DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
タイ、バンコク北部、ドンムアン空港。
店を開け、陳列商品のチェックを始める、店員の青年。
彼の元に、五人の屈強な男たちが現れた。
「失礼」
「ん?……あぁ、おまわりさん」
訪ねて来たのは、空港警察の警官たちだった。
見知った顔も何人かいる。
買い物にも来る為、別に珍しい事ではない。
しかし妙に物々しい雰囲気を醸していたので、青年は少し不安になる。
「えぇと……」
「ちょっとした、お尋ね者の聞き込みだ」
「はぁ……?」
「十代前半の双子で、ルーマニア人の白人だ。髪色はシルバーグレー、身長は双方とも一六◯センチほど。銃などの凶器を所持している可能性がある。見ていないか?」
昨日と一昨日を思い返すも、思い当たる客は見ていない。
青年は首を振った。
「いえ」
「もし見かけたり、少しでも疑った人物がいた場合は、すぐに知らせてくれ」
「はぁ。分かりました」
「それだけだ。では、失礼する」
それだけ言い残し、警官たちは立ち去って行く。
彼らの後ろ姿を見送りつつも、青年は訝しげに首を傾げる。
「……やけに詳細だな。しかし子どもで、ルーマニア人とはまぁ、良く分からないお尋ね者だなぁ……」
すぐに陳列棚へ目を戻し、業務を続行する。
警察と言えば一ヶ月前に来た、ニューヨークからの外国人客を思い出す。
少しだけ窶れて、疲れた顔をした、仏頂面の男。
その男は自分を、「おまわりさん」と言った。
「もうタイでの暮らしに慣れている頃かな……あっ」
老夫婦の旅行客が入って来た為、すぐにレジの方へ走る。
DIE HARD 3.5
Fools rush in where angels fear to tread.
双子の足取りを完全に見失ってから、三日が経過。
ホテル・モスクワとしては通常業務をこなしながらも、双子の捜索を続けてはいた。
双子の懸賞金は、十二万ドルにまで跳ね上がる。
近辺の漁業組合、労働組合、ベトナム海軍、果ては国内の空港警察や国境警備隊──金さえ払えばどうとにもなる連中へは、際限なく手を伸ばした。
ロアナプラから出ても、易々とタイからは出られない状況を作る。
それでもまだ、目撃情報すら出ていなかった。
「………………」
バラライカは事務所で葉巻を吸い、紫煙を吐いた。
ここまで見つからなかったのは、完全に予想外だ。
市内には腕利きの殺し屋たちが巡回しているし、遊撃隊は三合会やカルテルと共に捜索を続けている。
街の郊外にも、ハイエナはウヨウヨいる。
特にロアナプラ警察なんかは街から出て来る車一台一台を、昼夜問わず勝手に停めて、確認している徹底ぶりだ。
「………………」
一つの確信はあった。
双子は間違いなく、ロアナプラからは出ていない。
誰かが、ヴェロッキオらがやっていたように、匿っているに違いない。
しかしそんな慈善家が、この街にいるものか。どうせ金だ。
バラライカは懸賞金を釣り上げ、双子を匿っている者を煽ろうとした。
それでも、報告は全くない。
そこが本当に、不可解だった。
「………………」
不可解と言えば、もう一つ。
双子を、ある意味でホテル・モスクワと同じほどの執念で追い続けていた男、ジョン・マクレーンについてだ。
彼は三日前の昼頃に、何食わぬ顔でイエロー・フラッグに現れた。
左腕に銃創と思わしき怪我を負ってはいたが、五体満足で現れた。
バオは彼を出禁にしていた為にすぐ追い返した。
悪態を吐きながら出て行ったらしい。
その後にマクレーンも双子を追っていたと知り、バオが連絡を入れて、彼の出没を知る。
「………………」
即座にホテル・モスクワは、ここ三日の彼の動向を追わせた。
しかし当の本人と言えば、ヤケになったかのように呑んだくれるか、前から部屋を借りていた下宿屋で惰眠を貪るか。
とてもあの時の、燃え盛るビルの前から走り去って行った、あのギラギラした目の男と同じ人物とは思えなかった。
一応、本人を問い詰めたものの、「俺も見失った」とばかり。
拷問にかけても良かったが、あの手の男はどうやったって何も吐かないだろう。
だから表面上は手を引いた事を演出しながら、監視と言う形を取っている。
「………………」
三日目。
彼に協力していたロックにも勿論、目を配ったが、あれからは普通にラグーン商会の業務に勤しんでいる。
マクレーンとも会っていない。
レヴィから聞いた話では、「会いに行くのも、気が悪い」との事。
他人行儀な日本人らしいと言えば、それらしい理由だ。
「…………本当にすまないな、サハロフ。不甲斐ない指揮官だ」
葉巻を灰皿の上に置き、亡き戦友へ謝罪する。
立ち昇る紫煙。
不意に紫煙がふらっと、姿勢を崩した。
「失礼します、大尉……!」
ボリスが事務所に入って来る。
表情の少ない彼にしては珍しく、焦燥感を積もらせた鬼気迫る顔付きとなっていた。
「……何か掴めたのか?」
「やはり、あの男でした」
「………………なに?」
バラライカは「まさか」と、眉を潜めた。
ボリスは矢継ぎ早に、報告する。
「つい四分前に────」
一日前の出来事だ。
下宿屋の主人は、きな臭さを感じていた。
「……開いてやがるな」
いつもは鍵をかけている勝手口が、また開錠されていた。
ガチャリと施錠し、主人は太った身体を揺さぶりながらホールに戻る。
「よぉ〜。戻ったぞぉ〜」
ちょうど、一月前から部屋を借り続けている客が戻って来た。
赤ら顔で千鳥足。泥酔状態の、ジョン・マクレーンだ。
「ほれ。鍵返してくれ」
「……前から思ってたんだが」
「あぁ?」
「……いつもバッグを持って飲みに行くのか?」
三日前に戻って来てより、彼は決まって自前のボストンバックを持って出て行く。
「ただ飲みに行くってんなら必要ねぇだろ」
「なんでもねぇよ。あー……酒だ酒」
「キメてるって聞いたぜ。ヤクか?」
そう言われてカチンと来たのか、マクレーンはボストンバックをカウンターに乗せて開け、中を見せつけた。
お菓子、水、缶詰め。食料ばっかだ。
「これで満足かぁ? ほれ、鍵よこせ」
主人はポイっと鍵を渡してやる。
バッグのチャックを閉めてからそれを受け取り、マクレーンはフラフラと自室へ戻って行く。
彼の部屋は三階にある。
部屋に戻り、扉を施錠する。
あれだけ酔っていたと言うのに、帰ってからは物音一つしない。
「怪しいな……浮気してる女みてぇな感じだ」
主人はマクレーンを追跡し、部屋の前に立つ。
扉に耳を当てて中の音を聞き取ろうともした。
何も聞こえない。眠っているのだろう。
仕方なくホールに戻ろうかとした時、足元に何かが落ちている事に気付く。
「……こいつぁ」
細長く、注意しなければ見逃してしまいかねないものだ。
主人はサッとそれを拾い上げ、電灯の前に照らした。
「……髪だ」
長い女の髪だ。
色はシルバーグレーだろうか。
光に照らされ、テラテラと唸るように輝いている。
「────あぁ、間違いねぇ!! 奴はガキを匿ってやがる!!」
夜。あるバーの隅の席。
四人の男を前に、彼はそう主張した。
「匿ってるって、なんでだ? メリットがねぇだろ」
「実はこの前、ホテル・モスクワの連中が俺にアイツの事を聞いてきやがったんだ!」
「ホテル・モスクワぁ? バラライカがか?」
「ただ双子を追う奴を、バラライカらが気を向ける訳ねぇだろ! もしかしたら双子とジョン・マクレーンは何でか知らんが協力関係で、ホテル・モスクワはそれを疑ってるって証拠だろぉ!?」
「待て待て、声がデカい……」
ヒートアップする主人の口を押さえさせた。
五人は丸テーブル上でグッと顔を近付け合い、誰にも聞かれないよう囁いて会話を続ける。
「…………それだけじゃねぇ。ここ二日の奴の動きも怪しいんだ。酔って帰って来るってのに、いつも持ち歩いているバッグん中は食いモンばっかだ。男一人が一日で食い切れねぇ量を、昨日も今日も買って帰って来た」
「でもよぉ、ガキを連れて入って来たところは見てねぇんだろ?」
「んなもん、俺の目を盗めば幾らでもチャンスはある。三階には通用階段もあるし、路地裏からこっそりってのも可能だ。それに鍵をかけていたハズの勝手口が、開いていたんだ。奴はそこからガキを入れたのかもしれねぇ」
「確かに妙だが、行きずりの女とシケこんでいる可能性だってあるだろ」
「俺もそう思っていた……だがなぁ、今朝! 俺は奴の部屋の前で見つけたんだ」
ポケットから、透明な小袋に入れた髪の毛を取り出す。
色はシルバーグレー。なかなか見ない、珍しい髪色だろう。
「それに双子の情報があったろ?」
「……双子の髪色は、どちらもシルバーグレー……」
「これが偶然な訳あるか? ホテル・モスクワからは、奴が怪しい行動を取ったら連絡しろって頼まれたが……それで情報料貰うより、懸賞金踏んだくった方が断然得だろぉ?」
主人は下卑た笑いを浮かべ、喋り倒して垂れた涎を拭った。
「……俺たちでやるんだ。十二万ドルだぞぉ? 五人で山分けでも、大体二万ドルだ! どうだ、やるか?」
四人は顔を見合わせ、互いに首を縦に振る。
主人の誘いに、乗った訳だ。
「双子はヴェロッキオらを皆殺しにしたって言う、一筋縄じゃいかねぇ奴らだ。不意を狙うしかねぇ……作戦はこうだ」
男たちはもっと顔を近付け、誰にも漏れないよう話を続けた。
そして翌日の朝。
男たちは下宿屋のホールに集まった。
待っていましたと言わんばかりに、主人は両手をさする。
「奴は?」
「今日はまだ出て来ていねぇ。昨日帰って来てから、降りてはいねぇよ。カミさんと一緒に寝ずの番したんだぞこっちは」
「この事は俺たち以外には言ってねぇよな? てめぇ、口が軽いからよぉ」
「馬鹿言うんじゃねぇ。金に関しちゃ、口はかてぇんだ。マジだぞ?」
「マジかよ……」
男たちはズボンの裾に挟んでいた拳銃を、各々取り出した。
若干、緊張を帯びさせた表情で、目配せ合う。
「通用階段への扉は全部、深夜に鎖でガチガチに封印しといた。つまり逃げ道は、こっちにしかねぇ」
屋内の階段は一つのみ。
下に降りるのならば、必ずホールを通る仕組みになっていた。
最上階は三階、屋上は無し。
マクレーンは双子共々、袋小路にいる。
「よし……ハンティングの時間だぜぇ」
拳銃を構え、男たちは一斉に階段を駆け上がる。
二階を越え、三階に到達。
マクレーンのいる部屋の扉の横に、ゾロリと並んだ。
「開けたら、即撃て」
「ジョン・マクレーンだけだったらどうすんだ?」
「その時はまぁ……不幸な事故って事で。気にするこたぁねぇ、ここはロアナプラだ」
店主はスッとドアノブへ手を伸ばし、掴んで回す。
案の定、鍵はかかっていた。
「閉まってんのか?」
「安心しやがれ。俺はここのオーナーだぞ! マスターキーぐれぇ持ってる!」
扉の向こうからの射撃を恐れて、傍らの壁に背を預けながら腕だけ伸ばす形で、鍵を開けようとする。
そんな不器用な開け方で、すぐに開錠出来る訳はないが。
「てめぇ、早くしやがれ!」
「撃たれるかもしれねぇだろぉ!?」
「窓から逃げられたらどうすんだ!」
「三階だぞ!? それに窓があんのは表通りの方だ! ニンジャかスパイダーマンみてぇに目立って、騒ぎになんのがオチだ!」
「いいから開けやがれ!」
「待て、待て! 急かすな!」
「あー、もう……貸せッ!!」
一人が主人からマスターキーを奪い、扉の前に立って鍵穴に差し込んだ。
「BARを持ってるって話だぞぉ!?」
「さっさとやって、さっさと終わらしゃ関係ねぇ!」
ガチャリと、開錠する。
その音と同時に、男たちは動き出した。
「行くぞッ!!」
開錠と同時に、男は扉を勢い良く開ける。
五人の男たちは固まるようにして、入り口を塞いだ。
「撃てぇぇーーーーッ!!」
そのまま構えた拳銃を、撃ちまくった。
下宿屋内に数多の銃声が響き渡り、弾丸がマクレーンの部屋を飛び抜ける。
窓や壁が破壊され、表通りの方へ破片が散った。
外からどよめきや悲鳴か聞こえる。
「…………!? 待て、待て待て待て!? ストップストップッ!?」
主人が制止させたと同時に、銃声は止んだ。
弾痕と硝煙だらけの部屋を覗けば、そこには誰もいなかった。
「いねぇよ!? オイ、ジョン・マクレーンもいねぇじゃねぇか!?」
「いねぇじゃねぇかって、てめぇの情報だろが!?」
「やっぱ漏らしたかのかぁ!?」
「漏らしてねぇよぉ!?」
口論する男たち。
その内、一人がちらりと廊下の奥を見やる。
視線の先には、封鎖されていると言う通用階段への扉。
どう言う訳なのか、半開きになっていた。
「……おい。おめぇ、鎖でガチガチにって言ってたよな?」
「あ? あぁ。一ミリたりとも開かねぇようにしてたぜ!」
「一ミリどころか、五センチも開いてんじゃねぇかッ!?」
男の指摘を受け、すぐさま全員が通用階段の方へ駆け出した。
扉を開けて、主人は外側のドアノブに目を通す。
ドアノブと近くの手摺りとを繋いで縛っていたハズの鎖が、ボルトクリッパーか何かで切断されていた。
「嘘だろオイ!? 誰かの悪戯かぁ!?」
「悪戯な訳がねぇだろ! バレてんだよクソッ!!」
「でもジョン・マクレーンは、一回も外に出てねぇぞ!?」
男の一人が、大急ぎで手摺りに乗り出し、路地裏を見下ろす。
マクレーンはすぐ、発見された。
停めていた車の後部座席に、何かを乗せる彼の姿。
抱きかかえ、丁寧な姿勢で乗せられているそれは、洋服を着た少女の影。
揺れる長い髪は、シルバーグレーだった。
「いたッ!? いたぞッ!! マクレーンがガキを乗せてやがるッ!!」
銃口を向ける男たち。
マクレーンは後部座席から、何かを引っ張り出した。
BARだった。
巨大なライフル銃を向けられ、一旦して彼らは青い顔となる。
「BARだぁッ!? バーバーバーバーッ!!」
「逃げろぉーーッ!!」
マクレーンは引き金を引く。
重厚な銃声と共に、弾丸が発射される。
男たちは大慌てで屋内に逃走し、一斉に廊下に飛んで伏せた。
「なんでバレてんだ!? なんでバレてんだぁッ!?」
「やっぱてめぇ、誰かに漏らしただろぉ!!」
「クソッ、クソッ!! 御破算だチクショーッ!!」
「こんなチンケなクズ銃で、BARに敵うかぁ!?」
「伏せろーッ!! ミンチにされるーッ!!」
その内、銃声は止んだ。
代わりに響いた音は、車のスキール音。
即座に彼らは立ち上がり、再び通用階段へ飛び出す。
路地裏を、車が走り去って行った。
「おいッ!? 逃げられるぞぉッ!?!?」
「誰か車で来てねぇか!?」
「表に停めてあるッ!! 付いて来いッ!!」
男たちは急いで階段を降り、路地裏から表通りへ。
宿の前に停めていた車に乗ろうとした時、走り去ったマクレーンの車目掛けて、数多の車が追いかけて行く。
この街の殺し屋たちの物だ。
「おいおいおい!? どんだけバレてんだぁッ!?」
「俺たちも行くかッ!?」
「ここまで来たらもう、行っても仕方なくねぇか?」
行くか止めるか討論する彼らの元へ、数人の人間が近付く。
誰か来たのかと顔を向けた男たちはまた、顔を真っ青に染めた。
屈強な、ロシア人たち。
間違いなく、ホテル・モスクワの人間だ。
「おい! 何があった!?」
「あ、あ、あの、これには、訳が……」
「申し分は良いッ! 何があったかだけ言えッ!!」
鬼気迫る表情で問い詰めて来るロシア人。
完全に萎縮した主人は、あった事全てを話した。
そしてその話は、ボリスを介してバラライカの耳に届く。
すぐさま彼女は椅子から立ち、事務所を出た。
「ジョン・マクレーンが、双子の特徴と合致する人間を乗せていたと」
「えぇ。下宿屋の主人曰く、前々からあそこに匿っていたのでは、と」
「………………」
もう一つ、不可解な事がある。
逃げたマクレーンを追った、殺し屋たちの事だ。
「……なぜ、奴の事を我々以外の殺し屋が掴んでいる?」
「分かりません。しかし分かった事は、ジョン・マクレーンには明らかに、この街を良く知る協力者が存在しています」
含みのあるボリスの言い方。
その真意はすぐに察知出来た。
彼の言葉の続きを、バラライカは代弁してやる。
「……つまり────」
BARを撃ち放ち、男たちを牽制するマクレーン。
用事が済むと即座に後部座席へ銃を放り投げてドアを閉める。
「どうだ、マヌケどもめッ!」
大慌てで運転席に乗り込み、アクセルを踏む。
路地裏から、表通りへ出た。
ダッシュボードにかけた地図を見ながら、彼はハンドルを切る。
バックミラーを覗く。
潜んでいた殺し屋たちが、車に乗って追いかけて来ていた。
「おー、こりゃやべぇ……! またマッドマックスかよクソッタレ……!」
ギアを変え、アクセルを更に踏み込み、速度を上げる。
前方にいる車を右へ左へ車線を移動しながら、どんどん追い抜かす。
「こんな街でも、法定速度は守るんだなぁ、えぇ!?」
サイドミラーを覗き、追手の様子を見るマクレーン。
映っているのは、一台の殺し屋の車。
助手席から身を出し、サブマシンガンを構える男の姿。
「おぉ!? やろってのかぁ……うひぃ!?」
放たれた弾丸が、マクレーンが見ていたサイドミラーを破壊した。
そのまま彼の車の後ろに付けつつ、銃を撃ちまくる。
「だぁーーッ!! クソッタレぇーーッ!!」
トランクに穴を開け、リアガラスが割れた。
マクレーンは頭を下げながら、ハンドルに齧り付き続けた。
スピードだけは、一切落とさない。
「頭下げてろよぉ〜!!」
バックミラーを覗き、後部座席にいる少女へ声をかけてやった。
マクレーンは一息吹き、大きくハンドルを切る。
車はガイドポストを跳ね飛ばし、対向車線へ侵入。
「すみませんねぇー!! ちょっと通りますよぉーっと!」
逆走する彼の車に驚いてブレーキを踏む、ドライバーたち。
その合間を縫うようにして、マクレーンはどんどんと先へ走る。
ロアナプラの出口にて、検問を実施する警官たち。
街を出ようとする車を一台一台停め、確認している。
タイ南部の辺鄙な街とは言え、少なくはない。
半ばルーティーンとなり、警官たちは気怠げな表情だ。
「クソ……めんどくせぇよなぁ。んな、なんでこんな、警察みてぇな事しなきゃなんだ」
「警察みてぇなじゃなくて、俺たちゃ警察なんだよ。やっと思い出したかぁ?」
「うるせぇなぁ。んな、日頃やってる訳じゃねぇだろが。ハァ〜〜、一発、ヤリに行きてぇなぁ」
茹だる暑さの中、水の入ったボトルを片手に仕事を続ける。
停めている車には、ざっと十台以上が並んでいた。
業を煮やしたドライバーに、罵声とクラクションを浴びせられる。
その時は拳銃を抜けば、一発だ。
休憩時間まで、あとどれくらいだったか。
ぼんやりとそう考えた時に、一人の警官が大急ぎでやって来た。
「オイッ!! 検問はやめだッ!!」
「あ? どした?」
「無線聞いてねぇのかぁ!? 双子が見つかったんだッ!!」
「はぁ!?」
「ジョン・マクレーンだッ!! あのクソ野郎が双子乗せて、ラチャダ・ストリートを走ってやがるッ!! 街から出る気だ!! 早くしねぇと、十二万取り逃がすぞッ!!」
警官たちは大急ぎで検問を中止し、パトカーに乗り込む。
残された車のドライバーたちに説明もせず、ロアナプラ方面へ一斉に走って行く。
「KLOOTZAKッ!!」
パトカーが横切った時、待たされていた車のドライバーが罵倒を飛ばす。
中指を立て、どこの国のか知れない言葉で叫んだ。
南シナ海を航行する、PTボート。
インドネシアにある島を目指し、海原を掻き分ける。
「おーい。今日はどこまで行くんだ?」
ベニーへレヴィが、話しかける。
彼はレーダーを確認しながら、応えてやった。
「ボルネオかな。インドネシアだよ」
「かぁーっ! 遠いなクソ!」
「我慢しなよ。と言うかここ最近の君、やけに機嫌悪いね。一体どうした?」
「うっせぇ、それは関係ねぇ。黙ってレーダーと見つめ合ってんろ。四つ目」
「やっぱ機嫌悪いじゃん……」
ベニーの部屋を離れ、貨物室に行く。
大きな木箱が二つ。これが今日の荷物だ。
傍らではロックがタバコを吸い、番をしている。
彼はレヴィに気付くと、スッと手を上げて反応した。
「だいぶかかる?」
「あと二時間か」
「遠いな……」
「地球の裏に行くんじゃあるまいし、そんなにだよそんなに」
さっき目的地を聞いて「遠い」とゴネていた事は棚上げ。同調する事さえ、面倒なだけだった。
ドカッと彼の隣に座り、足を組む。
「中は確か、武器だっけか」
「あっちの支部のマフィアに渡すモンだとさ。クソババァめ。んな大荷物、急に依頼すんなっつの」
「こっちからあっちに頼むのはあるけど、あっちからってのは珍しいかな」
「そうでもねぇ。誰かがチップ付けて運送も頼みゃ、あたしらにたまに依頼してくる」
ロックはジッと、木箱を見つめている。
その様子に気付いたレヴィは、訝しげに聞いて来た。
「どうした? なんか気になんのか?」
ロックはすぐに首を振り、疲れた笑顔で否定した。
「……いいや。何でもない」
その時、突然船が止まった。
何事かと二人が天井を見上げた時に、誰かが貨物室の扉を開けて入る。
ダッチだ。
いつも冷静沈着な彼にしては、焦りがやけに滲み出ていた。
手には彼の愛銃の、S&W M29が握られている。
「お、おいおいおい、どうしたダッチ?」
「レヴィ。銃を構えて、その箱を狙っていてくれ」
「…………なに?」
困惑しながらも、ホルスターからベレッタを抜くレヴィ。
一人ロックは、息を吸い込んだ。
「……なにがあった?」
「ちょっとした確認だ。もしかしたら俺たちは、ドラキュラの棺でも運んでいたかもしれねぇ」
「……武器じゃねぇって事か」
木箱に近付きながら、ダッチは訳を告げた。
「バラライカからの連絡があってな」
その名を聞いた時、ロックは咥えていたタバコを、思い切り噛んでいた。
走り続けるマクレーン。
彼の行動は読まれていたのか、行く先々で殺し屋が待ち構えていた。
ある時には建物のバルコニーからも発砲された。
天井を突き破って降る弾丸に、マクレーンは肝を冷やす。
「だぁーーッ!! クソッタレぇーーッ!! 俺が運転中で命拾いしたなチクショウッ!! 銃持ってりゃ、皆殺しにしてやったのによぉッ!!」
撃ち込まれる銃弾に注意しながらも、ダッシュボードの地図を睨み続ける。
「えぇと……次は右かぁ!?」
十字路を右折する。
信号を無視した為、車の流れを乱してしまう。
マクレーンの車との衝突を避けようとブレーキをかけ、渋滞が起こる。
後続の追手の車がそれに阻まれ、次々と停車する。
「ふぅーッ!! ざまぁねぇ! で、次は……ッ!?」
前方より、パトカーが現れた。
それも複数台。道路を閉鎖している。
「予定より早ぇなぁ!? こう言う時だけ仕事すんじゃねぇッ!!」
仕方なく、別の道に逃げる。
マーケットの路地だ。ルートは狂ったが、やりようによっては軌道修正は可能だ。
「はいはいはい、どいたどいた!! おまわりさんのお通りだー!」
狭い道をクラクションを鳴らしながら走る。
歩行者が大急ぎで避けて行く中を、強引に進んだ。
路地の先は、また別のストリート。
出たと同時にタイヤを滑らせ、車体を整えた。
だがその先を見て、マクレーンはギョッとする。
警察は全ての通りを、完全に閉鎖していた。
「……警察相手に逃げる逃走犯ってのは、こんな気分なのかねぇ。バラライカめ、もう情報を流しやがったか」
車を一八◯度回転させ、パトカーに背を向けて逃げ出す。
地図を一瞥し、苦い顔となる。
「……いや。次の通りを左折すりゃ、なんとか……!」
その目論見は、あっけなく崩壊する。
進行方向より走って来た車が、マクレーンの車両に発砲した。
「うぉあ!? どっから来たッ!?」
その攻撃により、左折ルートを諦める他なかった。
車はそのまま直進し、繁華街の方へ。
マクレーンの車に攻撃を加えた者は、すぐに無線をつけた。
「標的の迎撃、失敗。第二班、用意しろ」
「第二班、了解」
報告を受けたと同時に走り出す、別の車。
路地から現れたその車も、ちょうど通りかかったマクレーンの車へ攻撃する。
再び彼を曲がらせず、直進させた。
「第二班、迎撃失敗。標的はそのまま、ブラン・ストリートに入る。迎撃班、準備せよ」
無線で任務の「失敗」を報告。
その報告は仲間内だけではない。
暗い部屋で、隠れて傍受する第三者の耳にも入った。
「こっちに来るぜ! 情報通りだ!! 奴ら、取り逃がしているぜ!!」
「オーケー。おいッ!! 構えろ野郎どもぉッ!!」
男の雄叫びが聞こえたと同時に、部屋中にいた者たちが各々の銃を持って飛び出す。
モーテルやビルの屋上、ベランダや道路沿いのベンチ。
至る所に、殺し屋たちが待ち構えていた。
車の中で、バラライカは無線機を置く。
指令は伝え終えた。
「奴はどうやら、殺し屋たちのいるポイントを的確に避けている」
「外れたルートを閉鎖するよう、ロアナプラ署には連絡済みです」
地図を見ながらボリスは、報告を続けた。
「『誘導班』には、標的を『取り逃がした』と言う体で報告させています。今頃、誰かが無線を傍受して、我々が『待ち構えているポイント』の前に集結している頃合いでしょう」
「完璧だ……同志軍曹、携帯電話を」
「はい」
彼から渡された電話を取り、番号を入力。
その電話は、船を操作中のダッチの無線機と繋がった。
すぐに彼は運航の片手間に、それを取る。
「私よ、ダッチ」
「バラライカか? どうした?」
「聞きたい事と、頼みたい事があるのよ」
「悪い。今、仕事中なんだ。依頼ならまた後で頼めるか?」
ダッチのお願いを無視し、彼女は「聞きたい事」から先に告げた。
「今運んでいる荷物だけど……『暴力教会』の物よね?」
思わず彼は、顔を顰めた。
間違っているからではなく、その通りだからだ。
二度の邪魔を受け、ルートへの帰還を失敗したマクレーン。
頭を掻きながら、苦虫を噛み潰したような表情となる。
「バレたか……!? クソッタレ……まさか、ロアナプラ中の奴に喧嘩売るなんざな……!! これ出来んならBAR担いで、ホテル・モスクワに突撃すりゃ良かったッ!!」
そんな悪態を吐きながら、ストリートに入る。
まだルートへは戻れる。次の通りを抜け、右折すれば可能だ。
しかし、彼はまんまと罠にかかってしまった。
フロントガラスより見える光景に、目を丸くした。
向けられる銃口、銃口、銃口…………
そこには数多で様々な銃を構えた、殺し屋たちの姿。
「…………ここ、殺し屋の待機場所じゃねぇハズだろぉ……?」
停まれば、間違いなく的になる。
マクレーンは少し躊躇した後、アクセルを踏んだ。
強引に突撃しようと考えた訳だ。
しかしその判断は、たった二秒後に間違っていたと、気付かされる。
上から、横からと降り注ぐ銃弾が、彼の車を破壊して行った。
「────もう無理だクソッタレぇぇーーーーッ!!」
急いでドアを開け、外に飛び出すマクレーン。
ほぼ同時だった。
誰かの撃ち込んだグレネード弾が、車の下に着弾する。
爆音が響き、ストリートの中央で噴煙が上がる。
紅い炎と黒煙を巻きながら、強烈な風が車を吹き飛ばす。
「うぉおおぉおおッ!?!?」
道路を滑りながら転がるマクレーン。
その頭上を、さっきまで乗っていた車が、飛び越して行った。
バラライカの話を受けたダッチは、思わず吹き出す。
「……『エダ』が街の殺し屋どもに、双子乗せたジョン・マクレーンの移動ルートを教えている?」
「しかも本人はそのルートを意図的に避けているし、この情報は直前まで私たちに伝わっていなかった……意味わかる?」
「…………殺し屋の待機場所をマクレーンは知っている。つまり、エダは奴にも情報を流した…………殺し屋への情報は嘘で、マクレーンはエダと結託しているってところか?」
「ご明察。インテリ自称するだけあるわね」
とは言ったが、ダッチには一つ、解せない点があった。
「しかし……殺し屋どもを扇動する必要あったのか? こっそり逃げりゃ良い。なんでこんな、朝っぱらから大騒ぎしてやんだ?」
「そこよ。私もそこを考えた……で、思い付いたのよ」
ボリスに火をつけてもらった葉巻を、彼女は咥えた。
「……街でのドンパチは、『陽動』。我々の目を、本命から逸らさせる為」
「………………」
「……そしてこのタイミングで動き出した、ロアナプラ中の運び屋を調べたら……マクレーンと結託しているであろうエダの所属する、暴力教会からの荷物を請け負った運び屋が、一つ」
「……おいおい、マジか」
すぐにダッチは船を停めた。
彼の鬼気迫る声色を聞いたバラライカは、満足げに煙を吐く。
「察しが良くて助かるわ。あなただって、嘘吐きは嫌いでしょ?」
すぐに無線を切り、ダッチは操舵室を銃を持って飛び出した。
そして今、貨物室に彼が入って来た訳だ。
目の前の木箱ならば、大人は難しくても子どもなら余裕で隠れられる。
「……レヴィ。バールを貸せ」
備え付けのバールを、ダッチに投げ渡す。
ロックは目を伏せ、肺が膨らみ切るまで煙を吸った。
「静かにな……気を付けろ」
バールの先端を、木箱上面の繋ぎ目に押し込む。
そのままレヴィを一瞥した後に、一息つけて一気にバールを押し込んだ。
メキリと音が響き、木箱が開く。
「構えろッ!!」
一人静かにロックは、首を振って煙を吐いた。
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