DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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最後のシーンは、ミスによる台詞抜けではありません


I'm Still Standing 3

 顔に、冷たい物がかけられる。

 それに驚き、マクレーンは声をあげながらハッと目を覚ました。

 

 

「うぉおッ!? ぺぇッ!? うぇ!?」

 

「おー、起きた起きた」

 

「なにしやがんだバカ野郎ッ!?」

 

 

 眼前には、捻ったタオルを持った女の姿。

 濡れて水を含んだそれを、マクレーンの顔の前で絞ったのだろう。

 

 

 濡らされた顔を拭い、改めて女を見る。

 容姿を確認したと同時に、次は天井や辺りを見渡した。

 

 

「……どう言うこった。おたく、シスターか?」

 

 

 

 

 目の前にいる女は、修道服に身を包んでいる。

 そして自分が横たわっていた物は、横長いチャーチチェア。それが今いる空間を埋め尽くすように、整然と並んでいる。

 

 並んだチェアとチェアとの間には、一本の道。

 その先にやや霞んだステンドグラス、左右にはヨセフとマリアの像。

 

 二人の中心には、十字架に磔にされた、キリストの像。

 

 

 間違いなく、自分は今、教会の礼拝堂にいた。

 

 

 

 

「あぁ。シスターだ。どっからどう見ても、シスターだろ?」

 

「………………」

 

 

 頻りに動かしている顎。どうやらガムを噛んでいるらしい。

 そして清楚な雰囲気を出す修道服に似合わないサングラスと、手を腰に当てて立つ尊大な態度。

 

 

「……この街はぁ、聖職者も堕ちてんだなぁオイ」

 

「ヘイヘイヘイ。我らが主の元への玄関口で留めてやったってのに、罰当たりな口だな」

 

 

 自分の身体へと、視線を落とす。

 

 

 包帯が巻かれ、止血も施されていた。痣には濡れタオルを置き、冷やしてもくれていた。

 

 自分はこの目の前に立つ不良シスターに手当てを受けた事は、確からしい。

 

 

「……嘘だろ、信じられねぇ。この街に、見ず知らずの人間を無償で助けてくれる場所があるたぁ」

 

「勝手に無償って付けるんじゃないやい。神は慈悲深い、ウチは欲深い。キッチリ報酬は頂くぜ、ミスターシンニングヘアー」

 

「誰がミスター薄毛(シンニングヘアー)だ」

 

「それより話は聞いたぜ。あんた、二匹の兎追っかけて、地獄の釜を開けたらしいじゃんか」

 

 

 マクレーンはパッと、壁掛けの時計に目を向ける。

 時刻は深夜零時を過ぎていた。噂が広まるには十分な時間だろう。

 

 

「……悪いが双子の場所は知らねぇぞ」

 

「別にそいつを聞き出す為に助けたんじゃない」

 

「顔に水かけるたぁ、拷問みてぇな事したくせによぉ」

 

「そりゃ悪いな、うっかりしちまっただけだ」

 

 

 身体が強く疲れており、倦怠感からそれ以上の口論はやりたくなかった。

 どこか掴めない雰囲気を持つこの修道女に、マクレーンは不信感を抱く。

 

 それもそうだ、ここは悪徳の街ロアナプラ。

 どこだろうと、教会だろうと、警戒心は残しておくべきだろう。

 

 

「……おたく、名前は?」

 

「名乗るんなら、そっちからだろ?」

 

「俺は……あー……チャーチだ」

 

「嘘吐くんじゃねぇよ、ジョン・マクレーン」

 

「やっぱ知ってんじゃねぇか……」

 

 

 修道女はガムを噛みながら、首にかけた十字架を見せ付けるように摘んで、自己紹介する。

 

 

 

 

「あたしは『エダ』。正真正銘、この教会のシスターだ。敬わなきゃ、地獄に落ちるぜ」

 

 

 

 そのまま背後にあった長椅子の背凭れにかけていた、マクレーンのホルスターを武器ごと投げ渡してやる。

 

 

「しっかしあんた、ベレッタなんて良い銃持ってる癖に、もう一挺はなんだそりゃ? 気色悪ぃルガーだなぁ。ルガーだよな、それ?」

 

 

 一応、残弾を確認する。

 弾はどうやら、抜かれてはいなかった。

 

 

「……分からねぇ。心底、分からねぇ。おたくが俺を助ける義理はあったのか?」

 

「あん?」

 

「ここがマトモな街の教会なら、俺は泣いて跪いておたくの影にキスしてたろう。だがここは残念な事に、神も見捨てたこの世の果てだ。金目当てなら財布を盗りゃ良くて、馬の骨拾って治療費ふんだくるなんざ手間のかかる事しねぇし、常識のある奴は寧ろ、病院に運ぶ。聖職者でも、大統領だろうがなぁ」

 

 

 エダは一、二回ガムを噛み、ピタッと顎を止めた。

 次には面白そうにニタッと笑う。歯の隙間から潰れたガムが見えた。

 

 

「はぁーん? 意外だわ。街の有象無象より頭は良い方だな。頭使う奴ほどハゲるって聞くが、本当っぽいな」

 

「余計なお世話だ、クソアマが……気にしてんだから触れんじゃねぇ」

 

「んだが、その質問に対しちゃこうだ。『キマグレ』。悪人も、なんかの拍子に善行はしたくなるもんだよ。オーケー?」

 

 

 椅子の背凭れに腰掛け、あくまで飄々とした態度を取る。

 マクレーンにとって、この掴めない雰囲気が何よりも苦手だった。

 

 

「……そう言う事にしとくか……まぁ、助けられたのは確かだ。金が入ったら、メシでも奢ってやるさ」

 

 

 返してもらったホルスターを再び背負い、やや遅鈍とした速度で立ち上がる。

 鎮痛剤でも打たれたのか、激痛には襲われなかった。

 

 

「おいおい、もう出るのか? 手負いでまーだハンティングに行く気ぃ? ジョン・マクレーン伝説を更新すんの? デッド・オア・アライヴは別としてな」

 

「……俺の事はどこまで知ってんだ?」

 

「頭の沸いた傭兵どもをローストして、その三日後にコロンビアンどもをメイドと吹き飛ばし、昨日の早朝に双子から逃げ切ったまで。ロアナプラじゃかなりホットな話題だ、知らない奴はいない」

 

 

 いざ他人の口から言われると、自分で自分が信じられなくなる。

 本当にそれら全てを生き残ってこれたのかと、自嘲気味な笑みがこぼれて来た。

 

 

「まぁ、確かにあんたは技量もあるし、頭も回る。それに自信あるってんなら別にあたしは、あんたがヨタヨタのヨボヨボでも止めやしない。ただ心配なのは、治した礼だけはして行くのかってだけさ」

 

「金を置いてけってか?」

 

「あんたが死人になっても、一週間後にあたしにメシを奢る為復活すんなら別だけどね。まぁ、早い話が『出来るか、出来ねぇのか』ってだけ。出来ねぇなら有り金置いてけ」

 

 

 彼女にそう突き付けられ、マクレーンはつい視線を落としてしまった。

 顔つきも厳しいものとなっていただろう。

 

 結局、自分は一発も双子に当てられなかった。

 

 

 しかも今は怪我だらけで、双子はこの街のどこかに消えた。

 

 今更、どうしろって言うのか。

 

 

 

「………………」

 

 

 顔を上げる。

 

 礼拝堂の隅にある、懺悔室が目に入った。

 暗い木材で作られた、およそ一昔前の電話ボックスのような物が横繋がりで二席ほど置かれている。

 

 

「……告解の時間にしては、さすがに遅過ぎるか?」

 

 

 何を思ったのか、懺悔をしたい気分になった。

 マクレーンの質問に、エダは意外そうに眉を潜める。

 

 

「いや……え? 懺悔すんの?」

 

「あぁ」

 

「気が変わって取り止めない?」

 

「……なんだ? やっぱ間が悪いのか?」

 

 

 エダはなぜか、悔しがるように太腿を叩き、取り出したチリ紙にガムを吐き捨てた。

 

 

「…………どうぞ。ほら、言って来いクソ。なーんで告解とは無縁そうな奴ほど懺悔したがんだー!?」

 

「おいおい、なんだどうしたんだぁ? えぇ? 迷惑ならはっきり断れ」

 

「断っちゃ駄目だ。賭けが成立しねぇ」

 

「は?」

 

 

 それだけ言い残し彼女は不機嫌そうな足取りで、礼拝堂を出て行った。

 正面扉を出て行き、バタリと閉める。

 

 

 広いホールで、一人きりとなってしまった。

 

 だが中にある石像や、スタンドグラスに描かれた使徒たちのせいで、妙に孤独感だけはなかった。

 

 

 マクレーンはエダの様子を訝しみながらも、ゆっくりとした足取りで懺悔室へ向かう。

 

 

 

 戸を開け、薄暗い室内に入り込む。

 中は待ち合い室のようだが、刑事であるマクレーンからは面会室に見えた。

 

 壁から出っ張るように突き出た椅子に、崩れるように座り込む。

 

 視線の先には、向かうが黒のカーテンで仕切られた、網目の窓があった。

 あの向こうに神父がいて、顔を互いに見せないまま罪の告白をする。

 

 どこにでもある、至極一般的な、普通の懺悔室だ。

 

 

「…………あいつ、神父呼びに行ったのか?」

 

 

 エダが出て行ったのはそう言う事なんだろなと納得した瞬間だった。

 

 

 

 

「いいや、いるさね」

 

「うぉう!?」

 

 

 仕切りの向こうより、声が投げかけられる。

 

 上擦った声の男の神父を想像していたが、出て来たのは嗄れた老婆の声だ。

 

 

「なんだい。まぁ、気持ちは分かる。赦しの権限を得た司祭じゃなく、シスターが懺悔を聞くなんざそうそうないからねぇ」

 

「そ、そうじゃねぇ。いつ入ったんだ……?」

 

「十分前さ。あんたがここに入ると読んどったんさ」

 

「俺が入るって…………あー、そう言う事か。賭けっつーのは……」

 

 

 エダが不機嫌になったのは、彼女とこのシスターとで「マクレーンは懺悔室に入るか否かの賭け」で負けたからだ。

 

 公平を期す為に、エダからマクレーンへ告解の断りは禁止。そう言う事だろう。

 

 

「クッソ……どうなってんだ。おたく、一々ここに来る迷える羊相手に、他のシスターと値踏みしてんのかぁ?」

 

「ふむ。なかなか良い得て妙さね。大体当たっとるよ。さすがは刑事だ」

 

「やっぱ出てやる」

 

「まぁまぁ、落ち着きゃあよ。懺悔は無料さ。それにこんな時間に、特別に開けてやったんだ。それに免じて、告白だけでもしたら良い」

 

 

 ひとまず護身用にベレッタをホルスターから抜き、忍ばせておく。

 

 自ら進んで入った事は事実だ。話すだけ話そうと、マクレーンは考え直す。

 

 

「形式は言えるかい?」

 

「……女房から倣ったよぉ」

 

 

 

 

 

 

 二人は同時に声を合わせ、「父と子の聖霊の御名によって」と唱えた。

 

 次には祈りの後に唱える、誰もが知っているヘブライ語を呟く。

 

 

「アーメン」

 

「……アーメン」

 

「そんじゃ、罪だの何だの告白しな」

 

「いきなり大雑把だなオイ……まぁ、この際どうでも良い。考えてみりゃ、この街でもニューヨークでも、俺はあまり自分の事を話さなかった。色々と溜まってたんだろ、吐き出す良い機会だ。場所がこんな糞溜めの街じゃなきゃ、赤ん坊帰りしたように泣いてたかもな」

 

「そりゃ残念さね。ぜひ見たかったよ」

 

「……あと、もうちっと素行の良い神父かシスターを寄越してくれりゃ、御の字だったがな。まぁ、神の名において赦してやる。アーメン」

 

 

 仕切りの向こうより、シスターの静かな笑い声が聞こえた。

 

 それが止んでからマクレーンは、ゆっくりと話し出す。

 

 

 

 

「おたくが俺を知っているかは別でな……俺は、英雄になったんだ。三回もな。一回が一九八八年で、二回がその翌年。どっちもクリスマスに起きて、妻が巻き込まれた。だから俺が戦って解決したもんだから……あー、サンタクロースとか呼ばれたな」

 

「聖人になれたじゃアないかい」

 

「懺悔室で銃持って寝っ転がる聖人がいるもんなんだな……三回目はつい最近だ。五年前。前の二回と比べりゃ世間には知られちゃいないが、世界恐慌になるかもしれなかった事件を解決してやったよ」

 

 

 一通り、自分の過去の栄光を話したところで、マクレーンの表情は暗く、落ち込んで行く。

 

 

「……世間は、俺を囃し立てた。特に一回目と、二回目の時は凄かった。連日、世界のあちこちのマスコミが俺の所に来たんだ。休日、仕事中、お構いなし。たまに英語が怪しい奴らもいたが、みんな決まって言うんだ」

 

「なんと?」

 

「……『ヒーロー』ってな」

 

 

 シスターは少し間を置き、質問した。

 

 

「それらの事件で、あんたは何をしたんだい?」

 

「……話したって仕方ない」

 

「自分の事を吐き出す良い機会と言ったのはそっちさ。踏み込んだのもそっちさ」

 

 

 息を吐き、観念したように話を続ける。

 

 

 

 

「最初はデカいタワーで、一人でテロリストどもをやっつけた。その一年後には空港で、軍人御一行様を丸ごと吹っ飛ばした。つい五年前はニューヨーク走り回ってクソどもをぶっ殺した」

 

「ほぉ」

 

「俺はもう三回も事件に巻き込まれて、その都度なんとか生き残ってこれた。刑事として、誰よりも貢献している。貢献しているハズだ」

 

「申し分ない活躍とは思うがね」

 

「……だが得られるのは、ちょっとの間の人気と、ちょっとした奴らからの称賛だけ。給料は上がらない。警部補から出世できない。離婚の危機は避けられない。酒とタバコはやめられない…………」

 

 

 一呼吸を置き、暗い声で「そんなもんだ」と呟いた。

 

 

「不休で仕事したって、テロリストを殺したって、国を救ったって…………」

 

 

「…………国を救って?」

 

 

「…………妻を守れたって…………『ホリー』を守れたって……」

 

 

 脳裏に浮かぶ、離婚した妻の姿。

 唇が震えてしまい、次の言葉が出なかった。

 

 やっと出せた言葉は、つまらない自虐だ。

 

 

 

 

「結局は俺。そうだ、俺が俺のまんまじゃ、何も変わらない────こんな当たり前の事実が怖くて、誰にも話せなかったんだろうな」

 

 

 そう言って、マクレーンは喉で笑った。

 

 

「戦場で敵兵数百人をやっつけた大英雄が、退役後はとんだロクデナシになった話は腐るほどある」

 

「この街にも多いねェ。よぉく分かるさ」

 

「さっきもエダって尼さんに言われたよ……俺は確かに、何か起きても生き残れる技量はある。あるかもだが、人間として大事な、世間様に順応する頭がなかっただけだ。そうなると、こうなっちまった理由は簡単だ」

 

「……あんたはその事件を経て、どんな結論に至った訳だい?」

 

 

 身をよじり、姿勢を戻してから、語ってやった。

 

 

「最高にツイてないのは、事件に出くわすからだけじゃない。それ以外の全てに、徹底的に見放されているところも含めてだ。つまりは運も生き方も、自分次第ってこった」

 

「……そいつぁ、全体的な自己啓発論さね。あんた個人に対しちゃ?」

 

「…………つまり俺は、どっちにしても持っちゃいないのさ、って事よ……ここ、禁煙?」

 

「構わんよ。こりゃ長くなりそうだ、あたしも一服するかね」

 

「ははは……やっとこの教会が好きになって来たよぉ」

 

 

 ポケットからマルボロを取り出す。

 

 中身を覗くと、一本しかなかった。

 溜め息吐きながら、その一本を咥えて、火を付ける。

 

 

 向こうからも、紫煙を吐き出す音が聞こえた。

 ニコチンを補給してから、マクレーンはタバコを咥えながら話を続ける。

 

 

「……だから、事件中の俺のやり方は……バッシングも受けたよ。交渉の余地はなかったのかとか、殺す必要はなかっただの、助けられなかった命もあるだの……」

 

「………………」

 

「……テレビを付けりゃ、それまでの事件の最適解ってやらを、お偉い先生がたが紹介してやがった。ホリーは何も言わずに、テレビを消した。すると今度は玄関先に、封筒が届いたんだ…………出廷の命令通知だ」

 

「訴えられたのかい?」

 

 

 煙を吐く。

 

 

「……俺が助けられなかった男の、遺族だった。俺が見殺しにしたって、恨んでいたんだ。空港の時も、何度か訴えられた。みんな俺が殺してやった犯人どもじゃねぇ……助けられなかった俺を、憎んでいた」

 

 

 懺悔室に、紫煙が立ち込める。

 しかしお互いに気にはしない。スモーカーにとっては、空気と同じだ。

 

 

「……世間の目は段々と、バッシング寄りになった。俺も意地になって、取材だのを断りまくった…………結果、世間は俺に呆れて、メディアも興味をなくした。一部俺の特番を続けていたって国もあったが、米国で俺の名は、九十年代の半ばには忘れ去られていた」

 

「………………」

 

「でも俺は構うこたぁねぇと思っていた。仕事をこなし、家族を守る。これさえこなしゃ、『世はこともなし』ってな」

 

「……しかしぃ、あんた」

 

「皆まで言うんじゃねぇ……結局別居して、数年後に離婚だ。ホリーも耐えられなかったんだ……世間の目ってのにな」

 

 

 震えた指でタバコを挟み、口から離す。

 

 マクレーンの目は、既に涙で潤んでいた。

 

 

「良く出来た妻だったよぉ……裁判沙汰の時は、知り合いの弁護士を揃えてくれてな……でも、限界だったんだ。子どもたちの事もある……妻が疲れている時に俺は……仕事仕事仕事…………」

 

 

 溢れそうになる涙を、手で拭う。

 声が上擦って行き、辿々しくなる。それでもシスターは、静聴に徹した。

 

 

「みんなを助けた……その代償は、俺の全てだったんだ……それに俺は……助け切れていねぇ……その罰にも思えたんだ」

 

 

 拭っていた涙が抑え切れなくなり、頰を伝う。

 

 

「もう過去なんかいらねぇ、全部クソ喰らえだ……そうやって不貞腐れてりゃ今度はこんなアメリカの裏側に来て、大人の食い物にされた双子を殺そうと走り回っている……」

 

「………………」

 

「……俺は、なんだったんだ? 社長が銃を突きつけられている時に、突入すれば良かったのか? エリスを救う為、投降すりゃ良かったか? 両手の火を、もっと高く掲げりゃ良かったのか? 悪趣味な謎解きなんざ無視して、留まっときゃ良かったか?」

 

 

 タバコを再び、咥えた。

 

 

「俺は結局、何をしたいんだ……ただ、自分でいたいから、空っぽのまま走ってたんだ」

 

 

 灰となった先端が、ポキリと折れる。

 

 

 

 

 

「俺は救えてねぇんだ……ヒーローなんかじゃねぇ……ここにいんのは…………やっぱり、過去に戻りたい男なんだ」

 

 

 

 

 

 窓の隙間から、煙が入って来る。

 

 シスターが、こちらに紫煙を吐きかけたようだ。

 

 

 

 

 

「……なんだい、情けない泣き言聞く為に、あたしはここに入っちまったんかい?」

 

 

 呆れたようなシスターの声。

 別に慰めの言葉なんて求めていなかったマクレーンは、涙目ながらに忍び笑いを浮かべた。

 

 

「過去に戻りたいだの、あの時ああすりゃ良かっただの……馬鹿な事は言うんじゃアないよ。未来なんざ、誰にも分かりゃしない。分かるのは、たった一つさね」

 

 

 間を置き、シスターは突きつけてやった。

 

 

 

 

 

「あんたはその時、そう決断したんだろう? 少ない選択肢の中から選んだその決断で、女房を守りきったんだろ? あんたは、『失っちゃいない』んだ。今は離れただけ。失わずに頑張ってこれたんだ」

 

 

 俯き気味だったマクレーンの顔が、上がった。

 

 

「後から色々と言うのは、誰だって簡単さ。事件の全貌さえ使めりゃ、あたしにもパーフェクトアンサーが出せるとも──だが、それらは結局、結果だ。苦しい中で導き出した、あんたの決断には劣るさ」

 

「………………………………」

 

「あんたはテレビのキャスターか?」

 

「……………………違う」

 

「この街の奴らのようなハンターかい?」

 

「………………違う」

 

「なら世間が囃し立てる、ヒーローかい?」

 

「…………違う」

 

「救える命を見殺しにした、ヴィランかい?」

 

「……違う」

 

「じゃあ誰なんだい? もうあんたは、自分で答えを出してるんだよ」

 

 

 口からポロリと、タバコが落ちた。

 

 

「結局は…………『自分』さね。あんたは誰でもない。忘れられたって関係はない。決断し諦めなかった男、『ジョン・マクレーン』だろう?」

 

 

 椅子の上に寝転がるようにしていた姿勢が、持ち上がる。

 

 

「救えなかった命……当たり前さ。人間は不完全だ。届かなかった時もあろうに。それでも折れずに戦い、救えなかった命になるべきものさえ救った。あんたの出した決断が、テロリストらを追い越したんだよ」

 

「………………」

 

「珍しくあたしゃ、これだけ言ってやったんだ。もう一度聞くが、まだクヨクヨするってぇんなら、黙っとるんだよ」

 

 

 間を置き、シスターはマクレーンに再度問いかける。

 

 

 

「あんたは誰だい? 何で、何の為に戦った男だい?」

 

 

 

 

 

「俺はジョン・マクレーンだ。ただのジョン・マクレーンじゃねぇ。刑事で────自分の為に戦った男だ」

 

 

 マクレーンは愕然とした顔で息を吸い込み、吐き出すように喋り出す。

 

 

「俺は、俺なんだ。俺の決断で、ホリーや皆を救えたんだ。俺しかいなかったんだ……!」

 

「あぁ、そうさ」

 

「俺はやったんだ。クソッタレの、イカれ野郎どもをぶっ殺してやったんだッ!!」

 

「ぶっ殺すだけが、あんたの目的かい?」

 

「それは違ぇ。俺は刑事だッ!! ここの連中とは違う…………ッ!!」

 

 

 彼の脳裏に、一筋の「結論」が生まれた。

 

 その考えに至った時、彼の表情から影は消えた。

 

 

 涙の跡が窺える顔が、楽しげな笑顔に変わる。

 

 

「……答えは出てた……!『限りなくフリー』なんだ……! なんだってやれる……! まだ終わっちゃいねぇ……道は一つじゃなかったんだ…………!!」

 

 

 結論は出た。

 

 マクレーンは懺悔室の中で、勢い良く立ち上がる。

 そのまま興奮した様子で、シスターのいる窓にキスをしてやった。

 

 

「あーあー、汚いねぇ」

 

「最高のシスターだあんたッ!! あのエダじゃなくて、あんたにメシを奢りてぇよぉッ!!」

 

「あまり叩かないどくれ。古いんだ、壊れたら弁償させるよ」

 

「俺は世間の言う自分に縛られていた……だが、俺は俺なんだ。結局、俺なんだッ!!」

 

 

 シスターに礼を言って、怪我の痛みも忘れて飛び出そうとする。

 それを見越し、彼女は呼び止めた。

 

 

「待った待った。形式通りに終わらさにゃならんよ」

 

「あ、あぁ、そうだな。えぇーと、どんなんだっけか……」

 

「準備は良いかい? 神の赦しを求め、心から悔い改めの祈りを唱えて下さい」

 

「祈りだな、お祈りお祈り……」

 

「大雑把だねぇ……まぁ良いさ。それとあんたのソレは罪の告白とは違う気がするからねぇ……そうだ。ほれ、窓に近付きな」

 

 

 マクレーンはシスターに言われるがまま、格子窓に寄る。

 

 

 カーテンを少しめくり、格子の隙間から何かをマクレーンに渡す。

 

 

「……こいつぁ……」

 

「餞別さ。あんたに赦しはあんまし意味はないからね。ただ一言、これだけ付け加えてやるよ」

 

 

 それを手渡した後に、シスターはまたカーテンを閉め、言った。

 

 

「遠くを見ても、なかなか目には入らん。たまにゃ、足元から探ってみんだよ。そうでありたい(Amen)……いや。これは使わないでおこうかい」

 

 

 悪戯っぽい笑い声が、聞こえた。

 

 次にはアーメンに代わる言葉を投げかけてやる。

 

 

 

「──────」

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