DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
「ニコラエ・チャウシェスク」。
一九六五年、彼はルーマニア社会主義共和国の国家元首に上り詰めた。
就任時の彼の人気は凄まじかったと言う。
社会主義を標榜していたものの、彼はかつてルーマニアを支配していたソ連とは距離を置き、西側諸国に対し友好的な姿勢を示した。
アメリカ側も大統領直々にチャウシェスクを迎え入れ、共産主義国にも関わらず
東側諸国がボイコットする中で、ロサンゼルスオリンピックへの参加を表明。
アメリカは勿論、イギリスやスペイン、日本を訪問し、ニクソン大統領やエリザベス女王、昭和天皇とも交流を深めた。
こうしてチャウシェスクは、外交面に於いて先進国と並び立つ水準にまで、ルーマニアの名を押し上げた。
しかし年代を追うごとに、その絶頂は暗い影を落とす事となる。
同じ共産主義国でもある中国に影響を受けていた彼は、国の発展を促す為には人口を増やすべきだと考えていた。
彼は国民に対し、「堕胎と離婚の禁止」、「子どもの数に応じた優遇措置」を発令。
避妊具の発売も禁止にする徹底ぶりだ。
これによりルーマニアの人口は、発令後三年で四十万人以上も増加した。
しかし、あまりにもタイミングが悪かった。
この時の国内経済は酷い有り様だったと言う。
前述の通り、チャウシェスクは西側諸国からの人気が集まっていた。
西側諸国はルーマニアこそ、対東側諸国の決定打になると考え、積極的な資金援助を行なった。
早い話が、東側の内部分裂を狙ったものだ。
この融資が、国にとって莫大な債務に変貌し、ルーマニアは最大で一三◯億ドルの借金を抱えてしまう。
返済の為に無理な輸出を繰り返し、国内を困窮させていた。
とうとう食料などは配給制となり、子どもが多い家庭ほど生活が苦しくなる事態に。
そんな状況でも人口増加政策は継続され、養育する経済能力がないと判断した親たちは、子どもを捨てた。
孤児院には捨てられた子で溢れかえり、街中にはストレートチルドレンが目立つようになった。
そうなると次は孤児院が困窮するようになり、破綻した施設から更に多くの子どもが路頭をさまよう事態となった。
だのにテレビの向こうでは、楽しい家族団欒に耽るチャウシェスクの姿が映っている。
今尚、その影響が尾を引いている、ルーマニアの社会問題だ。
この政策で生まれた子どもは「チャウシェスクの子どもたち」、或いは「チャウシェスクの落とし子」と呼ばれた。
「その後一九八九年に革命が起こって、チャウシェスクは妻と一緒に処刑。あれだけ西側にも迎え入れられたのに、最後はソ連のゴルバチョフが冷戦終結に動き出し、独裁に拘り続けた彼は西側にも東側にも爪弾きにされていたそうです」
「……いわゆる、冷戦の爪痕って事にもなる訳か。バル・ベルデの件と似たもんだな。いたたまれねぇ」
二人はラチャダ・ストリートに入る。
マクレーンはモレッティから掻っ払った車を、ロックに運転させていた。
助手席から腫れた目で、空を見上げる。
綺麗な青空が、憎たらしく思えた。
「……オカジマ。おめぇの考えってのは?」
「これから……お、おぉ?」
次の角をカーブする。
ロックはハンドルを切りながら、険しい顔つきになった。
「……なんか、やけにハンドルが重いな……スピードも全然出ないし……」
「ちと無茶させたからなぁ」
「まぁ、走れるから良いか……あぁ、それで僕の考えって言うのは」
あまりに速度が出ない為、後続の車に激しくクラクションを鳴らされた。
二人は鬱陶しそうな顔を見せ合ったものの、無視を決め込む。
「双子は、チャウシェスクの子どもたち……なら、間違いなく孤児から誰かに拾われた人間と見て良いでしょう」
「……まぁな」
マクレーンは暗い表情を浮かべていた。
「これは僕の見立てですが、双子は拾われた後に『殺し』を覚えさせられたんだと思います。けれど、間違いなくロザリタとは──」
「……ロベルタだ」
「え? あ、はい……? 訓練として仕込まれた彼女とは、また別の方法で覚えさせられたと。それは恐らく、今日までに『大量殺人者』と呼ばれる人たちの多くがそうだったように、虐待と強制によるもののハズ」
「……今から向かう場所と関係は?」
車が停車する。
ロックが指差した方を見やると、すぐに唖然とした顔になり、すぐに呆れたように失笑。
「……あー、俺の目に狂いがなけりゃぁよぉ……」
派手な店構えと、色鮮やかでこれまた派手なネオンライト。
やけに扇情的なキャッチセールスと、スケべな顔をした男たちの来店。
何よりもハートの中に描かれた、セクシーポーズの女のマーク。
「……ありゃ、ストリップクラブだろ」
「大正解です」
車を降りるロック。彼に続き、マクレーンも降車。
「ここの店主とは馴染みでしてね。『世界中の裏ビデオは俺ん所にある』って、この間豪語していました」
「……裏ビデオ……クソッタレ。そう言うことか」
「双子がマフィアに連れられ強制的に殺しを、と言っても……例えマフィアでも、子どもに暗殺訓練をなんて考えませんよ。革命家と違って、無駄にリアリストな集団ですから。なら双子の利用価値は、一つだけです」
先に店の中は入って行く彼を追いながら、マクレーンは死んだ目で看板を眺めていた。
「……『キッズ・ポルノ』か」
意を決して、扉をくぐる。
青空は隠され、薄暗くエロティックなネオンの世界へと入って行く。
「YEAHHH!! ロックじゃねぇか……うおぉ!? なんだそのボコボコのおっさんは!?」
マクレーンの仏頂面が、殴られ叩かれで腫れ傷だらけ。
更に酷い表情になっていた。
驚かれて仕方ないだろう。
「やぁ、『ローワン』。今日は頼みに来たんだけど……あー、応急キットとかないか?」
「ウチはどっからどう見ても
「割高で特殊な人しか来ないって点では、病院と同じさ」
「相変わらず言うねぇ〜」
サングラスをかけた、アフロヘアーの陽気な黒人男性だった。
なんだかんだ言いつつも、後ろに控えていた半裸の女性に持って来るように伝えてくれる。
マクレーンは苦笑いしながら、周りを見渡した。
腹の底まで響くような重低音で流される、ディスコミュージック。
ホールに点在するお立ち台の上で、ポールダンスに興じるセクシーなダンサーたち。
それを眺めながら、下品な掛け声をかけつつ酒をあおる中年男性たち。
久しく来てなかった「こう言う場所」の空気が、どうにも慣れない。
ただでさえ今は、胸の中に蟠りが詰まった状態だと言うのに。
「……出来るならさっさと出てぇよぉ」
「そんでロックよぉ、そのおっさんは? 八百長試合でさんざ殴られたボクサーかぁ?」
「彼についてはまた話す。それより、頼み事があるんだ。難しい事じゃない」
喧しいガヤやどんちゃん騒ぎのBGMが、寧ろ良いノイズとなってくれた。
ロックはローワンに、周りの人間を憚る事なく「頼み事」を告げる。その声はマクレーンにも聞こえない。
頼み事を聞いたローワンは、ポカンと口を開けたままロックを見つめ、全てを理解した数秒後にはニヤッと笑う。
「ウェイトウェイト。そいつぁ……あー、ここじゃマズい。裏へ行こう」
侍らせていたストリッパーたちを引き離し、ロックだけを従業員専用口へ案内する。
「おいオカジマ?」
「双子の件とかは話しませんよ。ただ、『レンタルしたい』ってだけ」
そう言ってから、彼も従業員専用口へ。
一人待たされたマクレーンは、応急キットを持って来た従業員から治療を受ける。
「……おーい。俺は変態に囲まれながらおっぱい見て、傷の手当てをしとけってか?」
貰った消毒薬を怪我に塗り、ガーゼで押さえつける。
裏に入り、ダンサーたちが行き交う廊下の端で、話を続けた。
「女たちは口が硬いし、中には英語が聞き取れねぇ奴もいる。ハッキリ話して大丈夫だ。しかし兄ちゃんも隅に置けねぇ変態だなぁ!」
「頼むぜローワン! 今度、レヴィを何とかやり込めてSMショウに引っ張り出してやるからさぁ!」
「別にビデオの貸し借りなんかに恩とか擦り付けてやんねぇよ。あー、ただ広まるとヤベェもんもあるから、二、三本な?」
「あぁ……ただ、ちょっとマニアックな事を聞くよ」
ロックは次に、要求するビデオの条件を告げる。
出演者はルーマニア人で、イタリアマフィアが発売元のキッズ・ポルノ。
双子の件を言えば街のお尋ね者の事と疑われかねないので隠したものの、あまりに詳細な為にさすがのローワンも疑いの目を向ける。
「マニアックと言うか、妙に細かいって言うか……」
「あるか?」
「ない事はないぜ。キチンとコレクションはカテゴライズしてるから、すぐに見つかるっちゃ見つかると思うけど……えー? 他意とかないかぁ? ホントに?」
ローワンを渋らせてしまった。
元営業マンの癖が抜けないのか、要点をさっさと言ってしまう。早とちりな点を少し、「シスター」に指摘された事を思い出す。
まだ言い訳は効く。
どうにか頭の中で、交渉の筋道を立てた。
「ルーマニア人の双子が出てるビデオだ」
その筋道を、完全に粉砕する一言。
顔にガーゼを貼り付けた、マクレーンが二人の前に現れた。
「ちょっ……!? マクレーンさん!?」
「なに? マクレーン……ウッソだろ!? このおっさんがあのジョン・マクレーンかよぉ!? 顔ボコボコで分からなかったぜ、オイ……」
マクレーンは即座にローワンへ詰め寄る。
彼は驚き、少し後ずさる。それほどまでに、マクレーンの威圧は凄まじかった。
「もう一度言う。ルーマニア人の双子だ。オカジマの言っていた条件とも該当する、キッズ・ポルノを出しやがれ」
「双子でキッズ・ポルノ……おいおいおい!? まさか、例の……!?」
悟られてしまったと、ロックは天を仰ぐ。
しかしマクレーンは憚る様子を見せず、ガンガン話を続けた。
「あぁ、例の双子だぁ。イタリアン・マフィアと繋がっているって分かってなぁ? もしかしたらビデオに出演してて、居場所のヒントになるって考えてんだこっちは」
「お、俺の店はホテル・モスクワの傘下だぜぇ? 多分あんた、バラライカらの仲間じゃねぇだろぉ? それを秘密にしてあんたらに味方したってバレちゃ……」
「なんの問題にもならねぇよ。おたくが俺らを手助けして、そんで俺らが双子を始末する」
「あんたが!?」
「懸賞金が入れば、おたくにも山分け。ロシアンどもは寧ろ、奨励すると思うがなぁ?」
とどめの一撃と言わんばかりに、マクレーンはローワンのひたいに指をぶつけてやった。
「ただし、これを他に漏らすんじゃねぇぞ? 後でそれが分かったら、この店ごと吹っ飛ばしてやる。俺の噂はぁ、知ってんだろ? え?」
イカれたメイドと結託し、マニサレラ・カルテルを半壊させた噂はロアナプラで持ちきりだ。
上手い話と、現実味がやけにあるマクレーンの脅しを前に、ローワンは考え込む。
良く良く考えれば、これは良い取り引きだ。
懸賞金は五万ドル、三人で平等に山分けでも相当の額だ。
元々、人狩りに参加する気もなかったローワンにとって、思っても見なかったボーナス。
それにホテル・モスクワに対しての造反と言うほどにもならない。
ただビデオを貸すだけ。
「……わ、分かったぜ、スーパーマン。オーケーオーケー……本当に、山分けか? ビデオ貸すだけで?」
「そのビデオが有益なモンなら五万ドル、三等分だ。オカジマ、それで良いよなぁ?」
唖然としていたものの、やっと気を取り直し、首肯する。
それを見てマクレーンは、満足げなしてやったり顔。
「悪い話じゃねぇハズだ? 別に何の手掛かりにもならなかったら、お互いにこの話は忘れりゃいいんだ」
「オーライ、協力するぜブラザー。家じゃ置けねぇほどあってよぉ、店の空き部屋を倉庫代わりに使ってんだ。来てくれ」
裏ビデオの収納部屋まで先導するローワン。
マクレーンはピュウっと口笛を吹き、ロックに向かってチャーミングにウィンクしてみせた。
「こう言う場合は、手の内明かして押せば良いんだよ」
「ははは……ありがとうございます。隠すばっかり頭にあったんで」
「良いってこった」
「でも懸賞金、マクレーンさん確か……」
「言うな言うな」
五万ドルは受け取って燃やすと言っていた。
これが本当なら、山分けの取り分以前の問題。ローワンはまんまと騙された訳になる。
この人は本当に刑事さんなのかと、ちょっと疑ってしまうほどの狡猾さだ。
「しかしオカジマ、聞きてぇんだが……ビデオを見つける必要はあんのか?」
歩きながらマクレーンは、声を顰めてロックに聞く。
「ヴェロッキオらに殺されない為の、強力な保険になりますよ」
「あの資料で十分だ……なんだ? これもてめぇの好奇心か?」
「まぁ、そうですね。最初に言った通り、僕は通り魔の正体にしか興味ありませんから」
なぜか乾いた笑いを出すマクレーン。
どうしたのかと横顔を見ると、彼の表情は呆れたものになっていた。
「今度はてめぇが白状してくれ。ただ俺がどう動くか、見てみてぇんだろが?」
「………………」
「双子のあられもない姿を観させて、俺の考えが変わるか試したいのか?」
丸い目になるロック。
次には顔を伏せ、困ったように首を振る。
「……試したい、ってのは、確かにそうですね。マクレーンさんを訪ねて協力した理由は、それですかね」
「ロベルタと同じ理由かよ」
「……でも、双子の正体が気になるのは本音です」
驚かされたのは、マクレーンの方だ。
パッとロックを見る。
虚しい目付きで、ぼんやりと前を向いていた。
「……僕はまだまだ、この街に染まれていないなって、電話で双子の子どもだと聞かされた時に思い知らされましたよ」
「どう言うこった?」
次に見せた表情は、自嘲気味な笑みだった。
「そんな少年少女が殺人鬼にされて、しかも利用するマフィアと、何の事情かも調べる気もなく殺そうとする奴らとか……ちょっとだけ、この街が嫌になりまして」
「………………」
「……だから最初、僕は」
声が暗く、落ち込む。
また目を合わせなくなり、前だけを眺め始めた。
「……マクレーンさんの『殺す』発言は、正直ショックでしたね。てっきり、双子を止めに行くのかなと思っていたもので」
つい、足を止めてしまうマクレーン。
ロックは構わず、先々とローワンに続いて行く。
ストリッパーたちが訝しむような視線を向けて通り過ぎて行くその真ん中で、一人立ち竦んでしまった。
彼が止まった事に気付いたロックは振り返る。
「なら結末だけでも知っておきたいじゃないですか。双子もそうですし、『正義の味方のマクレーンさん』がどんな結論を出せるのか。ビデオがあるなら、良い判断材料ですよ」
また前を向き、歩き始めた。
残されたマクレーンは我に帰ると、途中で買ったばかりのマルボロを一本取り出し、火を付けて喫煙する。
煙を吐きながら、誰にも聞こえない声でぼやいた。
「……クソッタレ。それをまだ考え中なんだぞ、ジョン・マクレーンは」
自分は双子と再会し、どうしたいのかのビジョンがない。
ただ腐った街の腐った者たちに殺されるであろう現状に、納得がいっていないだけだ。
それでも自分の性格を予想した、高確率で起こり得る結末は見えていた。
間違いなく、俺は双子を殺す。
正義を、悪をだのではない。
自分を尊重した答えならば。
「結論」ではなく、「結末」の話ならば。
「Goodbye Blue Sky」
「ピンク・フロイド」の楽曲。
1979年発売「The Wall」に収録されている。
イエスやキング・クリムゾンなどで有名な「プログレッシブ・ロック」を世に広めたバンド。今としても当時としてもプログレはニッチなジャンルではあるが、それでもメガヒットを連発させ、ロック史に於ける伝説的バンドの一つとして君臨している。
小鳥の囀りと、「お母さん、飛行機が飛んでるよ」と語りかける子どもの声から始まる物悲しい一曲。
暗く落ち込んだギターとボーカルが続くが、最後の「Goodbye, Blue Sky」はどこか諦めきったような明るさを滲ませている。
何が青い空を汚したのでしょうか?