DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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I'm Still Standing 1

 マクレーンは必死の形相で、部屋を出る。

 その瞬間、表通りから撃たれた銃弾に慄き、廊下に伏せた。

 

 

「おおぉ!? なんだぁ!? どこのどいつだバカやろぉッ!!」

 

 

 弾幕の合間を縫って、外を確認する。

 ロシア人と思われる男たちが、AK74アサルトライフルで銃撃していた。

 

 しかも全員、どう言う訳か革製の長靴を履き、野戦服を着込んでいる。

 

 

 

 服色は「ツァーリ・グリーン」とも称された、深緑色。

 ソ連軍を象徴する色として取り入れられ、以降は影響を受けた数多の社会主義国家が同じ色の軍服を採用した。

 現在ではキューバ、北朝鮮などがこれを受け継いでいる。

 

 

 

 眼下にはそのツァーリ・グリーンの野戦服に身を包んだ、既に解体したハズの「ソビエト軍」が大挙していた。

 マクレーンは再び窓の下へ隠れながら、呆然と呆気から首を振った。

 

 

「嘘だろよぉ……俺の目の前に、ソ連軍の亡霊がいやがる……」

 

 

 AKの物とは違う上、一際近い銃声が聞こえた。

 廊下の奥を見れば、BARで対抗するグレーテルの姿。傍らにはヘンゼルも控えている。

 

 二人はどんどん、マクレーンから離れて行く。

 

 

「……! 待ちやが……ッ!」

 

 

 窓から飛び込む銃弾に注意を払いながら、双子を追おうとするマクレーン。

 しかし、外から響く甲高いスキール音で、視線が表通りに移る。

 

 

 

 荷台に三脚で支えた「DShk38重機関銃」を搭載する、トラックがやって来た。

 その銃口がジロリと、こちらを睨み付ける。

 

 

「おおぅッ……!? 撃つ気か!?」

 

 

 視線を戻した時には、双子は階段を降りてしまった。

 

 マクレーンは追跡をやめ、すぐ傍にあった部屋に飛び込む。

 最初、ヴェロッキオらとやり合った事務所だ。

 

 

「うぅヤバいヤバいヤバい……!!」

 

 

 それと同時に、マクレーンの場所まで響く、重厚な射撃音が空気を撼わす。

 撃ち放たれた12.7×108mm弾が表通りからビルに突入し、薄い壁を難なく貫通させる。

 

 

「ヒィーッ!! 見境なしかぁッ!? クソロシアンども酒飲んで来やがったなぁ!? あいつら酒しかねぇもんなぁ!!」

 

 

 噴煙と銃声と、壁やガラスの破片が舞い散る中。

 マクレーンは少なからず飛んで来る銃弾に、床を這って回避するしかなかった。

 

 

「だぁ、うぉ……クソッタレーーッ!! ロシアなんか、死ぬまで行かねぇからなチクショーーッ!!」

 

 

 匍匐前進で部屋を進み、奥へ奥へと逃げる。

 やっと銃弾の脅威が減った、裏口方面へと到着した際に、マクレーンは気が付く。

 

 

「な、な、なんだぁ? 裏口は攻撃してねぇのか……!?」

 

 

 怪訝に思いながらも、双子の事に思考をスイッチさせ、そのまま隣の部屋に入る。

 

 ただの肉の塊と化した、ヴェロッキオ・ファミリーの構成員が横たわる事務所だ。

 血と弾痕による惨状を無視しながら、マクレーンは再び廊下に出ようとする。

 

 

「ソ連どもが入って来る前に……!!」

 

 

 事務所を分断する仕切りを越えた時、突然現れた人影と衝突する。

 即座にベレッタを構えるマクレーン。

 

 

「おぉっ!? てめぇ誰だッ!?」

 

「うわっと!?……あぁ!? てめぇ、ジョン・マクレーンッ!?」

 

 

 腫れ上がってはいるが、見覚えある顔。

 視線を上下させ、服装などを加味した上で誰なのかを思い出す。

 

 

「……あん時の野郎かぁ!?」

 

 

 そこにいたのは、モレッティだった。

 両手に手錠をかけられ、服が妙に膨れてはいるが、記憶にある服と一致する。

 

 

「このクソ野郎ッ!! てめぇのせいで、今日は散々だッ!!」

 

「ボコボコのミンチにした事は謝るがなぁ、今は構っていられねぇんだ! 邪魔すんなら、膝に一発ぶちかましてやるぞぉ!」

 

 

 銃口を膝に向けたと同時に、モレッティは態度を一変させて懇願する。

 

 

「待て待て待て待て待て!? わ、分かった、邪魔はしねぇ! だが今は状況が状況なんだぁ!! 頼む、話を聞いてくれぇ!」

 

「邪魔しねぇならそれで良いんだ、ヘロヘロのマカロニ野郎」

 

「こいつ、メシの事しか言わねぇ……!」

 

「どけ。双子を追ってんだ。出来るなら部屋の奥に隠れてろ。話ならその後で──」

 

「その双子がヤベェ事はじめんだよ!!」

 

「……あ?」

 

 

 モレッティは着ていた上着を、捲った。

 

 

「これを見ろ……!!」

 

 

 その下に隠れていた物を見て、マクレーンはすぐに目を剥く。

 やけに膨らんでいたのは、上着の下に巻き付いたソレのせいだ。

 

 

 

 

「…………おい。嘘だろ、なぁ……?」

 

 

 上着の下にあったのは、大型のベスト。

 そのベストには、数多のC4と手榴弾が括り付けられていた。

 

 手榴弾はペンキで彩られ、クリスマスツリーのオーナメントのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車外、アスファルトの中央に、彼女は立っていた。

 星一つない夜空に舞う硝煙と、絶叫が如き銃声を目の当たりにしながら一人、バラライカは無線で指示を送り続ける。

 

 彼女の眼光は鋭利に輝いているが、その面持ちは冷然で冷酷だ。

 そんな相反した彼女の様子は、状況を楽しみながらも、どこか虚ろな印象を与える。

 

 

「弾幕を張り続け、双子を『逃げ道』まで追い立てろ。突撃する構えを装え」

 

 

 一度彼女は、無線機から指を離す。

 伝えるべき事は伝え切った。

 あとは優秀な、自分の同志たちが命令通りに行動してくれる。

 

 すっかり、ヴェロッキオらのオフィスビルは、弾痕とヒビだらけの廃墟と化していた。

 

 

 

 途端、バラライカの携帯電話より着信音が鳴る。

 画面に表示された発信者の名前を見た後、数秒の間を置いて着信を受け入れた。

 

 

「……お祭りに参加したかったの?『(チャン)』」

 

 

 

 

「そう言う訳じゃないさ。今の様子を聞きたくてな」

 

 

 彼女に連絡を入れた人物は、喧騒とは無縁の事務所の中にいた。

 電灯から注ぐ黄金の光を浴びながら、ロアナプラの夜景を眺めている。

 

 

「悪いけど、今取り込み中なの」

 

「だろうな。銃声がスピーカー越しにガンガン来やがる。この電話がイカれたら、そっちに弁償させて良いか?」

 

「そんな馬鹿な事を言う為に電話したなら切るわよ。報告なら事後で構わない?」

 

「まぁまぁ、待て待て。こちとら、街のハンターどもを撹乱してやったんだ。ヴェロッキオらがC4を買った事も教えてやった。この件の関係者として、ちょっと聞くぐらい構わないだろ?」

 

 

 張と呼ばれた男はサングラスをかけた、洒落た風貌の中国人男性だった。

 彼の言う「ちょっと聞くぐらい」とは、何に対する質問だろうかとバラライカは静聴に徹する。

 

 

 

 

「例の『おまわりさん』は?」

 

 

 

 

 言わずもがな、マクレーンを指している。

 バラライカはビルを見渡してから、応えてやった。

 

 

「ここからじゃ分からないわ。それに今、燻しているところなの。煙を吸って、死んじゃったかもしれないわね」

 

「やれやれ、相変わらずだな。しかし伝説の刑事とやらも、とうとう殉職か。キャリアの締めがこれじゃ、殺したテロリストらにも笑われそうだな」

 

「…………わざわざ、私に電話を送るほどの事?」

 

 

 突然、マクレーンの事で電話を入れた張。

 この行動自体が、怪訝に思えて仕方がない。

 

 

「あなたって、無駄話はやりたがらないタイプじゃなかった?」

 

「それはお互い様だ。だが、人ってのは型に嵌らないモンなのさ」

 

「今度は心理学の講義かしら?」

 

「まぁ、ちょっとした気まぐれと捉えてくれ。こう見えて俺は、あの刑事さんのファンなんだ」

 

 

 彼なりのジョークだ。

 

 いつもなら失笑程度も入れられただろうが、今の彼女はピクリとも笑えなかった。

 バラライカの心境を察してか、乾いた笑いをあげたのは向こうからだ。

 

 

「バラライカ。現状、全てはそっちの手の中だ。その通りに行けば、その通りになる。これは秩序ある戦争で、君の言葉を借りるなら『調律された紛争』だ」

 

 

 張は一呼吸置き、続きを告げた。

 

 

「だから心配したんだ。それを乱さんとする奴は片付けたのかってな」

 

「……ヴェロッキオらの巣の中で、派手に鳴いてもらった。一匹で、それも双子のオプション付き。これで生き残れたって言うなら、人間じゃないわ」

 

「そりゃ人間じゃないな。人間と名乗るなら、寧ろ死んでもらわんと困る」

 

「ただ……」

 

 

 言葉を続けるバラライカに、張は些か意外そうな表情を浮かべた。

 

 

「あの男は、とびっきりの『狂人』よ。あの類は、戦場でもなかなか死なない。正直に言うと、死んでいないと思うわ」

 

「こりゃ珍しい、君が個人を持ち上げるとは。しかも美国人(アメリカン)を」

 

「……張。そろそろ良いかしら? 私は今、多忙なの」

 

 

 電話を切ろうとするバラライカ。

 刹那、それを引き留めるかのように、張は言葉を重ねた。

 

 

「経歴は見た。あの刑事は『怪物』かもしれん。戦争を呼び込む、死のサンタさんだ」

 

「………………」

 

「変な男だな。この街で最も相応しく、なのに最も馴染まない。俺は進言しておくぜ。ニューヨークなんざ幾らでも言いくるめられる……だから殺すんなら、一年待ちと言わず、確実にとっととやろう。大変面白い刑事だが、俺らには損だ」

 

 

 結局切ったのは、張の方だった。

 

 

 

 

 

 電話を耳元から離す張。

 窓から背を向け、かけていたサングラスを取る。

 

 

「……って言ったもんだが、会っておきたいのは事実だな。なんてったって、ファンだからな」

 

 

 再び携帯電話を眼前まで待って来て、番号を入力する。

 ワンコールの後、即座に通話状態となった。

 

 

「あぁ、(チョウ)か。ワトサップらに、バラライカの妨害が手薄なルートを教えてやれ。なぁに、構わない。今からじゃ遅いし、向こうの邪魔にもならねぇ」

 

 

 部下が電話越しに、「ならばどうして教えるのですか?」と質問する。

 張は考える素ぶりすら見せず、ニヤッと笑って即答してみせた。

 

 

 

 

「狂った怪物の、『生かせる』確率を上げときたいだけだ。ちょっくら、どう転ぶのか興味が湧いた」

 

 

 

 

 いきなりそう返された周は、意味を良く分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルの二階。すっかり気化したガスで充満するフロア。

 

 

「さぁ兄様、急ぎましょ。ロシア人が入って来るわ」

 

「……そうだね、姉様」

 

 

 飛び込んで来る銃弾に注意しながら、廊下を走る二人。

 途中、床に倒れていた、脊髄を割られた殺し屋が泣いて懇願して来る。

 

 

「なぁあ〜〜!! 助けてくれよぉ〜〜!! まだ死にたく──」

 

 

 彼を見たヘンゼルは突然、持っていた斧で男の頭を割った。

 絶命し、動かなくなる。その様を見たグレーテルは、驚いた顔をしていた。

 

 

「……兄様?」

 

「……ごめんね、姉様。こいつ、うるさくて」

 

 

 斧を引き抜くヘンゼル。

 無表情な彼の横顔に、微かな苛立ちが宿っていると、グレーテルは気付く。

 

 

「……あとちょっとだったんだ。銃を撃って、床に倒してから、こうやって殺すつもりだった」

 

「え?」

 

「どうしても上手く行かないや。マクレーンおじさんを殺すのは。どうせ殺すなら、肉の感触を確かめながら殺したかったよ」

 

 

 自らの手とその目の前で、マクレーンを仕留められなかった事を悔いているようだ。

 グレーテルは少しだけ考え込んだ後に、ふと今朝の「感触」を思い出す。

 

 

 

 頭頂部に宿る、暖かい感触。

 それを想起したグレーテルは、ヘンゼルの頭を撫でてやった。

 

 

 

「……兄様。ほら、元気を出して」

 

「…………姉様?」

 

「マクレーンおじさんには『ヒント』を見せたわ。生き残って、必ず私たちの元に来るハズよ」

 

 

 少し呆然とするヘンゼルに、口付けをしてやる。

 

 

「言ったでしょ? マクレーンおじさんを殺せるのは、私たちだけ」

 

 

 ヘンゼルに宥めの言葉をかけながら、C4だらけの部屋を抜けて、裏口側の窓を開ける。

 

 

「テレビでもそうだった。ヴィランは、ヒーローにしか殺されないの。私たちとマクレーンおじさんは、そんな関係よ」

 

 

 窓枠から身体を出し、まだ目をパチクリとさせる彼へ手を差し伸べた。

 

 

 

 

「さぁ。行きましょ?」

 

 

 そこでやっとヘンゼルはまたニコリと笑い、グレーテルの手を握る。

 

 二人は窓を越えて、一緒に飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏口側、向かいのビルにいる狙撃班。

 観測手が、双眼鏡で動きを確認した。

 

 

「標的確認! 二人ともいる! ビルの二階、中央部の窓だ! 外へ乗り出している!」

 

 

 報告とほぼ同時に、双子はピョンっとビルから飛び降りた。

 

 

 その下には、バン。

 バンの上に敷いていた、厚めのクッションが二人を受け止めた。

 二人は最初から、こうやって逃走する手はずで行動していたようだ。

 

 

「指示通りだ。確認次第、射殺する」

 

 

 照準を合わせ始める狙撃手。

 双子はクッションから立つと、さっさとバンの裏に降りた。

 

 射線の死角だ。

 観測手が与える、風向きと距離の情報を聞きながら、スコープを覗き続ける。

 

 

 

 

 

『大尉。作戦通り、標的1、2を裏口より燻り出せました』

 

 

 報告は全て、バラライカの無線より集められていた。

 双子を裏口へ燻り出せた事を知ると、部隊に命令を飛ばす。

 

 

「総員、ビルから退避だ。そのまま裏通りを閉鎖し固めろ」

 

 

 指令通り、隊は続々と裏手へ行く。

 

 必要な事項は全て伝え終えた。

 

 

「……これで、終わりだ」

 

 

 無線機から口元を離し、これから起こる顛末を見届けようと、ビルを眺め始めた。

 隣に控えていたボリスが突然、バラライカに耳打ちするまでは。

 

 

「ロアナプラ警察署が、我々の妨害を潜り抜けたそうです」

 

 

 銃声が消えた通りに響く、サイレン。

 チラリと、道路の奥を見やる。

 

 複数のパトカーと大層な事に、武装警官らを大量に乗せた搬送用のバスまでこちらにやって来た。

 バラライカは呆れから、溜め息を吐く。

 

 

「食い意地の汚い奴だ。お零れすらないと言うのに」

 

「どういたしましょうか?」

 

「構う事はない、既に作戦は終了した。包囲も規制も好きにさせておけ」

 

 

 後は狙撃班からの報告を待つだけ。

 

 全ては順調だ。

 だがバラライカだけはなぜか、妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

 

「……あの男を相手取ったテロリストどもも、こんな気分だったのやら」

 

「大尉?」

 

「……いや。なんでもない」

 

 

 電話口で響いた、マクレーンの罵声が想起される。

 

 負け惜しみではない。確固たる意志を感じる、彼なりの宣戦布告だ。

 

 

 あのような叫びを聞いて、バラライカは心底愉悦に浸れられた。

 回りくどくなく、分かりやすいほど直線的な敵意とは、ご無沙汰だったからだ。

 

 

 マクレーンを死地に追いやったのは、自分だ。

 

 その上で身勝手にも、彼女は願ってしまう。

 

 

 

 

「どうせなら、生きてみせろ。お前の『矜持』が、我々の使命より強靭ならば」

 

 

 

 

 ビルの正面部に、警察車両が大挙し始めた。

 赤色のランプが、華やかに宵闇を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルから飛び降りた、ヘンゼルとグレーテル。

 逃走準備を整えるヘンゼルに対し、困り顔のグレーテルは起爆スイッチを二つ見せつける。

 

 

「ねぇ、兄様。どっちが、どっちのスイッチだったかしら?」

 

「右手の方じゃないかな?」

 

 

 彼にそう言われ、右手に握っていたスイッチに指をかける。

 

 

 

 

 

 双子を虎視眈々と狙う、ホテル・モスクワの狙撃班。

 バンが死角になってしまった班は、別働隊に報告を入れる。

 

 

「こちらからは狙えない。そっちは?」

 

「大丈夫だ。こちらからは狙える」

 

 

 別の班のスコープには、バッチリと双子の姿が映っていた。

 照準がまずグレーテルの胸部へ、向けられる。

 

 

「風速三から五メートル、北東からのビル風が強い。奴らは起爆スイッチを持っている、起爆される前に仕留めるんだ」

 

 

 観測手から与えられる情報を頼りに、照準の修正を行う。

 次第に次第に、満足の行く射線が形成される。

 

 

 

 

 

 一方、ビル内に取り残された、マクレーンとモレッティ。

 モレッティから聞かされた、このビルの爆破計画を聞いて大慌てだ。

 

 

「だったら脱出しねぇと!?」

 

「待てよ待てよ!? 俺のコレ、どうなんだよ!?」

 

 

 すぐに逃げ出したいが、歩く爆弾と化したモレッティを見捨てる訳にもいかない。

 マクレーンは逡巡した末に、彼に着せられた爆弾ベストに手をかけた。

 

 

「クソッ……外れねぇ! てめぇ、腕が邪魔だッ!!」

 

「手錠かけられてんだ、仕方ねぇだろ!?」

 

「だーッ、クソッ!! どうなってんだコリャ!?」

 

「信管だ! 信管を抜けッ!!」

 

「ガムテープで固定されてんだ、見りゃ分かるだろッ!!……あ! 信管の無線装置を壊すんだ!!」

 

「それはベストの内側なんだよ!! なんだ、俺ごと撃つ気かぁ!?」

 

 

 何か使える物はないかと辺りを探った後、足元に落ちていた、死んだ構成員のジャックナイフに気付いた。

 

 即座に拾い上げ、ベストを固定する肩と脇腹のヒモを切り落とし始める。

 

 

「クソッタレ……! てめぇと心中だけは絶対にごめんだチクショゥッ!!」

 

「早く、早く(プレスト)早く(プレスト)ッ!?」

 

「母国語使って急かすんじゃねぇッ! 手元が狂うだろがッ!!」

 

「急かすに決まってんだろトンマめッ!!」

 

「言いやがったなぁ、この野郎! 見捨ててやろうかぁ!? ピザになりてぇか!?」

 

 

 無理やり爆弾ベストをモレッティから剥がしてやった。

 

 

 

 

 

 照準は合わせられた。

 後は引き金を引けば、グレーテルは一瞬で殺せる。

 

 もう時間の限界だ、やるしかない。

 そう判断し、観測手は狙撃手に命じる。

 

 

「良し! 撃────」

 

 

 

 

 

 同時期、爆弾ベストを剥がしたマクレーンは、裏口側の窓目掛けて走り出す。

 

 

「ぅえいぃッ!!」

 

 

 既に割れた窓より、ベストを放り投げた。

 同時に振り返り、フラフラ立ち上がったモレッティへ叫ぶ。

 

 

「逃げろぉぉーーーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 発破をかける直前、三階から投げ出された何かが双眼鏡に紛れ込んだ。

 

 

「──なんだ!?」

 

 

 異常事態への反応として、引かれようとしていた引き金から、指が離れる。

 

 

 

 

 そしてグレーテルは、スイッチを押す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三階から投げられた爆弾ベストは、双子の頭上にて起爆する。

 耳を劈く轟音と閃光、そして黒煙。

 

 辺りにあるビルの窓を割るほどのインパクトが、一面に染み渡る。

 

 

 

「うわっ!」

 

「きゃあ!」

 

 

 二人はサッと身を縮め、降り注ぐ黒煙に包まれる。

 これらの事象により、狙撃班は双子を仕留められなかった。

 

 

 

 その最中、グレーテルはまたもう一つのスイッチを押す。

 

 

 

 

 

 

 現場に到着した、ロアナプラ市警。

 表通りの中央に、大型の搬送用バスが置かれた。

 その側面に停車したパトカーより、ワトサップとセーンサックが現れ、バラライカに詰め寄る。

 

 

「この野郎ぉ〜? バラライカてめぇ、俺たちを妨害──」

 

 

 言い切る前に、突然響いた爆発音に怯んだ。

 

 

「ど、どした!?」

 

「………………」

 

 

 冷たい無表情だったバラライカはとうとう、眉間に皺を寄せた。

 彼女の持つ無線機から、声が流れる。

 

 

『────狙撃失敗ッ!! 退避、退避してくださいッ!!』

 

 

 報告を聞き、バラライカは傍らにいるワトサップらに忠告してやった。

 

 

「耳塞いで、頭下げておいた方が良い」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 瞬間、眼前のビルが光を放ったかのように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 投げ出したベストが、外で起爆。

 背後からやって来る爆風に身体を揺さぶられながらも、二人は表通りの方へ走る。

 

 

「逃げろってどうすんだーーッ!?」

 

 

 モレッティの質問に対し、マクレーンは必死の形相で答える。

 

 

「飛び降りんだッ!!」

 

「ふざけんなッ!? 十メートルだぞッ!?」

 

「うるせぇーーッ!! どうせ吹き飛んで死ぬかだッ!! 神に祈ってろぉーーいッ!!」

 

 

 マクレーンとモレッティは、窓枠より身体を出した。

 

 眼下にはパトカーと、大型のバスが見えた。

 

 下より注ぐ赤色灯の光を浴びながら、二人は三階より飛び降りた。

 

 

 

 

 グレーテルがスイッチを押したタイミングが、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルの中腹より、紅炎と黒煙が噴き上がる。

 

 中にあった家具、機材が塵芥となり、外へ飛び出した。

 

 近隣の建物の窓は割れ、衝撃により吹き飛んで来た破片がビルの全方位へ撒かれる。

 

 

「うわぁーーーーッ!?!?」

 

 

 突然の出来事と爆風により、地面に倒れ伏すワトサップにセーンサック。

 

 バラライカは腕で視界を守りながらも、堪えていた。

 

 

「嘘だろ……うおっ!?」

 

 

 一足先にビルから脱出していたレヴィは、パトカーの裏に身を隠す。

 

 

 

 威力は二階を吹き飛ばすだけでは足りなく、三階と一階まで及ぶ。

 

 天井を突き破った爆風と炎が、突き上げる槍のようにビルの屋上から飛び出した。

 

 二階は崩落し、一階を押し潰す。

 

 それによって巻き起こった土煙が、通りに雪崩れ込んだ。

 

 比較的近くにいた警官たちは、それを浴びるハメとなる。

 

 

 

 

 夜を一気に照らした、爆炎の中。

 

 

 破壊と惨状を背景として、下へ下へ落下して行く二人の人影。

 

 

 両手を広げ、胸を張り、間抜けな顔で飛び降りた二人。

 

 

 その一人のマクレーンは、爆音に負けないほどの叫びをあげた。

 

 

 

 

「おっかねぇええぇえーーーーよぉぉおーーーーッ!!??」

 

 

 

 

 マクレーンとモレッティは重力に逆らう事なく、地球の中心へと引っ張られ、加速する。

 

 硬いアスファルトが待っているかと覚悟はしていた。

 

 

 

 しかし意外にも、二人を待っていた物は、地面ではなかった。

 

 

 停められた、高さ三メートルほどの警察用バスの天井へ、着地と言うより衝突する。

 

 

 

 バスのルーフパネルを大きく壊した。

 

 

 爆発による音でかき消されたものの、二人はくぐもった声をあげた。




「I'm Still Standing」
「エルトン・ジョン」の楽曲。
1983年発売「Too Low For Zero」に収録されている。
映画「ロケットマン」と「キングスマン ゴールデン・サークル」でお馴染み、イギリスを代表する大御所シンガー。
アップテンポでノリの良い、オーディエンス即熱狂なポップミュージック。サビで何度も歌われる「I'm Still Standing(僕はまだ立っている!)」の力強さがたまらない。
まだ立っている。負けちゃいない。


マクレーンはこの13年後ロシアに行くハメになるし、もう一回DShk38をぶちかまされる。

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