DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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折角なんで、タランティーノ映画みたいな感じに挑戦しました


Nameless Bird

 和やかなムードでお茶する二人だが、ここで時間を戻そう。

 二人が駅前の茶店に入った経緯と、それを狙う車の中の男たちの正体、そしてバラライカとチャカ、フラット・ジャックの動きまで、追って描写する。

 

 

 

 

 

 

 チェリオスが代々木から港区をランボルギーニで爆走し、板東を轢き逃げし、ホテル・モスクワの拠点一つを潰した後の話だ。

 

 一つの連絡が、ホテルの一室に届けられた。

 奥座で打ち合わせをしているバラライカらの元に、ボリスが眉間を指で挟みながらやってくる。

 

 

「……大尉。少し、よろしいですか?」

 

「どうした軍曹? 珍しく疲れた顔付きじゃないか」

 

「これは失礼を……今し方、奇妙な報告をラプチェフらの部下たちより受けた次第でして、ご連絡にと」

 

「ラプチェフらの?」

 

 

 興味を示したバラライカは椅子に深く腰掛け、彼の言葉を待つ。

 ボリスも彼女と向かい合わせに座り、表情を引き締めてから話をする。

 

 

「ホテル・モスクワ日本支部、ラプチェフが拠点として使用しているレストランが……襲撃に遭いました」

 

「なに?」

 

 

 バラライカは眉を寄せた。

 報告に多少驚いてはいるようだが、危機感や焦燥感と言った類は見受けられない。

 彼女にとって、ラプチェフの存在とはその程度に過ぎない。

 

 

 だが今この時期にホテル・モスクワが襲われるとは、彼女も想定していない事態だ。

 

 

「いずれとは思っていたが、早過ぎるな……状況は?」

 

「はっ。十五分前……一三◯三時に、武装した男が突然来襲。当時内部にいた構成員はラプチェフ含め十五人ほどでしたが、内十二名が死亡、二人が重傷で壊滅状態との事です」

 

「嘆かわしい。道理でまともに東京を制圧出来ない訳だ……しかし軍曹、その内訳では数が合わないが?」

 

「えぇ。一人だけ死体が見つかっておらず、行方不明です……どう言う訳か、その一人と言うのがラプチェフであります」

 

 

 ボリスのその報告に関しては、基本的に表情の少ない遊撃隊のメンバーらも顔を顰めていた。

 

 

「誘拐か?」

 

「近隣で死体が発見されておりません。恐らくは、そうでしょうな」

 

「とことん無能な男だ。死んでくれた方が良かったのに……向こうに情報を寄越さなくて正解だったな」

 

「えぇ。ラプチェフとその部下たちには命令通り、こちらの計画は一切伝えておりません。ただ、鷲峰組と我々の関係が発覚してしまうかもしれません」

 

「遅かれ早かれ気付かれる予定だ。しかし何者だ? 香砂会はもう嗅ぎ付けたのか?」

 

 

 一言、「それなんですが」と呟いた後に、ボリスは続ける。

 

 

「……日本人ではないとの事です。アメリカ、或いはイギリス人と思われる白人だったと」

 

「白人のグループか?」

 

「……襲撃者は、一人だったと聞いております」

 

「…………一人だと?」

 

「えぇ。十五人に対し、一人で……しかも、銃を一挺だけ所持し、正面突入して来た……らしいです」

 

「………………」

 

 

 元軍人で、アフガンの地獄を知っている彼女たちなら分かる。

 十五人の武装したマフィアを相手に、一人だけで挑んで制圧出来る訳はない。

 ラプチェフが無能だとか「質は数に勝る」だとか、それ以前の問題だ。

 

 

「……事実なら、ランチェスターの法則などアテにならないな。本当に一人なのか?」

 

「現場にいた者の話ですので、確証はあるかと。あと襲撃の直前に、匿名の電話が入っていたとの事です」

 

「なんと?」

 

「英語で、『鷲峰組の刺客がそっちに来るぞ』と」

 

「間違いなく鷲峰組は関係していないな。みすみす電話で伝える馬鹿はいない。素人が考えるような杜撰な撹乱だ……それに、我々の助力さえも渋ってた奴らだ。今更外国人を雇う意味はない」

 

「となると……何者なんでしょうか?」

 

 

 突然降って湧いた謎の襲撃者の件に、さすがのバラライカも不快感を隠さず表情に出していた。

 一頻り可能性を幾つか予想した後、ボリスに質問をする。

 

 

「その襲撃者の見た目は? 歳や背丈、格好は?」

 

 

 ボリスは頭を振る。

 

 

「如何せん、生き残った二人も酷いパニックに陥っておりましてな。情報が支離滅裂で……三十分以内には聞き出してみます」

 

「早い方が良い。この戦争で唯一の不確定要素だ。ラプチェフへの個人的な恨みに基づいたのならともかく、我々の陣地に影響を及ぼすつもりなら厄介だ……信じられないが、一人で十五人を相手取るほどの手練れなら尚更だろう」

 

「同感です、大尉。出来るだけ急がせます」

 

 

 続いてもう一人、遊撃隊のメンバーが部屋に入って来る。

 

 

「大尉。先ほどロック経由で、鷲峰組からの急報を受けました」

 

「どうした?」

 

「バンドウが轢き逃げに遭い、救急搬送されたとの事です」

 

 

 ラプチェフ一派の壊滅の次には、鷲峰組の若頭である板東の事故。

 一気に降って来た厄介事に、バラライカは顔を顰め、天井を見上げた。

 

 

 

 

「……どうなっている?」

 

 

 なぜか彼女の脳裏には、「ニューヨークから来たおまわりさん」の憎たらしい笑顔がチラついていた。

 自分の計画を機転と運だけで踏み倒した、あの男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテル・モスクワに連絡をしたのは、ロックだ。

 彼は通訳としてバラライカに同行している。鷲峰組からの電話はまず彼の携帯電話に届き、それからロックが英語に変えてバラライカに伝えていた。

 

 

 

 

 その為、板東が轢き逃げに遭った話はロックも把握している。

 時系列は、連絡を済ませてから二時間ほど経過。

 

 

 今でも何があったんだと思わざるを得ない。今頃板東は集中治療室だろうかと、心配は募るばかりだ。

 

 

「こんな大変な時に轢き逃げなんて……運がないよなぁ。死んでないのが良かったけど」

 

 

 軽く同情しながら、国際電話用のテレホンカードを購入する。

 公衆電話に差し込めば自動的に「001」をダイヤルし、後は国番号と電話番号を入力すれば国際電話をかけられると言う代物だ。五千円分なので、アジア圏内なら二時間も電話出来る。

 

 この後、頼まれ事を済ましたなら、隙を見てロアナプラの仲間に電話をする予定だ。

 

 

「えぇと……うわっ、ベニーめ。俺に爆買いさせる気だな?」

 

 

 来日前に貰ったメモを見ながら、そこに書かれた機材を買う為、ロックは秋葉原に足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼とすれ違う、ベトナム人のオカマとその嫁。

 フラット・ジャックはチェリオスとの電話の後、追手を撒く為に秋葉原へ逃げ込んでいた。

 

 

「全く……! あのハゲのせいで、あたちの商売上がったりぃじゃあないのよぅッ!! 歌舞伎町のオフィスもバレてるし……マイルズには責任取って貰うわよ! ぜってぇ許さねぇッ!! こっからはあたちのステージよッ!!」

 

 

 彼は秋葉原に隠れ家を仕込んでいたようだ。

 そこで明日まで身を潜めるつもりらしく、嫁を連れて走っている。

 

 

 路地裏に入った時、彼はギョッとする。

 室外機の横で、顔に包帯を巻かれた男が座り込んでいたからだ。

 

 

「な……なにしてんの? 包帯だらけじゃない……え? 綾波レイが初登場した時のコスプレ?」

 

 

 良く見れば、酷い怪我をしている。はおっているボロボロのコートの下にも、血が滲んだ包帯が見えた。

 包帯男はゆっくりとフラット・ジャックの方に首を回し、枯れた声で話す。

 

 

「……ボク、は……」

 

「え? なに?」

 

 

 フラフラ立ち上がったものの、また倒れそうだ。

 壁伝いにフラット・ジャックの方へ寄り、呆然としていた彼に突然抱き付いた。

 

 

 

 

「ボクは誰だーーッ!!??」

 

「ヒィぃーーーーッ!?!?」

 

 

 彼の悲鳴がこだまし、それを聞いたロックが身体をびくつかせていた。

 

 

 

 

 

 それからロックは秋葉原中を回り、ベニーから頼まれた精密機器を買い集める。

 たまに見つけるのに難儀した物もあり、時間が思ったよりもかかってしまった。

 

 

 秋葉原駅でホテルに戻ろうとした頃には、夕方の四時過ぎ。

 しかも降り出した雪が積もり、更には代々木駅で突然の運転見合わせ。前日に起きた原宿駅の件の影響らしい。

 

 

 駅構内の公衆電話でベニーとの連絡を済まし、困ったように頭を掻きながら黄昏れる。

 

 

「参ったな……こんな雪じゃ車も駄目っぽいし……」

 

 

 そんな折、向かい側からすれ違いかけた人物を見て、目を丸くする。

 

 

「あれ?」

 

 

 少し前に出会った子と、偶然の再会を果たしたからだ。

 眼鏡をかけた、高校生くらいの少女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、二人がいる場所から、やや離れた所で顔を隠すようにして立つ三人組の男。

 少女とロックが会話している後ろで、コソコソ話し合っていた。

 

 

「……チャカさんの命令っちゃ命令だけどよぉ……半日ほど女子高生尾行するって、ヤバいよな?」

 

「しかもヤクザの娘っしょ? 可愛いけどよぉ、怖ぇよなぁ……」

 

「てかあの優男は誰よ? 知り合いっぽいけど……今会うのはタイミング悪過ぎだろ……」

 

 

 三人の内、一人の携帯電話が鳴る。

 急いで繋ぎ、耳元に当てた。

 

 

「はいはい、もしもし……あ、チャカさん」

 

 

 

 

 チャカは車内から電話をかけていた。

 積雪で渋滞に引っかかり、イライラした様子だ。

 

 彼は助手席におり、運転席には舎弟。後部座席には、縄で縛ったロシア人が寝かされていた。

 

 

「おい。『ゆっきー』見失ってねぇよな?」

 

「えぇ。下校時間からずっと。予備校にいる間も、ずっと張ってたんすよ? 風邪引くかと思ったっす……」

 

「よっしゃ。今から誘拐しろ」

 

「今スか!?」

 

 

 三人は顔を見合わせる。

 さすがに人の目の多い場所では、勘弁願いたい。

 

 

「今、代々木駅なんスよ……電車も止まってて、どうすりゃ良いか……」

 

「だったら駅前に車向かわしてから、何とか言いくるめて改札口から出せや」

 

「そ、そんなぁ……!? 見るからにナンパ乗りそうな感じの子じゃないっスよ!?」

 

「んじゃあ、無理やり連れ出せや」

 

「ここで連れ出そうとしたら、駅員やら駅警察に捕まりますって!」

 

「おぅ、てめぇ」

 

 

 インパネの上に足を乗っけながら、やや苛ついた様子で脅す。

 

 

「……俺が今、上機嫌でよかったなぁ? キレてたら今すぐオメーのとこ行って、歯ァ全部折ってやってたトコだぜ? 口答えはそこまでにしとけよ。さすがの俺も次ぃキレっかもしんねぇかんな?」

 

 

 男は目を閉じ、天を仰ぐ。

 チャカの恐ろしさは身をもって分かっている。

 

 

「……わ、分かりました……な、なんとかやるっす」

 

「それでいーんだよボケ」

 

 

 プツッとチャカは、電話を切る。

 それから気怠げな様子で、リアビューミラーに写るロシア人を見た。

 

 まだ気絶している。起きたとしても暴れられないように縛ったが、正直今のチャカにとっては邪魔でしかない。

 

 

「……どうすんだよアイツ」

 

 

 チャカもまた、天を仰いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでがチェリオスの暴走で生じた、様々な人物の動きだ。

 

 バラライカは謎の襲撃者の情報を集め、板東は病院に搬送され、チャカたちは少女誘拐の為に暗躍している。一方でフラット・ジャックは、秋葉原で謎の人物と遭遇していた。

 

 更にチェリオスが拉致したロシア人の名前がラプチェフだと判明したし、少女と談話をする青年がロックだとも判明した。

 

 

 

 

 

 

 そうなるとやはり、渦中にある鷲峰組の動向も描写すべきだと思われる。

 

 

 板東が轢き逃げに遭ってすぐ、連絡を受けた一人がいの一番に病院へやって来ていた。

 色眼鏡をかけた、パンチパーマの派手なジャケットの男だ。

 

 

「兄貴ぃ!? 兄貴ぃーーッ!?」

 

「やめなさい! やめなさい!」

 

 

 手術室の前まで来た彼を、看護師や黒板五郎似の医師が引き止める。

 まだランプはついたままだ。

 

 

「何があったんや!? 誰にやられたんや兄貴ぃッ!?」

 

「患者は、まだ手術してる途中でしょうがーーッ!!」

 

 

 彼の悲痛な問答も、手術室で眠る彼の耳に届く訳はない。

 その後は黒板五郎似の医師に宥められる形で、手術室前の椅子に腰掛け時を待つ。

 

 

「……どないすんねん。香砂も動き出し、ロシア共も勝手しおる頃に……」

 

 

 まだ消えない、手術中のランプ。

 時計を見ると、まだ十分も経過していない。なんだか半日も座っていたかのような感覚だ。

 

 

「……誰に頼りぁアええんや」

 

 

 組の纏め役である板東が倒れた今、ホテル・モスクワと相手をする代理人を決めなければならない。

 勿論、その役目は自分にあると、彼は理解していた。

 

 だが同時に、自分には板東ほどの機転も器用さも腕もないと、観念していた。

 そんな彼が板東のポストに突然就いてしまうのは、寧ろ恐怖を覚えてしまう。

 

 

 誰かに相談せねば。

 そう考えた途端に、ふと脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。

 

 

 

 

「……兄貴、そういや……『銀の字』の話、しとったな……いやでもアイツは……!」

 

 

 一旦は「いけすかない」と頭を振った。

 しかし果たして、この修羅場に対応出来る者はどれほどいるのかと、悶々と考えた。

 

 

 そうこうしている内に、構成員が彼の下へ血相を変えてやって来る。

 

 

「『吉田』さん! た、大変な事が起きやしたぜ……!」

 

「なぁにが大変な事や! カシラが轢き逃げ以外に、大変な事があるんか!?」

 

 

 怒鳴る男こと、吉田を宥めつつ、彼は息も絶え絶えな様子で話す。

 

 

 

 

「ぎ、銀の字からの連絡でさ……! お嬢が……お嬢が、攫われたんですッ!!」

 

 

 吉田の葛藤は、突然巻き起こった事件によって、四の五も言っていられない状況に陥る。

 すぐに彼は板東の護衛を部下に命じた後、病院を飛び出して「銀の字」の元へ向かう。

 

 

 乗って来た車を飛ばし、鷲峰家の邸宅へ到着。

 

 

 途中イカしたランボルギーニとすれ違ったが、気にする余裕はない。

 

 

 

 

 すぐに邸宅へ走り、乱雑に靴を脱ぎ散らかしてから玄関に入ろうとする。

 だが銀の字と呼ばれる人物は既に、下足場でサンダルを履いている途中だった。

 

 

「ぎ……銀の字……!」

 

 

 彼はクッと、吉田を見やる。

 巨躯の、顎髭を蓄えた短髪の男だ。サングラス越しの目は、怒りに満ちていた。

 

 

 吉田は彼の腰を見て、思わず息を呑む。

 

 白鞘に収められた刀剣を、ぶら下げていたからだ。

 

 

「……吉田」

 

「ぎ……銀……!」

 

 

 お嬢が攫われた事は、虚言でも何でもないと確信した。

 絞り出すように、言葉を発する。

 

 

 

 

「……本当なんやな……?」

 

 

 彼は顎で自身の背後を、示した。

 

 

「……確かな筋からの、情報でェ」

 

 

 彼の身体に隠れるようにして立っていた男を見て、吉田は「あっ!?」と声を荒げた。

 

 

「て、てめぇは……ッ!!」

 

 

 そこにいたのは、頬に大きな青痣を作った、ロックだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上の顛末から板東の手術中、弟分に当たる吉田と言う男が、「銀の字」と会う為に病院を離れたと分かった。

 更に銀の字の元には、なぜか少女と談話をしていたロックがいた。

 

 

 これによりロックと一緒にいた少女と言うのが、「お嬢」だとも判明しただろう。

 

 

 

 

 

 

 ではどうやって攫われたのか。

 ここでやっと時間は、ロックとお嬢が談話をしている途中に戻る。

 

 電車が止まって足止めを食らった二人は、立ち話もなんだからと駅前の喫茶店に入店した。

 その行動はまさに、誘拐を命じられた男たちにとって最大のチャンス到来ともなる。

 

 

 

「お! 来た来た!」

 

 

 招集した仲間の車が、喫茶店前に停車。

 三人はそれに乗り込み、虎視眈々とお嬢を狙う。

 

 

「どうやって誘拐する?」

 

「多少強引だが、店を出た瞬間を狙うぞ。全くよぉ……チャカさん、血迷ったとしか思えねぇよ……」

 

「警察はどーすんだ?」

 

「馬鹿言え。アレはヤクザの娘だろが。ヤクザが警察に駆け込むなんざ、ぜってーしねぇよ。警察沙汰にはなんね」

 

 

 暫く二人は話し込んだ。

 最後は少女が携帯電話で話をし、その場を去ろうとする。

 なぜかロックは、青い顔をしていたが。

 

 

「よし! 今がチャンスだ! すぐ逃げられるように、エンジン温めとけ!」

 

 

 男たちは大きく息を吸い込み、ガムテープと縄を用意する。

 中の二人は会計を済まし、店を出ようとしていた。

 

 

「今だ今だ!! 行け行けゴーゴーッ!!」

 

 

 その叫びを合図に、運転手以外の男たちが一斉に車を降りる。

 

 

 

 

 

 喫茶店を出た、少女とロック。

 再び駅構内へ戻る途中、彼女はクルリと振り返る。

 

 

「なんだか、話し込んじゃいましたね」

 

「……そ、そうだね」

 

 

 ロックは動揺を押し隠すのに必死だ。

 

 

「銀さんが急いで戻るようにって……何かあったんでしょうか?」

 

「…………」

 

 

 間違いなく板東さんの事だろうと、ロックは思った。

 とは言えそれを、自分の正体を知らない彼女に言う訳にはいかない。

 

 

「……あー、ごめん。僕はちょっと、この辺を回ってから帰るよ」

 

「あら? そうですか? なら、私はこれで」

 

「うん。ごめんね、付き合わせちゃって」

 

「いえいえ、私こそ。ふふ……楽しかったです!」

 

 

 少女はニコリと笑って、小さく手を振った。

 

 

「それでは岡島さん。また、お会いできたら嬉しいです」

 

 

 ロックもまた微笑んで、手を振り返した。

 

 

「それじゃあ、またね…………『鷲峰』……あー……」

 

 

 今や彼女の名前を出すのが、苦しかった。

 心臓を握られた気分に陥る。

 

 

 

 

「……『雪緒ちゃん』」

 

 

 雪はやっと、降り止んだようだ。

 白銀の世界と化した東京の街で、ロックはまた自分の巡り合わせの悪さを呪う。

 

 

 

 彼女の名前はそう、「鷲峰」。

「鷲峰 雪緒」。

 

 

 鷲峰組の亡き組長の娘だ。つまり、いずれはロックらの敵になり得る少女。

 そう考え、ロックは固唾を飲んだ。

 

 

 

 

 踵を返し、立ち去る雪緒。

 何か言う訳にはいかず、ただ彼女の背中を眺めるだけ。

 悲しい目でただ、見送るだけだった。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、三人組の男が横から飛び出した。

 彼らは雪緒が反応するよりも早く、腕を掴んで引っ張り込む。

 

 

「え……!? な、なにっ……!?」

 

 

 男三人の力には敵わない。

 雪緒は手からバッグを落とし、無理やり男に肩に抱えられ、連れ去られようとしていた。

 

 

 眺めているだけでは済まなくなったロック。

 手元の荷物を落とすと、男たちの元へ走った。

 

 

「な……なにをしてんだ……!? おいッ!! その子から手を……ッ」

 

 

 雪緒を助けようと、男に掴みかかったロック。

 だが彼は顔面に拳を受けて、路上に倒れ伏してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後。彼らの車は人通りのない道路に停められていた。

 寒さに凍えながらも、誰かを待っている。

 

 

 

 すぐに一台の車がやって来た。

 誘拐を指示したチャカが乗っていた車だ。彼は車を降りると、実行犯である男に話しかける。

 

 

「どう? やったよなぁ?」

 

「え、えぇ……この通り」

 

 

 チャカに車の中を見せると、後部座席には目隠しと口にガムテープを貼られた、縛られた雪緒が座っていた。

 突然の出来事に恐怖し、涙を流して震えている。

 

 

「……上出来じゃーん! さっすが俺が見込んだだけあるぜーっ!!」

 

「いえいえ、まぁ、何とも……」

 

 

 誘拐に成功したと言うのに、男は浮かない顔をしていた。

 

 

「お? どしたどした? 作戦成功じゃん。喜べよ〜」

 

「……なぁ、チャカさん。マジで鷲峰に喧嘩売るんすか?」

 

「あたりめーじゃん。いや下手すりゃ、香砂も潰せるかもしんねーぜ?」

 

「は、はい?」

 

「まぁまぁ、待てって! 俺のサイキョーのペットがそろそろ来っからよぉ」

 

 

 噂をすれば影が来ると言う。その話をしたちょうどぐらいに、一台のランボルギーニが現れた。

 

 

「……イケすかねぇ車に乗ってんスね」

 

「見た目は厳ついが……オツムは残念なヤローだ」

 

 

 車は停まり、ガチャリとドアが開く。

 

 

 

 

 

 

 夜に染まり始めた東京の空の下、チェリオスは姿を現した。

 酷いカフェイン臭を撒き散らしながら。

 

 

「主人公の登場だ」

 

 

 そう言いながら彼はまた、アンナカを吸引する。




「名前のない鳥」
「山崎まさよし」の楽曲。
1997年発売「HOME」に収録されている。
情緒溢れるアコースティックサウンドと、茫漠とした感情をスケッチするような歌詞、そして耳触りの良い歌声が魅力的なシンガーソングライター。

オリエンタルな空気のリズムが心地の良い一曲。まるで吟遊詩人のように盛大ながら切なげに歌い上げる彼の声と、曲が醸す異国情緒な雰囲気が圧巻。「元ちとせ」がカバーしたバージョンも良い。

因みにこのアルバムには彼の代表曲でもある「One more time, One more chance」も収録され、山崎まさよしブレイクのキッカケともなった一枚となっている。
あと「アドレナリン」って曲もあります。
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