DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Pounding My Heart

 ネオンが輝く夜の道路を走る、一台の車。

 運転席にはパンチパーマの吉田、後部座席には銀次と、緊張から股に両手を挟んでいるロックが乗っている。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 誰一人喋らない為、押し潰されん限りの気まずさが車内に満ちていた。

 一応、皆の目的は一緒ではあるが、立場がややこしいので誰も話し掛けられずにいる。

 

 

 銀次は雪緒の事しか考えていないが、吉田とロックに関しては空気の重苦しさ故に下車したい気分だった。

 

 

「……そんで、通訳さん」

 

「んはいッ!?」

 

 

 突然、銀次に話しかけられ、応答の声が上擦る。

 彼はロックに見向きをせず、淡々と話した。

 

 

「お嬢を拐ってったのは、派手な格好の奴らに間違いねェんでしょうね」

 

「は、はい。半グレって感じの奴らでした」

 

「おうおう、銀の字なぁ!」

 

 

 運転しながら吉田が突っかかる。声がでかい。

 

 

「素直にそないな奴、信じてええんか!? ロシアどもの自作自演っちゅーのもあるやろが!」

 

「そんならわざわざ、あっしらンとこに来る必要がねェし……一切の理由が分からねェ。それに……」

 

 

 ぎろりと、横目でロックを睨む。

 ロックは恐縮し、窓ガラスに頭を付けんばかりに彼から離れる。

 

 

「……()()、鷲峰組と組んでる状況。反故にするにも時機ってもンがある……が、今は違う。そうでしょ?」

 

 

 ゆっくりと首肯し、一つ深い息を吐いてからロックは落ち着いて答えた。

 

 

「……雪緒ちゃんが」

 

「おぉ!? お嬢のこたぁ今なんつったんやボゲッ!?」

 

 

 馴れ馴れしいと、吉田に訂正を迫られる。

 

 

「鷲峰さんのご息女様と、お茶をした時に名字を聞いたんです」

 

「お嬢の電話を使ってわざわざウチに連絡入れられた時ァ、さすがに肝が冷えましたぜ。あんたの声が受話器から響いたもんで」

 

「それは失礼しましたね……本当にそれまで、関係者とは思っていなかった……けど」

 

 

 やっとロックは銀次の方へ、顔を向けた。

 キッと、真摯に鋭くさせた目で彼の横顔を伺う。

 

 

「……彼女は、『普通に生きるべき』だ」

 

「そいつァあっしも『願っている事』だ」

 

 

 言葉を遮り、声色は変えず、ただ先程よりも重く感情を乗せ、銀次は答える。

 

 

「……それを許しちゃくれねェ。『だから拐われた』……取り巻く全部が、お嬢を日陰へと引き摺り込もうとしやがる」

 

「………………」

 

「……その『取り巻く全部』ってェのに、お前さん方も入っているンですがね」

 

 

 銀次の吐露を聞き、吉田も口を挟む。

 

 

「てめぇらロシアが……こっちの言うた通りにしとりゃ、こうはならんかったんや……! おどれら、ハナから日本で暴れたいだけやないかッ!!」

 

 

 彼の主張に対しては、ロックも一度閉口する。

 

 

 その事は薄々、ロックは察していた。

「あのバラライカ」が、額面通りに人と手を組む訳がない。

 

 彼女の全ては、「ホテル・モスクワ」だ。

 お情けとお慈悲で人助けをする慈善団体でも、金さえ貰えれば何でもする傭兵部隊でもない。

 

 

 利潤と快楽、それらを満たしてくれる戦争と制圧。

 ロアナプラで生活し、ホテル・モスクワと関わって来て痛いほど分かった。

 

 

 

 だからこそ断言は出来る。

 無法地帯を戦い抜いた彼女のやり方と、「なんだかんだ法の下にある仁義と任侠のヤクザ」とに、齟齬が出るのは当たり前。

 そしてバラライカはその齟齬に、愛想を尽かしつつある──いや、もう尽かしているかもしれない。

 

 

 

 あくまでロックは、ホテル・モスクワの通訳として来ただけだ。彼らの一員でもないし、自由に発言する権限すらない。

 彼女の真意は分からないが、間違いなく最終的には「鷲峰を切る」だろう。

 

 

 

 

 

 ロックが黙ったのは、彼の立場もある。

 雪緒を助けたいのはあるが、ホテル・モスクワを売る気はないし、だからと言って鷲峰組に肩入れする訳にもいかない。

 

 

 良く良く熟考した上で、彼は吉田や銀次の思いは無視し、現状だけを話そうと努めた。

 

 

 

 

 

「──ホテル・モスクワを引き入れたのは、そっちです。僕らの責任ではない。明らかにそっちのリサーチ不足だ」

 

 

 その言葉に驚いたのか、やっと銀次も顔をロックの方へ向けた。

 

 

「それに最終的な決定権は、バラライカさんにある。ここでどう僕に訴えようが……現状は変えられない」

 

「んだとこのガキャあ!?」

 

「それでもだ!!」

 

「っ!?」

 

 

 がなる吉田を、ロックは声を張り上げて封殺した。

 

 

 

 

 

「……今まで普通でいれた彼女まで……巻き込むのは違う。だから僕はここにいる……これは俺の矜持だ」

 

 

 

 闇の中にいた双子を、日の光まで押し上げた男を知っている。

 

 

 そうだ。希望はある。

 なんて言ったってロアナプラには、あのバラライカに「勝った男」がいる。

 そして自分も加担し、ホテル・モスクワに気取られる事もなく勝ったのだ。

 

 

 

 そうだ。鷲峰組の件には、「雪緒はまだ関係ない」。

 関係ないのなら、誰の権限もない。

 

 ただ、「拐われた女の子を助けに行く」だけ。

「無関係な人物が巻き込まれないよう、助言する」だけ。

 

 なんて言ったって、「まだ」鷲峰組はホテル・モスクワの同盟だ。仲間を助けるのは当たり前。

 

 

 

 

「──通訳さん……あんた……」

 

 

 銀次はまたしても驚いた。

 ロックの表情が、何とも楽しそうだったからだ。

 

 

 

 

 

 

「──『限りなくフリーだ。なんだってやれる』……!」

 

 

 

 

 やっとの事、銀次は察する。

 この男もまた、「こちら側の人間」なのだと。

 自由の名の下、何をしても良いと思っている「狂った悪党」なのだと。

 

 

 

 ロックがこちらを向く前に、銀次はまた前を向く。

 

 信用しても良い。だが、信頼は駄目だ。

 そのように、ロックへの警戒心を更に強めた。

 

 

「……通訳さんよ……」

 

 

 最後に一言だけ、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そう言うンは、股から手を出して言ってくだせェ」

 

「あ、すいません」

 

 

 股に挟んでいた両手をやっと、パッと抜く。

 イカれているのか、間抜けなのか、とうとう判断が付けられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、レヴィはホテルに戻っていた。

 

 

「よぉ〜ロックぅ。さっきウマそうな匂いのバルあったからさぁ、今からそこ食べに行か……」

 

 

 部屋の中は暗い。ロックはまだ帰って来ていなかった。

 

 

「あ? まだ帰ってねぇのか……」

 

 

 パチリと、電気を点ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボウリングの歴史は古く、紀元前五千年前の古代エジプトにてすでに存在していたらしい。

 スポーツと言うより宗教的儀式に近く、ピンを悪魔に見立て、それをボールで倒す事で無病息災になれると言う風だった。

 

 

 こう言った儀式は古代エジプトに限らず、世界中に点在していた。

 しかし並べ方やルールなど、現代のワールドワイドに近い様式を作った人物は、宗教改革で有名な「マルティン・ルター」と言われている。

 

 

 

 日本に於いても、ボウリングが国内に持ち込まれたのは幕末期らしい。

 ただ普及したのは昭和三十年代であり、それから四十年代後半には一大ブームが巻き起こった。

 あちこちでボウリング場が乱立し、日本中がボウリングに熱狂する。

 

 

 

 

 

 だが時流の勢いに任せたものは、ブームが去ればすぐ廃れるものだ。

 ブーム後より何年も経過した平成の頃には、国内のボウリング場は最盛期の半分ほどしか残っていない。

 残っていたとしても、併設したパチンコやカラオケの方が儲かっている、みたいな所も多々ある。

 

 

 当時と比べ、酷く寂れた所が多くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ここ「ヒラノボウル」も、そうした最盛期に作られたボウリング場だ。

 過去は全レーンが予約で埋まり、連日時間問わず客が来ていたと聞く。有名なプレイヤーを呼び、大会や講習会も開催していたらしい。

 

 

 今の有り様と言えば、昼過ぎにシニアか固定客が来るのみ。

 ホリデーシーズンには新歓や忘年会などでそれなりに来るが、あの頃のように全レーンが埋まる時は全くない。

 

 

 

 夜になれば廃れ具合は更に増す。

 端が破れたまま残った掲示板や、薄汚れた壁と、ただコチコチ音を鳴らす時計がロビーで出迎える。

 

 誰も来ないからと受け付けで普通にタバコを吸う、初老の支配人があくびと一緒に煙を吐いた。

 

 

 ガラス扉の向こうにあるレーンで起きている事など、興味を示していない。

 いや、示してはならないと注意していた。

 

 

 

 

 

 

 レーンは、半グレと思われるチンピラたちが占領している。

 

「親父狩り」がまだ取り沙汰されている昨今。触らぬ神に祟りなしと、介入しないように努めていた。

 

 彼らがガラス扉の向こうで何をしているのかなど、知った事ではない。そう思いつつ、今日の夕刊に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。このレーンで何が起きているのかと言うと────

 

 

 

 

 

「……ズゥーーッ!!」

 

 

 白い粉を鼻から吸い、

 

 

「ングッ、ングッ」

 

 

 そのままひたすら缶コーヒーを飲む、白人の男。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 その様を隣で、呆然とした顔で見る少女と男。男の方は、鼻にガーゼを巻いていた。

 更に彼らを隣のレーンから引き気味の表情で注目している、男たち。なぜか縛られたロシア人が床に転がされていた。

 

 

「……ンハァ……あー、生きがえるぅー……」

 

 

 白人の男──こと、チェリオスは危ない目をしたまま少女の方を見る。

 瞬時に熱っぽい眼差しへと変わった。

 

 

「見苦しいところを見せちまって、すまないなハニー……これがねぇと、死んじまうんだ……」

 

 

 英語で話す彼を前に、困惑した様子で隣に座る男へと向く少女。

 

 

「……えーと……なんと?」

 

「……これがないと死ぬんだと」

 

「いや……寧ろこのままじゃ死んじゃうと思うんですけど……」

 

 

 チャカの通訳を聞いた後に、憐れむような心配するような目で雪緒は、チェリオスをまた見やる。

 また雪緒にちょっかいを出す前に、チャカはチェリオスに話しかけた。

 

 

「補給は済んだか? んじゃ、作戦会議だゴラァ」

 

 

 ここまで酷い目に遭って来たので、非常にキレている。

 キレると何をするのか分からない彼を、舎弟である愚連隊のメンバーは怖がっていた。

 

 

 しかしチェリオスは、チャカの事などどうでも良い感じだった。

 言葉が分からないのもそうだが、キレたチャカと対等に話せている彼にメンバーらは驚いている。

 

 

「あ?……あぁ、分かった。ちと離れたトコで話すぞ。この子が怯えちゃうからな」

 

「……おう。ほら、来い」

 

 

 チャカと共に立つと、雪緒の手を握り「待っててね」と呟いた後にレーンを離れる。

 去ろうとする時、チェリオスはチャカに耳打ちした。

 

 

「あの子に触れたら殺すと、あの間抜けドモに言っとけ」

 

「分かったっての……オイ! ゆっきーに触んじゃねぇぞテメーらッ!! 殺すっぞッ!!」

 

 

 それだけ言い残し、チャカに連れられた二人と一緒にロビーへ出て行く。

 

 

 残された彼らは居心地の悪そうに互いを見た後に、怯えた様子を見せている雪緒へと注目した。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………ボウリングすっか」

 

 

 触らぬ神に祟りなし。

 雪緒を放置したまま、ボウリングに興じ始めた。

 

 

 ボールが転がる時の振動と、派手に弾けたピンの音で、ロシア人ことラプチェフが目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロビーに出たチャカとチェリオス、そして二人の舎弟。

 舎弟らは、大きなボストンバッグを担いでいた。

 

 

「ロビーのオヤジに聞かれねぇか?」

 

「んなの、俺とてめぇで英語で話しゃあ、聞いてねぇのと同じだろ」

 

「……それもそうか」

 

 

 とは言え支配人は彼らに怯え、完全に無視を決め込んでいるので無問題だ。

 チェリオスは舎弟らの担いでいるバッグを指差す。

 

 

「それは?」

 

「言ってた、襲撃用の武器だぜ……ホラよ」

 

 

 ジッパーを開け、中身を見せる。

 バッグの中に詰められていたのは、数多の銃器と弾薬だ。

 

 

 銃器一つ一つを見て、チェリオスは渋い顔を見せる。

 

 

「……PPS43にトカレフ……お前らソビエトか? 型落ちばっか集めやがって」

 

「S&Wも水平二連式もあんじゃねぇか」

 

「マジかよ、水平二連式なんざ骨董品だろが……おいおい、誰だ切り詰めやがったのは! マッドマックスやんじゃねぇんだぞ?」

 

「ソードオフしか売ってなくてな」

 

 

 チェリオスはまだアンナカの残っている鼻を拭いてから、首を振る。

 

 

「んな銃で勝てんのか? 相手はマフィアだ」

 

「あーあー、あんたは知らねぇよな」

 

「あ?」

 

「銃が売買されてねぇ日本じゃ、どのヤクザもクソ銃しか持ってねぇぜ。あんたにとっちゃ物足りねぇと思うがなぁ? ヤクザ相手にゃ余裕だぜぇ?」

 

 

 眉間を押さえた後に、煩わしそうに頭を掻く。

 

 

「……一応聞くが、てめぇのお仲間は撃てんのか?」

 

「いいや。まぁ、弾の込め方とか教えときゃ大丈夫っしょ?」

 

「お前……素人ばっか集めやがったのか? 銃ってのは使い手で決まるんだ。どんだけ良い銃揃えてもなぁ、撃つ奴が間抜けじゃ一発も当てられねぇんだ」

 

「それくれェ、知ってるっての!」

 

 

 チェリオスの肩を叩きながら寄り、コソッと囁く。

 

 

「だから襲撃のミソってのは……俺と、オメーだ。他のはアレだ、デコイみてーなモン?」

 

「足止めの要員か」

 

「それぐれーなら出来るだろ。鷲峰御令嬢とソビエトジジイを引き渡す時、奴らを使って挟み撃ちをかける。で、皆殺しだ!」

 

「皆殺しじゃねぇ、何人かは残せ。聞き出す事がある」

 

「あぁ……チョコってのか」

 

 

 それならば勝機は、まだこちらにある。どう転ぶのかは分からないが。

 まだ引き渡し場所の地形や、果たしてチョコに繋がる人間が現れるのかも不明だ。その点は引き渡しの際に、トーキョーカクテルの事を仄めかせばどうにかなるかもだが。

 

 

 

 

 何にせよもう、これしか策はない。

 やるしかないのかと、不安しかないチャカの作戦を前に、アンナカを吸いながら覚悟を決める。

 

 

 キメていると勘違いしているチャカらは、ドン引きした様子で彼を眺めていた。

 

 

「……ンハァ……場所の指定や、電話で言う内容。考えなきゃならねぇ事はまだある」

 

「それはよぉ、ボウリングしながらじっくり考えようぜ? まだ時間はある!」

 

「ワシミネが、俺のユキオを探しに来ねぇか?」

 

「俺のて……ここの事は誰にも話しちゃねぇけどまぁ、来たときゃ来た時じゃね?」

 

「……オメェはとんと、策士に向いてねぇ」

 

 

 呆れながらまた、雪緒のいる場所へ戻ろうとする。

 その時、付いて行こうとした舎弟二人を止めた。

 

 

「おいおいおいおい。んなモン持ち込むんじゃねぇ! 愛しのユキオが怖がっちゃうだろが! 車に詰めてろ!」

 

 

 当惑しながらもチャカは、チェリオスの命令を二人に伝え、車に置きに行かせた。

 またスタスタとロビーを出ようとする彼を、チャカは止める。

 

 

「おいおい……どんだけゆっきーに惚れてんだよ!? 入れ込み過ぎんじゃねぇ!」

 

「どうせまともに撃てねぇ素人ばっかだ。今持ち込んでも意味ねぇ。俺だけ持っときゃ十分だ」

 

 

 ちらりと、ズボンに挟んだスタームルガーを見せつける。

 

 

「……って、それ俺のじゃねぇかッ!? 返せよッ!!」

 

「ほらよ」

 

 

 あっさりとチェリオスは銃を一挺、投げ渡してやる。

 取られたルガーかと思えば、車の中で没収されていたアレだった。

 

 

「ニューナンブかよッ!! こっちじゃねぇッ!! 返せ俺のルガー返してくれよ!? 返せよォ返してくれよ俺のスタームルガーッ!!??」

 

「情けねぇ……それでやるか、パンチだけでどうにかするかのどっちかにしろ」

 

「パンチで勝てるかッ!!」

 

 

 チェリオスはもう無視し、ガラス扉を開いて再びレーンへと戻る。

 

 

 

 

 帰って来た彼へ、否応なしに注目が浴びせられた。

 途端、彼の心臓がまた痛み始まる。

 

 

「ぅぅう……!?」

 

 

 急いでポケットに入れていたコーヒーを飲むが、全く治らない。

 

 血の巡りが悪くなり、頭がぼんやりとしてくる。

 

 視界も朧げとなり、足取りが重くなった。

 

 

 

 

 カフェインは摂ったが、それだけでは足りない。アドレナリンを増やさなければ。

 

 

 どうしようかと考えるより前に、雪緒へ目を向ける。

 

 

「………………」

 

 

 彼女を見ていると、苦痛など忘れてしまう。

 このまま安らかに死ねるのも良いとは思ったが、それでは駄目だ。

 自身をこんな目に遭わせた連中を、全員殺さなければ、死んでも死に切れない。

 

 

 

 

 

「…………ズゥーーッ!!」

 

 

 アンナカを吸い込み、気分を少し良くしたところで、彼は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「ボウリングすっかぁあーーーーッ!!」

 

 

 背後で「何言ってんだ」と言わんばかりの表情で凝視するチャカ。

 それはこの場にいる全員に共通するだろうが、チェリオスはお構いなしだ。

 

 

 

 

 ガシリと、十六ポンドのボールを鷲掴み、盛大に掲げた。

 

 

 

 後から続いたチャカも真似しようとするが無理だったので、十三ポンドで妥協する。

 

 

 

 

 

 

 

 それからはもうやりたい放題だ。

 

 順番やルールに関係なく、チェリオスは投げまくる。

 最初は彼の狂気に付いて行けず、おずおずとした様子の愚連隊たちだった。

 

 だがチェリオスがターキーを達成した辺りから、次第に盛り上がりを見せる。

 

 

「フォース! フォース! フォース!」

 

 

 四回連続ストライク(フォース)のかかったチェリオスの一投を、メンバーらは囃し立てていた。

 彼はボールを抱えながら、ちらりと期待の眼差しで雪緒を見る。

 

 

「え?……あっ。ふぉ、フォース、フォース」

 

「いや、ゆっきー、やめろって。これ以上あいつ調子乗らせんなオイ」

 

 

 チャカが嗜めるも、もう遅い。

 雪緒の応援を受けて調子に乗ったチェリオスは、豪快な力でレーンに転がした。

 

 

 

 放たれた豪速球はピンを吹き飛ばす。

 

 一本だけ、残ってしまった。

 一同「あぁー!」と、悔しがる声があがる。

 

 

「……クソォーーーーッ!!」

 

 

 腹が立ったチェリオスは、ワックスが塗られたレーンにスライディング。

 

 

「何やってんだオイ!?」

 

 

 誰かの制止を聞かず、チェリオスは残ったピンをスライディングで蹴っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 すっかりメンバーらは絆され、普通にボウリング大会を開始。

 誰かがストライクを出すと、チェリオスらはハイタッチなどをして喜び合う。

 

 

「よぉーーしッ!! 良くやったクソやろうッ!!」

 

「チャカさん! この人、なんて言ってます!?」

 

「なに普通に楽しんでんだテメェら?」

 

 

 レーンを四つほど使い、同時にボールを投げてストライクをやろうと言うチャレンジもやった。

 

 十回ほどで、本当に同時ストライクを達成する。

 

 

「行ったか!? ストライク!? よぉーしッ!!」

 

「イエーーイッ!!」

 

 

 男たちは抱き合い、喜び合う。

 その様を見ながらチャカは、馬鹿馬鹿しいと頭を抱えた。

 

 

 雪緒は苦笑いしながら、手を叩くだけ。

 

 

 

 

 その内、目を覚ましてから暴れているラプチェフの拘束が解かれた。

 

 

「貴様らぁ……!! 誰に手を出したと思っていやがる!? 全員終わりだクソがッ!!」

 

「おいチャカ。なんて言ってんだ?」

 

「すまねぇ。ロシア語はさっぱりだ」

 

 

 ラプチェフは英語も話せると分かると、チェリオスに「最初から英語で話せ」と殴られた。

 

 多勢に無勢と、拘束は解かれたものの大人しく席に座る事しか出来ない。ずっと苦虫を噛み潰したような表情で、連中を睨んでいた。

 

 

「おいロシア人! ボウリングはロシア語でなんて言うんだ?」

 

「……キエーグリィ」

 

「キエーグリィだってよぉ! おいあんたもやりやがれ!」

 

「なんでだ?」

 

 

 なぜかチェリオスにボールを渡され、投げろと命じられる。

 渋々投げたボールは、ガーターとなった。

 

 

「やっぱロシアは駄目だな」

 

「き、き、き、貴様だけは、絶対に惨たらしく殺してやる……!」

 

「ここは日本だぞ。英語話せ」

 

 

 ロシア語で殺意を吐くラプチェフを押し除け、別の男がボールを投げた。

 チェリオスは休憩がてら、アンナカとコーヒーを飲みまくる。

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜一時に差し掛かった。疲れから、座席の上で眠る者も現れた頃だ。

 

 

 レーン上にはボールを構える雪緒と、後ろから支えるチェリオスの姿があった。

 

 

「こ、こ、このまま転がすんですか?」

 

「良いぞハニー……ゆっくりで良い。肩の力を抜いて……さあ、ほら」

 

「……なんで誘拐されてボウリングやってるんだろう……」

 

 

 雪緒の不安にも気付かず、チェリオスは彼女をサポートしながらボールを投げさせた。

 

 ゴロゴロと転がったものの、勢い足りず先端の一本だけ倒れた。後はピンにボールが負け、そのままガーターへ。

 

 

「あぁ、惜しかったなぁ、ハニー……」

 

「あの、私ハニーって名前じゃないんですけど」

 

「多分、ボールが重かったんだよ……オイッ!? 誰だ十ポンド持って来た奴ぁッ!? 六ポンド持って来やがれッ!!」

 

 

 ボールに付着したワックスを拭う為のタオルを、眠っていたチャカの顔面に叩き付ける。

 

 

「んがっ!?……あ? ポンド?」

 

 

 起こされたチャカは、隣にいたラプチェフを蹴っ飛ばしてボールを持って来させた。

 

 

「持って来いや」

 

「俺がか!? 調子に乗んじゃねぇ猿どもがッ!!」

 

「あ? んだとゴラァッ!?」

 

「ぐぇっ!?……貴様ぁッ!!」

 

 

 キレたチャカが、ラプチェフの顔面に蹴りを入れる。

 やり返そうとする彼を止めたのが、意外な事にチェリオスだった。

 

 

「ユキオが怖がってんだろがぁッ!!」

 

「おめぇ、マジゆっきー至上主義だなオイ」

 

「なんだ? 何が原因だ?」

 

「ゆっきーのボールを取りに行かねーってよ」

 

「このイワンの馬鹿がぁーーーーッ!!」

 

 

 チェリオス怒りの鉄拳が、ラプチェフの髭面に放たれる。

 

 

「ぶぐふッ!? な、オイ、貴様もかッ!? 俺を誰だと思ってんだぁあ!? 元KGB(チェーガー)で、ホテル・モスクワの頭目だぞッ!?」

 

「なら俺はレーニンの生まれ変わりだ。共産主義から資本主義に乗り換えたなぁ。オイ、さっさと六ポンド持って来い。お仲間みてぇに殺すぞ」

 

「グッ、うっ……! お、俺を生かした事、後悔させて」

 

「良いから行けッ!!」

 

 

 ラプチェフを黙らせ、ボールの置き場所へと向かわせた。

 

 

「走れーーッ!!」

 

 

 急かし、走らせる。

 それからクルリと振り返り、雪緒の手を取った。

 

 慣れと言うものは恐ろしいもので、すっかり雪緒はチェリオスの行動に驚く事はなくなっていた。

 

 

「……あまり無闇やたら殴らない方が……」

 

「おいチャカ。ユキオは何と仰っている?」

 

「…………大人しくしろってよ」

 

 

 他の者が言えば怒鳴って殴っていたかもだが、相手は雪緒だ。手を握ったまま、悲しげな目で跪く。

 

 

「あぁ……ごめんよハニー……許してくれ。性分なんだ、すまない……極力、大人しくするよ……」

 

「なんと?」

 

「めんどくせぇなオイ……出来るだけ大人しくするってよ!」

 

 

 一々通訳を求められれば、投げやりにもなる。席に寝転びながら、がなるように話すチャカ。

 

 雪緒は頭痛になりそうな思いになりながら、チェリオスから手を離す。

 縋るように、寂しげな彼の目がなぜか、彼女に罪悪感を与えた。

 

 

「……決してストックホルム症候群とかではないんですけど……分かりました、クリスマスさん」

 

「シェビーって呼んで?」

 

「もう暴力はなしと、約束してください」

 

 

 離した手を握り、小指を突き出す。

 何を意味するのか分からないままチェリオスは、とりあえず真似だけした。

 

 

 チラリと二人して、チャカを見る。

 面倒臭くなった彼は英語で、雪緒の言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

 

「私を守れと約束しろってよッ!! もう寝るッ!! 通訳しねぇぞッ!!」

 

 

 チェリオスは二、三度頷き、雪緒に向き直った。

 

 

「あぁ、そんな事か……お安い御用だ」

 

 

 雪緒から彼の小指に、自身の小指を絡めた。

 ゆびきりげんまん。日本に於いて、約束を交わす時に行う儀式のような物。

 

 

 

 

 

 

「もう殴ったら駄目ですよ」

 

「必ず……君を、守る……」

 

「はい、指切った」

 

 

 弾かれるように、二人の小指はまた離される。

 これで少しは大人しくなるだろうと、雪緒は彼に期待した。

 

 

 すぐ後、ラプチェフがボールを持って戻って来る。

 

 

「おい! 六ポンド持って来た──がぼッ!?」

 

「遅ェせぞイワンコフがーーッ!!」

 

「もう約束破るの!?」

 

 

 雪緒の眼前で普通に、ラプチェフを殴った。

 

 

 まさか交わした約束が、お互いズレているとは知らずに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ホテルにいるレヴィ。

 

 

「んがっ?」

 

 

 ベッドの上で起床し、隣のベッドを見た。

 まだロックは帰っていない。

 

 

「……おーい。夜遊びが過ぎんじゃねぇか? 相棒ほったらかしてよぉ……」

 

 

 ウダウダ言いながら、二度寝する。




「胸がドキドキ」
「↑THE HIGH-LOWS↓」の楽曲。矢印は必要。
1996年発売のシングル。アルバムには収録されていないが、2001年発売のアルバム未収録曲を集めたコンピレーション「flip flop」には収録されている。
国民的長寿アニメとなった「名探偵コナン」の、記念すべき初代オープニング曲としてあまりにも有名。

良くブルーハーツの曲と間違えられるが、ハイロウズ自体がブルーハーツ解散後に、作詞作曲を担当していた甲本ヒロトと真島昌利が結成したバンドなので(この二人で今はザ・クロマニヨンズを結成している)、実質的には間違っていなかったり。
と言うよりバンドサウンドに被せるようにして弾かれる力強いピアノや、シンプルなコード進行など、この曲自体がブルーハーツ時の曲調を意識されている。


返せよ俺のザビーゼクター。
最新作「鬼滅冥人奇譚」もお願いします。鬼滅とツシマのクロスオーバー。
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