DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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A Girl Who Lives the Ordinarily

 何が起きたのかを理解し切れなかったようで、チェリオスは腹這いになりながら振り返る。

 

 

 乗ってきたバイクが、ガードレールとぶつかって無残な姿となっていた。

 止まりそうな心臓に気を取られ、事故を起こしたようだ。

 

 

「……クソッ! こちとら、死にそうなんだぞ……!」

 

 

 のっそりと立ち上がろうとするチェリオス。

 

 

 その、彼の前で呆然と立っていた少女は慄き、ささっと身構えた。

 

 

「え……えー……えぇ……!?」

 

 

 狼狽する彼女の前で、チェリオスはボロボロになったコートを靡かせながら起立する。

 覚束ない足取りながらも、俯いた状態で両手を上げ、「大丈夫だ」とアピール。

 

 

 少女は思わず駆け寄り、声をかける。

 事故を起こして路上に吹っ飛んだ男を心配するなと言う方が、彼女にとって無理な話だ。

 

 

「ほ……本当に大丈夫なんですか?」

 

「うぅ……ッ!?!?」

 

「大丈夫じゃない!?」

 

 

 毒による発作が起きた。心臓が痛み、立ち上がれたのにまた膝から崩れ落ちる。

 汗が溢れ、目が見開く。身体の底から込み上げる寒気は、気温のせいだけではないだろう。

 

 

「どうしたんですか!? どこか、痛いんですか!?」

 

「あ……あぁ……?」

 

「あ。も、もしかして、日本語知らない人……!? ど、どうしよ……」

 

 

 狼狽える少女を無視し、チェリオスはアンナカを取ろうと懐に手を突っ込む。

 だが、内ポケットに底がない。パッと見やると、突っ込んだ手が服から突き抜けていた。

 

 

「嘘だろ。マジか」

 

 

 車から飛び降りた際か、それともバイクから吹っ飛んだ時か。服はズタズタに痛み、ほつれて穴だらけだ。

 そのほつれたポケットの底から、入れていた最後の一袋を落としてしまった。

 

 

「クっソ……なんてこった……あぁ……ッ」

 

「へ? うわっ、おもいっ……!?」

 

 

 身体が重くなり、支えきれないほど体重がかかる。

 チェリオスはそのまま、彼女の腕をすり抜けるようにポトっと前のめりに倒れた。

 

 

「あの!? え、えっと……!」

 

「ぉぉ……」

 

「ご……Go To ホスピタル!?」

 

「は?」

 

「何言ってんだろ私……」

 

 

 必死に英語で会話しようとする彼女。

 対してチェリオスは目を合わせようと、顔を少し上げた。

 

 その途中、少女の足元に何かを見つける。

 白い粉の入った小さな袋──チェリオスのアンナカだ。奇跡的にすぐそこで落ちていた。

 

 

「ぁー……」

 

 

 しかし腕を伸ばせど、怠くなって行く彼の身体自身が生命線を掴ませない。

 手を空を切り、何度もぽたりと路上に落ちる。

 

 

「……? なにかあるんですか?」

 

 

 ゾンビのような声と動作で腕を伸ばす彼の仕草に、少女は気付いた。

 何かあるのかと目線を向けると、そこには「白い粉の入った小さな袋」がある。

 

 

 即座に少女はギョッと、目を見開いた。

 

 

「こ、これって……それにこの人の様子…………もしかして、『アレ』……!?」

 

「拾ってくれぇ〜……」

 

 

 袋に伸びた彼の手を、彼女はピシャリと叩いた。

 

 

「駄目です! こんな物に溺れたら、死んじゃいますよ!?」

 

「死ぬぅ〜……」

 

「まだ、間に合います……! きっちりと絶って、更生しましょう……!」

 

「まだ死にたくねぇ〜…………」

 

「あ、駄目ですって!! ノー、ドラッグ!!」

 

「そうだ……ドラッグじゃねぇよ(No Drug)……良く分かったな嬢ちゃん」

 

 

 何かと勘違いした少女は、「白い粉の入った袋」を取り上げた。

 それを中毒患者のようにふらふらと、チェリオスは目で追う。

 

 

「あぁ、やっぱり……『銀さん』が呟いていた通り……出どころは多分、私の家……かも、しれない。麻薬なんて、人を堕落させるだけなのに……」

 

「アンナカ……」

 

「責任の一端は……私にもあります」

 

「No Drug……」

 

「いっそ警察に……いや、でもそれだけは……!」

 

「ナカで、アンアン……」

 

 

 チェリオスは渾身の力を振り絞って、彼女の手を何とか取った。

 もはや視界はぼやけて、少女の輪郭しか見えない。死がすぐそこまで迫っている。

 

 

「は、離してください!」

 

「お願いだぁ、嬢ちゃん……!」

 

 

 通じないと知っていながらも、英語で必死に懇願する。

 

 

「それがねぇと、死んじまうんだよぉ……開けて、吸わせてくれ……」

 

「……なんて……?」

 

「まだ死ねねぇんだ……あいつらをぶっ殺すまではなぁ……」

 

 

 縋り付き、訴え続けるチェリオス。

 目の焦点は、危なげに合っていない。

 乱れた呼吸に、青白い顔で鬼気迫る表情。誰が見ても彼は正気ではないと分かる。

 

 

 

 

「ぶっ殺し尽くすまで……ッ!!」

 

 

 

 少女も彼の気迫に当てられ、たじろいだ。

 言葉は通じない。だが語気と言うのは強く感じた。

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 同時に、彼女は感覚でその気迫の正体に気付く。

 

 

 彼から溢れ出るものは、狂気しかない。イカれた空気と、深い恨みに殺意。常人ならば思わず悲鳴をあげてしまうだろう。

 

 チェリオスにとって幸運だったのは、この普通の少女と思われた彼女が、「普通ではない家の人間」だった事だ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 彼の目には強靭な意思が宿っている。

 不意に、彼女が見てきた「男たち」の姿がブレた。

 

 逡巡し、戸惑った後に、少女は辺りを憚るように見渡してから袋を開ける。

 自分でも何をやっているのかと、驚いていた。

 

 

 

 

「……これで最後ですよ……? もうホント、決して許されるものじゃないんですからね……!」

 

 

 彼女自身もまだ自覚はしていないものの、こう言った男に妙なシンパシーを感じ取ったようだ。

 

 男の目は薬ではなく、何かもっと大きな物を見据えている。

 そう思った少女は、どうにも彼は薬に溺れているだけのようには思えなかった。

 

 

「ありがたい……!」

 

「こう言うのって、どうやって使うんだろ……? の、飲むんですか?」

 

「口じゃねぇ。鼻だ鼻」

 

「え? どこって……は、鼻? 鼻で合ってます? いやいや、まさかぁ……点鼻薬じゃないのに」

 

「そうだ……あぁ、そのまま持っててくれぇ……ズゥーーッ!!」

 

「鼻から吸うの!?」

 

 

 少女の手を誘導し、アンナカの入った袋を鼻の下まで運ばせ、それを吸引。

 即座にカフェインを粘膜が取り込み、血中に流れる。心臓がまた、弱々しくも稼働し始めた。

 

 

「〜〜〜〜ッ、あぁあ〜〜。効ぐぅうぅ〜〜〜……」

 

「……やめた方が良かったかな。なにやってんだろ私……」

 

 

 危ない表情のチェリオスを見て、少し彼女はみすみす与えてしまった事を後悔しかけた。

 

 

「あぁ……助かったぜ、嬢ちゃん……だがまだ、アドレナリンが足りねぇ……」

 

「あの……立てます?」

 

「仕方ねぇ……適当な野郎に喧嘩ふっかけてやりゃ──」

 

 

 ゆっくり腰を上げながら、鮮明になった視界で改めて少女の顔を見上げる。

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 瞬間、血中のアドレナリンの濃度が上がる。

 

 心拍数が増加し、瞳孔が開く。

 

 鼻息が荒くなり、少し残ったアンナカの白い粉が吹き出す。

 

 

 薄くぼやけていた思考が激しく巡り、まだ合っていなかった目の焦点が一気に合う。

 

 

 世界が輝いているように見えた。

 

 曇り空から抜けた一筋の光が、彼女に降り注いでいる──みたいな幻覚が見えた。

 

 

 

 

 

「あの……どうしました?」

 

「……Beautiful……」

 

「はい?」

 

 

 シェブ・チェリオスは、自分を助けてくれた少女に、一目惚れする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい、ベルの音が鳴る。

 廊下に置いてある黒電話が、着信を告げていた。

 

 すぐに男は電話の方へ向かい、受話器をガチャリと手に取って耳に当てる。

 

 

「もしもし?」

 

『あー……銀さん?』

 

「お嬢ですかい?」

 

 

 受話器の向こうから、おずおずとした少女の声が聞こえる。

 男はホッとしたような表情を見せた。

 

 

「こっちから掛けようと思っておりやした。テレビでやっとりますが……山手線が止まって、エライ騒ぎになっちまってるようで」

 

『えぇ……えーと……うん。そうなんです。それで今、渋谷駅で足止め食らっちゃいまして……』

 

「すぐ、迎えにあがります」

 

『でも銀さん、免停──あ、あの、ちょっと、静かにしてもらえます?』

 

 

 少女の声を掻き分けて、誰か知らない声が響く。

 何を話しているのかは聞き取れなかったが、男の声だ。しかも少女とかなり近い位置にいる。

 

 銀さんと呼ばれた男は、サングラス越しの目を訝しげに細めた。

 

 

「誰か、いるんですかい?」

 

『え? い、いえ! 行きずりの人の声が入ったんだと思います! 駅前は混雑してて……」

 

「そうですかい……?」

 

『どこまで話したっけ……あぁ、そうそう。銀さんは免停中なんですから、どなたか別の──あ、あの……せめてもう少し離れてくれません?』

 

「……お嬢?」

 

 

 さっきと同じく、誰かの声が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受話器の向こう、渋谷駅の前。

 彼女は携帯電話で自宅に連絡しながら、真横で囁くチェリオスを押し留めていた。

 

 

「な、なんでもありませんから」

 

「あぁ……君はなんて美しい……まるで天使だ。素敵な俺のハミングバード……もっとその、可愛い声を聞かせておくれよ……」

 

『……さっきから同じ声が聞こえンですが……日本語じゃねェような……』

 

「行きずりの人ですっ!」

 

「俺はブロンドで白人の嬢ちゃんがタイプだと思ってたが……君に塗り替えられちまった」

 

 

 チェリオスは一旦、辺りを見渡してから少女より離れる。

 やっとどこかへ行ったかとホッとした彼女は、会話を続けた。

 

 

「た……多分、昼までに動くかも分からない状況らしいので……申し訳ないのですが、お願いできませんか?」

 

『……誰か、行けるモンに頼んでみましょう』

 

「本当に助かります! 今、渋谷駅のロータリーで──」

 

 

 彼女の後ろでチェリオスは、送別会か何かに向かう途中だった、大きな花束を持った男に襲いかかっていた。

 花束を奪い、ついでに男が持っていたコーヒーも奪って飲み干す。

 

 

「──はい。待っていま……うわっ!?」

 

 

 それを、チェリオスは少女に捧げた。

 スイートピー、ガーベラと言った、鮮やかな色合いの花束だ。

 

 

「すまない……君に釣り合う花が見つからなかった……この情熱的な紅さえ、君の前では霞んで見えちまう……」

 

「どこから持って来たんですか……!?」

 

『…………やっぱり誰かいるンですね?』

 

「驚く顔も素敵だ……」

 

 

 電話越しで、銀さんは勘づいたようだ。

 

 

「ゆ、行きずりの……」

 

「八六カラットのダイヤモンドよりも輝いている……君の心をスナッチしたい……」

 

『……さすがに今のはバッチリ聞こえましたぜ。どの国のモンか知れねェ馬の骨に絡まれてンですね?』

 

「君の為なら三十万ポンドもするアンティーク銃二挺でも、三五◯◯万ドル相当の金塊だって盗み出してやるぜ……メガロドンを狩って来てやっても良い……」

 

 

 言い訳しようとする少女に対し、銀さんはボソッと告げる。

 

 

 

 

 

 

『あっしが向かいやす』

 

「いや、あの、ですから──あぁ……切れちゃった……!」

 

 

 チェリオスから押し付けられた花束をついつい受け取り、困った顔で見やる。

 燃える目で情熱的な口説き文句を連発するチェリオスではあるが、英語なので一つも少女には聞き取れなかった。

 

 

「あの……その、私の身内が来る前に離れた方がよろしいかと……」

 

「君が望むなら足だって洗える……」

 

「全然聞いてない……」

 

 

 少ししてチェリオスは懐を弄ったが、アンナカはさっきの一袋で最後だったなと思い出す。

 

 

「ああ……すまない。俺は今、危険な状態にあるんだ、ハニー……」

 

「ハニー……? 蜂蜜?」

 

「それが済んだら必ず会いに行く……危険をセイフにしてから、また君の前に現れるよ……」

 

 

 優しく手を取り、熱い視線を向けるチェリオス。

 少女は何がなんだか分からず、ぽかんと彼を眺めていた。

 

 

 

 

「……じゃあな。また会おう。愛しのノリオ……じゃなかった。ジュリエット……」

 

 

 

 

 糸が切れるように二人の手がゆっくり離れる。

 チェリオスは最後に投げキッスをしてから踵を返し、少女の元を後にした。

 

 

 

 

 ナチュラルに駐輪されていた自転車を奪うと、彼はそれに乗って去って行く。

 罵声をあげる自転車の持ち主の姿を背景に、少女は困惑気味に首を傾げる。

 

 

「……なんだったんだろ。あの人……」

 

 

 近くに一台の車が停まった。

 

 

「お嬢!」

 

「早くないですか!?」

 

 

 お迎えはもう来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

YOYOGI

代々木

 

 

 

 

 

 フラット・ジャックとその嫁は、テレビを観ていた。

 

 

「山手線が運休ですってぇ〜。マジヤバ〜チョベリバ〜。通勤してる人かわいそ〜」

 

 

 嫁にダル絡みするフラット・ジャックだったが、玄関から飛び込んで来たチェリオスに驚く。

 

 

「クソーーーーッ!!」

 

「うぉわあ!? あんた静かに入れないの!?」

 

「ナカナカアンアン出せッ!!」

 

「アンナカだってば!……てか、このマンション……オートロックでしょ!? どうやって入ったの!?」

 

「こじ開けたに決まってんだろッ!?」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 

 チェリオスはフラット・ジャックからアンナカを受け取ると、すぐに吸引。

 そのままランニングマシーンを起動し、アドレナリンを切らさぬよう走り続ける。

 

 

「あー……死ぬかと思った……! あの子に会っていなかったら、死んでたな……」

 

「凄いボロボロじゃない! どこ行ってたのよ!?」

 

「あ? オメェが渡した名刺の店だろうが!」

 

「違う名刺の店行ってたわよあんた……」

 

「寧ろそれが吉だった……おいッ! 電話貸しやがれッ!」

 

「横暴過ぎるでしょ……」

 

 

 固定電話の子機を抜いた嫁がフラット・ジャックに投げ渡し、それをチェリオスにパスする。

 チェリオスは走りながら番号を打ち込むと、どこかに電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋がった先は病院。

 治療を受けている最中の、チャカの携帯だ。彼は着信に気付くと、観ていたテレビから電話へ視線を移す。

 

 

「お? あいつらか? あのハゲを捕まえたか……」

 

 

 着信ボタンを押し、耳に当てて日本語で応答する。

 

 

「おう。てめぇら、あの薄らハゲを──」

 

「よぉ、モンキーボーイ」

 

「──を、を、お、お前か!?」

 

 

 相手はチェリオスだと気付き、即座に英語へスイッチする。

 向こうが日本語を知っていたらアウトだったなと、チャカは息を吐く。

 

 

「電話の約束は明日の十二時だろ……!?」

 

「あの……院内での通話は……」

 

「うっせぇッ!! 黙ってろクソアマッ!!」

 

 

 注意する看護師を黙らせて、チャカは通話に集中する。

 チェリオスはアンナカをちょくちょく吸引しながら、話を続けた。

 

 

「それなんだがなぁ。実はてめぇの店の前でなぁ。三匹のモンキーに襲われたんだがよぉ」

 

「え!? あ。そ、そうなのか! そりゃ災難だったなぁ!?」

 

 

 さてはしくじったなと、命令を下した舎弟三人の姿を想起し、憤る。

 俺の前に現れたら殺すと決め込むが、既にその三人はチェリオスによって殺害されたとまだ知る由もない。

 

 

「一応聞くが、オメェの差金じゃねぇよな?」

 

 

 命令した張本人だとはバレていない。まずは胸を撫で下ろした。

 

 

「断じて違うって! 運悪く車上強盗とハチ合わせでもしたんだろぉ?」

 

「あ? 俺が車で来たって、オメェに言ってたか?」

 

「言ってたッ!! 言ってたぜッ!!」

 

 

 言っていないが、何とかはぐらかされる。

 

 

「それより、情報か!? まだ持ってねぇぞ……!? 例の会合は夜だって言ったろ!? まだ会ってから一時間だぜ!?」

 

「いいや。オメェが子分に命令したかどうか、確認したかっただけだ。また明日かけ直す」

 

 

 怪しまれていると感じたチャカは、相手を何とか乗り気にさせてやろうと言葉を絞り出す。

 

 

「まぁ、待て待て! 正直、お前との出会いは最悪だったが! 俺とお前なら、東京の頂点に立てるぜ……!!」

 

「あいにく、トーキョーの頂点だとかに興味はねぇ。俺が望むものは情報だ」

 

「だとしてもだッ! 俺が情報をお前に渡して、お前はそれを元に実行する……どうだ? スゲェだろぉ? 俺たちは最強だ! スーパーコンボをキメられるぜッ!?」

 

 

 やかましく叫ぶチャカの声を疎ましく思いながら、チェリオスは一言告げるだけだ。

 

 

「あぁ。そんじゃあな」

 

 

 そして電話を切る。

 隣に立って盗み聞きしていたフラット・ジャックは、彼に忠告した。

 

 

「……絶対、あんたに殺しを差し向けたのそいつでしょ」

 

「だったとしても、明日殺すだけだ。今はともかく、内通者が必要だ」

 

「あんたの事を流されるかもしれないわよ?」

 

「寧ろ好都合。向こうからお出ましになってくれるんならなぁ」

 

 

 不敵に笑うチェリオスの顔を見て、フラット・ジャックは改めて彼が真のイカれだと実感する。

 

 

 それから彼は丸一日、アンナカを吸いながら部屋内で暴れまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 通話を終えたチャカは、ふとテレビを観る。

 

 車が原宿駅に突っ込み、駅舎とついでに線路を破壊したと言うニュースだ。

 車内にいた若者三名は、全員死亡らしい。

 

 

「…………いやまさかな。んな馬鹿な」

 

 

 ありえねぇと、チャカはひたいに手を置く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車に揺られながら、少女は後部座席から外を眺めていた。

 

 普通なら学校がある平日の日中に、車で街を走る。なかなかそう言う機会はなく、新鮮な気分だ。

 

 

 山手線が止まった影響は、街はいつも以上に慌ただしい。

 車道にはタクシーが多く行き交っていると、彼女は気付いた。

 

 

 

 運転手は、彼女が電話口で「銀さん」と呼んでいた人物。

 短い顎髭と、目を隠したサングラスが特徴的な、大柄の男だ。

 

 

「お嬢も災難でした」

 

「ごめんなさい銀さん……」

 

「滅相もございやせん。こればかりはァ、仕方ねェ事ですよ」

 

 

 溶け込んだ日常に、降りかかった不運と言うシミ。

 今この瞬間の東京都民は皆、共通の不運を浴びている。

 

 

 脆いものだ。

 何でもある、何にでもなれると──様々な夢の終着点であるここ東京だって、線路一つ止まっただけで簡単に狼狽える。

 

 難しくなれば難しくなるほど、たった一つで一気に混乱が起こるものだ。

 便利だが儚いこの街を彼女は、少しうんざりした気分で眺めている。

 

 

「……それで。お嬢に言い寄った男と言うのは、どんな野郎で?」

 

「もう大丈夫ですから。酷い事された訳ではないですし……どう言う訳か、お花まで貰いましたし……」

 

 

 膝の上には、彼から貰った花束が横たえられている。

 

 

「そう言う訳にもいけねェ……高市の件もあった。どうにも最近は、外人との巡り合わせが悪い」

 

 

 男の脳裏には、「ある事」が想起させられていた。

 

 

 

 

 つい先程の話。少女が家を出て、電話をかけるまでの間の話だ。

 高市にいた彼は、「若頭」と会った。

 

 その時に聞いた件も相まって、外国人に対し強い警戒心を抱いていた。

 

 

「……どんな野郎で?」

 

 

 少女は少しだけ躊躇した後に、彼から醸し出される優しい心配を無碍にしたくないと思い、男の特徴を話し出す。

 

 

「……おじさんだった。三十歳かな……」

 

「どこの国のモンかは分かりやす?……例えば、ロシア人とか」

 

「多分、アメリカ人だと思う。いや、イギリス人……? そんな感じの人でした」

 

 

 なら一先ずは大丈夫かと、銀さんは小さく頷く。

 

 

「見た目とかは覚えていらっしゃいますか?」

 

「うーーん……」

 

 

 彼女の脳裏には、クリスマスの特番であった、あるアメリカ人の顔が思い浮かばれる。

 

 

 

 

 

 

「……ジョン・マクレーンに似てたかも」

 

 

 いまいち通じなかったのか、銀さんは眉を歪めていた。




「日常に生きる少女」
「ナンバーガール」の楽曲。
1999年発売「School Girl Distortional Addict」に収録されている。
たった4年で日本に於けるオルタナティブ・ロックの指標を示した、伝説のバンド。アジカン、凛として時雨など影響を公表するアーティストは数知れない。椎名林檎に至っては神と崇めている。
去年、とうとう活動再開を果たし、再びロック界を沸かせている。

開始一秒からギャンギャン掻き鳴らされるギター、ベース、ドラムが衝撃的。
それを越した後には清々しく小気味好いメロディーがやって来るが、暴走寸前のサウンドが顔を度々出す。
どうにも一筋縄では行かない、ナンバーガールらしい一曲。

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