DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
署長室に、セーンサックが入る。
それだけで何が起きたのか、ワトサップには理解出来た。
「来たか?」
溜め息混じりに頷いてみせる。
「待合室で待たせてる」
「どんな見た目だ?」
「ユル・ブリンナーがアル中になったみてぇな顔してますぜ」
「頭悪そうか?」
「来て早々言ったのが、『喫煙所どこですか?』。しかもコーラの空き瓶片手に、ドナルド・ダックが張り付いたボストンバッグとヨレヨレのシャツ。密入国者かと思ったぜ」
思わずワトサップは吹き出してしまった。
想像しただけで間抜けな風貌だったからだ。
「まぁ、なんですか。女神のお膝元からクソみてぇな僻地に飛ばされた奴だ。とんだ無能でしょうよ」
「全く、ヒヤヒヤしたぜ。エリオット・ネスが来るんじゃねぇかってな」
「名前は聞いてますか?」
「通知に紹介されていた。ジョン・マクレーンって
椅子からのっそりとワトサップは立ち上がり、署長室を出る。
その彼の後をセーンサックが付いて行く形で、二人は待合室にいるマクレーンの元へ向かう。
「どんな間抜け面か拝んでやるぜ」
「すっとぼけた顔でしたよ」
「しかし刑事には違いない。署内にいる間は奴のケツ持ちして見張ってろ」
「言わんでも全員、そうしますっての」
「俺の部下は有能ばかりでいいぜ。
「馬鹿言わんでください」
廊下の角を曲がり、談笑する警官らとすれ違う。
ワトサップはサングラス越しに彼らの背中を睨みつけ、ぐちる。
「俺はこの署のなんだ?」
「キングです」
「見ろ。キングとすれ違ったのに、挨拶も無しだ。俺をチェ・ゲバラにしてくれねぇのか?」
「あんたがゲバラになれるんなら我々はラーマ九世になれますぜ」
「はっはっ。笑えねぇ」
待合室が見えて来た。
大して来訪者が来ない為、いつも客席はがらんとしている。
「しかしジョン・マクレーンね。向こうでの階級は?」
「警部補って階級だそうで」
「タイ警察で言うと?」
「えぇと……警察少尉辺りか」
「永遠の中間管理職って感じだな。いかにも冴えねぇ」
「しかしジョン・マクレーンか……」
セーンサックは髪を掻きながら、頭の中で引っかかったものを取り出そうと唸っていた。
「どっかで聞いた覚えがあるんですが」
「奇遇だなセーンサック中尉。俺も聞き覚えがあるんだ」
「なんかの映画でしたっけ?」
「コマンドーか?」
「あれはジョンはジョンでも、メイトリックスでしたぜ」
「まぁ、お互い気のせいだろ」
「そうっすね。んじゃ、いざ邂逅と行きましょ」
二人が待合室に入る。
人のいないそこで、制服を着ていない冴えない男一人を見つけるのは、あまりにも簡単だった。
床に据え付けられた椅子に座り、ぼんやりタバコを吸っているマクレーンがいた
二人は目を見合わせて小馬鹿にした薄ら笑いをした後に、彼の方へ歩み寄る。
「あんたがマクレーン少尉で?」
ワトサップが声をかけると、彼は大慌てでタバコを吸い殻入れに突っ込み、立ち上がる。
「えぇ、視察員のジョン・マクレーンです……あー、少尉?」
「タイ王国警察で警部補とやらは、
「タイ警察の階級は軍みたいでしたっけ」
「慣れ親しんだ方で呼びたくてね。そして俺は、
握手を求めるマクレーンだが、二人は無反応を気取った。
わざとなのか文化なのかと、判断しかねているマクレーンに、セーンサックが嫌みったらしく話しかける。
「タイ人は不浄が嫌いなんだ。脂ぎったその手に触れたくないね。あんたの手からハンバーガーかターキーの匂いがするぜ? マクドナルドかケンタッキー寄ったか?」
ワトサップが目で窘めるものの、彼は言ってやったと口元を綻ばせる。
言われるだけ言われ、思わずマクレーンは鼻で笑った。
握手の拒否は文化ではないと分かり、当惑は消え去る。
「アメリカ人は口臭にうるさいって知りませんか? おたくが喋るたびにエビ臭いんだ。トムヤムクン食ったか? 俺の手の匂いを嗅げたのに、自分の口の匂いは嗅ぎ取れませんのでしたですか? ミントガム噛むですか?」
無駄に丁寧な言葉を選んで煽るなど予想以上に饒舌なマクレーンに、セーンサックは若干の驚きから、訝しげに彼を見ていた。
そのやり取りを見ていたワトサップは愉快に思えたようで、手を叩いて口を開けて笑う。
「マクレーン少尉、気にしないでくれ。連日の仕事で彼、オープンシーズンの雌鹿みてぇに敏感になっていてな」
セーンサックは勘弁してくれよと言いたげに目線を逸らした。
「あんただって、ニコチンが足らなかったら同じようになるだろ?」
「まぁ、そうですね」
「これも親しさって事にしといてくれ。さぁ、署内を案内する。付いて来い……あぁ、セーンサック。お前は仕事に戻って良いぜ」
「クソ……了解です」
苛立だしげに二人を見やりながら、セーンサックは自分の持ち場に戻る。
立ち去る彼を得意げに眺めていたマクレーンだが、ワトサップに肩を叩かれ、彼の方に注意を戻した。
「それで視察ってのは、どこまでするんだ? 囚人相手じゃあるまいし、ケツの穴までは確認しねぇよなぁ」
「事前に送った速達通りですよ。まずは全員の勤務態度を見てから、ちょっとアドバイスしてバンコク本庁に報告しておしまいです」
「多忙だなぁ。経験ありそうだ、刑事になって何年目?」
「二十三年目になります。二◯◯七年には、とうとう三十年目の予定です」
「ほぉ。ウチの古株と同じくらいか」
廊下を歩き、一通り部署や設備を見て回る。
警官たちとすれ違うたびに、マクレーンは違和感を覚えていた。
「どうにも視線を感じますねぇ」
「ニューヨークからの客だ。みんな気になっているだけだ」
「ロアナプラの人間は外国人慣れしていると思っていたんですがね。さっきも黒人やロシア人を見た」
「署の外でしょっ引くのと、署の中を歩かせているとじゃ全く違うだろ」
「まぁそうか」
納得したマクレーンは、それからは視線を無視出来た。
一方のワトサップは、彼がなかなか勘の利く人間だと気付き、曲がりにも刑事なのだと思い知らされた。
「下宿先は?」
「まだ見つけていませんが」
「そこらのモーテルはやめた方がいい。控えめに言ってクソだ。異臭、騒音、害虫、害獣、割高。クソのロイヤルストレートフラッシュだ」
「良い所はありますか?」
「街中に行けばまだマシなホテルがある。外国人労働者を多く受け入れているから、下宿屋も多い」
「ほぉー」
「まぁ、スイッ・パーク・ワーマイタウ・ター・ヘン」
「え? なんですって?」
「
「あぁ……
それからは交通課、警務課、留置所、武器保管庫を確認し、また待合室へ戻る。
今日は案内のみで、視察はまた明日からだ。
案内口に置かれていたアルコールを取ると、マクレーンは手に吹きかけた。
「なにやってんだ?」
「潔癖症のタイ警察さんと握手する為に、除菌してんですよ」
「まだ根に持ってんのか。あれは中尉なりのジョークだ」
シニカルな笑みを浮かべ、マクレーンはアルコールが乾き切っていない手を、ワトサップに差し出す。
「こう見えて引き摺るタイプなんでね」
全く愛想を窺えない微笑みを作ってから、ワトサップは彼の手を取って握手を交わした。
「あと、聞きたい事があんです」
「聞きたい事?」
「行きしなに、住民に言われたんだ。この街には掟があるってな。何か、ご存知で?」
折角作った微笑みを崩し、彼はアルコール塗れの手から離れる。
「……ゴン・カウィアン・ガム・ガウィアン」
「それはどう言う意味で?」
上目遣いでサングラスの隙間から、マクレーンを睨み付けた。
曇った瞳だ。この世の底を覗いて来たかのような眼差し。
「
「なに?」
「罪はタイヤとスポークみてぇに付いて来るって意味だよ。『罪業は罪業で報われる』って言葉にもなる」
「つまり……
ワトサップはそこで、やっと楽しげに笑った。
「その通りだ。やられたら、絶対の報復が待っている。それが掟だ」
「ゴッド・ファーザーですか? タイかと思えば、俺はまだニューヨークにいたんですかね?」
「あんまりそう言う口を、街中で言わないこった」
彼はそれから何も言わず、手を差し出して出口へ行けと促す。
マクレーンはバッグを持ち上げ、何度も訝しげにワトサップへ振り返りながら、ロアナプラ警察署を出て行った。
扉が閉まったと同時に、セーンサックがまた現れる。
「カウボーイ気取りはどんな奴で?」
「見た目は惚けた奴だが、馬鹿ではなさそうだ。注意するに越した事はないな」
「万が一に気付かれたらどうします?」
ワトサップはまたどんよりとした目で、マクレーンが出て行った扉を睨む。
「地獄に堕としてやりゃあイイ」
セーンサックは頷き、意地の悪さを窺えるようなしたり顔を見せた。
落日を迎えつつある空を見上げて次に、彼女は死んだ目で街を見下ろす。
そこは街の高台にある道路だ。
ありとあらゆるものが暮れ泥む様子を、十分に眺められる。
「……それで、あっち側は?」
隣の席に座っている、右のひたいから左頬にかけての長い傷痕が特徴的な大男に尋ねる。
言語はロシア語だ。
その声は突き刺すように冷たい。
「交渉には前向きですが、どうにもこっちに従順過ぎる。もう少し、躍起になっても良いとは思いますが」
「
「そう言うことになりますか」
「引っかかるな。まだこちらが『ディスク』を受け取っていないと気付かれたかもしれん」
「……密告されたと言う事でありますか?」
女は見た目こそ御誂え向きのビジネスウーマンだ。
だがサメのように濁った瞳と、右顔面に剥き出した火傷痕が、堅気の者ではないと警告している。
「この件を知っている者は多くはない。イタリア、中国、コロンビア……」
「その中で日本企業にパイプを持っているのは、
「聞き出す必要があるな」
「早速、調べさせます」
男は携帯電話を取り出し、仲間に命令を送る。
その最中、また女は車窓から街を見下ろした。
「……ワトサップが言っていたが」
男が電話を切ったタイミングで、再び尋ねた。
「アメリカから刑事が視察に来たって?」
「えぇ。こちらに自粛を求めて来ました……自分がこの街を仕切っていると勘違いしているな」
「この街の事は既に米国も把握している。今更よそ者のコップを気にする必要はないさ」
「同感です、大尉殿」
男はそのまま、「あと」と付け加えた。
「その刑事についても、経歴を取り寄せられました。CIAの線がないか裏を取りたかったもので」
「結果は?」
「正真正銘、ニューヨーク市警の……一時はロサンゼルス市警にいたようですが、CIAと何の関係もない男です。寧ろ問題だらけの、不良刑事だ」
「なら放っておいても構わない」
「ただ、普通じゃない経歴が三度あります。そこが少し注意かと」
「普通じゃない?」
女は葉巻を咥え、火を灯す。
煙を吸い込みながら、男の報告の続きを待つ。
「まずは八十八年と、八十九年のクリスマスにそれぞれ米国で起きた事件。もう一つはつい五年前の事件です」
「……ちょうど、我々が『アフガン』より撤退する直前と直後の年か」
「えぇ、懐かしいもので……八十八年の方は強盗グループによる──」
それからは男が読み上げる、刑事の「普通じゃない経歴」を黙って聞いていた。
最初は聞き流しても良いとも思っていたが、それもほんの一瞬。
読み終わる頃には、女の死んだ目に好奇の念が宿っていた。
「……名前は?」
「ジョン・マクレーン、階級は警部補。タイに滞在中は警察少尉の立場になっております」
「……このタイミングで、ロアナプラに来訪?」
「えぇ。私も最初そう思いましたよ、大尉殿」
吸い込んだ煙を、愉快そうにホウっと吐き出す。
「……よほどサディスティックな死神に好かれているようだ」
太陽が地平線に沈み行く様を眺めていた。
街中を練り歩いた挙句、マクレーンは下宿先を見つけられずにいた。
「チクショー! あのデブ署長、デタラメ言いやがって!……こんな街の何が人気なんだ! どこ行っても満席満席満席……」
ロアナプラに着いてから、ほぼ歩いてばかりだ。
そろそろ疲労が限界を迎える。とりあえず休まなければと、酒場でも探す。
「……女房と別れ、タイに飛ばされ、辺境でゾンビダンスか、えぇ? 酒でも飲まねぇとやってられっか……」
市内の方は全くと言っていいほど、宿が取れない。
たった三日ならば安いモーテルでも構わないと考え直し、港の方までやって来ていた。
それでも宿が見つからないので、やさぐれる。
宿より酒場だ。
そう思い、港を歩いていた時に大きな建物が目に映る。
「なんだ? 酒場っぽいな」
派手なライトと、酔っ払いが出て行く様を見て、バーだと判断した。
「空いてそうだな。よし決めたぁ、飲むぞ」
彼はそう決め、店名をよく確認せずにドアを潜ってしまった。
外はもう暗い。夜が訪れる時間。
明るい人工の光に照らされる店の看板には、こう記されていた。
『YELLOWFLAG』
『コマンドー』の製作者と脚本家が、後に『ダイ・ハード』を生み出した。
ダイ・ハードは原作小説を踏襲しつつも、叶わなかったコマンドー続編のプロットも織り込んでいる。
コマンドーとダイ・ハード2にも出てくる架空の国「バル・ベルデ」については、今作では勿論、存在する体で進めます。