DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Stardust Stage

 相手の顔が見えないフラット・ジャックらにとっては、謎の人物だ。

 しかも明らかに偽名である「ディープ・スロート」の名前で、言語は英語。

 

 

「おい? 誰だ?」

 

 

 どう言葉を返そうか悩んでいた彼に、チェリオスは話しかける。

 ちょっとだけ迷った末に、フラット・ジャックは携帯電話を投げ渡した。

 

 

「……知らない男よ。名前は、ディープ・スロート」

 

「なんて変態な名前だ」

 

「いやフェラーリの方じゃなくて、多分ウォーターゲート事件の奴とかけてんのよ」

 

「クソ……何モンだ」

 

 

 電話を耳元に付けて、応答する。

 ディープ・スロートは彼に話しかけた。

 

 

「やぁ、ミスター・クリスマス」

 

「……聞き覚えのある声だな。お前、あそこにいた──」

 

「待った待った。俺の名前は言わないでくれ。あくまで他の人間には、ディープ・スロートと言う事にしといてくれ。容姿も何もかも言うのは無しだ」

 

 

 ディープ・スロートことロックは苦笑いを浮かべる。

 

 彼がいるのはホテルの喫煙室。

 誰もいないそこで、美味そうにタバコを蒸しながら電話をかけていた。

 

 

 チェリオスとしても、ボウリング場にいた通訳だとは察知していた。

 とは言え彼以外の人間に存在を悟られたくないようだ。そこがまた不可解でもある。

 

 

「……どう言うこった?」

 

「秘密を守るって約束してくれよ。俺はディープ・スロートで、あなたはボブ・ウッドワードだ。ウッドワードのように、誰にも正体を明かすんじゃない」

 

「てめぇの名前なんか覚えてねぇ」

 

「それならそれで良い。秘密を守ってくれるなら……僕も秘密を明かす」

 

「なに?」

 

 

 紫煙を吐き、真っ暗闇の瞳を浮かべて愉快に笑う。

 

 

 

 

「チョコの居場所、トーキョーカクテルと香砂会、モロ=サンの正体からホテル・モスクワの動向……雪緒ちゃんを取り巻く全てを、全部」

 

 

 途端、チェリオスは目を見開いて反応した。

 欲しかった情報全てを、くれると言うのだから。

 

 

「てめぇ、なんだって……!?」

 

「まず第一に、部屋からあなた以外の人間を追い出すんだ。スピーカーから漏れる声すら心配だからね」

 

「器用な奴め……」

 

「もう後はないんだろ? トーキョーカクテルも打たれてさ」

 

 

 打たれた事すらも知られている。つまりトーキョーカクテルの効能を理解していると言う訳だ。

 チェリオスは熟考する。香砂会やホテル・モスクワの罠かもしれない。

 

 

 だがこの通訳の男、雪緒に信頼されている様子だった。

 その事を思い出し、疑いを捨てようと観念する。

 

 

 

 

「……分かった……オイ! 出て行けッ!!」

 

 

 枕を彪に投げつけ、部屋から追い出す。

 突然の暴行に仰天しながら、彪はチェリオスに怒鳴る。

 

 

「何してんだ!? てか、誰だぁ!? ディープ・スロートぉ!? ディープ・スロートはキルスティン・ダンストだろ!?」

 

「何の話してんだてめぇ! 出て行けクソ! ギョーザでも食ってろクソ三合会ッ!」

 

「じゃあてめぇはバーガー食って死ねヤク中がッ!」

 

 

 すっかり頭に血が上った彪は、罵倒を残してスゴスゴと出て行く。

 それらをポカーンと傍観していたフラット・ジャックにも、出て行くよう要求。

 

 

「オメェもさっさと出て行くんだよ!」

 

「なになになになに!? あたしも!?」

 

「刺すぞッ!!」

 

 

 時計を投げつけ、彼も部屋から追い出す。

 誰もいなくなった事を確認すると、声量を落としてまた携帯電話に話しかけた。

 

 

「……話しってのは」

 

 

 テーブルに置いていたアンナカを吸いながら、ディープ・スロートの言葉を待つ。

 

 

「……信用してくれるようだな」

 

「個人的には信用したくねぇ……が、あんたはユキオの仲間だ……少なくとも、コーサの人間じゃない」

 

「…………それで良い。説得の時間さえ惜しかったんだ。助かるよ」

 

「そんで、ディープ・スロート(ザ・シークレットマン)さんよぉ。一面を飾れるドでかいネタを教えてくれや」

 

 

 ロックは喫煙室から外を見る。

 夜に染まる目抜き通りのネオンは、嫌に美しかった。

 

 

「……一面どころか、あなたは日本で伝説になれる……俺が伝えるのは場所だ。明日の朝、港区白金に行くんだ」

 

「ミナトク、シロカネ……そこになにがある」

 

「香砂会会長、香砂政巳の豪邸さ」

 

 

 チェリオスは吸ったアンナカに咽せてから、しわくちゃな顔となる。

 

 

「本拠地に突撃ってか? トーキョーカクテルとチョコはそこなんだな?」

 

「構成員百人余りと、ついでに警察の機動隊が大勢、香砂邸をグルッと囲ってる。今もな」

 

「なに……!?」

 

「歌舞伎町での抗争が始まってから、警察は奴らを四六時中張ってる。香砂会にとったら目の上のたんこぶ(横にあるトゲ)だが、逆に邸宅を守る優秀なガーディアンにもなってくれているんだ。奴らはこれを利用し、トーキョーカクテルを安心して解禁する」

 

 

 国家権力を突破しても、次は構成員百人抜き。

 ホテル・モスクワの日本支部を襲った時とは規模が違う。弱っているチェリオスに、そこまで辿り着けるのか。

 

 

「どうすりゃ良い?」

 

「どうもしなくても良い」

 

「はぁ?」

 

「白金に行く前に、新宿へ向かえ。行けば、糸口に会える」

 

「なに……なんだ? 人か?」

 

「行けば分かるよ」

 

 

 電話越しにロックは、チャーミングにウィンクをする。

 心底楽しそうな笑みだ。

 

 

「警察の包囲網を突破すれば、真正面から豪邸に入れば良い。無理に強襲すれば、トーキョーカクテルも解毒剤もオジャンだ。話し合え」

 

「……話し合えだぁ?」

 

「時間も教える。八時に新宿センタービルの前に行き、その後九時までに香砂邸だ。邸宅に入ったら、三十分で交渉を終わらせろ」

 

「……奴さんが、仲良く茶でも飲みながらニコニコ顔で快諾してくれる人間だと思ってんのか? 相手はマフィアで、ジーザスじゃねぇ」

 

 

 ロックは吸い込んだ煙を吐きながら、ケタケタと笑った。

 

 

「何事も話し合いさ、ミスター・クリスマス」

 

「いきなりなんだ」

 

「あんたはとてつもない幸運を持っている」

 

「毒打たれて、異国の地で死にかけてんのにか?」

 

「この電話が繋がった事が、何よりの幸運さ」

 

 

 吸い殻入れに、タバコを突っ込んだ。

 垂れた前髪から覗く、彼のイカれた目付きは、その場に誰かいれば戦慄を与えていただろう。

 

 グリグリと、吸い終えたタバコを潰す。

 立ち上っていた紫煙が細くなって消えた。

 

 

 

 

「今、俺が、あんたにとってのジーザスだ。『かの者に神の祝福あれ。彼こそ兄弟を守り、迷い子たちを救う者なり』」

 

 

 

 鬼気迫るディープ・スロートの声色。

 とてもだが、ボウリング場で見た人の良さそうなサラリーマン風の青年には思えない。

 

 

「……今のパルプフィクションで聞いた奴だな」

 

「ちょっとした引用さ。まぁ、大丈夫。上手く事は進むよ」

 

 

 黙ってはいるが、向こうは策を持っているようだ。

 とどのつまり、八時に新宿へ行けば「サプライズ」で何か起こると言う訳か。

 

 問い質したいところだが、ディープ・スロートは何も言わないハズ。

 乗るしかないと、たかを括った。

 

 

 

 

「俺からは以上だ。きっちり啓示は聞き取れたかい、預言者さん?」

 

「あぁ……けど待ってくれ。二つ聞きてぇ」

 

「ん?」

 

 

 アンナカが入っていた袋を捨て、まず一つ問う。

 

 

「コーサを潰せば、ワシミネは助かるんだな」

 

「……助かる。雪緒ちゃんが、地獄に堕ちずに済むよ」

 

 

 そしてもう一つ、問う。

 

 

 

 

「……なんで俺に託す。全部を」

 

 

 ロックは四秒ほど考え込み、懐かしむような目で答えた。

 

 

「……自分の為、愛する人の為に戦った人を知っている」

 

 

 左腕を上げて、指で拳銃を作った。

 首を傾げ、目を細める。

 

 

 

 

 

 

 

「……あんたもそうだろ? だから信用出来るのさ」

 

 

 

 

 

 

 伸ばした人差し指を、クイッと追って引き金を引く。

 同時に通話を切った。

 

 

 吸い殻入れの簀を開ける。

 その中に溜まった吸い殻と汚れ切った水の中に、持っていた携帯電話を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「────てやんでい(イピカイエー)MOTHER FUCKER(クソッタレ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通話を切られ、すぐに耳から携帯電話を離す。

 少し考え込んだ後に、腕から注射針を抜いて立ち上がった。

 

 

 だが、靴底が床に付いた途端、膝が笑った。

 ガクンとチェリオスは、テーブルの上に転ぶ。

 

 

「うお……!?」

 

 

 置かれていた飲み物や薬品が宙を舞い、盛大に散乱する。

 その時の激しい衝撃音に驚いたのか、外で待機していたフラット・ジャック夫婦と彪が駆け付けた。

 

 

「おい、どうした!?」

 

「ちょっとぉ!? なんで点滴取ってんの!? あんた心臓止まってたのよぉ!? 二十一分くらい! 三途のビーチに行きたいの!?」

 

 

 急いでチェリオスを、三人がかりで抱き起した。

 当の本人は困惑している様子だ。

 

 

「なんだ……!? 感覚がねぇ……痛みがねぇぞ!」

 

「え!? 痛くないの!? めっちゃ血出てるけど!?」

 

「無茶すんな! 二日昏睡してんだから、身体が鈍ってんだよ!」

 

 

 そう判断する彪だが、彼の言葉は部屋に入って来たもう一人によって否定される。

 

 

 

 

 

「そいつはぁ違うなぁ?」

 

 

 チェリオスにとって聞き覚えのある声。

 パッと顔を上げると、扉にもたれて腕を組む男の姿。

 

 

「──『ドク』!?」

 

「やぁ、チェリオス」

 

 

 西海岸で闇医者をやっている、「ドクター・マイルズ」だ。

 チェリオスが最初に助けを求めた人物。トーキョーカクテルの効果の提示し、フラット・ジャックを斡旋してくれた。

 その彼が、チェリオスの為に来日してくれた。

 

 

「ほら、あたしが言ってた『助っ人』って、マイルズの事だったのよ! ここにある機材とか薬品も、全部マイルズが持って来てくれたのよ!」

 

「日本はメチャ税関が厳しいから、準備に時間を費やしてしまったよぉ」

 

 

 説明しながらフラット・ジャックは、チェリオスが剥がした点滴を再度付ける。

 薬剤を即座に注入すると、少し心臓が楽になった。

 

 

「アンナカとエフェドリンに、コカインも混ぜている。昏睡している間の容態も安定していた」

 

「……そいつぁ、良くなってるって事か?」

 

 

 懇願を込めて答えたが、マイルズは弱々しく首を振った。

 

 

「寧ろその、逆だぁ。生きているのが奇跡だ……学会に発表したいくらいだよぉ」

 

「マイルズ確か、前の妻の女性器若返り手術に失敗して免許剥奪されたのよね?」

 

「ジャックぅ。それは言わない約束だろぉ?」

 

 

 彪はドン引きした目でマイルズを見ていた。

 お構いなしにマイルズは彼を押し除け、チェリオスの隣に腰を落とす。

 

 

「……痛みを感じないのが、悪化の兆しだ。毒が神経細胞を破壊し、反応が鈍化……痛覚が麻痺している。ステージ4になりかけのところを、薬で先延ばしにしているに過ぎない」

 

「………………」

 

「投与を中止すれば、ステージ4……」

 

 

 チラリと、マイルズはフラット・ジャックを見やる。

 悲しげな目で彼は、改めてステージ4の症状を代弁した。

 

 

 

 

 

 

「……副腎の機能不全と、中枢神経の破壊。確実な死……」

 

「つまり今君は良くなっているどころか──『セミ・ステージ4』の段階なのだよ。シェビー」

 

 

 残酷な現状を突き付けられ、チェリオスは目を硬く閉じ、俯いてから「クソッ……」と吐き捨てた。

 打ちのめされた彼の姿は、何とも痛々しい。場にいる者全員が同情し、沈黙する。

 

 

「……おい、シェブ・チェリオス。さっきのディープ・スロートってのは、なんだったんだ?」

 

「……どう言う訳か、トーキョーカクテルの場所やらと、そこに行くまでの手順を教えてくれた」

 

「なんだって?」

 

「明日、八時にシンジュクセンタービル。その後にコーサのボスの家に行けだと」

 

「なに!? 何者なんだ……知り合いか?」

 

 

 チェリオスは約束通り、彼の正体は言わないようにした。

 話を続けて、はぐらかす。

 

 

「そこまで行きゃあ、トーキョーカクテルも解毒剤も手に入る。そうすりゃ俺は元に──」

 

「……聞いてくれチェリオス」

 

 

 彪はかけていたサングラスの奥で、眉を潜める。

 言い辛そうに下唇を噛み、しっかりと目を合わせてから教えてやった。

 

 残酷な真実を。

 

 

 

 

 

 

「トーキョーカクテルに、解毒剤はない」

 

 

 

 途端、チェリオスとフラット・ジャックが愕然とした表情になる。

 ただマイルズだけ、眼鏡を取って眉間を押さえていた。

 

 

「最新過ぎる上、本来は馬と象に使う毒だ。人に使えば一瞬で死ぬ……そんなもんに、解毒剤まで作る奴はいない」

 

「俺は現に生きている!」

 

「普通ならステージ1の時点でみんな死ぬハズなんだ。お前がおかしいんだよ」

 

「んな大事な事なんで黙ってやがったッ!?」

 

「言おうとしたらてめぇに腹蹴られたんだろがッ!!」

 

 

 口喧嘩を始めた二人を宥めた後に、マイルズは神妙な顔付きで話す。

 

 

「……その通りだ。危険を冒して突撃したところで、君に助かる道はない。死ぬんだよ」

 

「……嘘だろ……」

 

 

 解毒剤の存在。それだけを希望に、ここまで突っ走って来れた。

 それを打ち崩された今、信念は消える。心を深い絶望が飲み込んでしまう。

 

 終わったと、頭の中で声が響く。

 

 

 マイルズは何度か躊躇した後、眼鏡を外してから一つの道を示してやる。

 

 

「……どうする? トーキョーカクテルは三合会に任せて……君はここで、もう休んでしまおうか?」

 

「………………」

 

「……良い夢を見て逝ける薬を混ぜてやろう」

 

 

 ディープ・スロートの言った事を彪に伝えれば、チェリオスの出る幕はない。

 彪は落とし前を付けられ、トーキョーカクテルは三合会の手に戻る。チェリオスの復讐も果たされるだろう。

 

 どの道彼は助からない。

 心臓が止まり、苦しんで死ぬしかない。

 ならばせめて、自ら安楽死を望んでしまえば良い。

 

 

 それで全ては、解決だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 だが、チェリオスの意思は固かった。

 

 一瞬でも沸いたその考えを、捨てる。

 

 

 

 脳裏には雪緒の姿がある。

 そして恨むべき、チョコとモロ=サンの顔。

 

 雪緒を不幸にする連中がいるかと思えば、自分の事のように怒りが湧く。

 この手で確実に解決してやらねば、死んでも死に切れない。

 

 

 

 

 

「…………ドク。この薬ってのは、携帯する事ぁ出来ねぇか?」

 

 

 

 彼のその言葉には、マイルズ含めて全員が驚かされた。

 

 

「あ、あぁ……点滴と繋ぎ、自動的に薬剤を注入出来る、自動輸注器があるが……」

 

「それで奴らの所に行く」

 

「無茶よシェブ!? 死にに行くようなもんよ!?」

 

 

 止めようとするフラット・ジャックをギロリと睨んで黙らせる。

 

 

「ケジメは俺が付ける。そうしなきゃ俺は、奴らから逃げたと思われる……やってやるんだ」

 

「シェビー……」

 

「彪も言ったよなぁ?……俺たちがやる事に意味がある。どうせ死ぬなら、未練は残したかねぇ」

 

 

 チェリオスは誰の肩も借りず、自身の力だけで立ち上がる。

 ふらつく足を殴って気合いを込め、問題はなさそうだと周りを見渡し安心させた。

 

 

 

 

「……ド派手にケジメ付けて、二十四カラットの最期を飾るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の六時に差し掛かる。空はまだ暗い。

 スタームルガー・ブラックホークのメンテナンスをする彼の隣で、マイルズが自動輸注器の設置を急いでいた。

 

 機械は小さな卵型で、ペースメーカーを思わせる。

 裏にあるフックでベルトに固定。機械から伸びた管はチェリオスの腕まで伸ばされ、注射針で静脈と繋げられる。

 

 スイッチを入れると、自動輸注器内に充填された薬剤が管の中を走って体内へと向かった。

 

 

 

「あくまでこれは補助だぁ、これだけじゃまた昏睡する可能性がある。追加でカフェインを補給しつつ、アドレナリンを出すようにしろ」

 

 

 部屋に入って来た彪が、チェリオスにスーツを投げ渡す。

 彼の持つバッグには、大量のカフェイン飲料とアンナカが入っていた。

 

 

 

「裏切り者に情報が流れたらマズい……ギリギリまで、仲間には伝えられない。あんたが香砂会に突入してからが俺たちの本番だ」

 

 

 ペンシルストライプのシャツの上に、フロントブレイクタイプのショルダーホルスターを付ける。

 次にそれらを隠すように、漆黒のジャケットを着た。

 

 

 

「.44マグナム弾だ……弾数は六十発。ヤクザ百人を相手にするには厳しいだろうが、何とか持ち堪えてくれ」

 

 

 ズボンを履き、ベルトを締める。

 そのベルトに、自動輸注器を差し込んだ。

 

 

 

「良いスーツだろ? 死装束って訳じゃないが、似合ってるぞ」

 

「……あぁ」

 

「それじゃあな、チェリオス……現場で会おう」

 

 

 スタームルガーをホルスターに差し込みながら、隠れ家を後にする彪を見送った。

 入れ違いに、フラット・ジャックが嫁ともう一人を引き連れて現れた。

 

 

 

「新宿まで、嫁とこの子が送るわ」

 

 

 彼の言った「この子」だが、顔を含めた全身包帯まみれの変な男だった。

 

 

「……なんだこいつ?」

 

「ツギオン君よ! 秋葉原で拾った子なの! 記憶喪失で、あたしの助手をしてくれているわ!」

 

「手負いの奴はいらねぇ」

 

「でも、どうしても付いて行きたいって……」

 

 

 ツギオン君はチェリオスに頭を下げ、必死に頼み込む。

 意外に年配なのか、声が渋い。

 

 

 

「僕、ツギオンです! お願いします! なんか僕、これに付いて行ったら、記憶を取り戻せそうな気がするんす!」

 

「……英語話せねぇのか?」

 

「無理みたいね」

 

「…………荷物持ちしか役目ねぇぞ」

 

「本望!」

 

「……本望って言ってるわ」

 

 

 よく分からない奴を手下に付けて、嫁と一緒に廊下に出る。

 扉を閉めようとしたその時、マイルズが彼を呼び止めた。

 

 

 

「シェビー」

 

「………………」

 

「……君と知り合えて、本当に良かったよ」

 

「……あぁ」

 

「達者でな」

 

 

 次にフラット・ジャックが励ましの言葉をかけた。

 

 

 

「こう言う言葉があるの。『追われる者より、追う者のほうが強い』。追われる側は隙が多い……追う側のあんたは、間違いなく有利よ」

 

「………………」

 

「あんたは生きたムクロ……ならせめて、大輪の死に花咲かせんのよ!」

 

 

 チェリオスは何も言わず、視線だけで感謝を伝えてからまた歩き出す。

 マイルズとフラット・ジャックに見送られながら、彼は外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕時計を見やる。

 七時前。ようやく外が白け出す。

 

 嫁が車を隠れ家の前に付けると、チェリオスはツギオン君と一緒に後部座席に乗る。

 彼が手を差し出すと、ツギオン君は持っていたバッグからアンナカとコーヒーを渡してくれた。

 

 

 

「あぁ……! なんだか僕、興奮してきましたよぉ!」

 

「お前は新宿までだ」

 

「なんだか僕、こう言う悪い事が仕事だったような気もしたりしなかったり……!」

 

「英語話せねぇ奴はいらねぇよ……スゥーッ!」

 

 

 アンナカを吸い込み、コーヒーを飲む。

 薬の効果も相まって、動悸が早まり目が冴える。昏睡する気配はない。

 

 

 

 

 

「良し、出せ」

 

 

 運転席を叩き、フラット・ジャックの嫁に合図。

 彼女はアクセルを踏み、早朝の東京へ車を走らせた。

 

 

 

 シェブ・チェリオス。

 最後の仕事へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、雪緒は目を覚ました。

 身体を起こし、布団の上でぼんやりとしている時に、部屋の外で銀次が声をかける。

 

 

「お嬢」

 

「………………」

 

「……病院から、連絡です」

 

 

 銀次の声には、切迫感が宿っていた。

 

 

「……板東さんですが……今日、保つかどうか……らしいそうで」

 

「………………」

 

「…………お嬢。学校に行く前に、見舞いに参りましょう」

 

 

 廊下に座る銀次は、悔しげに目を硬く閉じていた。

 膝の上に置かれた手は、ギリギリと強く握られている。

 

 

 

 

「……総会の前に。改めて意思表示を……」

 

 

 雪緒は枕元に置いていた眼鏡を取り、かけた。

 

 

 

 

「……はい」

 

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、ロックは既に目が覚めていた。

 ネクタイを締め、洗面台で乱れた髪を整える。

 

 

 ベッドの上、服を着るレヴィが話しかけた。

 

 

「なぁ、ロック」

 

「うん?」

 

 

 ベレッタM92Fと、愛銃「ソード・カトラス」を手に持つ。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「どうしたって、何が?」

 

「なんか、あんた……随分とご機嫌じゃねーか?」

 

 

 洗面所から顔を出したロックは、いつも通りだ。

 だがレヴィにはどうにも、上機嫌に思える。

 

 

「そうかな?」

 

「あたしの勘違いか?」

 

「……いや」

 

 

 ジャケットを羽織り、鋭い目付きのまま微笑んでみせた。

 

 

 

 

 

「合ってるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 その目に光はなかった。




「星屑のステージ」
「チェッカーズ」の楽曲。
1984年発売「もっと! チェッカーズ」に収録されている。
80年代を象徴する伝説的ポップバンド。アメリカンポップを下地にしたレトロな曲調が何よりの特徴。アイドル的な人気を獲得し、社会現象にまでなった。

大ヒット曲「涙のリクエスト」のリリースから矢継ぎ早に放たれたシングル群の一つ。それまでアップテンポな曲が続いていたが、この曲はスローモーなバラードであり、彼らの手数の幅広さを知らしめた一曲。


・ウォーターゲート事件の情報を、匿名で流し続けたディープ・スロート。彼の正体は、2008年まで謎でした
 気になった方は、事の顛末を映画化した「ザ・シークレットマン」を観てみてください

・「てやんでい、クソッタレ」は、村野版ダイハードをオマージュ
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