DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
マクレーンは一息吸い込んでから、机から身体を出す。
照準を一瞬で合わせ、レヴィへ発砲。
「クソッタレぇッ!! 横槍入れやがってッ!!」
しかし攻撃のタイミングは読まれていたようで、既にソファの裏へ伏せられていた。
弾丸は虚しく、部屋の壁に当たる。
「あたしには撃つんだなぁ。YEAH、それで良いんだよ」
ソファの側面から前のめりの姿勢で飛び出すレヴィ。
身体を晒したと同時に、二挺のベレッタが吼える。
「ううぇ!? クソッ!」
無茶な姿勢での射撃だと言うのに、照準は的確だ。
マクレーンの隠れている机へガンガン銃弾を差し向ける。
「なんであんな、ドタバタ動いて正確なんだぁ!?」
レヴィの腕には、悪魔でも宿っているのか。そう思えるほど、精密だ。
真っ正面からやり合えば、負けるのはマクレーンの方だとも考えてしまう。
だからと言って、億劫になって隠れていてもいずれ迫られる。
マクレーンは何とか反撃を試みるものの、縦横無尽に動き回るレヴィに当てられない。
「なんだなんだぁ? んなヘロヘロな撃ち方は。ホントに刑事か? なぁ、ナカトミビルの英雄さんよぉ! テレビで言ってたのは全部ウソって訳かぁ?」
「おぉ、言ってろぉい、クソ女ッ! 今からてめぇのパーな頭に、一発カマしてやるッ!!」
レヴィは愉快そうに、ケタケタと笑う。
「そりゃそりゃ殊勝なこったぁ。優しいあたしは忠告してやるが……カマす前に、あんたのファンボーイにカマ掘られねぇようになぁ」
「なに?……うぅおっ!?」
自分の鼻先を掠めた、一発の弾丸。
飛んで来た方向を見ると、M60を構えたヘンゼルの姿。
至極、楽しげな表情で引き金を引いている。
「待ってって言ったのになぁ……ねぇ、お願いだからそこで待っててよ」
マクレーンを殺そうとする存在は、レヴィだけではない。
その事を再度思い出し、冷や汗をかく。そして肝を冷やす。
「……マジで今日、死んだかもしれねぇな」
このままこの場に留まっては、ヘンゼルに射殺されるだけだ。
だからと言って彼から逃げれば、レヴィの真っ正面に立ってしまう。
逃げるのなら、双方の中央。
マクレーンはレヴィに身体を晒す事を覚悟した上で、机の上に乗って、そのまま駆け出す。
「姿見せたなぁぁッ!! ジョン・マクレーンッ!!」
「もぉっ! 言う事を聞いてよ、おじさん!」
並べられた机の上を走り抜ける彼目掛け、左右から顔を出したレヴィとヘンゼルが銃口を向けた。
マクレーンはただ、愛銃を掲げて叫ぶだけ。
「クソッタレぇぇぇぇぇええッッ!!!!」
その叫びが合図かのように、三者は一斉に引き金を引いた。
9mmパラベラムと.38スペシャルの雨が横殴りで降る。
レヴィはマクレーンに合わせ、彼を追うように走りつつ二挺のベレッタで撃ち続ける。
対してヘンゼルはその場から動かず、離れて行く彼の背中目掛けてM60のトリガーを引き続けた。
弾丸は静物を破壊しつつ、一人の獲物を追い続ける。
「逃げんじゃねぇッ!! 腕撃たれた借りを返してやるッ!!」
「あれはそっちから始めたツケって事で片付いただろうがぁッ!!」
「姉御の取り決めなんざ、あたしに関係ねぇえんだよぉおッ!!」
その獲物たるマクレーンは机の上を走ったり、飛び移ったりを繰り返し、回避を続けた。
照準を合わせる事など一切考えず、ただただ牽制の為に撃つ。
「……邪魔だなぁ、あの女」
しかし、ヘンゼルとレヴィは組んでいる訳ではない。
彼女にマクレーンが殺されかねないと判断したヘンゼルは、レヴィに対しても射撃を開始。
「うおっと……あのエロガキ、あたしにも発情したってか?」
二挺の内の一挺を、ヘンゼルへ向ける。
マクレーンとヘンゼルとを交互に狙いながら、器用に撃って行く。
その内、誰が撃ったのか分からない一発の銃弾が、マクレーンの脇腹の薄皮をめくった。
「ぇおッ!?」
突然の痛みに驚き、足がもつれた。
姿勢を維持出来ず、彼はそのまま床へと盛大に転んで落っこちる。
その間、突如としてヘンゼルは射撃をやめて遮蔽物に引っ込んだ。
M60のシリンダーにあるだけの銃弾を、撃ち尽くしたらしい。
「………………」
弾の補充を、なぜかしないヘンゼル。
寧ろ持っていたM60を、懐のホルスターに戻した。
「……決めた。あの女から殺そう」
代わりに取り出した物は、二つの手斧だった。
一方、机の下に落ちて姿を消したマクレーン。
「……くぁあ、イデェ……! どっぢの
受け身を取ったが鼻を打ってしまい、蹲いながら鼻濁音で悪態つく。
間抜けに鼻血を出し、脇腹から漏れる鮮血を押さえて止める。
「……お? あ?」
パッと左手を見やると、握っていたハズのベレッタがない。転んだ時に、落っことしたらしい。
と言っても、そんな離れた位置に落ちてはいない。
ちょっと腕を伸ばせば取れる場所に、ベレッタはあった。
「おおっとぉ! やべやべ……!」
即座に回収しようとするマクレーン。
だが、先ほどから鳴り続けていた銃声が、段々と近付いていると気付く。
「ッ!?」
レヴィは机を踏み台にし、高く飛び上がった。
空中で身体を捻り、銃口を真下に向ける。
その射線の先に倒れているのは、勿論マクレーン。
「おおおお!?!?」
いち早く勘付いたマクレーンは、横にゴロゴロ転がり、天から降り注ぐ銃弾を回避。
レヴィは勢いのままマクレーンを飛び越し、向こうの作業机の下に降りた。
降りたと同時に、再び彼の倒れていた位置へ走る。
「逃さねぇぞ、アメリカンコップ」
机上に乗りつつ、ベレッタの弾倉を入れ替える。
弾数は十分、弾切れで獲物を取り逃す失態だけはしない。
気息奄々ながら命拾いしたマクレーンだが、取り戻そうとしたベレッタとは寧ろ離れてしまった。
再び取りに行こうとした時には、レヴィは彼の間近くまで迫っている。
「猿みてぇにピョンピョン跳ねやがる……!!」
マクレーンはベレッタの回収を諦め、机の下を潜り抜けレヴィと入れ違いになろうとする。
机上から、彼のいた場所に戻るレヴィ。
そこにはマクレーンの持っていたベレッタしかないと気付くと、足を角に引っ掛け上半身を逆さにし、机の下を覗く。
思惑通りに床を這いずり回っていたマクレーンへ、二つの銃口を向けた。
「すばしっこい野郎だ。鉛のチケットやるから、こいつでマンハッタンに帰りな」
二挺のベレッタを交互に撃ち、まるでマシンガンのような弾幕を注ぐ。
銃弾は机や椅子の脚を破壊し、転がるように這うマクレーンを撃ち抜かんと襲い来る。
「ラストマン・スタンディングのスミスみてぇにドカドカ撃ちやがって……!」
頭に来たマクレーン。
とうとう、もう一つあるホルスターのポケットより、「あの銃」を取り出した。
弾が向かって来る中で、意を決して仰向けに寝たマクレーン。
上半身だけを起こし、両手でしっかり構えた────
「てめぇのモンだろ、返すぜッ!! 弾だけをよぉーーッ!!」
────ルガー・スペシャルを撃ち放つ。
「はぁッ!?」
それまで鳴り続けていた銃声を食うような爆発音と共に、ルガーの銃口が文字通り火を噴いた。
マクレーンがまだ銃を持っていたと気付いたレヴィは瞬時に射撃をやめ、身体を戻す。
後頭部で括っていた一房の髪を、454カスール弾が貫く。
一方のマクレーンは、とんでもない反動で手をビリビリ痺れさせていた。
「イ〜チチチチチ……! やっぱ無理だぁ、重過ぎる……すぐに撃てねぇ」
レヴィの追撃を止めただけでも、儲け物だ。
脇腹からの出血で、すっかり赤くなったシャツを引き摺りながら、彼女から距離を取る。
顔を上げたレヴィはまず、舌打ちをかます。
「あのルガー、あたしが持って来たモンじゃねぇか!? クソ、多分ロックの野郎だ……! あいつ、男に貢ぐバカ女みてぇにホイホイ渡しやがって……!」
ならば次は、マクレーンの前に回り込むしかない。
そう考えたレヴィは即座に立ち上がる。
だが、思い通りに行かなかった。
「……ッ! うわっ!?」
ふと顔を上げると、こちらに飛び込むヘンゼルの姿。
レヴィは身体を逸らし、彼の攻撃を躱す。
眼前を、血で汚れた斧が通る。
「マクレーンおじさんが、こっちを見てくれないからさ」
「クソがぁああッ!!」
躱した同時に、ベレッタを撃つ。
相手もまた、マクレーン以上に俊敏だ。即座に身体を落として射線から逃れ、横振りで刃先を差し向ける。
攻撃の気配を察していたレヴィ。
曲げていた膝を伸ばして飛び上がり、寸前で回避する。
「ハジキに斧で向かおうなんざ、間抜けかぁ!?」
その状態で引き金を引こうとするも、後退したまま戻らないスライドを見て指を離す。
「……間抜け、かよ」
言わずもがな、弾切れによるスライド・ストップ。
ヘンゼルは、レヴィが撃ち尽くしたタイミングを見計らって、襲って来たようだ。
「撃ち過ぎだファックッ!!」
机と机とを飛んで、ひとまずヘンゼルから離れようとする。
だがヘンゼルは、レヴィを狙っている。
斧を構え、彼女と同じ挙動で迫る。
「DAM, DAM, Fuck!!!!」
ベレッタを一挺だけホルスターに戻し、空いた右手で弾倉を取る。
空の弾倉を排出し、予備の物と入れ替えようとした。
予想外なのは、ヘンゼルの身体能力だ。彼は軽々と斧を振り回しながら、もうレヴィの真後ろにまで来ていた。
「その邪魔そうな胸を切らせてよ」
レヴィは逃走をやめ、なんと彼の方へ振り返る。
どうせ逃げ切れないなら、不意打ちで迎撃するしかない。彼女なりの判断だ。
丁度、眼前まで迫っていたヘンゼルの顔面目掛け、蹴り上げた。
「Oh, Shit……」
しかしヘンゼルは、ちょっと上半身を反らしただけで、キックを回避。
攻撃は読まれていた。
「惜しいね」
「しくじった……!」
空振りした彼女の足をすり抜け、ヘンゼルは右手の斧を掲げる。
姿勢のせいで、もう逃げられない。
弾倉は挿入したが、初弾は薬室にない。
レヴィは息を飲み、これから来るであろう苦痛を覚悟した。
「俺を忘れんじゃねぇーーッ!!」
ルガーを構えたマクレーンが、叫びながら引き金を引く。
発射された銃弾は、上手くヘンゼルの斧の柄に着弾。
面白いように斧を一本、へし折ってやった。
「……ッ!?」
「ヒーーットォッ!! ハンク・アーロン賞は俺のモンだなぁッ!!」
見れば顔だけ出したマクレーンは机に腕や肘を乗せ、ライフルを撃つような供託射撃の姿勢で、ルガーを構えていた。
ヘンゼルとレヴィが戦っている内にゆっくりと、照準を合わせていたようだ。
「……あぁ、クソ最悪だ」
レヴィはスライドを引き、装填を完了する。
「助けやがったな、あのクソ野郎が……!」
射撃準備が整ったベレッタを構え、目の前にいるヘンゼルに向ける。
「あはははは……!!」
笑いながらも、状況が不利になったと察したヘンゼルは、倒れ込むように床へ逃げる。
同時に、先ほどまで彼の頭があった場所に、レヴィの銃弾が通り過ぎた。
「殺してやるクソガキぃぃッ!!」
机の下で倒れたままのヘンゼルに照準を合わせ、引き金を引く。
「やっぱり凄いや、マクレーンおじさんは!」
ヘンゼルは机の角を掴み、思い切り引いて倒し、盾にした。
発射された9mm弾は、机の台が受け止めてしまう。
その間マクレーンは、落としたベレッタを回収していた。
慣れ親しんだそれを構え、机の裏に潜むヘンゼルを狙う。
「撃て撃て撃て撃て…………!」
やっと放った、一発の銃弾。
それはヘンゼルの頭とは、かなり離れた位置に着弾した。
「こっちも楽しそうね」
この三者による攻防戦は、突然終わりを迎えた。
騒ぎを聞きつけたグレーテルが、BARを構えて部屋に突撃して来たからだ。
銃口は、机より上にいるレヴィとマクレーンに向けられている。
「うげっ!? 来やがった!!」
「……ッ!? あー、こんちくしょうッ!! やられてんじゃねぇかボンクラどもがぁッ!!」
レヴィは連れて来た殺し屋たちが全滅した事を把握する。
グレーテルの存在に両者が気付いた直後、無数の7.62mm弾が発射された。
これまでと同じように、ある物全てを破壊する。
コピー紙やデスクスタンドが吹き飛び、窓は割れ、硝煙が立ち込める。
レヴィとマクレーンは必死に駆け、薄い遮蔽物なら容赦なく貫通する銃弾から逃げた。
「エダからBARの事聞いといて正解だぜクソ……!!」
あまりの猛攻に、レヴィとて追撃出来ない。部屋の奥に逃げるだけだ。
それはマクレーンにも言えた事。
姿勢を下げ、弾をやり過ごす。レヴィとはアプローチが違うものの、効果的な回避方法だった。
「兄様!」
BARを撃ちながら、ヘンゼルへ呼びかける。
応じるかのように、グレーテルの方へ戻る彼の姿があった。
「殺せていないようね」
「邪魔が入ったんだ、姉様。もう少しで殺せたのに」
「こっちは七人も殺したわ!」
「凄いよ姉様! 羨ましいなぁ」
二人は無事を確かめ合うように、互いに軽い口付けを交わす。
「準備は万端よ。それにそろそろ来ちゃうわ。さっき、見えたもの」
「それは残念だ。仕方ない」
「えぇ、仕方ないわ」
部屋から出て行く二人の姿。
彼らの後ろ姿を見て、マクレーンは叫ぶ。
「待ちやがれ……! 絶対に逃がさせねぇ……!!」
彼の視線に気付いたグレーテルは振り返る。
意味深長な微笑みを浮かべ、ポケットから取り出した物を見せ付けた。
「大丈夫、また会えるわ。マクレーンおじさんが私たちを求めるなら、必ず」
その物とは、小さな人形だった。
すぐにグレーテルは前へ向き直り、ヘンゼルと仲良く姿を消す。
「待て……!! 待つんだクソッ!!」
マクレーンは疲弊し切った身体に鞭打ち、走る。
どこまでも双子を追うつもりだった。
対して、一人残されたレヴィ。
窓際に座り込み、隙を窺っていた。
「クソッ、クソ……! 人生最高に間抜けだぜ……! ファックするどころか、されるところだった……!」
銃の状態を見ながら、再び双子とマクレーンを追わんと立ち上がる。
しかし、ふと目を向けた窓の外を見て、一瞬でその気持ちが変わる事となった。
「うっ……!? あぁ、クソッ! もう来てたのか……!!」
窓の向こうは、ビルの裏手だ。
そのまた向かいにあるビルの屋上より、何かが一瞬だけチカッと光る。
「……あたしももう、潮時ってか。無駄骨だ、クソが……!」
状況を把握した彼女は、双子もマクレーンの追跡を停止し、来た道を戻り始めた。
レヴィが撤退を取り決めたのも無理はない。
「おい。今、反射したんじゃないのか? 街灯があるんだ、気を付けろ」
「すまない。もう大丈夫だ」
ビルの裏手にある、もう一つのビル。
その屋上には、狙撃銃を構えた男と
観測手は双眼鏡を覗き、ビルの様子を逐一確認している。
傍らに持っていた、無線機から声が流れた。
『ラボチェク班、ポイントに到着』
即座に観測手は無線機を取り、準備の完了を報告する。
「こちら、ロボロフスキ班。狙撃準備は完了。あとは標的が出てくるのを待つだけです」
彼らの無線を聞く、バラライカ。
彼女を乗せた車は、ビルの表通りにまで来ていた。
「そのまま待機しろ。他の班は作戦通り、表通りに集合。襲撃を始める
無線機から「了解」を伝えるロシア語が何度か流れ、バラライカは満足げにマイクから口を離す。
隣に控えるボリスが、心配そうに話しかけた。
「……本当に、突撃はしない方向で?」
「双子がまず襲った、ヴェロッキオ・ファミリーの武器庫だが……ラグーン商会の話と照らし合わせる限り、大量のC4を抱えていたようだ」
「そんな物を、ヴェロッキオらはなぜ?」
「双子に私を殺させた後、戦争でもするつもりだったのだろう。まぁ、当の本人が死んだ今。真意はこの際、不要だ」
「双子は奪ったC4を、ビルに仕掛けていると」
「あぁ。間違いない。奴ら、我々を巻き込んでフィナーレの花火を上げるつもりらしい」
車窓から、ビルを眺める。
さっきまで断続的に響いていた銃声は止み、一転して静まり返っていた。
「ワトサップらが向かっていると聞いたが」
「分隊が妨害に回っておりますが、長くは保たないでしょう。やるなら、今です」
「……よし」
バラライカは再び、無線機を口に近付ける。
「戦争だ、同志諸君。亡き戦友サハロフ上等兵へ、慰めの弔銃をあげてやろう」
その命令と同時に、数多の銃弾がビルへと撃ち込まれ始めた。