DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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原作でもかなり重要なエピソードとして描かれていた為、これにリソースを集中させている点をお許し願いたいです


World of Pain 3

 ここはこの街のどこか。

 

 埃を被った窓より、一筋の光が入り込む。

 古ぼけたミシンが並び、その合間に捨て置かれた布と毛糸玉。

 

 寂れた建物の中で、射し込む陽の光をスポットライトとして浴びる二人。

 

 

 幼気で、あどけない。

 

 無垢なまま、純粋で。

 

 白肌で、可愛らしい。

 

 楽しそうに、微笑み。

 

 

 ミシン台の上に座る、ヘンゼル。

 

 布を敷き、その上に座るグレーテル。

 

 木板で遮られた窓の、唯一の隙間から空を望む。

 

 

「……良い天気だね、姉様」

 

 

 間色の青に、真っ白な雲が流れる。

 カッチリと窓枠に収まった晴れ空は、絵画のようにも思えた。

 

 

「えぇ、兄様。今日は良く晴れているわ」

 

「絶好の日だと思わない?」

 

「私もそう思っていたところ」

 

 

 雲が流れて、窓の中から消えてしまった。

 

 

「懸賞金は幾らだって?」

 

「五万ドルよ」

 

「僕らの正体は?」

 

「双子だってバレちゃった。みんなが私たちを殺しに来るわ」

 

 

 通り抜けた雲が太陽を隠したようだ。

 

 一筋の光が絞られ、辺りは暗がりに落ちる。

 

 

「おじさんも、やっぱり来るかな」

 

「マクレーンおじさん?」

 

「そうだよ。あの人もやっぱり、お金が欲しいのかな」

 

「お金が無さそうだったものね」

 

「なら、必ず殺しに来るよ」

 

「えぇ。必ず来るわ、兄様」

 

 

 太陽がまた顔を出す。

 

 辺りが鮮明になった。

 

 宙を舞う埃が見える。

 

 

「これから楽しいお祭りが始まるよ」

 

「最初で最後のお祭りね」

 

「飛行機みたいに銃弾が空を飛んで、雨のように血が降って、写真の閃光みたいに……」

 

 

 楽しそうに笑うヘンゼル。

 

 グレーテルも近くに落ちていた毛糸玉を広げて遊びながら、釣られて笑う。

 

 

「最後の夜が来るよ」

 

「最後の夜が来るわ」

 

 

 ヘンゼルは彼女を見下ろした。

 

 グレーテルは彼を見上げた。

 

 お互いの顔が近付いて行く。

 

 

「殺し屋も、イタリア人も、ロシア人も、マクレーンおじさんも」

 

「みんなみんなの、命が私たちの物」

 

「楽しみだね、姉様」

 

「楽しみね、兄様」

 

 

 口付けをした。

 

 ここはこの街のどこか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 半分まで飲み進めた、グラスを前にタバコを吸い続ける。

 

 吸い殻で盛り上がった灰皿と、些か疲れたような表情が、長い長い待ち惚けを証明していた。

 

 

「誰か待ってんのかぁ?」

 

 

 辛気臭い顔つきのロックを見かね、バオが話しかける。

 

 

「レヴィの奴なら、あの『シスター』と一緒に人狩り(マンハント)だ。ターゲットの詳細が広まったんだ。欧州系の白人で、まさか双子のガキだとはなぁ」

 

「あいつを待っててもしょうがないし、俺は執行人ごっこなんざ興味ない」

 

「じゃあ、誰を待ってんだ?」

 

「バオ」

 

 

 煙を吐き捨て、タバコを灰皿に擦り付けた。

 仕草が荒っぽく、苛つきを見せている。

 

 

「そんなに詮索が好きな性格だったか?」

 

「どうしたどうした。レヴィなら分かるが、おめぇが機嫌悪いのは初めて見たぞ」

 

「………………」

 

 

 酒を一気にあおる。

 空のグラスを、バオの前に突きつけた。

 

 

「……もう一杯だけ貰うよ」

 

「へいへい、俺の話には一切付き合わないつもりなんだな。そんじゃ俺は、てめぇから飲み代踏んだ来るだけに努めてやるぜ」

 

 

 グラスを持って、カウンターの奥へと向かう。

 それを見届けてから、溜め息を吐いた。

 

 

 店の備え付けの時計を見やる。

 約束の時間の、もう十分前だ。

 

 

「……止めておけば良かっただろうか」

 

 

 いや、彼の意志の強さは知っている。

 テレビでやっていたような、赤の他人たちの評論ではなく、ヒリつくほどに間近でこの目で見た。

 

 止めても聞かないだろうし、まず自分を恨む事はないだろう。

 自分に責任はない。全ては彼の自己責任だ。

 

 

「………………」

 

 

 今、自分はこのバーにいる有象無象どもよりも、五万ドルに近い人間だ。

 

 

 双子のガキ、それ以上の情報がある。

 

 コーサ・ノストラの人間が抱えた双子の殺し屋が、黄金夜会を崩壊させようとしている。

 この情報をバラライカらに流せば、情報料として幾らか手に入るだろう。

 

 全てを把握したホテル・モスクワならば、三合会やマニサレラ・カルテルらと結託し、敵の制圧はあっという間に終わる。

 

 

 双子も殺され、自分には情報料が入り、イタリア人たちの報復を恐れる必要もなく、勝ち逃げで終われる。

 

 

 

 

「……出来る訳ないだろ」

 

 

 眉間を摘んで、邪な考えを打ち消す。

 

 年端もいかない子どもが、街を騒がしている事実に動揺が続く。

 

 そしてマクレーンは恐らく──

 

 

「ほらよ」

 

 

 頼んだ酒の追加が、目の前に置かれる。

 

 

 同時に、公衆電話が鳴った。

 

 

「っ!!」

 

「うぉ!?」

 

 

 ロックは酒に手を付けず、大急ぎで電話口まで駆けた。

 呆然とするバオを無視し、受話器を取る。

 

 

「もしもし!? ロックです!!」

 

 

 

 

 

 彼の名前を聞き、安心したような吐息が聞こえた。

 

 

「おぉ〜、オカジマぁ。待たせたな、クソッタレ」

 

 

 マクレーンの声だ。

 彼はモーテルから三ブロックほど離れた場所にある公衆電話からかけていた。

 コーサ・ノストラの息のかかった地域で行動はしたくない。その移動の為に、少し時間をかけたようだ。

 

 

「あぁ、良かった……!」

 

「何が良かっただ、お気楽な奴め。こちとら、死にかけたばかりだぞ。一日で二度も死にかけるなんざ、一般人の人生としてどうなんだ。えぇ?」

 

 

 マクレーンは電話にもたれるような形で、やっと立てていた。

 顔は痣だらけの血塗れだ。

 血の滲んだ口角と、切った口内からダラダラ流血する。

 

 道行く者が彼の様子を見てギョッとするが……さすがはロアナプラだ。関わり合いを露骨に避けてくれた。

 

 

「な、なんか、喋り方がモゴモゴしていますね」

 

「クソッタレ。イタリア野郎とタコ殴りだ。逆に歯を折ってやったがなぁ……そうそう。あのルガー、早速役に立ったぞぉ」

 

「大丈夫なんですか……? と言うより、双子は?」

 

「いや、いなかった。一歩遅かったなぁ……どうやら、二人だけの秘密基地ってもんがあるようだ」

 

 

 ロックからすれば、不幸中の幸いにも思えただろう。

 もし双子とマクレーンが邂逅していたならば、間違いなくこの電話は無かった。

 

 

「どうするんです? 張り込みますか?」

 

「いいや、意味がない。部屋の中はもぬけの殻だぁ……イッテェなぁおい……身支度も済ましていたようだ。もう戻るつもりはないんだろ」

 

「こっちでも動きがありました。双子の白人の子どもって詳細が出ています」

 

「とうとう公開か。俺たちは多分、この街の誰よりも双子に近い。クソどもより先に辿り着くぞぉ」

 

 

 マクレーンは散々殴られた鼻をかんで、血を吐き出させる。

 

 

「あー、クソ……オカジマ。双子の居場所はもう、掴めない。掴めないが、手段は二つある。一つはコーサ・ノストラの方に突撃だ」

 

「待ってください!? ヴェロッキオは凶暴な事で有名です。無許可で堂々とオフィスに行けば、殺されますよ!?」

 

「だから、殺されない為の『保険』をお前に預ける。ここまで言えば分かるな?」

 

 

 そこまで聞いて、ロックは彼の魂胆が読めた。

 

 

「……そう言う事ですね。了解しました」

 

「あぁ。頼めるか?」

 

「任してくださいよ」

 

「次に二つ目だ。こっちは正直、確実ではないんだが……もしかしたら今の居場所に繋がるかもしれねぇ。双子の人種とかが分かったんだ」

 

 

 人種が分かった。

 ここまでは、ホテル・モスクワも誰も知らない情報になる。

 ロックは受話器をもっと口元に寄せ、声が漏れないように努めた。

 

 

「……教えてください」

 

「ルーマニア人らしい。ロシアの方に近いって思っていた俺の勘は当たってたんだ」

 

「ルーマニアか……十年前に、革命が起こった国ですね」

 

「あ? そうなのか? あの辺には詳しくなくてなぁ……あぁ、そうそう。イタリア野郎は、双子の事を『チャウシェスクの落とし子』って言ってたんだ。分かるか?」

 

 

 聞き覚えのある言葉だが、どうしても記憶の想起に至らない。

 コメカミを指先で叩きながら、思い出そうとする。

 

 

「チャウシェスク……うーん……どこかで聞いたんだよなぁ……多分、ルーマニアの誰かだと……」

 

「なら、落とし子ってのは?」

 

「チャウシェスクの落とし子、チャウシェスクの落とし子……テレビか何かで見たんだっけな……」

 

 

 電話口から聞こえるロックの呻き声を聞き、これは長くなるなと踏んだマクレーンは話題を変えた。

 

 

「とりあえず、また合流するぞぉ。資料を読んだ時に入った、あのカフェで良いか?」

 

「……分かりました。それまでには、何とか」

 

「決まりだ。三十分後に会うぞ」

 

「えぇ。お気を付けて」

 

「おたくもなぁ」

 

 

 

 

 ガチャリ。

 マクレーンの声や、その周囲の雑音は途切れ、無機質な信号音が流れるだけとなった。

 

 大きく息を吐き、受話器を戻すロック。

 必死に「チャウシェスクの落とし子」についてを、思い出す。

 

 

「……なんだったっけ。だいぶ、古い記憶なんだろうなぁ……」

 

 

 アレコレ考え、脳を回転させながら、カウンター席に戻る。

 ここからマクレーンの言っていた待ち合わせ場所まで、十分も必要ない。それに注がれた分の酒を飲んでおかなければ、バオにどやされる。

 

 

「誰だったんだ? 血相変えて、電話に齧り付いていたが?」

 

 

 相変わらず詮索好きのバオ。

 言い訳を思い付くのも面倒だった為、彼に尋ねてみた。

 

 

「チャウシェスクの落とし子って、聞いた事は?」

 

「チャウ……なんだってぇ?」

 

「もう良いよ」

 

「なんなんだてめぇは……」

 

 

 勝手に失望されたバオは、他の客に酒の催促をする為に離れて行った。

 アルコールで引き出せるのかと、根拠もない理屈を立てて一口飲もうとする。

 

 

 

 

「おーい」

 

 

 背中をバンッと叩く、誰かの存在。

 酒を零しかけ、その人物を睨み付ける。

 

 

「なんだ、あんたも戻って来たのかぁ? ロックよぉ」

 

 

 レヴィだ。

 事務所でダッチらに話した、呑んだくれレヴィの話は仕事に戻る口実に過ぎない。実はそこまで酔ってはいなかった。

 

 とは言いつつ、近付けば酒臭い。

 酒瓶でも飲みながら、双子探しに興じていたのだろうか。

 

 

「……レヴィか。首尾は? 例の通り魔は見つかりそうか?」

 

「いいや、からっきし。相当に囲みが強いのか、相当に人目のねぇ所にいるかだなこりゃ。『エダ』の奴も情報屋に聞き回っていんが、とーんと」

 

「……そうか」

 

 

 ロックは自分のグラスを、レヴィの前にカウンターを擦らせて置く。

 

 

「お? くれんのか?」

 

「どうせこれから、ダッチらの所に戻らなきゃ。今日はあまりに暇過ぎる」

 

「そりゃサンキュー」

 

 

 貰った酒を、即座にグビッと飲み込む。

 彼女のその様子を見た後に、少しだけ躊躇した後に、双子の話題を振る。

 

 

 

 

「……子どもが、イカれた殺人鬼に変わるのって、何が原因だと思う?」

 

 

 

 

 重く、甲高い音が響く。

 驚いて隣を見ると、レヴィが持っていたグラスを強くカウンターに叩きつけたようだ。

 

 

「……双子の事か? そいつぁ、あたしへの当て付けも兼ねてんのか?」

 

 

 ロックは潜水艦の中で聞かされた、「秘密の小話」を思い出す。

 

 下手をすればマーケットの一件のような騒ぎが──

 

 

 

「………………」

 

「…………いや」

 

 

──そんな事は無かった。

 

 レヴィは沈んだ目となり、ぼんやりとロックを見やる。

 

 

「……悪かった。あんたにそのつもりはないよな……クソが。ここんところ、あの『ポリ公』のせいで」

 

「マクレーンさんか?」

 

「その名を出すな、やめろ」

 

 

 彼女はまた真っ直ぐ向いて、酒をちびちびと飲み始めた。

 少しの間を空けて、やっとロックの質問の答えを告げる。

 

 

「そりゃあんた、イカれた場所とクソに育てられりゃイエスの子どもだろうが、ダーティ・ハリーのスコーピオンに早変わりだろ」

 

 

 ピクリと、ロックは眉を上げる。

 何かが記憶の琴線に触れた。

 

 

「『ヘンリー・リー・ルーカス』は?」

 

「……ハンニバル・レクターの元ネタの一人ってしか」

 

「それ知ってりゃ十分だ。そいつのママはとんだイカれの淫売で、そいつを女装させるわ目の前でセックスを見せつけるわ。極め付けがロバを飼わせて、ヘンリーに懐かせたところでぶっ殺すとかだ。ムショにいたインテリからこの話聞いた時ぁ、さすがのあたしも自分の方がマシって思っちまったなぁ」

 

「……その、ヘンリーは何をしたんだ?」

 

「どの女もママに見えちまって、殺して回ったみてぇだ。今はアメリカのムショにいるってさ」

 

 

 話を締めくくるように、酒を嗜みながら「まぁ」とレヴィは続ける。

 

 

 

 

 

 

「あたしらさえも関わりたくねぇような変態に手をかけられりゃ、インにもアウトにもなれねぇモンスターの出来上がりさ。誰にも望まれないまま生まれた、二本足で歩けるクソだ」

 

 

 

 

 

 ロックの目が見開かれる。

 思い出したようだ、チャウシェスクの落とし子を。

 

 そして双子の正体への、推察も。

 

 

「……レヴィ。満点の答えだ」

 

「あ?」

 

 

 ポケットから財布を取り出しつつ、勢い良く立ち上がった。

 あまりに突拍子もなく、妙に滾った様子の彼を前に、さすがのレヴィもポカンと口を開けっ放し。

 

 

 

「バオ!! 代金はここに置いておくぞぉ?! 釣りはいらない! なんならレヴィにやれ!」

 

「お、おい? ロック? 大丈夫かあんた? 暑さと酒でやられたか?」

 

「そろそろ俺は出るぞ。じゃっ!」

 

 

 それだけ言い残し、バタバタと忙しなく彼はイエロー・フラッグを飛び出して行った。

 その後ろ姿を呆然と眺める、レヴィとバオ。

 

 

「……なんだあいつ?」

 

「おめぇにも分からねぇなら、俺にも分かんねぇよ」

 

 

 彼から貰った酒を、ゆっくりと飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分後、大急ぎでカフェの前に飛んで来たロック。

 マクレーンの姿はすぐに分かった。街灯に寄りかかる彼の方に近寄る。

 

 

「マクレーンさ……うわぁ!?」

 

 

 こちらに振り向いたマクレーンの顔は、痣と腫れと血で物凄い事になっていた。

 試合を終えた、ボクサーみたいだ。

 

 

「おぉ、オカジマぁ。誰にも付けられてねぇよな?」

 

「つ、付けられてはいないですけど……大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫じゃねぇが、治療する暇も金もねぇ。作戦をさっさと立てるぞ」

 

 

 場所を移そうと歩き出すマクレーンに、鬼気迫る声でロックは呼び止めた。

 

 

「マクレーンさん、思い出したんです!『チャウシェスクの子どもたち』!」

 

 

 微かなイントネーションの違いに反応し、足を止めて振り向く。

 

 

「子どもたち? 落とし子じゃなくてか?」

 

「僕らの国の方で、一回そのタイトルの特番があったんです。だいぶ昔の事だったもんで、やっと思い出せたんですが……」

 

「とにかく、その話を聞きてぇ。一体どう言うもんかってのも含めて、この先に行った所にあるバーで──」

 

 

 

 

 また歩き出そうとする彼の肩を掴み、強制的に引き止める。

 驚いて彼の顔を見た時に、また別の驚きが訪れた。

 

 澄ました顔の日本人の表情は、焦燥と歓喜に歪んでいたからだ。

 キッと睨むような目と、確信に至れて吊り上がる口角との、ちぐはぐとした表情。

 

 

 彼は何かを思い出せただけではなく、何かを掴めたようだ。

 

 

「バーじゃない。アテがあるんです、そっちに行きましょう」

 

 

 決意を込めた目と声で、目的地を決める。

 

 

 

 

「……ラチャダ・ストリート」

 

 

 

 辺りが暗くなって行く。

 太陽を、雲が隠した。

 

 

 

 

 

「……『ジャック・ポット・ピジョンズ』」

 

 

 

 

 マクレーンは訝しむように聞く。

 

 

 

 

「……本当に、『大当たり(ジャック・ポット)』なんだろな?」

 

 

 

 

 

 

 

 雲が太陽に、空を明け渡した。

 

 二人はこれから、「苦しみの世界」に触れてしまう。

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