DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Let it Be 3.5

 頭上を通り過ぎて行った、車。

 

 道路を滑り、血を流す彼を抜けて、反対車線へ。

 

 

 車体は大きくひしゃげ、アスファルト上で二回転。

 

 

 

 道路脇を行く人々から、悲鳴があがる。

 

 蜘蛛の子を散らしたように逃走する彼らの後に、車は突っ込んだ。

 

 そのまま街灯に衝突し、沈黙する。

 

 

 もはや鉄クズの塊となった車両。

 

 動かなくなったそれ、歓声をあげて近寄る殺し屋たち。

 

 

 

 

 

「あ〜〜……クソォ……!」

 

 

 

 彼らの後ろ姿を、道路に寝そべって眺めるマクレーン。

 

 身体中より擦り傷が出来、血がポタポタと流れ落ちている。

 

 高速の中、車道へ飛び降りたのだから当たり前だ。

 骨も折れたらしい。足がまるで、動かなかった。

 

 

 

 そんな彼の側に近寄る、一人の人物。

 

 

 顔を上げるマクレーン。

 

 

 

 

「無様な姿ね。陽動にしては無茶し過ぎよ?」

 

 

 

 

 立っていたのは、多くの兵士に守られたバラライカだった。

 

 

 

 

 

 

 

ダイ・ハード 3.5

 

 

 

 

 

 

 彼女に見下されながらマクレーンは、身体も動かせないままに苦笑いをこぼす。

 心底無残な自分の姿を客観的に想像し、笑ってしまった。

 

 

「……ちと、遅かったなぁ、バラライカ。祭りは終わりだぁ」

 

「閉幕式の時間はあるわ。まだもう少しだけ、終わっていない」

 

 

 バラライカはマクレーンから、車の方へ視線を変える。

 嬉々として駆け寄り、後部座席を開いた殺し屋たち。

 

 次の瞬間、歓喜の声は愕然とした悲鳴に変わる。

 

 

「おい!? ガキじゃねぇッ!?」

 

「じゃあ誰だ!?」

 

「誰でもねぇよ、クソッタレッ!!」

 

 

 

 

 男が引き摺り出したのは────人形だった。

 等身大の、下手くそな編み物の人形に、グレーテルの着ていた洋服が被せられていただけだ。

 

 

 

 呆然とする殺し屋たちを見て、マクレーンはしてやったり顔のまま、バラライカを見やる。

 

 しかし彼女の表情からは、驚きの色は窺えなかった。

 

 

「人間、思い込むと本物か偽物かの区別も付かねぇよなぁ? バックドラフトでもそう言うシーンあったろ? 助けた女が、マネキンだったってのがよぉ」

 

「ええ。そうね。それは痛いほど分かるわ。新兵の頃は何度も、ただの岩影を敵兵と見間違えたものよ」

 

「ほほぉー。てめぇにもそんな時期があったんだなぁ?」

 

 

 偽物だと分かるや否や、逆上した一人の殺し屋がマクレーンに銃口を向ける。

 

 

「てめぇーーッ!! ガキはど────うぉおお!?」

 

 

 即座に控えていたホテル・モスクワの者たちがAK74を放つ。

 銃弾は直撃しなかったものの、足元や顔の側面を掠めた。

 

 

 その威嚇射撃によって、場の空気は静まり返る。

 

 既にここは、ホテル・モスクワの制圧区画となった。

 

 

 

 

「……誰だって青かった日はあるわ。私もそうで、あなただってそう────しかし、それは過去なの。今は違う。そうでしょ?」

 

 

 

 そう言って彼女は、ボリスから受け取った資料をマクレーンの前に投げ付けた。

 

 

「あなたには優秀なお友達がいるようね。でも、私にもたくさん友達がいるのよ」

 

「………………」

 

「そのリストには、ロアナプラならびに、タイと南シナ海中の運び屋(ミュール)逃がし屋(ゲッタウェイドライバー)殺し屋(ヒットマン)情報屋(チップスター)たちの名前があるの。電話一つと幾らかの報酬でこっちに付くわ。今、全てに連絡をかけている」

 

「………………」

 

「あなたたちは突発的で急速的なカーアクションを演じる事で、我々を焦らせようとしたみたいだけど……少し作戦が、杜撰過ぎるわね。あなたが(デコイ)だってのは、すぐに見抜けたわ」

 

 

 マクレーンはリストを読んでみようと首を上げたが、すぐに力尽きて地面に付けた。

 

 

「教会のシスターと組んでいたでしょう?」

 

「……いいや」

 

「此の期に及んで庇うのかしら?」

 

「知らねぇ」

 

 

 そうとは言うが、饒舌なマクレーンの口数が減った事が何よりの証拠だろう。

 しらばっくれる彼に向かって、彼女は告げてやった。

 

 

 

「……そのシスターの所属している教会から、ラグーン商会に依頼があったそうね」

 

 

 ピクリと、マクレーンは眉を動かして反応した。

 

 

「今、ダッチに確認させているわ……ダッチだけじゃない。今日、仕事の入っている全ての運び屋や逃がし屋に連絡をかけた」

 

「………………」

 

「絨毯爆撃は、戦術の内。そうでしょ?」

 

 

 彼女は懐から、スチェッキン・フル・オートマチックピストルを抜く。

 

 銃口を、マクレーンに向けた。

 

 

「さぁ、どうなるのかしら」

 

 

 その内、携帯電話の着信音が鳴る。

 

 静まり返ったストリート。

 数多の殺し屋たちが訝しげに見る中、ボリスがポケットから携帯電話を取り出す。

 

 

「……ラグーン商会です」

 

 

 電話を渡す。

 すぐに着信ボタンを押し、耳元に押し当てた。

 

 

『バラライカか? 俺だ』

 

「待っていたわ、ダッチ。どう?」

 

『あぁ。荷物の中身だが……』

 

 

 バラライカは何も言わず、ダッチの言葉を待つ。

 

 

『……ウィンチェスター M1912。ベルナルデリP018。Wz63……それと……』

 

 

 

 

 

 ダッチはスッと、困り顔で変わった銃を持ち上げた。

 

 

「……マテバだ。以上」

 

 

 そして報告を終える。

 

 

 

 

 

 

 表情の無かったバラライカに、ヒビが入るかのように歪みが生まれる。

 眉間に皺を寄せ、次には全てを察したかのようにマクレーンを見下ろした。

 

 

 遊撃隊の全員より、無線が入る。

 そこから飛び込む数々の報告が、ストリートで混ざり合う。

 

 

「メロディ・リーは無関係でした」

 

「ジョーカー・ロッコ、無関係」

 

「フランク・マーティンも無関係」

 

「フランキー・フォー・フィンガーは無関係」

 

 

 バラライカの目が、見開かれた。

 

 

「トニー・アマート無関係!」

 

「ジュールス・ウィンフィールドも無関係」

 

「ビッグホーン・エルロイ、無関係」

 

「バーニー・ロス…………無関係」

 

 

 やっと見れた彼女の驚き顔に、マクレーンは喉で笑う。

 

 

「ラウル・デューク、無関係」

 

「ボリス・ザ・ブレイドも無関係」

 

「スティーリー・ダン無関係」

 

「ベネットは無関係!」

 

 

 次には大口を開けて、狂笑をあげた。

 スクランブルする報告の中で、彼の笑い声が刺すようにこだまする。

 

 

 

 

「ヒャーーッハッハッハッハッハァーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 バラライカは携帯電話を切り、銃口は向けたまま、殺意の篭った目でマクレーンを睨む。

 

 

「………………」

 

「イヒヒヒヒッ!! 業務連絡ごくろーさん!! ハッハッハッ!! 連絡網のお友達から何かご報告はありましたかぁ、大尉!?」

 

「……分からないな」

 

 

 一度目を伏せ、呆れたように首を振るバラライカ。

 呆れているのはマクレーンに対してでもあり、自分に対してでもある。

 

 

「……全く分からない。どうやった?」

 

 

 質問はしたが、彼女自身も返答だけは読めてはいた。

 

 

 ニンマリと笑うマクレーン。

 悪戯に成功した、純真無垢な子どもの笑顔をしている。

 

 

 

「教えてやらねぇよぉ〜」

 

 

 

 そう言いながらマクレーンは、今日までの出来事を想起していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連絡を受け、双子とマクレーンを回収したロック。

 

 後部座席に座る二人を何度も見ながら、いそいそと車を走らせた。

 

 

「……えぇと……あれが、例の双子さんでしょうか……?」

 

「例の双子だ。ほれ、このにいちゃんにも挨拶しろ」

 

 

 双子は揃って手を上げ、挨拶する。

 

 

「僕はヘンゼル。よろしく、日本人のお兄さん」

 

「私はグレーテルよ。はじめまして」

 

「あ、どうも……よろしくね。うん…………」

 

 

 ロアナプラ中が探しているお尋ね者以前に、例のスナッフ・ビデオを見たので少し、話しかけ難い。

 緊張した面持ちでハンドルを操作する。

 

 

「……それで、アテがあるって?」

 

「教会に行け。エダって、尼さんは知ってっか?」

 

「……暴力教会?」

 

「そんな物騒な名前なのかぁ?」

 

「…………なるほど」

 

 

 ロックはニヤリと笑う。

 

 

「……えぇ。何とかなるかもしれませんね」

 

 

 意気揚々と、暴力教会へアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 到着するや否や、双子を連れて客間に通されるマクレーンとロック、ヘンゼルとグレーテル。

 

 面白そうな表情で四者を眺めるヨランダと、若干脳の処理が追いついていないエダが出迎える。

 

 

「…………あんたがあん時のシスターかぁ? カリブの海賊かと思っちまったぜ」

 

「初顔合わせだねぇ。あたしゃヨランダ。ここで武器の商いをしているのさ」

 

「…………だからあんな弾を持ってたんだな。ロクな所がねぇなぁ、ロアナプラ……」

 

 

 ガックシと肩を落とすマクレーン。

 自分を激励したシスターが、やっぱり根からの善人ではないと気付いたからだ。

 

 

 ロックは双子の持って来たボストンバッグを開く。

 

 

 

 中には、大金が入っていた。

 エダの目が釘付けとなる。

 

 

「え、えげ、な、えぇ!? なんだその金!?」

 

「私たちがヴェロッキオらの所から持って来た物よ。三十三万ドルはあるかしら?」

 

「さんじゅっ……!?」

 

 

 あまりの金額に卒倒しそうなエダは無視し、ロックはそこから幾らかを取り出す。

 

 

「……この内、二十四万ドルをお渡しします。更新された、二人の懸賞金の二倍。向こう二日間、匿って貰えないでしょうか?」

 

 

 ヨランダは訝しげにロックを見ながら、吸っていたタバコの煙を吐く。

 

 

「……そっちの刑事さんは分かるさね。キメているって聞いちゃいるから、あたしらの頭とは違うだろうからねぇ」

 

「濡れ衣だっつってんのによぉ……」

 

「分からねぇのは、坊ちゃんの方だ。こんなリスクしかねぇ事に協力する意味はなんだい?」

 

 

 質問に対し、ロックはニコッと、人懐っこい笑みを見せた。

 

 

 

 

「普通に殺してお金を貰うよりも、性に合うからです。あなたもそうでしたね?」

 

 

 

 

 その返答にヨランダは、興味深そうに左眉を上げる。

 

 

「相変わらず面白い坊やだ。まぁ、坊やが相手ってのは、ちと悪いねぇ。良いさ、この額で話に乗ってやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 こうして暴力教会の協力を取り付けたロックとマクレーン。

 双子は納屋に匿われる事となる。

 

 

 納屋で荷物を置く双子を見ながら、マクレーンは彼に話しかけた。

 

 

「知り合いだったか?」

 

「この街で運搬業をやる以上、お得意様は出来て当然ですよ」

 

「何が運搬業だ……密輸じゃねぇか」

 

「広義的に言えば運搬業ですよ」

 

 

 納屋の中からヘンゼルが、ロックに感謝する。

 

 

「ありがとう、お兄さん! お兄さんも良い人だね!」

 

「あははは……まぁ、まだ街に染まってないのかなぁ」

 

「染まる必要ねぇだろが……あ?」

 

 

 マクレーンが納屋に入り、奥に積まれていたシーツの束に近付く。

 それを見たロックがギョッとして、後に続く。

 

 

「なんか、妙な膨らみが……」

 

「あーあー! 待った待った待った!? 駄目ですよ、触っちゃっ!?」

 

「そこに何かあるのかしら?」

 

「お宝?」

 

「触っちゃ駄目っ!! めっ!!」

 

 

 

 

 

 

 次にロック、マクレーンはエダと共に、礼拝堂で作戦会議。

 

 

「なーんでアタシも巻き込まれるかねぇ……まぁ、シスターから十二万貰えるから良いけど」

 

「なぁ、オカジマ。こいつ信用出来んのか?」

 

「オカジマ? それがあんたの名前なの? 次からそう呼んで良い?♡」

 

「えぇと……まぁ、二人とも落ち着いて……」

 

 

 苦笑いしながら二人を窘め、彼はロアナプラの地図を開く。

 それを見ながら、エダは現状の情報を伝えて行く。

 

 

「郊外じゃ、殺し屋たちがウヨウヨだ。日中も夜間も関係なしさ。昨夜も、夜逃げしようとした家具屋の店主を双子と勘違いして撃っちまってたよ。ほぼ完璧な包囲網さ、突破はオススメしない」

 

「出られそうな箇所は?」

 

「そりゃ、ハイウェイに続く街の出入り口一本。ただこっちは、昼夜引っ切り無しに警察が検問してやがる。無理無理」

 

 

 マクレーンが提案をする。

 

 

「なら、陽動すりゃ良い。街の中、二人を連れているように見せかけて走り回りゃあ、警察の目も引けるだろうよ」

 

「これだから堅気崩れは……元警察の癖に警察の事知らないのお?」

 

「元じゃねぇ、現職だクソッタレ」

 

「そんな逃げ回ったって、検問を解く訳ないじゃん。結局、その出口に向かうんだろう? 寧ろ固めちまうよ」

 

 

 彼女のその推察に、ロックは「いや」と否定した。

 

 

 

 

「……仮に、だ。出口まで向かう途中で失敗を演出して、市中をさまようように逃げたら……警察は検問なんか無視して、そのブロックを閉鎖しようとするんじゃないか?」

 

 

 

 

 彼の発言には、マクレーンもエダも頷く。

 

 

「なるほどなぁ。奴ら、見た感じじゃ血気盛んだ。長々検問してりゃ、暴れて楽しみたくなるハズだなぁ」

 

「でもそうなるとさ……街中にすぐ情報が広がるような、いっそド派手な空気を作る必要がある。人間ってのは、周りが全員信じ込んでりゃ、自分も信じ込むもんさ。そこん所はどうすんだい、色男?」

 

 

 それに関しては、ロックも唸って黙り込んでしまった。

 代わりに案を出したのは、エダ本人だ。

 

 

「……はぁ。仕方ない、アタシが一肌脱ぐか。街中の殺し屋に、『この時間このルートで、双子を逃がそうとする車が通る』って吹聴してやる。ドライバーはそのルートを避けながら、殺し屋に追われる風にして逃げ回んだ。これほどの騒ぎじゃ、警察も本気にして動くだろうよ」

 

「………………ところで問題だが、あー……その、ドライバーってのは?」

 

 

 恐る恐る聞くマクレーンに、二人は同時に視線を向けた。

 

 

「あんたしかいないでしょうが。あんたなら、ホテル・モスクワも目を向けるだろうし、警察の連中も追いかけ回すさ。結構、署内でヘイト溜まってるって知ってるぅ?」

 

「……そりゃな。嫌がらせしまくったからな……クソッ。これが下地になるたぁ思わなかった……」

 

 

 そこで次の問題が出て来る。

 ロックが話し出した。

 

 

「そう、下地が必要だ。『ジョン・マクレーンが、双子を匿っている』と、誰かに疑わせるにはどうするか。偽の情報源を作ってやるんだ、それで殺し屋たちの信憑性を増やせる」

 

 

 これにはエダもマクレーンも、閉口する。

 ロックはやや引き攣った笑顔を見せながら、爛々とした目で提案した。

 

 

 

 

「……とっておきの情報源がいる。口の軽い、マクレーンさんが寝泊まりしている下宿屋の主人さ」

 

 

 

 

 

 

 

 彼の提案に則り、下宿屋に戻ったマクレーンは工作と演技を始めた。

 

 自分が衆目に立てば、ホテル・モスクワからの監視が来るとは知っている。

 だから出来るだけ、「双子を逃がして飲んだくれている」様を印象付けてやった。

 

 

 次に食料を大量に持ち込み、「マクレーンは果たして一人なのか」と疑わせる。

 

 勝手口の錠もこっそりと開け、誰かがそこを通った様も演出した。

 

 

 下宿屋の主人が、口の軽い事をロックは知っていた。

 彼のおかげで、マクレーンの泊まっている宿を発見出来たのだから。

 

 

 

 更に疑惑を深めさせる為に、踏み込んだ演出も加えた。

 

 

「よし、我慢しろよぉ〜」

 

「……イテっ!」

 

 

 ヘンゼルから抜いた地毛を、部屋の前に落とした。

 それを主人が見つけられるように、わざと目立つ位置に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あぁ、間違いねぇ!! 奴はガキを匿ってやがる!!」

 

「待て待て待て、声がデカい……」

 

 

 バーの隅の席で、挙動不審な五人の男たち。

 その後ろの席では、ロックがいた。

 

 

 彼らが出て行った後、バーの中にいた殺し屋風の男に話しかける。

 この街では双子の件もあって、あちこちに殺し屋たちが闊歩していた。

 

 

「今の奴らの話を聞いたんですけど……」

 

 

 殺し屋たちには、彼らなりのコミュニティが存在する。

 噂話として知れ渡るのは、すぐだった。

 

 

 その上でエダが、ルートと時間の情報を流す。

 即座に殺し屋たちは、それに食いついた。

 膠着状態が続いた事もある、藁にもすがる思いになっていたのだろう。

 

 

 

 

「フンフンフンフ〜〜ん♪」

 

 

 鼻歌交じりに、通用階段の入り口一つ一つを鎖で封印する主人。

 

 彼が消えた後にロックはこっそりと、ボルトクリッパーを持って、三階の扉を解放した。

 解放したと同時に、様子を見に来たマクレーンが、こっそりと開けて話しかけて来る。

 

 

「開けたか?」

 

「順調ですよ。それよりマクレーンさん、車の調達は出来たんですか? 僕らや、暴力教会の車を使う訳には行きませんし……」

 

「大丈夫だ。既にエダに預けてある」

 

 

 そう言ってマクレーンは、扉を閉める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前日、マクレーンは病院にいた。

 とある入院患者を訪ねに来ていた。

 

 

「おう、元気かぁ? チーズ野郎」

 

「出て行けハンバーグ野郎ッ!」

 

 

 モレッティだ。

 マクレーンと違い、飛び降りた際の打ち所が悪く、そのまま入院となっていたようだ。

 

 

「そうカッカすんじゃねぇ。命の恩人だろ俺ぁ」

 

「うるせぇ! ほぼてめぇに殺されかけたもんだッ!!」

 

「そうか? じゃあ俺がいなくても、あの爆弾は解除出来たってのか?」

 

「恩人面すんじゃねぇ! 出て行けッ!!」

 

 

 追い出そうとする彼を、マクレーンは宥めた。

 

 

「頼みがあんだ。車が欲しい」

 

「いきなりなんだよ」

 

「アシが欲しいってだけだ。おたくの所、従業員用の車ぐらいあるだろ? それを一台貰いたいってだけだ」

 

「意味わかんねぇよボケ」

 

「助けてやったってのは変わんねぇだろ。こいつを貰えるだけで良い。くれねぇってんなら、幾らでも待つぞぉ?」

 

 

 モレッティは呆れたように目線を外した後、一回だけ唸ってから口を開く。

 

 

「吹っ飛んだビルの裏に車庫がある! ほれ、キーだ! これで十分かクソッタレッ!!」

 

「ありがとよぉ……あぁ、あと、てめぇにゃ仕事が残ってたりしねぇか?」

 

 

 ピクリと、モレッティは眉間に皺を寄せ、反応する。

 

 

「なんで知ってんだ?」

 

 

 エダから聞いた情報だ。

 彼らは暴力教会に、大量の武器を注文していた。

 

 

「オフィスが吹っ飛んだからって、仕事は死んでねぇだろ? ただでさえボスがおっ死んぢまったって言うのに、仕事も出来ねぇようじゃ、粛清も────」

 

「分かったッ!! ボルネオ島の支部に届ける荷物だッ!! ラグーン商会に頼むハズだったんだ!」

 

 

 マクレーンはニヤリと笑う。

 

 

「手伝ってやろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議中に、マクレーンは疑問を呈した。

 

 

「しかしなぁ、バラライカの目を逸らすには、この陽動はあからさま過ぎねぇか?」

 

 

 それに対しては、ロックが答えた。

 

 

「あからさま過ぎて、上等なんですよ。バラライカさんは賢い……『賢過ぎる』んだ。絶対に物事の隠れた所まで気付こうとする」

 

「車による陽動と、もう一つ細々とした『生き餌』が必要って事だねぇ? 最高にハイリスクだけど、ウチの仕業を匂わせる必要があるなぁ」

 

 

 エダにそう聞かれ、大きく頷く。

 

 

「例えば……僕たち、とか?」

 

 

 

 

 

 こうしてモレッティの残り仕事を引き受けた暴力教会は、「暴力教会の名義」でラグーン商会に仕事を引き受けさせた。

 わざわざ木箱を大きめの物を用意し、人が入っていてもおかしくない風に装う。

 

 バラライカは「あからさまで派手な陽動」を寧ろ疑い、ロアナプラ中の運び屋や逃がし屋に連絡を飛ばす。

 

 その中で、敢えて「暴力教会が関わっている」と匂わせるのならば、ラグーン商会の積荷に注目するハズ。

 

 

 

 

 

 最後に、ホテル・モスクワへどうマクレーンの情報を流させるか。

 

 そしてどう伝播させるか。

 

 

 

 答えは、やはり下宿屋の主人だ。

 

 彼の口からホテル・モスクワに証言させる必要があった。

 

 

 

 その為には、彼らに「マクレーンは双子を連れて逃げている」と強く勘違いさせなければならない。

 

 

 

 マクレーンは作戦会議を終え、教会を離れようとする。

 その前に、納屋に最後、立ち寄った。

 

 

 

「……よぉ。怪我は、どうだ?」

 

「あ! マクレーンおじさん!」

 

 

 二人はお互いの傷口を、器用に縫い合っていた。

 手慣れている様子。前も似たような事があったのだろう。

 

 

「これで何とかなるかしら? シスターさんから抗生物質も貰ったし、感染症の心配はないわ」

 

「……そうか。それと、グレーテル……頼みがある」

 

「……? なぁに?」

 

 

 マクレーンは納屋の隅にあった、人形を指差す。

 彼女が工場から持って来て、バッグに詰めていた物だ。

 

 

 

「……それと、おめぇの洋服とカツラ……貰えねぇか?」

 

 

 グレーテルはキョトンとする。

 

 

「これとお洋服も?」

 

「替えの服は用意してある。その服は、まぁ、目立つからな……ヘンゼルも着替える事になる。結局、手放す事になんだ。陽動に使いてぇ」

 

 

 二人は互いに見合わせて、クスクスと笑った。

 

 次にグレーテルは、被っていたウィッグを取る。

 マクレーンへ差し渡した。

 

 

「はい。どうぞ」

 

「……悪いな。いつか返してやる」

 

「それも約束に入れて良いかしら?」

 

「……必ずなぁ」

 

 

 ウィッグを受け取り、次に彼は寂しげな目となる。

 次に洋服を渡そうと、プチプチとボタンを外して行くグレーテル。

 

 それを待ちながらマクレーンは二人へ、話した。

 

 

 

 

「……ここで、俺とはお別れだ」

 

 

 グレーテルの、ボタンを外す指が止まる。

 

 ヘンゼルの、傷口を縫う手が止まる。

 

 

 二人はあどけない驚き顔のまま、マクレーンを見ていた。

 

 

「もうここには戻れない。もしかしたらお互いどっちか、これで最後になるかもしれねぇ。だから、その……なんだ。あー……」

 

 

 言葉選びに迷うマクレーン。

 

 彼が言い澱んでいる合間に、グレーテルは脱いだドレスを渡してくれた。

 目の前にはキャミソール姿の……『ヘンゼル』がいる。

 

 見た目は二人、もはや変わらないが、マクレーンは間違いなく彼女を『ヘンゼル』だと知っていた。

 

 

「さよならなんて、言いたくはないよ」

 

「………………」

 

「約束したよね。マクレーンおじさん?」

 

 

 縋る目付きの二人。

 

 

 マクレーンは、精一杯の笑みで、ドレスを受け取った。

 

 

 

「……あぁ。Goodbyeは無しだ。また会おうなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてマクレーンは、大急ぎで通用階段を出た。

 

 滑るように階段を駆け下り、路地裏に立つ。

 

 

 同じタイミングで、やって来た車。

 モレッティから貰い、エダに預けていた物だ。

 

 ナンバーもバレていない、所属の知れない車。

 

 

 

「よぉ、三日ぶりぃ」

 

 

 窓からエダが顔を出す。

 服装はいつもの修道服ではなく、露出度の高く涼しげな普段着だった。

 

 それでもかけているサングラスだけは、そのまま。

 

 

「この三日間、世話になったなぁ……後は俺の仕事だ」

 

「はいはい、じゃあ交代ね」

 

 

 エダは胸元から、折り畳んだ地図を引き抜いた。

 なんでそこに入れてんだと、引き気味のマクレーンを無視し、それをダッシュボードに開く。

 

 

「良い?『ルートは自由』。あんたの頭の中で、勝手に作ってくれて構わない。だけど、バツ付いた通りには行かない事。ハンターが待ち構えている」

 

「えぇと……あぁ、分かった」

 

 

 後部座席を開き、ドレスとウィッグを誂えた人形を取り出して抱きかかえる。

 四十の男のそんな姿を見て、エダはおかしくて吹き出した。

 

 

「なんだぁ?」

 

「いやぁ、なんでもぉ? あと双子からBARを受け取っといたよぉん。懐かれてんねぇ〜。父性ってやつぅ?」

 

「いいからさっさと、ここを離れろ!!」

 

 

 エダは運転席から降りる。

 そしてすれ違い様に、注意を取り付けた。

 

 

 

「……一部の殺し屋は、もうここに車を差し向けている。それと、ルートに入っていないからって、油断はしない事。OK?」

 

「あぁ。OK」

 

 

 表通りの方より、銃声が響く。

 主人らがマクレーンのいた部屋に、発砲したようだ。

 

 

「そんじゃ、アタシはこれで……あぁ、あと! バラすなよ?」

 

「バラさねぇよ」

 

 

 それだけ言い残し、エダは去って行った。

 

 

 

 一人だけのマクレーン。

 緊張の面持ちで、人形を持って待機する。

 

 

 

 

「……さぁ。かかって来やがれ、クソッタレども」

 

 

 

 

 頭上で声がする。

 それを合図に、マクレーンは人形を丁重に席へと座らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後は、起こった通りだ。

 主人の口からホテル・モスクワへ、「マクレーンは双子を連れて逃げた」事が伝わる。

 

 殺し屋たちはエダの情報を受けて、マクレーンを追う。

 

 疑い深いバラライカはマクレーンを陽動と勘付き、町中の運び屋と逃がし屋に連絡を入れる。

 

 鬱憤の溜まった警察は、検問を捨ててマクレーンのいる区画への閉鎖を優先する。

 

 

 

 更にホテル・モスクワは連絡と、マクレーンへの処理にリソースが向き、「隠し球」に気付けなくなる。

 

 

 

 これら全て、ロックとエダ、マクレーンによる「決死の作戦」だった。

 

 

 ダッチがバラライカからの連絡を受けたと知った時、ロックは内心で喜んだ。

 そしてロアナプラ中の殺し屋たちに、中指を立てた。

 

 

「してやったぜ……!」

 

 

 誰にも気付かれないよう呟き、煙を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯一の誤算と言えば、警察の動きが迅速だった事。

 

 そしてホテル・モスクワが殺し屋たちの無線の傍受を逆手に取った事だろう。

 

 

 マクレーンは死んだかもしれない。

 

 しかし彼はアスファルトの真ん中で、大口開けて笑っていた。

 

 

 

「どぉーーだバラライカぁッ!! してやったぜぇーーッ!!」

 

 

 

 

 敗北。

 

 それを突き付けられたバラライカ。

 

 

 何も言わずに目を閉じた後に、言葉を発した。

 いつもの丁寧な口調ではなく、冷たく重厚な言葉遣いだった。

 

 

 

「……刑事としての矜持はどうした? お前が逃がしたのは、最悪の殺人鬼だぞ?」

 

「そうなんだがなぁ。殺人鬼でも、刑事の立場で私刑は容認されねぇんだ。ダーティハリーの二作目は見たか?」

 

「それをお前が言うのか? 何人の悪党を、裁判を介さず葬った?」

 

「他の考えの出来ねぇ、頭固まった大人よりは聞き分けが良かったからなぁ。それに俺ぁ、子どもは殺せねぇ」

 

「言っている事が矛盾している。貴様の正義は、結局は選民的な偽善なのか?」

 

 

 マクレーンはその質問に、とびきりの笑顔で応えた。

 

 

 

「知らねぇ。俺ぁ、『ジョン・マクレーン』だ。正しさなんざ、結局は他人の匙加減だ……俺は、俺の決めた事をしたまでだよぉ」

 

 

 

 その言葉を受けた彼女は一言、「そうか」とこぼした。

 

 

 

 

 銃口を向ける。

 引き金に指をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 持っていた、携帯電話より着信音。

 

 力のこもった指が、離れた。

 

 

 誰からだろうかと、画面を見た後に、受信する。

 

 

 

 

 

 

「……『メニショフ』か。意識が戻ったんだな?」

 

「はい。大尉……おかげさまで」

 

 

 

 

 病院の寝室。

 そこには、治療中の彼の姿があった。

 

 携帯電話を使い、バラライカへ連絡を入れていた。

 

 

「一体、どうした? 祝いなら、退院後にやろう」

 

「大尉……お願いがありまして、急ぎ、連絡をさせていただきました」

 

「お願い?」

 

「……ジョン・マクレーンの処刑を……今回だけは、取りやめていただきたいのです」

 

 

 

 彼のその言葉に、バラライカは耳を疑った。

 

 

「……どう言う理由でだ?」

 

 

 メニショフは言いづらそうに目を伏せた後に、キッと真っ直ぐ見据えて、話し始める。

 

 

「……私は、その男に助けられました。こうして、まだ大尉の部隊にいられるだけでも、奇跡です。その、恩によるものです」

 

「メニショフ……意識が戻って、状況はまだ聞かされていないようだな。サハロフは双子に殺された。そしてその双子を、ジョン・マクレーンは逃がした。我々の仇に手を貸した男だぞ?」

 

「……その上での、お願いです」

 

 

 息を、吸い込み、気分を落ち着かせながら言葉を綴る。

 

 

「……確かに、サハロフの件は私も許せません。双子には、制裁を与えなければなりません……」

 

「………………」

 

「……しかし、大尉……だからと言って、あの状況下で私を助けた男の恩もまた、無視出来ないのです。双子ならば追い続ければ良い」

 

「…………伍長」

 

「大尉。失礼を承知で、申させていただきます」

 

 

 唇を噛んだ後に、メニショフは更に続けた。

 

 

 

 

「……私も、大尉も、他の全員……『見捨てられた者』です。忘れてはなりません……我々の、『矜持』を。たった一つ残ったそれまでをも、どうか……捨てないで欲しいのです」

 

「………………」

 

「……救われた恩一つをまず返さなければ、我々はマフィア────以下に、堕ちてしまいます」

 

 

 

 

 

 バラライカは少しだけ、考え込むように天を見上げた。

 

 良い天気だ。こんな日には惜しいほどの。

 

 

「………………メニショフ伍長」

 

 

 

 バラライカは銃口を────

 

 

 

 

「……そうだな。この男は、サハロフ上等兵の仇ではない……我々の、敵ではない」

 

 

 

 

────下げた。

 

 

 

「……ただ、魔が差しただけの男だ。『昔の私のように』……な」

 

 

 

 

 

 バラライカは、マクレーンから背を向けた。

 

 呆然と眺める彼の視線を受けながらも、各隊に撤退を命じる。

 

 

 

 

「ところでメニショフ」

 

「は、はっ」

 

「……どうやって知ったんだ? 私が今、ジョン・マクレーンの前にいる事を……」

 

「……え? 大尉が、手紙で知らせたのではないのですか? 彼を捕らえに行くと……」

 

「いいや。私は何もしていない」

 

「それは妙ですね……大尉の物と良く似た字の、ロシア語の手紙が届いたものでして……」

 

 

 

 

 

 

 

 メニショフのいる病室。

 その前に立つのは、エダだった。

 

 

「……全く。筆跡のコピーは大変だって言うのに……」

 

 

 悪態吐きながら彼女は、病院を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話を切った、バラライカ。

 背後にいるマクレーンへ、背を向けながら問いかける。

 

 

「今回のみは、見逃がそう……しかし、今回だけだ。次あれば、容赦無く殺す」

 

「……? お、おい?」

 

「あと、前に言った酒の奢りの件は無しだ」

 

「待て、バラライカ、おい……!? どう言う風の吹き回しなんだぁ!?」

 

 

 ピタリと立ち止まり、彼女は横目だけでマクレーンを見やった。

 

 

 

 

 

「…………やはり、私はあなたが羨ましい……羨ましいよ、ジョン・マクレーン」

 

 

 

 

 

 それだけを言い残し、去って行く。

 

 

 

 

 

 

 後に残った、マクレーンはただ一人、彼女の背中を眺め続けた。

 

 そしてハッと我に返り、叫ぶ。

 

 

 

「俺ぁ、こっからどうすんだよぉーーッ!?!?」

 

 

 

 

 情けない声。

 本当に自分を、強靭な意志を以て出し抜いた男なのかと、呆れてしまった。

 

 

 失笑をこぼす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議中、マクレーンはロックに最後の質問をする。

 

 

「俺の車は陽動……ラグーン商会は囮……他の運び屋と逃がし屋は無理……そうなっちゃ、アテがいるのかぁ?」

 

 

 その質問に、ニヤッと笑う。

 

 

「……ホテル・モスクワに名前がいっていない、無名の人間を使えば良いんですよ。しかも街を離れたがっていて、双子の事に興味のなさそうな人間」

 

「そんな都合の良い奴、いんのかぁ?」

 

「いますよ。そして、マクレーンさんは一度出会っています」

 

 

 

 ロックは携帯電話を取り出し、ある番号にかけ、流暢な言葉遣いで合い言葉を言う。

 

 

 

 

 

Wat gebeurd is, is gebeurd(起こった事は、起こった事だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 検問を解いた、警察たち。

 男は中指を立てて、叫ぶ。

 

 

 

 

KLOOTZAK(クソ野郎)ッ!! なんだーよッ!!」

 

 

 オランダ人の兄弟(ダッチマンブラザーズ)の兄、ヤーコプが罵声を飛ばす。

 助手席のエフェリンは無関心に、外の景色を眺めていた。

 

 

 

「しかしエフェリン! 日本人(ヤパンナー)、良い奴だったな! 十三万ドルくれるんだからなぁ!!」

 

「………………だけど、荷物の処理を任されたけどね。しかも国境越えで処理とか……」

 

「まぁ、そうだな。でもこの金で、オランダ帰れるぞぉ! さらばロアナプラぁッ!! 帰るぜスケフェニンゲンッ!!」

 

「……………………まず、エリオット爺さんの所」

 

「分かってる分かってる!! にいちゃんに任しとけぇなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 荷台に乗せた、一つの大きな木箱。

 

 微かに揺れて、中からクスクスと笑い声が、聞こえたような。


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