DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
ヘンゼルが振り下ろした斧の刃が、マクレーンに迫る。
「うおっとぉ!!」
即座に彼は、寸前で掴んだドアノブを引き回し、隣室への扉を開けた。
「あ」
開かれた扉が盾となり、斧を受け止めてくれた。
それでも力いっぱいに振り下ろされた為に、薄い木板を割いて刃が顔を出す。
マクレーンの眉間の少し前で止まり、肝を冷やした。
「この……ッ!!」
ベレッタを扉に突き付け、引き金を引こうとする。
しかし彼はすぐに取りやめ、開けた扉の先に逃げた。
マクレーンが離れて一秒足らず。
ヘンゼルは扉を抱き締めるようにして、もう片方の手斧を裏側目掛け大振り。
刃先が食い込んだ箇所は、さっきまでマクレーンの頭があった場所だった。
「あれ、逃げちゃった?」
しかし刃は扉を突き破り、自身の目の前に表出した。
肉の感触がしなかったと訝しみ、ヘンゼルはピョコッと顔を覗かせて、隣室を見る。
マクレーンが部屋の中央から、こちらに銃口を向けていた。
「もう躊躇しねぇーーッ!!」
ヘンゼルは扉に突き刺さった二本の斧をそのままに、後ろに倒れ込む。
ベレッタから銃弾が放たれたのは、それとほぼ同時だった。
「今日一日、てめぇらの事を考えなかった時なんざ無かったぜクソッタレぇーーッ!!」
敵が倒れているであろう、壁にも発砲する。
貫通して飛び出す9mm弾を頭を下げて回避しながら、ヘンゼルははおっていた上着の懐に両手を入れた。
上着の裏には、鉄製のホルスターが打ち込まれている。
そこに固定されていた、二挺の「S&W M60 チーフスペシャル」を抜く。
「あはは! とっても嬉しいなぁ、マクレーンおじさん!」
撃ち尽くし、弾倉を入れ替えようとする隙を見計らい、ヘンゼルは穴だらけの扉にS&Wを突きつけた。
「僕たちもおじさんの事、ずーっと考えていたんだっ!」
二挺とも引き金を引き、銃弾を発射させる。
扉を破壊して撃ち込まれた弾に驚き、マクレーンは装填を諦めて地面に伏せた。
「この野郎ぉッ!? 斧だけじゃねぇのかよぉーッ!!」
そのまま四つん這いで、尚も撃ち続けられる.38スペシャル弾を躱しながら部屋を出ようとする。
ヘンゼルはすぐ扉を開けて中に入り、マクレーンを視認。
「待ってよぉ!」
「待たねぇッ!!」
意を決してマクレーンは立ち上がり、全速力で駆け始める。
楽しげに引き金を引くヘンゼル。
彼のS&W M60から発射される銃弾を、必死に回避しながら、命からがら廊下へ飛び出す。
即座に扉の裏に隠れ、攻撃から身を守った。
「ありゃ、S&WのM60か……M36共々、五年前に世話になったのになぁ……」
ベレッタの弾倉を入れ替えてからスライドを引き、装填を済ますとすぐに応戦。
部屋内にいるヘンゼルは彼からの攻撃に気付くと、資料などを入れている棚を倒してその裏に隠れ、遮蔽物とした。
「どうしたのマクレーンおじさん、全然当たってないよ? バーで言ってた事は本当なの?」
イタリア人を相手にしていた時はガンガン着弾させていた。
なのに今は全く当たらない。当てられない。
ヘンゼルからの反撃を受け、攻撃をやめて再び身を隠す。
ベレッタを抱えながら、忌々しげに呟いた。
「当てろって言ってんだろ……! 一体、何がしてぇんだ俺はよぉ……!!」
無意識的に照準がブレている。
それは引き金を引いている時も自覚していたし、雑念がある事も認識していた。
「撃って殺す、撃って殺す、撃って殺す……!」
呪文のように唱え、再び決意しベレッタを構えた。
だが、引き金は引けなかった。
廊下の奥の扉から、目を眇めながらBARを向けるグレーテルが現れたからだ。
「そこにいたのね!」
「いぃ!?」
彼女に気が付いたマクレーンは迎撃を取り止め、一直線しかない廊下を駆け始める。
BARから無数の銃弾が発射されたのは、それと同時だ。
「そんなモン軽率に撃つんじゃねぇクソッタレぇーーーーッ!!!!」
断続的な破裂音と共に飛び来る弾が、逃げるマクレーンの身体を掠める。
馬鹿正直に真っ直ぐ走ったところで、回避は出来ない。
マクレーンは背後からやって来る弾に注意しながら、別の部屋へ飛び込んだ。
「んもーっ。すぐ逃げちゃうんだから……」
そのまま入り口の傍に隠れ、BARを撃ち続けるグレーテルと対戦する。
彼からの攻撃を察すると、グレーテルもまた近くの扉に隠れた。
「こんままやりあっても、ジリ貧だぞチクショー……!」
弾倉は残り四つ。
つまり弾は、六十発。
チラリと、もう一方のホルスターにかかっているルガーを見やる。
こっちは残り六発。弾倉にある弾数で全てになる。
だが、一回撃った時に確認した限り、予想以上の反動だ。
正直に言えばマクレーンでも扱いは難しく、かなり至近距離にまで寄らなければ当てられないだろう。
「やるかやられるだ、クソッ」
撃ち続け、また弾倉を入れ替える。
どうにか隠れて、不意を突こうと思い直し、マクレーンは部屋の奥へ逃げた。
彼からの発砲が止んだと気付いたグレーテルは、引き金から指を離す。
足元一面には薬莢が散らばっていた。
警戒は怠らず、廊下には身体を出さず、向こうの出方を伺う。
「……まぁ。今度は隠れんぼかしら?」
漸騰しつつある興奮により、グレーテルは満面の笑みであった。
銃撃戦に小休止が入ったと確認したヘンゼルが、扉からピョコッと頭を出し、こちらに声をかける。
「殺した?」
「兄様のいる事務室の、お隣の部屋に引っ込んじゃったわ!」
「分かった! じゃあ僕が見て来るよ、姉様!」
回収した手斧を見せ付けて、意気揚々とヘンゼルはマクレーンの逃げ込んだ部屋へ行く。
「気を付けて、兄さ──きゃっ!」
立ち上がり、見送ろうとするグレーテル。
途端、表通りから窓を割って、数発の銃弾が飛び込んで来た。
即座にグレーテルは事務室に戻り、窓より低い位置まで身を縮める。
「あらあら、困ったわ。もうお客さんが増えたみたい」
困り顔に反して、口調は明るめ。
この状況を、心底より楽しんでいるようだ。
「……とうとう、やりやがったなテメェら……!」
彼女の飛び込んだ部屋には、モレッティもいた。
双子によって凄惨に様変わりした事務所を、呆然と眺めている。
「テメェら、端から脅すつもりはなかったな……!?」
「散々、イタリア人には殴られたもの。お返ししたかったの」
「つっても、ボスらを殺ってどうすんだッ!? テメェら、この街から出られなくなったんだぞ!? 一体、なにがしてぇんだッ!?」
グレーテルはニッコリと笑いながら、BARを撫でた。
「『なにがしたい』じゃなくて、『したい事をしている』の。楽しいのは何よりも優先したいわ」
そう言って、モレッティの首輪と繋がっていたリールを、放り捨てた。
BARを抱え、姿勢を低くしながら部屋を出て行く。乱入者の相手をするつもりだろう。
「………………」
モレッティは足元に落ちていた、死んだ構成員のグロック17を見る。
自分は今、手錠をかけられている状況だが、拳銃ぐらいなら何とか扱えるハズだ。
「………………」
不自然に膨れた自分の服をチラリと見た後に、決意を固めた眼差しでそれを拾おうとした。
だが、その手は止まる。
部屋を出て行ったハズのグレーテルが、腕だけをこちらに見せ付けていた。
グレーテルの握っている、「ある物」を目で追い、瞬時にグロック17から離れる。
「駄目よ、せっかちさん。引き金よりもこっちが軽いのだから」
「……クソが」
「何もしなかったら、何もしないわ。本当よ。だから大人しくしててね?」
グレーテルは腕を引っ込めた。
次に、タタタと廊下と階段を駆ける音が響き、二階へ降りて行ったと気付く。
モレッティはさっきから流れっ放しの汗を、拭う。
「クソッ、クソッ、クソが……ッ!! 人生最悪の日だクソッ!!」
首輪だけは引きちぎり、投げ捨てた。
三階に見えた人影をM16で撃った中年男は、舌打ちをする。
「チッ。外したぜ」
「クソみてぇな5.56mm弾なんざ使うからだ。どうすんだ、もう顔は出しやがらねぇぞ」
「なら突っ込んで、袋小路でファックだ」
「もっとスマートに出来ねぇのかよオメェはよぉ」
ぶつくさ言いながら数人の殺し屋たちは、KG-9やレミントン、トンプソンなどを担いでビルの方へ歩いて行く。
車内でM1ガーランドの準備をしていたアフリカ系の男は、ボンネットに座ってタバコを蒸すレヴィに話しかける。
「ずいぶん余裕だな、
煙を吐き、咥えていたタバコを路上に捨てた。
「バカか。ホームグラウンドに堂々と入る訳ねぇだろ。しかもこっちの居場所をご丁寧に教えた上で行くなんざ、脳みそがピーナッツほどの間抜けしかしねぇよ」
「なかなか言うな。お前の算段は?」
「あいつらを前戯にして、バックからファックだ」
「フゥー。なかなかのテクニシャンだ。女も野郎もイチコロだな」
ホルスターから二挺のベレッタを抜き、レヴィはボンネットから降りる。
そのままビルを全体的に見渡した。
「………………」
「どこから入るんだ? 裏口か?」
「いや。あの排水管伝って、三階に登りゃ良い」
壁に張り付くように露出しているパイプを指し示す。
確かに上手く足と手を使えば、壁伝いに行けなくはない。
ただ、まるで空き巣のような侵入方法に、男は思わず失笑してしまった。
「プレデターみてぇでクールだな」
「付いて来るか?」
「肥満気味の俺にゃ無理だ。裏口から行く」
「チンタラしてりゃ、あたしが八万ゲットしちまうぜ」
「パイプから落ちて、間抜けに転落死しねぇようにな」
男はM1ガーランドを掲げ、勇み足で裏口へ行く。
その彼を見送った後、レヴィはビルへ歩み寄った。
「……ウチの水夫誑かすだの、肥溜めのマンハッタンから来やがるだの、相変わらず偽善を振り回すだの…………」
彼女の瞳は、ドス黒い闇に覆われている。
「……てめぇはやり過ぎだ。伝説の刑事さんよぉ」
ヘンゼルはゆっくり、マクレーンが逃げ込んだ部屋に入る。
スペースとしては、隣の事務室とほぼ変わらない広さだ。
「……暗いなぁ」
電気が消され、視界が及ばない。
点けようとスイッチを見やるが、銃弾を撃ち込まれて破壊されていた。
「……あはは! そうこなくっちゃ!」
S&W M60のシリンダーを開いて排莢し、スピードローダーに付けられた銃弾を挿入する。
二挺ともの装填を済ますと、右手の物だけ懐のホルスターに戻した。
代わりに手に持った物は、あの手斧。
彼は可能な限り斧で斬殺すると言う、拘りがあるようだ。
「…………マクレーンおじさーん」
ヘンゼルは身を隠して行動はせず、堂々と部屋に入り込んだ。
斧とリボルバーを握り締めてぶら下げながら、血のついた顔で呼びかけを続ける。
「僕らは今まで、殺そうって思った人たちは絶対に殺して来たんだ」
暗い部屋に身を浸す。
廊下からの明かりである程度は見えるものの、奥へ行くほどに闇は深まる。
「でもね、今朝……僕らと面と向かって殺し合ったのに、マクレーンおじさんに逃げられたんだ。しかもおじさんは人も助けちゃった」
ヘンゼルは周囲に神経を集中させながらも、楽しげな笑顔で奥へ奥へと向かう。
「それで、姉様も僕も気付いた…………マクレーンおじさんは、僕たちが出会った誰よりも強い」
カツッ、カツッと、靴底を優雅に鳴らす。
「強くて、優しくて、しかも賢い」
近くにあった机の縁を、斧の先でなぞりながら進む。
「テレビで見た、『ヒーロー』みたいだって」
部屋の中心まで来ると、ピタリと足を止めた。
「僕らは最初、ヒーローは神様にとっても愛されて生まれて来た人と思っていた」
目を凝らす、ヘンゼル。
「マクレーンおじさんは僕らと違って、神様に好かれてこの世界にいるんだと思っていた。でも違った。その理由に僕らは気付いた時に────」
目線の先には、机の下から覗く布。
向こうから下に潜り、裏の隙間から出て来ていた。
「──凄く、凄く、快感だった」
その派手な色の布は、マクレーンの着ていたアロハシャツの色と同じ。
「世界は死と血で回っている。殺して殺されて、どんどん世界は回って行くんだ」
「………………」
隠れているマクレーンは、ベレッタを構えた。
「これが世界の仕組みなんだ。殺せば殺すほど世界は続いて、僕らの命は増える。僕らは
「………………」
「でも、おかしいよね。なら神様はどうして、ヒーローを送るんだろう。奪う命を少なくさせる、ヒーローをさ」
「………………」
「その理由が、今出会った時に分かったよ」
机の方へ近付くヘンゼル。
呼吸を殺して待つマクレーン。
「ヒーローは、神様の『失敗作』だったんだ。この世界に似合わない、特別な物なんだ。神様は取り返したくて焦っている」
「………………」
「だからマクレーンおじさんを、僕らと引き合わせた。僕らは世界の為にマクレーンおじさんを殺さなきゃ駄目で、マクレーンおじさんも神様の所に帰らなきゃ駄目」
「……………………」
「……まるで、僕らが『世界のヒーロー』だね。マクレーンおじさんは、世界の仕組みを壊しちゃう神様の失敗作で、『世界一の悪者』なんだ」
机の傍に、とうとう到着した。
「……そうさ。僕らはマクレーンおじさんを殺す為にこの街に来て、マクレーンおじさんは殺される為にここに来たんだ」
S&W M60の銃口を、机に向ける。
「でも神様には悪いけど、マクレーンおじさんはあげない」
撃鉄を静かに起こす。
「そんな神様の大切な物、神様にすら返したくないよ」
引き金に指をかけた。
「マクレーンおじさんの命は、永遠に僕らの一部にするんだ。供物なんかにさせない」
そして、彼の頭があるであろう箇所に、照準を合わせる。
「……僕らと一緒になろうよ。そして、生き続けるんだ……」
指に力を込める。
「……
発砲は、されなかった。
理由はある。
ヘンゼルの後頭部に、突き付けられた銃口だ。
「ご高説どうも、ありがとうございました。非常に為になる説法でしたよぉ、御司祭様」
机の下にはみ出ていた布を足で踏みつけ、ヘンゼルは引き摺り出してみた。
ズルズルと、アロハシャツだけ出て来た。
着ていた人物はいない。
「だが説得するには、ちと年齢とカリスマが足りねぇなぁ。こう言うのは賢い奴が、下っ端に言うもんなんだよぉ」
ヘンゼルは驚きから目を丸くさせ、次にはさも嬉しそうに口角を吊り上げた。
「確かに俺は、管理も満足に出来ねぇ無能の神様の失敗作かもな。こんだけ酷い目に遭うんだ、多分そうかもしんねぇな。長年の疑問が解けたぜ、ヤッホーゥ。クラッカー代わりのパラベラムだ」
「……あは、ははは……!」
「だがな、残念ながら俺ぁ完全無欠のヒーローになれていやしねぇし、殺される為に来た訳でもねぇ。この街に来たのは単なる出張で、俺の帰る所はニューヨークだけだ」
クルリと首を回し、横目で後ろを見た。
「それと、ネバーダイネバーダイってのも気に食わねぇんだ。同僚からは『
暗闇の中でも、ハッキリと分かった。見えた。
不敵な笑みを浮かべる、綺麗な緑色の瞳をした人間。
両手で構えた愛銃ベレッタを向ける、くたびれた雰囲気の男。
「『
ジョン・マクレーンが、姿を現した。
「All Dead, All Dead」
「クイーン」の楽曲。
1977年発売「News of the World」に収録されている。
言わずもがなのスーパーバンド。
この曲はフレディではなく、ギターのブライアン・メイが歌っている。最近になってフレディが歌っているバージョンが公開された。
ピアノによる壮麗な旋律が、次には不穏なリズムに変貌するイントロ。哀愁と愛惜を漂わせ、密かに紛れる垢抜けなさを感じさせながらも、調和の取れたメロディで耽美に仕上げている。
ドラムのリズムがまた耳に残る一曲。
「Nothing Lasts Forever」
ダイ・ハード1作目の原作小説タイトル。