DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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「Good Day Sunshine」
「ビートルズ」の楽曲。
1966年発売「Revolver」に収録されている。
またポール・マッカートニーのソロアルバムである、1984年発売「Give My Regards to Broad Street」でもセルフカバーされている。
世界のポップを変えた、伝説のバンド。彼らのもう一つの功績はアメリカにUKロックのブームを迎えさせ、ローリング・ストーンズやキンクス、ヤードバーズ(後にレッド・ツェッペリンとなる)らの進出を促し、世界的バンドへと導いた事にもある。
陽気な手拍子と清々しいリズム。「これぞビートルズ」な一曲。


Good Day Sunshine

 マクレーンが教会を去ったのは、その後だった。

 夜と共に深まる闇の中を、脇目も振らずに走って行く。

 

 今の彼は、使命感に燃えていた。

 

 憑き物の落ちた顔で、暗闇を抜ける。

 

 

 

 彼の背中を、見えなくなるまで見送る老婆。

 修道服に身を包んだ聖職者ではあるが、右目を覆う黒の眼帯が堅気ではないと表現している。

 

 タバコを片手に礼拝堂の前で立つ彼女こそ、マクレーンを奮い立たせたシスターだった。

 

 

「……聖書の言葉だと思えば、ビートルズですか」

 

 

 傍らからエダも現れた。

 彼女もまた、タバコを吸っている。

 二人して姿は修道女だが、あまりにイメージとかけ離れた有り様だ。

 

 

「紅茶にしたり、ビートルズにしたり。少し英国趣味が際立っていますよ」

 

「なんでどうしてさ。ビートルズは、みんな好きだろ?」

 

「英国バンドなら、私はトロッグスですかね。Wild Thingしか知りませんけど」

 

「作曲者はアメリカ人じゃないかい」

 

「だから好きなんですよ」

 

 

 歯を締めて、くくくと意地悪そうに笑うエダ。

 

 一頻り笑った後、神妙な顔付きでまた、タバコを吸う。

 

 

「……送り出して良かったのですか? あの状況なら、窘めたりも出来たでしょう。言ってはなんですが、彼一人で辿り着けるかは奇跡に近い。仮に辿り着いたとしても、間違いなく死ぬ」

 

「間違いなくってかい?」

 

「…………いや。半々にしておきましょう。こちらも、彼の異常な遭遇率と生存能力に関して、頭を悩ましていますよ。三階から飛び降りてあの怪我は信じられませんって。下手な陰謀論の方が真実味ありますよ」

 

「んまぁ、あんたのキマグレでやって来た、ステイツのおまわりさんだ。滅多に来るもんじゃないし、時にゃァ、格好に見合った仕事をすんのも良いさ」

 

「しかし気になる事が一つ」

 

 

 肺に溜め込んだ煙を、夜空に吹き上げながら、エダは質問した。

 

 

「彼が懺悔室に入る事を、なんで知っていたのですか?」

 

 

 合わせてシスターも、煙を吹く。

 

 

「……相場ってもんさね。救う者は、また誰より救われたい人間ばかりだ」

 

「そんなものですか」

 

「だからあんな、張り切って出て行ったんだろう?」

 

「……まぁ、単純な男に見えましたからね」

 

 

 エダの見解に、今度は老婆が煙を吐きながら笑う。

 その通りだと認めているかのようだ。

 

 

 

 

「最近のこの街ぁ、退屈過ぎる。あぁいうのがいて、やっと楽しめるってもんさ」

 

「しかし、我々の障害になるのなら?」

 

「そん時の判断は、そっちの仕事さねか?」

 

 

 それだけ言い残し、シスターは再び礼拝堂に引っ込もうとする。

 こっそりその場を離れようとするエダに、念押すように言いつけた。

 

 

「賭け」

 

「うっ…………」

 

 

 懐から財布を取り出し、渋々賭け金を抜き取る。

 

 

「上等なこったぁ。あぁついでに、後で懺悔室の清掃も頼むよ。あんの男が暴れたからに、灰がもうもうと舞っちまってなぁ」

 

「……ヤー、シスター『ヨランダ』」

 

 

 礼拝堂から腕を伸ばした老婆──ヨランダの手の上に、十ドル札三枚を乗せる。

 満足げにヨランダは、エダの前から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM 04:54

 

 

 壊れたデジタル時計は、そのまま放置されていた。

 

 

 マクレーンは深夜の市内に戻っていた。

 

 ブラン・ストリート、カリビアン・バー。

 破壊と弾痕で無惨に変わり果てた、双子と初遭遇した現場。

 

 

「………………」

 

 

 窓ガラスは粉々に砕かれ、尖った歯のようなガラスが窓枠に残っている。

 

 立ち入り禁止を表すテープの向こうを覗いた。

 内装は暗く、良く見えない。だが、最後に見た光景と何ら変わらない。

 

 

 たくさん死に、たくさん壊れた。

 

 その惨状から逃げ切った事が、長い一日の始まり。

 これほど濃厚な一日は、五年前以来だなと懐かしむ。

 

 

「……って言っても、『ゼウス』に話しても信じてくれねぇだろうがなぁ」

 

 

 

 

 なぜ彼はここに戻って来たのか。

 それは懺悔室で受けた、シスターからの助言が理由だった。

 

 

 

 

「遠くを見ても、なかなか目には入らん。たまにゃ、足元から探ってみんだよ」

 

 

 

 

 双子の足取りは、どうやら消えてしまったようだ。

 バラライカらも結局、取り逃がしたと言う情報もある。

 

 

 また最初のような、手探りの状態に逆戻り。

 ならばまた、最初からやり直すまでだ。

 

 

「……しかしまぁ、ここじゃもう無理か? 指紋の付いたグラスしかなかったし……」

 

 

 マクレーンはポケットから、何かを取り出した。

 

 

「……繋がるもんは、これだけか」

 

 

 

 

 

『 彼がバラライカに投げ渡した物は、小さな女の子の人形。

  ストラップにして吊るせるような物。

 

 

 「……これが?」

 

 「それが、襲撃者の私物だった」』

 

 

 

 

『「動けクソッタレぇえッ!!!!」

 

 

  彼は銃身にぶら下がっていた、人形を掴む。

  グンっと引き、照準を狂わせてやった。』

 

 

 

 

『「その双子に繋がるもんと言ったら、本当にそれしかねぇ。引っ張った時に切れて、なんかに使えねぇかとポケットに入れといた」

 

 

  彼女はマクレーンから受け取った人形を、ワトサップに見せる。

 

 

 「……あー、駄目だ。こんな下手くそな編みモン、ウチの家内でもそうそう作れねぇぜ。網目が乱雑で、しかも毛糸。『指紋』は取れるだろうが、断片過ぎて使いもんにならねぇだろな」

 

 

  そうか、と呟いた後にバラライカは人形を、マクレーンに返す。

  怪訝な表情で、おずおずと受け取った。』

 

 

 

 

 

 元々グレーテルの操るBARの銃身にぶら下がっていた、少女を模した人形だ。

 

 一度は下宿屋に置いていた物を、わざわざ回収して来た。

 

 

「……そういや、あん時になんか言ってたなぁ」

 

 

 ビルの中で、双子を逃した時の様子を思い出す。

 

 

 

 

 

『 彼の視線に気付いたグレーテルは振り返る。

  意味深長な微笑みを浮かべ、ポケットから取り出した物を見せ付けた。

 

 

 「大丈夫、また会えるわ。マクレーンおじさんが私たちを求めるなら、必ず」

 

 

  その物とは、小さな人形だった。

  すぐにグレーテルは前へ向き直り、ヘンゼルと仲良く姿を消す。』

 

 

 

 

 あの時グレーテルが見せ付けた人形は、マクレーンの持っている物と同じだ。

 そしてグレーテルの言った、「また会える」の言葉。

 

 

 この人形が、二人に繋がる重要な物ではないかと、直感で思い至った。

 

 

「……しかしなぁ、同じ人形をあいつら買い貯めてんのかぁ? こんな下手くそな……」

 

 

 色々と考え続け、人形を観察したり店内を確認したりと、手掛かりを探る。

 

 僅かな証拠から犯人へ到達するのは、刑事の得意分野だ。

 だがそうだとしても、現状は残念ながら絶望的に思えた。

 

 

「……仕方ねぇ。次は、双子がいたってモーテル行くか」

 

 

 バーでの調査を諦め、次の場所へ移動しようとする。

 しかし店から背を向けようかとした時、中の暗闇で蠢く存在に気付く。

 

 

 店の奥から現れ、破片や物を蹴飛ばしながら動く、人影。

 

 

「おーい!! 誰だあ!?」

 

 

 マクレーンが呼び掛けると、人影はビクリと身体を震わした。

 

 

「か、勝手には入ったが、関係者だ!?」

 

「関係者かどうかは、俺の前に来てから言いやがれ!」

 

「わ、分かった! 怪しい者じゃ…………」

 

 

 バーから出て、街灯の明かりの下に現れたのは、見覚えある青年。

 向こうもマクレーンの事を覚えていたのか、彼を視認した途端に目を見開いていた。

 

 

「……ああ!? あんたは!?」

 

「……あ? もしかしておめぇ……」

 

 

 マクレーンも、彼が誰かを思い出す。

 

 

 

 

『 その死体の中で、蹲って震えている生存者を発見する。

 

 

 「おい」

 

 「ひぃッ!?」

 

 「しっ! 静かにしろ、敵じゃねぇ!」

 

 

  休憩をしていた給仕だ。マクレーンとは、彼が酒を飲んでいた時に知り合っていた。』

 

 

 

 

 

 間違いない。あの時、双子の襲撃から共に生き残った、このバーの元給仕だ。

 彼は相手がマクレーンだと気付くと、嬉々として表情で歩み寄る。

 

 

「ジョン・マクレーンか!? なんか、今朝より随分ボロボロだなぁ!?」

 

「今朝って、もう日付け跨いじまってんぞ……おめぇ、ここで何してんだ?」

 

「財布を落としたのと、荷物を奥に置きっ放しにしていてな。探しに来てたんだ。今日は色々あり過ぎて、やっと暇になってなぁ」

 

「……あぁ。お互い、災難だったな。店長は残念だった」

 

「あいつ、俺の給料ピンハネしやがって! 死んで当然なんだよ!」

 

「…………腐ってもここの住人って訳か。もう何も言わねぇ〜……」

 

 

 火事場泥棒ではないと知り、もう一度早々に立ち去ろうとする。

 

 しかし彼はなぜか、マクレーンの後を興奮気味に追って来た。

 

 

「なぁ、それよりミスター! 俺、あんたの漢気に惚れ込んだんだ!!」

 

「気持ち悪ぃなお前……」

 

「あの双子相手に、ホテル・モスクワの奴をわざわざ助ける為に出て行ったりなぁ! あんたスゲェよ! 噂通りの男だよホント!」

 

「悪いが、すまねぇ。今は構ってられねぇんだ。そう言う話はまた今度にしてくれ」

 

 

 立ち止まり、元給仕を窘めようと両手を上げ、断りを入れる。

 

 その時に彼は、マクレーンが左手で握りっぱなしになっていた人形を見やる。

 

 

「なんだなんだ? 顔に見合わず、少女趣味か?」

 

「これはちげぇよ」

 

「……ん?」

 

 

 すると彼は、人形をまじまじと観察し始めた。

 最初は記憶を掘り起こすかのような顰め面で、次にはやや驚いたような顔付きになる。

 

 

「……おいおい。あんた、やけに懐かしいモン持ってんな。どこで買えたんだ?」

 

「なに? この人形知ってんのか?」

 

「あぁ。もう五年になるかなぁ。俺の知り合いの話でな、世知辛さを実感したなぁ」

 

 

 腕を組み、彼はマクレーンの持つ人形についての話をしてくれた。

 

 

 この話が、決定打になるとは思いもよらなかったが。

 

 

「ある時に、オリジナルブランドの人形を作って売り出そうって奴がいてな。で、裁縫工場だった知り合いがその人形の生産に乗った訳よ」

 

「……そのオリジナルブランドの人形ってのが、コレか?」

 

「しかしまぁ、今見てもひでぇ出来だわ。売れる売れるってバンバン何万以上も作らせた癖に、既にタイじゃもっと出来の良い子ども向けの人形がブームになってな。しかも工場長騙して、借用書の名義も押し付けて、本人は夜逃げ」

 

「………………」

 

「借金まみれにされた知り合いは一家心中。嫁と二人の子どもを射殺して、最後は自分の口に銃突っ込んでバーン。悲しいねぇ」

 

 

 彼の話を聞いた時、目が明くほどの衝撃が立ち上った。

 

 まさかと思い立ち、元給仕の肩を掴んで聞き込む。

 

 

「その工場だッ!! どこにあるッ!?」

 

「え、えぇ?」

 

「頼むッ!!」

 

 

 鬼気迫る表情のマクレーンに当惑しながらも、彼はおずおずと答えてくれた。

 

 

 

 

「海沿いの、工業地帯……確か、デカい水路の近くだったか」

 

 

 双子の居場所が、分かった。

 マクレーンは爆ぜるような歓喜の声をあげる。

 

 

「…………あそこかぁッ!? 良くやったッ!! 最高だありがとうッ!!」

 

「おう、おう……こんな暗い話して感謝されたの初めてだな」

 

「ところでお前、ここまで何で来た!?」

 

「え? 車だが……ほら、今朝もあんた乗せただろ? アレが俺のだ」

 

「キー出せッ!!」

 

「は?」

 

 

 言われるがままに取り出したキーを奪ったマクレーン。

 返す事を条件に元給仕の車に乗り込み、走り去って行く。

 

 

 暗い街路の真ん中、呆然とそれを見送る寂しい青年の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場所は、海の近くにあった。

 

 カモメの糞と潮風により錆が浮いた、大きく四角い建造物が見えて来る。

 

 車を停め、有刺鉄線が巡るフェイスを抜けた。

 辺りに街灯は数本しかなく、不気味な闇と、唸り声のような波音が場を支配している。

 

 

 

 建物に近付く。

 ふと、一台の車が停まっている事に気付いた。

 

 黒のセダンの日本車。

 ナンバーも、朝に確認していた物と同じだ。

 

 間違いなく、双子の車だった。

 

 

「……ドンピシャだ」

 

 

 マクレーンは、思わず息を飲む。

 

 

 時刻は深夜の一時を過ぎた。

 あと三時間もすれば、夜が明け始める。

 

 それまでに、今日の精算を終えるんだ。

 マクレーンはそう決意し、ベレッタをホルスターから抜く。

 

 

 

 

 

 工場の裏手を確認する。

 

 すぐそこは、二メートルほどの高さを置いて海になっている。

 奥には桟橋があり、ボートが数隻、放置されていた。

 

 

「………………」

 

 

 辺りには自分の他に、誰もいない。

 ホテル・モスクワも、殺し屋たちも、誰も彼も、この場所に辿り着けてはいないようだ。

 

 

「…………震えて来るな。クソ」

 

 

 寒い訳ではない。寧ろ蒸し暑い夜だ。

 

 怖い訳でもない。武者震いの類だろう。

 

 自分の命を賭けた、極限の大勝負。この空気と緊張だけは、何度経験しても慣れない。

 

 

 工場の正面に戻り、息を吸い込む。

 

 

 そして、雲の切れ間より覗く月に向かって、吐く。

 

 

「…………行こう」

 

 

 マクレーンは、重厚な檻のような扉に手をかけた。

 

 

 取っ手を掴み、両手で大きく開いて行く。

 

 

 

 ギギギ、ギギギと、耳触りな金切り音を立て、扉は次第に次第に開く。

 

 

 通れる隙間を作り、マクレーンはそこに潜り込んだ。

 

 中はやはり暗かった。

 外から入る街灯の明かりだけが、全てだ。

 

 薄い光をマクレーンは手繰り寄せるように網膜に取り入れ、工場の奥へと向かう。

 

 

 

「……歓迎されてんのか?」

 

 

 中には多くのミシンが並んでいた。

 そして床には、やけに綺麗に陳列されていた、数々の人形たち。

 

 まるで誘うかのように、奥へ奥へと一直線に並び、道を開けていた。

 紡糸の目が、ぼんやりとマクレーンを見つめている。

 

 

「……あぁ。パーティーにご招待ってか。趣味が良い奴らだなぁ、えぇ?」

 

 

 皮肉を込めて、鼻で笑ってやった。

 

 人形らが挟む道を進み、次の棟への扉の前に立つ。

 

 

 恐らくは、この向こうだ。

 

 

 

 

 扉に手を当て、もう一度深呼吸。

 埃っぽく澱んだ空気を肺に溜めて、吐き出した。

 

 

「…………ようっし……ッ!!」

 

 

 意を決し、扉を勢い良く開け、ベレッタを真っ直ぐ構える。

 

 

 

 

 

 

 

 一際大きな、ホールだった。

 

 月明かりが、上部にある汚れた窓から差し込む。

 

 天井を支える柱が何本も立ち、その下には前の部屋同様、多くのミシン台が規則正しく並ぶ。

 床には毛糸や人形、布切れが散乱していた。

 

 

 荒れ果て、忘れ去られた裁縫工場。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たよ、姉様」

 

「えぇ。来たわ、兄様」

 

 

 マクレーンの視線の先に、ヘンゼルとグレーテルはいた。

 

 

 差し込む月明かりと、近くに置かれた数多のキャンドルの火が、二人を照らしている。

 

 青白い光と、紅く柔い光。

 その二つの光を浴びる、双子の姿があった。

 

 

「待ってたよ、ずっと」

 

 

 ヘンゼルはミシン台の上。

 

 

「来てくれるって、信じていたわ」

 

 

 グレーテルは床に敷いた布の上。

 

 

 嬉しそうに微笑みながら二人は、一緒にマクレーンの方へ顔を向けた。

 

 二人の視線を受け、一度ベレッタを下げる。

 双子は訝しむように、小首を傾げた。

 

 

「僕たちに、マクレーンおじさんの命をくれるの?」

 

「とても嬉しい。愛は何にせよ、捧げる事から始まるって聞いた事あるの」

 

「それってもしかして、僕らは愛されているって思えば良いのかな?」

 

 

 声は至って小さめだ。

 だがこの静寂の中で、何よりも大きく響く。

 

 

 相変わらず笑顔を見せ続ける、ヘンゼルとグレーテル。

 マクレーンは俯きつつ、口を開いた。

 

 

 

「……てめぇらのビデオは見た。そんで、どう言うアレでそうなっちまったのかも、知ってんだ」

 

 

 

 彼の言葉に、二人は驚いたように表情を消した。

 

 

 

「……俺はその時、思ったよ。もう戻れねぇ、これまでみてぇに終わっちまった『世界の敵を殺すんだ』ってな」

 

 

 次に響いた声は、彼の自嘲気味な笑みだった。

 

 

「ふへへ……おかしいよな。『ヒーローじゃない』って吠えながら、『みんなのヒーロー、ジョン・マクレーン』でいようとしてたんだ。だから、てめぇらを殺すのが正解だと思ってたんだ」

 

 

 ヘンゼルが話しかける。

 

 

「おじさんはヒーローさ。ヒーローで、世界の敵。僕らがヒーローになって、苦しむマクレーンおじさんを助けてあげるよ」

 

 

 マクレーンは彼へ言葉を返した。

 

 

「悪いなぁ。俺ぁ、世界の敵じゃなかったんだ」

 

 

 グレーテルが話しかける。

 

 

「ならやっぱりヒーロー? 悪い人たちの命を吸った、呪われたヒーローかしら?」

 

 

 マクレーンは彼女へ言葉を返した。

 

 

「そんでやっぱ、ヒーローでもなかった」

 

 

 困ったように、双子が問いかける。

 

 

「じゃあ、おじさんは何なの? 殺し屋たちと同じ?」

 

「この街のマフィアたちと同じで、報復の為かしら?」

 

 

 マクレーンは二人へ言葉を返した。

 

 

 

「何でもねぇよ。俺は、俺だ。ジョン・マクレーンでしかねぇ。不器用で、不完全で、人よりちょいと諦めの悪い、バカな男さ」

 

 

 

 数秒の、沈黙が訪れる。

 言葉を選ぶように目を伏せているマクレーン。

 

 呟くような声が、屋内に響く。

 

 

 

「…………今日はお互い、長かったよなぁ」

 

「……長かったね」

 

「……えぇ。長かったわ」

 

「……全部は、繋がってたんだよ」

 

 

 ヘンゼルはミシン台からぴょんっと、飛び降りた。

 

 

 

 

「クソ邪魔なブタクサのように切りたくても切りたくても、てめぇらに関係して絡まり続けてやったな」

 

 

 Return of the Giant Hogweed

 グレーテルはゆっくり、人形の中に置いていたBARへ手を伸ばす。

 

 

 

「時に見えなくなっても、絶対に消えてやしねぇと、弱っちい光を追っかけて」

 

 

 There Is a Light That Never Goes Out

 ミシン台の下に忍ばせていた、一本の手斧をヘンゼルは取る。

 

 

 

「その実見つけたのは、世界が生んだ闇と痛みだ」

 

 

 World of Pain

 一度しゃがみ込んでいたヘンゼルが、のっそりと立ち上がる。

 

 

 

「全員を殺してやろうと、イカれちまった怪物の正体だ」

 

 

 All Dead, All Dead

 崩していた足を整えて、グレーテルがBARを抱えて立ち上がる。

 

 

 

「そんなのとやり合ったせいで、こんなボロボロになっちまった。てめぇらは俺にとっちゃ、悪い夢みてぇなもんだぜ」

 

 

 Gemini Dream

 ヘンゼルはコートの下にあるホルスターより、S&W M60を一挺、抜く。

 

 

 

「……だが、俺ぁ何とか立てている。まだ立っていんだ」

 

 

 I'm Still Standing

 グレーテルは銃身にぶら下がる人形に、口付けを済ます。

 

 

 

「すっかり青空とサヨナラしちまった今でも、やっとの事立ってんだ」

 

 

 Goodbye Blue Sky

 双子は互いに、軽い口付けを済ませた。

 

 

 

「そんで決着を付けて、俺は陽の光を浴びてこう言うんだ。『良い日、晴天』ってな」

 

 

 Good Day Sunshine

 マクレーンはやっと目を開け、顔を上げた。

 

 

 

「……久し振りに神に祈って来たぜ、チキショー。『そうでありたい(Amen)』……あぁ、いや、間違えた」

 

 

 

 

 ベレッタを、迷いなく構えた。

 

 

 

 

「……後はやるだけだ────」

 

 

 

 

 

 

 ヘンゼルが、斧を掲げて飛び出した。

 

 床に並べられた人形を飛び越え、マクレーンへ一気に迫ろうとする。

 

 

 

 引き金を引き、放たれた9mmパラベラム。

 

 

「ッ!?」

 

 

 瞬間、ヘンゼルは危機を感じて足を止め、その場にしゃがみ込んだ。

 

 さっきまで彼の頭のあった場所を、銃弾が通り過ぎて行く。

 

 

 そしてグレーテルを掠めて、奥にある鉄製の壁に当たった。

 

 

 

 呼吸を整え、呆然とマクレーンを見やるヘンゼルとグレーテル。

 表情には驚きと、深い深い歓喜が宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────『あるがままに(Let it Be)』ッ!! 待たせたなぁ、遊んでやるぜクソッタレッ!!」

 

 

 

 

 マクレーンは再び、ヘンゼルへ照準を向ける。

 

 

 しっかりと、真っ直ぐに、確実に、射抜けるように。




次回、「Let it Be」

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