DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Go off the Meter

 チャカからすれば、とんだ出来事だ。

 

 一旦帰ろうかとした時に、薄らハゲで見るからに悪人面な外国人が、訳の分からない事を抜かして自分に銃口を向けている。

 

 しかもただのイカれた男ではない。

 そのイカれ具合は、常人のそれと明らかに違う。

 

 

 チャカは直感で、この男が何者なのか理解する。

 

 

 

 

 

「殺し屋」だ。それもかなりの手練れ。

 裏の世界を知る彼にとって、男の正体が殺し屋だと理解が出来た。

 

 

 

 

 チャカは凶暴な刹那的かつ快楽主義者だ。

 しかし死を目の前にポンと置かれ、それに食ってかかれるほど豪胆な人間ではない。自分の身の保証があった上でなければ、何も出来ない男だ。

 

 自分に武器はなく、相手は銃の扱いのみならず身体の使い方にも長けた存在。圧倒的に不利な事は、馬鹿でも分かる。

 

 

 

 チャカは両手を上げて降伏する。ただその目だけは、睨みを効かせていた。

 

 

「てんめぇ……ここがどこか、分かって襲ってんのか? あ?」

 

 

 殺し屋は銃を向けるだけで、発砲はしない。どうやら、自分を始末しに来た訳ではないと気付く。

 チェリオスはルガーをゆらゆら動かしながら、空いた片手を懐に突っ込んだ。

 

 

「分かってるに決まっとるだろが。コーサカイだったかの店だろ」

 

「コーサカイだぁ……? 確かに香砂会系だが……」

 

「ここに、『チョコ』ってのがいる、或いは来るハズだよなぁ。そいつを出しやがれ」

 

 

 思わず眉を潜めるチャカ。彼の言っている事が、全く分からないようだ。

 

 

「なんだぁ、その顔はよぉ」

 

 

 チェリオスは懐に突っ込んでいた手を出した。

 取り出した物は、小さな袋に入った白い粉。チャカはアレにしか見えなかった。

 

 

「おめ……!? オイざけんなッ!? 俺に銃向けながらキメんじゃねぇッ!?」

 

「キメんじゃねぇ、補給だ……ズゥーーーーッ!!」

 

「イカれだ……マジイカれてる……」

 

 

 袋を口で噛んで切り、器用に中身を鼻で吸引する。

 少し危ない恍惚顔をした後に、鼻息をフンフン言わせながら話を戻した。

 

 

「んで。オイ。チョコはどこだ? 隠れてんのか?」

 

「知らねぇよ! てか、チョコってなんだぁ!? 人かそれは!?」

 

「知らねぇわきゃねーだろ兄ちゃんよぉ。店から出る嬢ちゃん方が、『チョコ』って言ってやがったぞ」

 

「そりゃ、俺だよッ!? チョコじゃなくて『チャカ』ッ!! 俺だッ!!」

 

 

 チェリオスは二度と、不愉快そうに瞬きした後に銃口をチャカの額に付けた。

 遊ばせていた人差し指が、トリガーに軽く触れる。

 

 

「よぉーし。死ぬか」

 

「だから知らねぇつってんだろがッ!? おぉッ!? てめぇがチョコとチャカ聞き間違えたんじゃねぇのかよ!?」

 

「コーサカイに関係ある奴は全員殺すスタイルでな。疑わしきは罰する。今の、俺の、ポリシー」

 

「やっぱキメてんなこいつ……ッ!」

 

「んじゃ死ね」

 

 

 チェリオスは何の躊躇もなく引き金を引こうとした。

 

 

 しかし人間、土壇場では恐ろしいほどに頭が回るものだ。

 チャカは発砲の寸前で、「分かった分かった!」と叫んで手を止めさせる。

 

 

「協力してやるッ!?」

 

「ハデスによろしく」

 

「待てッ!!」

 

「やなこった」

 

「ロシア人ッ!? ロシア人は知ってんだろッ!?」

 

 

 チャカが発した「ロシア人」の単語を聞いた時、やっとチェリオスは引き金から指を離した。

 脳裏に浮かぶのは、爆破される直前にクラブの前で見た、異様な雰囲気のロシア人の姿。

 

 きな臭さを感じたチェリオスは、チャカの殺害を中止した。

 

 

「……それが?」

 

「やっと乗ったかクソ……俺もまだ良く知らねぇけど、ロシア人と香砂会のヤクザが組むとか、何とか……!」

 

「良く知らねぇじゃねぇか。チョコを知らねぇなら、おさらばバイバイだな」

 

 

 再びルガーの引き金に指をかける。

 大急ぎでチャカは捲し立てた。

 

 

「聞きやがれ……! そのロシア人との会談が今晩、ここで始まるんだ!」

 

 

 ピクリと、チェリオスは反応した。

 やっと引き金から指が離れる。チャカもやっと、安堵の息を溢した。

 

 

「死ぬかと思った……」

 

「話は聞いてやるが、『あ、こりゃ関係ねぇな』ってなったら殺すぜ」

 

「確かに! 俺はチョコってのを知らねぇ! でもな、このタイミングでロシア人らとの密会だぞ? 関係ねぇ訳ねぇじゃん!?」

 

 

 チェリオスはふと、頭を捻る。

 新宿にある香砂会事務所の襲撃、トーキョーカクテルが盗った動機、自分が盗られてから期間を置いて派遣された理由、ロシア人との密会、そもそものチョコの正体……疑問が多過ぎるからだ。

 

 

 

 情報を得ておいた方が良い。

 殺し屋としての勘が、チェリオスに働きかけた。

 

 

「……一応聞くがチョコと、モロ・サン……あと、トーキョーカクテルってのに聞き覚えは?」

 

「だから知らねぇよ……そうだ。分かったら、あんたに流す! これで良いか!? ほらさぁ? 内通者ってのは、いた方が良いじゃん!?」

 

「………………」

 

「う、ウチにも香砂会と関係のあるヤクザが飲みに来る。情報は集めやすいぜぇ?……ほ、ほら、俺の命と取り引きって事で?」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 少し考え、十秒後に決断を下した。

 パッと、ルガーを下げる。

 

 

「……おめでとさん。生かしてやる」

 

「ふ、フゥ! そうこなくっちゃなぁ!」

 

 

「だがな」と、再びルガーを上げて銃口をチャカの額にくっ付けてやり、チェリオスは条件を飲ませた。

 

 

 

 

「明日までな。明日に有益な情報をよこさなかったら、殺しに行くぜ。それ以外ならオーケーだ。俺の事をバラしても良いし、ケツをファックされたって嘘コいても構わねぇ」

 

「言うか!」

 

「てめぇ、電話持ってんか? おい出せ」

 

 

 言われるがままに携帯電話を、チャカは差し出した。

 チェリオスはそれを受け取ると、勝手に操作し、この携帯電話の番号を表示させる。

 小さく呟きながら、番号を記憶。

 

 

「……よぉし。明日の十二時、このケータイに連絡する。情報が関係なかったり一度でも繋がらなかったり、嘘だと後から分かったら、お前を捜し、お前を追い詰め、そしてお前を殺す。九十六時間以内にな」

 

「なんだコイツ……」

 

「俺の依頼主は、コーサカイとやらよりドデカイんだ。オメェなんざ、すぐに捕まえられる」

 

 

 本当はほぼ、孤軍奮闘状態だ。三合会ももうバックにいない。

 チャカが夜逃げする可能性を考慮し、嘘で釘を刺しておく。

 

 

「んじゃ、明日。よろしくさん」

 

 

 チェリオスはそう言い残し、フラッと立ち上がって背を向ける。

 去ろうとする彼に、チャカは大急ぎで話しかけた。

 

 

「おい待て待て待て!? おいッ!? 俺の銃返せよ!?」

 

「それと交換しただけだぁ」

 

 

 チェリオスは立ち止まらず、ピッと指を差した後に事務所を出て行く。

 出て行く時、一言だけ残す。

 

 

「あ。トイレ借りるぜ。カフェイン入れるとトイレが近くなりやがる……」

 

 

 言い残し、チャカの目の前から消えた。

 チラリと、最後にチェリオスが指差した場所を見やる。

 

 

 捨て置かれたニューナンブと、五発の.38スペシャル弾。これと交換らしいが、性能含めてとんだ赤字だ。

 

 

 

 

「……く、くっ、クッ……!! あんの、クソハゲがッ……!!」

 

 

 チェリオスが消えた事を確認すると、チャカは即座に携帯電話で連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 繋がった先は、店のすぐ前でタムロしていた男。

 チャカからの着信だと気付くと、すぐに応じる。

 

 

「はいはい、チャカさん? どうしたんすか? それよりカラオケ行かないっすか?」

 

「おいッ!! まだ店の前にいるよなぁッ!?」

 

 

 鬼気迫る様子の彼に慄きつつも、男はおずおずと答えた。

 

 

「う、うすうす……仕事明けのチャカさんを迎えに……」

 

「薄らハゲの外国人見たかッ!?」

 

「薄らハゲの外国人?」

 

 

 そう言えば数分前、強面の外国人の男を見たなと思い出す。

 

 

「見たっすよ、十分前ぐらいに。いけすかねぇ高級車に乗っていやがりましたよ」

 

 

 路上にチラリと目を向ける。

 チェリオスが駐車していた車が、まだ残っていた。

 

 

「……まだ戻って来てないっすけど」

 

 

 チャカは机に置いていたティッシュで殴られた痕を押さえながら、殺気を込めた声で命令する。

 

 

「そいつだッ!! 良いか!? 車の前か中で待ち伏せして、そいつ捕まえろッ!!」

 

「え、えぇ!? マジすか!?」

 

 

 男は咄嗟に、連れの二人に目配せして付いて来させ、三人で車の方へ走る。

 

 

「ど、どうしたんすか?」

 

「あのド腐れがぁ……ッ!! 良いかッ!? 奴を原宿にある、溜まり場の廃ビルまで連れて来いッ!! さんざ痛めつけて殺してやる……ッ!!」

 

「店の中じゃ駄目なんすか!?」

 

「バカがッ!! 俺の店だぞッ!? 痕跡残せるかッ!!」

 

 

 チャカはティッシュを怒りに任せて投げ捨て、携帯電話を指で強く叩きながら、付け加える。

 

 

「良いか……!? 失敗したら、おめぇ殺すからな……!?……血が止まんねぇ……俺は病院寄って、後から行くッ!!」

 

 

 それだけ言い切り、ブツッと切った。

 男は青ざめた顔で、仲間二人を見やる。

 

 

「……ブチギレてるぜ、チャカさん」

 

「前も口答えした奴が顔面ぐちゃぐちゃにされたからなぁ」

 

「知ってる。ハンマーでだろ」

 

「……逆らわない方が良いよな」

 

 

 車に到着し、まずは車内を確認する。

 キーは挿さっていないが、鍵は開いたままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尋問を終えた後のチェリオスは、トイレを済まし店を出て、地下を抜ける。

 夜までまだまだ時間がある。一旦、代々木の隠れ家まで戻ろうかと考えた。

 

 

 

 

「…………あ」

 

 

 突然、股間を触る。

 

 

「……ちょっと残ってた」

 

 

 残尿に悔しい思いをしながら、乗って来た車へと走る。

 奪ったスタームルガー・ブラックホークはベルトに挟む。

 

 

「よし……!」

 

 

 ドアの前まで行くと、サッと乗車。

 キーを挿して、ハンドルを掴もうとした時に彼は呆然とした顔になる。

 

 

「あ?…………」

 

 

 

 自分の席に、ハンドルもアクセルも何もない。

 それもそうだ。彼が乗り込んだのは、車の左側。つまり助手席だ。

 

 アメリカならば、運転席の方だ。また間違えた。

 

 

 

 

 

 さっさと席を移動しようとするが、出来なかった。

 運転席には、チャラい感じの日本人がいたからだ。

 

 

「…………なんだテメェ?」

 

 

 日本人は目をパチクリしながら、信じられないと言った様子で話す。

 

 

「……マジかよコイツ。本当に助手席から乗りやがった」

 

「だから言ったろうが」

 

 

 チェリオスが反応するよりも先に、後部座席から伸びた手にナイフを突きつけられる。

 首元にスッと、刃が当たった。

 

 

「外人は日本車の左右を間違えるってな! まさか本当に間違えるったぁ思わなかったけどな!」

 

 

 チェリオスは舌打ちをし、「クソ……」と悪態吐く。

 リアビューミラー越しに、二人の男の姿を確認した。

 

 急ぐあまり、警戒を怠った事を後悔する。

 

 

「ほれ、外人さん。車のキー寄越しな」

 

「……?」

 

「……あ、クソ。日本語通じねぇのか! キーだよキー! プリーズ、オア、キルユーッ!!」

 

 

 何だよプリーズオアキルユーって、と思いながらも、チェリオスは渋々渡す。

 首にナイフを突きつけられている状況で、抵抗は出来ないだろう。

 

 

 運転席の男はキーを受け取ると、すぐに挿し込みエンジンを起動。

 そのまま車を運転し始め、表通りまで出した。

 

 

 どこかに拉致するつもりかと、チェリオスは察知する。

 日本語は彼には分からないが、男たちは口々に話し出した。

 

 

「しかし、思ったよりマヌケな奴だったな」

 

「あぁ! アホ過ぎてビックリしちまったぜ!」

 

「バカだな、バカ! ハーッハッハッハ!」

 

 

 日本語は分からないものの、感覚的に罵倒の類だとは理解出来た。

 

 

「んで、このまま原宿か?」

 

「らしいな。あの、溜まり場ん所だろ」

 

「全く……困ったもんだぜ」

 

「あぁ。でもなぁ……確かあの人、バックにヤクザいんだろ? おっかねぇよ」

 

「銃の扱いも上手いってな。ハワイとかタイで射撃場に行ったとか言っていたしな」

 

 

 

 

 車は乃木坂を経由し、表参道方面を走る。

 男たちはチェリオスを舐めてかかっているのか、お喋りを続けていた。

 

 

「──そしたらソイツ、『コイツとは一夜の過ちだ〜』とか言っててよぉ! 一夜の過ちっての、三回もやってやがんの! 三夜の過ちだぜ!」

 

「一夜ならまだ過ちだけど、二回目からはわざとだろそりゃ」

 

「俺は言ったんだ。いつか女に刺されるぞってな!…………まさか三日後、マジに刺されるとは思わなかった。先輩の三十三歳の誕生日を祝うパーティーの帰りだった」

 

「そいつ三って数字に呪われてんのか?」

 

 

 

 

 表参道に着くと、そこは渋谷区だ。

 原宿駅までの一直線の道路をひた走る。通勤ラッシュにはまだ早いのか、道は空いていた。

 

 

 

「こないだ、『仁義なき戦い』シリーズを全部観てよぉ」

 

「渋過ぎねぇかおい」

 

「それでビックリしたんは、仁義なき戦いの一作目から五作目まで、たった一年で公開しまくって終わらせたんだとよ! 俳優の貫禄からして、四、五年ぐらいかなと思っていたからビビったぜ!」

 

「お前何歳なんだよ。今の時代は『ミッション・インポッシブル』だろ」

 

「うわ、出やがった。最近の奴らはみーんな、洋画か洋楽でよぉ」

 

 

 青信号が続き、ついついスピードが上がる。

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 黙っていたチェリオスだが、突然の胸の痛みに襲われた。

 アドレナリンが切れかけている。

 

 

 このままだと、彼らの目的地に着く前に死にかねない。

 やるしかないと、チェリオスは考えた。

 

 

 

 三人がお喋りに夢中になっている隙に、左手をシートの横へ忍ばせる。

 

 

「そんなにアメリカ産が良いかよ。時代はメイドインジャパンだ。マフィアよりヤクザの時代だ」

 

「あーもう、分かった分かったよ」

 

「俺はなぁ、実はなぁ、生まれてから日本産のモンしか楽しめた事ねぇんだ。マジだぜ?『メン・イン・ブラック』も『トイ・ストーリー』もクソ食らえだ! 邦画最高! ドラえもん、名探偵コナン、ポケットモンスター!」

 

「全部アニメじゃねぇか!」

 

「『めざせポケモンマスター』はカラオケの十八番だぜ」

 

 

 少しだけナイフの刃が、チェリオスの首元から離れた。

 彼は忍ばせた左手で、リクライニングのレバーを掴む。

 

 

 そして思い切り引いて、身体をシートにぶつけた。

 

 

 

 

 

 

「……あ。でもポルノは、パツキンの姉ちゃんが最高だよな──」

 

「うぐぉッ!?」

 

「!?」

 

 

 シートが倒され、ナイフを持っていた男を押し潰す。

 チェリオスは即座にシートに乗り、凶暴な顔で襲いかかる。

 

 

「アッ!? こいつ!!」

 

 

 後部座席にいたもう一人がジャックナイフを取り出した。

 

 

「おい!? てめぇ!?」

 

 

 運転手がハンドルから片手を離し、チェリオスを掴む。

 彼の動きが止まった隙にナイフで刺そうと、男が前に乗り上げて来た。

 

 

「死ね──うぉう!?」

 

 

 しかしチェリオスは冷静に手で弾き、ビシッと手首を殴ってジャックナイフを手離させた。

 

 

 

 手離させたジャックナイフを拾い、チェリオスは躊躇なく自分を掴む運転手の腕を刺す。

 

 

「うぐぁーーッ!! や、やりやが──」

 

 

 ナイフを引き抜き、運転手の股に再び刺し込んでやった。

 

 

 

 

「おぉーーーーッ!?」

 

 

 車の操作が大きく乱れ、右は左へ揺れに揺れる。

 中にいた者たちは揺さぶられながらも、抵抗し合う。

 

 

「テメェーーッ!!」

 

 

 ジャックナイフを取られ、仲間が痛手を負い、半ばヤケにでもなったようだ。男はチェリオスに飛びかかり、彼を前部座席の方へ押し戻す。

 

 助手席のシートの上でチェリオスと男は、取っ組み合いの殴り合いだ。

 

 

「殺してやるーーッ!!」

 

 

 馬乗りになられ、体勢的にチェリオスが不利となる。

 何度も何度も彼の顔面にパンチをお見舞いしてやった。

 

 

 

 

 

 運転手が顔面蒼白のまま、ハンドルを切る。

 車は再び大きく揺れ、馬乗りになっていた男が転ぶ。

 

 

 

 

「舐めんな」

 

 

 拳を男の顔面に何発もぶち込み、気絶させてやる。

 鼻を折り、二倍に腫れ上がるまで殴ってやった。

 

 

 

 その間シート下に潰されていた男は、何とかレバーを掴み、シートを起こす。

 そして有無を言わさず、ナイフを持ってチェリオスに襲いかかった。

 

 

「死ねぇーーーーッ!!」

 

 

 チェリオスはターゲットを変更し、即座に対応する。

 男のナイフを避けてから腕を掴み、そして強く引っ張り、運転手の股に刺してやった。

 

 

「アォーーーーッッ!?!?!?」

 

 

 運転手は叫んだ後に白目を剥く。あまりの激痛に悶絶だ。

 

 

 チェリオスは男を一発殴って沈黙させた後、満を辞してルガーを抜いた。

 ルガーを認知すると男は一転して、アワアワと命乞い。

 

 

「ま、ま、待って! 許してくれ!」

 

 

 

 撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。

 

 そしてチェリオスはニコッと笑って、知っている日本語で話してやる。

 

 

 

 

 

 

 

「サヨナラバイバ〜イ」

 

 

 

 

 

 

 一片の慈悲も見せず、後部座席の男二人を射殺した。

 

 一人当たり二発ずつ。確実に殺す。

 

 

 次は運転手の番だと、銃口を向けた。

 

 

 

 

 しかし車が向かう先を見て、考えを変える。

 

 車は神宮橋から斜めに逆走し、原宿駅に突っ込もうとしていた。

 

 衝突を避けようとする他の車で、道路は大渋滞だ。

 

 

 

 

「ヤベェ」

 

 

 運転手は意識朦朧だ。

 停められないと判断したチェリオスは、死体が着ていた厚手のジャケットを奪い、羽織る。

 

 

 そしてドアを開き、時速九十キロの中で道路に飛び込んだ。

 

 

 

 

 運転手は気を持ち直し、激痛の最中に前方を見た。

 

 

 原宿駅のシックでレトロな駅舎が、眼前に迫っている。

 

 

 

「おああぁぁーーーーーーッッ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳の遠い老婆。

 

 微笑みながら、駅舎の前で記念写真を撮って貰っていた。

 

 

 周りの人間が逃げ惑っている。

 

 

 老婆の後ろを、車が全速力で走り抜け、改札口に突っ込んだ。

 

 

 そのタイミングで、シャッターが切られた。

 

 

 

 この写真は、「原宿駅セダン突入事件」の象徴的な証拠として、たまにテレビで使われていたりする。

 

 また駅構内での重傷者は三名、死者は一名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車は改札を突き抜け、壁を破壊し、駅のホームから線路に落ちる。

 

 勿論の事だが、運転手は絶命した。彼が唯一の死者だ。

 

 

 

 この事故で山手線は、終日運休と言う事態に陥る。

 通勤、通学ラッシュに入る頃で、首都圏は大パニックになった事は言わずもがなだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まんまと逃げ果せたチェリオス。

 ジャケットで身体を覆い、滑るようにして道路に着地。

 

 無事では済まなかったものの、死ぬ事はなかった。

 

 

「……うぐぁーーッ!!」

 

 

 擦り傷と打撲まみれの身体を起こし、その場から逃げようとする。

 合間にカフェインを補給しようとアンナカを取り出したが、二袋しか無い。

 

 

 

 道路を滑った際に、殆どの袋を失っていた。ルガーは無事だったが。

 

 

「……嘘だろオイ」

 

 

 とりあえず一袋吸った。

 怒りが湧いた。

 

 

 

 

「マジかよ……セダンが突っ込んだ」

 

「クソーーーーッ!!!!」

 

「ぎゃあっ!!」

 

 

 

 事故の野次馬だったバイカーを殴って気絶させ、盗んだバイクで走り出す。

 

 

 代々木に帰る為、とりあえず山手線沿線を走行。

 渋谷駅が見えて来る頃まで来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渋谷駅は、突然の運休で路頭に迷う人々で溢れ返っていた。

 

 タクシーの争奪戦が始まり、俺が先だと取っ組み合いになる者で混沌としている。

 

 

 改札から出て、額を押さえ困り果てる少女が一人。

 

 

「うぅ……こうなる事なら、銀さんに送って貰った方が良かったかな……」

 

 

 携帯電話を取り出し、連絡を入れようとする。

 だが混沌する現場の空気が少しだけ辛く感じたようで、ロータリーを抜けようと走った。

 

 

 

 寒々しい冬の空気は、暴走寸前の熱を帯びているかのようだ。

 

 

 人いきれと混乱、怒号と諦念、謝罪の言葉と行き交うタクシーの軍団。

 そのどれもがまた、彼女にとっては厳しいモノに感じた。

 

 少しズレた眼鏡を直し、渋谷駅から離れて行く。

 

 段々とどよめきや、熱気が遠くなる。

 人々から外れた場所で、やっと彼女はゆっくりと携帯電話を操作した。

 

 

「えーっと、家の電話番号……っと」

 

 

 ボタンでポチポチと、数字を打ち込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渋谷駅へ向かう、一台のバイク。

 それに乗る男は、歪む視界と息切れ、更に胸の痛みに苛まれた。

 

 

「ぅ、ぐぅ……クソッ……!!」

 

 

 バイクのスピードを上げ、一刻も早く代々木に戻ろうと急ぐ。

 

 

 

 自分の身体の異常に気を取られ、前方を見ていなかった。

 眼前に迫るガードレールに衝突。

 

 

 

「おぉうッ!?」

 

 

 

 男は宙を舞い、弧を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええと……銀さん、まだ家にいるかな」

 

 

 電話番号を全て打ち込み、後は通話ボタンを押すだけ。

 

 

 親指がボタンに付いた途端、自分の足元に何かが飛んで来て着地した。

 

 

「きゃあっ!?……えっ!?」

 

 

 驚きから、携帯電話を落としかける。

 何が飛んで来たのかと、すぐに見下ろす。

 

 

 

 

 

 ひしゃげたガードレールと、破壊されたバイク。

 それらの延長線上の先にいた少女の足元に、傷だらけの男が倒れていた。

 

 

「え!?……え……!?」

 

 

 愕然とする少女の真下で伸びている男。

 彼はすぐに目を覚まし、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「……一瞬、ピーター・パンになれたぜ」

 

 

 チェリオスだ。




「メーター振り切れ」
「フラワーカンパニーズ」の楽曲。
1996年発売「俺たちハタチ族」に収録されている。
「日本一のライブバンド」を自称し、年間百本のライブを開催、そしてメジャーとインディーズを行き来していると言う珍しいバンド。「深夜高速」が一番有名な楽曲。

パンキッシュなサウンドに叫ぶようなボーカルなど、エネルギーに満ち満ちた一曲。
「メンバーチェンジなし、活動休止なし、そしてヒット曲なし」を自称しているが、率直でポジティブでキャッチーな音楽性は聴いていてとても気持ちが良い。

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