DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
ビルの一階はレストランだが、上の階の騒動を聞きつけ、客も店員もシェフも既に逃走していた。
控えていた構成員も出撃したのだろう。
「なんだなんだ? この店はまだ、こんなマズそうなイタ飯出してんのかぁ?」
「おい、さっさと行けよ! なんなら俺が先に行くぞ!」
「黙れお前ら! 多分、侵入した事はバレてんだ! これ以上騒ぐんじゃねぇ、位置までバレちまう!」
中は残された料理と、見た目は良いが材質が安っぽい椅子とテーブルしかない。
双子を狙って店内に突撃した七人ほどの殺し屋たちは、家具や料理を乗せたワゴンを倒しながら、厨房を目指す。
「てめぇ、食ってる場合かよ! んな紙切れみてぇなピザ、良く食えるなぁ!」
「なぁあんた、メキシコでギャングを一人で潰したって本当かよ?」
「無駄話はやめろ。山分けから外すぞ」
「確か、裏手から上がれるハズだ」
厨房を抜ければ、従業員用の通路。
そこにある階段のみが、二階に続く。
彼らは各々の持って来た銃を構え、息を殺しながら階段を登る。
二階までは踊り場に着いてから折り返す形で一段一段上がると、辿り着く。
「クソッ! 奴ら、電気消しやがったな!」
「人影があったのは三階だぞ。二階見る必要あんのか?」
「迎撃して来るかもしんねぇだろ。ここは二手に分かれるべきだ」
一人の男の提案通り、二階と三階とで人数を分けて索敵に移ろうとする。
完全に静まり返ったビル内で、三階行きのグループが階段を上がろうとした。
その時、二階の廊下でバタバタと足音が響く。
「……聞こえたか?」
「なんだ、奴ら二階にいやがんじゃねぇか」
「八万ドルを取り零すところだったぜ」
二手に分かれる案は停止。
全員が二階を捜索する流れとなった。
「固まるより散った方が良い」
「馬鹿野郎、廊下は一方通行だ。部屋も個室ばっか。数で押しゃ、袋小路に追い込めるぜ」
男たちは我が物顔で廊下を行く。
それでも不意打ちに備え、各々の武器は構えたままだ。
窓から差し込む街灯の明かりだけを頼りに、七人は進む。
部屋があれば扉を開け、確認して回った、
「クソッタレ。この階のブレーカー切っちまってやがる。電気が付かねえ」
「誰か、ブレーカー上げて来い」
「んなの、どこにあんだよ」
口々に愚痴り合いながら、ひたすら音のした方を行く。
暫く歩いたところで、一同は足を止めた。
目線の先にある扉が、ゆっくり勝手に開いたからだ。
「おい」
一斉に火器を向ける殺し屋たち。
扉は彼らに外面を向けており、誰が開けたのかは伺えない。
警戒する一同。
しかし全く、音沙汰はない。
どうした、と懐疑の目を送ったその時、扉の裏から拳銃を持った手が現れた。
「出やがったッ!! 撃てッ!!」
即座に視認した男の号令に合わせ、殺し屋たちは同時に引き金を引く。
轟く銃声に合わせ、無数に扉へ浴びせられる銃弾。
敵は扉を盾にしているが、かなり薄く軽い材質の為、あっけなく防護壁としての役目を終えてしまう。
敵も拳銃で応戦はするものの、手だけを出して撃っている為に当たる事はなかった。
その内、扉の裏へ引っ込む。
「逃げるつもりだッ!!」
「イエェェーハァーッ!! 一気にぶっ壊してやるぜッ!!」
「モスバーグ M500」を雄々しく構えた男が、扉の脆弱さを見計らい、スラッグ弾を撃ち込む。
弾は扉を一気にぶち抜き、大穴を開ける。
そして吹き飛ぶように、扉の裏にいた者が暗い廊下に倒れた。
「よぉしッ!! ぶっ殺したぜぇッ!!」
「白人か確認しろ!」
「相手は双子のガキだ、油断すんじゃねぇ」
トンプソン M1を持った男が、意気揚々と駆け寄る。
今しがた倒した存在が誰かを確認する為、扉の裏へ。
「…………あ?」
その存在を見て男は、唖然とする。
倒れていたのは大きめの、ただの人形だったからだ。
「おい、こりゃ人ぎょ──」
途端、部屋の中から発砲音。
気付く前に、彼の膝は二発の銃弾で撃ち抜かれた。
「アオオオオーーッ!?」
間髪入れずに次は腕と肩を撃たれ、トンプソンを手放す。
「おい!?」
仲間が攻撃を受け、即座に部屋の中に突撃しようと走る男たち。
だが、部屋に入る手間は省けた。
何者かが、手足を撃たれた男に飛びついたからだ。
「ッ!?」
その人物は男の首を引き寄せ、彼が落としたトンプソンを盗る。
五秒もない、颯爽とした動きだ。
「ごめんなさい。お呼びじゃないの」
グレーテルだ。
グレーテルは男の身体を盾にしつつ、トンプソンを撃つ。
「──ファァーーーーーックッッ!!!!」
誰の叫びかは、この際は不要だ。
完全に不意を突かれた殺し屋たちは、グレーテルに一手遅れてしまう。
トンプソンから発射された銃弾は、遮蔽物のない廊下の真ん中に立つ男たちに襲いかかる。
「ごぉッ──」
「ぉおッ──!」
「うあああ!?!?」
お互いの銃弾が飛び交う中、殺し屋は一人一人倒れて行った。
血を吐き出し、断末魔をあげて絶命する。
やっとの事でグレーテル目掛けて撃てた銃弾も、盾にされている男に着弾して防がれてしまう。
「く、く、クソォ……!!」
先ほどモスバーグを構えていた男は、自身の横にあった扉を開けて、部屋の中に逃げていた。
フォアエンドをスライドさせ、銃弾の発射準備を整える。
「弾切れね。ねぇお兄さん、ストックは……あら、死んじゃった」
そのまま待ち、グレーテルの攻撃の手が止んだと察知したところで、廊下に再び躍り出た。
「こぉんの、クソッタレェェーーッ!!」
放たれたスラッグ弾は、盾にされている男の頭部を破損させる。
隠れていたグレーテルは頭を下げ、回避。
血を浴びてしまう。
「キャー! おっかなーい!」
撃ち尽くしたトンプソンを捨て、最初に持っていた拳銃をまた取り出したものの、撃たせまいと男はすぐにフォアエンドをスライド。
「八万ドルは俺のモンだぁぁぁーーッ!!!!」
二発目は、もはや死体となった男の右肩を抉る。
再度グレーテルは直撃を避けられたが、つい拳銃を落としてしまった。
「もうっ、野蛮なんだから!」
三発目が撃たれる前に、グレーテルは再度部屋の中へ逃げる。
そのすぐ直後に発射されたスラッグ弾は、死体の腹に風穴を開けた。
「得物を落としやがったなぁ!! 俺の勝ちだぁぁあーーッ!!」
モスバーグを構えたまま、男は廊下の死体を押し退け、扉の前へ急行。
そして瞬時に、銃口を部屋の中へ向けた。
「私がコレを使うって、聞いていなかったのかしら?」
視線の先には、足を組んで机の上に座り、BARを向けるグレーテルの姿。
浴びた血で、その金髪と白肌は赤黒く染まっている。
男は、動揺してしまった。
「はい、私の勝ち♡」
無慈悲に放たれる銃弾の雨。
モスバーグの引き金を引くよりも先に、弾は男の身体を射抜く。
「おおおおおおおおおおおッ!?!?」
弾を受けた衝撃で、彼は一歩一歩後退。
お気に入りの曲を聴いているような表情で、けたたましくなる銃声を流し続けるグレーテル。
発砲の反動による振動さえ、心地良さを感じていた。
「おお、おぉお────!」
その内に男は廊下を横断し、破壊された窓の前にぶつかる。
ぐらりと仰け反り、頭の重さを支える事が出来なくなった彼は真っ逆さまに落ちた。
血を吹き出し苦悶の表情で、ビルの二階より元いた表通りへ逆戻り。
停めていた車の上に衝突し、ルーフパネルを大きく破損させる。
「──ふぅっ」
引き金から指を離し、トンっと机から降りた。
ツカツカと歩き、さっきの男が持っていたモスバーグを拾い上げる。
「うーん……ショットガンは嫌いなの。返してあげる」
そのままポイっと、窓から外へ放り投げた。
次に床から拾った物は、自分が使っていた拳銃。
「面白い形だったけど、私には合わないわ」
モーテルの外で手に入れた、「マテバ 2006M」も捨てた。
最後は無残にも弾痕だらけとなった、人形に寄る。
大きさは児童くらいの物で、少女を模している。
荒い網目で、あまり良い出来とは言えない代物だ。
「ごめんなさい、せっかく出してあげたのに」
微笑みながら、役目を終えた人形の頭を撫でてやった。
グレーテルによる攻防の喧騒は、三階にも轟いていた。
断続的に鳴り続ける銃声を聞きながら、マクレーンはベレッタを構え続ける。
「……どうやら、パーティーのゲストがご到着のようだ。大事な大事なお姉様が心配か?」
「全然。だって姉様は強いんだ。それに、僕と一緒にたくさん人を殺した……絶対に死なないよ」
銃口を突きつけられていると言うのに、ヘンゼルには媚びる様子も怯えもなかった。
いつも通りと言うのか。
楽しげで、明るい口調と表情のまま。
それほど、マクレーンといるこの状況が愉快で仕方ないのか。
「意外な事に命ってのは、弾みてぇに切れりゃ補充出来るもんじゃねぇんだ。聖人もファッカーも平等に一つだけで、そのおかげで俺もクソどもをぶっ殺してやれた。お前もそんな、クソどもの一人になるか?」
「あはは! もうっ。マクレーンおじさん、また飲んで来たの? 殺せば殺すほど、命は増えるんだよ。だから僕らは死なない、永遠に死なない」
「そうかぁ? なら試してみるか? てめぇの頭に撃ち込んで、ナイト・オブ・ザ・リビングデッドのグールかゾンビみてぇになるか確認してやる」
妙に渇ききった喉に気味の悪さを感じつつも、マクレーンは引き金にかけた指に力を込める。
しかし、なかなか引けずにいた。
脳裏には、スナッフ・ビデオの映像がリピートされている。
こいつは今まで葬って来た、クソどもとは違うだろ。
そんな内なる声に、悩まされる。
「……クソッ。今に見ていやがれ……脳ミソ吹き飛ばしてやる……」
深い呼吸を繰り返し、何度も何度も発砲してやろうと意気込んだ。
意気込むだけで、何も出来ない。
撃てずにいる自分に辟易する内に、ヘンゼルは語りかける。
「……おじさんはやっぱり、ヒーローだ」
またその話を繰り返すのかと、溜め息を吐く。
「ヒーローみたいに強くて優しい上に──『お父さん』だからね」
だがその呆れ顔は、一瞬で真顔に変わる。
ヘンゼルはバレリーナのようにクルッと回り、マクレーンと向かい合わせになった。
「今朝の話は覚えているよ。マクレーンおじさんは?」
「……俺は忘れちまったなぁ」
「それは寂しいな……オマセな娘さんのルーシー、不良になった息子さんのジャック。そんな可愛い二人の子どもに──」
自らベレッタの銃口に、ひたいを擦り付ける。
マクレーンは咄嗟に、照準は合わせたまま半歩下がって離れた。
「──二度も守った奥さん」
思わずマクレーンは、動揺から息を飲んでしまった。
「でもマクレーンおじさんは、全部失くしちゃった」
「──ッ!?」
「結婚している人って、左手の薬指に指輪をはめているんだよね」
グリップを握る、左手の薬指をつい見てしまう。
彼の視線の動きを見て、ヘンゼルはニコッと笑った。
タイに来た時に、売店の店員にも離婚を看破されていた。
その事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……クソッタレ。分かりやす過ぎんだ俺は……」
「それでもマクレーンおじさんは、バーであんなに楽しそうに家族の事を話してくれた。口は悪くても、やっぱり優しいんだ」
「……あんまり、俺の事を知った風に言うんじゃねぇぞ」
ヘンゼルは不気味な微笑みを浮かべながら、S&W M60をマクレーンに向けた。
「ッ!? てめ……ッ!?」
「じゃあ、撃ってみて」
「なんだと……!?」
お互いの銃口が、お互いに向けられた。
「おじさんはまだ家族が好きで、もう一度戻りたいんだ?」
「……黙りやがれ」
「ねぇ、教えてよ。子どもがいるって、どんな感じなの?」
「黙れってんだ」
「愛してる? 可愛い? ずっと触っていたい?」
「おい、いい加減にしろ」
「僕らがルーシーとジャックに見えるほど?」
「こんのッ……!」
「そんな拳銃の引き金も引けないくらいに?」
「……ッッ!」
ヘンゼルはM60の引き金に指をかける。
「羨ましいなぁ、ルーシーもジャックも、奥さんも」
薄暗がりの中で見たヘンゼルの表情は、溌剌とした笑顔。
「──マクレーンおじさんのその愛情を、僕らが奪いたかったなぁ」
いつの間にか、ずっと鳴っていたハズの銃声が止んでいた。
そしてマクレーンの脳裏に何度も繰り返し流される光景。
破壊された旅客機。
燃え盛る雪上。
ボロボロになった人形。
誰にも救えなかった。
そうだ。この二人もまた、「誰にも救えなかった末路」。
当たり前さえ、望めなかった子ども。
「──でも無理だよね。だから僕たちは、マクレーンおじさんを殺したいんだ。殺して、永遠に僕らの命になって貰うんだ」
「……違うんだ、違う……」
「撃ってよ。死なないから大丈夫だよ。でも僕は殺すよ。殺し続けるんだ。ほら、撃てる?」
「やめろ、黙れ、黙れ……ッ!」
拳銃を握る手が、震え出す。
引き金にかけていた指が、外れそうになる。
「撃つんだ、撃つんだよオイ……ッ!!」
それを確認したヘンゼルは、マクレーンとは逆の事をした。
しっかり照準を合わせ、引き金を引こうとする。
「これからは永遠に一緒だよ」
次に告げた言葉は、最後の言葉のつもりだった。
感謝の言葉だ。
「出会ってくれて、追いかけてくれてありがとう。美味しかったよ、『グレープフルーツジュース』」
マクレーンはパッと、目を見開いた。
俯きそうになった顔が、再びヘンゼルの方へ上がる。
「……お前……」
確か、ヘンゼルに奢ったジュースは────
「……『グレーテル』か?」
「……え?」
今度はヘンゼルが、驚く番だ。
引き金を引こうとした指が、止まる。
マクレーンもだった。
顔を上げた時に、部屋の奥から迫る人影に気が付く。
「……ッ!?」
闇から現れたその人影は、二つの銃口を二人に向けた。
「オぉお!?」
「ッ!!」
マクレーンが床に伏せたと同時に、襲撃者は躊躇なく弾丸を浴びせる。
ヘンゼルはマクレーンの行動を見ての反射で、同じく床に伏せる。
銃弾は二人に当たる事はなかった。
「あぁ! 待ってよぉ!」
しかしその状態でも、ヘンゼルはマクレーンを殺そうとM60を向け、撃った。
すかさず床を這いながら机の下に潜り、何とか回避する。
二人の姿が暫し見えなくなり、襲撃者は発砲をやめた。
「あぁ、最高だ。クソを流せて、金も貰えんだ」
聞き覚えのある、女の声。
マクレーンは机の角より、その人物の方へ目を向けた。
「てめぇ、オカジマん所の……!?」
「久しぶりぃ。あのクソメイドの件以来だよなぁ、ジョン・マクレーン刑事さん」
二挺のベレッタを構えた女とは、レヴィだ。
立ちはだかる椅子を蹴り飛ばし、マクレーンとヘンゼルに近付く。
「なんで躊躇してんだぁ? この街じゃ、躊躇は死だぜ? そーゆーのは警察じゃ教わんねぇのかぁ? 本当に何十人もテロリスト殺して来たのか?」
「あぶねぇだろぉおッ!? 俺も殺す気かぁ!?」
「そうに決まってんだろ」
「は?……うぅおッ!?」
レヴィは再び、引き金を引く。
銃弾は間違いなく、マクレーンのいる机の方へ放たれた。
冗談ではない、本当に殺す気だと示す為に。
「堕ちて来いよ。ここはゾンビの街だ。生者とクソガキは、血ドロでファックされんのが似合ってるぜ」
暗く、漆黒に染め上げられた瞳が、殺意に黒光る。
レヴィは淡々と、目の前の標的を殺すつもりだ。
裏口に回っていた、黒人の男。
M1ガーランドを持ちながら、ビルに近付く。
先ほどまで断続的に響いていた銃声が、消えた。
「クソぉ……殺しちまったか?」
出遅れた事を後悔しながら、バンと日本車のセダンを通り抜ける。
その時にふと見た、バンの上面。つまり、ルーフパネル。
なぜか厚めのクッションが添え付けられていた。
「なんだぁ? 車の上で寝るのか? イタリア野郎の考えるこたぁ、分からねぇ」
あまり深く考えず、裏口から侵入する。
喧騒の後とは思えないほど、辺りは静まり返っていた。
男は生唾を飲みながら、階段を登って二階に行く。
二階に着いた時、フロアいっぱいに立ち込める妙な匂いに顔を顰めた。
「うぉ……!? なんだこりゃ? ガス漏れかぁ?」
鼻をつく、息苦しい匂い。
仮にガスなら発砲は危険だと考えながら、匂いの原因を探りに廊下に出る。
少し進んだ所で、目を疑う惨状に直面した。
「なに……!?」
廊下に倒れ伏す、見覚えのある男たち。
そして弾痕まみれの壁と扉、割れ放題の窓。
水溜りのように床に広がる、血。
男は辺りを警戒しながら、仲間の側による。
「……何人か生きてるな」
半数が死体となっていたが、重傷だが死を免れた者もいる。
男は生存者に駆け寄り、話しかけた。
「おい! どうした!? イタリア野郎にやられたか!?」
「ぅ……ぐぅ……クソ、クソ……!」
「病院に送ってやる! まず、敵がどこにいるとか色々──」
チラリと、顔を上げた先は、一つの部屋の中。
開け放たれた扉のその先を見て、彼は絶句した。
「…………マジかよ……おい、嘘だろ……!?」
「つ、連れて逃げてくれぇ……! 動けねぇんだよぉ……!」
「む、無理だ、ふざけんな!」
男は振り返り、来た道を戻って逃げようとする。
だが、立ち上がった時、グサリと何かを脳天に突き刺された。
「────ぁ?」
「慌てん坊さん。自分から刺さりに来ちゃった」
今際の際に見た光景は、ナイフを持つグレーテルの姿。
男は絶命し、パタリと廊下に倒れる。
その様を見た、重傷の殺し屋は狂ったように命乞いをする。
「ゆ、許してくれよぉ〜ッ!? 動けねぇんだぁ!?」
「動けないのは当たり前よ。脊髄を割っちゃったもの」
「嫌だぁぁぁぁッ!! 死にたくねぇぇええッ!!」
必死にもがく彼をよそ目に、グレーテルは満足げな表情で部屋を覗く。
「準備は万端。あとはロシア人を待つだけってね?」
中には撒かれたガソリンと、信管と無線装置に繋がれた数多のC4爆弾。
グレーテルは手中にある、起爆スイッチを撫でた。
「みんな死ぬ。みんな死ぬのよ」
三階から響く銃声に気が付き、顔を上げる。