DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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「Everything's Not Lost」
「コールドプレイ」の楽曲。
2000年発売「Parachutes」に収録されている。
オアシスやレディオヘッドの潮流を継承する、新世紀に現れたモンスターバンド。このアルバムがメジャーデビュー作だが、初登場で英国シーンにブームメントを巻き起こし、後に世界的ヒットを叩き出す。
甘いピアノとエモーショナルなギターを駆使した、壮麗で壮快な一曲。憂鬱なメロディラインと落ち着いたアコースティカルなサウンドが、アルバムのラストを魅惑と余韻たっぷりに飾る。

曲が終わった数秒後に、もう一つの曲が隠しトラックとして流れ出す。
曲名は────


Everything's Not Lost

 寂れた工場。

 

 海沿いの廃墟。

 

 ウミネコが飛ぶ晴れた空。

 

 

 あれから何年が経ったのか。

 

 静まり返った屋内。

 

 眠るように床を埋める人形たち。

 

 壊れた機械の部品。

 

 

 入り込む潮風を受け、永劫まで続く静寂に伏す。

 

 誰も寄り付かない最果ての墓場だ。

 

 ただそれでもかつて、三人の人間による、運命の死闘があった。

 

 

 

 その記念碑は、部屋の片隅で眠っていた。

 

 一挺の銃。

 

 戦いを終わらせ、運命を勝ち取った者の銃。

 

 

 忘れられたルガーが、差し込む一筋の陽光を浴びていた。

 

 

 誇らしげに、威風を纏わして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 20:12

 

 

 

 

 

 

「……本当に、逃してくれるの?」

 

「私たちは、『私たち』よ。街を出たら、また誰かを殺すわ」

 

「……本当に良いの?」

 

 

 4750

 

 -- --

 

 

 

「良かねぇよなぁ」

 

「だから、『約束』だ」

 

 

 

 

 

 

 

「……この街を出て、誰も殺さずにいられたら────」

 

 

 

 

 0001

 

 

 

 

PM 20:13

 

 

 

 

 0000

 

 

 

-- Hidden Track --

 

 

 

 

 

 

 

 

「Everything's Not Lost」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その街の名は世界に広まり、そして衝撃を与えた。

 

 

 始まりは、ある作業員の靴から検出された、高濃度の放射線だった。

 

 

 

 1986年4月26日。

 試験中、原子炉が爆発した。

 

 中央より上がった炎は、人工衛星からも見えたらしい。

 

 舞い上がった放射線物質は、北半球を覆った。

 

 

 

 

 事故を起こした原子炉は建造物で覆われた。

 

 まるで「石棺」の並ぶ、王家の墓のようだ。

 

 しかし、様々な処置を施したとしても、広範囲汚染は免れなかった。

 

 

 その日、街は死んだ。

 

 人が消えた。

 

 墓守りのいない墓場と化した。

 

 

 

 人類史に於いて最悪の原子力発電所事故。

 

 二十七年後の今も、街は開かれない。

 

 退廃した家々と、緑が侵食する原子炉が並ぶ、最果ての墓場と化した。

 

 

 

 

 

 ウクライナのキエフ州、プリピャチにその街は眠る。

 

 

 

 

 

 チェルノブイリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日を浴びながら、二人の男が寂れた長い道路を歩いていた。

 

 怪我と汚れにまみれ、服もお互いなぜか、半乾きのまま。

 濡れた靴底が、ひび割れの酷い道路に点々と、二人の足跡を残している。

 

 

「……なぁ、『ジャック』」

 

 

 一人は幾分か、歳を取った男だった。

 

 頭部の髪は剃られて、スキンヘッド。

 

 刻み付けられた皺が、男のこれまでの苦悩を表出させているかのようだ。

 

 

「……なに?『ジョン』」

 

 

 ジャックと呼ばれたもう一人は反対に、幾分か若い青年。

 

 随分と疲れ切った顔と声はしていたものの、どこか清々しさもあった。

 

 二人は心なしか、顔立ちが似ている。

 

 

「……人のいる所まで、どれくらいだ?」

 

「あー……二十キロかな。チェルノブイリと言っても、若干数の市民が残っているんだ」

 

「勘弁してくれよぉ……こちとらもう、ヘトヘトだぞぉ? 年寄りなんだ、労われよなぁ」

 

「あぁ、そうだった。もうそんな歳だったな。あれだけ飛び回ってたんだ、体力はまだまだあるかなとは思っていたけど。ちょっと失望したよ」

 

「おいおいおい。助けてやったってのにそりゃねぇだろぉ? スパイごっこに失敗してわんわん泣くってのを防いでやったろぉ」

 

「ごっこじゃない、マジだ。マジの諜報員だ」

 

「あぁ? あれくらいのレベルでかぁ? じゃあ、俺の方がスパイに向いてたなぁ」

 

「はっ。無い無い」

 

 

 二人は軽口を言い合い、次には互いにケタケタと笑い合う。

 その笑い声もどこか、似ていた。

 

 

「いや。言っとくが俺ぁ昔、CIAもやらねぇような事をやったんだぞぉ?」

 

「へぇ。どんな?」

 

「市中走り回って、マフィアと殺し屋相手に陽動作戦だぁ」

 

「あぁ、なるほど。確かにそんな馬鹿みたいな作戦、CIAはやらないな。俺たちはもっとスマートだ」

 

「おいおいスマートな諜報員さんよぉ。来た道戻って、あそこの惨状確認して来るかぁ?」

 

「あれは……たまたまだ。いつもはジェームズ・ボンドもビックリなスマートさだ」

 

「言ってろ、ドラ息子がぁ」

 

「うるさい、クソ親父」

 

 

 罵倒し、また笑う。

 長い長いこの道も、二人にとって失くした時間を取り戻す、良い機会になれたのかもしれない。

 

 

 

 

 少し歩いた頃、二人は前方より近付く影に気付いた。

 

 車だ。一台の車が、こっちに向かって来ている。

 

 

「……まだチェルノブイリに住んでいる市民ってのは、原子炉周辺にも入れるのか?」

 

「……それはない。もしかして、様子を見に来た敵の残党かも」

 

「どうすんだ? こっちは丸腰だぞ」

 

「……だからって、こんなだだっ広い場所で隠れるのはもう遅い。敵ならやるしかない」

 

「クソッタレ……子どもなら親を楽させろぉい」

 

「あまりふざけてると、原子炉に突き落とすぞ。ファンタスティック・フォーのザ・シングみたいになりたいか?」

 

「ひぃ〜。おっかねぇ〜。誰に似たんだあ?」

 

 

 

 丸腰ながらも、攻撃への反応が出来るように構える。

 

 車はどんどんと近付き、ナンバープレートまで窺える距離まで迫る。

 

 

 緊張から、固唾を飲み込む二人。

 

 しかし彼らの警戒とは裏腹に、車は数メートルの位置で車体を横向きにして停車した。

 

 

 何事かと訝しむ二人に見せ付けるように、助手席から飛び出した腕がカードをはためかせる。

 

 

「……ありゃ、なんだ?」

 

「……あれは……俺たちの、所属証明書だ……」

 

「俺たち?」

 

「学生証だと思ってんのか?」

 

「分かってるに決まってんだろぉ……つまり、CIAのお仲間さんか」

 

「あぁ。仲間だ……多分」

 

「不安が残る言い方すんじゃねぇ。こえぇよ」

 

 

 ジャックは多少の警戒を残しながら、恐る恐る車に近付く。

 

 引っ込んだ腕に導かれるままに、助手席に寄り誰かを確認する。

 

 

「……あー。見た事がない顔だけど……ロシア支部の人間じゃないな?」

 

 

 助手席にいた男が、首を振った。

 

 

「北欧支部からの派遣さ。仕事でたまたまロシア支部に来たら、面白そうな事件を聞いてね」

 

 

 運転席の方を覗く。

 そこには長い髪の女がいたが、彼女と男の顔立ちを見比べて、ジャックは目を丸くした。

 

 

「……双子なのか? そっくりだね」

 

「そう言う君も、お父さんとそっくりだよ。ちょっと不機嫌にも見える顔がね」

 

「えぇ。そっくりよ? 特に目元とか」

 

「やめてくれよ……」

 

 

 苦笑いし、二人からの茶化しを受け流す。

 次に男の方が、質問をする。

 

 

「ファイルは?」

 

 

 一転してジャックは、真剣な表情となった。

 

 

「……ファイルは無かった。あったのは、大量の濃縮ウランだった。チャガーリンは、燃料ウランの横流しをしていたんだ。そしてコマノフはそこへの鍵を持っていて、ウランを売り捌こうと俺たちを利用し、裏切った」

 

「……それは大変だ。コマノフは?」

 

「部隊で俺たちを殺そうとして来たから、止むを得ず……濃縮ウランも幾らか、既に持って行かれた。でも、ウクライナ国内でまだ捕まえられる」

 

「解決したけど、予断は許されないって奴だね。良いよ。トランクに無線機がある。支部に報告するんだ」

 

「あぁ、そいつはありがたい!」

 

 

 ジャックはすぐさま、車の後部に走る。

 

 入れ替わるようにジョンがフラフラと、車に近寄った。

 

 

「あー……すいません、諜報員さん。その、証明書見せてもらえませんかねぇ?」

 

「良いよ」

 

 

 所属証明書を、何の躊躇いもなく手渡される。

 カードをまじまじと見て、ジョンは鼻で笑った。

 

 次には呆れた顔で、トランクを開けて無線機を弄る彼を見やった。

 

 

「……あいつも青いなぁ。おたく、こりゃ……ニセモンじゃねぇか」

 

「でも、良く出来てるでしょ?」

 

「あぁ。良く出来てるなぁ。しかし、俺の目はごまかさ────」

 

 

 

 

 車内にいる二人の顔を見た時、ジョンの表情は消えた。

 

 

 驚きと懐古による、戦慄にも似た衝撃。

 

 自分の目が信じられず、その場で固まってしまった。

 

 

 

 

「…………嘘だろ……?」

 

 

 

 

 ジョンのその反応を面白そうに、双子は眺めていた。

 

 彼らもまた、表情に深く大きな感嘆の念が宿っている。

 

 

「…………十三年振り」

 

「…………もう、そんなに経つのか」

 

「長かったね。おじさん」

 

「……いいや。言って、あっと言う間だよぉ」

 

「相変わらずだね。絶対に僕らの言う事の逆を言うんだから」

 

 

 無線機を弄っているジャックが、通信を始めた。

 なかなか本部と繋がらず、苛立たしげに呻いている。

 

 

「お久しぶりね」

 

「……歳食ったら、その姿でいんのは難しくなるって思ってたが……羨ましいねぇ。その髪は地毛か? 元の顔が良いんだろうなぁ。綺麗になったよ」

 

「あら、口説かれちゃった! でもそんなロマンチストな人だったかしら。思い出の中のおじさんはもっと、イジワルおじさんだったのに」

 

「てめぇ、記憶力ねぇのかぁ?」

 

「あははっ! そうそう! そんな感じ!」

 

 

 ジャックが通信の合間に、こちらに声をかけてくる。

 

 

「ジョン? 知り合いなのか?」

 

「……いいや、ジャック。ちと盛り上がってるだけだ。ほら、さっさと繋げろぃ。出来ねぇのかぁ? 諜報員さんよぉ」

 

「クソッ……出来る、出来るさ。俺はあんたと違って、何でも出来るからな!」

 

「言ってろぉ」

 

 

 二人の口喧嘩を、男の方は楽しげに聞き入っていた。

 

 

「……ジャック。じゃああの人が、街の半分燃やしたって?」

 

「あぁ。今も昔も、クソ息子だ……まさか諜報員になって、世界を飛び回ってたとはなぁ」

 

「そっくりだよ。おじさんにそっくりで、とってもカッコいい」

 

「それは俺を褒めてんのか? あいつを褒めてんのか?」

 

 

 お互いに笑い合う。

 その後にジョンは一つ、質問をした。

 

 

「……あの後、どうなったんだ?」

 

 

 双子は懐かしむような表情で顔を見合わせ、口々に話し出す。

 

 

「タイとラオスの国境沿いにいる、エリオット爺さんって運び屋の所に着いたんだ」

 

「そのエリオット爺さん、反共主義者だとかでホテル・モスクワが大嫌いってね。バラライカの連絡を無視してたから、私たちの事を知らなかったの」

 

「そうやって、国境警備隊を撒いてからラオスに」

 

「入国してから、私たちを見た時のヤーコプ兄さんとエフェリン兄さんの顔と言ったら!」

 

 

 あの後キッチリ、要請通りに事を成したのだなと、ジョンは一息つく。

 

 

「その後はラオスの空港から、変装して二人と一緒にオランダに……ちょっとだけ、脅したけどね」

 

「あの二人のお家はホテルだったの。そこで、住み込みで働かせてもらったわ」

 

「双子だって言うのは隠してね。コーサ・ノストラとホテル・モスクワに追われているし」

 

「海の綺麗な町だったわ。たまに二人で、泳ぎに行ったり」

 

「ヤーコプ兄さんらと一緒に魚釣りに行ったり」

 

 

 工夫して二人は追手から隠れられていたようだ。

 オランダでの生活を楽しげに話す二人を、感慨深く眺めていた。

 

 

「五年目はちょっと大変だったかなぁ。いきなり、ホテルのオーナーになっちゃってね」

 

「ヤーコプ兄さんが癌で死んで、エフェリン兄さんが後追い自殺しちゃったから」

 

「マジかよ……」

 

「でも……楽しかったよ。何とか切り盛りしてさ」

 

「赤字ばっかで困ったけど。兄様って意外と、商才あるのよ?」

 

 

 楽しそうに笑い合う、双子。

 その姿は十三年前と、何ら変わらなかった。

 

 身体は大きくなり、顔付きも変わった。

 それでも雰囲気や空気と言った面は、記憶にある物と殆ど同じだった。

 

 

 ジョンは忘れたことはなかった。

 

 

 

 

 しかし次には、少しだけ感極まったように顔を顰める。

 

 

「……偶然だった。モスクワのニュースで、逮捕された息子さんの事を知ってさ。苗字は違ってたけど、調べたらおじさんの言っていたジャックだったからさ……必ず、来るって」

 

「二人には悪いけど、ホテルを売って来たの。無線を傍受したりして、やっと辿り着けたって訳」

 

 

 経緯を伝え終えた途端、突如として二人は瞳を涙で濡らし始めた。

 

 ジョンはただ、優しい笑みで言葉を待つ。

 

 

 

 

「……僕たちにとったら……おじさんだけが、生きる理由なんだ」

 

「会いたかった……やっと、会えたわ……」

 

「長かった……ずっと、会いたかった……ずっと、ずっと……!」

 

 

 

 助手席から身を乗り出し、感極まった男がジョンに抱き着いた。

 

 少し居心地の悪そうなジョン。

 チラリと再び前方を見たジャックが、二度見し愕然となる。

 

 

「おいおい、どうしたんだ……!? 泣かしたのか?」

 

「何でもねぇよ。さっさと繋げろ」

 

「簡単に言うな、クソッ……やっぱ知り合い?」

 

「カウンセリングに乗ってやってるだけだ」

 

 

 釈然としない様子で、再度顔を引っ込めるジャック。

 

 

 男はギュウッと強く強く、ジョンを抱き締める。

 彼もまた、あの日のように、背中に手を回して労うように叩いてやる。

 

 

「……やっぱ、あったかいなぁ……ちょっと湿ってる?」

 

「雨水のプールに飛び込んだだけだ。放射能がちと心配だが。汚いか?」

 

「ううん……関係ないよ。今だけは、僕だけのおじさんだ……全部、僕の物」

 

「甘えん坊なのは変わらねぇなぁ。もう二十後半だろ? おっさんがおっさんに抱き着くのは、恥ずかしくねぇか?」

 

「まだお兄さんの歳だってばぁ…………それにしても」

 

 

 身体を起こし、ジョンの頰に手を置く。

 彼らから見たジョンは、変わって見えた。

 

 

「……すっかり、歳を取っちゃったね。ほら、こんなところに皺なんて無かったのに……」

 

「おじさんよりも、お爺ちゃんの方が良いかしら? 雰囲気も落ち着いた感じするわ」

 

「余計なお世話だ……」

 

「結構、髪も剃ったね。似合っているよ」

 

「無い方が、優しそうで良いわ」

 

「うるせぇ。馬鹿にしてやがんのか」

 

 

 再び、ジョンの肩に頭を預ける。

 それを受け入れ、困り顔で後頭部を撫でてやる。

 

 

 彼は気持ち良さそうに、目を細めた。

 手の平より伝わる暖かさを感じていた。

 

 

「……そう。それが一番、落ち着くんだ……」

 

 

 

 夢見心地に呟く。

 相変わらずな彼の様子がおかしく、ジョンは失笑してしまった。

 

 

 

 

 

「ねぇ。遅くなったけど」

 

 

 耳元で突然、彼は甘ったるい声で囁く。

 

 

「約束、覚えているよねぇ?」

 

 

 その言葉を覚悟していたかのように、ジョンから表情はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 蘇る、過去の記憶。

 

 

「良かねぇよなぁ」

 

「だから、『約束』だ」

 

 

 あの時もまた、強い覚悟と責任を込めて、約束を告げていたハズだ。

 

 

「……この街を出て、誰も殺さずにいられたら────」

 

 

 これもまた、彼の出した、結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

「─────俺がてめぇらと、本気で殺し合ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子は変わらない。

 

 誰かを殺さなくてはならない。

 

 癖のようなそれを我慢させるには、最高のご褒美を用意する必要があった。

 

 

 

 ジョンに回した手が強く強く、彼のシャツを掴む。

 

 

「誰も、誰も殺していないよ。本当だよ? 偉いでしょ?」

 

 

 眼前に、女の顔も迫っていた。

 

 

「何度も何度も、破りそうになったわ。でも、我慢したの! 凄いでしょ?」

 

「でももう、我慢の限界なんだ。あれだけの殺し合いをやっちゃったんだ。もう普通じゃ無理だよぉ……」

 

「………………」

 

「だから、ね。殺したい……殺したいんだ……」

 

 

 ジョンのそれぞれの耳に、口を寄せる双子。

 

 そして同時に、口を開く。

 

 

 

 

 

「「……『マクレーンおじさん』を……もう、おじさんだけしか、見えないから……」」

 

 

 

 

 

 両耳にそれぞれ、口付けをする。

 

 ジョンは唇を噛み、少し目を伏せた。

 

 

 とうとう、この日が来たのかと悟る。

 いつか来ると思っていた事が、とうとうやって来た。

 

 

 

 忘れた事はない。

 

 そして、恐れた事もない。

 

 

 

 抱き着いたままの彼を、優しく引き離す。

 

 

 二人を見据え、ジョンは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「上等だ、クソッタレ。十三年分、俺にぶつけて来い。俺も本気で、ぶつかってやる」

 

 

 

 トランク裏で、歓喜の声があがった。

 どうやらジャックは、無線を繋げられたようだ。

 

 

 

「……だがな……まずは、病院だな。次に銃と、あと────」

 

 

 

 男の方を指差して、ニタッと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

「────ウィッグと、ドレスを買いに行こう。人形もな。約束したろ?」

 

 

 

 

 

 呆然と、目を丸くする。

 

 

 彼の脳裏にも、思い出がよぎった。

 ジョンは忘れていなかった。

 ずっと覚えていてくれた。

 

 

 嬉しさが胸を貫く。

 

 そして次には耐え切れず、涙を流した。

 

 

 あどけなく泣く彼の姿は、初めて見る。

 

 この十三年で少しは変わったのかと、ジョンは感じた。

 

 

 

 

 

 

「……大好きだよ。ずっとずっと、大好き。大事に、愛し尽くして、殺してあげる」

 

 

「あぁ。やれるもんなら、やってみやがれ。あの、工場の時以上に興奮させてやる」

 

 

 

 

 そう言って、ジョンは彼の頰に伝う、涙を拭ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が望むのなら。

 

 誰が望んでいなくても関係ない。

 

 進んで生贄になってやる。

 

 

 俺を追いかけろ。

 

 老衰でくたばる前に捕まえろ。

 

 食らいつくんだ。

 

 

 俺は待ってやる。

 

 絶対に逃げてやらない。

 

 せめてそれまで、楽しく生きる事だな。

 

 

 

 

 

 人生はまず、生きる為にあるんだ。

 

 出来なかった分、

 

 生きて、楽しんで、我慢出来なくなってから、

 

 

 

 

 殺してみろよ、「ネバー・ダイ」。

 

 やれるものならな。

 

 俺は、「ダイ・ハード」だ。

 

 

 

 

 最後の日(ラストデイ)なのは、どっちだろうな。

 

 どっちにしろ今日はなんだか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 良い日、晴天だよ(Good Day Sunshine)

 

 死ぬには良い日だ(Good Day to Die)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 Life Is for Living 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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