりせんぜ。別に署内を荒らす訳じゃねぇし、三日だけ尻の穴締めて大人しくするしかねぇですぜコリャ」

 

「今さら西側様に媚びても仕方ねぇーだろ。わざわざ金出してヤンキー呼んだのか?」

 

「あんたがあーだこーだ言うのも仕方ねぇでしょ。たった三日ですって」

 

「あークソッ。『バラライカ』の奴らを大人しくさせねぇと」

 

 

 ワトサップは苛つきを募らせながら、机に足を乗せて踏ん反り返る。

 同じくイライラとしているセーンサックは嫌味をぼやいた。

 

 

 

 

「あいつら大人しくさせたって無理ですぜ。この街は『仕上がって』んだ」

 

 

 彼のぼやきを聞いたワトサップは、諦めたように被っていた帽子で顔を覆った。

 

 

「……今のうちにやべぇ代物は隠しとけ。あとバラライカらにも、指定した日に『封筒』は持ってくんなってな」

 

 

 セーンサックは面倒くさそうに溜め息を吐く。

 

 

「仕事が増えたぜクソッ……了解しやした」

 

 

 髪をぼりぼり掻きながら、署長室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外にも思われるだろうが、タイは東南アジア随一の銃社会でもある。

 しかもタイは徴兵制を適用している為、国民の殆どは銃の扱いを心得ていたりもする。

 下手をすればアメリカの平凡な警官よりも射撃が上手い。

 

 

 街のあちこちには銃の販売店が存在し、金さえ払えば警察署の射撃場で一般人が試し撃ち出来るほどだ。

 

 警察官は免税の特権が与えられるらしく、どの警官も支給品ではなく専門店で買ったもっと性能の良い銃を買っていた。

 

 

 一人がベレッタを持っていたと思えば、隣の者はグロック。

 

 この部署はピストルかと思えば、隣の部署はリボルバー。

 

 

 その為、この国でお気に入りの銃を揃える事はとても簡単だった。

 

 

「マクレーンさん!」

 

 

 巡査部長が、廊下を歩くマクレーンを笑顔で呼び止める。

 署長などではなく彼がマクレーンの接待係に就任しているのは、この署で誰よりも英語が上手く通訳も出来たからだ。

 

 

「もう四日目ですね。どうですか? タイには慣れました?」

 

「お陰様で。時差ボケも治りましたよ。シンハービールもなかなか美味い」

 

「満喫されて何よりです! それで、視察の方は……」

 

 

 ちらりと、彼のホルスターを見やる。

 

 

「……支給した銃とは、違うようですね? あれはお気に召しませんでした?」

 

「ずっとこればっか使っていたんでね。仲良くなった警官に、店を教えてもらったんです」

 

 

 昨日買った、「ベレッタM92F」をチラリと見せつける。

 苦笑いする巡査部長を安心させるべく、にっこりと笑いかけた。

 

 

「貰った『S&W M60』はキッチリ保管していますとも。友好の証ですから」

 

「あぁ、良かった! 末長く、お使いくださいね!」

 

「まぁ出来れば、使わない方が良いとは思いますが」

 

「それもそうですね! はははは!!」

 

 

 話が逸れ、ひとしきり笑った後に巡査部長は改めて本題を切り出す。

 

 

「それで、視察の件ですが。うちの署はどうでした?」

 

「検挙率目当ての誤認逮捕が多いみたいで」

 

 

 じわりと、冷や汗が噴き出る巡査部長。

 

 

「……そ、それは、いけない事ですな……」

 

「ただ真面目な警官も多い。その人たちはきっちりと、規律を守っています」

 

「そうでしたか!」

 

「それでも駐車違反のドライバーとすぐ口論に持ち込むのはいけない事です」

 

「は、はは……」

 

「当分はちゃんとしたー……あー……研修をやる事を勧めますよ。どうにも気性が荒い奴が多い」

 

 

 それだけ告げてから、彼はまた廊下を歩き始める。

 どうやら署の外に出るようだ。

 

 

「お出かけですか、マクレーンさん!」

 

「視察の結果を届けただけなんで。これから二時間かけて南部まで行かなきゃで」

 

「南部ですか?」

 

「例の、ロアナプラ警察署に」

 

 

 昨日教えてあげた、タイ最悪の街の事だと巡査部長は気付いた。

 

 

「もうそこに行かれるのですか?」

 

「面倒な事は先に済ましたいタイプなんで」

 

 

 本音を交えると、視察が早く終われば半年で帰れるからだ。

 長くなりそうな場所から終わらせたかった。

 

 

「通訳は向こうでも雇えますかね?」

 

「あの辺は英語の方が良く使われていますから不要ですよ。道中、パトカーを出しますか?」

 

「タクシー使いますよ。手は煩わせません」

 

 

 そう言い残して署を出る。

 通りかかったタクシーを両手広げて引き止め、乗車した。

 

 

 出来るだけタイ語に近い発音を心掛け、行き先を指定する。

 

 

「ロアナプラ」

 

 

 行き先を聞いた瞬間、運転手の半開きの目が驚きで見開かれた。

 マクレーンの方を振り返り、彼をまじまじと睨み付ける。

 

 

「一体なんだ? 聞こえなかったのか? あー、ロアナプラ」

 

 

 運転手は手を大きく振って、辿々しい英語を使って拒絶した。

 

 

「ノー! ノー! ダメ! オリル!」

 

「あ?」

 

「ロアナプラ、キケン! イカナイ!」

 

「そんなにか?」

 

 

 国内ワーストの犯罪率とは聞くが、ここまで運転手を怯えさせるほどかと少しだけ戦慄。

 しかし彼も仕事だ。

 乗車拒否を続ける運転手に、警察手帳を突き付ける。

 

 

「ほら、良く見ろ! レプリカじゃねぇ、本物だ!」

 

「ケイサツ!?」

 

「あぁ、おまわりさんだ」

 

「ハクジン! マレージン、チガウ! ニセモノ!」

 

「あー、クソッ。参ったぜチクショー! 本庁で売り物にしてるからこーなるんだ……!」

 

 

 タイ語入門書を取り出し、マクレーンも片言でタイ語を話し始めた。

 話しながら幾らかのバーツの札束を突きつけてやる。

 

 

「イイカラ、イケ! あー……チップ、ダス! オレ、カネモッテル! えーっと、OK!?」

 

 

 金で黙らせられるのは、万国共通らしい。運転手はそれっきり黙り、ハンドルを握った。

 実際、視察の予算はたんまり貰っており、懐には余裕がある。

 

 

 一悶着の後にやっと走り出したタクシーの中で、車窓にひたいを当てながら疲れ切った声でぼやく。

 

 

「オイオイオイオイ……どんな街なんだよぉ」

 

 

 首を振りながら、まだ見ぬロアナプラを思い気重になる。

 走り続けるタクシーの走行音を聞き、暫し眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 タイにも近代化の波は到来している。

 一九八◯年より着手されたハイウェイの設置はほぼほぼ完了し、バンコクを中心としたインフラはかなり整っている。

 ハイウェイに乗れば、ハイウェイからラオスにもミャンマーにもマレーシアにも、短時間で走り抜けられた。

 

 

 所要時間は約二時間半。

 海沿いの道を走り続け、とうとう「ロアナプラ」と記された英語表記の看板を見つけた。

 

 

 あと少し。

 街の入り口に行こうとした時に、タクシーは勝手に停まった。

 

 

「おいおい! 街中まで行ってもいいだろぉ?!」

 

「ダメ! トマル! イケナイ!」

 

「クソッたれ……ほら、取っとけ」

 

 

 料金とチップを渡し、荷物を持って車を出る。

 扉を閉めた瞬間に、タクシーは逃げるように颯爽と走り去ってしまった。

 

 

「どんだけ嫌なんだ。嫁を寝取られたか?」

 

 

 運転手の怯えっぷりに呆れながら、マクレーンはバッグ片手にロアナプラを目指す。

 

 

「たった三日だ。この調子でさっさと済ませりゃあ、一年半と言わず半年で帰れんだ……頑張れジョン」

 

 

 車内では全く吸えず、我慢していたタバコを一本、やっと吸えた。

 一気に暑くなった気候にうんざりしながらも、マクレーンは一歩一歩、街へ突き進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 この時は思いも寄らなかっただろう。

 

 たった三日で終わるはずだったロアナプラ警察署視察は、期間いっぱいの一年半後まで延びる事になるとは。

 

 御免被りたいと思っていた、血と硝煙と暴力ならびに陰謀の世界へ、再び立ち入ってしまうとは。

 

 

 

 世界一ツイていない男は、世界一危ない街に来てしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街は海を拝められる高台に、植え付けられていた。

 建物は他の場所と同じように、典型的南国テイストな、アパートみたいな四角く漆喰の建造物ばかり。

 しかしなぜか中国や韓国のような形相をした、古めかしい木造建築も見て取れた。

 

 

 ただ経済的には豊かな方なのか、高層ビルが楔のように幾つか立っている。

 そのビルの周りとビーチ近郊だけは小綺麗だが、港へ近付くほどにドブ臭さの目立つ、イメージ通りの「スラム街」と化していた。

 

 

 なまじ、リゾート地としての開発をしてしまったのだろう。

 木造建築、リゾート、スラム。

 どこかパッチワークのような印象を受ける街だ。

 

 

 

 港町ロアナプラ。

 国内最悪の犯罪率を誇る、恐らく東南アジアで一番危険な街。

 

 

「汚ねぇマイアミみてぇだなぁ、おい」

 

 

 ヤシの木が点々と並ぶ道路沿いを歩きながら、地図と睨めっこ。

 海がちょうど良い指標になる為、現在地の把握は容易だった。

 

 

「えーと? あー? なんだ? ロシアもいんのか?」

 

 

 通りかかったバーから、赤ら顔の男たちが出て行く。

 それから気付いたが、辺りを見渡すとアジア系、イングランド系、イタリア系、アフリカ系……と、様々な人種が闊歩している。

 

 本来住んでいるべきマレー系の方が割と少なめ。

 南部は外国人の流入が多いと聞くが、これでは公用語が英語になってしまう事も納得だ。

 

 

「まるでロンドンだ。適当にしょっ引いても密入国者が見つかりそうだぜ」

 

 

 皮肉を漏らしながらも、街中に入る為にタバコは消しておこうと捨てた。

 しかしすれ違った男が堂々と紫煙を燻らせていた為、罰金刑は本当に機能しているのかと疑ってしまう。

 

 

「…………いや、やめとこ」

 

 

 吸おうか逡巡したが、問題を起こして期間を長引かせたくはない。

 せめて警察署まではと、我慢してタバコをポケットに突っ込んだ。

 

 

「……暑い」

 

 

 それにしてもここは、ジメジメとしている。

 タイは基本的に熱帯気候の国だ、仕方ない。

 とは言え渇く喉にまで抗う事は出来ないだろう。

 

 まだ少し時間があるので、売店でコーラでも買おうと走る。

 

 

「おと」

 

「おっと」

 

 

 前方から来た屈強な身体つきの、ゴーグルサングラスが特徴的な黒人男性と鉢合わせる。

 お互いに相手を避けようとしたものの、どちらも相手と同じ方に避けてしまい、また鉢合わせ。

 

 

「すまないねぇ」

 

「構わんよ」

 

 

 また避けようとすれば、また二人とも相手の避けた方に行き、結局鉢合わせ。

 

 それから三度、同じように間抜けな譲り合いをしてしまった。

 

 

「あぁ、悪かった」

 

「こっちこそ」

 

 

 今度は相手を尊重しようと道を譲るが、二人ともが譲り合った為に結局、どちらもすれ違えていない。

 

 

「……こんな事があるんだなぁ、ええ?」

 

 

 自嘲気味にマクレーンがぼやくと、男も肩を竦めて呆れ返る。

 

 

「モダン・タイムスの監獄シーンみてぇなコメディだったな。ツイてねぇなぁ、あんた」

 

「それはそっちも言えるだろ?」

 

「よしてくれ。この後仕事なんだ、幸先悪い兆しは冗談でも勘弁だ」

 

 

 ここで仕事という事は、タイ人ではないがロアナプラの住人なんだろう。

 

 

「おたくはここの住人?」

 

「あぁ。あんたは? 見ない顔だが」

 

「単なる出張だ」

 

「出張でこんな街に来るのか? それ本当に出張? 会社の陰謀だぜ絶対」

 

 

 タイに来て、ここまでジョークを飛ばせる人間は初めて出会った。

 マクレーンが口を開いて笑うと、男もニヤリと忍び笑いを浮かべる。

 

 

「俺もそう思い始めていたところなんだ。実は流刑だったのかなってなぁ」

 

「この街は最悪だが、普通にしてりゃ普通に帰れる場所だ。住人としてのアドバイスだが、ここはトゥームストーンより酷い。アープとドクみてぇな事しなけりゃ、最低でも二本足で飛行機に乗れる」

 

「腕二本無くなるのも普通の内ってか?」

 

 

 男は周りを憚るようにしながら、マクレーンに顔を近付けて囁くように忠告する。

 

 

「新参者のあんたに言っておくが、この街は他と違う。ラスベガスでもなきゃ、マサチューセッツでもねぇ」

 

「おたくアメリカ生まれか?」

 

「あんたそうか? ならヨシミとして忠告するぜ。仕事にしろ旅行にせよ、ここの人間には基本従っておけ。この街には『掟』がある。郷に入れば郷に従え(ローマではローマ人みてぇにしろ)って言うだろ? それだけだ」

 

 

 伝え終えると、愉快そうな笑顔を見せて手を上げた。

 

 

「そうすりゃ五体満足で帰れるぜ。それじゃ、俺はこれで」

 

 

 マクレーンが譲った道を抜け、男とやっとすれ違えた。

 だがマクレーンはクルリと振り返り、彼の背中に呼びかける。

 

 

「ご忠告どうもー! もう一ついいか!?」

 

「なんだぁ?」

 

「この街で行っちゃいけねぇ場所ってのはどこだー!?」

 

 

 男は考える隙も見せず、ほぼ即答してみせた。

 

 

「『イエロー・フラッグ』ってバーだ。あんたみてぇな、メル・ギブソンを更に疲れさせたような人間にはオススメしねぇぜ」

 

 

 

 それだけ言い残し、彼はまた歩き出し、街の角で消えた。

 マクレーンは折り畳んだ地図をうちわ代わりにパタパタ扇ぎながら、売店に近付く。

 

 

「ご親切にどうも。俺が知り合う黒人はみんな優しくていいねぇ」

 

 

 買ったコーラをボトルで飲みながら、あと数キロ先にある警察署まで歩き続けた。

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