DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Return of the Giant Hogweed 1

 場にいる全員が、静まり返った。

 今、いつもより凶暴なヴェロッキオを前に、気の良い友人にかけるような罵声を堂々飛ばしたからだ。

 

 

「……おい、ヤンキー。今、なんつったぁ……?」

 

「ミートソース野郎って言ったんだ。マジに耳ん中ソースで詰まってんのか? イタリア人はスパゲッティなら、耳からも食えるってか?」

 

 

 ヴェロッキオが彼へ向けた拳銃の引き金を引こうとする。

 それをマクレーンは、持っていた資料をヒラヒラさせて止めてやった。

 

 

「待て待て、よせ。俺を殺したら、一瞬でロアナプラ中のクソどもがここにやって来るぞ」

 

「なに……!?」

 

 

 彼から渡された資料を見やる。

 その内容に見覚えがあった。双子を呼び寄せる際に聞いた、事件と一致したからだ。

 

 

「……ッ!? てめぇ、どこでそれを……ッ!?」

 

 

 資料を引ったくり、間近で読む。

 間違いない。本物の調書だ。記憶通りの事件だ。

 

 

「双子の指紋を採取して、警察署で照合したんだよ。もう一件、コピーした物は仲間に預けている」

 

「預けているだと……!?」

 

「あと、ビデオも。誰か、双子の出演作をローワンに売ったろ? そいつも預けたまんまだ」

 

 

 ビデオの話をすると、一同がざわつき始める。

 双子のスナッフ・ビデオに関しては共通認識だったようだ。資料云々の話よりも、信憑性を高めてやった。

 

 

「……ッ! ビデオはどうやった!?」

 

「おたくの所、誰か行方不明になってねぇか?」

 

 

 その一言で、すぐに合点が行く。

 

 

「…………あぁ、分かったぜ。モレッティの奴を拉致ったのはてめぇか……」

 

「そいつがヒントをくれたんだよ。今頃、暗いモーテルで、顔パンパンで泣いてやがんぜ? 本当だったら、奴のシェイクした脳みそでジェラート作って、てめぇに振る舞ってやるつもりだったんだがなぁ」

 

 

 引き金にかけた指に力を入れるヴェロッキオを、マクレーンは諭してやる。

 

 

「仲間には、俺が一時間経っても戻らないなら、資料とビデオをバラライカに渡せって伝えてある。ここで俺を殺すなら勝手にすりゃ良いが、その分は高くつくハメになるぞ?」

 

 

 彼の言っていた「保険」とは、これらの事だった。

 殺してしまえば、ヴェロッキオらの企みは白日の下に晒され、一時間後にはホテル・モスクワ、三合会、マニサレラ・カルテルの連合と大戦争だ。

 いや、戦争にもならない。一方的な蹂躙に晒される。

 

 

「ぐっ……!」

 

「ここに来るまで、三十分かけちまったから、あともう三十分だ。てめぇらが俺の要求を飲むなら、そこにある電話で仲間に連絡して、タイムリミットを延ばしてやるよ。延滞金はサービスしてやる、ありがたく思え」

 

 

 ヴェロッキオの机の上にある、電話を顎で指し示した。

 彼の机の後ろはガラスの付いた仕切りを隔てて、もう一つの事務所があるようだ。

 

 

「てめぇ、俺らに取り引きを持ちかけるたぁ、良い度胸してんじゃねぇか? その心臓の無駄毛から抜いてやろうか?」

 

「おたくらがマゾみてぇにロシア女にビクビクしてんのは、さっきのてめぇの説教で丸わかりなんだ。ご近所問題なほど廊下まで響いてたぜ?」

 

「吹くんじゃねぇヤンキー。てめぇが出した条件の通りにやる保証はどこにあんだ? 金に対しちゃ乞食よりタチの悪ぃアメリカ様を、どう信用しろってんだ?」

 

「口の上手いイタリア親父にしちゃ、センスのねぇ煽りだなオイ。てめぇのパパはどうやってママを口説けたんだ? それともママがパパを口説いたのかぁ? だから息子のてめぇも女にビクビクしてんのか? そりゃかわいそうに。娘で生まれりゃ良かったのになぁ?」

 

 

 尚も煽り続けるマクレーン。

 我慢の限界を迎えたのか、ヴェロッキオは引き金を引こうとする。

 

 

 しかし次の、彼の一言でまた指が止まった。

 

 

 

 

「ヘンゼルとグレーテルはどこだ? 俺が殺してやる」

 

 

 

 途端にどよめきが起きる室内。

 ヴェロッキオは驚きで目を開いた後に、「黙ってろッ!!」と部下たちを一喝する。

 

 

「……なんだってんだ? 双子を殺す、だと?」

 

「てめぇも薄々分かってんだろが。あれはもうおたくらが手綱を握れる奴らじゃねぇ。黄金夜会をお開きにする為に呼んだ売れないコメディアンのようだが、寧ろ盛り上げちまったようだな。このまんまじゃ墓穴を掘るだけだ、そうだろ?」

 

「奴らが死んだとしても、今度は俺がボスに殺されるだけだクソが」

 

「マフィアでもねぇ俺が、ここまで辿り着いたんだぞ? おたくらの仕業だってバラライカらにバレるのも明日か明後日の問題だろが。寿命ぐらい長めに取っておいた方が良いだろ?」

 

「ふざけてんのか……!? ならここで戦争おっぱじめた方がマシだッ!!」

 

 

 マクレーンは激昂するヴェロッキオを宥める為に、提案をしてみた。

 

 

「双子が死ねば、おたくらの疑惑はまず晴れる。その後にもっと、有能な殺し屋を雇えば良いだろ。今、この街には世界中から腕利きの奴らが来てんだ」

 

 

 事実、双子に懸けられた莫大な懸賞金を求めて、修羅場を何度も乗り越えて来た殺し屋たちが大挙していた。

 本来ならロアナプラに呼べるハズもない、大物だっている。

 ヴェロッキオはピクリと、眉を動かした。

 

 

「双子を餌に、もっと良い殺し屋が選びたい放題だ。双子さえどうにかすりゃ、チャンスは幾らでもあるだろ」

 

「………………」

 

目の上のタンコブ(ケツの穴の痛み)を取っ払ってやるって言ってんだ。悪い話じゃねぇ」

 

 

 チラリと、壁にかけられている時計を見る。

 時刻は二十時前。

 

 

「……もうあと十分で、情報がバラライカに行く。俺が一人で来たってのが、一つ信頼の材料になりゃしねぇか? ほら、さっさと決断しやがれ」

 

 

 ヴェロッキオは少しだけ考え込んだ後に、一つの疑問を彼へ投げかけた。

 

 

「……なんでてめぇは、ガキを殺そうとしてんだ。一切、てめぇにリターンがねぇぞ。それが逆に怪しいな」

 

 

 マクレーンは若干、迷っているように視線を下げながら答えた。

 

 

「……あの双子を殺せるだけで十分なんだ。頼むぜオイ」

 

 

 眉を寄せ、歯を見せて苦い顔をし、最後は天井を見上げて銃口を下げる。

 

 

「分かったクソッタレ。その代わり、事が済んだらビデオも資料も全部寄越せ。そして暫くはてめぇを監視する。妙な動きを見せたら即座に殺してやる」

 

「……あぁ。構わねぇよ」

 

 

 自分で言った事なのに、心の中の蟠りは消えない。

 胸のつっかえさえ、「これが最善なんだ」と張り切って無視する。

 

 

 俺はもう決めた。

 楽にさせてやるんだ。

 

 何度も頭の中で唱えてやる。

 

 

「そんで、双子の場所は?」

 

「それは分からねぇよ。ただ、連絡用の電話を携帯させている。それにかけりゃ、場所の指定は可能だ」

 

 

 怪訝と怪奇の目で見やる構成員らの視線を浴びながら、ヴェロッキオのデスク前まで案内される。

 机の上の電話を使って良いらしい。

 

 

「まずはてめぇの仲間に連絡して、暴露の件を取り下げろ」

 

「分かった分かった。それと取り下げじゃねぇ、延長だ。取り下げた瞬間にやられちゃ、意味が──」

 

 

「意味がねぇからな」、と続けようとしたところで、電話が鳴る。

 単調な呼び出し音が突然響いた。

 場にいた者全てが、それに注目する。

 

 

「……おい。電話みてぇだ」

 

「こんな時に……一体どこのどいつだ」

 

 

 ヴェロッキオは苛つきを見せつけながら、マクレーンを押しのけて受話器を取った。

 

 

「ヴェロッキオだ」

 

 

 応答した者の声を聞いた時、ギョッと目が見開かれた。

 

 

「……てめぇ、バラライカか……!?」

 

「なぁ……!?」

 

 

 マクレーンも驚きから顔を歪める。

 電話口で彼女から話を聞かされた後に、ヴェロッキオは殺意のこもった目でマクレーンを睨む。

 

 

「ジョン・マクレーンに代われだとよッ!?」

 

 

 再び一斉に、拳銃が向けられる。

 完全に想定外だったマクレーンは銃を抜けず、両手を上げるだけに留めてしまった。

 

 

「てめぇなんだぁッ!? ふざけやがってッ!! 既にタレコミやがったのかぁッ!?」

 

「待て、違う違う! そんならこんな、一人で来るなんてマヌケな事しねぇだろがッ!?」

 

「んじゃあなんでバラライカは、お前がここにいるって知ったんだッ!?」

 

 

 それは分からない。分からないが、嫌な予感がする。

 

 

 何かが起きた事は確かだ。

 ひとまずマクレーンは場の空気を荒立てないよう無抵抗を示しながら、話を続ける。

 

 

「……話をさせてくれ。俺にも想定外はあるんだ。本当にバラしてねぇよ」

 

 

 手を差し出し、受話器を渡すように示す。

 ヴェロッキオは銃口を向けたまま、怒りの形相で受話器を投げ渡した。

 

 すぐにマクレーンは耳を当て、応答する。

 

 

「……マクレーンだ」

 

 

 電話越しの声は間違いなく、あの女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「お楽しみのところ悪いわね」

 

 

 ラグーン商会の電話を借りて、事務所から連絡をするバラライカ。

 その背後には、逃げられないよう構成員に肩を掴まれた、ロックの姿。

 

 

 偽者でもなく、本当にバラライカだと確信したマクレーンは、恐る恐る聞く。

 

 

「……なんでここだと分かった?」

 

「予想よ。色々調べた結果、今はそこにいるんじゃないかって思ってね。あぁ、あなたの日本人のお友達は一切喋っていないから、疑ったら駄目よ。友情は大切にしなくちゃ」

 

「……オカジマもそこにいんのか?」

 

「私の後ろに、勿論」

 

 

 リボルバーの撃鉄を起こす音を、わざとロックと電話口のマクレーンに聞かせてやる。

 返答次第では、容赦なく殺すつもりだ。

 

 

「なかなか根性のあるお友達ね。色々聞いても知らぬ存ぜぬ。『吐かせる』事も出来るけど、お世話になっている運送屋の子だもの。手荒には扱いたくないわ」

 

「要件はなんだ!」

 

「その前にまずは、ここまでの経緯を説明する」

 

 

 

 

 

 

 

 

『「口開けば腐った戯言しか言わねぇオヤジだな。さっさと行きやがれ」

 

 「言われなくてもそうするつもりだったっての。お前が呼び止めたんだろ?」

 

 「早く出て行きやがれ!」

 

 

  不機嫌な彼にケタケタと笑い声を響かせ、マクレーンは出て行く。

  ロックも彼の後をおずおずと付いて行く。残ったセーンサックは、怪訝な表情のまま呟いた。

 

 

 「……クソ野郎が。まじに自分をダーティーハリーと思い込んでんな」

 

  悪態を吐いた後に、また自分の個室に戻る。

  彼が指紋の照合を完了し、役目を終えた事も知らずに。』

 

 

 

 

 バラライカが話した事を聞き、マクレーンは頭をガツンと殴られた気分だった。

 

 

「あなたの行動を不審に思った『優秀な刑事さん』が、署内であなたたちが何をしていたか調べたのよ」

 

「……セーンサック、あいつかクソッタレ……!」

 

「鑑識課の前でロックを預けられたと聞いた彼は、中を調べてみたのよ。そしたら、指紋照合のシステムに使われた形跡があった。すぐに彼はワトサップに報告し、ワトサップは私に連絡を回した。これが発端」

 

 

 冷や汗を流すマクレーン。

 電話越しで相手の様子は分からないと言うのに、バラライカは彼の焦る様子を眺めているかのように笑う。

 

 

「どうにもきな臭いと思った私は、あなたとロックの行動を追わせたのよ。すると二人で、ローワンの所に行ったと言う情報が入った」

 

「……クソッ!」

 

 

 悔しがる彼の声が聞こえ、ロックは頭を振って呆気に取られた。

 ローワンが、二人を売ったようだ。

 

 

 

 

 

『「イェア。ローワン・ジャックポット・ピジョンズだ。デリバリーは受け付けてねえよ」

 

 

  呑気に応答した彼だったが、電話越しに聞こえた声を聞いて、顔を真っ青にさせた。

  テレビのブルースクリーンと、見分けがつかないほどに。

 

 

 

 「……ば、『バラライカ』……か!?」

 

 「えぇ、バラライカよ」

 

 

  受話器を片手に、机に向かい合うバラライカ。

 

  その目は、全てを凍てつかさんばかりに冷たく、鋭利だった。』

 

 

 

 

 

 別に責める事は出来ない。こちらも彼を騙していた節もあるだろうし、バラライカに迫られ平常心でいられる者はそうそういない。

 しかし、彼に手の内を明かしていた事がまずかった。

 

 

「ローワンは色々と話してくれたわ。双子はルーマニア人とか、ヴェロッキオらと繋がりがありそうだとか、スナッフ・ビデオの事とか」

 

「……それで俺がここにいるって、思った訳だな」

 

 

 電話からの声がヴェロッキオらに漏れないように必死だった。

 数多の銃口と殺意を惜しみなく向けられた、極限の状態。

 

 電話の声を漏らさないようにしても、マクレーンの口から認める発言をすれば終わりだ。言葉選びに慎重になる。

 

 

「……しかし、その、あー……」

 

 

 だがなかなか、言葉が思いつかない。

 彼のそんな様子を愉悦に、同時に疎ましく思いながら、バラライカが言葉を紡いでやった。

 

 

「双子を追うのは自由の上、推奨しているのは私たち。別に背信でもなければ、邪魔もしていない。なのにどうして……って、言いたげね?」

 

 

 その通りだ。

 完全に手玉に取られている状態を腹立たしく思いながら、「あぁ」とだけ告げる。

 

 

「懸賞金の出し惜しみでもないわよ。ただ、不安だっただけよ。正義を自称するおまわりさんが、街の裏でコソコソ勝手に双子を追っている……こう思ったのよ」

 

 

 バラライカの目が、射抜くように細められた。

 

 

 

 

 

 

「……『さては双子を、逃すつもりではないか』ってね」

 

 

 マクレーンの心臓が跳ねる。

 なぜだか、跳ねてしまった。

 

 

「それはねぇ……俺は、双子を殺すつもりだ……ヴェロッキオ・ファミリーと手を組んで」

 

「そうは言っても、信用出来るかしら? あなたあの時バーで、『撃てなかったじゃない』」

 

 

 今朝の彼女との会話を、マクレーンは思い出した。

 

 

 

 

 

『 不意に向こうから再度、話しかけられる。

 

 

 「引き金を引く暇がなかったと言っていたけど、本当に?」

 

 「え? あ、あぁ。あれはさすがに──」

 

 「いいえ。あなたなら僅かな隙で撃てたでしょ?」

 

 

  足を止め、流し目にこちらを見るバラライカ。

  愕然とするマクレーンと視線が合う。

 

 

 「やっと撃ったと思えば、逃げる為の牽制。それに車の影にいて、向こうは弾切れ。不意を打てる一番の好機を逃した……どうしてなのかしら?」

 

 

  それだけ言い残し、バラライカは去ろうとする。』

 

 

 

 

 あの話が、バラライカに不信を植え付ける要因だった訳だ。

 自分の不甲斐なさに、ほとほと呆れてしまう。

 

 

 

 

「……これは、我々の『報復』がかかっている」

 

 

 突如として彼女の声が、冷たくドスのかかったものとなる。

 

 

「その報復の前に、恩義も情も優先はされないと思え」

 

 

 懐から出した、「スチェッキン・フル・オートマチック・ピストル」を構えた。

 

 

「それに、私が聞いた車種とナンバーも、実は知っていて隠していたな?」

 

 

 その言葉に、マクレーンは身体の底から冷えた。

 確かに知っている。車種もナンバーも、記憶済みだった。

 

 スチェッキンの先を、ロックに向ける。

 

 

 

 

 

 

「私に、お前を信用させろ」

 

 

 

 

 ロックは恐怖から身をよじるが、それすらも後ろにいる者に阻まれ、逃げられない。

 

 

 

 

 

「こう言え。『ヴェロッキオと双子は繋がっている。証拠を出してやれ』」

 

 

 マクレーンの脳裏に、「救えなかった瞬間」が蘇る。

 

 

「友情は、大切にした方が良いぞ」

 

 

 

 あの時もだ。

 無線越しで、知り合いが撃たれた。

 仕方なかったとは言ったが、救えなかった事に変わりはない。

 

 

 

「一言一句、間違えるな。ハッキリと言え」

 

 

 ヴェロッキオらの前で、暴露しろと試すバラライカ。

 汗が止まらず、緊張で喉が乾く。

 

 

「やめるんだ、マクレーンさん……!」

 

 

 ロックは祈るように呟く。その声を、受話器は拾ってくれない。

 

 

 

 マクレーンは何度も何度も、あの出来事を頭の中で繰り返していた。

 そして、決したように、前を向く。

 

 

 

「……あぁ。分かった」

 

 

 

 ヴェロッキオらを眺めて、溜め息を吐く。

 

 

 

 

 

 瞬間、ホルスターからベレッタを抜き、後ろにいた男を捕まえた。

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 そして人質にした上で、告げてやった。

 

 

 

「なにしやが……ッ!?」

 

「『ヴェロッキオらと双子は繋がっている』」

 

 

 その場にいた者全員が、愕然とした。

 怒り、殺意、焦燥が一点に突き刺さる。

 

 

「『証拠を出してやれ』」

 

 

 人質を作って保険を作りながら、「もう一言付け加えてやった」。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『これで満足かッ!? そっち行くから待ってやがれ、性悪サドのクソアマがぁッ!!』」

 

 

 

 

 受話器を叩きつけ、破壊した。

 ブツリと、マクレーン側から音が聞こえなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋がりが消えた受話器を持ったままバラライカは、スチェッキンを下げた。

 

 

「……くく、く……くく」

 

 

 何かをうめく、バラライカ。苦しげに身体を震わせている。

 

 怒りか、呆れか。一体どんな感情なのだと、ロックは注視する。

 親機に受話器を戻した後に、ピリつく空気の中で突然──

 

 

 

 

 

「あははははははッ!! はははははッ!!!!」

 

 

 目を疑う光景に思えた。

 あのバラライカが、大口を開けて、狂笑をあげている。

 

 

「ははは……ッ! はは……ッ!! あの人、あの状況で『待ってやがれ』ですって! ふふ、ふふふ!」

 

 

 マクレーンの叫びは、ロックらにも届いた。

 あの台詞の意味は一つだ。

 

 

「生きてそっちに行く」。それしかない。

 

 敵の陣地の真ん中で、恐らく複数人を前にし相手取り、マクレーンは生き延びるつもりだ。

 

 

「ふふ、ふふふ……マレにいるんだ。悪党とは逆の方向で狂った奴が……そいつはタダの悪の狂人よりも、イカれていて恐ろしい」

 

 

 バラライカが手を挙げた。

 そのハンドサインを見て即座に、構成員らはロックを解放して事務所を出て行く。

 

 ボリスが彼女に近付き、話しかける。

 

 

「どういたしますか、大尉殿」

 

「作戦の通り。奴らの標的は私だ、それを利用する……だが、戦況はあまりにも不安定だ。殺し屋どもも動く。予備の準備を進めろ」

 

「はっ」

 

 

 出て行こうとするバラライカ。

 思わず、残されたロックは、怒りを滲ませた声で呼び止めた。

 

 

「情報はもう集まっていたんですね……!」

 

 

 すっと、彼女は足を止める。

 

 

「じゃあなんで、マクレーンさんにあんな事を……!!」

 

 

 振り返り、澱んで狂った瞳を向けた。

 その目に当てられたロックは思わず、たじろいでしまう。

 

 

「……この一ヶ月で分かったのよ。彼は理論や状況では推し量れない……戦火を呼び込む才能がある」

 

 

 場を冷え込ませるほどの、冷たい笑みを浮かべる。

 

 

「その火を分けて貰うのさ。双子は奴にもご執心……出来るだけ派手に、呼び込んで貰うだけよ。奴は最高の、『トーチ』だ」

 

「……あなたも、試したい訳なんですか?」

 

「あぁ、試しているわ。その上で、利用するだけ。双子は間違いなく、『ヴェロッキオらの方に向かう』」

 

 

 歯を食い縛るように、愕然とするロック。

 バラライカは最後に根拠を告げた。

 

 

「憶測じゃないわ、さっき情報が入ったの。ヴェロッキオ・ファミリーの武器倉庫が、『陥落していた』そうよ? 武器倉庫と彼らのオフィスはかなり近い。あの二人、飼い主を喰い殺すつもりだったようね」

 

 

 

 

 

 バラライカがそう告げた同時刻、路地に入り裏口に到達する二台の車。

 一台は黒のセダン、日本車だ。

 もう一台は、でっぷりと太ったバン。

 

 

「……あれれ?」

 

 

 バンを運転させているモレッティに拳銃を向けたまま、ヘンゼルはビルを見上げた。

 

 

 三階、オフィスから銃声と騒ぎが聞こえて来ている。

 

 

「お、おいおい……!? ボスらに何があったんだ……!?」

 

「お祭りはもう始まっちゃったみたいだね」

 

 

 銃口をモレッティに押し付ける。

 

 

「ほら、一緒に行くよ。言う事聞かないと……」

 

「わ、分かった……分かった、クソッ……!」

 

 

 やけに膨れた服を着ながら、モレッティは車を降りる。

 セダンから降りたグレーテルも、BARを担いでヘンゼルに近付いた。

 

 

「一体、どうしたのかしら?」

 

「誰かがあいつらと喧嘩しているみたいだ」

 

「どうする?」

 

「紛れちゃおうよ!」

 

「あぁ、楽しみね兄様!」

 

「楽しみだね、姉様」

 

 

 裏口へとヘンゼルに連れられながら、モレッティは天を仰いだ。

 ただひたすら、神に祈るだけ。




正式名は「The Return of the Giant Hogweed」
「ジェネシス」の楽曲。
1971年発売「Nursery Cryme」に収録されている。人間の生首をボールにクロッケーをする女性が描かれた、ちょっと悪趣味なジャケットが特徴。
プログレ五大バンドとしてキング・クリムゾンやピンク・フロイドなどと並ぶプログレロックの重鎮。
この類のバンドの曲としては普通だが、八分もする曲。
不穏ながらエモーショナルな旋律で始まったかと思えば唐突なロックテイスト、コーラスに子どもの声が入る、悲しげなピアノが挿入される、嵐の訪れのようにテンポが上がるなどラプソディのような一曲。
この手のバンドは曲は勧めようにも、代表曲が軒並み長いから勧めにくいんですよね。
現在の作風はキャッチャーになっていて、取っつきやすくなっております。

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