DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Motorman

Lat:35.677298 Lng:139.692016

 

Lat:35.683286 Lng:139.702401

 

Lat:35.673804 Lng:139.718366

 

Lat:35.662560 Lng:139.132635

 

ROPPONGI

六本木

 

 

 

 

 

 ママチャリで一気に六本木まで駆け抜けたチェリオス。

 しかし、その負荷は身体にと言うよりも、ママチャリの方に覆い被さっていた。

 

 

「……あぁ!? クソッ!! なんてこったッ!!」

 

 

 道路沿いで響く、鈍い引っかかるような音。

 元々錆びが目立っていただけに、脆弱だったチェーンが盛大に切れて外れた。

 

 

「メンテナンスはキチンとしろーーッ!!」

 

 

 空回るペダル。

 すぐにブレーキをと考えたが、摩耗したブレーキシューでは甲高い音の割に全く効果はない。

 

 

 諦めたチェリオスは、意を決してサドルから尻だけで飛び降りる。

 そのまま、危なっかしく地面に着地。

 

 操縦者を失ったママチャリはただ真っ直ぐ、自動で走って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 路上に設置された、街頭にもたれて待つ、一人の女性。

 頻りに何度も、辺りを見渡している。

 

 まるで人目を気にしているかのようだ。

 ジッとそのまま、誰かを待つ。

 

 

 

 暫くすると、豪奢なセダンが彼女の前にやって来た。

 女性は頬をポッと、赤らめる。

 しかしその目はどこか、この空のように寒々しかった。

 

 

「どうしてここに来たんだ……!」

 

 

 セダンから男性が降りて来る。

 すぐさま女性の方へ近寄り、焦った表情でまず辺りを確認。

 

 

「僕の知り合いに見られでもしたらどうする……!」

 

「それを承知で来たのよ」

 

「承知って……!」

 

「駆け落ちしましょ」

 

 

 女性から突然そう告げられ、男性はすぐに顔を歪める。

 反射的に彼女から、目を逸らしてしまった。

 

 

「な、なにを言っている……僕には、会社があるんだ」

 

「でも今日じゃないといけないのよ。それは分かっているんでしょ?」

 

「………………」

 

「……明日にはあなたは……親に決められた婚約者と、生活しなくちゃいけない。そうなったら私たち、今よりも会えなくなるわ」

 

 

 彼の目を覗き込む女性だが、それさえも顔を背けてしまった。

 

 

「逃げるなら……今、この時しかないのよ?」

 

「……無理だ。父さんの決め付けは、絶対だよ。逃げられない」

 

「あなただって、あの婚約者との結婚は不服なんでしょ!?」

 

 

 男性は潤んだ瞳で、一度だけ天を仰ぐ。

 

 

「あぁ、絶対に嫌だ! 幼馴染の君じゃなくて、どうして半年前に初めて出会った女と結婚しなくちゃならないんだ! 分かっている、分かってはいるんだ……!」

 

 

 再び俯く彼の頭を掴み、女性は無理やり自身と目を合わさせた。

 驚く彼の表情に対し、彼女は真剣な眼差しだ。

 

 

「だからって、今なんとかしなきゃ……結婚しなくちゃいけなくなる。動かなきゃ!」

 

「でも、全部を捨てて駆け落ちだなんて、僕には────」

 

 

 次の言葉を繋げようと開いた口を、女性は自身の口で一思いに塞いだ。

 そのまま喉の奥へ逃げようとする彼の舌を、絡めて捕まえ、引き摺り出す。

 

 

 

 通りすがりのおじさんが綺麗な二度見をした後に、いそいそとその場を走り去った。

 

 

 

 十秒後、女性は口を離した。

 ペロリと、舌舐めずりまで見せつける。

 

 

「気が変わった?」

 

「駆け落ちしなきゃ」

 

 

 男性は覚悟を決めたようだ。

 

 

「そう決まったなら、さぁ! 早く動かないと! まずは銀行に行って、お金を全て下ろそう! そのまま北海道だろうが鹿児島だろうが、とっとと高飛びだッ!!」

 

「素敵……! あなたって、本気になると本当に凄いわね!」

 

「ほら! これは二人の馬車だ! このままどこか────」

 

 

 

 

 

────ママチャリで一気に六本木まで駆け抜けたチェリオス。

 しかし、その負荷は身体にと言うよりも、ママチャリの方に覆い被さっていた。

 

 

「……あぁ!? クソッ!! なんてこったッ!!」

 

 

 道路沿いで響く、鈍い引っかかるような音。

 元々錆びが目立っていただけに、脆弱だったチェーンが盛大に切れて外れた。

 

 

「メンテナンスはキチンとしろーーッ!!」

 

 

 空回るペダル。

 すぐにブレーキをと考えたが、摩耗したブレーキシューでは甲高い音の割に全く効果はない────

 

 

 

 

「────どこか遠く、誰もこない場所へ!」

 

 

 男性は車のキーを見せつけながら、彼女の為に助手席を開けてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

「メンテナンスはキチンとしろーーッ!!」

 

 

 ────空回るペダル。

 すぐにブレーキをと考えたが、摩耗したブレーキシューでは甲高い音の割に全く効果はない。

 

 

 諦めたチェリオスは、意を決してサドルから尻だけで飛び降りる。

 そのまま、危なっかしく地面に着地。

 

 操縦者を失ったママチャリはただ真っ直ぐ、自動で走って行ってしまった────

 

 

 

 

 

 

「────二人だけの場しょッ」

 

 

 そのママチャリが、男性を轢いた。

 彼女を迎え入れようと一歩踏み出した時、脇腹目掛けて突っ込んだ。

 

 

 男性はママチャリと共に横へすっ飛び、ママチャリと共に路上に倒れ伏す。

 

 

「きゃああああッ!?!?」

 

 

 悲鳴をあげる女性。

 さっきまで彼がいた場所に、カフェインと汗の臭いが凄まじい外国人の男が後からやって来た。

 

 

「運の悪いあんちゃんだなぁ」

 

「きゃあーーッ!? きゃあーーッ!?」

 

「うるせぇアマめ……黙れッ!!」

 

 

 英語で怒鳴りつけ、女性を黙らせる。

 彼女は一度口を噤んだ後、その場から逃げた。

 

 

 静かになった後にチェリオスはチラリと、足元を見下ろす。

 恐らく隣にあるセダンの物と思われる、車のキーが落ちていた。

 

 

「こいつはラッキー」

 

 

 すぐに拾い上げ、開け放たれたままの座席に乗り込もうとする。

 

 

 

 その瞬間、いきなり肩を掴まれて引き戻された。

 

 

「ッ!?!?」

 

 

 無理やり振り向かせられ、すぐ迎撃に移ろうとした時に、相手の顔を見て寸前でやめる。

 立っていたのは黒のサングラスとスーツ姿の、見覚えのある中国人だった。

 長い髪がしな垂れ、両耳を隠している。

 

 

「あんた、確か……」

 

「俺だよ! 三合会の『(ビウ)』! やっと見つけたぜ……!」

 

 

 元々頬が痩けているからと言うのもあるだろうが、ここまで必死に走ってでも来たのか、窶れて老け込んで見える。

 

 

「ロアナプラでも見た奴だな?」

 

「大兄に言われて、すっ飛んで来たんだ!」

 

「大兄って誰だ?」

 

「張だ! お前の雇い主!!」

 

「あの童顔チャイニーズか」

 

 

 再び車に乗り込もうとしたチェリオスを、彪は再び引き止めた。

 

 

「支部の人間からはお前は逃げたと聞いていたが……」

 

「じゃあなんで俺を探してんだ」

 

「ニュースだよッ!! 歌舞伎町爆破事件の容疑者って事で、お前の似顔絵が堂々と映ってたんだよッ!!」

 

 

 懐から紙を取り出し、チェリオスに見せつける。

 彼の言っていた、似顔絵が出て来た。

 

 

「これが俺かぁ!?」

 

「あぁ! どっからどう見ても、てめぇだろッ!!」

 

「……だいぶ似てねぇな。これじゃ……ジョン・マクレーン?」

 

 

 彪はチラリと似顔絵を見て、少し納得したように小さく頷く。

 

 

「……既視感あると思ったら、ジョン・マクレーンか」

 

「そんじゃ」

 

「待て待て待てチェリオスッ!! まず殺しの任務を放置して何をしていたのかを……」

 

「────うぅッ!?」

 

 

 突然、胸を押さえて膝を突くチェリオス。

 顔色はみるみると青白くなり、脂汗が滲み出ていた。

 

 

「おいおい、どうしたチェリオス……うぉっ。カフェイン臭ぇ…………お前、マジか?」

 

 

 チェリオスに起きた突然の発作と、異様なカフェイン臭。

 前もってトーキョーカクテルの事を聞かされていたであろう彪は、一瞬で合点が行く。

 

 

「あ……あぁ……!!」

 

「……打ち込まれたのか!? 毒をッ!? 馬と象に使う奴をかッ!?」

 

 

 何度も聞いたその謳い文句に、発作に苦しみつつも苦笑いで反応した。

 

 

「……あぁ、そ、そうだ……! 奴らから解毒剤を手に入れねぇと、俺は一週間以内に死ぬ…………いや、今まさに死にかけている最中だが」

 

 

 すぐにチェリオスは懐からアンナカの入った小袋を取り出し、乱暴に開ける。

 

 

 それがアンナカとは知らない彪にとっては、袋に入った白い粉末は「アレ」にしか見えなかったが。

 

 

「お前、こんな街中でやめろよ……!?」

 

「仕方ねぇだろ……! これがねぇと、死ぬんだから……ズゥーーッ!!」

 

「うわ、マジかよこいつ……!」

 

 

 鼻で吸った後、残った粉も全て舐め取る。

 数多のジャンキーを見てきた彪でも、チェリオスのその様には引いた。

 

 

「…………あぁ、クソ……足りねぇ……!」

 

 

 何とかふらふらと立ち上がるチェリオス。

 また車に乗ろうとした為、彪はまた引き止める。

 

 

「ま、待てチェリオス! これ以上お前に動かれると、俺たちの立場もマズいんだッ! それにな、解毒剤は────」

 

「……おい。てめぇ」

 

「……は?」

 

 

 ギラリと、爛々とした目で彪を睨む。

 

 

「その、解毒剤を今持ってんのか?」

 

「い、いや……俺どころか、組織も持ってない……だから、その解毒剤が────」

 

「ならてめぇが役に立つ事って言ったら、一つだけか」

 

「へ? おい、何すん────ぐおぇッ!?!?」

 

 

 彪の顔面に、不意打ちで頭突きをかます。

 彼がふらつき、後ろへ下がったと同時に、その腹目掛けて前蹴りをお見舞いした。

 

 

「ごぉほッ!?!?」

 

 

 路上に倒れる彪。

 一方のチェリオスは、彼を殴った事によるアドレナリンで何とか復活。

 

 

「……俺が、何も知らねぇ馬鹿に見えたか?」

 

 

 悶える彪に、チェリオスは言い切ってやる。

 

 

「俺がこんな目に遭ってんのは、間違いなくお前らの中にいる内通者のせいだ! それにな? トーキョーカクテルの事を黙っていただけじゃなくてだなぁ? 盗んでから三ヶ月経って動き出したヤクザどもも、その時期に向かわせたてめぇらも、何もかもがタイミング良過ぎんだ」

 

「ゲェーー……!」

 

「最初っから、仕組んでやがったなお前ら?……信用ならねぇ。次、俺の前に現れたら殺すぞ」

 

 

 胃がひっくり返りでもしたかのように吐く、彪。

 その吐瀉物をチラリと見てから、チェリオスは呟いた。

 

 

「……チャイニーズの癖に、インド料理食ってやがんのか?」

 

「トルコだ……!」

 

「あぁ、そうか」

 

 

 今度こそ、車に乗り込んだ。

 

 

 ドアを閉め、ハンドルを握ろうとしたところでチェリオスは気付く。

 

 自分が乗ったのは、助手席の方だ。

 ハンドルもアクセルも、自分の右隣の席にある。

 

 

「……日本車は左右逆だったっけ。クソッ、面倒くせぇ……! 車を俺たちの国に売りつける癖に、なんでこーゆートコは世界基準じゃねぇんだ……!」

 

 

 ぶつくさぼやきながら、チェリオスは運転席へと移動し、エンジンをかける。

 

 

 メーターが動いたと同時に、アクセルを踏み込んだ。

 路上で倒れる二人の男とママチャリを残し、チェリオスは一気にその場から走り去ってしまう。

 

 癖で右車線を走り、あわや衝突しかけた対向車を回避した。

 

 スピードは勿論、法定速度以上。

 

 

 

 

 

10分後

 

 

 

 

 

 車をかっ飛ばし、フラット・ジャックから貰った名刺にある店に辿り着いた。

 しかし場所は見てチェリオスは怪訝な表情となる。

 

 

「……あいつ、高級クラブっつってなかったか?」

 

 

 場所は下品な落書きの多いビルの、更に地下。

 辺りにはアウトローっぽい見た目の若者がうろついている。

 

 

「……まぁ、良っか」

 

 

 ちょっとした皮肉だろうと考え直し、チェリオスは車を降りる。

 睨み付ける男たちを無視し、目的の店への階段を一段一段下って行く。

 

 

 入り口の前まで来たものの、やはりチェリオスは疑問を抱く。

 

 

「……そういや、メタンフェタミンって店名だとか何とか……」

 

 

 店名は、全く違う。

 家を出た時は最高にハイな状態だったが、頭が冷えて来た今ならば違和感に気付く。

 

 

 さては俺は間違えたのか。

 そう考え直し、馬鹿らしくなりそこを離れようとした。

 

 

 

 

 その時、店の扉が開く。

 思わずチェリオスはサッと、物影に隠れてしまった。

 

 

「なんで隠れてんだ……」

 

 

 殺し屋としての悲しい性だろうかと、納得させる。

 

 出て来たのは、ケバケバしい化粧を施した女たち。

 店のダンサーだろうかと、あまり気にも留めなかった。

 

 

 だが、そのダンサーの一人が言った言葉で、チェリオスの考えは変わってしまった。

 

 

 

 

「それじゃお休みなさーい!『チャカ』さーん!」

 

 

 中にいる誰かに、日本語で挨拶するダンサー。

 彼女らが地上に出て行った後で、チェリオスは愕然とした表情のまま顔を出す。

 

 

 

 

 

 

 

「今、『チョコ』って言わなかったか?」

 

 

 

 

 すぐに思い浮かぶ、あの学者風の顔。そして訛りがやけに強い英語。

 チェリオスは先ほどまで頭にあった疑念を掻き消し、店内に突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備中の店内、まだ席が並べられてもいない広いホールの真ん中。

 ロックグラスに入ったウィスキーを嗜みながら、男が一人、携帯を片手に立っている。

 

 

「あー、はいはい。大丈夫っすよ。奥の座席、取っとくんで。ウスウス、失礼しゃーっス」

 

 

 元々の黒髪が乱雑に見え隠れする染めた金髪に、ピアスをびっしりと付けた耳と言った、軟派な印象を与える男。

 彼は電話を切ると、あくびを一つかました。

 

 

「ふぁ〜〜……吉田の奴、マジで心配性だな。ウゼェ。いつか殺してやろっと」

 

 

 残りのウィスキーをカッと流し込み、奥にあるカウンターに放置する。

 

 

「あー。さぁ、帰ってシャワー浴びて、一旦寝るべ」

 

 

 ややウトウトとした目つきでホールの電気を落とし、帰宅の準備を整える。

 事務所に入り、荷物を取ってからすぐに出ようと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 そこには、見覚えのない剥げた頭の外国人がいた。

 

 

「誰だてめ──うげぐッ!?!?」

 

 

 そして突然、一発顔面に入れられた。

 よろめき、壁に手を突き、殴って来た男をもう一度見やる。

 

 

 剥げた頭の外国人とは、チェリオスだった。

 

 

「何しやがんだッ!?」

 

 

 男はチェリオスが外国人だと認識すると、流暢な英語で怒鳴り散らす。

 

 

「英語喋れるのか? こりゃ話が早い」

 

 

 チェリオスは懐から抜き出したニューナンブを、男に突き付ける。

 

 

「ちょいと話がしてぇんだ」

 

「んなちゃっちい銃で俺を殺せるわきゃねぇだろぉおーーッ!!」

 

 

 銃口に臆せず、男はチェリオスに殴りかかる。

 

 そこで彼は敢えて撃たず、向かって来た拳を自身の腕で払った。

 ガラ空きの胸へそのまま飛び込むと、チェリオスはガッと男の髪を鷲掴む。

 

 

「へ?」

 

 

 男が反応し切る前には、鼻面に膝を喰らわせられた後だった。

 

 

「ぶげ……ッ!?!?」

 

 

 持っていた鞄を落とし、彼自身も同じく床に倒れる。

 真っ赤に腫れた鼻から、血が滴っている。

 

 

 

 もう一度上半身を起こした頃には、眉間にニューナンブが突き付けられていた。

 

 

「確かにちゃっちい、ネズミのイチモツの方がまだデカいとしか思えねぇ、鉄の無駄遣いなクソ銃だ。だがなぁ、これをこの距離でぶち込めば、余裕でお前はこの、ちゃっちい銃以下の短小野郎になれるって訳だなぁ? えぇ? なぁ?」

 

「強盗かてめぇゴラァッ!? ただじゃ済まねぇぞバカがッ!!」

 

「ただじゃ済まないかどうか決めるのはてめぇじゃねぇよなぁ、ドチンピラぁ」

 

 

 男はチラリと、鞄の方へ視線を運ぶ。

 

 

 鞄はテーブルの下に落ちている。

 そしてそこから、顔を覗かしていた。愛銃のリボルバーが。

 

 

「………………」

 

「あ? なんだなんだ。ジャパニーズの癖に銃なんか持ってんのか?」

 

「ぶっ殺してやる薄らハゲが……ッ!!」

 

 

 殺意を込めて睨み続ける男。

 対してのチェリオスは余裕のある笑みでニカッと笑う。

 

 

 すると彼は三歩ほど下がり、なんと自分からニューナンブの弾を全部抜いた。

 

 

「は?」

 

 

 唖然とする男の前でチェリオスはとうとう、ニューナンブまで捨てる。

 ピョコッと両腕を上げ、意地の悪い笑みのまま目をカッと開いて戯けた。

 

 

 

 

「おう、どした? 取って来い?」

 

 

 まるで飼い犬に、投げたボールを取って来るよう促しているかのようだ。

 しかしその様を理解し、屈辱に思う暇は男には無かった。

 

 

 

 

「殺すッ!!」

 

 

 彼は馬鹿正直に、自分の銃目掛けて走り出す。

 地面を這って走って、床に落ちた銃の方へと身体と腕を滑らせた。

 

 

 指先が銃身に触れる。

 瞬間、倒れたテーブルがその指を潰した。

 

 

「ぎゃあーーーーッッ!?!?」

 

「あー、惜しかったな。残念賞は熊のヌイグルミだ」

 

 

 チェリオスだ。

 いつの間にか近付いていたチェリオスが、あの笑みのままテーブルを思い切り倒してやった訳だ。

 

 

 痛みで銃から、指が離れる。

 入れ替わりのように、チェリオスの指が銃を掴む。

 

 

「だが生憎さん。熊のヌイグルミは忘れて来ちまった……ゴツい銃だな」

 

 

 装填とシリンダーの様子を確認した後、その銃口を男に向ける。

 

 

 

 

「代わりに鉛のピーナッツを目と目の隙間で食べてみるってどうだ?」

 

 

 愛銃スタームルガーが、誰か知らない奴の手に渡って自分に牙を向けている。

 そこでやっと男は、屈辱を実感出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、大きな屋敷から一人の少女が出て来た。

 制服姿で、これから登校だろう。

 

 

「行って来まーす」

 

「お嬢。駅まで送りやしょうか?」

 

 

 すぐ後に、彼女よりも数倍もの図体を持った大男が顔を出した。

 彼はまた、自分よりも幾ばくも若い眼鏡の少女に腰が低かった。

 

 

「大丈夫ですよ、『銀さん』。今日は少し早いくらいですし」

 

「車なら出せやすが」

 

「もうっ。免停中でしょ?」

 

「………………」

 

 

 銀さんと呼ばれた男は気恥ずかしくなったのか、目を細めて頬を掻く。

 彼のそんな様子がちょっとだけ愉快だったようで、少女はクスクスと笑い声をこぼす。

 

 

「今朝は何だか、歩きたい気分で……でもお気遣いは嬉しいです。ありがとうございますね」

 

「いえ、とんでもねぇです……ならせめて、傘を持って行ってくだせぇ。天気予報じゃ、夕刻から雪だそうで」

 

 

 次に少女はにっこりと、笑った。

 心配性な彼へ向けた、困ったような笑み。

 

 

 

 

「そんなに降りませんってばぁ。大丈夫ですよ!」

 

 

 空はいやに、晴れ渡ってはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を見送る、銀さんと呼ばれた男。

 傍らにある木で出来た表札には、立派な字で名前が書かれている。

 

 

 

『鷲峰』




「Motorman」
「Nona Reeves」の楽曲。
1997年発売「QUICKLY」に収録されている。
80年代の洋楽的ポップミュージックを土台とした、ライトでアップテンポなメロディーに定評がある。バンド外でもプロデューサーとして、サポートメンバーとしてと、今や邦楽シーンに於いて無くてはならない存在となっている。

軽快なギターとご機嫌なドラムが気持ちの良い一曲。
ダンサブルながら、どことなく夏の暮れのような寂しさが混ざっている。
ボーカルの甘い歌声がまた、耳に良く馴染む。
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