DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Let it Be 3

 タイ、バンコク北部、ドンムアン空港。

 店を開け、陳列商品のチェックを始める、店員の青年。

 

 彼の元に、五人の屈強な男たちが現れた。

 

 

「失礼」

 

「ん?……あぁ、おまわりさん」

 

 

 訪ねて来たのは、空港警察の警官たちだった。

 見知った顔も何人かいる。

 買い物にも来る為、別に珍しい事ではない。

 

 しかし妙に物々しい雰囲気を醸していたので、青年は少し不安になる。

 

 

「えぇと……」

 

「ちょっとした、お尋ね者の聞き込みだ」

 

「はぁ……?」

 

「十代前半の双子で、ルーマニア人の白人だ。髪色はシルバーグレー、身長は双方とも一六◯センチほど。銃などの凶器を所持している可能性がある。見ていないか?」

 

 

 昨日と一昨日を思い返すも、思い当たる客は見ていない。

 青年は首を振った。

 

 

「いえ」

 

「もし見かけたり、少しでも疑った人物がいた場合は、すぐに知らせてくれ」

 

「はぁ。分かりました」

 

「それだけだ。では、失礼する」

 

 

 それだけ言い残し、警官たちは立ち去って行く。

 彼らの後ろ姿を見送りつつも、青年は訝しげに首を傾げる。

 

 

「……やけに詳細だな。しかし子どもで、ルーマニア人とはまぁ、良く分からないお尋ね者だなぁ……」

 

 

 すぐに陳列棚へ目を戻し、業務を続行する。

 

 

 警察と言えば一ヶ月前に来た、ニューヨークからの外国人客を思い出す。

 少しだけ窶れて、疲れた顔をした、仏頂面の男。

 その男は自分を、「おまわりさん」と言った。

 

 

「もうタイでの暮らしに慣れている頃かな……あっ」

 

 

 老夫婦の旅行客が入って来た為、すぐにレジの方へ走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   DIE HARD 3.5   

Fools rush in where angels fear to tread.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子の足取りを完全に見失ってから、三日が経過。

 

 

 ホテル・モスクワとしては通常業務をこなしながらも、双子の捜索を続けてはいた。

 

 双子の懸賞金は、十二万ドルにまで跳ね上がる。

 

 

 近辺の漁業組合、労働組合、ベトナム海軍、果ては国内の空港警察や国境警備隊──金さえ払えばどうとにもなる連中へは、際限なく手を伸ばした。

 

 

 ロアナプラから出ても、易々とタイからは出られない状況を作る。

 

 それでもまだ、目撃情報すら出ていなかった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 バラライカは事務所で葉巻を吸い、紫煙を吐いた。

 

 ここまで見つからなかったのは、完全に予想外だ。

 市内には腕利きの殺し屋たちが巡回しているし、遊撃隊は三合会やカルテルと共に捜索を続けている。

 

 街の郊外にも、ハイエナはウヨウヨいる。

 特にロアナプラ警察なんかは街から出て来る車一台一台を、昼夜問わず勝手に停めて、確認している徹底ぶりだ。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 一つの確信はあった。

 双子は間違いなく、ロアナプラからは出ていない。

 誰かが、ヴェロッキオらがやっていたように、匿っているに違いない。

 

 しかしそんな慈善家が、この街にいるものか。どうせ金だ。

 バラライカは懸賞金を釣り上げ、双子を匿っている者を煽ろうとした。

 

 

 それでも、報告は全くない。

 そこが本当に、不可解だった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 不可解と言えば、もう一つ。

 双子を、ある意味でホテル・モスクワと同じほどの執念で追い続けていた男、ジョン・マクレーンについてだ。

 

 

 彼は三日前の昼頃に、何食わぬ顔でイエロー・フラッグに現れた。

 

 左腕に銃創と思わしき怪我を負ってはいたが、五体満足で現れた。

 

 

 バオは彼を出禁にしていた為にすぐ追い返した。

 悪態を吐きながら出て行ったらしい。

 

 その後にマクレーンも双子を追っていたと知り、バオが連絡を入れて、彼の出没を知る。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 即座にホテル・モスクワは、ここ三日の彼の動向を追わせた。

 

 しかし当の本人と言えば、ヤケになったかのように呑んだくれるか、前から部屋を借りていた下宿屋で惰眠を貪るか。

 

 

 

 とてもあの時の、燃え盛るビルの前から走り去って行った、あのギラギラした目の男と同じ人物とは思えなかった。

 

 一応、本人を問い詰めたものの、「俺も見失った」とばかり。

 

 

 拷問にかけても良かったが、あの手の男はどうやったって何も吐かないだろう。

 

 だから表面上は手を引いた事を演出しながら、監視と言う形を取っている。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 三日目。

 彼に協力していたロックにも勿論、目を配ったが、あれからは普通にラグーン商会の業務に勤しんでいる。

 

 マクレーンとも会っていない。

 レヴィから聞いた話では、「会いに行くのも、気が悪い」との事。

 他人行儀な日本人らしいと言えば、それらしい理由だ。

 

 

 

 

 

「…………本当にすまないな、サハロフ。不甲斐ない指揮官だ」

 

 

 

 

 葉巻を灰皿の上に置き、亡き戦友へ謝罪する。

 

 

 

 立ち昇る紫煙。

 不意に紫煙がふらっと、姿勢を崩した。

 

 

 

「失礼します、大尉……!」

 

 

 ボリスが事務所に入って来る。

 表情の少ない彼にしては珍しく、焦燥感を積もらせた鬼気迫る顔付きとなっていた。

 

 

「……何か掴めたのか?」

 

「やはり、あの男でした」

 

「………………なに?」

 

 

 バラライカは「まさか」と、眉を潜めた。

 ボリスは矢継ぎ早に、報告する。

 

 

 

 

「つい四分前に────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日前の出来事だ。

 下宿屋の主人は、きな臭さを感じていた。

 

 

「……開いてやがるな」

 

 

 いつもは鍵をかけている勝手口が、また開錠されていた。

 ガチャリと施錠し、主人は太った身体を揺さぶりながらホールに戻る。

 

 

「よぉ〜。戻ったぞぉ〜」

 

 

 ちょうど、一月前から部屋を借り続けている客が戻って来た。

 赤ら顔で千鳥足。泥酔状態の、ジョン・マクレーンだ。

 

 

「ほれ。鍵返してくれ」

 

「……前から思ってたんだが」

 

「あぁ?」

 

「……いつもバッグを持って飲みに行くのか?」

 

 

 三日前に戻って来てより、彼は決まって自前のボストンバックを持って出て行く。

 

 

「ただ飲みに行くってんなら必要ねぇだろ」

 

「なんでもねぇよ。あー……酒だ酒」

 

「キメてるって聞いたぜ。ヤクか?」

 

 

 そう言われてカチンと来たのか、マクレーンはボストンバックをカウンターに乗せて開け、中を見せつけた。

 

 お菓子、水、缶詰め。食料ばっかだ。

 

 

「これで満足かぁ? ほれ、鍵よこせ」

 

 

 主人はポイっと鍵を渡してやる。

 バッグのチャックを閉めてからそれを受け取り、マクレーンはフラフラと自室へ戻って行く。

 

 

 

 彼の部屋は三階にある。

 部屋に戻り、扉を施錠する。

 あれだけ酔っていたと言うのに、帰ってからは物音一つしない。

 

 

「怪しいな……浮気してる女みてぇな感じだ」

 

 

 主人はマクレーンを追跡し、部屋の前に立つ。

 扉に耳を当てて中の音を聞き取ろうともした。

 

 何も聞こえない。眠っているのだろう。

 仕方なくホールに戻ろうかとした時、足元に何かが落ちている事に気付く。

 

 

「……こいつぁ」

 

 

 細長く、注意しなければ見逃してしまいかねないものだ。

 主人はサッとそれを拾い上げ、電灯の前に照らした。

 

 

「……髪だ」

 

 

 長い女の髪だ。

 色はシルバーグレーだろうか。

 光に照らされ、テラテラと唸るように輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あぁ、間違いねぇ!! 奴はガキを匿ってやがる!!」

 

 

 夜。あるバーの隅の席。

 四人の男を前に、彼はそう主張した。

 

 

「匿ってるって、なんでだ? メリットがねぇだろ」

 

「実はこの前、ホテル・モスクワの連中が俺にアイツの事を聞いてきやがったんだ!」

 

「ホテル・モスクワぁ? バラライカがか?」

 

「ただ双子を追う奴を、バラライカらが気を向ける訳ねぇだろ! もしかしたら双子とジョン・マクレーンは何でか知らんが協力関係で、ホテル・モスクワはそれを疑ってるって証拠だろぉ!?」

 

「待て待て、声がデカい……」

 

 

 ヒートアップする主人の口を押さえさせた。

 五人は丸テーブル上でグッと顔を近付け合い、誰にも聞かれないよう囁いて会話を続ける。

 

 

「…………それだけじゃねぇ。ここ二日の奴の動きも怪しいんだ。酔って帰って来るってのに、いつも持ち歩いているバッグん中は食いモンばっかだ。男一人が一日で食い切れねぇ量を、昨日も今日も買って帰って来た」

 

「でもよぉ、ガキを連れて入って来たところは見てねぇんだろ?」

 

「んなもん、俺の目を盗めば幾らでもチャンスはある。三階には通用階段もあるし、路地裏からこっそりってのも可能だ。それに鍵をかけていたハズの勝手口が、開いていたんだ。奴はそこからガキを入れたのかもしれねぇ」

 

「確かに妙だが、行きずりの女とシケこんでいる可能性だってあるだろ」

 

「俺もそう思っていた……だがなぁ、今朝! 俺は奴の部屋の前で見つけたんだ」

 

 

 ポケットから、透明な小袋に入れた髪の毛を取り出す。

 色はシルバーグレー。なかなか見ない、珍しい髪色だろう。

 

 

「それに双子の情報があったろ?」

 

「……双子の髪色は、どちらもシルバーグレー……」

 

「これが偶然な訳あるか? ホテル・モスクワからは、奴が怪しい行動を取ったら連絡しろって頼まれたが……それで情報料貰うより、懸賞金踏んだくった方が断然得だろぉ?」

 

 

 主人は下卑た笑いを浮かべ、喋り倒して垂れた涎を拭った。

 

 

「……俺たちでやるんだ。十二万ドルだぞぉ? 五人で山分けでも、大体二万ドルだ! どうだ、やるか?」

 

 

 四人は顔を見合わせ、互いに首を縦に振る。

 主人の誘いに、乗った訳だ。

 

 

「双子はヴェロッキオらを皆殺しにしたって言う、一筋縄じゃいかねぇ奴らだ。不意を狙うしかねぇ……作戦はこうだ」

 

 

 男たちはもっと顔を近付け、誰にも漏れないよう話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の朝。

 男たちは下宿屋のホールに集まった。

 待っていましたと言わんばかりに、主人は両手をさする。

 

 

「奴は?」

 

「今日はまだ出て来ていねぇ。昨日帰って来てから、降りてはいねぇよ。カミさんと一緒に寝ずの番したんだぞこっちは」

 

「この事は俺たち以外には言ってねぇよな? てめぇ、口が軽いからよぉ」

 

「馬鹿言うんじゃねぇ。金に関しちゃ、口はかてぇんだ。マジだぞ?」

 

「マジかよ……」

 

 

 男たちはズボンの裾に挟んでいた拳銃を、各々取り出した。

 若干、緊張を帯びさせた表情で、目配せ合う。

 

 

「通用階段への扉は全部、深夜に鎖でガチガチに封印しといた。つまり逃げ道は、こっちにしかねぇ」

 

 

 屋内の階段は一つのみ。

 下に降りるのならば、必ずホールを通る仕組みになっていた。

 

 

 最上階は三階、屋上は無し。

 マクレーンは双子共々、袋小路にいる。

 

 

「よし……ハンティングの時間だぜぇ」

 

 

 拳銃を構え、男たちは一斉に階段を駆け上がる。

 

 

 二階を越え、三階に到達。

 マクレーンのいる部屋の扉の横に、ゾロリと並んだ。

 

 

「開けたら、即撃て」

 

「ジョン・マクレーンだけだったらどうすんだ?」

 

「その時はまぁ……不幸な事故って事で。気にするこたぁねぇ、ここはロアナプラだ」

 

 

 店主はスッとドアノブへ手を伸ばし、掴んで回す。

 案の定、鍵はかかっていた。

 

 

「閉まってんのか?」

 

「安心しやがれ。俺はここのオーナーだぞ! マスターキーぐれぇ持ってる!」

 

 

 扉の向こうからの射撃を恐れて、傍らの壁に背を預けながら腕だけ伸ばす形で、鍵を開けようとする。

 そんな不器用な開け方で、すぐに開錠出来る訳はないが。

 

 

「てめぇ、早くしやがれ!」

 

「撃たれるかもしれねぇだろぉ!?」

 

「窓から逃げられたらどうすんだ!」

 

「三階だぞ!? それに窓があんのは表通りの方だ! ニンジャかスパイダーマンみてぇに目立って、騒ぎになんのがオチだ!」

 

「いいから開けやがれ!」

 

「待て、待て! 急かすな!」

 

「あー、もう……貸せッ!!」

 

 

 一人が主人からマスターキーを奪い、扉の前に立って鍵穴に差し込んだ。

 

 

「BARを持ってるって話だぞぉ!?」

 

「さっさとやって、さっさと終わらしゃ関係ねぇ!」

 

 

 ガチャリと、開錠する。

 その音と同時に、男たちは動き出した。

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

 

 開錠と同時に、男は扉を勢い良く開ける。

 五人の男たちは固まるようにして、入り口を塞いだ。

 

 

 

「撃てぇぇーーーーッ!!」

 

 

 そのまま構えた拳銃を、撃ちまくった。

 下宿屋内に数多の銃声が響き渡り、弾丸がマクレーンの部屋を飛び抜ける。

 

 

 窓や壁が破壊され、表通りの方へ破片が散った。

 外からどよめきや悲鳴か聞こえる。

 

 

 

 

 

「…………!? 待て、待て待て待て!? ストップストップッ!?」

 

 

 主人が制止させたと同時に、銃声は止んだ。

 

 

 弾痕と硝煙だらけの部屋を覗けば、そこには誰もいなかった。

 

 

「いねぇよ!? オイ、ジョン・マクレーンもいねぇじゃねぇか!?」

 

「いねぇじゃねぇかって、てめぇの情報だろが!?」

 

「やっぱ漏らしたかのかぁ!?」

 

「漏らしてねぇよぉ!?」

 

 

 口論する男たち。

 その内、一人がちらりと廊下の奥を見やる。

 

 

 視線の先には、封鎖されていると言う通用階段への扉。

 どう言う訳なのか、半開きになっていた。

 

 

「……おい。おめぇ、鎖でガチガチにって言ってたよな?」

 

「あ? あぁ。一ミリたりとも開かねぇようにしてたぜ!」

 

「一ミリどころか、五センチも開いてんじゃねぇかッ!?」

 

 

 男の指摘を受け、すぐさま全員が通用階段の方へ駆け出した。

 扉を開けて、主人は外側のドアノブに目を通す。

 

 

 ドアノブと近くの手摺りとを繋いで縛っていたハズの鎖が、ボルトクリッパーか何かで切断されていた。

 

 

「嘘だろオイ!? 誰かの悪戯かぁ!?」

 

「悪戯な訳がねぇだろ! バレてんだよクソッ!!」

 

「でもジョン・マクレーンは、一回も外に出てねぇぞ!?」

 

 

 男の一人が、大急ぎで手摺りに乗り出し、路地裏を見下ろす。

 

 マクレーンはすぐ、発見された。

 

 

 

 停めていた車の後部座席に、何かを乗せる彼の姿。

 抱きかかえ、丁寧な姿勢で乗せられているそれは、洋服を着た少女の影。

 揺れる長い髪は、シルバーグレーだった。

 

 

 

「いたッ!? いたぞッ!! マクレーンがガキを乗せてやがるッ!!」

 

 

 銃口を向ける男たち。

 

 

 マクレーンは後部座席から、何かを引っ張り出した。

 

 

 BARだった。

 巨大なライフル銃を向けられ、一旦して彼らは青い顔となる。

 

 

「BARだぁッ!? バーバーバーバーッ!!」

 

「逃げろぉーーッ!!」

 

 

 マクレーンは引き金を引く。

 重厚な銃声と共に、弾丸が発射される。

 

 男たちは大慌てで屋内に逃走し、一斉に廊下に飛んで伏せた。

 

 

「なんでバレてんだ!? なんでバレてんだぁッ!?」

 

「やっぱてめぇ、誰かに漏らしただろぉ!!」

 

「クソッ、クソッ!! 御破算だチクショーッ!!」

 

「こんなチンケなクズ銃で、BARに敵うかぁ!?」

 

「伏せろーッ!! ミンチにされるーッ!!」

 

 

 その内、銃声は止んだ。

 代わりに響いた音は、車のスキール音。

 

 即座に彼らは立ち上がり、再び通用階段へ飛び出す。

 

 路地裏を、車が走り去って行った。

 

 

「おいッ!? 逃げられるぞぉッ!?!?」

 

「誰か車で来てねぇか!?」

 

「表に停めてあるッ!! 付いて来いッ!!」

 

 

 男たちは急いで階段を降り、路地裏から表通りへ。

 

 

 宿の前に停めていた車に乗ろうとした時、走り去ったマクレーンの車目掛けて、数多の車が追いかけて行く。

 この街の殺し屋たちの物だ。

 

 

「おいおいおい!? どんだけバレてんだぁッ!?」

 

「俺たちも行くかッ!?」

 

「ここまで来たらもう、行っても仕方なくねぇか?」

 

 

 行くか止めるか討論する彼らの元へ、数人の人間が近付く。

 誰か来たのかと顔を向けた男たちはまた、顔を真っ青に染めた。

 

 

 屈強な、ロシア人たち。

 間違いなく、ホテル・モスクワの人間だ。

 

 

「おい! 何があった!?」

 

「あ、あ、あの、これには、訳が……」

 

「申し分は良いッ! 何があったかだけ言えッ!!」

 

 

 鬼気迫る表情で問い詰めて来るロシア人。

 完全に萎縮した主人は、あった事全てを話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその話は、ボリスを介してバラライカの耳に届く。

 すぐさま彼女は椅子から立ち、事務所を出た。

 

 

「ジョン・マクレーンが、双子の特徴と合致する人間を乗せていたと」

 

「えぇ。下宿屋の主人曰く、前々からあそこに匿っていたのでは、と」

 

「………………」

 

 

 もう一つ、不可解な事がある。

 逃げたマクレーンを追った、殺し屋たちの事だ。

 

 

「……なぜ、奴の事を我々以外の殺し屋が掴んでいる?」

 

「分かりません。しかし分かった事は、ジョン・マクレーンには明らかに、この街を良く知る協力者が存在しています」

 

 

 含みのあるボリスの言い方。

 その真意はすぐに察知出来た。

 

 彼の言葉の続きを、バラライカは代弁してやる。

 

 

「……つまり────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 BARを撃ち放ち、男たちを牽制するマクレーン。

 用事が済むと即座に後部座席へ銃を放り投げてドアを閉める。

 

 

「どうだ、マヌケどもめッ!」

 

 

 大慌てで運転席に乗り込み、アクセルを踏む。

 

 

 路地裏から、表通りへ出た。

 ダッシュボードにかけた地図を見ながら、彼はハンドルを切る。

 

 

 バックミラーを覗く。

 潜んでいた殺し屋たちが、車に乗って追いかけて来ていた。

 

 

「おー、こりゃやべぇ……! またマッドマックスかよクソッタレ……!」

 

 

 ギアを変え、アクセルを更に踏み込み、速度を上げる。

 前方にいる車を右へ左へ車線を移動しながら、どんどん追い抜かす。

 

 

「こんな街でも、法定速度は守るんだなぁ、えぇ!?」

 

 

 サイドミラーを覗き、追手の様子を見るマクレーン。

 

 映っているのは、一台の殺し屋の車。

 助手席から身を出し、サブマシンガンを構える男の姿。

 

 

「おぉ!? やろってのかぁ……うひぃ!?」

 

 

 放たれた弾丸が、マクレーンが見ていたサイドミラーを破壊した。

 

 そのまま彼の車の後ろに付けつつ、銃を撃ちまくる。

 

 

「だぁーーッ!! クソッタレぇーーッ!!」

 

 

 トランクに穴を開け、リアガラスが割れた。

 マクレーンは頭を下げながら、ハンドルに齧り付き続けた。

 スピードだけは、一切落とさない。

 

 

「頭下げてろよぉ〜!!」

 

 

 バックミラーを覗き、後部座席にいる少女へ声をかけてやった。

 

 

 マクレーンは一息吹き、大きくハンドルを切る。

 車はガイドポストを跳ね飛ばし、対向車線へ侵入。

 

 

「すみませんねぇー!! ちょっと通りますよぉーっと!」

 

 

 逆走する彼の車に驚いてブレーキを踏む、ドライバーたち。

 その合間を縫うようにして、マクレーンはどんどんと先へ走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロアナプラの出口にて、検問を実施する警官たち。

 街を出ようとする車を一台一台停め、確認している。

 

 

 タイ南部の辺鄙な街とは言え、少なくはない。

 半ばルーティーンとなり、警官たちは気怠げな表情だ。

 

 

「クソ……めんどくせぇよなぁ。んな、なんでこんな、警察みてぇな事しなきゃなんだ」

 

「警察みてぇなじゃなくて、俺たちゃ警察なんだよ。やっと思い出したかぁ?」

 

「うるせぇなぁ。んな、日頃やってる訳じゃねぇだろが。ハァ〜〜、一発、ヤリに行きてぇなぁ」

 

 

 茹だる暑さの中、水の入ったボトルを片手に仕事を続ける。

 停めている車には、ざっと十台以上が並んでいた。

 

 業を煮やしたドライバーに、罵声とクラクションを浴びせられる。

 その時は拳銃を抜けば、一発だ。

 

 

 

 休憩時間まで、あとどれくらいだったか。

 ぼんやりとそう考えた時に、一人の警官が大急ぎでやって来た。

 

 

「オイッ!! 検問はやめだッ!!」

 

「あ? どした?」

 

「無線聞いてねぇのかぁ!? 双子が見つかったんだッ!!」

 

「はぁ!?」

 

「ジョン・マクレーンだッ!! あのクソ野郎が双子乗せて、ラチャダ・ストリートを走ってやがるッ!! 街から出る気だ!! 早くしねぇと、十二万取り逃がすぞッ!!」

 

 

 警官たちは大急ぎで検問を中止し、パトカーに乗り込む。

 残された車のドライバーたちに説明もせず、ロアナプラ方面へ一斉に走って行く。

 

 

「KLOOTZAKッ!!」

 

 

 パトカーが横切った時、待たされていた車のドライバーが罵倒を飛ばす。

 中指を立て、どこの国のか知れない言葉で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 南シナ海を航行する、PTボート。

 インドネシアにある島を目指し、海原を掻き分ける。

 

 

「おーい。今日はどこまで行くんだ?」

 

 

 ベニーへレヴィが、話しかける。

 彼はレーダーを確認しながら、応えてやった。

 

 

「ボルネオかな。インドネシアだよ」

 

「かぁーっ! 遠いなクソ!」

 

「我慢しなよ。と言うかここ最近の君、やけに機嫌悪いね。一体どうした?」

 

「うっせぇ、それは関係ねぇ。黙ってレーダーと見つめ合ってんろ。四つ目」

 

「やっぱ機嫌悪いじゃん……」

 

 

 ベニーの部屋を離れ、貨物室に行く。

 大きな木箱が二つ。これが今日の荷物だ。

 

 傍らではロックがタバコを吸い、番をしている。

 彼はレヴィに気付くと、スッと手を上げて反応した。

 

 

「だいぶかかる?」

 

「あと二時間か」

 

「遠いな……」

 

「地球の裏に行くんじゃあるまいし、そんなにだよそんなに」

 

 

 さっき目的地を聞いて「遠い」とゴネていた事は棚上げ。同調する事さえ、面倒なだけだった。

 ドカッと彼の隣に座り、足を組む。

 

 

「中は確か、武器だっけか」

 

「あっちの支部のマフィアに渡すモンだとさ。クソババァめ。んな大荷物、急に依頼すんなっつの」

 

「こっちからあっちに頼むのはあるけど、あっちからってのは珍しいかな」

 

「そうでもねぇ。誰かがチップ付けて運送も頼みゃ、あたしらにたまに依頼してくる」

 

 

 ロックはジッと、木箱を見つめている。

 その様子に気付いたレヴィは、訝しげに聞いて来た。

 

 

「どうした? なんか気になんのか?」

 

 

 ロックはすぐに首を振り、疲れた笑顔で否定した。

 

 

「……いいや。何でもない」

 

 

 

 

 その時、突然船が止まった。

 何事かと二人が天井を見上げた時に、誰かが貨物室の扉を開けて入る。

 

 ダッチだ。

 いつも冷静沈着な彼にしては、焦りがやけに滲み出ていた。

 

 

 手には彼の愛銃の、S&W M29が握られている。

 

 

「お、おいおいおい、どうしたダッチ?」

 

「レヴィ。銃を構えて、その箱を狙っていてくれ」

 

「…………なに?」

 

 

 困惑しながらも、ホルスターからベレッタを抜くレヴィ。

 一人ロックは、息を吸い込んだ。

 

 

「……なにがあった?」

 

「ちょっとした確認だ。もしかしたら俺たちは、ドラキュラの棺でも運んでいたかもしれねぇ」

 

「……武器じゃねぇって事か」

 

 

 木箱に近付きながら、ダッチは訳を告げた。

 

 

 

 

「バラライカからの連絡があってな」

 

 

 その名を聞いた時、ロックは咥えていたタバコを、思い切り噛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り続けるマクレーン。

 彼の行動は読まれていたのか、行く先々で殺し屋が待ち構えていた。

 

 ある時には建物のバルコニーからも発砲された。

 

 天井を突き破って降る弾丸に、マクレーンは肝を冷やす。

 

 

「だぁーーッ!! クソッタレぇーーッ!! 俺が運転中で命拾いしたなチクショウッ!! 銃持ってりゃ、皆殺しにしてやったのによぉッ!!」

 

 

 撃ち込まれる銃弾に注意しながらも、ダッシュボードの地図を睨み続ける。

 

 

「えぇと……次は右かぁ!?」

 

 

 十字路を右折する。

 信号を無視した為、車の流れを乱してしまう。

 

 マクレーンの車との衝突を避けようとブレーキをかけ、渋滞が起こる。

 後続の追手の車がそれに阻まれ、次々と停車する。

 

 

「ふぅーッ!! ざまぁねぇ! で、次は……ッ!?」

 

 

 前方より、パトカーが現れた。

 それも複数台。道路を閉鎖している。

 

 

「予定より早ぇなぁ!? こう言う時だけ仕事すんじゃねぇッ!!」

 

 

 仕方なく、別の道に逃げる。

 マーケットの路地だ。ルートは狂ったが、やりようによっては軌道修正は可能だ。

 

 

「はいはいはい、どいたどいた!! おまわりさんのお通りだー!」

 

 

 狭い道をクラクションを鳴らしながら走る。

 歩行者が大急ぎで避けて行く中を、強引に進んだ。

 

 

 

 路地の先は、また別のストリート。

 出たと同時にタイヤを滑らせ、車体を整えた。

 

 だがその先を見て、マクレーンはギョッとする。

 

 

 

 警察は全ての通りを、完全に閉鎖していた。

 

 

「……警察相手に逃げる逃走犯ってのは、こんな気分なのかねぇ。バラライカめ、もう情報を流しやがったか」

 

 

 車を一八◯度回転させ、パトカーに背を向けて逃げ出す。

 地図を一瞥し、苦い顔となる。

 

 

「……いや。次の通りを左折すりゃ、なんとか……!」

 

 

 その目論見は、あっけなく崩壊する。

 進行方向より走って来た車が、マクレーンの車両に発砲した。

 

 

「うぉあ!? どっから来たッ!?」

 

 

 その攻撃により、左折ルートを諦める他なかった。

 車はそのまま直進し、繁華街の方へ。

 

 

 

 

 

 

 

 マクレーンの車に攻撃を加えた者は、すぐに無線をつけた。

 

 

「標的の迎撃、失敗。第二班、用意しろ」

 

 

「第二班、了解」

 

 

 報告を受けたと同時に走り出す、別の車。

 路地から現れたその車も、ちょうど通りかかったマクレーンの車へ攻撃する。

 

 

 再び彼を曲がらせず、直進させた。

 

 

「第二班、迎撃失敗。標的はそのまま、ブラン・ストリートに入る。迎撃班、準備せよ」

 

 

 無線で任務の「失敗」を報告。

 

 

 その報告は仲間内だけではない。

 暗い部屋で、隠れて傍受する第三者の耳にも入った。

 

 

 

 

 

「こっちに来るぜ! 情報通りだ!! 奴ら、取り逃がしているぜ!!」

 

「オーケー。おいッ!! 構えろ野郎どもぉッ!!」

 

 

 男の雄叫びが聞こえたと同時に、部屋中にいた者たちが各々の銃を持って飛び出す。

 

 

 モーテルやビルの屋上、ベランダや道路沿いのベンチ。

 至る所に、殺し屋たちが待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 車の中で、バラライカは無線機を置く。

 指令は伝え終えた。

 

 

「奴はどうやら、殺し屋たちのいるポイントを的確に避けている」

 

「外れたルートを閉鎖するよう、ロアナプラ署には連絡済みです」

 

 

 地図を見ながらボリスは、報告を続けた。

 

 

「『誘導班』には、標的を『取り逃がした』と言う体で報告させています。今頃、誰かが無線を傍受して、我々が『待ち構えているポイント』の前に集結している頃合いでしょう」

 

「完璧だ……同志軍曹、携帯電話を」

 

「はい」

 

 

 彼から渡された電話を取り、番号を入力。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その電話は、船を操作中のダッチの無線機と繋がった。

 すぐに彼は運航の片手間に、それを取る。

 

 

「私よ、ダッチ」

 

「バラライカか? どうした?」

 

「聞きたい事と、頼みたい事があるのよ」

 

「悪い。今、仕事中なんだ。依頼ならまた後で頼めるか?」

 

 

 ダッチのお願いを無視し、彼女は「聞きたい事」から先に告げた。

 

 

 

 

 

「今運んでいる荷物だけど……『暴力教会』の物よね?」

 

 

 思わず彼は、顔を顰めた。

 

 

 間違っているからではなく、その通りだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度の邪魔を受け、ルートへの帰還を失敗したマクレーン。

 頭を掻きながら、苦虫を噛み潰したような表情となる。

 

 

「バレたか……!? クソッタレ……まさか、ロアナプラ中の奴に喧嘩売るなんざな……!! これ出来んならBAR担いで、ホテル・モスクワに突撃すりゃ良かったッ!!」

 

 

 そんな悪態を吐きながら、ストリートに入る。

 

 まだルートへは戻れる。次の通りを抜け、右折すれば可能だ。

 しかし、彼はまんまと罠にかかってしまった。

 

 

 

 

 

 フロントガラスより見える光景に、目を丸くした。

 

 

 向けられる銃口、銃口、銃口…………

 

 

 

 そこには数多で様々な銃を構えた、殺し屋たちの姿。

 

 

 

「…………ここ、殺し屋の待機場所じゃねぇハズだろぉ……?」

 

 

 停まれば、間違いなく的になる。

 マクレーンは少し躊躇した後、アクセルを踏んだ。

 

 強引に突撃しようと考えた訳だ。

 

 

 

 

 しかしその判断は、たった二秒後に間違っていたと、気付かされる。

 上から、横からと降り注ぐ銃弾が、彼の車を破壊して行った。

 

 

 

 

「────もう無理だクソッタレぇぇーーーーッ!!」

 

 

 急いでドアを開け、外に飛び出すマクレーン。

 

 

 

 ほぼ同時だった。

 誰かの撃ち込んだグレネード弾が、車の下に着弾する。

 

 

 

 爆音が響き、ストリートの中央で噴煙が上がる。

 

 紅い炎と黒煙を巻きながら、強烈な風が車を吹き飛ばす。

 

 

 

「うぉおおぉおおッ!?!?」

 

 

 道路を滑りながら転がるマクレーン。

 その頭上を、さっきまで乗っていた車が、飛び越して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バラライカの話を受けたダッチは、思わず吹き出す。

 

 

「……『エダ』が街の殺し屋どもに、双子乗せたジョン・マクレーンの移動ルートを教えている?」

 

「しかも本人はそのルートを意図的に避けているし、この情報は直前まで私たちに伝わっていなかった……意味わかる?」

 

「…………殺し屋の待機場所をマクレーンは知っている。つまり、エダは奴にも情報を流した…………殺し屋への情報は嘘で、マクレーンはエダと結託しているってところか?」

 

「ご明察。インテリ自称するだけあるわね」

 

 

 とは言ったが、ダッチには一つ、解せない点があった。

 

 

「しかし……殺し屋どもを扇動する必要あったのか? こっそり逃げりゃ良い。なんでこんな、朝っぱらから大騒ぎしてやんだ?」

 

「そこよ。私もそこを考えた……で、思い付いたのよ」

 

 

 ボリスに火をつけてもらった葉巻を、彼女は咥えた。

 

 

 

 

「……街でのドンパチは、『陽動』。我々の目を、本命から逸らさせる為」

 

「………………」

 

「……そしてこのタイミングで動き出した、ロアナプラ中の運び屋を調べたら……マクレーンと結託しているであろうエダの所属する、暴力教会からの荷物を請け負った運び屋が、一つ」

 

「……おいおい、マジか」

 

 

 すぐにダッチは船を停めた。

 彼の鬼気迫る声色を聞いたバラライカは、満足げに煙を吐く。

 

 

「察しが良くて助かるわ。あなただって、嘘吐きは嫌いでしょ?」

 

 

 すぐに無線を切り、ダッチは操舵室を銃を持って飛び出した。

 

 

 

 

 そして今、貨物室に彼が入って来た訳だ。

 目の前の木箱ならば、大人は難しくても子どもなら余裕で隠れられる。

 

 

「……レヴィ。バールを貸せ」

 

 

 備え付けのバールを、ダッチに投げ渡す。

 ロックは目を伏せ、肺が膨らみ切るまで煙を吸った。

 

 

「静かにな……気を付けろ」

 

 

 バールの先端を、木箱上面の繋ぎ目に押し込む。

 そのままレヴィを一瞥した後に、一息つけて一気にバールを押し込んだ。

 

 

 メキリと音が響き、木箱が開く。

 

 

 

 

「構えろッ!!」

 

 

 

 

 

 一人静かにロックは、首を振って煙を吐いた。




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