DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Queen of KABUKICHO

────クソが。こんな身体にしたあいつらの顔を忘れやしねぇ。

 

 

 三ヶ月後、つまりこの一週間前に俺は日本に到着した。

 待っていた中国人に奴らの事務所に案内された後、俺は早速仕事を始めた。

 

 

 チョコと言う奴の行方は、この三ヶ月ずっと中国人どもが追っていた。

 だがどうやら奴は、デカい所に囲われているようだ。居場所はなかなか掴めなかった。

 

 

 とは言え、目撃情報は色々と聞けた。

 奴は「ロッポンギ」に潜んでいるようだ。

 

 そこは日本と言っても、外国人が多い。俺みたいな奴も、難なく紛れられた。

 優秀な俺は中国人と協力して、一週間で奴を見つけてやったよ。

 

 

 

 だが、予想外な事態に陥った。

 中国人側に、内通者がいたんだろう。

 

 

 俺が決行日を前に眠っている隙を突いて睡眠薬を打たれ、そのまま捕まっちまった。

 

 

 

 

 気付けば俺は、「カブキチョウ」の奴らのアジトへと間抜けに連行。

 暗い部屋、丸テーブルの上に、パンツ一丁で取り押さえられていた。

 

 

「────ッ!! ────ッ!!!!」

 

 

 口には猿轡を咬まされ、悪タレ一つも言えねぇ。

 俺の周りには、数人の日本人どもが俺を必死に押さえつけていた。

 

 打たれた睡眠薬が残っていたのか、それとも筋弛緩剤か何かを追加で打たれたのか、全然力が入らねぇ。

 

 なんかの改造手術でもすんのか?

 

 

 

 

「こいつがァ例の殺し屋か」

 

 

 日本語で何言ってんのか分かんねぇ。

 アジア系にしちゃぁ身体のデケぇ奴だった。

 

 あと若い頃のプレスリーみてぇな、五十年代の化石を頭に乗っけている髪型だった。

 日本人のブームってのは、アメリカのなん年前で止まってんだ?

 

 

「こンの薄らハゲが」

 

 

 日本語は分かんねぇが、今の一言は感覚的にカチンと来たぜ。

 

 

 

「中国人どもは、歌舞伎町を奪われたくなくて必死のようですな」

 

 

 横に控えていた冴えない小男。

 こいつが、例のチョコだ。

 

 馬鹿面だが、それでも何かの学者先生のようで英語も堪能な奴だった。人ってのは見かけによらねぇな。

 通訳は、こいつの仕事だ。

 

 

「さぁ、こんの殺し屋野郎。どうしてやろうかコンチクショー!」

 

「チョコ先生、どうせならアレを試してやりてェんだよ。普通に殺るだけじゃァつまらん」

 

 

 そう言って五十年代男は、俺に一旦背を向けた。

 

 部屋内は熱が篭っていて、暑い。

 男はスーツの上着を脱いで、汗だくのシャツ一枚だった。

 

 だから薄っすら見えた。背中のド派手なタトゥーが。

 大波の中を、ピンクの菊か何かが漂っているような奴だった。

 

 

 

 

「この不貞ェ野郎に、コイツの説明をしてやってくれねェか?」

 

 

 

 次に戻って来た時には、薄茶色の薬が入った注射器を持って来た。

 

 俺は嫌な予感がした。

 そんでそう言う予感に限って、当たるもんだ。

 まずアレが、ただのビタミン剤じゃねぇってのは確かだろ。

 

 

「やいやい! 今、あっしらが打ちなするのは!」

 

 

 なんて訛った英語だ。どこで英語習ったんだコイツ。

 

 

「我々が三合会から盗んだブツでんな! おまんは、あっしらから取り戻そうとしちょったブツで殺される訳だ!」

 

 

 そうだ、奪われた「ブツ」ってのはそれだ。

 

 

「知ってるか知ってないか別に教えてやんよぉ。これは、中国製の超ハイテクSFバリのぉ〜、未来型合成毒物……メイドインジャパンだぁ!」

 

 

 元々は中国で作られたソレを、日本で改良したとか何とか。

 奴はそれを、俺に打ち込もうとしているらしい。

 マジに焦った。

 

 

「────ッ!! ──ッ!! ──ッッ!!!!」

 

「あー、コラ暴れなさんなぁ!……おかしいな。筋弛緩剤打ったのに」

 

「オイてめェらッ!! コイツ取り押さえてろォッ!!」

 

 

 五十年代の命令で更に数人が取り押さえに参加し、俺は更に動きを封じられた。

 そして情けなく突き出された腕へ、注射針が近付く。

 

 

「既に実験は終わっててなァ。てめェと同じ歳の奴で、一時間で往生した」

 

「────ッ!!!!」

 

「おうおう、暴れやがれェ。なぁオイコラ、見てみやがれ。オイオイオイオイ、針が刺さったぞォ?」

 

 

 抵抗虚しく針は左手の静脈に刺されて、チューッと五ミリぐらい、毒を打ち込まれちまった。

 俺は一気に青褪めた。

 

 

「あーあー、やっちまったァッ!! 佐藤浩史も真っ青なイカれっぷりよォ! 生の人間に毒を打ち込んじまったからなァッ!!」

 

「情報によると、毒物の採取も出来ずに、検死されても単なる心不全扱い。証拠はな〜〜んにもっ、残らないっ!」

 

「そうよォ。すぐに離れるモンで、死に様が見れねェってェのが惜しいがなぁ」

 

 

 毒を打ち込まれた瞬間から、身体の力が抜けて、頭がクラクラして来た。

 

 俺は死ぬ。そう悟った。

 

 

「この外人の国籍は?」

 

「多分アメリカですぞ」

 

「ヤンキーか。アメリカ人は個人的に嫌いでよオ。こいつらァかつて日本に黒い雨を降らせ、価値観を押し付けやがった」

 

 

 注射器を捨て、ニヤニヤ笑いながらご高説垂れやがったよ。

 何だコイツ。

 

 

「今、その仕返しをしているンだ。これで太平洋で眠ってやがる俺の親父も、浮かばれるってェもんだよォ」

 

 

 おいおいおい。その台詞、「ブラック・レイン」か何かで聞いたぞ。

 知らねぇよ、なんで俺に言うんだ。俺がマッカーサーかニック刑事かに見えんのかぁ?

 

 

 すると突然、一人の構成員が日本語で何か言い始めた。

 

 

「……『モロさん』」

 

「あ? どした?」

 

「確かに日本は太平洋戦争時、大変な犠牲者を出しました」

 

「本当にどうした」

 

 

 語り出した構成員に、その場にいた全員が呆気に取られていた。

 

 

「でも、今はもう、戦後じゃありませんか……」

 

「何を話しちょるん?」

 

「日本は国際社会に復帰し、高度経済成長を経て、復活を遂げたんですよ?」

 

「??????」

 

「それなのに、まだ歴史で憎しみ合い、嘲り、罵り……そんなのもう、たくさんです!」

 

 

 ツバが飛んで来た。汚ねぇ。

 

 

「戦争は終わった、終わったんです!……なのにずっとそれに縛られ、過去に囚われ……」

 

「????????」

 

「……こんなの、おかしいです……悲し過ぎる……誰も救われない……そうでしょ、モロさん?」

 

「おのれはジョン・レノンか」

 

「!?」

 

 

 全員ドン引きしている中で、突然泣き出したぞこの構成員。

 人に毒打ち込む手伝いしといて何の話してんだ。

 

 

 

 

 

 

「……ともかくだ。こンの外人の命は、あと一時間少し」

 

 

 五十年代は上着を羽織り、不気味に笑うチョコと共に背を向ける。

 片手には、ジュラルミンケース。あれにブツが詰まっている。

 

 

「せいぜいそこで、足掻く事だなァ」

 

 

 ケタケタと笑い、部下を引き連れて出て行く。

 

 

 俺は暴れた。暴れて暴れて暴れまくったが……結局、気絶しちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 そこで彼は、アンナカをズゥーッと吸い込み、身の上話を締めた。

 

 

「……だが、何とか目が覚めてな。すぐにそこを飛び出して、ドクとコンタクトを取ろうとした。荷物は服以外、残されていなかったが」

 

「ステージ1に入っただけでも、強い倦怠感と眠気に襲われるわ。筋弛緩剤も打たれてんのに、良く起きれたわね……」

 

「あぁ。自分でもビックリだ……日頃の行いが良かったようだぁ……ズゥーーッ!!!!」

 

「鼻から吸うのやめない?」

 

 

 十分にカフェインを補給出来たと実感したチェリオスは、腰掛けていた壊れたソファから立ち上がる。

 

 

「中国人はもう当てにならねぇ。俺一人でぶっ殺してやる……ッ!!」

 

 

 即座に出て行こうとする彼を、急いでフラット・ジャックは止めた。

 

 

「待って待って!?」

 

「時間がねぇんだ! それはてめぇが分かってんだろ!」

 

「だからって、闇雲に動いても仕方ないわ! あたしも協力するから、まずはあなたを捕まえた奴らの特徴から教えて! もしかしたら有名なヤクザかも!」

 

 

 確かに無駄に動くよりは、情報を得て明確な目的を作っていた方が良い。

 チェリオスはそう考え直し、あの場にいたリーダー格の男の容姿を思い出す。

 

 

「……髪型は五十年代のプレスリーみてぇなダックテール。プロレスラーみてぇに厳つい顔で、アジア系にしちゃあデケェ奴だった」

 

「それから?」

 

「あと、背中に波とピンクの菊のタトゥー。いきなり語り出した構成員はそいつを『モロ・サン』って言っていた。分かるか?」

 

「ごめん分かんない」

 

「役立たずがぁッ!!」

 

 

 痺れを切らし、再度出て行こうとするチェリオスを、何とか引き止める。

 

 

「あ、あまりヤクザの人間とかに疎いのは謝るわ! あたしの顧客は外国のマフィアだから……でも、この辺のヤクザなら間違いなく……『香砂会』の人間よ!」

 

「コーサカイ? イタリア系か?」

 

「コーサ・ノストラじゃないわよ! ジャパニーズマフィアで、この辺を仕切っている組よ。三合会(トライアド)相手にトーキョーカクテルを盗ませるなんて、なかなか大きな組織のハズだし!」

 

 

 フラット・ジャックの情報に、やっとチェリオスは頷きを見せた。

 香砂会と言えば、聞き覚えがある。

 三合会の連中が少し、名前に挙げていた。

 

 

「よぉし、そいつらだ!」

 

「でも香砂会は、幾つも派生組織があるし、構成員だけで千人越すかも。あなたを攫ったのはどこの誰だか……」

 

「一つ一つ潰して回れば良いだろッ!! 時間がねぇッ!!」

 

「命も足りないわよそんなの!? 普通に死ぬわよ!?」

 

「マジに死にかけてんだこっちはッ!!……あー、面倒くせぇ……!」

 

 

 あーでもないこーでもないを繰り返すフラット・ジャックに、とうとうチェリオスは我慢の限界だ。

 引き止め続ける腕を振り払い、今度こそ出て行こうとする。

 

 

 彼の強い意志を感じ取ったフラット・ジャックは、引き止めるのを諦めた。

 

 

「……この近くなら……ここを出て左手の方の通りにある、タカヤマビル三階のクラブ」

 

「あ?」

 

「そのクラブは確か、香砂会が所有していたと思うわ。この辺、チャイニーズマフィアが仕切っているし、香砂会の人間ならそこに向かうハズ……」

 

「そりゃ本当か?」

 

「……多分、恐らく、Maybe…………Save me」

 

 

 そう言ってフラット・ジャックは何かを思い出したように名刺入れを取り出し、中から一枚だけ抜く。

 

 チェリオスに渡したその名刺は、彼の言ったクラブの物。

 地図もキチンと載っている。

 

 

「馬鹿野郎、とっととそう言うのを教えやがれ! んじゃ、行って来る」

 

「そ、それと、注意だけさせて!」

 

「なんだよテンポ悪ぃなぁ!?」

 

「メンゴ……」

 

 

 一言謝った後に、フラット・ジャックはアンナカの入った小袋を数個、投げ渡す。

 

 

「鼻からアンナカ吸うなら、粘膜摂取ですぐ効果が出るかもでしょうね。でも、コーヒーとかでカフェインを補給する時は気を付けてねん」

 

「なんでだ?」

 

「カフェインを経口摂取した場合、最初は胃で、残りは小腸で吸収されるわ。そのプロセスを経て、カフェインが血中に満ちるまでが大体、十五分から四十分よ」

 

「それが?」

 

「つまり、発作が起きてからコーヒーとか飲むのは遅いって事よ! アンナカで補助しつつ、出来るだけ早い内にカフェインを胃袋に貯金しときなさい!」

 

 

 了承し、頷いてから、チェリオスはやっと出て行った。

 溜め息を吐き、扉を開けっ放しにした彼に呆れながらも見送る。

 

 

 チェリオスによって破壊されたソファとホワイトボードを片付けようとした時、「あっ」と声を漏らした。

 

 

 

 

「……ステージ3への移行するまでの日数とか、話そびれたわ……」

 

 

 

 

 追いかけようか逡巡したが、「まぁ、生きて帰れるか分からないし、良っか」と考え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルを飛び出し、名刺の地図に書いてある通りに突き進む。

 日本語はさっぱりだが、大まかな地形は頭に入っている為、迷う事はなかった。

 プロの殺し屋として、舞台のリサーチ能力は必須。

 

 

 しかし想定外は、確かに存在する。

 多くの制服警官が通りをウロついていた。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 すぐにサッと狭い路地裏に身を潜める。

 隣で呑んだくれのオヤジが吐いていたが、気にしない。

 

 

「クソ……さっきブチのめしたポリス関連かぁ?」

 

 

 懐から、壊した自販機から盗んで来た缶コーヒーを数本開け、乱暴に飲んで行く。

 足元でゲロゲロ吐いているオヤジの頭に、空けた缶を投げ捨てた。

 

 

「うぇっ……なにしやがんだチミ──ッ」

 

 

 立ち上がりチェリオスに詰め寄ったものの、一発顔面に入れられ、その衝撃で壁に鼻をぶつけ、自分の出した吐瀉物の中へ倒れる。

 そのまま気絶。

 

 

「出したモン戻しとけ、呑んだっくれがぁ」

 

 

 再び、表の方へ目を向ける。

 警官らは一通りの聞き込みを済ませると、別のブロックへ移動。

 

 いなくなった事を確認し、意を決してまた表通りに出る。

 

 

 雪降りしきる、夕方。

 太陽は遠くの方に橙の光を残すのみで、既に空は暗くなりつつあった。

 

 チェリオスお得意の、夜の時間が迫る。

 

 

 

 名刺に書いてある、読めないものの形だけでも片仮名を覚える。

 そして今、自分の目の前に建っているビルの看板に視線を移す。

 

 

「えーと……あぁ、ここだ────うぉッ!?」

 

 

 またしても警官隊が見えた。

 チェリオスは大急ぎでビルに飛び込み、身を隠す。

 

 

「……捕まったら死ぬな。顔を隠さなきゃすぐにバレ────ぅッ!?」

 

 

 来た。発作だ。

 すぐにポケットに詰めていたアンナカを一袋開け、鼻から吸い込む。

 

 

 しかし、アドレナリンが足りない。

 心臓の稼働が緩やかになって行き、血の回転が止まる。頭がぼんやりとして来た。

 

 

「はぁあん……ッ!!」

 

 

 胸の痛みに苦しみながら、何か無いかと辺りを見渡した。

 

 

 

 

 ちょうど良いタイミングで、クラブ帰りの男が階段を降りて来た。

 耳にはイヤホンを付けており、ポケットの方へコードが繋がっている。

 

 男はノリノリで、頭を振っていた。

 

 

「…………ッ!! 寄越せッ!!」

 

「うぉおっ!? なんだてめぇ!?」

 

 

 男からイヤホンと、ポケットからウォークマンを奪い取った。

 

 一九九九年発売、「メモリースティックウォークマン」。

 インターネットの配信サイトから音楽をメモリースティックにダウンロードし、それをウォークマンに挿入して聴ける優れもの。

 

 

「上等なモン持ってんじゃねぇか……借りるぞ」

 

「おいてめぇッ!! 俺のウォークマンだぞッ!? やんのかオイッ!?」

 

「日本語でギャアギャア……おい、黙ってろぉ」

 

 

 懐から取り出したニューナンブの銃口を、男に向ける。

 一瞬だけ彼は驚きを見せたものの、すぐに小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

 

「んなオモチャで脅せると思ってんのかぁ? おい外人、痛い目見たく────ギャァッ!?」

 

 

 銃口を向けても臆さず近付く彼に、チェリオスは仕方なく銃床で男の鼻面をぶん殴る。

 

 鼻の骨が折れたようで、男は血だらけでその場に蹲った。

 

 

「これだから、銃が普及してねぇ国は嫌いなんだ……」

 

 

 イヤホンを耳に挿し、再生ボタンを押す。

 

 

 

 

 流れたのは「デッド・オア・アライヴ」の楽曲、「You Spin Me Round」。

 

 

「……ユーロビートかこりゃ? んな時代遅れな……日本のブームってのはアメリカのなん年前だ……」

 

 

 とは言え、なかなかノれる曲だ。

 特にサビの畳み掛ける箇所が気に入った。

 

 

「…………おぉ、良いぞ……!!」

 

 

 チェリオスは倦怠感が強まる身体を無理に揺らし、最大音量にしたままその場で踊り出す。

 

 

 

 足元で血をダクダク流して痙攣する男を前に、ウォークマンで音楽を聴きながら踊る外国人。

 

 そんな異様な光景に目を疑う者こそいれど、介入する者はいなかった。

 

 

「……Fooッ!! YEAHHHHッ!! ユーロビート最高ーーッ!!」

 

「ぉ……ぉでの、ヴォーグマン……がえじで……」

 

「ユーロビート最高ーーーーッ!!」

 

 

 カフェインとの相乗効果で、アドレナリンが分泌。

 気分が良くなった。

 

 チェリオスは音楽を聴きながらフィンガースナップを小気味良く響せつつ、ノリノリで階段を上がる。

 

 

 そんな彼を変人でも見るような目ですれ違う、帰りの客たち。

 下手くそなダンスを踊り、口を窄めて笑いながらチェリオスは三階を目指す。

 

 

 

 

 目的のクラブの前に到着。

 ノリノリのまま入店しようとしたところ、出て来た二人組の男とぶつかる。

 

 

「YOU SPIN……オイオイオイ!?」

 

 

 ぶつかった男が、チェリオスからイヤホンを引き抜く。

 彼を元の世界に戻した上でギロリと睨み付けつつ、階段を降りた。

 

 

「何しやがんだ……てか今の……あ? ロシア人か?」

 

 

 コートを羽織り、まるで人目を憚るかのようにして出て行く二人のロシア人。

 チェリオスは直感だが、並々ならないきな臭さを感じたものの、だからと言って追いかける暇はない。

 

 

 再びイヤホンを付けて再生ボタンを押すものの、音楽が流れない。

 

 

「…………電池切れかよ。クソッ、返すぜ!」

 

 

 ウォークマンをイヤホンごと、階下に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 一度服を整え、汚れを落とし、ニューナンブを隠している箇所をチェックした後に、一呼吸入れて扉を開ける。

 

 

 

 

 内部はムーディーな曲が流れる、絢爛としたキャバレーだった。

 入って来たチェリオスに気がつくと、店員が英語で話しかけて来る。

 

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 

「あ?……あ、あぁ。一人だ。英語しか話せないが……一人でも飲める店か?」

 

「えぇ、構いませんよ。英語対応の出来る者もいますので。さっ、空いてるお席にご案内致します」

 

 

 店員に促され、チェリオスは付いて行く。

 付いて行きながらも、不自然にならない程度に店内にいる者に気を配った。

 

 

 見覚えのある奴はいやしないか。

 

 それらしい奴は見つからないか。

 

 関係ありそうな奴は存在するか。

 

 

 身体を掻く振りをして懐のニューナンブに手をかけつつ、警戒を怠らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時期、女を侍らせて飲む二人の男たち。

 仕立てたばかりであろう黒いスーツを着て、ホステスに入れさせたドンペリを楽しそうに飲んでいた。

 

 

「ん?…………うぇっ!?」

 

 

 ふと隣にいたホステスに目を向けていた時、視界の端に見覚えのある人間を見つける。

 

 

「あ、アニキ!」

 

「あぁ? どうしたぁ」

 

「アレ……! あいつ……!!」

 

「なに?」

 

 

 店員に席へ案内される、一人の外国人。

 チェリオスだ。チェリオスの姿を見た瞬間、男たちは青褪めた。

 

 

 この二人、あの時にチェリオスを押さえつけていた構成員らの一人だ。

 

 

「嘘だろ……!? なんで生きてやがんだ……!? もう二時間経ってんぞ……!?」

 

「ねぇ、どうしたのぉ?」

 

「黙ってろッ!!」

 

 

 ソファに身を隠す二人を気にかけるホステスらを、沈黙させる。

 その上で二人は相談し合う。

 

 

「モロさん、毒の分量間違えたんじゃないっすか……!?」

 

「だとしても、なんでここに来やがった……!? 香砂会のクラブだってバレてんのか……!?」

 

「アニキ、どうしましょ!? やりますか……!?」

 

 

 兄貴分の男は、懐に隠してある拳銃に目を向ける。

 

 何度か考えた上で、決心し、立ち上がる。

 

 

「……俺が銃で脅して、裏口に誘導する。そこで二人で殺るぞ……」

 

「へ、へい……!!」

 

「よし……行け」

 

 

 命令を下し、ホステスらを解散させて、兄貴分は一人でチェリオスの方へ向かった。

 弟分は命令通り、裏口の方へ歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 チェリオスが案内されたのは、通りを一望出来るほどの大きな窓際の席。

 座席に腰を下ろすと、店員は注文を聞いて来た。

 

 

「何かお飲みになられますか?」

 

「……シャンパンはあるか?」

 

「ございますとも。グラスとボトル、どちらになさいますか?」

 

「あー……ボトルだ。女の子たちと飲む。すぐに出してくれ」

 

「かしこまりました。じきにホステスを向かわせますので、お待ちください」

 

 

 丁寧にお辞儀をし、一度その場を離れる。

 店員がいなくなった事を確認すると、こっそりアンナカを吸引した。

 

 

「……ッはぁ。クソッタレがぁ……来るなら来やがれ」

 

 

 貧乏ゆすりをしたり頭を振ったり、出来るだけ身体を止めないように注意しながら、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 兄貴分はゆっくりと、チェリオスの方へ近付いていた。

 懐の拳銃に手をかけながら、悟られないように背後からゆっくり、ゆっくりと。

 

 

 

 

 その頃、裏口へ向かう途中の弟分。

 突然の事で焦っていたのか、かけようとしたサングラスを落としてしまう。

 

 

「あぁ、クソッ……!」

 

 

 急いで拾おうと屈む。

 

 サングラスを拾い上げた時に、彼は目の前にあるソファの裏に、大きめのカバンが置かれている事に気付く。

 

 

 こんな所に何を置いているんだ。

 気になった彼は、カバンの方へ近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 兄貴分は既に、チェリオスと二メートルほど。

 気付いていない様子のチェリオスの元に、頼んだドンペリが届けられた。

 

 

 ドンペリの瓶と、銅製のアイスバケット。

 チェリオスの前にアイスバケットが置かれた時、彼は目を剥いた。

 

 

 

 

 そこには、自身の背後に忍び寄る、スーツ姿の男が写っている。

 

 

 

 

 

 すぐさまチェリオスは立ち上がり、取り出したニューナンブを兄貴分へ向けた。

 

 

「うッ……!?」

 

「マフィアの癖にコソコソした奴だなぁ、おい」

 

 

 突然、銃を取り出したチェリオスを見て、ホステスや店員らが悲鳴をあげる。

 兄貴分は懐の拳銃に手をかけたまま、動けなくなってしまった。

 

 

「英語通じるか?」

 

「……ッ!? !?!?」

 

「話せねぇのか……フラット・ジャック連れてくんだった」

 

 

 とは言え、向こうも自分が何を求めているのか、薄々察しているハズ。

 取っ捕まえてフラット・ジャックと合流し、解毒剤の元へ案内して貰おうと計画する。

 

 

「見覚えがあるなテメェ。おい、動くなよ」

 

 

 兄貴分の方へ寄ろうとするチェリオス。

 動いたら撃たれる状況で、混乱する彼の背後で弟分が叫んだ。

 

 

 

「アニキーーーーッッ!?!?」

 

 

 大声に驚き、チェリオスも兄貴分も、弟分の方へ目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌舞伎町、別のクラブ。

 ヤクザと会談していたバラライカは、携帯電話で部下にロシア語で連絡する。

 

 

「私だ。配置についてるな?」

 

 

 スピーカーの先は、表通りを歩く二人のロシア人の携帯電話。

 二人はバラライカに準備の完了を知らせた。

 

 

「えぇ、大尉。いつでも」

 

「よろしい、万全だ」

 

 

 携帯電話で連絡を取っていた方の男が、隣の仲間に目を配る。

 

 それを合図に男は、持っていたライターの蓋を開けた。

 

 

 

 しかしそれは、ライターではなかった。

 小型のアンテナが伸び、着火口はなく、スイッチが付いている。

 

 

 

 

 

 そのままバラライカは、淡々と宣告した。

 

 

 

 

 

 

 

「始めろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟分はカバンを開けて見た後に、大声で兄貴分へ警告。

 

 

 

「爆弾だ────」

 

 

 

 それとほぼ同時に、ロシア人はカチリと、スイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、強烈な閃光と熱と音が、チェリオスを支配する。

 

 弟分の男が、噴き上がった炎に飲み込まれた。

 

 

 

 何が起きたのか理解する前に、チェリオスは後ろへ吹っ飛び、ソファと共に窓の外へ追い出されていた。

 

 

「────────ッッ!?!?!?」

 

 

 

 自分の叫び声すら聞こえない。

 

 今さっきまで自分がいたクラブは、木っ端微塵に爆発四散していた。

 

 黒煙と爆炎が鼻先を掠め、チェリオスはソファを背中に付けるような形で表通りへ落下。

 

 

 

 破片と、チェリオスと共に吹き飛ばされた兄貴分が、宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ぉオゥッ!?!?」

 

 

 最初はソファ。次にチェリオスが、その上に落ちる。

 

 三階から落ちたものの、ソファが緩衝材の役割を果たし、自分でも驚くほどの軽傷で済んだ。

 

 

 彼の隣にボトリと落ちる黒い影。

 それはさっき、自分に銃を向けようとしていた、兄貴分の男だ。

 

 

 だが爆炎に巻き込まれて火傷まみれで、尚且つ何のリカバリーも無しに三階から落ちた事により、即死していた。

 

 

「おい!? おーーい!?……死んでるッ、クソゥッ!!」

 

 

 情報源が死んだ。無駄足となった。

 

 

 

 怪我だらけの顔で、ビルを見上げる。

 見るも無残に吹き飛び、黒煙が夜の空へ吸い込まれるように昇って行く。

 

 表通りは悲鳴と狂乱、逃げ惑う人々の雑踏に満ちていた。

 チェリオスは苦々しい顔で、足元にあった誰かの缶コーヒーを拾う。

 

 

 

「…………どうなってんだ? ガス事故か?」

 

 

 それを飲んでから、ハッと気付く。

 自分が持っていたニューナンブを、失くしてしまっている。

 

 あるのは、懐にあるもう一挺のみ。

 

 

 戦力を失ってしまった。

 

 

 

 

 

「ぉでの、ヴぉーグマ」

 

「ファーーーーックッ!!!!」

 

「だべッ!?」

 

 

 近付いた来た男へ、空になった缶を投げ当ててから、またチェリオスは走り出す。

 

 

 

 爆発騒ぎで行き交う警官は、チェリオスに目もくれない状態だった。

 

 その間を駆け抜け、怒りの形相のままフラット・ジャックの元へひた走る。

 

 

 

 

「ぜってぇ生き延びてやるぅーーーーッ!!!!」

 

 

 

 夜が深まる、騒然たる歌舞伎町を、チェリオスは叫びながら去って行った。




「歌舞伎町の女王」
「椎名林檎」の楽曲。
1999年発売「無罪モラトリアム」に収録されている。

その頃の椎名林檎を代表する曲の一つ。
ダウナーでやけにムーディーな曲調が、不穏な雰囲気を醸し出す一曲。
今尚も「長く短い夏」「獣ゆく細道」でも見られる、どことなく古風な空気の歌詞はまさに、今の彼女の原点とも言える。

因みにこの曲を作った経緯は、彼女がバイト中に水商売のスカウトマンから「君は女王になれる」と言われた事から。
見る目あり過ぎませんかね、そのスカウトマン。

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